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Friday, January 20, 2012

¿Y tú quién eres? [スペイン映画]

danger わりとサラっと観たので注意点がいくつかありますdanger

おはなし
アナは公証人の資格試験にむけて勉強に励んでいる。我が子をぜひとも公証人にというのは父ルイスの悲願でもあった。

受験勉強に精を出すアナを一人マドリードに残し、家族は避暑地サンセバスティアンのリゾートホテルへ行く。しかし今年はいつもの夏とは違う。最近アルツハイマーの初期症状が見られる祖父のリカルドは一緒ではないのだ。

リカルドを施設に預けていくという両親のことばにアナは反発を覚えるのであった。

マドリードに残ったアナは特別養護老人ホームに祖父を見舞ううちアルツハイマー型認知症患者が直面するさまざまな問題を目の当たりにする。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


いつも言うことだけど、私はこのブログで取り上げる作品に滅多にペケ(×)をつけない。たいていは「好き」か「ものすごく好き」だ。今、イベロアメリカ映画(スペイン語映画・ポルトガル語映画) 索引を見てみたが、これまでに合計で265作品くらい紹介してきたようだ。そしてペケをつけた作品はと言えば、5%も無いんじゃないの? いや5%(13作品)くらいはさすがにいってるかな。

さて私がこんな前置きをする時は、そうです、俺はこれからペケをつけるぞという挨拶です。


この作品はダメだ。ペケつけることしか見えてこない。私の大大大好きなマヌエル・アレクサンドレとホセ・ルイス・ロペス・バスケスが起用されているというのに、だ。


アントニオ・メルセロ監督といえば、2年前のゴヤ賞では栄誉賞を贈られた人です。(→ Premios Goya 2010: palmareses / 第24回ゴヤ賞発表: Cabina

あの当日のアリ・ババ39さんのコメントがこちらです:
hairsalon 自宅で名誉賞のゴヤ像を会長から手渡された唯一の人がアントニオ・メルセロ監督、アルツハイマー病でガラには出られなかった。代わりにステージには二人の息子が登壇、父親を称える素晴らしいスピーチをした。どんなふうに素晴らしかったか? そうね、アイタナ・サンチェス・ヒホン以下観衆の涙を見れば充分だよ。名誉賞では毎回目がウルウルするのだが、今年はもらい泣きしてしまいました。これが三つ目のサプライズでした。hairsalon


偉大な監督なのだろうとは私も思います。実際、1972年の中編『La cabina [スペイン映画]: Cabina』もとても面白かった。

だけど私は、小児ガン病棟で闘病する子どもたちを描いた同監督の『Planta 4ª [スペイン映画]: Cabina』はけっこう冷淡に書いたと思う。あの作品については、

・闘病ですね、ってだけの話ですね
・オーソドックス過ぎるだろ
・テレビドラマでこういうのあるよね
・実は演技がかなーり棒じゃない?
・この登場人物は今おもしろいことを言っていますよ・やっていますよという見せ方が定石すぎて、そういう意味ではすごいよね

ってことをやんわりと冷たく書いたと思う。


今回の『¿Y tú quién eres?』についても私はおんなじことを言うわ。そしてそれをもっと苛烈に言わなきゃいけない作品だった。

長くなると思うのでつづきはコメント欄に。軽くサラッと観たつもりなのに、こんなに長く文句を言わなきゃいけないなんて。

マヌエル・アレクサンドレとホセ・ルイス・ロペス・バスケスの壮大な無駄遣い。


¿Y tú quién eres? (2007) - IMDb
直訳: で、どちらさんでしたかな?

監督・脚本: Antonio Mercero アントニオ・メルセロ

出演:
Manuel Alexandre マヌエル・アレクサンドレ ... Abuelo 祖父リカルド
Cristina Brondo クリスティーナ・ブロンド ... Ana アナ: 孫娘
José Luis López Vázquez ホセ・ルイス・ロペス・バスケス ... Andrés リカルドの医療ホームでの同室者

Monti Castiñeiras モンティ・カスティニェイラス ... Fernando Castañeda 担当医師
Amparo Moreno アンパロ・モレーノ ... Alicia アリシア: 担当ヘルパー
Álvaro de Luna アルバロ・デ・ルナ ... Luis ルイス: アナの父親
Ángeles Macua アンヘレス・マクア ... Enriqueta エンリケタ: アナの母

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Comments

とにかく主役の孫娘、アナを演じるクリスティーナ・ブロンドがヒドい。

表情も演技も大根。いや、発声からして大根っていうことがあるもんだなあと感心した。日本のテレビドラマ(特に、「これ、お蔵入りになってたんだろー」と疑うような、製作から放送まで間が空いちゃってる2サスなど)には時々とんでもないレベルの大根が出てるけど、まあ、このクリスティーナ・ブロンドはあれに達するかってレベルだ。

私はスペイン語母語ではないけど、この人の演技が棒だってことは確信を持って言えるぞ。スペインにナンシー関がいたら、間違いなく「ぬいぐるみ演技」の烙印を押してるわ。

製作時に30歳なんだから、もうそんな歳でもないのに可愛い子ちゃんで在り続けようという姿勢が悪い。


・医療ホームだから入居者(認知症患者)の症例が様々に写されるんだが、お母さんに会いたいお母さんに会いたいと泣き叫び続ける入居者、空の乳母車を押しながら話しかけ続ける入居者に遭遇したときのクリスティーナ・ブロンドの表情は酷すぎて目も当てられない。だって、(´Д⊂グスンって涙ぐんでみたり唇噛みしめたりするんだぜ?

・担当医師との問診の場で祖父リカルドが「いやあ、昨晩はコンドームの夢を見てしまって…」と言い出した時に、「Σ(゚Д゚;) へ?」となってから「(゚Д゚ ) ハァ?」となる一連の表情の流れとか、陳腐すぎて見ていられない。

・医師から簡単なテストとして時計を紙に描くように言われた祖父を脇で見守っている孫娘のシーンですという時の表情もひどい。

・四苦八苦している祖父に脇からついつい助け船を出してしまうもんだから医師に次は手を貸さぬようにと釘を刺される。その時の、「はぁい (´・ω・`)ショボーン」+「てへぺろ(・ω<)」みたいな表情とか、

・「下町のあけすけなおばちゃんキャラです」という札を首から提げているような登場人物であるヘルパーのアリシアが、"Las pesetas y los cojones son para las ocasiones."という際どいジョークを口走った時にクリスティーナ・ブロンドが見せるキャッ(/ω\)イヤンの表情とか、

・祖父が思い出せず困っていた薬の名前をクリスティーナ・ブロンドが思い出してあげてみせるRIKACOみたいな「にーーーー」っていう表情とか、

・アリシアが妊娠してるんじゃないかと疑って、アリシアのお腹を横目でチラチラうかがう表情とか、

・祖父リカルドがいなくなってしまったと判る時に泣き出す様とか、

・自宅にも戻ってみて祖父を探し回ったけどやっぱり居なくてベッドに突っ伏して泣きじゃくるとか、

・祖父が居なくなったことを泣きながら父親に電話で知らせる時の表情とか……


………枚挙に遑がない。「バカバカしい」と白けることしかできなくなるひどい演技。ラストのラスト、大ラスですら、ダメな演技。コントレベルの演技。

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 11:40

クリスティーナ・ブロンド、もう貴女はテレビドラマから映画に戻ってこなくていいわ。テレビでホームコメディにでも出てればいいんじゃない。

彼女の演技は、映画だとか演技だとかについてド素人の私にですら、やっぱり映画女優というのとテレビ女優は違うんだなあと感じさせてくれた。


ベッドに倒れ込んで突っ伏して泣きじゃくるシーンなんて、あれよ、文字通り「ひっくひっくえーんえーん」という文字でも読んでいるかのように泣きじゃくるわけだけど、それはさておき、突っ伏したら髪の毛がバサッと顔にかぶっちゃうでしょ? だから「ひっくひっくえーんえーん」と泣きじゃくりつつも光速で髪の毛を指でかきわけてカメラに泣き顔を見せてくれちゃってんのよ?


それはフェラチオシーンの作法だろ?


演技者も演出者も何やってんだ。

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 11:49

孫娘(クリスティーナ・ブロンド)と祖父の担当医師との阿呆らしいロマンス、何を考えてこんなものを混ぜたのか。

意味が無い。

だったら孫娘と医師が乳繰り合ってる間に祖父が危険に晒されるようなシーンを入れるとかすれば、まだ少しは意味があったろうに。(……って、それじゃあ『氷点』か)


アナは公証人になるという自身の目標―――それは父の長年の望みでもあるのだが―――のためにこの夏まで猛勉強をしてきたという設定だが、この医療ホームに祖父を見舞ううちに職業観・人生観・社会観に変化が訪れ、ヘルパーになる決意を固める。

それは映画の中のアナも立派だし、映画の提示するお題としても有意義だと思うわ。


だけども、アナと祖父の担当医師が互いに色目をつかうような無駄なロマンスをストーリーに組み込んじゃっているから作品をチグハグにしてしまっているんだ。

あんな無駄な色恋沙汰を挟み入れるもんだから、この男にポーーーっとなっちゃってるが故に、アナがヘルパーとしての仕事の良さを殊更に自分に言い聞かせているようにも思えるわけだ。だから、「アナ、あんたはこの男とうまいこといきたいだけだよ」「ヘルパーになるという目標なんてとってつけただけでしょ」「もしかして公証人試験から逃げたいだけなんじゃないの」とかなんとか誰かが喝破するような展開でも当然来ると思ったよ、あたしは。

しかしそうは来ないんだ、この作品は。ヘルパーはやりがいのある仕事だから!で映画の中のアナは通しちゃってるし、映画もそれで通しちゃっておしまい。


我が人生の夢は子を公証人にすることだったのに、何年も勉強させて大学も出させて法律の勉強もさせてやったというのに今更ヘルパーになるだって!? 俺は絶対に反対だ、おまえのそんな決断など認めない、いま俺は人生最大に不愉快だ!と、悲憤慷慨していたくらいの父親ですよ? 

それくらいの父親ならば、「おまえはあの男に色惚けしてるだけだ」と、娘の自尊心を踏みにじるくらいの展開を用意したっていいじゃないか。

それが無い。

担当男性医師のそばでずっと働いてきたベテランヘルパーのアリシアだって、女としてあるいはもちろんヘルパーとしての立場からアナに何か意見は無いのか。

無いんだよ。反対意見だろうが応援だろうが、アリシアから何か意見が示されるでもない。


だからこの、無駄でしかない男性医師と孫娘の恋愛話は、「アナの恋、成就してよかったねー(棒」で終わっちゃうんだ。こんなもの、何の意味がある?

この作品は意味がない。

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 12:13

さきほど、「ヘルパーはやりがいのある仕事だから!で映画の中のアナは通しちゃってるし、映画もそれで通しちゃっておしまい」と書いた。

精査すれば、まあ、父親ルイスに「ヘルパーになろうだなんてもってのほかだ」と、まるで「ヘルパーなんぞに」と言いたげな口調で発話させてはいます。アナの進路変更について作品中で示される数少ない意見ではあります。

ただ、じゃあ、この父親は何故にそこまで子に公証人を目指させるのか、子が公証人コースを外れてヘルパーコースに向かったことでなぜあそこまで慨嘆したのか。何が彼をそこまで絶望させるのか、彼の過去に何があったのか。

その辺がまったく語られてなかったと思う。だから薄っぺらい。この作品には一枚のピラッピラのシナリオしかないんだ。


祖父リカルドが痔で苦しんでいるのでアナは専用のお座布団を買ってあげた。

さて、リカルドがホームを首尾良く脱走していくのを見届けるや、同室者のアンドレスは部屋に走って帰り、そのお座布団を勝手に使ってみるんです。

「え? あなたはこの座布団がそんなに羨ましかったんだ?」と、我々はその時に知らされる。

たしかにリカルドが座布団を孫からもらった時にアンドレスも座ってみて、「これは柔らかい!」とコメントしたりはしていたけど、その座布団を殊更に凝視していたとか、あるいは自分のところには家族が誰も訪れていないのにリカルドにはそんな孫娘が居ていいなあと思ってた、みたいな伏線があった……とかではないんだ。(アンドレスにだって娘や孫数人が面会に来ていた)

そういうキャラクター設定が事前に描かれてないから座布団エピソードも、ちょっぴりホロ苦+感動のエピソードですよというつもりで押し出してきたようだが、ちっとも効果がない。薄っぺらく終わっている。

ここまで高齢者になってもなお人はみな嫉妬やら羨望やらに突き動かされるんだ、とかいう描き方だってやろうと思えばできるでしょ。人生の終局に来ての親友とでもいう仲のアンドレスとリカルドだが、それをこんな座布団一枚のために裏切ったんだとかいうドラマ仕立てにだってできたろうに。

無いんだよ。この作品にはドラマが無いんだよ。なんなんだろうか、この淡々とした話し運びは。

人間の醜さ・浅ましさ・卑しさ・哀しさを見せてくれ。業の深さを描いてくれよ。

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 12:41

祖父リカルドがホームを脱走し行方不明となる事件が起きた。だからホームは退院して、アナの家族はおじいさんをやっぱり自宅に迎え入れる。

各部屋の扉に表札をつけてみたり、絨毯を取り除いてみたりなどの物理的な準備をするが、そこの描写は慌ただしく44秒だ、44秒だけだぞ。

そういう物理的な準備を描くことで認知症患者と共に生きていく家族の心がけの変革を描けたはずじゃあないのか? それなのにそこに44秒しかかけていない。

こんなことならば映画の中のもっと早い時間帯で事件は起きるべきだし、意識変革のくだりにもっと時間を割けただろう。

しかしそれに44秒しか割かず、そして家長のルイスは依然として娘アナのヘルパー志望に異論反論があるという締め括り方をしているので、じゃあ、それなんだろう。この作品はそれを見せたかったんでしょうということになっちゃうよ? 「変わらなかったねー」「たいへんだねー」「どうするんだろねー」という終わり方。

それでよかったのか?それを見せたかったというわけなんだな?

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 12:55

問診では三つの単語を記憶できるかどうかのテストもやっていた。その記憶テストをそのままタイトルにしたドキュメンタリー作品がこちらです ⇒ Bicicleta, cullera, poma / Bicicleta, cuchara, manzana [スペイン映画]: Cabina 

こちらは本当によかった。

Posted by: Reine | Friday, January 20, 2012 at 12:58

うん。私の言いたいことはこのレビュアーが言ってくれている

Crítica de Sergio a ¿Y tú quién eres? - FilmAffinity

Posted by: Reine | Saturday, January 21, 2012 at 19:31

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