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Saturday, February 19, 2011

Deprisa, deprisa / 急げ、急げ [スペイン映画]

Deprisa Deprisa 白昼堂々自動車泥棒や強盗を繰り返す4人組。パブロ、メカ、セバス、紅一点のアンヘラ。衣食住はもちろん、遊興にドラッグにと彼らは盗んだ金を使う。

車を盗む時、金を奪って逃げる時、いつだって「Deprisa, deprisa 急げ、急げ」と叫んでいる。

1975年のフランコ死去、1978年の新憲法制定を経て民主主義体制への移行を図り、スペイン社会は変容しつつあった。首都マドリードのアウトサイダーの姿をドキュメンタリータッチで描いたカルロス・サウラ監督作品。1981年の第31回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


予備知識ゼロで見始めたが、パブロやメカがしゃべり始めて1~2分で「これは素人を起用したのね」とわかる。かなりの棒読みなので。(それでもバーテンダーや「火事ダー、逃ゲロー」よりはよっっっっっぽどマシだがね) 


台詞回しがたどたどしいので最初は面食らう。パブロだかセバスだかがセリフを“噛む”ところさえあったかと思う。そこでIMDbの『Deprisa, deprisa』のinfoを見る:

Berta Socuéllamos ベルタ・ソクエジャモス ... Ángela アンヘラ
Jose Antonio Valdelomar González ホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレス ... Pablo パブロ
Jesús Arias ヘスス・アリアス ... Meca メカ
José María Hervás Roldán ホセ・マリア・エルバス・ロルダン ... Sebas セバス


強盗団を演じた彼らはこの作品以外には出演が記録されていない(※メカ役のヘスス・アリアスはもう一作品には出ている)。そして……、パブロ役のホセ・アントニオ・バルデロマール・ゴンサレスやヘスス・アリアスが30歳とちょっとで死亡していることに気づけば、そう、もう、これは本物の不良青年をスカウトして不良青年を演じさせたのではないか、そして不良青年は映画出演後も不良の道を生きていき、不良として早死にしていったのではないかと考えるわけである。ひょっとして『ピショット(VHS)』のFernando Ramos da Silvaのような最期を迎えたのではないかと。


それでIMDbのトリビアやDeprisa, deprisaのwikipediaを見ると、当たらずといえども遠からずといったところ。

imdbJose Antonio Valdelomar González (Pablo) was recruited by Saura in a casting for non-professional actors. He was paid US$3,000. In 1992 he was found dead of heroin overdose at Carabanchel prison (Madrid), where he was arrested for robbing a bank.

imdbDespite false rumors that she died of an overdose, Berta Socuéllamos (Ángela) gave up everything for her privacy and she lives in peace with her family. She married 'Jose María Hervás' (el Sebas) and they still live in the same place

wiki 撮影終了してから公開までの間にヘスス・アリアスは逮捕され、カラバンチェル刑務所やその他の矯正施設に収容されることとなる。1992年に31歳で死亡するが、遺体の引き取り手は無く、2007年に荼毘に付された。


wikipediaからの受け売りになりますが、新聞ABCはカルロス・サウラのこのキャスティングなどを含めて作品をずいぶん批判したようです。bookOtro de los actores de una película de Saura detenido por un atraco サウラ作品の出演者、また一人強盗罪で逮捕」などの記事が例として挙げられています。

他紙にもいろいろ記事があります。
book 主演のバルデロマール、撮影中にヘロインを摂取
book 『急げ、急げ』の主役、銀行強盗で逮捕
book バルデロマール、出演作品鑑賞は刑務所内で
book バルデロマール、ヘロイン過剰摂取によりカラバンチェルで死亡 ………etc.


パブロがおばあちゃんを訪ねていく。「数日前におまえのことを聞きに刑事が来たよ」と言われて、ニヤッと笑って「それは少年院の時のことを聞きに来たのさあ」とはぐらかすシーン。あのバルデロマールのナチュラルな振る舞いの凄味と来たら。

セリフが棒読みであるのは目を瞑るとして、この作品の放つリアリティは当時の観客には衝撃だったのじゃないかなと想像します。パブロたちの銀行襲撃のニュースをMatías Pratsが報ずるシーンなんて、特に生々しく感じただろうと。


私はカルロス・サウラの音楽ものというか舞踊ものはほとんど興味が無い。残念ながら。彼の作品を数多く観たわけじゃないからなんとも言えないが、『Deprisa, deprisa』のような作品の方がずっとずっと好きだ。

でも『Deprisa, deprisa』の曲の挟み方が好きになれない。サウラの曲の使い方には前にも文句をつけたことがあったと思う。あれは、そうだ、『TAXI / タクシー』だ。「ダッサいタイミングでかかるので気恥ずかしくなる」とまで言った。ダメなんだよね。

カルロス・サウラ、本当に凄いと思う。彼の作品を観ていると鳥肌が立つ。でもどんなに彼を尊敬して彼の映画を称賛していても、曲の趣味は合わない。そういう合う・合わないは仕方のないこと。


(つづきはコメント欄で)

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Comments

って言ったって、曲は私の好きな感じなんだよ?挿むタイミングが嫌いなんだよ。

・"Me Quedo Contigo" Los Chunguitos
・"Ay Que Dolor" Los Chunguitos
・"Hell Dance With Me" Pancho Varona
・"Georgeus' Things" Pancho Varona
・"Cappuccino" La Hispavox

・"Caramba, carambita" Los Marismeños
・"Yo le pido al Dios del cielo" Lole Y Manuel and Marelu
・"Yo no sé qué hacer" Lauren Postigo and Ruiz Venegas
・"Un cuento para mi niño" Lole and Manuel
・"Sebas" Emilio de Diego
・"Deprisa deprisa" Emilio de Diego

Posted by: Reine | Saturday, February 19, 2011 at 15:54

(『スペイン映画史』からなにか引用するのは、高速で斜めにすっ飛ばしながら時代を追って読み、でも私の未見の作品解説の記述を目に入れないように入れないように薄目で眺めつつ、しかしこのブログを書くのに必要な記述をピンポイントで拾わなければならないという、実に高度なテクを必要とする作業なのである。というわけで引用する)

↓↓↓

第7章 フランコ体制の終焉 1968~1975

カルロス・サウラとその他の監督たち

hairsalon この時期のサウラは……略……『カラスの飼育』の6本を撮っている。いずれもエリーアス・ケヘレタの経営する制作会社での作品で、……略……1963年の『盗賊に捧ぐ涙』以来ほぼ同じスタッフとの仕事である。また『隠れ家』から『いとこアンヘリカ』までの4作品はラファエル・アスコナとサウラのシナリオである。

サウラの独自のスタイルは、この時期に完成の域に近付いていく。そもそも、シンボリズムに富んだリアリズムというある種逆説的なスタイルは、検閲という越え難い障害の存在故に生まれたものであり、他に例を見ない面白いものであるが、後年サウラは自らこのスタイルを捨ててしまう。

おそらくは、検閲が撤廃され、スペインが完全な民主主義の国家となり、言ってみれば過去の忌まわしい時代の産物であるこのスタイルはもはや必要ではないし、新しい時代にはそぐわないと判断したのであろうが、もう一つにはジェラルディン・チャップリンと別れたことも大きな理由であろう。

1980年にサウラは『急げ、急げ』を撮り、81年のベルリン映画祭でグランプリを獲得するのだが、この作品は処女作の『ならず者』同様少年犯罪を描いたドキュメンタリー・タッチの作品であり、サウラが原点に帰ろうとしたものと考えられる

この後エリーアス・ケヘレタとのコンビを解消し、……略……

Posted by: Reine | Saturday, February 19, 2011 at 16:42

book ひきつづき引用

第8章 転換期のスペイン映画 1976~1982

失望と停滞 1978~1982

……略……(ものすごく大事な部分をどーんと略)……略……(略すけどここはとても面白いくだりなので買って読んでください)……略……

カルロス・サウラ監督はデビュー以来コンスタントに作品を発表してきたが、この時期に転機を迎える。

76年の『愛しのエリサ』はかつてのサウラらしい作品であり、78年に拷問をテーマに『目隠し』を撮り、79年にはかつての『アナと狼たち』(72)の続編とも言うべき『ママは百歳』でポスト・フランコのスペイン社会を分析して見せた。

しかし、これを境にそれまで作り上げてきた独自のスタイルを放棄してしまう。そして、あたかも原点に帰ろうとでもするかのように、デビュー作『ならず者』(59)と同じ少年犯罪というテーマをドキュメンタリー・タッチで描いた『急げ、急げ』(80)を撮る。

この作品は、81年のベルリン映画祭でグランプリに輝いた。だがその81年、サウラは長年コンビを組んできたエリーアス・ケレヘタの製作会社を離れ、……略……

……略……サウラはこの後……略……いわゆるフラメンコ三部作を完成させるが、『カルメン』には多少かつてのサウラらしい現実と虚構の交錯が見られるものの、一体どうしてしまったのかと思うほど精彩を欠いていく

Posted by: Reine | Saturday, February 19, 2011 at 17:01

語句メモ

・パトカーが近付いてくるのを仲間に知らせるのに¡Agua! ¡Madero!と叫んでいる
→・agua: interj (marg.) grito de aviso de un peligro, especialmente de la llegada de la policía.
→・madero: 5. m. despect. vulg. Esp. Miembro del cuerpo de Policía.

・dar [meter] caña: golpear, pegar; aumentar la velocidad

警備員が銃を身に着けているかどうかボディチェックをしてみる。やはり銃を隠し持っていたので没収する。そのときに「Conque estabas seguro, ¿no? これでセーフとか思ってたんだろ?」と言う。
→・ conque: Puede emplearse también encabezando una frase exclamativa o interrogativa, para expresar sorpresa o censura ante el interlocutor
例) Conque eres bordadora y remendadora, pues mira, estoy por decirte que vengas un día a casa, tenemos trabajo para ti. (Vázquez Narboni [Esp. 1976])
例) Ah, ¿conque llamáis Cigüeña a Gerardo, eh? (Delibes Madera [Esp. 1987])


・みんなでちょっと遠出した先で、ツアーガイドの口まねで「みなさま、ここがスペインの中心点でございます」とおどけていうシーン。
「Km. 0(キロメトロセロ; ゼロ地点)、つまりマドリードのプエルタ・デル・ソルが地理的中心だと思っている人も多いが、スペインのへそ(地理的な中心)はマドリードから南に10キロいったヘタフェ市域のCerro de los Ángeles(セロ・デ・ロス・アンヘレス)という丘である」らしい。“スペインの”なのか、“イベリア半島の”なのか、その辺はっきりしないんだが。

そこのMonumento al Sagrado Corazón de Jesúsというモニュメントが映る。

・caballo: 7. m. coloq. heroína2.

・pringado, da: 1. m. y f. coloq. Persona que se deja engañar fácilmente.


言葉は聞き取りづらいと思う。

Posted by: Reine | Saturday, February 19, 2011 at 17:37

メモ・quinqui
1. com. Persona que pertenece a cierto grupo social marginado de la sociedad por su forma de vida.

1 n. Individuo de un grupo social marginado que solía ganarse la vida como quincallero ambulante.
2 (desp.) Delincuente de poca monta.

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“Cine quinqui”と呼ばれ、スペイン映画史の中ではどうやら一つのジャンル、潮流となったものがある模様。

最盛期は1978~1985。登場人物はquinqui。マージナルな地区出身の未成年犯罪者。フランコ死後の民主主義体制への移行期の経済、政治、社会、都市環境の変革を如実に反映し、またそういった時世の扇情主義的なフィードバックが複雑に盛り込まれた作風となっているとか。

Navajeros (1980) - IMDb
Perros callejeros (1977) - IMDb
Yo, 'El Vaquilla' (1985) - IMDb

大都市周縁地域の窮迫した経済的・社会的状況を映し出している。

Perros callejeros (1977) - IMDb
Perros callejeros II (1979) - IMDb
16歳にもならない少年の自動車泥棒集団。商店から略奪したり、カップルを襲って金品を奪うと同時に女性を強姦したり(←名古屋の事件のようなことを想像すればいいのだろうか?)。

・Deprisa, deprisaは、現実逃避のために金が必要だから強盗を繰り返す。特急で金をこさえて特急で生きる。

Colegas (1982) - IMDb
貧困から抜け出ようとする兄妹(と恋人)が直面する困難の数々。みな仕事が無く、また仕事を得るための機会すら無い。そうして3人の絆は強まるばかりである。

El pico (1983) - IMDb
17歳のヘロイン中毒の少年が、警官である父のピストルを持ったまま家出をする。これも他のquinqui映画の造り同様、主人公には実際の非行少年を起用。

この少年は12歳で盗みを始め、1992年にこの世を去ったが死に至る経緯は不明。

Yo, 'El Vaquilla' (1985) - IMDb
バルセロナの若者の犯罪模様。1961年11月19日生れのヒターノ系の出自の少年。当時のならず者のシンボル的存在。

・エロイ・デ・ラ・イグレシア監督のNavajeros (1980) - IMDbLa estanquera de Vallecas (1987) - IMDbと、Vicente ArandaのEl Lute: Camina o revienta (1987) - IMDbはこのジャンルを語るのに欠かせない作品。出演陣・制作陣の多くがドラッグが原因で亡くなっている。

1978年~1985年に隆盛を誇ったジャンル。
社会の現実を反映している/
映画が若者の余暇活動の重要な位置を占めるようになった/
1975年の時点で14歳以上で教育制度に組み込まれていない者が25%であった/
扇情主義的なマスメディアの介在/
1981年の時点で14歳未満の47800人が少年院に収容されていたという実情/
収監者数が多すぎて引き起こされた大暴動………

などなど。φ(`д´)メモメモ...

Posted by: Reine | Tuesday, February 22, 2011 at 20:04

3/11の昼下がり手が空いたので、もう何日も前にアリ・ババ39さんからいただいていた『急げ、急げ』へのコメントをそろそろここにUPしようと思ったところで大地震がありました。

それからずっと今日になってもまだ暮らしの不安は解消されたと言えない状態ですが、今夜は余震はもう大きいのは来ないだろうと思うことにして、それでは以下にアリ・ババ39さんからのコメントを展開します。

Posted by: Reine | Wednesday, March 23, 2011 at 21:32

diamond サウラといえばフラメンコ?

A: ストーリー、時代背景、特に類似作品についての紹介は当ブログに詳しい。ダブらないようにしたいが流れで触れるかもしれない。

B: サウラ監督の長編第1作“Los golfos”(1960、「ならず者」)から数えると既に40作近くなりますが、コメント投稿はこれが初めてですね。

A: “Pajarico”(1997、「パハリーコ・小鳥」)が《スペイン映画祭1998》で上映された後、気に入ったものがないせいかもしれません。監督自身がフラメンコ、タンゴ、ファドなど音楽物にシフトしているせいか、ラテンビート映画祭でもドラマ作品は上映されていません。(flair ラテンビート映画祭で上映されたのは、“Fados”(2007; 「ファド」; 2008年)、“Flamenco, Flamenco”(2010; 「フラメンコ、フラメンコ」; 2010年上映)の2作。)


B: 当ブログでもサウラのドラマは久々、2008年6月の“Mamá cumple 100 años”以来です。サウラは一般公開、映画祭、映画講座等々含めると、字幕入りで60%以上の作品が紹介されているようですが。

A: DVDも発売されていてスペイン映画としては破格の扱いです。しかし、残念ながら私の好きな作品はそこから漏れてしまっています。「急げ、急げ」もその一つです。

B: 「急げ、急げ」は、1981年のベルリン映画祭金熊賞を受賞しながら、一般公開には至りませんでした。

A: 今でこそ「巨匠」と紹介されますが、日本ではシネマニアは別として無名に近かったでしょうね。スペイン自体が金熊賞受賞を例外と考えていて、これを明るい成功とはとらなかったのですよ。民主主義への移行期(1975~78)の混乱はスペイン全体を覆い、映画界も創造性と産業的なインフラを安定させるための国家的な援助体制が確立していなかったようです。


B: サウラの作品が初めて劇場公開されたのが1983年にはびっくりですが、オスカーの外国語映画賞部門にノミネートされたおかげです。

A: フラメンコ三部作の2作目『カルメン』(83)です。次が同じ三部作の1作目『血の婚礼』(81、85公開)→『カラスの飼育』(75、87公開)→三部作の最後『恋は魔術師』(86、同)→『エル・ドラド』(87、89公開)という具合で、公開年は製作順ではありません。

B: やはりフラメンコ強しの感があります。『バルセロナ物語』(flair注: 先日アチェロ・マニャス監督の記事で軽く触れました)と同じケースで、フラメンコ好きは日本だけじゃない。昨年のラテンビートでも「フラメンコ、フラメンコ」はチケット完売だったとか。

A: 1984年秋の「スペイン映画の史的展望<1951~77>」や「スペイン映画祭1984」の成功に刺激されて、1986年10月にスペイン映画講座《カルロス・サウラ特集》が開かれました。いわゆるサウラの問題作といわれる6作が取り上げられ、そのなかには本作や前述した「ならず者」、当ブログにもある『カラスの飼育』、“La caza”(1966、「狩り」)などが含まれていました。

B: 80年代は日本におけるスペイン映画の黎明期と称していいと思いますが、次の輝かしい時代に移行できてるとは言い難いです(笑)。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:32

diamond 80年代の新しいアウトサイダー映画Cine quinqui

A: カビナさんも紹介されているのでダブりますが、1980年を前後して社会のはみ出し者を主人公にした犯罪映画cine quinquiがたくさん登場しました。大雑把にジャンル分けするならば《警察・刑事もの》の範疇に入り、こちらにはテロリズムをテーマにしたものも含まれます。

B: いわゆるETAものと言われる映画ですね、こちらも70年代から80年にかけて記憶に残る作品が生みだされました。

A: 犯罪映画には例えば、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”(77)、エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”(80)や“Colegas”(82)、マヌエル・グティエレス・アラゴンの“Maravillas”(80、「マラビーリャス」1987スペイン映画講座アラゴン特集上映)などが代表作です。

B: ロマ監督のは、少年犯罪三部作の第1作目です。

A: グループのリーダーEl Toreteを主人公に、続編“Perros callejerosⅡ”(79)、“Los ultimos golpes de El Torete”(80)を撮り、つづいて女性版“Perras callejeras”(85)も撮ったのでした。


B: だいたい未紹介作品ばかりです。ピークは80年代末に終りを告げたということですが。

A: シネアストたちがこのテーマを忘れたわけではなく、アルフォンソ・ウングリアの“Africa”(96)やフェルナンド・レオン・デ・アラノアの“Barrio”(98)のような映画も記憶に新しいところです。フェルナンド・レオンのは「急げ、急げ」の主人公たちの息子世代の物語です。

B: サウラの『タクシー』マニャスの“El bola”(2000)もこの延長線上ですね。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:34

A: 遡ればブニュエルがメキシコ時代に作った“Los olvidados”(50、『忘れられた人々』53公開)は、少年犯罪映画の先駆け的作品といえます。フランコ体制下の60年代にも多くの監督が厳しい検閲をくぐり抜けて、人生の落後者の挫折と失望を描いた作品を手掛けています。変動期の80年代とは時代背景が異なりますから自ずと主テーマは異なります。

B: 『忘れられた人々』はメキシコ映画ですが、ブニュエルはサウラ映画の原点の一つですね。

A: ブニュエルは翌1951年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞したのですが、スペインでは上映禁止になりました。ブニュエルに限らず当時の外国映画禁止リストを見ると、「どうして?」と首を傾げるような映画のオンパレードです。

B: サウラの処女作“Los golfos”「ならず者」の英題は“The Delinquents”(‘不良少年たち’)。このほうがイメージしやすい。これはブニュエルの影響を受けて作られたということですか。

A: 勿論ブニュエルの遺産だけではありません。当時はイタリア・ネオレアリズモが支配的でしたが、一方フランスではヌーベル・バーグが台頭してきた転換期でもありました。ドキュメンタリー・タッチの「ならず者」の登場は、新しいスペイン映画の到来を予感させたのではないでしょうか。

B: 1960年カンヌ映画祭では好意をもって迎えられた。

A: しかしスペイン公開は62年夏と1年半も後、おまけに事後検閲の鋏がチョキチョキ入っていた。

B: 新人なので事前検閲はお目こぼしをもらえたが、《カンヌ》が認めたからには「そうは問屋が卸さない」。

A: スペイン公開前にフランス、スイス、西ドイツ、イタリアなどで上映、外貨を稼いだはずなのに、それはそれ、これはこれとはっきり区別している。最初からヌードなしの国内向けとヌードありの海外向けの2種類を作ったものもあったそうですから不思議ではありません。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:36

diamond 死に急ぐ若者たち、ここにあるのは現在だけ

B: 数ある少年犯罪物のなかでも、この「急げ、急げ」は突出した成功作。20年の時を経て「ならず者」のテーマに回帰したといっていいですね。

A: 「ならず者」の主人公の《子供たち》が主人公です。前作との違いは、まずポスト・フランコ、女性のチンピラquinquiの登場、ドラッグの拡大。《三猿》を決め込んでいた国民は、構造的な社会矛盾の深まりに直面するなかで大量消費時代にフルスピードで突入していきました。

B: 価値観が180度転換した時代、女性の自己主張も始まった。アンヘラ役のベルタ・ソクエジャーモスの《発見》は大きいです。

A: 主人公はアンヘラといっていい、その肉付けが如何にもサウラらしい。4人の中で最も大胆不敵、射撃の名手だし、頭もよく用意周到、ヤク漬けの男どもとは違ってヘロインには手を出さない。まだ未来を信じているようです。

B: パブロとメカが偶然アンヘラに出会ったことで映画は動き出す。

A: 二人が彼女の射撃の才能を知った時からでしょう、エスカレートしていくのは。いっそアンヘラに会わなければよかった(笑)。やはり他作品よりプロットや伏線の張り方に感心します。


B: 彼らはマドリード出身でなく、義務教育もそこそこにアンダルシア地方から移住、この界隈に住みついたという設定ですね。

A: サウンドトラックにフラメンコを使用したのはそのため、カンテの歌詞がよく聞き取れないこともあって断定できませんが、直感的にいえば4人のセリフ代わりになっているのではありませんか。彼らは人生を安定させるために故郷や家族から切り離されている、というか切り離してきた。

B: 過去を切り捨て、かといって未来も信じない、あるのは現在だけ。

A: ユートピアの夢は見ない。だからサウラに特徴的なフラッシュ・バックや回想は禁欲的に排除されている。彼らの表情のクローズアップから、観客に類推させるだけで映像化しない。時間も一直線に進むだけです

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:39

B: パブロとアンヘラが盗んだお金で購入したマンションも何やら怪しげな建物ですね。

A: すぐ傍を走る線路がマドリード中心部から彼らを分断している。大都市がもつ華やかさや喧噪とは無縁な場所です。

B: マンション近辺の荒涼とした風景は、彼ら自身のメタファーでしょうか。

A: 緑のない空き地に建つ四角いコンクリートの塊り、迷わず殺人も犯すアンヘラがパブロの古アパートから持ってきた鉢植えの世話をする。何を語らせたいのだろう。

B: 例の線路を電車が通過するショット、あれも何かを意味するのかな。

A: 4、5回繰り返されたので何処へ向かうか気になりますね。汚水の垂れ流しで濁った川、貸し馬の厩舎は「テキサス・シティ」、繋いでいた綱を解いて走り去る1頭の馬、それらが暗示するものは何だろう。

B: 誰が乗っていた馬だったろうか。メカが逃走に用いた車を燃やすインパクトのあるシーン、特に最後の闇に炎が高く燃え上がるところは映像的にも印象深い。

A: メカは放火狂という設定なんでしょうね。証拠隠滅だけでなく炎に魅せられている。ドキュメンタリーの報道番組を見てるようでした。撮影監督は「狩り」のとき撮影助手をしていたテオ・エスカミーリャ、『カラスの飼育』以来ずっとサウラ映画の専属カメラマン。夜の海、ディスコ、特に夜の明かりの扱いがいい。


B: メカの恋人マリアも入れてCerro de los Angeles(天使の丘)に遊びに行く。突然パトカーが現れて二人の警官が現れるや服装検査をする。毎度のことなので素早くヤクは捨ててしまう。

A: あそこは有名なシーンです。当時すでにマドリード近郊の観光地になっていたんですね。年輩の婦人観光客をからかったせいで「不埒者がいる」と忽ち通報されてしまう。フランコ時代の密告制度は健在と言いたいのでしょうか。ジャケ写はアンヘラとパブロのツーショットですが、当時の宣伝用スチール写真はここがよく使用された。映画でも分かるように内戦と深い関係があります。

B: ここが地理学的にイベリア半島のヘソというだけではないのですね。

A: 映画にも出てきたキリスト像を真ん中に配置した‘Monumento al Sagrado Corazon de Jesus’というモニュメントが建っている。1919年、アルフォンソ13世によって建造され、5月30日に除幕式が行われた。内戦が始まって間もない1936年7月に共和派の若者5人がモニュメントの警備員によって殺害されるという事件が起こった。

B: 第二共和制(1931年4月)になってから、修道院の焼き打ち事件が多発していた事実が背景にありますね。

A: ですから関係者は襲撃に脅えていたようです。事件5日後、共和派の民兵がやってきて報復措置としてキリスト像を的に射撃の《セレモニー》をしたうえ、最終的には破壊、廃墟にしてしまった。内戦後の1944年、フランコ政府はレプリカをもとに再建計画のプロジェクトを組み、完成除幕は約20年後の1965年6月でした。

B: 内戦時代の或る意味で象徴的な場所なんですね。

A: 内戦伝説なんでしょうね。『狩り』の舞台となるウサギの狩猟場も、内戦時には激しい戦闘があった場所、もっともスペイン全土が戦場だったわけですが。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:40

B: サウラのスタイルについては、よく検閲回避のための「シンボリズムに富んだリアリズム」ということが言われますが。

A: 確かに検閲時代には顕著でしたが、これは検閲回避だけではないと思います。彼の好きな手法であって、検閲撤廃後の本作にあっても列挙したように浮遊している。

B: それは先述したフラメンコ三部作にも当てはまります。

A: 乾氏が「一体どうしてしまったのかと思うほど精彩を欠いていく」(『スペイン映画史』)と書かれた三部作ですが、彼の映画には価値観の異なる者同士の不自然な《死》というテーマが通底音としてあります。死に方は猟銃の撃ち合い、腹上死、ナイフなどいろいろですが、階級社会的な矛盾の追及とか告発は主テーマではなかったと思う、結果的にそうなったとしても。作品はひとたび公表されれば作り手の意図を離れて独り歩きをしてしまう。

B: 本作でも若者たちのモラルを裁いたりしないかわりに結末は容赦がない。

A: 埋もれている現実を明るみに出すこと、それをどうするかは政治の仕事だと考えている。冒頭からパブロとメカの死は《約束》されているし、後から仲間に入るヤクの売人でもあるセバスも同じ。残された時間の多寡はあっても人間はおしなべて死ぬ運命にあり、重要なのは「今という時間、愛、友情」であり、誰でも自分の人生を選ぶ権利がある。個人的にはそういうメッセージを受け取りました。

B: 仕事が成功すれば浮かれ踊るが、突然黙りこむ。そういう若者特有の感情の起伏の激しい揺れが細かく描かれていました。


A: だいたいアウトサイダーとか底辺とかいっても、厳密な意味での定義は曖昧です。主人公たちはマフィアとかの組織には縛られていない。極端だけど自由だしスリルはあるし、おばあちゃんにだって大型テレビを買ってやれる。ドロボーされるほうがバカ、デカい仕事に成功すればヒーローだ。

B: 実際の二人も大監督の映画に出たことで刑務所内では一目置かれていたようですよ。

A: バルデロマールのちょっと青みがかった眼には人を惹きつける力がありますね。自分たちが社会の《底辺》にいるという意識はなかったと思います。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:41

diamond これは愛を描いたフィクション

B: ベルリン映画祭コンペ出品というのは、デビュー2、3作目が対象と思っていましたが、サウラのように知名度の高い監督が金熊賞を受賞するのは意外です。

A: 既にベルリン映画祭1966で「狩り」が監督賞を受賞、カンヌ映画祭では1974に「従姉アンヘリカ」が審査員賞、1976には『カラスの飼育』が審査員特別賞、「ママは百歳」(1979)がオスカー外国映画賞にノミネートされてますね。

B: 目ぼしい対抗馬がなかったのかな。

A: 鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』が審査員特別賞を貰った年、日本ではこちらが話題になりました。


B: サウラは「急げ、急げ」を「ならず者」同様ドキュメンタリー手法で撮っています。

A: 前作同様、撮影前にマドリードの周辺地域を入念に取材した。2ヶ月間の準備期間中ビデオを廻しつづけ、撮影は1980年の夏、同じ9週間を費やしています。

B: この準備取材中に主人公、バルデロマールとヘスス・アリアスの《本物》のヘロイン中毒の青年たちに出会ったのでしょうか。

A: 2月下旬のベルリン映画祭から帰国して間もない3月11日に、バルデロマールはManuel Sola Tellezと銀行強盗をして一緒に逮捕されている。このマヌエルがサウラに紹介したらしい。

B: 映画での経験を実地に移したんですかね。

A: 出演料をどの段階で受け取ったかによりますが、あっという間に使い果たしたと証言しています。ディスコなどの遊興費やドラッグ代、とにかくお金に困っていたということです。俳優たちの自然な演技が受賞に貢献していたことは確かですが、演技じゃなかったとしたら……。


B: 自然な「演技しない演技」を追求するあまり、サウラは落とし穴にはまった。

A: この事件でサウラと大物製作者エリアス・ケレヘタは窮地に立たされた。撮影中にヘロインを使用していたことも発覚して、「知らなかった」では済ませられない。

B: サウラは「マドリード周辺の若者の犯罪や社会差別をテーマに社会学的なドキュメンタリーを作る意図はなかった」と言ってます。

A: 多分その通りだと思います。しかし、いくら「大都会の片隅で太く短く死に急ぐ若者の愛についてのフィクション」だと説明されても、事件の重大性を鑑みれば世間は納得してくれない。フランコ心酔者は現在でもいるくらい、フランコ再評価の波は引いたり寄せたりしています。京都庭園の枯山水と同じように雨が降れば水は流れるのです。


B: 長年サウラとコンビを組んできたプロデューサーのケレヘタもショックを受けたようですね。

A: インタビューに「バルデロマールは撮影中は魅力的だったし、ベルリンでの記者会見の受け応えも申し分なかった」と答えている。真相の穿鑿など全く無意味ですが、ベルリンからの凱旋早々の事件だっただけに堪えたでしょうね。もしこの事件が映画祭前だったらすんなり出品されたでしょうか。

B: 《ホンモノ》に近づきすぎるとギリシア神話のイカロスの二の舞になりかねない。

A: 夏には相棒だったアリアスも銀行強盗に失敗して逮捕され、二人とも同じカラバンチェル刑務所に収監されています。サウラ=ケレヘタのコンビ解消には、路線の違いだけでなく一連の騒動が関係していたかもしれない。

B: 監督はいわば現場の指揮官ですが、俳優があたかも「地でやってる」ように演技指導するのも仕事です。

A: 「スタート!」「カット!」の決断はもっとも重要な仕事ですが(笑)、危うさと壁一重の犯罪者起用の是非は慎重に検討されてもよかった。例が極端ですが、『冷血』執筆中のカポーティを連想しますね。スランプ中だった作家は、望みの薄い死刑減刑をちらつかせながら虚実を尽くして犯人に近づき、一家四人惨殺の真相を聞き出しました。本物だけがもつ魅力には抗しがたいものがあるんですね。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:42

diamond そしてQuinqui俳優は旅立ってしまった

B: 本ブログにも映画出演のquinquiの多くが90年代初めに亡くなっているとあります。

A: ヘロインは一番危険なドラッグ、解毒も難しく、服用を止めると激しい禁断症状に苦しむ。現在では危険なので医療用も禁止されてるほど、マリファナなんかとは比較にならない。

B: 大麻(マリファナ、ハシシュ)→コカイン→ヘロインの道を辿る者が多い。

A: バルデロマールは撮影時は23歳ですから、すでに常習者だったかもしれない。1992年11月11日、マドリードでヘロインの服用過多で死亡。

B: アリアスはそれより早く、1992年4月22日、バスク州ギプスコア県でエイズのため死去。

A: 1960年マドリード生れですから31歳の若さです。IMDbによると4人のうち唯一他作品に出演している。ホセ・ルイス・クエルダ監督の『にぎやかな森』(89、90公開)の下男役です。

B: 90年代初めには《失われた世代》といわれる若者が、薬物中毒やエイズが原因で命を落としています。

A: エロイ・デ・ラ・イグレシアの“Navajeros”の‘El Jaro’は映画の結末と同じ銃弾で、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロマの“Perros callejeros”の‘El Torete’はエイズです。

B: ‘El Jaro’のホセ・ルイス・マンサノは当時15歳、映画のオーディションに応募してきてイグレシアの目に止まったそうです。


A: イグレシア監督はギプスコア出身ですがマドリードのこの界隈が長く、若者の生態を熟知していた。彼自身も1983年からヘロインに手を染め、87年に解毒治療のため戦線離脱、復帰まで16年間ものブランクがあります。

B: 83年に“El pico”、その翌年に続編を‘El Jaro’を主人公に撮ってますが。

A: やりながら仕事していたわけ。太陽に近づきすぎたイカロスですね。努力して立ち直り今世紀に入ってから2作発表しましたが、2006年悪性腫瘍摘出後に他界いたしました。享年62歳でした。


B: 大分サウラから離れてしまいました。しかしイグレシアは批評家の無理解もあって正当に評価されていないと言われていますね。

A: フランコ時代の60年半ばから問題作を発表しつづけ、フランコ没後の1976年に同性愛をテーマにした映画を発表した。この時代を先取りした早熟なシネアストの足跡をいずれ辿ってみたい気がいたします。   

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 23, 2011 at 21:43

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