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Thursday, February 10, 2011

María y yo [スペイン映画]

Maria y yo このあいだスペインで友人と泣きながら観たドキュメンタリー。この下書きをする間もぽろぽろ涙がこぼれてしかたなかった。しあさって発表されるゴヤ賞のドキュメンタリー賞にノミネートされています。

おはなし
漫画『MAKOKI』を世に送り出したミゲル・ガリャルド。彼の14歳になる娘マリアはいわゆる自閉症児である。マリアはミゲルの住むバルセロナからは3000km離れたカナリアに母マイと暮らしている。ミゲルは時々娘を訪ねてカナリアに行き、リゾート地で二人っきりの時間を楽しむ。

ミゲルとマイが自閉症児との生活をカメラの前で語る。

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danger たぶん7割くらい書いてしまいますdanger

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今日はけっこう書くからね

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diamond マリアが生まれた直後からミゲルはその姿を描き始めた。「よそのお父さんは写真を撮るところだろうが、私は絵を描いていた。職業病というやつだろう」。マリアの一コマ一コマを描いたそのノートブックには「○ヶ月と▲日、初めて風邪をひきました」など日常が詳細に綴られており、赤ちゃんを見つめる両親の眼差しの優しさにつられてこちらも微笑んでしまう。

どこか少し違うようだと初めに気づいたのは母親のマイだった。
「マリアは私のことが好きじゃないみたい」とマイは言った。ミゲルは「赤ちゃんが君のことを好きじゃないなんて、ありえないだろ」と返した。

「そういうことじゃないの。なにか違うと思うの」。発達障害という認識があったわけではないが、歳の離れた弟やいとこの世話をしてきたマイの目には我が子マリアは少し“違う”のだった。

ミゲルは言う。「正直言って僕はなにも気づかなかったんだ。小児科医などの診断を経て心配をしはじめたわけです。そうしてようやく僕はどうやらマイの話を真剣に聞いていなかったのだと悟りました」。


diamond 生後10ヶ月、マリアの発達には通常と明らかな差がみられた。生後11ヶ月でマリアは6ヶ月児の発達程度であった。マイは「どうしてかしら。どこで私はいけないことをしてしまったのか。どうして私の赤ちゃんが?」という罪悪感にも似た感情に囚われたと言う。1歳の誕生日は「悲しいお誕生日でしたね……」。


マリアは、あの子は、波の向こうに見える島のようだ。ふだんは辿り着けない。潮が引いた時だけそばに行ける」。


diamond 8歳で最終的な診断がなされた。そのあいだミゲルたちは自閉症児の子育てをする仲間に支えられて歩んだ。苦悩で眠れぬ夜を過ごし、答えの見つかるはずもない自問を繰り返し、自分だけが異形の者であるように感じた。どこの親もそうだろう。「でも皆さんから僕らは魂を学び取りました。前へ進もうという意欲と、無限の愛と無尽蔵の忍耐力を」。

歩き方を覚えるのも他の子と比べたらそれはそれは“ゆっくりさん”だったマリア。勿論、しゃべることも遅かった。それが今、マリアはのべつ誰かに話しかけている。

「『マリア、おねがい、ちょっと黙っててくれる?』なんて言う日が来るなんて、昔は夢にも思いませんでした」と母親のマイは喜びを隠しきれない表情で語る。「それに、他人に反応するようになりましたよね。マリアなりの返し方ではありますけどね。特定の物事に興味を示すようにもなりました。あの子はものすごく努力してここまでできるようになったんですよ。私にとってあの子はチャンピオンなんです」。

マリアは人前で照れるとか恥じらうということがない。人がいようがいまいが奇声をあげるときはあげる。人々の視線が瞬時にマリアに注がれる。好奇の目、憐憫の目、そして時に慈愛の目。マリアを見遣るときの人々の表情がミゲルを閉口させることもある。「鬱陶しく、そして悲しくなることもありますよ」。


diamond 学齢期を迎えた頃のマリアは普通学級に通わせる状態に達しているとは言い難かった。両親はマリアを障害児学校に通わせる選択をする。「あの子には専門家が必要だと思いました」とマイは振り返る。「教職員のスタッフの中にたとえば言語療法士や理学療法士、特別支援教育の先生がいてくれる学校がよかった」。


ミゲルは言う。
「現代社会の傾向として、あるじゃないですか、平等絶対主義というんでしょうか。みんな平等で、機会均等でって。マリアがふつうの子とおんなじ学校に行く意味はないですよ。だってそこには相互関係が築かれはしないんですから。それに子供というのは特に残酷なものでしょう……子供はね、障害をもったりした子からは距離を置こうとするものですよ。ほんの僅かな差異であってもね。

僕はマリアが他の子と同等の機会を与えられるようであってほしいとは思いません。そうじゃなくてより多くの機会を与えてやってくれと思っているんです。あの子にはその資格があるから。あの子には必要なことだから。マリアをふつうの子と同じように扱ってくれと言うんでもない。僕はね、あの子が大事に大事に扱われますようにって願っています。あの子の行く先々にレッドカーペットを敷くぐらいにね(笑 

僕が四六時中そばにいてやってやれることはなんだってしてやりたい。

僕はマリアが他の子と同等になれなんて願っていない。マリアをふつうの子らしく見せるように躍起になったりもしないし、マリアにそう要求するはずもない。ただただあの子があの子なりの小さな世界で幸せであってくれと望むだけです。あの子なりのペースでいいから少しずつ進んでいってくれって。僕はあの子にとって不可能な目標を掲げたりはしませんから」


母親のマイが言う。
「マリア自身は自分が他人と違うとは気づいていません。それでよかったと思います。だからあの子は幸せに暮らしているのだと思うんですよ。ええ、私はそう思っています。あの子はとても幸せな女の子。周りから愛されてね。ううん、他者から愛されているから幸せだっていうのは違いますね。好かれているのに幸せじゃないってことだってありますものね。

……あの子は一日中微笑んでいるんです。学校のお友達、新しく知り合った人たち、前からのお友達、バルセロナの家族・親戚、とにかくみんなとのふれあいをこよなく愛しているの。うん。私思うんですよ。あの子は幸せな子だって」


diamond 友達の親御さんたちとミゲルがいつも漠然と共有している感覚というものがある。あたりを漂っているおぞましく厭わしい感覚。「自分たちがあとに死ねたら……という思いです」とミゲル。

子供たちを自分の命の続く限りいつまでも守り続けたいと願う親の気持ち。自分が先にいなくなって子供が後に残されることになってしまったらという親の憂い。我が子のことを誰よりもよく理解しているのは自分なのだという親の自信。ミゲルら、親の心の中にそういった感情がないまぜになっている。

「誰かマリアの世話をしてやってほしいと切に願っています。世話といっても物質的な意味ではなくて、マリアの衣食住が足りてる足りていないの問題ではなくて、私が言いたいのは、私がもはやこの世にはいないとなった時、マリアのことを愛し続けてくれる誰かがいてほしいということなのです。あの子を愛して、理解してくれる人が。……そのことを考えています。この先、マリアにそのような人が現われますように、って」。これがマイの願いである。

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Comments

diamond 父娘二人だけのバカンスも終わりに近づく。マリアはビーチの砂を手にとっては滑り落ちる砂を見つめている。砂の一粒一粒を数えているのかと思うほどその遊びに没頭している。ミゲルは少し離れたところからそんな娘を見て思う。

「あの子が閉ざしてしまう扉の向こう側の楽園もこんな感じだったらいいな。さらさらの砂がどこまでも続く砂浜、青い水平線、沈まないお日様と赤いバケツ。僕らはあの子の周りに居て、やがて居なくなるんだ。マリアを見ているとこんなことを思う。あの子は居なくなった人のことを懐かしく思ったりはしないんじゃないかって。この極上の浜辺とサラサラの砂がいつまでもあの子のそばにあればいいな」。

・そのシーンでかかる曲はVetusta Morlaの『Un Dia En El Mundo』のたぶん6曲目、“La Marea”という曲

Posted by: Reine | Thursday, February 10, 2011 at 21:50

いくつかメモ
・deformación profesional: 1. f. Hábito de hacer o pensar ciertas cosas debido a la profesión que se ejerce.

・jorobar: 1. tr. coloq. Fastidiar, molestar. U. t. c. prnl.

・nudo en la garganta:
1. m. Impedimento que se suele sentir en ella y estorba el tragar, hablar y algunas veces respirar.
2. m. Aflicción o congoja que impide explicarse o hablar.

・logopeda.1. com. Persona versada en las técnicas de la logopedia
→・logopedia: 1. f. Conjunto de métodos para enseñar una fonación normal a quien tiene dificultades de pronunciación.

・fisioterapeuta: 1. com. Persona especializada en aplicar la fisioterapia.
→・fisioterapia: 1. f. Med. Método curativo por medios naturales, como el aire, el agua, la luz, etc., o mecánicos, como el masaje, la gimnasia, etc.

・primar: …より上に立つ,…に優る.
1. tr. Conceder primacía a algo.
2. intr. Prevalecer, predominar, sobresalir.

・乳幼児期の検査項目でマリアが「しなかった」ことのリストが読み上げられる

抱きつく
愛情を示す
遊びに反応する
微笑む
腕をつかう
歌に反応する
愛撫に反応する ………


・“自閉症児”を抱える親たちはその正体がわからない。名前がよくわからないとミゲルが言う
-Trastorno del desarrollo
-Sindrome de X Fragil
-T.E.A.
-Sindrome de Angelman
-Encefalopatia
-Dispraxia
-Deficit de Atencion
-Retraso mental
-Sindrome de Williams
そして《DISCAPACIDAD

“autismo”と呼ばれる症例が引き起こされる原因は専門家も掴んでおらず、それで様々細分化した症例を大きく「TRASTORNOS DEL ESPECTRO AUTISTA」という語で説明するようになってきた。

・T.E.A.の人たちは外部からの刺激を分類して受け止めることや整理することができていないのだと聞く。外からの刺激のなにもかもが混ざり合った雑音として届いているのだとか。20個のテレビの前に座り、それぞれ違う番組を流し続けているのをずっと見つめているようなものだろうか。……といった説明がはいる。


・マイが「自閉症児を育てる親のための指導書を買って勉強した」と言っているのは、『自閉症スペクトル―親と専門家のためのガイドブック』(ローナ・ウィング著)だと思う。

Posted by: Reine | Friday, February 11, 2011 at 11:02

・1983年というと少し古いのかもしれないけどたとえばこういうPDFを見かけた
book 『自閉症児の早期徴候と折れ線型経過に関する報告』
厚生省:発達神経学的にみた自閉症の予防と治療に関する研究
昭和58年度研究総括報告書

広汎性発達障害 Pervasive Developmental Disorders  ―  自閉性障害 Autistic Disorder(社団法人日本自閉症協会)

・また別のPDF book 自閉症の理解・定義・症状・特性理解 (北海道札幌養護学校)

Posted by: Reine | Friday, February 11, 2011 at 11:07

María y yo@IMDb

監督: Félix Fernández de Castro フェリックス・フェルナンデス・デ・カストロ

原作: Miguel Gallardo ミゲル・ガリャルド
脚本: Félix Fernández de Castro  Ibon Olaskoaga イボン・オラスコアガ

・ミゲルとマリアの会話の一部がカタラン(そこはスペイン語字幕が表示される)。DVDはスペイン語、英語、聴覚障害者向けの字幕。

・字幕なしで観る場合、どうかな、ミゲルやマイの話し方は速いけれども聞き取りづらいスペイン語ではないと思う。速過ぎることはない。スペイン語学習者(で、んー、DELEのB2から上ぐらいの人)はディクテーションをしてみるとおもしろいと思う。そういう速さ・くぐもり方。

Posted by: Reine | Friday, February 11, 2011 at 19:19

ほほう。セルバンテスで上映するらしい。ほんとに?? これから載るわけですね? ⇒ スペイン語圏の文化イベントスケジュール | セルバンテス文化センター東京

Twitter / @CervantesTokio: 5月25日18時30分~以下の映画上映します。西語上映、英語字幕。セルバンテス文化センター @urinozo 「María y yo [スペイン映画]」http://azafran.tea-nifty.com/blog/2011/02/maria-y-yo-ce39.html


しっかしね……なんだか微妙~~に失敬なやり方だな。リンクを紹介するならばいわゆる“一次ソース”、つまりこのブログ記事URLだけをあっさり記載すればいいことなんだと思うけどね。

セルバンテスのスタッフのこういうところのぞんざいでぐだぐだでなあなあの感じがダメなんだよ。

Posted by: Reine | Wednesday, May 04, 2011 at 13:40

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