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Saturday, December 25, 2010

La cabina [スペイン映画]

La cabina今年2月発表の第24回ゴヤ賞で栄誉賞を受賞したアントニオ・メルセロが1972年にTVE(テレビシオン・エスパニョーラ; スペイン国営放送)用に撮った中編映画。主演は2009年11月に亡くなった、私の大好きなホセ・ルイス・ロペス・バスケス。


おはなし
高層団地の真ん中の広場に電話ボックスが設置された。男は電話ボックスに入ってみた。風に煽られたのか、ドアがパタンと閉まる。それっきりドアは押しても引いても開かない。男はガラス張りの箱に閉じ込められた。頼む、誰かドアを開けてくれ。俺をここから出してくれ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


と、これ“だけ”の話で、セリフらしいセリフもほとんど無い作品なのだが面白さや怖さはよく伝わってくると思う。(ストーリーに直接かかわってくることをいっぱい書かなきゃいけないので、それはコメント欄で)

La cabina@IMDb

監督・原案・脚本: Antonio Mercero アントニオ・メルセロ
脚本: José Luis Garci ホセ・ルイス・ガルシ
出演: José Luis López Vázquez ホセ・ルイス・ロペス・バスケス


『La Cabina』のwikipediaからの情報でやや恥ずかしいですが、この作品から四半世紀が経った1998年、ホセ・ルイス・ロペス・バスケスは通信事業者のRetevisión社のCMに出演したそうである。それがこの『La Cabina』のパロディ風に仕上がっているらしい。

youtube Anuncio Retevision-La Cabina

このCMは、「(『La Cabina』から25年経って)ようやく男は電話ボックスから出ることができた」体(てい)なのですが、上述のウィキペディアによるならばそれはテレフォニカ社の独占だったスペインの通信事業市場の状況についにピリオドが打たれた事を表しているのだそうだ。

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Comments

danger さて。ここから先はストーリーを話すことになりますので。

↓↓↓

danger ストーリーを結末まで話さないと書けないことをこれから書くので

↓↓↓

この作品をどう解釈すればいいのだろうと考えながら観ていた。

eye 真新しく可愛らしい電話ボックスは何の喩えなのか。体制から与えられた新時代の到来を感じさせるものなのか。そんなのはおためごかしだと言いたいのか。

eye そして閉じ込められた男は? フランコ体制末期の社会の閉塞、またそこから脱却できずにいる国民を意味しているのか。

eye 高層団地が建ち並び都市部がどんどん拡大していく様子はすなわちスペインの経済成長を映し出しているのだろう。

eye 閉じ込められた男を取り巻いて笑っているだけの野次馬は? 目の前で起きている社会の問題に対してスペインの民衆は‘去勢’でもされたかのようにアパシーであると言いたいのか。

eye 警官がやってきてドアをこじ開けようとしても取っ手が外れて警官が無様にひっくりかえって市民がそれを指差して嗤ったシーンにこめられた意味は?

eye 電話ボックスの中に閉じ込められた男に「その電話で救助を求めてみろよ」とアドバイスをしたはいいが電話は通じておらず使い物にならなかったというのは、事態を変えていく術は持っているはずなのにまるで活用していないという当時のスペイン社会への皮肉なのか?

eye 野次馬が持っていた大きなインテリア鏡に電話ボックスに閉じ込められた自分の姿が映っている。それをみた男は自分の姿のみっともなさに気づき、それを恥じてうつむく。このシーンは「スペイン人よ、己の姿をよく見てみるがいい」と訴えているのだろうか。

eye 野次馬の中には行商中のパン屋もまざっており、野次るのに夢中で仕事などすっかり忘れてしまったパン屋のかごからパンをひたすら盗み食いしている男がいる。また靴磨き屋も現われてこの人だかりに乗じて一稼ぎしようとしている。ピカレスクを描いているのか。

eye 電話ボックスを設置していった工事の人間が戻ってきて、無言でボックスの撤収にかかる。中に男を閉じ込めたまま。彼は御輿のようにかつがれトラックの荷台に載せられる。まるで運搬人たちには男の姿など見えないようである。

男は「出してくれ」と懇願するが誰も気に留めない。そして電話ボックスは長く真っ暗なトンネルを通り、然るべき処置を施すために人里離れた工場へと運び込まれるのだ。

これの意味は? 
社会のシステムの不都合を指摘されると闇から闇に葬って、最初から何も無かったようにきれいさっぱり片付けてしまう体制の怖さを描いているのか……?

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 10:47

……ってなことをむずかしい顔で考え込んでいたのが悲しくなってしまうようなお知らせがあります。

見終わって、あれこれ考え終わってから先述の『La Cabina』のWikipediaに目を通してみたところ、監督のアントニオ・メルセロは、「あれはただのホラー映画とかSFのつもりで作った。政治的意図なんて無かったんだよね」と語ったそうだよ。

なんだよ!

そのことの裏を取りたいのだけど、検索してみてもどこからの孫引きかよくわからないので、メモだけしておく。

たとえばCulturaliaの『La Cabina』紹介ページ

「『あの作品で何を言いたかったんですか』としょっちゅう聞かれるが、いっしょに脚本を書いたホセ・ルイス・ガルシも私も、あれは政治的な問題提起などでなくSFかホラーのつもりだったんだ。ただ、あのストーリー性からしていろんな解釈ができるだろうと予測はしていた。……略……」

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 10:53

実際いろいろ穿った見方をされた作品だったようで、たとえばこの教育省関連サイトにあったPDFファイルだってこんな具合:

book La Cabina

hairsalon Muchos consideran que el guión de “La cabina” mostraba la parálisis que padecía la sociedad española de entonces ante la opresión del régimen franquista, y que la cabina telefónica es una metáfora de la cárcel. この作品のストーリーはフランコ体制に抑圧されたスペイン社会の機能が麻痺していることを示しており、電話ボックスは即ち牢獄のメタファーなのだ

……略……

あなたも監督がこの作品で何を訴えたかったのか考えてみましょう hairsalon


制作者たるTVEのサイトでもおんなじ紹介のされ方:

book Década de los 70

hairsalon Con aquel guión de José Luis Garci, el espectador pudo sentir la parálisis que padecía la sociedad de entonces ante la opresión en que vivía el país, representada por aquella cárcel en forma de cabina telefónica. hairsalon


(ちなみに上のPDFファイル、教育省関連のサイトに置かれていたものだけどもリンクの紹介先がwikipediaだったりして、その辺、わりと緩さを感じる)

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 11:24

さて、TVEは『La Cabina』をまるっと自サイトに載せてくれている。しかもメルセロ監督と主演ロペス・バスケスの解説つきで。

La cabina, íntegra, con presentación de Mercero y López Vázquez

このインタビューでは監督はあの‘電話ボックス’は世の人々がそれぞれ抜け出せずにいる塀のようなものを意味していると言っている。その塀とはある人にとっては経済的な障壁かもしれないし、別の人にはモラル面でどうしても抜け出せないものなのかもしれないし、と。人はみなそれぞれの人生で‘ボックス’から抜け出すことを追求するものなのだ、と。そこから解き放たれて人は幸せへ辿り着こうとするんだ、と。


だから、まあ、そうだねえ……
「政治的意図?そんなもの無いですわ。SFっすよ、ホラーっすよ」とアントニオ・メルセロが―――はぐらかすような―――回答をしたことが過去にあったとしても、そのやりとりがいったいいつのことだったのかっていうのも大事なんじゃないのかなと思う。

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 12:14

karaoke 雑談中に「電話ボックスに閉じ込められて外に出られなくなった男の話なんておもしろそうじゃね?」と盛り上がり、以来その発想が頭にこびりついていた。そんなある日、エンディングがピコーンとflair閃いた。ストーリーの「起」と「結」がはっきりしたのだからこれを完成させない手は無いと思った。

ホセ・ルイス・ガルシに話してみると「そりゃおもしろい」ってんで、さっそく二人でとりかかり15日か20日で出来上がったんだ。

誰に演じてもらうかを考えた。セリフもほとんど無い、パントマイムに近い演技が要求された。ホセ・ルイス・ロペス・バスケスはちょうど『Mi querida senorita』に出たところだった。30数分という短い尺の中で目まぐるしく移り変わる人間の感情というものを演じられるのは彼しかいないと思った。

閉じ込められて見せ物になってしまった馬鹿馬鹿しさ、為す術のない無力感、そしてやがて絶望へと繋がっていく、そのような感情をほとんど目の表情だけでグラデーションで表現していくのは並みの俳優にはできないことだから。


karaoke ラストの‘処理工場’のシーンは当初はスタジオにセットを組んで撮るつもりでいたんだが、現実の風景の方がセットよりもよっぽど恐ろしくしあがっているってことがあるもんだねえ、あれはAldeadávilaの水力発電所なんだよ。いやあ、あんなに表現力に満ちた光景があったとはねえ。


karaoke ホセ・ルイス・ロペス・バスケスはクレーンで吊り上げられたシーンでは実際に恐怖を覚えていたのだという。

「電話ボックスの底が抜けて落ちるんじゃないかとね。60mだか、100mだかの高さまで吊り上げられてたから。本気で脅えていたというわけですわ。ははは」

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 12:20

EL NIÑO DE «LA GRAN FAMILIA» SE METE EN «LA CABINA»によると、電話ボックスの設置されたシーンはマドリードのArapilesだって。

どこだろと思ったら、Fuencarral通りとぶつかっているんだね


・バレンシアで開催される国際中編映画祭の名称は本作にちなんで『La Cabina』。


・知人が「『La Cabina』放映まではスペインの電話ボックスは映画のものと同じタイプの扉だったけど、あれが放映されてからみんな扉を足で押えて入るようになってしまった。だから蛇腹タイプの扉に切り替えるはめになったんだよ」と言っていたけれども、そのことの裏はとってない。都市伝説かもしれない。

Posted by: Reine | Saturday, December 25, 2010 at 12:40

diamond だんだん怖さが増していくホラー映画
A: メルセロ監督といえば“La cabina”というくらいの代表作、かれこれ40年も経つというのに今見ても全然古くささを感じさせません。

B: プロットも映像も斬新です。導入から軽快な音楽と何か異変が起こりそうな音響が交互に繰り返され、音楽も不安を増長させるのに効果的。

A: ホラーと知って見るせいか余計に感情移入してしまうのね。撮影監督(Federico Garcia Larraya)については後で触れるとして、ジャンル的には監督インタビューにあるようにホラーでしょうね。

B: ゾンビが跋扈するとか、エイリアンが体内に侵入するとか、絶叫、血しぶきは出てきませんが、じわじわと主人公の絶望が伝わってきて怖ろしくなる。

A: 日本でもヒットしたジャウマ・バラゲロの『REC』みたいなホラーはぜんぜん怖くない。青色赤色の光線が交錯したり絶叫が聞こえてきてもトラウマにならない。しかし本作のように自分の身にも起こるのじゃないかというホラーが一番怖い。


B: 設置された電話ボックスのドアは何故か開いたまま工事人は帰ってしまう。最初からいやな予感がします。カビナさんがeyeテーマを列挙されてますが、どれも該当しますね。

A: そうです、これが面白さの秘訣。長期間愛される作品には十人十色という特徴がありますね。フランコ末期の1972年製作ということを考えれば、真っ先に反体制の政治的メッセージを考える人がいてもおかしくない、監督が否定したとしても、「あれ、はぐらかしている」とね。

B: テレフォニカ社の独占ぶりを皮肉った映画とみても当たっています。また仕事をサボって見学している野次馬たち、マンションのベランダに鈴なりの見物人、ベンチに腰かけた御婦人は悠々と編み物なんぞ始めて腰を落ち着けてしまう。

A: 自由が制限された時代にあっても庶民はそれなりに楽しんでいると考えてもいいし、どうせ他人事、自分の無事ばかり望む事なかれ主義とも取れる。また全ての試みはムダになるという諦観は、ベルランガ映画にも通じています。

B: かなりシュールですよ。

A: でも最悪の《無関心》ではない。ドアを開けてやろうと力自慢が挑戦したり、工具を持ってくる人も現れる。見物人を目当てに靴磨きを始めるちゃっかり組も出現する。

B: 物見高くておせっかいなスペイン人、熱くなるけど冷めやすい飽きっぽい無責任な国民性を批判しているとも取れますね。多面的な見方が出来るのが古典となるコツかな。

A: 検閲者もゴチゴチのフランコ主義者ばかりではなく、「深読みはしないから上手にカモフラージュして韜晦してよ、やみくもに引っかけるわけじゃないから」と。これは60年代からのスタンスらしい。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:27

B: book書籍のほうでもいえるようです。昨年ノーベル文学賞を授与されたバルガス=リョサの例ですが、『都会と犬ども』(1963)の初版はバルセロナで刊行された。当然こちらも厳しい検閲を受け、出版社も作家も一度は諦めかけたそうです。

A: 各方面の協力のお蔭で出版に漕ぎつけられたのは、向こうが訂正や削除を要請した個所が小説の核心ではなかったので応じた。これは作家自身が後に証言していますよ。要するに面と向かった政治批判、軍隊並びに教会批判は徹底的にやられたわけです。

B: 検閲側との丁々発止のやりとりに鎬を削った結果、70年代には各人ノウハウを学習済みだったということ、本作にも言えます。

A: それに1972年という年は、全世界を襲った石油危機の混乱、フランコの側近カレロ・ブランコ首相暗殺(1973年12月20日)の前年だったという幸運があったかもしれません。

B: その後の犯人逮捕、ガローテ(鉄環絞処刑)での全員処刑、バチカンを含めた全世界からの批判、フランコ自身の病状悪化と、時代は急展開していきました。

A: フランコの死去は1975年11月20日ですが、夏から病床にあり意識がなくなった後も植物状態で生かされていたことは、現在ではスペイン国民の知るところです。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:27

diamond ドアは半開き、ご利用をお待ちいたします
B: 映画に戻ると、どこら辺から不安になりましたか?

A: 前にも触れたように設置された電話ボックスのドアが半開きのまま工事人が帰ってしまうあたりから。サッカーボールを持った主人公の子供のボールが転がってボックスの中に吸い込まれる→子供が取りに入る。ドアが閉まるのじゃないかという不安が杞憂になり、やれやれと胸をなでおろす。ところが子供を見送った父親が戻ってきて電話ボックスに入る。

B: 普通、電話かけるときドアを閉めると思うがそのまま、スーと風が吹いてきてバタンと閉まる。

A: 最初、みんなコメディだと思って見始めたと思う。だから最後には出られる、どうやって出られるかに集中するけど、工事人が戻ってきてボックスごとトラックに積み込むあたりから、これはコメディじゃないホラーだということがはっきりする。

B: 自分と同じ状態で運ばれていくもう一人の箱入り男を目撃する、道すがら遭遇する葬列のシーン、ポケットから家族三人で撮った写真を出して眺める、トラックを追いかけてくるサッカーボールを持った少年に自分の息子を重ね合わせる、これで主人公も観客も死の予感が的中したことを知ります。

A: クレーンで吊り上げられたボックスが工場に運び込まれ、大きな扉がガチャンと閉じる。再び開くとカラのクレーンだけが映る、ゾーッとします。

B: 「ボックスの墓場」には先ほどの男が首を絞めて自殺している、すでに白骨化している死体のボックスもある、ここのシーンは観客の想像力に委ねてもよかったと思いますが。

A: 仮にボックスを独房と仮定するなら、70年代でも内戦の政治犯は沢山収監中だった。内戦の犠牲者のうち最大の死因は刑務所内の飢餓による飢え死に、内戦中の戦没者ではなかったそうです。

B: やはり政治的メッセージが込められていると考えますね。独裁時代には都市からも突然人間が行方不明になった。しかし家庭が嫌になって蒸発したのではと家族のせいにされた。

A: 電話が通じないのは、電話だけでなく幹線道路でさえ中途半端で終わり出口がなかったりしたことを皮肉っているとも。突然、工事中の立て看板もなく道路が消えていたそうです。 

B: 90年代初めにスペインに行ったとき「故障中の張り紙がなくても公衆電話は使用しないこと」と在日スペイン人に忠告された。「お金を飲み込んだままうんともすんとも言わないし、勿論お金は戻らないのが多い」からと。

A: いちばん怖かったのは最後のシーン、新しい電話ボックスが同じ場所に設置される。やはりドアは半開きになっている。皆さまのご利用をお待ちいたします。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:28

diamond エミー賞受賞の快挙 
B: 翌年1973年、エミー賞を受賞して国際的にも評価されました。

A: 1957年に制定され、当時は米国テレビ芸術アカデミーが主催、その年の優れた番組、出演者、作曲家などに与えられる賞。海外作品部門は1963年から設けられた。2004年からは国際テレビ芸術科学アカデミーが主催しています。

B: エミー賞だけでなく、モンテカルロ映画祭国際批評家賞、ミラノのマルコーニ賞、金のキホーテ最優秀監督賞(スペインの評論家によって付与される)など、いくつもの賞を受賞しています。

A: セリフが少ないカフカ風の心理ホラーが、国際的に受け入れられたということでしょう。

B: 記憶に新しいのは、カビナさんが冒頭で触れていた2010年ゴヤ栄誉賞受賞でしょうね。2009年にアルツハイマー病が発症、自宅でアカデミー会長アレックス・デ・ラ・イグレシアよりゴヤの胸像が授与されました。

A: この時は貰い泣きをしたのでした。ガラ会場のスクリーンに代表作が映された中には、カナダのモントリオール映画祭最優秀監督賞の“Planta 4”(2003)や最後の作品となった“Y tu quien eres?”(2007)に混じって本作も登場いたしました。


B: 前者は本ブログにアップ済みですね。小児癌に罹った子供たちをテーマにしたもの、タイトルを訳せば「4階病棟」かな。

A: 後者はアルツハイマーに罹った老人がテーマ、徘徊に困った家族が仕方なくサナトリウムに入所させる。会うたびに「どちら様ですか?」と尋ねるのがタイトルになっているようです。主役が昨年10月に92歳で死去したマヌエル・アレクサンドレ、“La cabina”の主役を演じたホセ・ルイス・ロペス・バスケスも友人役で出演、偶然にもこれが彼の遺作となった。

B: アルツハイマー病の映画を撮っていたとは、何か運命的なものを感じます。ゴヤ賞受賞の映像からは、まだそんなに進行しているとは思えませんでしたが。

A: しかし、ちょっと歩き方も緩慢、早口で能弁だった監督を知る者には辛いものが。それが息子たちの素晴らしいスピーチと相まって会場の涙をさそったのでは。

B: 二人とも父親の仕事を継いだようですね。長男は監督・製作者、次男は脚本家としてテレビドラマのシリーズで活躍中。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:28

diamond 映画とテレビ、二足の草鞋
A: アントニオ・メルセロは、1936年3月バスク州ギプスコア生れ。父親はタイヤ工場の責任者であったが、同年7月に勃発した内戦でアナーキストに撃たれて死亡、彼は生後6カ月であったそうです。スペイン監督の多くがそうであるように回り道をして映画界に入った。最初、母親の希望を入れバリャドリード大学で法学を学んでいます。

B: サラマンカ大学に次いで古い歴史をもつ大学、とくに法学部が有名です。

A: 短編“Leccion de arte”が1962年サン・セバスチャン映画祭短編部門で金貝賞とカンタブリア真珠賞を受賞、長編第1作“Se necesita chico”(1963)を撮った後は、ドキュメンタリーやテレビ・シリーズの仕事が多い。

B: NHKスペイン語ラジオ講座の学習者には懐かしいエルビラ・リンドの小説『めがねのマノリート』を撮っています。

A: 映画とテレビとあり、テレビ・シリーズ「マノリート」(2004)のほうです。テレビの仕事を含めて34作というのは普通ですが、テレビはシリーズ物が多いからかなり勢力的に撮っていますね。とりあえず分類するならば、「愛と悲しみとユーモア」が彼の三大テーマでしょう


B: 撮影監督のフェデリコ・ガルシア・ララヤのカメラは、当時としては着想も技術もずば抜けています。

A: ビックリしたでしょうね。門外漢なので詳しいことは分かりませんが、移動装置のついた特殊カメラを使用しているのではないでしょうか。ヘリコプターからの鳥瞰撮影、ロング・ショットとクローズアップの巧みな切りかえ、トラックに伴走して周囲の景色を撮っているようにも見えます。

B: 計算されたカメラ・アングル、特に高速道路を入ったり出たりする個所、日光のいろは坂を連想させる山道など、事前に下見しないと撮れないのではないか。

A: お金も時間もかけた印象を受けます。クレーンがボックスを吊り上げるときの下からのショットも見事です。資金はテレビ局のほうが潤沢だったのかも。メルセロの人気TVシリーズ“Este senor de negro”(1975~76)もG・ララヤが撮っています。

B: 戦後すぐの1940年代後半に映画界に入り、1970年代はもっぱらテレビの仕事、1977年に引退するまで70作以上撮ってます。

A: 1996年に彼もゴヤ栄誉賞を受賞していますが、正確な生没年の調べがつかなかった。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:46

diamond だんだん寂しくなるこちら側
B: ボックスに閉じ込められてからは、ロペス・バスケスのセリフは聞こえなくなる。彼のパントマイムとサウンドトラックが頼みの綱となります。

A: 本作ではサントラは重要ですね。トラックが郊外を抜け、いよいよ山中のトンネルに入り、主人公も死を覚悟しはじめたシーンから始まる混声合唱、あれはカール・オルフのオラトリオ『カルミナ・ブラーナ』かな。

B: じゃあ、ラテン語ですか? 何語で歌っているのか分からなかったが。

A: 分かりませんけど、それっぽかった。『カルミナ・ブラーナ』の中でも一番有名な曲「運命、世界の王妃よ」だと思います。運命の非情さを描いた歌だから内容的にもぴったり。

B: メルセロは音楽のセンスもいい。先述した“Y tu quien eres?”では、テーマ曲をディエゴ・エル・シガーラが歌っていて、これがまたいい。

A: エル・シガーラはフラメンコ歌手、『ラグリマス・ネグラス-黒い涙』がミリオンセラーになり、愛知万博2005にも来日したんでした。

B: 2004年度ラテン・グラミー賞を受賞してブレークした。

A: 主役のロペス・バスケスは長い闘病生活のすえ、2009年11月鬼籍入り、享年87歳でした。

B: 彼はベルランガ映画の常連さんでもありました。

A: 1922年3月マドリード生れ。ベルランガより1歳年下でしたが、お先に旅立ちました。

B: ベルランガに限らず、彼が出演した作品の監督名を列挙したら、1940年代から今日に至るまでのスペイン映画史を語ることになります

A: そうです。主力はコメディでしたが、フアン・アントニオ・バルデム、カルロス・サウラ、マリオ・カムス、マヌエル・グティエレス・アラゴン、ハイメ・デ・アルミニャンなどシリアスなドラマにも。

B: なにしろ18歳で演劇界に飛び込み、映画、テレビと活躍の場を問わなかった。およそ70年に及ぶ役者人生でした。

A: ベルランガ映画には第1作“Esa pareja feliz”(1951、幸せなカップル)を皮切りに、「ナシオナル」三部作全てにホセ・ルイスをひっくり返したルイス・ホセ役で、1993年の“Todos a la carcel”が最後の出演作でした。

B: 2002年の国民テアトロ賞、2004年ゴヤ栄誉賞ほか数々の栄誉に輝きました。

A: 晩年、「ウディ・アレンの映画に出るのが私の夢、彼がスペインで映画撮るときには、なんか役をくれないかなぁ」と冗談言ってましたが。

B: 呼ばれたのは、当時夫婦未満、恋人以上の関係だったハビエル・バルデムとペネロペ・クルスでした(笑)。このあいだ一児のパパママになりました

A: 役者として最も大切で難しいのは、「演技をしないこと、セリフがなく沈黙しているとき、視線の向け方。今ではそういうことに気を使わなくなりましたが・・・」と。蓋し至言です。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:47

B: もう一人の箱入り男を演じたアグスティン・ゴンサレスも2005年1月に他界してしまった。

A: 享年74歳でしたが4歳でデビュー、結果的にはロペス・バスケス同様、芸歴は70年の長きにわたりました。ベルランガの「プラシド」「死刑執行人」「実物大」、“Todos a la carcel”、公開されたフェルナンド・トルエバの『ベルエポック』(1992)、マルティネス・ラサロの『わが生涯最悪の年』(1994、スペイン映画祭1997上映)など、いい映画に出演していますね。


B: なにやら最後は点鬼簿みたいになってしまいました。

A: クラシックな映画だと自然にこうなります。本作がホラーか反体制映画かはその時々の時代精神に左右されます。ひとたび公けになれば、作り手の意図を無視して独り歩きを始めますから、表現の自由と危険は隣り合せなのかもしれません。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, February 04, 2011 at 21:47

アリ・ババ39さん、ありがとうございました。アリ・ババ39さんから届くコメントを読んでいると涙ぐんでしまいます。

いま途中を飛ばし飛ばし観てみたのですが、私、こないだ観た時には見落としてました。うっそりしていました。サーカス(見せ物小屋)の一団に哀れみの眼差しで見送られるシーン、そしてサッカーボールを抱えた少年に息子の姿を重ねるシーン、あそこでかかってる曲は『埴生の宿(Home! Sweet Home!; 楽しき我が家; Hogar, dulce hogar)』でしたね。


そこで主人公の男が閉じ込められた瞬間のことを回想するのだけど、扉がすーーーーっと閉まる様子はやっぱり怖いですね。一般市民が物音立てぬ“何か”にパタンと捕らわれ、やがて人知れず処理されていくんですからね。

うん。怖いですね。ラスト1分くらいは固唾飲んじゃいますね。ごくりって。


あの『オーメン』みたいな怖い曲はちょっとまだよくわかりません。ネット上をさらっと探った感じだと、カール・オルフに似せたオリジナル曲じゃないかという記述も見かけます。(ちょっと肩が痛いのでこの辺で検索を中断しちゃう)

Posted by: Reine | Sunday, February 06, 2011 at 11:56

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