Saturday, February 19, 2011

Deprisa, deprisa / 急げ、急げ [スペイン映画]

Deprisa Deprisa 白昼堂々自動車泥棒や強盗を繰り返す4人組。パブロ、メカ、セバス、紅一点のアンヘラ。衣食住はもちろん、遊興にドラッグにと彼らは盗んだ金を使う。

車を盗む時、金を奪って逃げる時、いつだって「Deprisa, deprisa 急げ、急げ」と叫んでいる。

1975年のフランコ死去、1978年の新憲法制定を経て民主主義体制への移行を図り、スペイン社会は変容しつつあった。首都マドリードのアウトサイダーの姿をドキュメンタリータッチで描いたカルロス・サウラ監督作品。1981年の第31回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。

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予備知識ゼロで見始めたが、パブロやメカがしゃべり始めて1~2分で「これは素人を起用したのね」とわかる。かなりの棒読みなので。(それでもバーテンダーや「火事ダー、逃ゲロー」よりはよっっっっっぽどマシだがね) 


台詞回しがたどたどしいので最初は面食らう。パブロだかセバスだかがセリフを“噛む”ところさえあったかと思う。そこでIMDbの『Deprisa, deprisa』のinfoを見る:

Berta Socuéllamos ベルタ・ソクエジャモス ... Ángela アンヘラ
Jose Antonio Valdelomar González ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス ... Pablo パブロ
Jesús Arias ヘスス・アリアス ... Meca メカ
José María Hervás Roldán ホセ・マリア・エルバス・ロルダン ... Sebas セバス


強盗団を演じた彼らはこの作品以外には出演が記録されていない(※メカ役のヘスス・アリアスはもう一作品には出ている)。そして……、パブロ役のホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレスやヘスス・アリアスが30歳とちょっとで死亡していることに気づけば、そう、もう、これは本物の不良青年をスカウトして不良青年を演じさせたのではないか、そして不良青年は映画出演後も不良の道を生きていき、不良として早死にしていったのではないかと考えるわけである。ひょっとして『ピショット(VHS)』のFernando Ramos da Silvaのような最期を迎えたのではないかと。


それでIMDbのトリビアやDeprisa, deprisaのwikipediaを見ると、当たらずといえども遠からずといったところ。

imdbJose Antonio Valdelomar González (Pablo) was recruited by Saura in a casting for non-professional actors. He was paid US$3,000. In 1992 he was found dead of heroin overdose at Carabanchel prison (Madrid), where he was arrested for robbing a bank.

imdbDespite false rumors that she died of an overdose, Berta Socuéllamos (Ángela) gave up everything for her privacy and she lives in peace with her family. She married 'Jose María Hervás' (el Sebas) and they still live in the same place

wiki 撮影終了してから公開までの間にヘスス・アリアスは逮捕され、カラバンチェル刑務所やその他の矯正施設に収容されることとなる。1992年に31歳で死亡するが、遺体の引き取り手は無く、2007年に荼毘に付された。


wikipediaからの受け売りになりますが、新聞ABCはカルロス・サウラのこのキャスティングなどを含めて作品をずいぶん批判したようです。bookOtro de los actores de una película de Saura detenido por un atraco サウラ作品の出演者、また一人強盗罪で逮捕」などの記事が例として挙げられています。

他紙にもいろいろ記事があります。
book 主演のバルデロマール、撮影中にヘロインを摂取
book 『急げ、急げ』の主役、銀行強盗で逮捕
book バルデロマール、出演作品鑑賞は刑務所内で
book バルデロマール、ヘロイン過剰摂取によりカラバンチェルで死亡 ………etc.


パブロがおばあちゃんを訪ねていく。「数日前におまえのことを聞きに刑事が来たよ」と言われて、ニヤッと笑って「それは少年院の時のことを聞きに来たのさあ」とはぐらかすシーン。あのバルデロマールのナチュラルな振る舞いの凄味と来たら。

セリフが棒読みであるのは目を瞑るとして、この作品の放つリアリティは当時の観客には衝撃だったのじゃないかなと想像します。パブロたちの銀行襲撃のニュースをMatías Pratsが報ずるシーンなんて、特に生々しく感じただろうと。


私はカルロス・サウラの音楽ものというか舞踊ものはほとんど興味が無い。残念ながら。彼の作品を数多く観たわけじゃないからなんとも言えないが、『Deprisa, deprisa』のような作品の方がずっとずっと好きだ。

でも『Deprisa, deprisa』の曲の挟み方が好きになれない。サウラの曲の使い方には前にも文句をつけたことがあったと思う。あれは、そうだ、『TAXI / タクシー』だ。「ダッサいタイミングでかかるので気恥ずかしくなる」とまで言った。ダメなんだよね。

カルロス・サウラ、本当に凄いと思う。彼の作品を観ていると鳥肌が立つ。でもどんなに彼を尊敬して彼の映画を称賛していても、曲の趣味は合わない。そういう合う・合わないは仕方のないこと。


(つづきはコメント欄で)

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Sunday, July 26, 2009

Los años desnudos / ヌード狂時代 [スペイン映画]

Los años desnudos来たる9月のLatin Beat Film Festival 09 / ラテンビートフィルムフェスティバル2009 / 第6回スペイン・ラテンアメリカ映画祭で上映される作品なので、細かいことはそれが済んだら書きます。


軽~くストーリー紹介
「トランシシオンtransición(移行)」期のスペインでは映画の検閲は廃止され、銀幕には女の裸が登場する。激しい性描写のある作品は「S」という指定を受けて公開されることとなった。

サンドラ、エバ、リナ―――「S」映画で出逢った女たちそれぞれの人生行路。end


昨年(2008年)のラテンビートフィルムフェスティバルのときから候補作品として検討されていたように聞いている。しかし昨年のこの時期はまだPost-productionの段階で間に合わなかったのじゃないかな。晴れて今年のラテンビートで観られることとなりました。

Dunia Ayaso・Felix Sabroso監督作品の前二作(『Perdona, bonita, pero Lucas me queria a mi 』と『チルアウト!』)よりも私はずっとずっとこれが好きだ。観れば観るほど染み入った。

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penいくつか予習メモを 
(以下、引用文中の改行やアラビア数字は私が勝手に):
1) 「トランシシオンtransición(移行)」期@wikipedia
・transición: 《スペイン》【史】【政】(フランコが死亡した1975年から新憲法発布の1978年までの民主主義への)移行期.


2) 『スペイン現代史―模索と挑戦の120年現代史』(第10章 スペインの社会変化)より:
……略……スペインは旧態依然の男尊女卑型法規が最近まで残っていた国である。フランコ時代の民法第57条は、夫の許可なく妻が就業することを禁じていた。妻は夫の許可なく雇用契約を結んだり、自営業を自分名義で始めることができなかった。……略……法律上は妻は夫の許可なく一定以上の期間にわたって自宅を留守にすることさえできなかった。

このような女性蔑視の法律が正式に廃止されたのは実にフランコ独裁体制末期の1975年のことである。

南欧社会では、男性が女性を保護する(だが実際は女性を自立した存在として認めず、女性から自由決定権を奪うものであった)法律が存在したが、スペインの場合、このような時代錯誤の法律が20年ほど前まで存続していた点に問題があった。同様の法律をイタリアはその56年前に、フランスは37年前に廃止していたのである。hairsalon


3) 『スペイン映画史史』(第8章 転換期のスペイン映画 1976年~1982年)より:

検閲の全廃と自由の代償
1976年4月ついに検閲は全廃された。表現の自由が認められたのである。……略……11月になってようやく新たな映画に関する政令が発表されるが、それに拠ると、作品の内容によっては観客の年令に従って入場制限があるが、これは検閲と言うには当たらない。

特に、性描写や暴力シーンの激しいものは「S」という指定が為され、特定の映画館でのみ上映されることになった。またポスターにはヌードなどは使用しないよう定められたが、これも青少年への影響を考えてのことで、表現の自由の制限には当たらない。要するに、社会常識の許す範囲内で多少の制限はあるものの、映画の制作に関してはほぼ完全な自由が保証されたのである。……略……

……略…… 時代の風潮とでも言おうか、それこそ必然性もなくやたらとヌードが出てきた。……略……

……略…… 1976年から77年にかけての二年間は、……略……スペイン映画では、それまでの「必然性」のある、しかも節度あるヌードに代わって、ヌードそのものが売り物の映画や「S」指定の作品がもてはやされた。……略……


4) WikipediaのCine españolの項から「El destape」についてなんとなく訳
※destape: 《話》(映画・ショーなどでの)体の露出;ヌード.

>……略……このジャンルで特に知られた女優としてはマリア・ホセ・カントゥード、ナディウスカ、アガタ・リスやブランカ・エストラダが挙げられるが、80年代に入り、興隆したときと同じくらい急速にこの業界が衰微すると彼女たちの人気も翳った。路線変更に成功した者もいれば消えて行った者もいたhairsalon


5) あとは参考ということで、こんな番組も:
youtube¿Te acuerdas? - 'Transición al desnudo'

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それから音楽notesについてもメモしておこうと思う。
日頃から、画面にかぶせてくる歌の詞に代弁させるというやり方は私は好きではない、歌詞で理解させる・歌詞で情報や感情を補足するのは横着なやり方だと思ってきたのだけど、本作ではところどころでそれをけっこう素直に味わってしまった。

1."Macho a Real One" (Celi Bee
この曲でディスコで踊りまくるまでの音の運び方が、私、なんだか気に入っちゃって。何度もそこばっかり巻き戻したわ。
youtubeCELI BEE - Macho a Real Real One ( Un Super Hit Inolvidable )

2."Soul Dracula" (Hot Blood)
youtubehot blood - soul dracula

3."Yo también necesito amar" (Ana y Johnny)
youtubeAna & Johnny-Yo También Necesito Amar

歌詞はこちらのブログなどから:
Letras y Lyrics del Recuerdo: Yo también necesito amar de Ana y Johnny

4."Lay Love On You" (Luisa Fernández)
youtubeLuisa Fernandez - Lay love on you

5."Acaríciame" (Susana Estrada)

6."Estoy bailando (Stò ballando)" (Daniela Goggi and Loretta Goggi)
youtubelas hermanas goggi - estoy bailando

7."Aún vivo para el amor" (Fernando Fernán Gómez

8."Algo de mí" (Amina Annabi)

9."You Are My Sister" (Antony and the Johnsonssister
youtubeAntony & the Johnsons on Letterman
youtubeAntony and the Johnsons-You Are My Sister


(コメント欄にメモ)

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Sunday, June 22, 2008

Mamá cumple cien años / ママは百歳 [スペイン映画]

mama cumple
(※フェデリコ・ガルシア・ロルカ図書館のDVDで鑑賞したので、ちょっとね、登場人物の「続柄」とか役名とか、ひょっとしたら間違えているかもしれない。メモしきれなかった)

(※字幕なし)

(※この作品単独でも理解にはそう困らないけど、『Ana y los lobos』の続編なんだった。あっちを先に観た方がよかった。順番まちがえたね)

ストーリー
アナは若い頃の一時期を過ごした大邸宅を夫のアントニオと共に訪れた。その屋敷の当主である老婦人が100歳の誕生日を迎えるので、そのお祝いに駆けつけたのである。この老婦人のことをアナは「ママ」と慕っている。家も庭園も自分の部屋も何もかもが昔のままで、アナは懐かしさに胸がいっぱいになった

庭園ではこの家の長男フェルナンドがグライダーで飛ぼうと奮闘していた。アナたちを玄関で迎えてくれたのは、三男フアンの嫁ルチであった。そのルチが言う。「フアンのことはこの家では禁句なの。おねがいね」。どうやらフアンは家を出て行って消息不明となっているらしい。

ルチの3人の娘も現れた。カルロタとナタリアは目を瞠るような美しい女に成長していた。末っ子のビクトリアは利発な子だが、まだまだ幼さも残っているようでいつまで経っても飛べない伯父フェルナンドのグライダー練習につきあってあげている。

「ホセはどこ?」とアナが二男のことを尋ねると、皆が驚いたように聞き返す。「貴女、知らなかったの? ホセは3年前に死んだのよ」。

アナがママを寝室に見舞う。老女は悪夢を見たという。ものすごい嵐が吹き荒れていたと。そして家族に対する愚痴をもアナに打ち明けた。「あなたは外国人だからこんなことも話せるの」。食事の席でカルロタが「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんが死んだらうちの土地はどうなるの? 区分けして売り払うのよね」と無遠慮に聞いたりするのを目にし、アナは戸惑う。

ママの100歳の祝宴を控え、懐かしい一家との嬉しい再会となるはずであったこの旅は、しかし、黒い渦となってアナを巻き込んでいく。

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これ、何年の作品だか知らずに観始めたのだけど、最初の方のシーンで「ママ」が「ホセ」の墓前で「3年前に死んで云々」と言うので、「あぁ、だったらこの作品は78~79年なんだね」と思った。フランコが死んだ75年11月20日から数えて3年ってことを言いたいんだろうな、と。そういうつもりでこの先を観るようにという指示なんだなと受け止めることにした。

私はもともと映画観るのにそういうことあんまりいちいち考えなかったんだけど、『カラスの飼育』なんかを観た後だと、やっぱりそういう風に観るように努めるもんだね。この『ママは百歳』も登場人物がおでこに札(ふだ)を貼っているようだった。

(※ただ…これ、字幕無しで図書館で一発勝負で観たので、人物関係の把握が間違ってるかもわかんないんだよな。「長男」「次男」「三男」なんて当てずっぽうです。

そこがもしも違っていると読解も間違ってきちゃうわけなので、うーーん、ほんとは何度か観たいね。DVDを入手して何度か観た方がいい。絶対)(というか、まず『Ana y los lobos』を観るべきだった)


監督: Carlos Saura カルロス・サウラ
脚本: Carlos Saura  あとたぶんRafael Azconaの手も入っていると思う

出演:
Geraldine Chaplin ジェラルディン・チャップリン ... Ana アナ
Norman Briski ... Antonio アントニオ(アナの夫)

Rafaela Aparicio ラファエラ・アパリシオ ... Mamá ママ
Fernando Fernán Gómez フェルナンド・フェルナン・ゴメス ... Fernando フェルナンド
Charo Soriano チャロ・ソリアーノ ... Luchi ルチ
José Vivó ホセ・ビボ ... Juan フアン

Amparo Muñoz アンパロ・ムニョス ... Natalia ナタリア
Ángeles Torres アンヘレス・トーレス ... Carlota カルロタ
Elisa Nandi エリサ・ナンディ ... Victoria ビクトリア

Rita Maiden ... Solange (お手伝いさんかな)
Monique Ciron ... Anny (たぶんお手伝いさん)


・今にも死にそうな百歳の老母。たった一度でいい、家族全員に集まってもらいたいと願っている。

・軍人で、軍服コレクション・銃器コレクションの部屋で銃の暴発によって死んだと言われる息子ホセ。

・アナへの憧れを断ち切れぬままこの歳まで生きてきたフェルナンド。十分に自信を持てず今でも母の指南を頼みにしている。空を飛ぶことに取りつかれているようだが、家計の逼迫という現実を認識しているかどうか怪しいものだ。

・フアンは愛人と出奔しようとしている。「こんな家、我慢ならないんだ。やっとお金ができそうだよ。二人の夢がもうすぐ叶うよ」と愛人に囁いている。

・ルチはそんな夫に向ける感情はもはやたいして持ち合わせていないようだ。それよりも金策に必死である。義母の目にはルチは「計算機のような女」と映っているようで、フアンが家出をしたのもルチのせいだと考えているらしい。この家屋敷を売却して金を作るため、ルチの行動はエスカレートしていく。

・亡くなった軍人ホセの気性を一番濃く受け継いだといわれるカルロタは、そんな母ルチの小細工に手を貸す。こともなげに。祖母の100歳パーティーの晩餐にカルロタが選んだ服は…

・ナタリアはドラッグもセックスもそれを楽しむのに何のためらいも感じない。奔放な彼女は母や姉と衝突して「みんな偽善者よ!」と泣き叫ぶ。

・アントニオはたまりかねてアナに言う。「この家は変だ。急いで帰ろう」。

Mamá cumple cien años@IMDb
ママは百歳@映画生活

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Friday, April 04, 2008

Tamaño natural [スペイン映画]

tamano natural先月亡くなったラファエル・アスコナが脚本、監督はベルランガという名コンビの作品。オリジナルはフランス語なのかな? 原題は『Grandeur nature』、スペイン語のタイトル『Tamaño Natural』も、英題の『Life Size』も、「形容詞: 等身大の,実物大の」という意味。

このジャケ写で‘等身大’と言ったら、何がテーマとなっているかもうわかるでしょ?

人形、ですよ。リアルドールですよ、オリエント工業ですよ。


あらすじ
45歳の歯科医ミシェルは仕事も妻との生活も平らかである。浮気もそれなりにしているが、それでも彼の日々は淡々と過ぎている。

そのミシェルがなにやら海外からの荷物の到着を港で待っている。今や遅しと彼が待っていた荷物とは、一人では運べないのではないかと思えるほどの大きな箱であった。歯科医院の奥の部屋で梱包を解く。箱の中で微笑んでいた美しい‘娘’を、彼は愛しそうに部屋の戸棚にしまった。

それからというもの、一日の仕事が終わり助手を追い立てるように帰してしまうと、ミシェルは奥の部屋に閉じこもり‘その娘’との甘美なひとときに溺れるのであった。いっしょに風呂に入り、服を着せ、写真を撮り、8mmにおさめ……。ミシェルのそうした変化にやがて妻のイサベルや老いた母親も気づく。
___________


これ、末期とはいえフランコ時代に書かれたわけでしょう? 撮影場所はシッチェスとマドリード(※どちらもスペイン国内)らしいけどお話の舞台設定がフランスとなっているのは、あのような体制下ではこんな話はもってのほかでフランスでのお話ということにでもしないと制作・公開が難しかったから、なのでしょうか??? (※求ムinfo)

IMDb的な評点は低いようだけども、いや、けっこう、けっこうよ。

興味深いという目で観るような作品でした。男性がどう見るかはわかりませんが、女としては、おぞましくもあり、そのおぞましさが怖くもある。そういう味わいの作品。Fundación Biblioteca Virtual Miguel de Cervantesにおけるアスコーナ関連記事中でも、「incomprendido e insuficientemente valorado 真価を理解されてはいない、十分に評価されているとはいえない作品」という記述があるけど、うん、示唆に富む作品でしたよ。


そう感じたのはもしかすると、この作品から30年も経った今、この物語がホントになってしまっているのを私が知っているからかもしれないね。1974年当時の人にはオハナシっぽさが強かったであろう現象が、30年後の日本(やそのほかの国々)で現実的になっているからかね。

2006年7月、そのような人形と結婚して同居する男性のYouTube動画がネット上で話題になったようで、その動画を見た若い人たちの反応としてはこんな感じだったみたいで、「きめえ」「きめえぇぇぇ」の連続である。

ちなみに私は今夜、まさに今、これらの記事を流し読みする過程で「ドーラー」なるジャンルの人たちの存在を知りました。

そういった現状に鑑みれば、アスコナもベルランガもあの時代に早くもこういう‘おもしろい’作品をよくまぁ作ったものだと、唸りませんか。


Tamaño natural (Grandeur nature)@IMDb

監督: Luis García Berlanga ルイス・ガルシア・ベルランガ
脚本: Rafael Azcona ラファエル・アスコーナ  Jean-Claude Carrière ジャン・クロード・カリエール  Luis García Berlanga

出演:
Michel Piccoli ミシェル・ピッコリ... Michel ミシェル
Valentine Tessier ヴァランティーヌ・テシエ ... Mother お母さん
Rada Rassimov ラーダ・ラシモフ ... Isabelle イサベル(妻)
Lucienne Hamon リュシエンヌ・アモン ... Juliette ジュリエット
Michel Aumont ミシェル・オーモン ... Henry アンリ(友人弁護士)
Queta Claver ケタ・クラベル ... María Luisa マリア・ルイサ(家政婦さん)
Manuel Alexandre マヌエル・アレクサンドレ ... Jose Luis ※役名はナタリオだと思う
Agustín González アグステイン・ゴンサレス ... Guitarist ギター弾いてた人

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Monday, January 16, 2006

Entre Tinieblas / バチ当たり修道院の最期 [スペイン映画]

バチ当たりだいたい、映画を観ている間にblogに書く方針が決まってくるようだ。「この映画は語彙が面白いのでとにかくそっちを」「これは罵倒系で」「これはあの実際の事件と絡めて」「これは他のあの作品と並べて」……etc.

しかし、今回の『バチ当たり修道院の最期』は……。どこからどうよじ登っていけばいいのかが全くわからないまま終わっちゃって、あぁどうしようという感じだった。私は禅問答は苦手なのね。映画を鑑賞するセンスは私には無いんだよ。もっと、こう、わかりやすく作ってくれないと困る。

新しい週が始まってしまったのでわからないまま慌てて書き始めたとこ、今。
_________


ヨランダはかつては理科の教師をしていたが今はナイトクラブの歌手である。歌手なんて続けていてもロクなことはないから教職に戻れと周りは言うが、もともと危なっかしい生き方は嫌いじゃないものでね。

ヨランダが手に入れて来たクスリを打って恋人が死んだ。捜査が迫り切羽詰った彼女は修道院に身を寄せることにした。ヨランダの熱烈なファンである尼僧長が助けになってくれるだろう。

この修道院は閉鎖の危機に直面している。以前は人殺しや麻薬中毒者、売春婦など、救いを求める者で溢れていたこの修道院だが、昨今は駆け込んでくる者も居ない。修道会でただ一人擁護してくれていた修道院長も重篤な状態にある。そこへもってきて、有力な寄進者であった侯爵が亡くなり、遺産を月々寄付するという約束を反故にすると侯爵夫人が言ってのけたのだ。

そんな困窮の修道院へヨランダは駆け込んだのだった。尼僧長の鶴の一声によりヨランダは丁重にもてなされる。

ヨランダの部屋に修道女が入れ替わり立ち代りやって来る。風変わりな女ばかりよく集まったものだ。苦行と屈辱の修行をしているらしい彼女たちには珍妙な名がつけられていた。もっとも卑しむべきものを理解しようという試みらしいが、それにしてもこんな名前をつけなくたって…

◆尼僧長フリア
ヤク中。ヘロイン派。ヨランダへの眼差しなど見るにつけ、どうも懇情の一言では説明できない思いを寄せているようである。

◆シスター堕落
虎の世話をしている(なんでトラ飼ってんのよ)。掃除大好き。

◆シスター毒蛇
神父に裁縫を教えてる。マリア像に着せる服のデザインは新素材をふんだんに用い、都会の夜の街から来たヨランダが「ぶっ飛んでる」と絶賛したほどアバンギャルドなデザイン。

(◇神父
シスター毒蛇に裁縫を教わってる。タバコがやめられない。シスター毒蛇をデイトに誘ったり)

◆シスターどぶ鼠
実はみんなに内緒で官能小説家との二足の草鞋。著書に『¡Largo de aquí, canalla! (とっとと失せな、ロクデナシ!)』など。

◆シスター肥溜め
料理が得意。たまにLSDをやり、サイケデリックな幻覚を見る。人殺しをして駆け込んだときに尼僧長フリアに庇護してもらった恩義を忘れていない。
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バチ当たり修道院の最期 DVD』のレビューにも、「修道院を舞台に、神をも恐れぬバチ当たりで風変わりな5人の尼僧が起こすハチャメチャな騒動を描くおバカコメディ」などと書いてあるから、ウーピー・ゴールドバーグの『天使にラブ・ソングを…』みたいだな………

(※『天使にラブ・ソングを…』あらすじ:
殺人現場を目撃してしまったクラブ歌手のデロリスは、ギャングに命をねらわれるはめになる。デロリスが身を隠した場所は、お堅い修道院……略……)


……とか思う?

違うんだよね。
もしもほんとに「ハチャメチャおバカコメディ」だったならば、私だって、こんなに考え込まなかったよ。この『バチ当たり~』を観終わってから何時間、何日が経ったのだ。ずっと手が出せなかったのは、『バチ当たり~』が私には難しすぎたからですよ。

※私はもともと映画鑑賞眼が無いので、そんな人間の言う‘難しさ’だと思ってこの先を読んでって。


この『バチ当たり~』は、先述のDVDのもう一点のレビューにあるような「カトリックを痛烈に揶揄したブラック・コメディ」から、‘コメディ’をマイナスしたくらいに考えて手に取った方がいいんじゃないかと思う。IMDbのコメント欄で、「DVD BOXにはfunnyって書いてあったけど、The film is more of a thought provoking film that explores social and religious issues. Labelling it funny doesn't do it justice.である」という人がいたけど、私もそう思うんだよね。


(かなり早送りしながら)見直して、たぶんこの辺に答えがあるのだろうと思うとこを2つ:

(1) 侯爵夫人が亡き夫の話をしつつ寄進打ち切りを宣告するシーン。

尼僧長: Era un buen siervo de Dios. (侯爵は敬虔な方でした)

侯爵夫人: Da igual. Como marido y como padre era un monstruo. (そんなこと関係ないわ。夫として父としてはヒトデナシでした)

尼: Tal vez era demasiado recto. (直情すぎたのかもしれませんね)

侯: Era un fascista. Desde que murió me siento liberada. Al fin, mi vida es mía. (あれはファシストよ。あの人が死んでから私は解放された気分だわ。やっと私の人生が私のものになったのよ)

……略……

侯: ¿Por qué no se enfrentan con la realidad y se van a Albacete? (現実に目を向けて田舎に引っ込めばいいじゃない)

尼: La juventud nos necesita. (若者には私たちが必要なんです)

侯: ¿Qué juventud? La juventud quiere que la dejemos en paz. La cuestión es que no tengo dinero. No sé si desde aquí habrá oído hablar de la crisis económica. (若者っていったいどこの? 若い人はほっといてくれって思ってるわよ。とにかく私はお金が無いの。あなた方はここに篭ってるから世間が不景気だってことを聞いたことがないのかもしれないけど)

尼: Pero si usted es millonaria. (だけど貴女は億万長者じゃありませんか)

侯: Para sobrevivir hoy día hay que serlo. Y yo no sólo quiero sobrevivir. Quiero VIVIR, ahora que nadie me controla. (今の世の中、生き抜くためには億万長者じゃなきゃね。で、私は生き抜きたいだけじゃないの、私は生きたいの。もう私を抑えつける人間も居なくなったんですから)
____


(2) シスターどぶネズミが妹に、還俗するかどうかという迷いを打ち明ける。

「今さら姉さんに何ができるというのか」と妹が冷たく却下する。「だって時代が変わって生活もずいぶん変わったんでしょう?」とシスターがたずねる。妹は(※実はこの妹はシスターどぶネズミに俗世間に出られては困るちょっとした事情を抱えてるんだが、おそらくそのために)、強い調子でこう言い含める:

「世間が変わったなんて修道女の抱く幻想に過ぎないの。姉さんたちは表に出ないからわからないのよ。世間はなーーーーーんにも変わっちゃいません! 昔とまーーったく一緒。」
_____


1975年にフランコが死んでからこの映画(1983年)までのスペイン現代史を踏まえて観たら、いろいろなぞらえるパーツが多くて楽しめて、また理解も深まるんじゃないの? そういう気がしました。勘だけど。ムリヤリだけど。

なんか、こう、ずっと長いこと目隠しされてきた者の被る損失というか、外の世界から隔絶してきた悲哀というか、見ざる言わざる聞かざるで発酵する悪というか。

フランコがまだ居た頃のスペインと、居なくなってから数年間のスペインの変わり方と変わらなさと。(あと、アルモドバルって信仰心はとっくの昔に捨てちゃってたんだっけ? っていうのとか、映画学校に進みたかったのにそこをフランコが閉校しちゃったんだっけ?とか)その辺の知識があればきっとこの映画を ――好きになるかどうかは別として―― 褒めることができるのかもね。などとなんとなく思ったんだけど、そこまで。

これ以上のことは私、考えても何も思いつかない。これが鍵なのだろうと感じるんだけれども、調べようとしたらきっと莫大なので、ここで放り投げることにする。無責任な形で投了。(語句メモなどはコメント欄で)

(スペイン映画)
Entre Tinieblas @IMDb (英題は『Dark Habits』)
バチ当たり修道院の最期 @goo
バチ当たり修道院の最期 @CinemaScape
バチ当たり修道院の最期 @映画生活
バチ当たり修道院の最期@ぽすれん
バチ~@シネマカフェ

監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作: ルイス・カルボ
脚本: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
撮影: アンヘル=ルイス・フェルナンデス
音楽: カム・エスパーニャ
 
出演:
クリスティーナ・サンチェス・パスクァル
フリエタ・セラーノ Julieta Serrano
カルメン・マウラ Carmen Maura
マリサ・パレーデス Marisa Paredes


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