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Saturday, February 05, 2011

El Bola [スペイン映画]

El Bolaおはなし
パブロは12歳。友達からは“ボーラ”というニックネームで呼ばれている。友達と遊ぶのはいつも線路際。死ぬか生きるか、ギリギリのゲームが流行っている。

パブロが遊びにいける日は限られている。父親の金物屋を手伝わなければいけないから。友達が家に誘いに来て玄関口で喋っていると途端に父の怒鳴り声が飛んでくる。「ドアを開けっ放してダラダラ喋ってるんじゃあないと何度言ったらわかるんだ!」

パブロのクラスに転校生がやってきた。アルフレドという大柄なその子は転校早々休み時間にタバコを吸っていて先生に怒られていた。アルフレドの父、ホセはタトゥーアーティストで、スキンヘッド。腕には派手なタトゥーが入っている。粗野な風貌のこの父子にパブロは初めのうちこそ気圧されたが、その温かさに惹かれ急速に親しくなる。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


あと10日で第25回ゴヤ賞が発表されます。先日そのノミネート作品を紹介しておきましたが、アリ・ババ39さんのコメントに「フアン・ホセ・バジェスタが12歳で鮮烈デビューした」とありました。そのときの作品がこの『El Bola』です。2001年2月に発表されたPremios Goya 2001: palmareses / 第15回ゴヤ賞では、作品賞、脚本賞、新人男優賞、そして、新人監督賞も獲ってしまった作品なのです。アチェーロ・マニャス監督もまたこの作品で長編の“鮮烈デビュー”をしたというわけです。

フアン・ホセ・バジェスタはあれから10年間スペイン映画界で活躍し続けてきました。この若さで。そしてこれから先もずっと牽引してくれるのだろうと思います。


児童虐待という社会問題をとらえたこの作品。私はそのテーマだけは当時から知っていた。だから8年前のスペイン旅行で買ってきても観ることができずにいた。悲しくつらいんだろうと思っていたから。6年前のスペイン旅行中にも、たまたまテレビをつけたらちょうどこの映画の放映が始まったところだったのだけど、チャンネルをかえてしまった。


このブログで映画感想文を書き始めた初期も初期、『La Espalda de Dios』という作品について書いた。その中で、地獄に落ちそうなスケコマシのロクデナシのゴクツブシを演じていたのがアルベルト・ヒメネス。顔の造りの良さで女を食い物にしてきたであろうイバンという冷血漢をいやらしく演じていた。

その次に彼を見たのは『キャロルの初恋』で、そこでもアルベルト・ヒメネスは非情な役柄だった。たった二作ではあるが、私の中でアルベルト・ヒメネスは《わるもん》として定着した。だから『海を飛ぶ夢』で病身の妻フリア(ベレン・ルエダ)を支え続ける夫を演ずる彼を見れば、「いつ妻を捨てるか」と冷や冷やするし、こないだ『Tocar el cielo』を観た時も、《いいもん》か《わるもん》のどちらかと言ったら《わるもん》としての立ち位置にある彼の姿に妙に安堵や満足感を覚えたのである。


それで。
だから『El Bola』なんてね、キャストにアルベルト・ヒメネスの名を見たらね、当然この人が虐待暴力親父なのですよ、私の中では。ずっとそう思っていた。benitaさんとコメントをやりとりする2006年9月までそう思っていたらしい。


……っていう話を、こないだのスペイン滞在中に友人に言ったんだ。「アルベルト・ヒメネスが《いいもん》だとは思わなんだ」と。友人はアルベルト・ヒメネスという名前は初めて聞くような印象だったらしい。

「アルベルト・ヒメネス知らない?」
「あんまりピンと来ない」
「オトコマエだけど悪人面の俳優。でも『El Bola』では《いいもん》なお父さんなんだって」
「ああわかった、タトゥーのお父さんか。うん、だからつまりさ、あの映画のテーマってソコなんじゃないかと思うんだよね。善良に見える人の心が実は冷酷で、凶悪な外見の人の内面は温かくて、みたいなさ」


それでようやく私も観る勇気が出たよ。いい作品です。なぜこういうのがアマゾンにimportでも無いかね。


しかし、スペイン語(のヒアリングなど)の訓練用にするには難度が高めなので要注意。

マドリードの下町のことばで、まず辞書に載っていない語彙があるということと、江戸のべらんめえ口調が「威勢のいい荒っぽい口調」であるようにこの映画の会話のスピードは速いということ、それから子供が、しかも演技は初めてかもしれないオーディション選出の子供が演じているので劇団で訓練されたような明瞭な発音ではないこと。その辺がハードルです。

(つづきはコメント欄で)

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Comments

El Bola@IMDb

監督・脚本: ⇒別記事でAchero Mañas アチェーロ・マニャスについてまとめてあります

共同脚本: Verónica Fernández ベロニカ・フェルナンデス

出演
Juan José Ballesta フアン・ホセ・バジェスタ ... Pablo パブロ (El Bola 愛称エル・ボーラ)
Manuel Morón マヌエル・モロン ... Mariano マリアーノ: エル・ボーラのお父さん
Gloria Muñoz グロリア・ムニョス ... Aurora アウロラ: エル・ボーラのお母さん
Soledad Osorio ソレダー・オソリオ ... エル・ボーラの祖母

Pablo Galán パブロ・ガラン ... Alfredo アルフレド: 転校生
Alberto Jiménez アルベルト・ヒメネス ... José ホセ: アルフレドのお父さん
Nieve de Medina ニエベ・デ・メディーナ ... Marisa マリサ: アルフレドのお母さん

Ana Wagener アナ・ワヘネル ... Laura ラウラ: ホセの友人でソーシャルワーカー
Juan Lorente フアン・ロレンテ ... Félix フェリックス: ホセの友人で入院中; アルフレドのpadrino(代父)

Manolo Caro ... Birras: 遊園地の“もぎり”
Andrés Gertrúdix ... Javi ハビ: ホセのタトゥー店の見習い

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 11:39

主人公のパブロの愛称は作品タイトルでもある“El Bola”。“球ちゃん”くらいの意味(!?)

転入生のアルフレドとエル・ボーラの会話:
「お前その球いっつも持ってんのな」
「球じゃないよ。ベアリングボールだよ。これ持ってるといいことあるんだよね」

ベアリングのボールを肌身離さず持っているからBolaくん。定冠詞をつけて“El Bola”。

おともだちの愛称には、El Cometa、El Zorroというものもあった。


Volver / ボルベール』では人名に定冠詞をつけていることの説明を少ししたけど、BolaだのCometaだのZorroだのいう愛称についている定冠詞もおんなじ理屈で考えればいいの? (解説求ム)

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 14:36

ああ、この辺になにか説明あるかな
Alias, mote, apodo y sobrenombre

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 14:42

語句メモ
・colocar: tr. (marg.) detener.

・chapar: cerrar.

・pito: 10. m. Cigarrillo de papel.

・pijo, ja: 4. m. malson. Miembro viril.

・hacer pellas: 1. fr. coloq. hacer novillos.
→・hacer novillos alguien, especialmente un escolar: 1. fr. coloq. Dejar de asistir a alguna parte contra lo debido o acostumbrado.

・pirar: 2. prnl. Fugarse, irse.
例) Manolo se piró de casa.

・abrir: 31. prnl. coloq. Irse de un lugar, huir, salir precipitadamente.

・Dar palo algo a alguien (inf.): Causarle una gran tristeza, vergüenza, etc., cierta cosa:
例) Me da palo verle en una silla de ruedas.

・gusanillo: 3. m. coloq. Afición o deseo de hacer algo

・palmar: 1. intr. coloq. Dicho de una persona: morir (= llegar al término de la vida).

・palmar2 (inf.): intr. *Morir. También, "palmarla".

・ni de coña:

・mirón, na: 2. adj. Se dice especialmente de quien, sin jugar, presencia una partida de juego, o sin trabajar, mira cómo trabajan otros. U. m. c. s.

・calcomanía: 写し絵

・empapado
→・empapado, -a ("de, en"): Participio adjetivo de "empapar".
例) Empapado en leche.
例) Empapado de las doctrinas del maestro

・canear: 3 (inf.) Pegar a alguien. Calentar.

・bocaza, bocazas.(Del aum. de boca): 1. com. coloq. Persona que habla más de lo que aconseja la discreción.

・Vete, que si no me la voy a cargar. 「もう帰ってくれよ、じゃないと僕がme la voy a cargar」
→・Cargársela: Recibir un castigo. Se usa para expresar amenaza o advertencia.
例) Si el profesor descubre que has copiado en el examen, te la cargas. ※Castigar.

・cachito
→・cacho: 1. m. Pedazo o trozo de algo.

・gentuza.1. f. despect. gentualla.

・recado: 1. m. Mensaje o respuesta que de palabra se da o se envía a alguien.

・antitetánico, ca: 1. adj. Med. Dicho de un medicamento: Empleado contra el tétanos. U. t. c. s.

・mamón, na: 3. m. y f. U. c. insulto. U. t. c. adj

・pasar por los cojones: expresión de desprecio e indiferencia.

・Tocar los cojones a alguien (también con "pelotas, narices"; vulg.): Importunar, enfadar a alguien.


撮影はカラバンチェル地区。
スペイン映画ではたびたび舞台とされる。『Manolito Gafotasめがねっこマノリート)』もカラバンチェル。物語の頭のほうで、「En Carabanchel, que es mi barrio, por si no te lo había dicho, todo el mundo me conoce por Manolito Gafotas.」とあるはず。

→・Carabanchel@Wikipedia


・パブロとアルフレドが学校をサボってフェリックス小父さんのお見舞いに行くんだが、その時に用いる地下鉄駅はウルヘル駅
→・Estación de Urgel@Wikipedia

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 15:28

ああ、あと本文中の《いいもん》《わるもん》の出典は中島らもだよ。昔々友人nishimuraから聞いた話。

なんだったかな、たしか中島らもの友人のことを説明するくだりで、その人は他人が(つまりらもが)テレビで映画を見ているところへ入ってくるなり「こいつ、ええもん? わるもん?」って聞く奴だった(あるいは、それしか聞かない奴だった)とかなんとかいう逸話。

《ええもん》《わるもん》の二元論で映画をとらえる姿に思わず吹き出した記憶がある。

だが、この記述のある書籍を突き止められずにいます。思い出せない。(情報求ム)

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 16:12

子供たちが線路際で危険なゲームをしていたけど、こないだマドリードの友人も言ってた。彼の地元に小さな川を線路がまたぐ箇所があって(?)、その橋の下から顔を出しておいて(?)、電車が来る時に引っ込めるんだかなんだかしてよく遊んでたって。67年生れの彼の少年時代の話。「で、俺とはだいぶ歳が離れた子だけど、近所の子がそれで死んじゃったんだ。タイミングを間違えたとかいう話だった」。


男の子っていうのはそういう遊びをする生き物なのかもしれないし、ゲームだと思って単純に面白がってやっていたのかもしれないけれども、この『El Bola』のボーラ少年ことパブロの場合は緩慢な自殺を試みているように思えてならなかった。この子は死にたいんだ、と。

「これで死ぬなら死んでもかまわない」って思って生きている。パブロからはそういう諦めが感じられる。


彼が大事にしているベアリングのボールは、どうも列車のものらしいんだよね。それを「幸運をもたらしてくれる」お守りとして大事にしているというのは、まるで自分を殺してくれるかもしれない“死に神”の断片を身に着けているようで、何とも悲しい話だった。

それで、このボールが手を離れて床に落ちた時にやっとパブロは死の恐怖や絶望から解き放たれる方向へ歩き出したようにも思う。


アルフレドと知り合って他者から受け容れられる喜びを知り人の心の温かさにようやく触れたパブロは、線路遊びの一団から距離を置くようになる。


danger ごめん、ここ、書かずにはいられないわ danger
↓↓↓
その頃、線路遊びに興ずる子供たちに向けて刺青だらけの強面のホセが真剣に言って聞かせるシーン:

「お前な、線路であんなくだらないことで死んでみろ、俺もお前のお母さんもお前の弟も、お前のことを愛している人みんなの人生が終わっちゃうんだ。

人生には面白いことがいくらでもあるっていうのに線路でふざけててオシマイなんて、馬鹿みてえだろ。急いで死ぬ必要なんかねえんだよ、もともと人生なんてたいして長くもねえんだからよ。

で、パブロ、俺はお前にも言ってんだぞ? お前は俺の息子じゃねえけど、息子みたいに思ってんだからな」


パブロはこの言葉をかけてもらうまで12年間地獄で耐えてきた。

でもそういう子供は他にも数え切れないほどいるのだよね。そして何十年もこの言葉を待ち続けている“元子供”も。

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 17:10

ドメスティックバイオレンスについては、『Te doy mis ojos / Take my eyes』のときに少しメモした。(あちらは夫から妻へのDVがテーマだったけど)

Posted by: Reine | Saturday, February 05, 2011 at 21:32

diamond 人生観を異にする二人の父親の物語

B: パブロとアルフレドの二つの家族を軸に物語は進みます。本作の大きなテーマは児童虐待、問題の本質が被害者より加害者にあることを丁寧に語っていきます。

A: パブロの家族は両親と祖母の4人、その祖母が初期の認知症であることが冒頭で明かされ、そのことで母親が苛立っていること、権威主義だが小心な父親がそのことで負い目を感じていること、パブロへの虐待が家族の不和と苛立ちからきてるらしいことが暗示されまます。

B: パブロに亡兄がいたこと、命日には家族そろって墓参に行くことも分かってきます。

A: 利発で優等生、どうやら自慢の息子であったらしい長男の死を、父親がいまだに受け入れられないでいることを無言のカメラが淡々と語っていきます。

B: 後半のシーンでパブロの口から自分の生れる前に交通事故で死んだことが語られますね。

A: 父親は死んでしまった長男とパブロを常に比較して「パブロが死ねばよかったんだ」と、言葉の虐待も日常的なんですね。長男は死者になったことでますます理想化され、父親はその喪失感に打ちのめされている。それが怒りとなってパブロに向かっていく。

B: 父親は薬中でもアル中でもないようですが精神を病んでいる。パブロを虐待することで《生》を感じ、人生の挫折からひたすら逃避していくようでした。

A: 金物類を主に小物販売店のオーナー、はたから見ればごく普通の家族なのに、本当のところ家庭は修羅場となっている。スペイン人がよく口にする“Las apariencias engañan”(人は見かけによらぬもの)という諺がぴったりです。世間の常識は《非常識》と言ってるのですね。

B: これは逆の意味でアルフレドやその父親にも当てはまる。虐待に拍車がかかる最大の要因は、このアルフレドの父親の出現です。

A: この二人は全く別の価値観をもっている。相容れない世界の静かなぶつかり合いが、パブロを窮地に陥れることになる。

B: アルフレドの家族は両親と小さな弟の4人。父親ホセの友人アルフォンソ、同じくソーシャルワーカーのラウラ、アルフレドの代父(padrino)フェリックス、遊園地の‘もぎり’ビーラス等が彼を見守っている。

A: 刺青の彫り師という、パブロの父親にしてみれば堅気の仕事とは思えない職業についている。パブロを近づけたくないのに、事も有ろうにパブロはホセにリスペクトさえ覚え始めている。

B: 親の権威が失墜したことの屈辱感、パブロまで失うかもしれない恐怖感が虐待をエスカレートさせていくんですね。

A: ここら辺のベロニカ・フェルナンデスとマニャスのシナリオは、ゴヤ賞脚本賞を受賞しただけあってきめ細かい。パブロをアルフレドの家族から切り離したいために学校に迎えにさえ行きます。一人で切り盛りしている店だから恐らく閉めて来たんでしょう。

B: そうとはつゆ知らず二人は、エイズで入院しているフェリックスを見舞いに一足先に校門を出てしまっている。このようなすれ違いが不幸をうむ。

A: 暗くなって帰宅したパブロは、嘘が通用しないこと、そうすれば虐待が待っていることを知りながら恐怖に駆られて嘘をつく。父親も理由が分かっているのにパブロに嘘をつかせる。

B: 子供が大人に嘘をつくのは百パーセント恐怖心から、子供同士の嘘はプライドを守るため、大人同士の嘘は欺瞞からです。パブロの父親が学校を休んでいる理由をホセに聞かれて、扁桃腺と答えるのなんかそうですね。

A: アルフレドに背中の青痣を見られて、「このあいだ転んだんだ」とパブロが言葉を濁す。父親を庇ったのではなく、虐待を受けている事実を彼の自尊心が許さなかったのです。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:29

diamond 人生の曲がり角に立つ少年たち

B: アルフレドの父親は世間がどう思うかは別として、骨太で偏見に囚われない二児の父親という設定、いわば儲け役です。

A: 偏見に囚われないということですが、エイズに罹ったアルフレドの代父に息子を会わせない。ここに父子間に小さい溝ができていて、二人は必ずしも全面的な信頼関係にない

B: 父に無断でパブロを誘って見舞いに行くのは、親への反抗ととってもいいのかな。この子供でもない大人でもない微妙な時期は、人生でもっとも危険をはらんでいる時ですね。

A: 十年前の映画ですからエイズに対して今ほど世間は寛容ではなかったし、あるいはフェリックスに死期が迫っていたことが会わせない理由かもしれません。


B: 病院の帰路、二人は子供とは思えないことを話題にします、神の存在、死についてです。

A: 今回見直して特にハッとした個所の一つです。アルフレドは自分は「神は存在しない、だから苦しみの中で死ぬんだと思う」し、存在するなら救ってくれるはずだと思っているんですね。

B: パブロは「自分が死んだら海とか、どこか知らない所に捨てられるんだ」と自分の死後を語ります。

A: アルフレドは代父フェリックスが好きだったし、多分フェリックスも彼を可愛がっていた。パブロは12歳にして孤独のなかで自分の死を予感している。二人の周りには死が浮遊しています。


B: 二人を含めてどの少年も問題を抱えている。一緒に危険な遊びに興じていても、各自「友達は一人もいない」のだ。この泥沼から抜け出したい。

A: ここから脱出したいが同調圧力で皆な金縛り、ひとり抜け駆けは許されない。そこへ大人びた転校生が現れたことでさざ波が立ち始める。アルフレドは彼らに同調せず、パブロもナンバー1らしいEl Zorroの圧力を拒絶する。

B: パブロはアルフレドが現れたことで、自分にも生きる価値があるのかもしれないと、アルフレドに望みを託すわけですね。

A: かすかな希望‘生きる喜び’を感じ始めていく。遊園地での笑顔、アルフレドの家族とのピクニックに見せたゆったりした表情は、パブロがまだ子供であることを観客に気づかせます。


B: 父親の店にリボンか何か買いに来た年配の女性が「わたしたちがパブリートの年ごろには、何にも悩みがなかった」と父親に語りかけるシーンがありました。

A: このセリフは彼女が父親の虐待を知っていて、我が子の心の闇にいい加減に気づきなさいよ、と時代遅れのジコチュウ父親を暗にたしなめているシーンでもありますね。このセリフを言うために登場させている。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:30

diamond 新世紀の今日的テーマが満載

B: 祖母の入浴シーンも一種の老人虐待、思春期の孫に手伝わせている。本来なら息子である父親がやることです、家の中にいたんですから。

A: 初期の認知症だから羞恥心が残っている。丸裸だから「こっちを見ないで」とパブロに懇願している。パブロは「分かってるよ」と横を向きながらも、祖母の手をしっかり握って支えている。

B: パブロの優しさが心に沁みる凄いシーンでした。

A: 祖母と孫には一種の連帯関係がみられます。加齢のせいか今回は涙が止まらなかった。

B: それにしてもソレダー・オソリオのプロ根性には脱帽です。マニャスはどうやって彼女を説得したんでしょう。


B: ソーシャルワーカーのラウラの立ち位置も微妙ですね。

A: パブロの虐待を知りつつも、友人のホセが首を突っ込むことを警戒する。職業的カンから友人が危険に曝されることを心配するわけです。知り合ったばかりの家族の問題に善意にしろ個人の出る幕はない、とことんパブロを救う覚悟がなければ口を挟むなと。

B: これが正論とは言えないが世間の常識です。ここは増加をたどる児童虐待救済の限界を浮き彫りにしている個所ですね。

A: 医者の治療が必要なほど虐待を受けて逃げてきたパブロを救えない。自宅に泊めると約束しておきながら、ホセは周りに説得されてパブロの父親を迎えにこさせる案に同意する。

B: パブロとアルフレドはそれをドア越しに聞いて、心から信頼していた大人に裏切られたことに絶望する。二人の取るべき道は一つ、親世代への「ノー」だ。

A: 最後にはホセも自分のエゴに負けたことを後悔して、ラウラの助言を振り切って「とことん引き受ける」と言うんですね。

B: 映画的には、そうじゃないと映画館から出られません(笑)。

A: 複数あるテーマの処理法もシンプル、変に小細工しないでぐいぐい引っ張っていく力量は、デビュー作とは思えません。欲を言えば、同じシーンの重複が少し気になるところがあったかな。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:31

diamond 脇をかためるベテラン勢

B: shadow パブロ役のフアン・ホセ・バジェスタについてはカビナさん紹介で充分、これからの役者ですから今後触れる機会はいくらもありそう。難しい内面描写が評価されゴヤ賞新人賞を貰いました。

A: 「エル・ボーラ」の次に出演したフェルナンド・トルエバの“El embrujo de Shanghai”(2002、仮題「魅惑の上海」)とイマノル・ウリベの『キャロルの初恋』までが子役出演でしょう。他に“Cabeza de perro”(2006)、“Ladrones”(2007)、“Entre lobos”(2010)。新作以外結構見ている。多分本作の好印象のせいかも

B: エル・ボーラも既に23歳、聞いてがっかりする人があるかもしれませんが、2008年に恋人との間に男の子が生れ父親となりました。


B: shadow 転校生アルフレド役のパブロ・ガラン、無口で思慮深く、何か複雑な事情があるような少年を好演しました。母親とは少し距離を置いているように見えましたが。

A: 父親を信頼しているが、どこかで批判もしている。線路の危険な遊びを軽蔑する大人びた役柄でした。1986年マドリード生れですから実年齢もバジェスタよりちょうど1歳年上。短編やTVに出ていたが、IMDbは 2007年で途切れています。


B: shadow 反対に弟のフアンを演じたオマール・ムニョスは、現在も映画にテレビにと大活躍です。大人の役に移行できるかどうか、年齢的には曲がり角にきている。


B: shadow パブロの父親役マヌエル・モロンの《ジキルとハイド》の演じ分けは圧巻でした。ハイドに変貌したときの蒼白な顔、瞬きしない眼光、苛立ちを隠せない震え・・・。

A: ジキルのときの商人らしい如才なさとのコントラストが見事でした。1956年生れ、アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)の医者役で見てるはずなのに記憶が曖昧。

B: 映画祭上映やDVDを含めると意外と字幕ありで見てますね。マテオ・ヒルの『パズル』(1999、東京国際映画祭2000「ノーバディ・ノウズ・エニバディ」)、ダニエル・サンチェス・アルバロの『漆黒のような深い青』(2006)、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』(同)、記憶も新しいのがダニエル・モンソンの『プリズン211』(2009、スペイン映画祭2009「第211号監房」)など。

A: 脇役に徹しているから作品数は多い。


B: shadow アルフレドの父親役アルベルト・ヒメネス、カビナさん曰く《わるもん》(笑)。アルフレドが父親を‘mi viejo’と言ってたが、文字通り立派な‘おやじさん’です。

A: 舞台出身のようですね。アルゼンチン生れだが、マドリード演劇学校の卒業生。舞台とテレビを掛け持ち、やはりブレークしたのは本作での好演。以後映画の出演依頼が増えた。公開された『キャロルの初恋』『海を飛ぶ夢』の他、アドルフォ・アリスタラインの『ローマ』(2004、ラテンビート映画祭2005上映)。マニャスの第2作“Noviembre”、最新作“Todo lo que tu quieras”に出演しているマニャスの常連。

B: “Solo mia”(2001)、“Smoking Room”(2002)、“Oviedo Express”(2007)など話題作に出演しています。

A: 「スモーキング・ルーム」には、マヌエル・モロンも出てました。これは皮肉いっぱいで結構面白かった。モロン同様脇役が多いから作品数は多い。


B: shadow ソーシャルワーカーのアナ・ワグネルは、イニャリトゥの“Biutiful”(2010)に出ています。ハビエル・バルデムがゴヤ賞主演男優賞を受賞したばかりです。

A: 日本公開はアカデミー賞の結果待ちでしょうか。それともイニャリトゥ=バルデムのコンビだから配給元が既に決まっているかも。

B: 「エル・ボーラ」に出る前はテレビの仕事が多いようです。

A: 1962年生れ、ベレン・マシアスの“El patio de mi carcer”(2008)で、ゴヤ賞新人女優賞にノミネート、「えっ新人賞?」とびっくりしたのでした。マニャスの新作にも出てますね。

B: ラテンビート映画祭上映ですが、バジェスタ主演のアルベルト・ロドリゲス『7人のバージン』(2005)、サンティアゴ・タベルネロの『色彩の中の人生』(同)、『漆黒のような深い青』など。

A: “Torremolinos 73”(2003)にも出てるらしいが思い出せない。スペイン映画では主役にはなりにくいが、確かな演技力は得がたく、性格俳優として息の長い女優さん。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:33

diamond マニャス監督の代父はアントン・ガルシア・アブリル

B: shadow 撮影監督はフアン・カルロス・ゴメス。導入部からそのスピード感、構図の取り方、何かが起こりそうな音楽と相まって身を乗り出した。

A: カメラ位置を下にして線路を走ってくる電車を真正面から撮る。線路にペットボトルが映ると見てるほうもドキドキしてくる。

B: アルフレドの家族とピクニックに行った時の山岳描写の美しさ、遊園地のジェットコースターのスリル、今では鳥瞰撮影など珍しくないけど、お金が掛かったのではないか。

A: マニャスは第2作、第3作“Blackwhite”(2004)とも彼と組んでいます。ゴメスはダニエル・サンチェス・アレバロの全3作『漆黒のような深い青』、『デブたち』(2009、スペイン映画祭2009)、最近スペインで封切られ好評という“Primos”(2011)も担当しているから、若手監督から信頼されているのでしょう。

B: マルコス・カルネバレの『エルサとフレド』(2005、ラテンビート2006上映)、A・ルケとS・M・マティオス共同監督の“Agallas”(2009、DVD『雑魚』)も撮っている。


A: shadow 音楽監督はエドゥアルド・アルビデ、第1作に続いて第2作と第3作を担当している。どの監督もスタッフは同じメンバーでクルーを組みますね。

B: エドゥアルド・ノリエガのような例外はありますが、キャストは同じ俳優を起用しないアメナバルもスタッフは同じが多い。


A: shadow 音楽で思い出しましたが、マニャスの代父はアントン・ガルシア・アブリルだそうです。1974年から2003年までマドリード王立音楽院作曲科の正教授、もうスペイン現代音楽の第一人者と言っていい。アントニオ・イサシの『ドッグ・チェイス』(1979)やマリオ・カムスの『無垢なる聖者』(1984)などの音楽監督をしています。

B: 凄い人が代父なんだ。“El Bola”でアルフレドが代父のフェリックスを慕うのには、ガルシア・アブリルの人柄が投影されているのかもしれない。


A: さてマニャスは、本作をラウラ・マニャスに捧げています。当時5歳だったお嬢さん。監督の道に進もうと決心したのはラウラとの出会いがあったから。どうやら彼はラウラのとりこになって人生を生き直しているらしい。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:35

diamond 愛称に定冠詞、エル・ボーラだのエル・コメタだの・・・

B: 本ブログに「愛称に定冠詞をつけることに関して《解説求ム》」とありますが。

A: スペイン語のスペシャリストに解説なんておこがましい限りですが、映画に関連づけて少しだけ触れましょうか。カビナさんの参考資料「Alias, mote, apodo y sobrenombre」を読めばだいたいの見当はつきますが、どれも別名・渾名のこと、最後は若干ニュアンスが違って異名とか通称をさすようです。

B: 普通、渾名はその人だけがもつ特徴、性格とか体形から付けられ、親しみをこめたり、わざと俗っぽさを出すために付けます。エル・ボーラはこの例、ただこの記事は定冠詞云々ではないようですね。

A: ええ、資料では例として定冠詞の付く‘el Viti’(本名Santiago Martin)と、付かない‘Manolete’(同Manuel Rodriguez Sanchez)の二人を挙げています。だいたい引用符で括って表記する。両人とも闘牛史に名を残した20世紀前半の花形マタドールです。

B: スペイン人でも闘牛ファンでもない限り本名は知らないですね。

A: ファンでもあやしい。マノレーテは闘牛界の貴公子と称されたように闘牛も人柄もその名に恥じなかったということです。ロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』でブレークしたエイドリアン・ブロディ主演で映画にもなった(“Manolete” Menno Meyjes, 2007、西英仏ほか合作)。恋人の人気女優ルペ・シノをペネロペ・クルスが演じたんでした。

B: ブロディはマノレーテの‘そっくりさん’と言ってもいいほど似ています。

A: それで起用されたと聞いていますが、ちゃんと闘牛のテクニックも専門家に付いて訓練したようです。他にも‘エル・コルドベス’(コルドバ出身:マヌエル・ベニーテス)や‘エル・ガリョ’(ラファエル・ゴメス・イ・オルテガ)と、‘エル・○○○○’で呼ばれる闘牛士は枚挙に暇がありません。

B: 世界チャンピオンのボクサーの例も資料にありました。フラメンコ界も歌い手(カンタオール、カンタオーラ)、踊り手(バイラオール、バイラオーラ)共に多いようですが。

A: 超有名なカンタオール‘el Camaron de la Isla エル・カマロン(・デ・ラ・イスラ)’の本名はホセ・モンヘ・クルスJose Monje Cruz。ハイメ・チャバリ監督がオスカル・ハエナダを起用して映画にしました(“Camaron” 2005)。意味はエビ、歌う姿が真っ赤な茹でエビのようになるので彼の叔父さんが付けたそうです。

B: アントニオ・メルセロ監督の“La Cabina”のところで触れた“Y tu quien eres?”の主題歌を歌ったカンタオール‘エル・シガーラ’も愛称ですね。

A: ‘El Cigala’はアカザエビ、愛称の由来は知りませんが同じようなことかも。本名はディエゴ・ラモン・ヒメネス・サラサールDiego Ramon Jimenez Salazarと長たらしい。二人ともヒターノです。

B: Dolores Ibarruri ‘La Pasionaria’ ドロレス・イバルリ‘ラ・パシオナリア’の例も挙げられています。女性だから女性定冠詞‘la ラ’です。

A: 1895年バスク州ビスカヤ県生れ、父親は鉱山労働者だった。おそらくスペインでは一番有名な女性解放運動家・政治家でしょう。社会党を経てスペイン共産党結党時に入党、つまり内戦時代には反フランコ側、フランコの勝利後、モスクワに亡命というか逃亡、海外にあって1942年から1960年までスペイン共産党書記長、フランコ没後の1977年に帰国しています。

B: 辞書を引くとトケイソウと出てきますが、‘情熱の花’とか‘受難者’と紹介されています。

A: もともとは1918年に「ビスカヤ鉱山労働者」という新聞に寄稿したときのペンネームです。‘pasion’には情熱とキリスト受難の意味があり、両方を掛けたかもしれませんが、本人的には後者の意味で使用したようです。因みに乾英一郎氏の『スペイン映画史』では「ラ・パシオナリア(情熱の女性)」と紹介さていますが。

B: 何本かドキュメンタリーが製作されて、本人も出演していますね。

A: 帰国後、共産党が合法化されると、80歳過ぎという高齢でしたが政界復帰しました。1989年没ですから長命でした。先ほどの『スペイン映画史』に紹介されているのが、ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス監督の“Dolores”(1981)、アナ・ベレンや声だけの出演ですがフアン・ディエゴ、勿論本人自身も。

B: ガルシア・サンチェスはラファエル・アスコナとタッグを組んだ作品を多数撮っている監督。

A: 異名・通称では「賢王アルフォンソ十世Alfonso X el Sabio」、「狂女フアナJuana la Loca」、「美男公フェリペFelipe el Hermoso」の3人が挙げられています。このケースは引用符が付いていません。

B: フアナとフェリペのことは、ビセンテ・アランダの“Juana la Loca”(2001、邦題『女王フアナ』2004年公開)でお馴染み。

A: もう10年前になるんですね。フアナ役のピラール・ロペス・デ・アジャラがサン・セバスチャン映画祭最優秀女優賞、ゴヤ賞主演女優賞の2冠に輝いたのでした。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, February 19, 2011 at 10:37

アチェロ・マニャス監督について、別記事もうけました。

Posted by: Reine | Saturday, February 19, 2011 at 11:11

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