Primos / マルティナの住む街 [スペイン映画]
( わりとサラっと観たので注意点がいくつかあります。)
おはなし
結婚式の直前に婚約者から別れを切り出されうちひしがれるディエゴ。いとこのフリアンとホセ・ミゲルが元気づけようとするがディエゴの嘆きはそう簡単に薄らぐものでもないようだ。
やがてホセ・ミゲルが一人の女性のことを思い出す。「マルティナ……」。10年前、ディエゴが童貞を喪った相手である。この従兄弟三人組が子どものころに夏ごとに避暑に行っていた村、コミーリャス。そこでディエゴはマルティナに恋をして、永遠の愛を誓った。
マルティナを探しに行こう―――。三人はコミーリャスに向かう。
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来たるLatin Beat Film Festival 2011 / 第8回ラテンビート映画祭 / ラテンビートフィルムフェスティバル2011 / スペイン・ラテンアメリカ映画祭で上映される作品。
私はイベロアメリカ映画を観る人が増えてくれた方が嬉しいから、たとえば『Mentiras y gordas / セックスとパーティーと嘘 [スペイン映画]』でも映画祭の前に悪く書くことはなかった。でもこの作品は、何度かBG“V”として再生を終えた現時点では、あまり褒めようという気がしていない。残念なことだ。
ダニエル・サンチェス・アレバロ監督や主演のキム・グティエレスの仕事を離れたところでの親しげな関わり合い方をいつも微笑ましく思っているから、そういう個人感情からもあまりネガティブなことは書きにくいわけだけれども、でもやっぱりこれは『Azuloscurocasinegro / 漆黒のような深い青 [スペイン映画]』ほど好きではない。監督、プロデューサー、撮影、キャストの幾人もが重なってはいるけれど、出来栄えが大きく違う。
日ごろから私は劇中で主人公がステージに上がって歌ったり踊ったり、そして観客がヒューヒュー、ヤンヤヤンヤというシーンを含む作品は好きではないので、その点でもこの作品が肌に合わなかったのかな。ああいうの、寒いっていうか痛いっていうか片腹痛いっていうか、「目のやり場に困る感じ」でダメなんだよ、私。土ワイのファッションショーみたいな寒々しさを感じてしまうんだよ。(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は除く)
言葉は面白い。ただ、こないだ友人が言っていたことだけれども、セリフの面白さが字幕に入りきるだろうかという懸念があります。一つ一つのセリフの単語数が多いからね(短い時間に速く詰め込んである)。聞き取りは楽なレベルではないと思う。
万一セリフのおかしみやテンポの良さが字幕では伝わらなかった場合、この作品に他にどれだけの魅力の貯金があるだろうか。私はそれをハラハラと見守るような気分です。
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Comments
・PRIMOS: La película
・Primos (2011) - IMDb
直訳: いとこ
監督・脚本: Daniel Sánchez Arévalo ダニエル・サンチェス・アレバロ
出演:
Quim Gutiérrez キム・グティエレス ... Diego ディエゴ
Núria Gago ヌリア・ガゴ ... Yolanda ヨランダ: 挙式直前にディエゴをふった
Raúl Arévalo ラウル・アレバロ ... Julián フリアン: ディエゴの従兄; 重機のセールスマンで営業成績は抜群らしい; あだなは“Sardinuca”
Adrián Lastra アドリアン・ラストラ ... José Miguel ホセ・ミゲル: ディエゴやフリアンの従弟; アフガン派兵で片目を失い、そのPTSDからまだまだ解放されていない。
Alicia Rubio アリシア・ルビオ ... Toña トーニャ: ホセ・ミゲルの恋人。ホセ・ミゲルに対して過干渉。支配的。
Inma Cuesta インマ・クエスタ ... Martina マルティナ: 幼い頃から避暑でコミーリャスを訪れディエゴとはいわゆる両思いの仲だった。(この女優は美しい。美胸)
Marcos Ruiz マルコス・ルイス ... Dani ダニ: マルティナの息子で9歳。神経の細すぎるところがある。
Antonio de la Torre アントニオ・デ・ラ・トーレ ... El Bachi エル・バッチ: この村でレンタルビデオ屋を経営していた。妻とは仲睦まじく、娘は可愛らしく、小船で釣りを楽しむバッチという大人の男は、少年だったフリアンのヒーローだった。
Clara Lago クララ・ラゴ ... Clara クララ: バッチの娘。町外れの売春宿で働いている。父との間に入ったひびを修復できずにいる。幼い頃はフリアンを慕って後を追いかけてばかりいた。
人物の設定が、特に従弟のホセ・ミゲルの設定がちぐはぐだ。アフガニスタン派兵で名誉の負傷で片目を失ってPTSD…とかいう設定を安易に使っていすぎだ。そして《心の傷を克服できていない人》というのを演じるのに《幼児性》の誇張という描き方・演じ方で来られると、見ているこっちとしてはけっこうキツいものがある。
それでいて、見知らぬ人がたくさんいるはずのステージにのぼって、一つの演目を実に滑らかにやりとげてしまうなど、この人物の設定のほころびを気にせずにはいられなかった。(あの時に吹っ切れたんですよって?)
いったいこのアフガン帰還兵はどこをどう病んでいて、だからどうなの?というのが見えてこない。
そういうディテールはさあ、ドラマ性の強い作品で一人一人の内面を抉るっていうわけでもない、“たかが”コメディなんだから大目に見ようよ……って?
この3人の従兄弟たちおよびその周囲の老若男女の抱える欠点は観る者の誰もが何かしら持っている欠陥であるからして……とか、そういう訳知り顔で鑑賞して、それでホロッとしていれば正解なのかな、この作品は。
Posted by: Reine | Thursday, August 11, 2011 20:42
語句メモ
・poner el dedo en la llaga
・petardo, da:1. m. y f. despect. coloq. Persona o cosa pesada, aburrida o fastidiosa.
例) No aguanto a tu amiga. Es una petarda.
・a tope: 3. loc. adv. Hasta el límite de las fuerzas o posibilidades. Bailar, jugar, divertirse a tope.
・赤、青、緑のTシャツを着て座っているので「パルチスみたいだわね」
⇒"parchís" - Buscar con Google(テーブルゲーム)
・(SEXの時にコンドームをはじめっから装着したかという話の中で)
→・liquidillo del principio: 特にコレと決まった言い方があるのかどうか知らないが、この文脈ではこれは「カウパー氏腺液」だね。俗語では……、ちょっとここには書かないわ。いや、ここにもなにも、どこにも書かないわ。
・「私はずっとあなたのことを待ってたわよ、ペネロペみたいに」
⇒ ・ペネロペ の意味とは - Yahoo!辞書
・empalmado: tener el pene en erección.
・colleja: 1. f. Golpe que se da en la nuca con la palma de la mano.
・pirar: 2. prnl. Fugarse, irse.
例) Manolo se piró de casa
・(窓の外から大声で呼びかける)
「¡Martina, baja y haznos una paja! マルティナ、降りて来て俺たちに[ ]してくれよ」。ちょっとここでは書けない。ここではもなにも、どこでも書けない。
・1995年のお祭りのステージでこの三人組がBackstreet Boysの“As Long As You Love Me”を披露した時のビデオを懐かしそうに鑑賞する。が、この曲は1997年の曲らしいから、1995年のお祭りシーンとしたのは思い切りgoofということになると思うのだけど、どうなのか。
・ウィキペディアだけど、⇒ As Long As You Love Me (Canción) - Wikipedia, la enciclopedia libre
・フリアンが子どものころに初めてバッチの店で借りたのは『Tesis / 殺人論文・次に私が殺される [スペイン映画]: Cabina』。スペイン映画は興味ないと断わったフリアンの頭をバッチは軽くはたいて、「おまえ、このアメナーバルって男は天才だぞ」と言ったらしい。
・フリアンとバッチが飲んでいる店はTaberna del Muelle
All sizes | Taberna del Muelle en Comillas | Flickr - Photo Sharing!
Posted by: Reine | Thursday, August 11, 2011 20:53
初のコメディに挑戦
B: カビナさんの評価は厳しすぎますね(笑)。前2作がよかっただけに落胆したかな。
A: 前2作に及ばないのは確か、ドラマよりコメディのほうがずっと難しい。エンリケ・ウルビスのコメディのようにハリウッド1930年代の古典が下敷きにあるとサマになる。
B: 地方都市コミーリャスは避暑地として有名ですが、日本では観光ルートから外れているので馴染みがありません。しかしカンタブリアの海と山の緑は目に優しい。
A: 最近では、近くのサンティリャーナ・デル・マールやアルタミラ洞窟を訪れるルートに入るようになりました。若い頃のガウディが設計した「エル・カプリチョ」(Gaudí: EL CAPRICHO; 現レストラン)やマルトレルのコミーリャス教皇大学(Universidad Pontificia Comillas)などの建築物があり、夏場は映画にも登場した移動遊園地ができて賑やかです。
B: 現代物のコメディの舞台は都会が多い。
A: 現地の人のクレームがつきますからね。ここでも主人公たちは都会からやってきた人間、町中をやたら走らせて観光ガイドに一役買っている。コメディの新しいタイプになるかもしれない。
B: 3人がお土産ショップで買ったコミーリャスの名前入りTシャツ、赤(ディエゴ)緑(フリアン)青(ホセ・ミゲル)を着るのもそうかな。カンタブリア州が協賛している。
A: コミーリャスcomillasというのはスペイン語では引用符“”のことで、引用符で囲むことを“entrecomillar”という。Tシャツに「FIESTAS“entre”COMILLAS」とプリントされていた。映画用に作ったのかもしれないが。
Posted by: アリ・ババ39 | Monday, August 22, 2011 21:04
B: 前2作の登場人物たちは、いずれも何か一つのことに捕らわれると抜け出せなくなる閉所恐怖症的なタイプが多かった。例えば「漆黒のような深い青」の主人公は、エリートサラリーマンになることに拘った。
A: 造語までした原題“Azuloscurocasinegro”は、エリートが着用する濃紺の背広の色ですね。「デブたち」は言うまでもなく肥満です。監督自身は2作続いて成功したことで逆に精神的危機に陥ってしまった。
B: 多くの若い監督が辿る道です。『アナとオットー』後のフリオ・メデム、『テシス』や『アザーズ』後のアメナバルとかもブランクが長かった。
A: 察するに傷だらけのディエゴのような酸欠状態だったらしい。「若い監督」といっても日本風にいうとアラフォー世代になりましたから、今までとは違う作品に挑戦したくなって当然ですよ。
B: まさにチェンジ、旅に出る必要があったということだ。
A: デビュー作のキム・グティエレスを呼び戻し、‘心友’ラウル・アレバロ、いつも「義兄さん」と呼んでる神出鬼没のアントニオ・デ・ラ・トーレに、新しくアドリアン・ラストラを加えてコミーリャスへの旅が始まったというわけです。
B: コミーリャスで彼らを待っていたのがディエゴ初恋のひとマルティナ、このインマ・クエスタ起用は収穫ですね。
A: 2009年から始まった人気テレドラ“Aguila Roja”(~2010)でブレイクしたアンダルシアはハエン生れの31歳、これは今年映画にもなった。このあと話題作に出演しているので要チェックです。
B: マルティナのような女性は現実には存在しない(笑)。
A: ええ、ディエゴの理想像として登場させている。
Posted by: アリ・ババ39 | Monday, August 22, 2011 21:05
「Primos」に先行して短編を撮っていた
B: “(Uno de los)primos”(2010)という短編ですね。
A: ラテンビート上映作品ですからネタバレになるといけないので、最初の教会のシーンとだけ言っておきます。またここが映画全体を雄弁に語っている個所だとも言い添えます。
B: カビナさんがセリフが長くて字数制限のある字幕に収まるかどうかと。
A: ギャグも含めてスペイン語より日本語が堪能でないとタテにならないかもね。
B: しかし、それはコメディ全体に言えることですね。
A: 横道に逸れますが、昨年鬼籍入りした監督ガルシア・ベルランガの映画は、スペイン国内では大人気でも海外ではそれほどではない(日本では映画祭上映だけ)。その原因が字幕翻訳にあると歴史家で脚本家でもあるロマン・グベルンRoman Gubern(www.romangubern.com )が語っています。「フランスで“ Placido ”を見る機会があったが、ちゃんと翻訳されていたのは20%」と手厳しい。
B: にわかには信じがたい、ヨコからヨコでもね。
A: 本作のように「2010年夏コミーリャス」がスクリーンで明言されてると、余計大変かもしれない。
B: それに関して、カビナさんが15年前のビデオを皆で見るシーン、つまり1995年のフィエスタのシーンで3人が歌った“As long as you love me”は、1997年にできた曲だと書かれていますが。
A: これは他の監督もやるイタズラね。例えばアルモドバルも『抱擁のかけら』で、まだ存在しなかった人気のモローゾ・ブランドの椅子をちゃっかり置いていた。
Posted by: アリ・ババ39 | Monday, August 22, 2011 21:06
いつも今がいちばん素晴らしい
B: 現在の失敗や恐怖を克服するため思春期に夏を過ごしたコミーリャスに戻る。若返りの旅でもあるわけですね。
A: 3人は青春時代に戻りたいのですが、マルティナは大人の女性になっていて戻れない。大人を忘れたいディエゴと大人をやめられないマルティナのミスマッチが切ない。もともと二人のロマンスは傷ついていたわけですから、過去が彼らを自由にしない。しかし現実あっての過去だよね。
B: フリアンは矛盾に満ちていて外からは内面の葛藤が見えない。コミーリャスでは子供の頃の渾名サルディヌカを演じるが、夏が終われば背広姿になれるだろう。
A: もっとも悲喜劇的、カリカチュアの限界に挑戦したのがアドリアン・ラストラ扮するホセ・ミゲル。 アフガンで右目だけでなく精神のバランスまで失っている。落下傘降下部隊に属していたから高所恐怖症、広場恐怖症、花火の音にも脅えている。座ったときの足の組み方を見過ごさないでほしい。
B: だだっ広い海を見はるかす砂浜では怖くて目が開けていられない。おどおどしてるかと思うと突然破壊的になる。
A: ラストラは日本初登場ですが、バレエやミュージカルにも出演している俳優、日本の若い女性の好みかしらね。マルティナの9歳の息子ダニは繊細で傷つき方がホセ・ミゲルに似ている。
B: ダニ役のマルコス・ルイスの演技も上手かった。ダニはダニエルの愛称、ひょっとするとこの少年には監督の子供時代が隠されているのかもしれない。
A: フリアンの子供時代の英雄エル・バッチも今じゃただの酔っ払い。このバッチ役に神出鬼没のデ・ラ・トーレが扮した。
B: 現れるだけで絵になる役者。
A: 本筋から逸れるけれど、脚本執筆中の監督にまだ夜の8時だというのに酔っ払って電話してきた。「こんな早い時刻から酔っ払っているなんて!」とイライラして怒鳴ったら、10分ぐらいしてまた掛けてきた。今度は普通の声で「オレがどうしたって、ダニ?」と。
B: 担がれたんですね。脚本に煮詰まっているんじゃないかとバッチに扮して掛けてきたんだ。
タイトルは映画の「顔」
A: ビガス・ルナの『マルティナは海』(2001)とホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』(2007)を足して2で割ったような邦題にはどうも。
B: 最初に映画祭サイトにアップされたときは確か「いとこ同士」だったかな。
A: いろんな事情があるのかもしれませんが、監督はデビュー作も4語‘Azul oscuro casi negro’を1語に造語したほど1語タイトルに拘った。第2作が“Gordos”(「デブたち」)、次回作が“Paracuellos”です。カルロス・ヒメネスの人気コミックの映画化。製作はヒット作を量産しているフェルナンド・ボバイラが責任者のMad Produccionesに決定。コミックはスペインでも下降線を描いていますが、頓挫しないことを祈りたい。
Posted by: アリ・ババ39 | Monday, August 22, 2011 21:08