
ちょっとサンフランシスコに行ってきました。
今回のテーマは「飛行機代以外には一切お金をかけない」でしたので、カメラも新調することなく、したがって、あまり写真は撮ってません。曇天続きだったから映えないしな。
ほんとに、アレだ、サンフランシスコってのはいつもあんなに曇ってるのですか? 冬だから? ずっと曇ってたよ。
これは成田を発つ夕暮れに1ビルで撮影したものですが、おそらく今回の旅行で美しく撮れたと言えるたった一枚です。
私の飛行機はサクッとサンフランシスコ到着。
西海岸って近いのですね。
だが、待ち合わせの彼の便は7時間後に到着するのです。友人の皆さんには先に独りで街に出て遊んでるよう薦められていたのですが、私は空港で待つのを選びました。お土産の買い物なんかを済ましちゃうなどしていれば7~8時間くらいアッという間だろうと思われたからです。空港ってトイレが絶対に綺麗だし。あったかいし。なんでも揃ってるし。
というわけで、カフェでボーーッとしたり、日本食レストランEbisuにて学園祭みたいな容器に入ったラーメンを食べたり、Brookstoneの店先のマッサージチェアでウットリしてみたり、「Panasonicか……やっぱ日本製のマッサージャーは最強だな」と思ったり、SFMOMA Museum Storeで‘ファンシー好き’の血が騒いでみたり、CNBCのショップでメールチェックしたはいいものの日本語が表示されなかったり………
国際線ターミナルLevel 3は隅々まで見たと思います。後述しますが、ロストバゲージ問題も生じ、しょっちゅう空港に足を運んだので、今回の旅行のかなりの時間を私は空港で過ごしたのでした。
さて。
7時間半が経過しても彼の姿は見えず、到着ボードを見ても彼の便がいったいどれなのかサッパリわからなくなり。ようやっと、独りで先にホテルに行く気になりました。ということで私はBARTの駅に向かったのです。

ちなみにこれはBARTの中で大はしゃぎしていた子ども(別日撮影)
夕方6時半くらいにホテルに着いて知らされたのは、彼がまだロサンゼルスにいるという衝撃の事実でした。デンバーで大雪が降ったでしょ? その影響で全米で運航が乱れに乱れていたようだよ。(CNN.co.jp: 猛吹雪で空港閉鎖、非常事態宣言を発令 コロラド)
私は寝たり本を読んだりしながら過ごしました。(成田で買った『武士道』と『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』)
結局、彼が着いたのは夜中1時半くらいだったかな。しかしながら、スーツケースを一つ失くされたんだと。
着替えも何も無いというので靴下は私のを貸してあげた。そして、パンツの代わりに、私がいつも冷え防止のためにパンツの上に穿いてるパンツみたいなやつを貸してあげた。ピッチリと穿けていたのはいいが、いや、いいのか悪いのかわからんが、まぁ、かなり奇妙でした。彼は、「……ボ、ボクセル(= boxer)だと思って思えないこともないよな!」と自身に言い聞かせているようだった。
※その彼のプリプリ臀部をすごく撮りたかったんだが、ロストバゲージで機嫌がいいとはとても言えない状態だったのでこらえた。残念だ。

Union Squareの様子。寒くて写真なんて撮っていられない。


Golden Gate Bridgeの様子。寒くて写真なんてとtt(ry
たぶんあれがアルカトラスだ。寒くて写真なんt(ry
坂道の様子。寒くてしゃs(ry
たしか……橋からの帰り道、Laguna通りを、Lombard通りとの交差点あたりからMcAlister通りとの交差点あたりまで、延々歩いたんだよな。かなり長い登り坂があったように思う。つらかったです。
街の様子。さむk(ry
クリスマスなので人がホントに町にいなくてね。
あぁ、そうそうそれで:
『Abre los Ojos』のオープニングみたいだね、ああいう無人状態の東京都心部を撮ったカメラマンがいるんだよ、前にタモリ倶楽部で、えっと、ほら、私がいつも楽しみにしているテレビ番組があったろう、あの番組でもね、コメディアンたちが同じような写真を撮ろうって試みてたよ……ってなことを話したりしたんだ。
MASATAKA NAKANOの『TOKYO NOBODY』と。φ(ロ-ロ^) メモメモ

クリスマスということで何もかも閉まっちゃってたのでチャイナタウンに。チャイナタウンは盛況。
まぁ、とにかく寒くてね。サンフランシスコって寒いのな。もっと穏やかなんだと思ってたよ。寒いじゃないか。
ドライヤーを持っていかなかったもんだから、寒いのが怖くて髪の毛が洗えずにいた。しかし日本で洗ってから100時間も経過するとさすがにキツく。そんな日にも彼のスーツケースの件で空港に行かねばならなかったので、私は空港内のSFO Hairportというダジャレみたいな名前の店で洗髪とブローをしてもらおうと思ってた。そしたら、クリスマスで休みだった。
クリスマスという理由で空港内の店舗が休業するって、私、やっぱり最後の最後のところでは理解できないみたいだわ。わかるけどわかんない。
それで髪の毛汚いまま困ってたんだけど、そんな時にもチャイナタウンだ、ほい。「シャンプー&ブロー 7ドル」って書いてあったので入りました。
若い男の子が「カット?」って聞くので「いいえいいえ、シャンプー&ブロー」と答えました。すると再び「カット?」って聞くので、私は入り口の値段表でちゃんと「シャンプー&ブロー」を指差しました。まずは女の子にシャンプーしてもらいました。気持ちよくて「どぅあーーーー」というため息が漏れたよ。
次はさっきの男の子がブロー担当だったんだが、また「カット?」って聞くの。「No, no, no. シャンプー&ブロー」って答えた。それで乾かし始めたんだけど、またまた「カット?」って。「いや、シャンプー&ブロー」ってまた答え。
私の髪の毛の量は異常なので手間もかかろうし腕も疲れるだろうと思い、「髪の毛が多くてすみまs………」と言いかけたところ、「I know, I know. So .... cut !?」ってまたもや。
……そうか、さっきから「カット?」「カット?」言ってたのは、「切りなよ」と薦めていたのであるなと、やっとわかりました。
さて、最後の朝かなり早く空港に行き、チェックインを済ませました。サッサと最後の買い物なども済ませお茶などすすっていましたが、何気なくバッグの中をごそごそしていて真っ青になりました。
パスポートが見当たりません。
前にもどこかで書いたと思うけど、私はものを失くさないんです。生まれてこの方。友人たちが財布が無い、切符が無い、航空券が無い!と青い顔でバタバタしているのを、いつも不思議に思っていた。なんで失くすんだろうって。
そんな私がよりによってパスポートを。一生の不覚。
チェックインカウンター周辺で係のオネイサンに「パスポート失くしたみたいです……」と言ったら、目をむいて「うぇーーーーい」と叫んでたよ。あれはどういうスペルの語なのですか。
で、チェックインカウンターに向かい、つい1時間半ほど前に私を担当してくれたオネイサンに聞いたら、「そうそう、パスポート落ちてた落ちてた。あなた落っことしたみたいよ!」って。2人目、3人目と係員を伝っていき最終的に「あそこのクルーが持ってる」と教えてもらった。
機長?みたいな人が私のパスポートを持った手を振って呼んでいた。
駆け寄って、「いやぁ、ほんとにありがとうございます!」と言ったら、「500ドル」ってさ。周りの係員たちもげらげら笑っており。なかなか返してくれない。仲間内で私のパスポートと顔を見比べて、「これ、同一人物じゃないだろう」「うーーん、ちょっと違うよね」「ほんとに君、レネヤマ?」とか言っている。「けっ、今朝は化粧をしていないのでっ」と言ったら、特に女性陣がうひゃうひゃ笑っていた。
まぁ、そんなこんなで、帰途に着きましたよ。帰りの便の離陸はかなり遅れた。飛行中は、後ろのアメリカのDQNっぽい娘が私の座席の背もたれに足でギューーと圧力を加えたり、12分と空けずにボンッと蹴ってくるのでいい加減ぶちきれて、「おめぇ、ここ蹴るんじゃねーよ」と優しく注意した。「Pardon me」とか言ってやがる。Pardon meじゃねーよ、田舎もんが。
成田への着陸もこれまでの飛行機体験で最も酔った。帰りは、そんなわけで、快適ではなかった。
質問があります:

アメリカのこういう外階段、あれってヨーロッパ/スペインでも目にするもの? アメリカ独自のもの? であるとして、なんでああいう建築がアメリカでは広まったの? なんでヨーロッパ(っつうかスペイン)ではあれは普及しなかったの? どういう歴史的事情によるもの?
食事について:
日ごろ食べものの旨い・不味いなんてわかっちゃいないし、わからなくても困らないと思ってるし、たいていの食べものは単に‘食べもの’として易々と受け入れる寛容な無頓着な私ですが、というかそもそも私にはきっと味覚なんて備わっていなくて、あるのは栄養素を気にする心だけなんですが、そんな私でも、日本国外(欧米)での‘洋食’は我慢ならないのです。
日本における洋食は食べて食べられないことも無いですけど、日本国外(欧米)での‘洋食’は食べられたもんじゃねーのです。具合が悪くなる。
だから、どんなんであれ日本食レストランに落ち着くのでした。どこだっていいよ、とりあえず。この写真はどこだったかな。Sushi Boatかな。他にも三楽、さかなとか、いろいろ。
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