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Thursday, September 30, 2010

una llamada desde la comisaría 警察からの電話

twitter9月30日のtwitterよりtwitter

盗難の届をしてから24時間経過。いま警察から電話あり、明日来てくれとのこと。「盗難届の際あなたは『もう一度顔を見ればわかる』と述べましたね」と。写真を何枚か見せるから指せということらしい。どうしよう。そう言われてみるとそんなに自信無い(;゚Д゚)…


私:そう言われてみるとそんなに自信ないんですけど…。 
警:のてぷれおくぅぺす(Don't worry)。 
私:『面割りできますよ!』とか言ってたのに結局できなかった人ってこれまでにもいるんですよね? 
警:げらげら。いますよ。のてぷれおくぅぺす。


警:じゃあ明日来てね。昨日貴女が出頭したのとは違うところに管轄が移ったから明日は昨日とは違うオフィスに来てもらいます。メモしてくれる?
私:少々待って…(ゴソゴソ)…はい。どうぞ。“筆”がありました
警:ああ、“筆”ね。ボールペンじゃないんだ。くすくす


@nim95氏とのチャットで「しかし何故わざわざ外国人の私に面割りをさせようと思うんだろうか」という話。 

⇒地元の人は顔を覚えてたとしても覚えてると言わないんじゃないだろか。面倒だから? そこを私がまんまと「おぼえてるお!」って言っちゃったんじゃないだろうか。

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Wednesday, September 29, 2010

Huelga general en Madrid / ゼネスト

この日はゼネスト。
それはわかっていたのだけど、マドリード市内まで行かねばならなかった。警察署に盗難届を出さないと。

Comisaria de Policia de Centro
C/ Leganitos, 19, 28013 Madrid

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http://twitter.com/favicon.ico 警察に被害届。あらかじめ電話(902-102-112)しておく。そこで軽く顛末を聞かれ、照会番号を与えられる。実際の警察署に出頭して署名するのはその電話から48時間以内。(←と説明してくれた人と、「もっと早く」と言った人とがいる。前者が正しいと睨んでいる)


http://twitter.com/favicon.ico 警察に到着。もう照会番号は持っていると告げるとすぐ待合室に通される。で、すぐに順番が来て、あとは電話で述べた事の確認や補足・微修正など。10分もかからない。そうしてできあがった被害届に署名(4部ほど)しておしまい。


http://twitter.com/favicon.ico 取調室で旅券を提示した。旅券の写真は40分かけてガチで化粧したver.の顔だし、そもそも9年前の顔なので、現在の実物と全く違う。ので、旅券を提示する際にはどこでも常に「今日はスッピンなので」と添える私である。それで掴みはOK。何故・何を掴みたいのかはさておき。


http://twitter.com/favicon.ico 今日もそれで取調官は笑って“掴みはOK”で取調開始。しかし何よりも盛り上がったのはいよいよ署名という時。他のブースからもピチピチの取調官が集まってきて盛り上がった。私が筆ペンで署名したからです。「それ書道用のペンか!」っつって。漢字の説明したらfliparon http://twitter.com/favicon.ico



いや、まじで。日本の人は旅行先には筆ペンを持っていくといいと思う。絶対ウケるから。

ウケる必要なんて全くないんだけど。ましてや警察署でなど。


ちょっと何なの、このむりやりなアマゾンリンクの挿入は。

さて、警察署を出ていつになくビクビクと、あるいはションボリと街を歩き始めた私。ところがその日はゼネストだったもので……

http://twitter.com/favicon.ico 私は“制服マッチョ”が好きでね。制服ってだけではダメで、腕っ節が要件であるような制服。今日は取調室で生きのイイのを存分に堪能。そして署を出て街を歩き始めたら、本日ゼネストのせいか警察官が溢れておる。カリャオ広場には軽く35人ほど生きのイイのが! 堪能。http://twitter.com/favicon.ico

huelga general huelga general


写したりしていませんよ♪~(´ε` )とよそ見をしている感じでこっそり写していたつもりだったけれども、しっかり見られていたんだな。警察官を撮ったりすると叱られたり処罰されたりするんだろうか。
huelga general


http://twitter.com/favicon.ico ちょうどその時セビーリャの男友達が電話をくれた。盗難のことで私が気落ちしてるんじゃないか、お金は足りてるのか、などなど心配してくれたようだ。「元気か」と聞くので「いま私の目の前に35人くらい警官がいる」と答えたら、「ああ、じゃあ、元気なんだな」と彼。http://twitter.com/favicon.ico


あとはふつうに観光しようとしたけど疲れ切っちゃっていたので、ビクトルの家に帰ろうと思いました。
huelga general

が、電車が一時間半に一本とかしか来ない。ゼネスト……
huelga general

線路内には猫たちがたくさん
huelga general

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Tuesday, September 28, 2010

en moto / バイクで

というわけで盗難に遭ってほぼ一文無しになった私を、翌日はビクトルとトーニョがバイクで連れ出してくれました。

エル・エスコリアル修道院には修学旅行生みたいな子供たちがいっぱい。行列が凄かったのでまずビクトルが入る気を失って。あと8ユーロくらいだか払ってまで見たいかというと見たくないかもしれないという声も出て。

見たいかと問われてそれはもちろん見たかったし、いろいろとお世話になっているのだから「あたしがおごるから入ろうぜ」と言ってしまいたかったのだが、ほぼ一文無しの身なので何も言えない。「今回は見なくてもいいや……」とうつむくのが精一杯。


その後はナバセラーダという冬のスキー観光地にも行った。近づくごとに寒くなっていった。そこからまた山道を下ったんだが、こんどはどんどん体感温度があがっていくのが面白かった。


それで……、途中立ち寄ったBARで私はベルモットを断り切れず飲んでしまいだね、山道のカーブカーブカーブで酔ってしまいだね、人間の目って回る時にはこんなにも回るものなんだなと感心するぐらい目が回ってだね、その先の山道は覚えてないんだ。

ビクトルの背中に吐かないように、眠り込んでしまわないように、あるいは気を失ったりしてバイクから転落することのないように、つかまっていることだけに集中していた。

どこで昼食を食べたとか覚えていない。歩くのもやっとだったということだけ覚えている。

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Monday, September 27, 2010

Madrid Bús Turístico / ツーリストバス

朝、ビクトルの家の近所でビクトルと友人トーニョとチュロス(Churros)を食べる。

トーニョがマドリード市内に戻るというので、そのついでにバイクで乗せていってもらう。バイクで降ろされたのがちょうど“シュウェップスビル”の前だったので、『Dia de la Bestia / ビースト 獣の日』だね、そうだねなどと会話。

トーニョとはそこでひとまず別れる。別れ際に「もしもなにかあったら僕に電話しなさい」と電話番号を教えてくれた。「いやいや、“もしもなにか”無いですって」などと思っていた私ですが、“もしもなにかあった”場合に本当に“もしもなにかあったら”の番号に電話をかける日が人生で初めて訪れるなんて、その朝まだ私は知らなかった。

そう。このあと私はマドリードツーリストバスとか乗っちゃって浮かれ気分で観光するわけだけれど、この日のメインイベントはそんなことではないんだ。


さてツーリストバス。
途中、メインのコースが終わるような停車場の脇の街路樹に、説明用イヤホンが「もう(゚⊿゚)イラネ」とばかりに枝からザンザンぶら下がっていたのには苦笑いした。

La comunidad / サーティーン みんなのしあわせ』でちらっと写ったHotel Reginaなんかも目に入り。

デボッド神殿は13年ぶりに行きたかったんだが、今回の旅行中どうしても巡り合わせが悪く入れなかった。縁がなかった。

それで、ああなんだか疲れたなあ、眠いなあとか思いながら商店街?を歩いていたら『Crimen ferpecto』でギジェルモ・トレドがいた建物、レコードショップ Killersが目に入り。

まあ、とにかく、この後で私は盗難に遭うのだよ。腹が立ってしかたないので(自分自身に)、詳細は割愛。思い出すのが苦痛。腹が立ちすぎて。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


ちなみにその日のことを説明したtwitter:

twitter13歳の時、酷寒の日に卒業式の練習があったので靴下の中にでも入れようとミニホカロンを4つ持っていたのが、ほんの僅かな間に盗まれました。17歳の時、高校で傘を盗まれました。そして何十年も経った昨日、私、マドリードで財布を見事にやられました。恥ずかしくてこの告白には随分勇気が要った。


twitter自分は物を盗まれるような目には遭わないと、余裕でいすぎた。「いつもはしないのに昨日のあの瞬間だけはこうだった」というのが幾つも重なった結果でした。事件発生から12時間、頭の中で「ちくしょう」と橋龍のように呟き続け、自身に腹が立っていま目が覚めたところ。


twitter本当にラッキーだったと思うのは、その直前に携帯電話(プリペイド式)に50ユーロも注ぎ込んであったという点です。それを現金で支払ってあった。それを済ませてなかったなら、すぐに友人に電話もかけられなかったし、盗人は50ユーロも多く稼ぐことができていたというわけだ。


twitterというわけで幸いにして携帯は存分にかけられる状態にあったので、前夜ビクトル経由で知り合ったばかりの友人(=トーニョ)に半泣きで電話をかけたら、30分でバイクで駆けつけてくれ、彼の家まで連れ帰ってくれた。(そこから無事クレカ停止手続き)。ビクトルもあれこれと電話で後方支援。


twitterいや、もう、本当に恥です、恥。日本人てこんなにカモネギだぜと盗っ人どもに思わせてしまったことが本当に悔しくてならない。あんなにチョロくては、日本人の皆さんに申し訳ない。


twitter諸々処理が済み、友人は再び私をバイクでビクトルの家まで連れ帰ってくれた。私はバイクや車のことは全然わからないのだが、途中、メーターの針的なものが“140”と“160”の間にあるのが見え、「もしやこれは時速なのでは…?」と思ったとき、恐怖で失神しそうだった。

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Sunday, September 26, 2010

Real Jardín Botánico de Madrid / 王立植物園

アルカラ~の友人宅を出て近郊線でマドリード・アトーチャ駅へ。別の友人宅へはアトーチャ駅からまた別の近郊線で行くのだが、友人の都合上、夕方遅くまで私は時間を潰す必要があった。

アトーチャ駅の中でゆっくりだらだら過ごす。

ちょっとその辺を歩いて来るかと王立植物園へ。真夏の酷暑を越したあとだったので花は元気がなかったし、昼下がりの黄色い陽差しの中だったのであまり綺麗には撮れていない。

リスがすぐそばの木を上り下りしているのが可愛かった

植物園ではちょうど「Imágenes de un siglo en España: una mirada a la historia y la vida cotidiana―写真が伝える世紀」といった展示が催されていた。

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Wednesday, September 22, 2010

Alcalá de Henares / アルカラ・デ・エナーレス

サンセバスティアンを早朝に発つ。マドリードの駅でabetchyと別れ、私はそのまま近郊線でアルカラ・デ・エナーレスの友人宅に向かった。

アルカラ・デ・エナーレスでは私は体調を崩しほとんど寝込んでいたので記憶があまりないんだ。残念。いやでもまじで体弱いのでね、私は。

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Tuesday, September 21, 2010

La isla interior [スペイン映画]

isla interiorサンセバスティアン映画祭(2010年)で観た中で一番気に入った作品。

カルロス・フエンテスの『Todas Las Familias Felices / Happy Families』からの引用である「私の家では家族がみな互いに傷つけ合い、傷つけてしまうたびに後悔し、後悔してはめいめいが自分自身を傷つけていた」という一節を目で追うことからこの作品は始まる。

おはなし
親から受け継ぎたくないものもある。怖いのだ、狂気を継ぐことが。

グラシア、マルティン、コラルの三人兄妹はそれぞれに人生を送ってきた。三人とも自身を見失って彷徨い漂いながらも、どうにか自分なりに歩んで来た。互いに歩み寄って助け合おうと思ってはいても、いつも背を向けて終わってしまう。それぞれの内に拡がる闇が深すぎるから。

父親が死んだという急報を受けて三人は久しぶりに故郷で顔を合わせた。今こそ家族同士で心から向き合う時。そして自分自身をも見つめる時が来たのだ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


コンペティション部門ではなかったので小さい会場での上映だったが満足度は一番だったかな。

twitter鑑賞翌日のtwitter:
昨年のLBFFの『ヌード狂時代』の監督(D.アヤソ、F.サブローソ)の新作『La isla interior』鑑賞。http://imdb.to/avKEA4 と・て・も・(・∀・)イイ!! ただ、心の弱った私のような人がPMSでどんよりしている時に観ると持って行かれる危険有りか

私はデフォルトで心身が疲れている人なので、このような作品の直撃を受けやすいとみえ、ひどく泣いた。個々の登場人物の中に自分の断片を確認するような悲しい作業であったとも言える。abetchyは泣くとかじゃあなく、近年のスペイン映画の中でも際立って気に入った由。twitter


……とまあ、それぐらい泣かされた。danger まあ、私はたいていの作品で泣くので当てにはなりませんし、おまけにPMSの頂点にあったような日に観てしまったのである程度の引き算はするけどね。

悲しくて胸が痛い映画だったんだよ。張り詰めて痛々しい人たちのお話。硬化して脆くなった家族の話。「誰かその人たちを抱きしめてあげてくれ!」と周囲の人に訴えたくなった。

と言いつつも、泣きすぎたせいなのだろうな、ラストシーンが思い出せない。早くDVDを売り出してほしい。アルベルトさんが来年のラテンビートでの上映を検討してくれると嬉しいけれども、ちょっと難関かもしれない。監督も「日本では難しいだろうという覚悟はしてるんだ。でも観てもらえたら嬉しいね」と言った。


(上映後に監督が話してくれたことはメモを解読できる限りコメント欄で)


監督・脚本: Dunia Ayaso ドゥニア・アヤッソ  Félix Sabroso フェリックス・サブローソ

出演:
Candela Peña カンデラ・ペニャ ... Coral コラル(次女; 末っ子)
Alberto San Juan アルベルト・サン・フアン ... Martín マルティン(長男)
Cristina Marcos クリスティーナ・マルコス ... Gracia グラシア(長女)

Geraldine Chaplin ジェラルディン・チャップリン ... Victoria ビクトリア(母親)
Celso Bugallo セルソ・ブガーリョ ... Juan フアン(父親)

Antonio de la Torre アントニオ・デ・ラ・トーレ ... Iván イバン(コラルの愛人)

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Elisa K [スペイン映画]

elisa サンセバスティアン映画祭で観た作品。

おはなし
夏にはエリサの11歳の誕生日がやってくる。最近のエリサのお気に入りは青いリボンのついた白い服。そんなこと全てがどうでもよくなってしまう時が近づいているなどと知る由もなかった。

エリサはお父さんの友達のせいでひどく泣いた。そのおじさんは「泣き止んでくれたら銀のブレスレットをプレゼントしてあげるよ」と囁いた。

誰も気づきはしなかった。このごろエリサはすこし変だねとちらっと思ったくらい。

そうして14年と4ヶ月と数日が過ぎたある日、エリサは震える声でお母さんに電話をかけた。「ママ助けて。物凄く怖いことを思い出してしまったの」。

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PMSの時に観たせいも手伝ってか、かなり泣いたね。
最初まるで紙芝居のおとぎ話のように語り部が語っていくのかと思い、それにしてはそういう導入部分がちょっと長すぎるよなと思う頃には、「ああこれはぜんぜんおとぎ話なんかじゃないんだ」と覚悟させられ、いったん山場が去ったなと思いきや、そこから慟哭の時間帯が始まり……といった具合。

「感動~(´Д⊂グスン」とかいう甘ったるい泣き方ではなくて、辛かろう・苦しかろうというのが迫ってきて泣いてしまう泣き方。性的虐待の話だからな。苦しいわ。


と、この説明ではうまく伝えられないかもしれないけど、少し変わった造りの作品。序盤私はちょっと豆鉄砲食った鳩みたいな表情をしてたかもしれない。そういう新奇なデザインが災いしたか、映画の構造がどうのとかそういうのは私にはよくわからないけど、テンポはけっしてよくないと思う。後半が冗長だったんじゃないかな。


出待ちの人々の前には少女時代を演じた子役も姿を現した。私はあまりよく見られなかったのだけど、とても可愛らしい姿だったらしい。

その可憐な子が列車がトンネルに突入する直前のシーンで凄まじい目の表情を見せる。あれはいい。強烈だった。


(この作品は語句メモ無し。カタラン音声で英語字幕で?観たと思う)


Elisa K@IMDb
Elisa K 公式

原作?原案?:Lolita Boschの『Elisa Kiseljak

監督: Jordi Cadena ジョルディ・カデナ  Judith Colell ジュディス・コレイ
脚本: Jordi Cadena

出演:
Aina Clotet ... Elisa エリサ
Clàudia Pons ... Elisa nena エリサ(子供時代)

Lydia Zimmermann ... Mare 母親
Hans Richter ... Pare 父親
Jordi Gràcia ... Amic del pare エリサの父親の友人

Pep Sais ... Professor 学校の先生
Ramon Madaula ... Narrador (ナレーション)

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FESTIVAL DE SAN SEBASTIÁN / サンセバスティアン映画祭 5日目

ここまでで何日に観たのか思い出せないのが

・モロッコ映画『A Jamaâ』。
おはなしの始まり方は面白かったんだけど、それを長々と引っ張り続けるから次第に飽きていった記憶。

・ノルウェー映画『Hjem til jul』(Home for Christmas)。
これはよかった。しんみり・ほんわか、でもビターな一面も、そして現代社会の厳しさも。悲喜交交というものか。


・スペイン映画『Elisa K』(カタラン)。
2010年9月21日 観ました


他になにか観たかな? 
abetchyに確認してみないといかん。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


さて5日目。

この日は私は『GAL』のロケで使われていたGandarisというレストランを探していました。いや、ただ、その店を見てみたかっただけ。


そして、
・『La isla interior』を鑑賞。
これが今回の映画祭で最大の収穫。(といってもそんなに数を観られたわけではないけどね)

でもとにかくこの作品はとてもよかった。感想文をいずれ書きます。

・上映後、Felix Sabroso、Dunia Ayaso監督と立ち話。


三日目、『A tiro de piedra』の始まる前、映画館Principeには250mくらいの長い行列。

と、そこへいわゆる“ボディコン”の、体の線がぴちぴちで見え見えで、イケイケ(死語)な感じをむんむんさせた、しかしながら若いと言い切るにはちょっとためらいを覚えてしまうくらいの年齢であろう女性が、「売女みたいな」としか表現のしようがないピンヒールをカツンカツン言わせてエロエロでやって来た。「ゴージャス」ではあった。

行列に並ぶのではなくて、列の先頭はどこなのかしらと確認するかのようにその辺に突っ立っておった。ちょうど私の真横1.5mくらいの位置に突っ立っておった。

私もその女のいでたちにはギョッとし辟易もし、また激しく苦笑いしたが、私の後ろに並んでいた女性ばかり4人のグループからも嘲笑をこらえたような吐息が聞こえた。「Pero hija ..... (っつうかさあ……w)」みたいなうめき声も漏らしていた。

私の前にいた女の子は美術系の学生みたいな風貌。その子もくだんの女を一瞥し、フッと嗤ったかのような鼻息を漏らして目線を逸らしていた。


気づかぬうちに私は「...... ¿Para qué ... ? (てか、何のため……?)」と呟いてしまっていた。

前の女子学生風の子に話しかけるでもない、まあ聞こえたら聞こえたでいいやと、そういう声量を調節したうえで発したのだろう。私に話しかけられたんだかなんだかよくわからないなりに女子学生も肩をすくめ「さぁね ┐(´∀`)┌」といった目配せをよこした。

だから私は続けて、「客席に来る一般人の女性達はさあ、いったい何故にあんなにemperifolladasなのかしら?」と尋ねてみた。すると女子学生はけたけたけたけた笑い、「emperifolladas...! もう、ホント、まさにその単語だわ。よく言った」とたいへん楽しそうな反応。日本的に書くならば、「えwんwぺwりwふぉwじゃあwだw」みたいな感じ。


私: あれ、なんの必要があんの? この映画祭の決まりなわけ?
学生: いんやあああ?
私: ああいう女たちって特になんでもなくて……
学生: “Nadie”よ


そう、“nadie”の、つまり誰でもない女たちがゴテゴテめかし込んでて滑稽だったな。片腹痛いのよ。

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Monday, September 20, 2010

FESTIVAL DE SAN SEBASTIÁN / サンセバスティアン映画祭 4日目

・3日目(9/19)は私は『A tiro de piedra』を一人で観た記憶がある。

・abetchyはその時間帯は何を観に行っていたんだったかな。『Mistérios de Lisboa』だったかね? 私は、通しの入場券にその作品が含まれているとはいえ、272分の作品を観る体力は無いと思ったのでよしておいたんだわ。

・『Bicicleta, cullera, poma』を観たのもその日かな? (danger 個々の作品の感想文は後日)


そして4日目(9/20)はなんだったかな?
・お昼まで小一時間ほどスケジュールが空っぽだったのでabetchyと散歩をしていたら、ベロタクシーがゆっくりとやってきたのでabetchyもむりやり誘って乗ってみた。

・漕ぎ手は夏休みが空けたら英国かどこかで修士課程という女の子。
「バイト代も入るし、ちょうどエクササイズにもなるから楽しいバイト」と言いつつも、「でもベロタクシーはこの町ではまだ理解を得られていなくてイヤな思いをすることもある。たとえば旧市街の込み入った細い通りでもベロタクシーは進入が許可されているのに、市民がそれを知らないもんだから、私なんてこのバイトの初日に通行人から罵声を浴びせられたわ。その時はかなり滅入った (´・ω・`)ショボーン」

こんな感じ

7分半も私のべらべらだらだらした喋りが入っていていちいちカットしていたらたいへんなので音をミュートしてしまうことにしました。町の喧噪が聞こえなくなってしまうのは残念ですが。

………基本的に乗客の我々が町の人の好奇の目に晒されていたと思います。


・緑黄色野菜とかキノコ類が食べたくてしかたない。スペインに来てから明らかにそういう成分が不足している。そういう時は“wok(中華鍋)”という語で道行く人に尋ねればどこかしら見つかる。

たしかここに行った。何度か行った。 http://www.qingwok.com/

中国は嫌い、大嫌い、ビュッフェ形式の食べ物屋さんは食べ物に埃が入ってるかもしれないし衛生面もよくわからないから不安ではある、そんな私だけれどもスペインにいてアジア的な野菜・キノコ類の食べ方を渇望した時にはWOKに向かうのでした。

(中国大嫌いって日頃から隠す気すらない私ですが、どこであろうと個々の中国人従業員などに対しては極めて善良な接し方をしているさ)


・夜は、『食べて、祈って、恋をして』。その前にジュリア・ロバーツへのドノスティア賞(生涯功労賞)の授与式が執り行われた。

この人に対しては「(真偽のほどはさておき)この女は日本が嫌いなんだって?」というくらいの知識しか持ち合わせていないし、そもそも、この『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書』っていうのは知る価値のある作品なの?というデッカいデッカい疑問を撃ち払ってまで果敢に鑑賞を挑むほど私は豪毅な女ではない。

式だけ見て表へ出たわ。夜も遅かったし。遠く離れた席からではありましたがハビエル・バルデムを見ることができてよかったです。そう、式が終わったらすぐに出ようと思っていたから一番後ろの席をとっていたのだったわ。


・それで隣の上映館で『Carancho / カランチョ』を観た。(感想文は後日)

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Sunday, September 19, 2010

A tiro de piedra [メキシコ映画]

a tiro de piedraサンセバスティアン映画祭にて一人で観た作品。

おはなし
ハシントは21歳になる今まで北部メキシコの寒村で羊の番をしてきたが、退屈な暮らしに飽き飽きしている。道端でキーホルダーを拾った彼は、これぞ“お告げ”とばかり何千キロの彼方を目ざして独り歩き出すのだった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

En la puta vida』『La misma luna』『Sin nombre』などなどの感想文に表れていると思うけど、私が“不法入国もの”に心を動かされることは「決して」と言ってしまっていいくらい無いことなので、この作品に対しても同じような感想文が書き上がりそうです。(例外は『Habana Blues』だけかもしれない)

だから観ている間の私は実に淡々としたもので、冷淡と言ってもいいくらいだったでしょう。

不法入国という行為自体への冷然とした視線がそもそも私にはあるし、不法入国ものの作品の展開にあまり新鮮味を期待していないというのもあったし。騙されたりたかられたり、命綱と言えるくらい大事な物を盗まれるならまだしもなぜか凡ミスで失ってしまったり。そういう過程でも描かれるのでしょと思ったように描かれていく。だから、まあ、退屈だと感じはしたんだよ。


でもこの作品、上映後に監督とのcoloquio(質疑応答)が設けられていてね、それを聞いていたら印象が好くなってしまってね。そういうの、フェアじゃないとも思うんだけどね。“フェア”って何に対してどういう“フェア”かよくわからないけど。

監督の語りを聞いていたらなんか好きになっちゃったんだよね。でもそれを紹介しようとするとネタバレ必至なので、続きはコメント欄で。


監督: Sebastián Hiriart セバスティアン・イリアルト
脚本: Sebastián Hiriart  Gabino Rodríguez ガビーノ・ロドリゲス

出演:Gabino Rodríguez ガビーノ・ロドリゲス ... Jacinto Medina ハシント・メディーナ

A tiro de piedra@IMDb
A tiro de piedra 製作会社


Ver A tiro de piedra en un mapa más grande

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Bicicleta, cullera, poma / Bicicleta, cuchara, manzana [スペイン映画]

bici bici bici

「これから単語を三つ言います。『自転車、スプーン、りんご』。あとでまた聞きますから覚えておいてくださいね」。

1982~1997年までバルセロナ市長、2003~2006年までカタルーニャ自治州知事を務めたパスクアル・マラガイは2007年の秋、アルツハイマーとの診断を受ける。ショックを乗り越え、マラガイは家族とともにアルツハイマー病と闘っていくことを公表したのだった。

マラガイは知性、誠実さ、そしてユーモアのセンスに溢れていた。彼は世界中のアルツハイマー疾患が5倍、10倍と増えてしまうよりも前に根本的な治療法が発見されるようにと自身を研究者の手に委ねる。

そんなマラガイと家族、そして医師への2年におよぶ綿密な取材により彼の闘病生活を詳細に記録することに成功した本作は、悲しくもオプティミスティックなドキュメンタリーである。

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鑑賞翌日のツイート
ツイッター昨日『"Bicicleta, cullera, poma』鑑賞。バルセロナ五輪の時の市長(のちにカタルーニャ自治州知事)のアルツハイマー発表後の闘病生活、家族に支えられた生活、支える家族、葛藤、などなどを描いたドキュメンタリー。泣き笑い。まさに泣かされ笑わされの連続。ツイッター

そこにあるように、いろいろなシーンで多くの観客が笑っていた。笑い声が何度もあがった。泣き声はというと、声が聞こえてくるものではないから「どれくらい」の判断はつきにくいけれども、断言します、泣いていたのは私だけではないです。

上映後、出待ちの人々の前にマラガイとその家族が姿をあらわすと、他の作品の上映後よりも何割か増しの大喝采と拍手の嵐でした。感極まったとみえる若い女性が脇から飛び出してきてマラガイに抱きつく一幕もありました(警備面からするとヒヤッとする瞬間ではあったけれど)。

そのあいだマラガイは映画の中でもそうであったように終始笑顔で、無邪気とすらいえるその表情に人々の拍手と声援がふりそそぐ様を見ていたら、やっと引っ込んだと思った涙が再び溢れてくるのでした。


Bicicleta, cullera, poma 公式
Bicicleta, cullera, poma@IMDb

パスクアル・マラガイ 公式

監督・脚本: Carles Bosch カルラス・ボスク (Hispanic Beat Film Festival 04 / ヒスパニックビートフィルムフェスティバル2004 / 第1回スペイン・ラテンアメリカ映画祭で上映された『Balseros / ボート・ピープル』の監督)


バルセロナオリンピックの開会式でのマラガイ

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Saturday, September 18, 2010

FESTIVAL DE SAN SEBASTIÁN / サンセバスティアン映画祭 2日目

・朝食。
一人でもabetchyといっしょでもよく食べに行っていたタパスのお店、名前が思い出せない。やっぱりバスク語だと単語がすんなり頭に入ってこないから覚えられないんだろうと思う。


・この日はブルーノ・ガンツの『Satte Farben Vor Schwarz / Colors in the Dark』をまず観たのだったかな??? 


・お昼はRegatta Restauranteで。

・『El mal ajeno / 命の相続人』を鑑賞。
メイン会場ではなく小さい会場での上映だったので、エドゥアルド・ノリエガが舞台挨拶に来てくれたのはサプライズで嬉しかった。しかもabetchyと私、かなり前の方の列だったし。

(ただ、ノリエガは上映後の質疑応答には出られないとのことだった。「いや、僕は質疑応答タイムにもいたいんですよ。けど運営からの呼び出しがかかってるんですよ」とか言っていたと思う。

・『El mal ajeno / 命の相続人』の感想文はまた後日。


・その後、メイン会場で『El Gran Vazquez』を観る。……しかし、私、終盤ついに居眠りをするという痛恨のエラー。


・この作品もそうだけど、上映後、“出待ち”のような形でいろんな作品のいろんな出演者を録画した。他に、アレックス・デ・ラ・イグレシアの姿とかも。でも特にUPするような映像でもないのでしまっておきます。


・さて、会場を後にし、abetchyと私は自分たちの宿の地区へ向かうべく、メインストリートを外れてやや細く暗い道へと曲がったのでした。しかし、前方100mくらいの位置に私はまぶしい光を見ました。それですぐにピンと来たのです、それは何か映画祭の宣伝スポット的な撮影をしているのにちがいない、そしてそこでしゃべっているのはエドゥアルド・ノリエガにちがいない、と。

そのとおりでした。ノリエガを2mくらいの至近距離で写すことに成功。

通行人がノリエガをデジカメで撮影すること自体は制止されなかった。ただスタッフが大声で呼びかけていたのは「フラッシュはやめてください!」「撮ってもいいけどフラッシュは無しで!」でした。

こんなときにフラッシュを焚くほど私たち日本人は田舎っぺじゃぁないです、と思いながらひっそりと撮影。


・ところで、あたし、これ、ノリエガとカメラ越しに目が合ってるわlovely

……と信じてこれからも生きていこうと思います。

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Chicogrande [メキシコ映画]

おはなし
メキシコ革命において、頭領のパンチョ・ビリャへの忠義を尽くした無名の英雄にスポットを当てた作品。

パンチョ・ビリャが国境を越えてニューメキシコ州コロンバスを襲撃したのをきっかけに、アメリカは“懲罰隊”を派兵するという大義名分を掲げメキシコに侵攻する。本作が描き出すのはちょうどそんな時代である。

チコグランデという男はパンチョ・ビリャを守り抜くために身命を擲つ覚悟をしている。アメリカ軍前衛部隊のフェントン少佐は“北方のケンタウロス(半人半馬)”と異名をとったパンチョ・ビリャの身柄を確保するまでメキシコ中を探し回る覚悟である。

そしてアメリカ軍の軍医であるティモシー・ウェズリーはメキシコという不可思議で不可解な国の特性と、凄まじい拷問に遭ってもなお頭領を守り抜こうとするメキシコの民の気質を理解しようと日々自問自答を続けていた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


今年のサンセバスティアン映画祭のオープニング作品。流血や拷問のシーンが嫌いな私には苦痛の2時間だった。時折客席のあちこちからおじさんらしき人たちのうめき声も聞こえたくらいなので、どぎつい描写で思わず目を逸らしたのは私だけではないと思う。

………「2時間」と書いてしまってから正確には何分の作品なのかとChicogrande@IMDbを見てみれば95分とのこと。95分!? Ω ΩΩ< な、なんだってー!! そんなに短かったかい!? と驚いたということは、つまりそれほど長く感じられたほどに息が詰まるシーンが多かったということか。

でもつまらなかったわけではないですよ。凄惨なシーンの連続により緊張を強いられただけのことで。鑑賞後のツイートでも、「6~7合目までlentaでその後駆け上がっていくわよね」と書いていた。終盤の盛り上がりが気持ちいいくらい。

メキシコの歴史について予復習の必要を感じる作品でもありました。(追い追いコメント欄で)


ところで、アマゾンで「パンチョ・ビリャ」やら「ビラ」やらで検索してみた時のこれ↓

pancho


もしかして」じゃねーよ。


Chicogrande@IMDb
Chicogrande 公式

監督・脚本: Felipe Cazals フェリペ・カサルス

原案?: Ricardo Garibay

出演:
Damián Alcázar ダミアン・アルカサル ... Chicogrande チコグランデ
Daniel Martinez ダニエル・マルティネス ... Butch Fenton フェントン少佐
Juan Manuel Bernal フアン・マヌエル・ベルナル ... Médico Gringo 従軍医ティモシー・ウェズリー

Iván Rafael González イバン・ラファエル・ゴンサレス ... Guánzaras グアンサラス(少年兵)
Jorge Zárate ホルヘ・サラテ ... Viejorresendez レセンデス(この“戦”で息子を失っている; 息子はパンチョ・ビラの居所を突き止めるための拷問で死んだ)

Patricia Reyes Spíndola パトリシア・レジェス・スピンドラ ... La Sandoval サンドバル(村人)
Alejandro Calva アレハンドロ・カルバ ... Francisco Villa パンチョ・ビラ
Bruno Bichir ... Ursulo
Tenoch Huerta ... Doctor Terán

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Friday, September 17, 2010

FESTIVAL DE SAN SEBASTIÁN / サンセバスティアン映画祭 1日目

朝早くマドリードのホテルを出る。チャマルティン駅まで友人に送ってもらう。

・RENFE(チャマルティン駅⇒サンセバスティアン駅)の切符はabetchyがRenfeのサイトで8月中に買っておいてくれた(のをプリントアウトしてあったので、それでチェックイン)。

・Preferente(一等車)の席だったので朝食などを運んできてくれる。客室乗務員に「セニョーラ」と話しかけられ、「んぁ?セ・ニョ・ー・ラ・だ・ぁっ? ( `_ゝ´)ムッ セニョリータじゃろうが」と一瞬カチンと来る。

しかしそれは既婚と未婚とで言い方を変えないようにしましょう的なポリティカリーコレクトの意図によるものなのだよと自分に言い聞かせる。

ところで5年前とか7年前とか十数年前のスペイン滞在時には私はいったい何と呼ばれていただろうか?セニョリータだったよな?

いや、ひょっとして5年前とか7年前とか十数年前はポリティカルコレクトネスの“縛り”が(スペインには)無くって、とりあえずセニョリータって呼んでおけばむしろOKだったんじゃない?

(「ポリティカルコレクトネスの縛り」とか表現するの、やめなさいね>我)

え?じゃあ待って、今現在もしもポリ・コレが浸透してなかったら、あたしどっちで呼ばれてたんだろうか?

(「ポリ・コレ」とか略すの、やめなさいね>我)

いやあ、よしんばそうだったとしても、もはやルックス的にセニョーラだろうよ。

やっぱそうだわなあ

いや、待て、きょ、今日は寝不足だし、化粧してねえしっ

いや化粧関係ないだろ、やっぱり、セニョリータはすっぴんでもセニョリータだろう

しかしさあ、RENFEもさあ、とりあえず日本人でアラフォーとおぼしき女が独りで電車乗ってるのみたら、セニョリータって言っとけって。まちがいない、その人、独身だから。

いや、だから独身と見えるかどうかって関係ないでしょ、セニョリータって呼びかけちゃうとポリ・コレ的に博奕なんでしょうよ

(いや、だから、「博奕」とか表現するの、やめなさいね>我)


………という思考で一駅くらいアっという間である。


・ところでbullettrain RENFEのサイトですが、これ、なかなか予約できない。クレジットカードを受け付けてくれない。私も何枚か試してみてダメだった。abetchyも何枚か試してみてかろうじて一枚OKだったから、すぐに私の分まで買っておいてくれたわけです。

オンライン予約がダメなら電話で予約を…!という人のためにFAQのページで電話番号も案内している。けれども、スペイン滞在中にこの電話番号にかけてみたけど、結局「スペインで発行されたクレジットカードを持っていなければ対応できない」ということだったよ。

そしてこういう憂き目に遭っているのは日本人だけではないのだということも私はこのたび知りました。英語での旅の情報掲示板でもあちこちでRENFEのチケット購入に関する嘆きの声を目にした。「RENFEのサイトはミステリアスな動作をする。いつクレジットカードを受け入れてくれるかは神のみぞ知る、だ」とか。


・「線路に入らないでください」みたいな標示にバスク語表記が添えられるようになるのはいったい何駅からだったろうか。あの時は駅名をしっかりと頭に刻んだつもりだったのだけど、2.5ヶ月も経った今(注: この日記を書いているのは12月上旬)、思い出すのは至難です。


・サンセバスティアン駅に着く頃には私は寒さで震えていた。南スペインから南ポルトガルを経てサンセバスティアンに入った身には、気温は15度か下手すれば20度くらい違っていたから。


・宿はPensión Alameda
7月28日頃にGoogle Mapで映画祭会場周辺の宿を検索し安い順+いい感じに見える順に電話で問い合わせていった。ローラー作戦的に一つずつ当たって、10軒目くらいでようやくここがOKだった。

友人たちには「サンセバスティアン映画祭の時期の宿をいま探すなんて遅すぎる、見つからないぞ」と心配されていたが、なんとかなった。そして、たまたまOKだったこの宿は評判も悪くなかった。実際、この宿の滞在は快適だった。

(abetchyは私の宿から2ブロックくらい離れた別のpensionに無事決まった)


・宿で荷を解いて、abetchyとの待ち合わせ時刻を忘れるほどに真っ先に私がやったのは、洋服(上着)を買うこと。寒くてたまらん!


・そしてabetchyと合流。abetchyが私よりも早くサンセバスティアン入りしていて、サン・セバスティアン映画祭の通しの入場券を購入しておいてくれました。お世話になりました。

・それにしても、このチケット販売だがね、販売開始が遅いんだよ、遅い。やきもきしたわ。17日には映画祭がオープンだというのにチケット発売は12日だった。どうだっけ?映画祭ってどこもこんなにギリギリだったっけ?

・おまけに上映スケジュールの発表だって遅かったと思うんだ。あれじゃあ、吟味とかできないって。計画なんて立てられないって。そしてモタモタしてたらガンガン売り切れちゃってるの。おかげで、17日の夕方の時点でabetchyと私のうめき声はこんな感じだった:

ついったー http://twitter.com/#!/reneyama/status/24779377450
Abetchyと合流。いきなりの「希望2作品とも売り切れ!」。うちの宿の主人夫婦の了承のもとAbetchyに私の宿のネットサロンまで来てもらい、さっきから二人でサンセバのサイトでチケット購入中。システム最悪だと思う。さっきから浮かぶのはmier●aとf●●kの二語ばかり。ついったー


・映画祭はオープニングセレモニーから。
エドゥアルド・ノリエガが司会者。
ディエゴ・ルナとマルコビッチ
キム・グティエレス
ベロニカ・サンチェス
ダミアン・アルカサルなどなど

・オープニングセレモニーが終わると、ダミアン・アルカサル主演の『Chicogrande』の上映が始まった。


・abetchyと夕飯(?)を食べたのは12:00を過ぎていたと思う。


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Thursday, September 16, 2010

Salamanca - Madrid / サラマンカ、マドリード

9月15日は朝ポルトを発って道に迷いながらようやくNossa Senhora da Lapaを見て、再びポルトに戻り、国境を越えてサラマンカに入るという、運転役には苛酷な一日でした。

サラマンカではどこに泊まったか覚えてない。

翌16日、マドリードに着き一休みののち私だけ外出。友人は休息。私は『Camino』で2009年のラテンビート映画祭に来ていたビクトルや、ミケルつべ イバン武蔵などで食事。

・マドリードではApartamentos Internacional Suites Madridに泊まったよ。別に地区はいいとは思わなかったけど、翌朝早くに私がチャマルティン駅に行かなきゃいけなかったので近くで宿を探した。なんかネットで予約したら妙に安くて、39.20ユーロで済んだんだ。

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Wednesday, September 15, 2010

Capela da Nossa Senhora da Lapa (Vieira do Minho)

さて。岩に押しつぶされたようなかっこうの教会っていうのを見てみたいというのが今回の旅行の目的の一つであったのだけど………

これがねぇ……たいへんだった……。しょんぼりするほどたいへんだった。


danger 友人の写真も込み


今回は久しぶりの中期滞在でスペインとポルトガルに3ヶ月いたのだけど、そのあいだ雨に降られたのは3日半くらいだった。この日がそれに当たっちゃったんだよね。真っ青な空の下のこの巨岩を見たかったんだけどね。残念でならない。

それから道がわからない!
友人は数日前にナビのデータを最新の情報にしてあったのだけど、ポルト⇒ブラガと来てからその先がうまいこと表示されなかったんだよね。次第に車中の雰囲気も悪くなっていくし。

やっと辿り着く。
村があるのだろうけど、まったくの無人だった。山羊とか牧羊犬がわらわら寄ってきた。私、このとき猛烈な尿意とたたかっていたのだけど、友人に「誰も居ないんだからその辺でしてこいよ、ここでしたってだいじょうぶなくらいだよ」と言われるぐらい、人っ子一人いなかった。


まあ、ほんとに、到着するのが難しかったんだ。
私は日本人ですから、こうして車であちこち連れていってもらっている以上、しょっちゅう「ありがとね」と口にしていたわけです。ただでさえ日本人なら「お。さんきぅ」くらいの軽い謝意なんて一日に何度だって口にするでしょ。しかし友人はそういうのは落ち着かないらしく、「いちいち俺に礼を言うな」とよく言っていました。

しかし、このノッサ・セニョーラ・ダ・ラパの礼拝堂を見たあとに「ほんとに…ありがとう」と私が言ったらば、このときばかりは大きく頷いてた。


私のわがままに引っ張り回される形でここまで行った彼ですが、この奇観そのものは気に入らなかったわけはなく「よかった」と言っていた。「でも!」と即座に付け加えてた、「俺は一度でいい」と。私が「こんどは晴れてるときに来たいね」とか呟いたからな。


pencil Freguesia de Soutelo

pencil Patrimonio Arqueológico e Arquitectónico de Vieira do Minhoのサイトなど参考に。(ブラガを出たあとは、まずは「Póvoa de Lanhoso」という町を目指し、その後はSoutelo、それからVieira do Minho…って小刻みに地名を追っていったらなんとか辿り着くと思う)


・ああ、参考までにこの友人の身長は189cm。岩の大きさの目安にしてください。


・ここを発っていったんまたポルトの方へ戻ったのだけど、道々、強烈な山火事の爪痕を広範囲で目にしたよ。何キロメートル(何十キロかもしれない)も走るあいだ、見渡す限り山肌の黒焦げが続いていたよ。

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Tuesday, September 14, 2010

Porto / ポルト

次の日もポルト

danger 友人の撮ったものも混ざってる)

・ちょっとメールチェックをしたくてWifiのある場所を探していた。友人が「ああ、ここなら絶対wifiあるよ」といったのが、Cafe Universidade

・このカフェテリアの正面にはポルト大学の理学部かなにか。そのためか周りは大学生ばっかり。

・しかしけっこうびっくりしたのはそういう学生らが、学舎の真ん前のネットカフェで真っ昼間からくるくる紙を巻いてマリファナを吸っていたことだな。この夜、食事の席で友人も言っていた:

「昼間、気づいただろ?あの小僧ら堂々と吸い出したな。あのあと俺が一人で駐車場まで車を取りに行っただろ?あの時もRua de Cedofeita(セドフェイタ通り)で、まだ高校生なんじゃないかってくらいの学校帰りみたいな女の子が数人、道端に座り込んで吸ってるのを見たよ。俺、ああいうの見ると暗い気持ちになっちゃうんだよな。俺のたとえば息子とか、一番下の弟があんな習慣に手を出したらって考えるとたまらないわ」


El Corte Inglésがポルトにもあって巨大な建物だった

・たしかこの辺(Avenida Ramos Pinto )の川を見下ろすようなかっこうで日本食レストランがあったのでそこで昼食。スタッフは日本人ではなかった。

・ああ、ここだここだ⇒ Sumocais - Restaurante Japonês


それからPentax K-x になんかミニチュアモードがついてたよな……?と思い出し、ここだろうかこうだろうかああだろうかとボタンをあれこれいじった結果

Porto01 Porto02


私はこのあとは宿で休んだけど、友人は一人で海に出かけた。彼が撮ってきた夕日の写真。

友人は夕日は気に入ったものの、海水とかビーチについては不満たらたらで帰ってきた。

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Monday, September 13, 2010

Sintra - Porto / シントラ、ポルト

リスボンで女友達に出産祝いなど届けてから、

・「ロカ岬って何があるんだよ」
「ユーラシア大陸最西端の岬。最西端到達の証明書をもらえるんだお」
「岬と何があるの?」
「岬と……」
「岬だけ?」
「岬だけ……あとカモンイスの石碑」
「俺、あんまり興味ないな」
「私も2回だか3回だか行ったことがあるから…今回はいっか……」
「いいだろ」

ということでロカ岬は却下。シントラへ向かう


「そしたらシントラってところには何があるわけ?」
「森」
「森と?」
「……森と……なんか変わった外観のお城」
「俺さ、城とか公園とかは観ないんだって、もう何年か前に決めちゃったんだよね」
「えええ、でもペナ宮殿は見た方がいいってば」
「いや、まじで、俺、ほんともう城は食傷気味」
「えええ…ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとに入らない?」
「ほんとに入らない。俺そのへんで寝て待ってるから入ってきなさいよ」

ということでペナ宮殿(Palácio da Pena)には私ひとりで。(友人はシントラの森はたいそう気に入ったようだった)


シントラを発って北上、夕方にポルト着。


danger 友人の撮った写真も混ざっている

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Sunday, September 12, 2010

Odeceixe - Lisboa / オデセイシェ、リスボン

オデセイシェからリスボンへ

Odeceixeで泊まった宿は、セビーリャの友人から朝食が美味しいからと勧められていたPensão Luar

・朝食まで時間があったので車でちょっとそこまで。地図からわかるように「Odeceixe」と「Praia de Odeceixe」はちょっと離れているので、宿周辺は海辺の街というよりは山間の農村のような風景。


ちなみに「朝食まで時間があった」についての凡ミスはtwitterで:
ついったー スペインとポルトガルの間に時差があるってことをすっかり忘れていた我々は、昨日Odeceixeの宿で朝食の時間(朝9時~11時)を当然のように1時間間違え、朝8:30から食堂の呼び鈴を鳴らす(何度か鳴らす)という失態を演じた。

ついったー りんりん鳴らしてたら上階に泊まっていたサーファー(非ポル語人)が窓から私に「ヘイ、朝食は9時からだよな?」と言うんです。「おう、そうさ、9時からだよね、もう9時半だよね」と思いながら私はまだ呼び鈴を押してたのですが、彼は私に間違いを知らせてくれてただけでした。


・友人はオデセイシェがかなり気に入ったようだった。「これから友達には勧めてまわろうと思う」と言っていた。


1分27秒: このなにやらいろんなものを括り付けている50~60歳くらいのおじさんは、じつは2コマ、3コマ先では海を泳いでいる姿が確認できる。海を泳いで渡ったところの岩場で釣りをしようというのでしょう。釣り竿(か銛)から何から装備して泳いでいるのです。


danger リスボンに着いてからの日没までの写真は多くが友人の撮ったもの。私は何をしていたんだろうな? バッテリー不足であまり撮れなかったのかな?

3分6秒: 遅めの昼食はサン・ジョルジェ城のそばの小径のバル

3分34秒: Miradouro de Santa Luzia(サンタ・ルズィア展望台)は、これはひょっとすると『Piedras / 靴に恋して』でレイレ(ナイワ・ニムリ)が手紙をしたためるシーンで使われた場所かな?

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Saturday, September 11, 2010

Faro - Sagres - Beliche / ファーロ、サグレス、ベリーシェ

タヴィラを発ってアルガルヴェ地方を一気に。

・ファーロの2枚目のコウノトリの巣は、16年前に訪れた時にもまったく同じ写真を撮った記憶がある。

・Arco da Vila(アルコ・ダ・ヴィラ)

・線路のあたりは16年前とはちょっと違ってたな。16年前はもっと寂寞とした印象。

・ラゴスはほんとに立ち寄っただけ。私はカメラ屋さんでカメラの修理をしてもらいたかったし、友人はTシャツでは暑すぎるといいランニング的なものを急いで購入したかった。

・彼の友人が強く勧めてくれたというレストラン“Solar do Percebe”に行くため、Vila do Bispoという村に寄る。もうね、2人なのに4人前くらいの料理が出てくるから。たらふく食べました。太ったわけだわ。


・サグレスの城塞って見てみたいよねと、サグレスを目指す。でも実際にあんな絶景が待ち受けてくれているとは知らなかったので、二人して大はしゃぎ。眺望。

2分48秒のところで見られる変な建造物。

「なんでしょう?」と入っていくと、ぐるぐる渦巻き状に奥へ奥へと進んでいくような形。「迷路……?」とまずは思った。しかし何のしかけがあるでもない。犬の糞やらゴミやら散らかっている。「ゴミ捨て場?」とも思う。

行き着いたところは、大きな岩穴の上に金網がはってあるような状態。海の波が岩穴に打ち寄せる時に生じる風の流れを楽しむ(?)ための建物だったのだろうと思う。ア……アトラクション的な……?

私はうちの村の道路の小さい側溝の上に網がはってあるようなものですら、どうも抜けて落ちるような気がして気味が悪いので日頃から避けて通るようなありさまなので、こんな、あなた、海の上にはられた金網の上なんか足がすくんですくんでしょうがなかった。

高所恐怖症気味なのはともかくとして、ひどい“水面恐怖症”の私には酷な場所だった。けど、風の勢いが面白いよ。

・サグレスの城塞にいったん入ったあとの見物はなにぶん広大すぎてけっこうな時間を要する。トイレとか行きたくなっても急にはトイレのあるような場所まで戻れないと思う。要注意だbomb


・サグレスを出て、サン・ヴィセンテ岬に着くよりもちょっと前にベリーシェのビーチ。これは彼の友人のお薦めビーチ。崖みたいな急な階段をよちよち下りて辿り着く小さなビーチ。ヌーディストビーチだったかもしれない。けど、別に水着を着ててもOKだった。

・ベリーシェを発って、Odeceixe(オデセイシェ)へと向かいました。

danger 友人の撮った写真も混ざってる)

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Friday, September 10, 2010

Tavira - Santa Luzia / タヴィラ、サンタ・ルズィア

前夜アリカンテを出発した友人が朝にはセビーリャに到着。彼の運転でポルトガルへ。

・ポルトガルに入ってすぐ、Tavira(タヴィラ)に。マラガの友人からTaviraを強く勧められていた。

・ただ、Taviraという地名のみで詳細は知らされていなかった。到着してみたはいいがビーチが見当たらないことをいぶかしむ我々であった。

・ビーチ…ビーチ…ビーチ…と標示を追っていくうちになにやら船着き場に行き当たる。わけのわからぬままとりあえず小船に飛び乗ってみた。

・やがて島に到着。タヴィラ島。他の旅行者のあとをついていったところ広く眩しく美しいビーチに出る。


・しばらくビーチでぼーーーーっとして、いったん街に戻って宿探し。「こっちの方に安宿がありそうだ…」と入っていった小径で最初に見かけた安宿に聞いてみる。古~~~い造りの建物。部屋に案内してくれた。一軒家の一階部分をぜんぶ使ってよくて冷蔵庫なんかも好き勝手に使ってよくて、一晩30ユーロだったと思う。

・たぶんだけど、 Rua Almirante Cândido dos Reis という通り

・そこの通りにあったレストランで食事


・夕方になって車でその辺をぷらぷらしてみようかと、また適当に走り出す。「ふむふむ? Santa Luziaっていうビーチがあるみたいよ……」と、標示にしたがって行ってみたところ桟橋のようなものが見えてきた。

・桟橋をこわごわ渡ってみた。
我々とは逆方向、つまり街に帰る方向で海水浴帰りとおぼしき観光客がいっぱい歩いてくる。「あっちにビーチがあるんだな」ということで歩いていくと、なにやらミニミニ汽車みたいなものが見えてきた。

・これが今日の最終便だ、ちょうど真ん中で停まってしまうけど行ってみるか?というので飛び乗ってみた。

・するとまたもやさきほどのタヴィラ島に行き着く。タヴィラ島っていうのが横に長~~~く横たわっているかっこうです。

・夜はPonte Romano(ローマ橋)近くで安く美味しく大量の食事。

danger終盤、彼の撮った写真もちょっと混ざってる)

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Wednesday, September 08, 2010

Sevilla / セビーリャ

男友達が午前中の予定が急に空いたといい、セビーリャ市内に連れていってくれた。

・最初の橋はなにか説明してくれたのだが思い出せない。もう一度聞かねば。怒られそうだ。すまん。

・C/ de Luis Montoto(ルイス・モントート通り)のローマ時代の水道橋の遺跡

Casa de Pilatos(ピラトの家)に着き、

・途中で彼は仕事に向かい、

・てくてく歩いて、Bar Europaに行き当たったので“tataki”を食べ

・歩いていたら、Plaza de San Francisco(サン・フランシスコ広場)でなにかアート冷蔵庫の展示。(book Los 'Monstruos devoradores de energía' llegan a Sevilla

・えっと、本当はそこの広場に向かっていたのではない。別の場所を目指していたのにそこに出てしまっただけだ。

・カテドラルに着き、

・ああ16年前もひっでぇ目に遭ったっけなとか思いながらヒラルダの塔をのぼった

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Tuesday, September 07, 2010

Que se mueran los feos [スペイン映画]

quesemueranlosfeos プンタ・ウンブリア遠足からの帰途、セビーリャの友人から「今夜10:15からCine de veranoを観に行く」とメールが届く。セビーリャに到着し、そのまま会場(Patio de la sede de la Diputación)に向かう。プンタ・ウンブリアで大量の潮風と砂を浴びてきていたのだが、まあよし。


Cine de Verano
CINES DE VERANO SEVILLA 2010

屋外で行われる上映会。作品はスペイン産の映画だけでなく、『シャッターアイランド?』とかのハリウッドものや、先月は『La Nana / 家政婦ラケルの反乱』の上映もあったみたい。


この夜の作品は
Que se mueran los feos 公式
・直訳: ブ男は死んでくれ
・英題: To Hell with the Ugly@IMDb

・『Fuera de Carta / シェフズ・スペシャル』の監督の作品。主演ハビエル・カマラも同じ。


おはなし
エリセオはまるでイケてない。ブ男で独り身。人生の伴侶といえる女性に出会っていない。愛も知らない。ナティはブスで別居中。伴侶に出会ったは出会ったが真実の愛を得たとはいえない。

エリセオは人生最悪の時が近づいていると感じている。
ナティは人生で最高の瞬間が近づいていると感じている。

幸せになることも愛することも20年も前にすっかり諦めてしまったエリセオだが、母との別れをきっかけにもう一頑張りしてみることにする。

だが……これぞ生涯のパートナーと見定めた女性が自分の兄嫁だった場合にはいったいどうすればいいのだろうか。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


監督・脚本: Nacho G. Velilla ナチョ・G.ベリーリャ
脚本: Oriol Capel オリオル・カペル  Antonio Sánchez アントニオ・サンチェス  David Sánchez ダビッド・サンチェス

出演:
Javier Cámara ハビエル・カマラ ... Eliseo エリセオ
Carmen Machi カルメン・マチ ... Nati ナティ

Silvia Casanova シルビア・カサノバ ... Milagros ミラグロス(エリセオの母)
Juan Diego フアン・ディゴ ... Auxilio アウシリオ(ミラグロスの弟; エリセオの叔父)

Julián López フリアン・ロペス ... Bertín ベルティン(エリセオの農場で働いている)
Hugo Silva ウーゴ・シルバ ... Román ロマン(すけこまし)
Tristán Ulloa トリスタン・ウリョア ... Abel アベル(神父)
Ingrid Rubio イングリッド・ルビオ ... Mónica モニカ
Lluís Villanueva ... Javier ハビエル(友達; 4児の父)
María Pujalte ... Bego ベゴ(ハビエルの妻)


・言葉はたぶん難しい。フアン・ディエゴの演ずる一癖も二癖もある老人の喋りがゼェゼェ声過ぎて聞き取れず、そしてそれが聞き取れないとこの映画の笑いどころの多くを拾えなくなる。

・ただ、げらっげらわらってしまう場面も多数。

・軽くげらげら笑えるという点で私は『シェフズスペシャル』よりは楽しめた。


私が理由もわからないまま大好きでたまらないMocedadesの『Eres Tu』という曲が劇中何度か使われ、そのたんびに噴いてしまった。「ううううううううぅぅぅぅ♪」とかやられると耐えられない。大好きな曲なのに笑いを堪えられない。

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Punta Umbría / プンタ・ウンブリア

9/7の予定が変更になり時間ができたので、プンタ・ウンブリアの友人に電話してウエルバまで迎えに来てもらった。

・セビーリャのEstación de autobuses Plaza de Armas (プラッサ・デ・アルマスのバスステーション)の、道路を渡ったところにプラッサ・デ・アルマス・ショッピング・センター

・29日にゼネストをという掲示がウエルバのバス駅に

・コロンブスの出航した地、Palos de la Frontera。コロンブス像とか

Monasterio de Santa María de la Rábida ラビダの修道院はコロンブスが航海の計画を練った所。凄く美しく整備されていた。イベロアメリカの国々の紋章?の飾られた坂道とかも整然としてた。

・あとコロンブスの船のレプリカの展示とか。(着いたのが昼休みだったので見学はできなかった)

・それでプンタ・ウンブリアまでちょっと車で行く。Playa La Botaという名のビーチ。「ほとんどplaya virgen」。Chiringuito Der Matiasという浜辺の食堂で食事。

プンタ・ウンブリアに着いて、なんだったかな、
・斬新なデザインの教会を見たりとか、
・見張りの塔がここにあるってことは昔はここまで海だったんだよとか、
・イギリス人の商人らがこの地に居を構えたので住居はイギリススタイルなんですよとか、
・プンタ・ウンブリアの役場の建物は僕は不格好だと思うけど、あれもまたイギリススタイルの高床式を模したデザインなんですよとか、
・Iglesia Nuestra Señora de Lourdesというのは僕の初聖体拝領の教会だとか、
・風が強く吹のでカイトサーフィンの人がいっぱいとか

いろいろ

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Monday, September 06, 2010

Triana / トリアナ

夕方に気温が下がるのを待ってトリアナ地区を散策

pen メモ
・川岸はこの二十年くらいでずいぶんきれいに整備された
・川岸は昔は風紀・治安もいいとは言えない地区だったけど、そういう寂れた時期を経て、じきにオサレな人たちがそういう猥雑な空気をオサレに遊ぶ感じで再び移り住み始めたり、また当時の建物を改修してオサレに提供するようになったので、今では地価もたいへん高くなってすっかりオサレ地区である。

・昔この川にかかっていた唯一の橋は小舟を連ねた浮き橋だった。
・市場は昔は異端審問所だった。地下に入れる時間帯なら入ってみたらよい

・月曜はBARがお休みになることが多い

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Sunday, September 05, 2010

Fuenteheridos / フエンテエリードス

一時間半ほどかけて車でウエルバの女友達のお家のプールに入りに行きました。

あとでまたメモする

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Saturday, September 04, 2010

Museo Arqueológico - Parque de María Luisa

遅く起きたので夕方になるまでは家で静かに過ごした。暑くて表に出られないので。

夕方になって、考古学博物館へ行く。「この博物館ももっと宣伝を徹底したらいいと思う」と友人。

博物館のあとはマリア・ルイサ公園を通り抜けてスペイン広場に行ったが、工事中だったので写真は工事の柵などが映り込まない部分しか撮っていない

pen メモ
アンフォラ
オスティア

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Friday, September 03, 2010

Sevilla / セビーリャ

 

友人の案内でセビーリャ中心地。
途中、友人の妹(とその彼氏)とも合流。

詳細は後ほど。
私は今からこの家の近くにスーパーかなにかあるのかどうか調べて、野菜だのなんだのを買いに行く。野菜が食べたい。緑黄色野菜が激しく不足している。

数時間経過
とりあえずなんか作って食べた。

pen メモ
・セビーリャの地下鉄は2006年?に終わるはずだったのが2009年までかかった。工事を請け負った会社は建設会社ではあったけど地下鉄をつくったことは無い会社だった

・Patio de Banderasの遺跡発掘現場。なんか、歴史の教科書が書き換えられなきゃいけないくらいの大発見だそうだ。この発掘が終われば古いところまで大きく遡ることになるらしい。

⇒ 参照: Excavación arqueológica Patio de Banderas

・その発掘現場のすぐ脇に、生物多様性フォーラムの建物がある。
⇒ 参照: Foro de la Biodiversidad

そこに彼がすすすっと入っていきセキュリティーの人としゃべっている。「?」と思っていたらやがて「来い」と言う。なんか、その建物の屋上部に連れてってもらう交渉をしてくれたらしい。のぼっていくと、そこではこの街を囲んでいた「塁壁」の様子が見られる具合になっている。

・「取材で何度か来たけど、このフォーラムはもっと宣伝されて然るべきだ。塁壁のことはさておき、展示自体をとっても、非常に有意義な場所なのに」と、やや憤慨していた。

・フォーラムの内部に戻ってみると、会議などで使われる部屋というのがあるわけだけど、その壁はオリジナルのまんまの塁壁を保存しつつ利用するという格好になっていた。凄く綺麗な状態で保存されている。

Cabeza del Rey Don Pedro。この人は、follarín。

El Rinconcillo。1670年OPENのバル。

・ティント・デ・ベラーノたった一杯を飲み終わっていないうちからもう耳朶が赤くなり脈拍が速くなっていった私の様子を見て、彼の妹が、「日本人にはアルコールが分解できない人がいるという話を聞いたことがあって、でもそれは都市伝説だとずっと思ってたんだけど、ホントだったのね」と納得していた。

Joaquín Costa通り辺りはつい20年くらい前までは売春業が軒を並べる地区だった。しかし今ではそういう地区ではなくなった。

とは言ってもまだまだ少しだけこの地区にはその面影がある。と、彼が説明してくれる。そして物凄い小声になり、「さっき道ばたのベンチに女が座ってただろ。いや、女っていうか、女装した男だったわけだけど。あの人なんてモロそうだっただろ」と言う。「あそこにも、ほら、ベンチに座ってるアフリカ系の人、いるだろ。あれもそうなんだ」と。

しばらく歩くと、またベンチで比較的大きな声で何か独りで喋っている初老の女性がいたので、「まあ、なんでもありだわなあ」と思い、「なるほどねえ………」と呟いた。

すると彼が、「いや、あのおばあさんはちがうよ?あの人はただあそこの軽食屋に客で来てた人だろ。携帯でしゃべるために店の前まで出てきただけで」と笑っていた。

・マカレナ地区の壁を見に行く
⇒ 参照: Murallas de la Macarena

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Thursday, September 02, 2010

La perra de mi amigo / 友人の犬

この子がさきほどから私を弄んでいるワンコ

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Coria del Río - Sevilla / コリア・デル・リオ、セビーリャ

マラガを発ち、セビーリャ到着。

コリア・デル・リオという町にドライブ。支倉常長の一行が逗留してその人たちがハポン姓を名乗ってその子孫が今でもいるという町。ハポン姓の人は700人くらい、らしい。

・川を渡る橋がないので渡し船
・町の様子は、なんとなくメキシコっぽかった(いや、メキシコは知らないんだけど)
・でも渡し船のあたりはミシシッピーぽかった(って、すべて私の勝手な“イメージ”で)

La Barbería 「理髪」という美容院イサベル・ハポンさんという美容師さんのお店。ハポン姓。

私の友人も昔はよく彼女に切ってもらっていたらしい。「ハポン姓の人に特徴的な、どことなく日本的なルックスって、俺はまだまだ残っていると思う」らしい。

・セビーリャに戻ってきて、町歩き。この友人が物凄い歴史ファンだったとは今回知ったのだが、とにかく凄くよくものを教えてくれた。

彼はCanal Surという局のカメラマンなのだが、彼曰く「あちこちを取材し尽くしたから覚えてしまった」そうで、こないだムルシアにいった時も道中見えるもの全て説明してくれた。面積・長さ・水かさ・高さといった数値や、年号とかローマ皇帝の名前とか……、どうしてあんなに正確に覚えてあるのか。びっくりした。「凄いな」と驚嘆したら、「俺の仕事だし、あと歴史マニアだから」とだけ。

Alameda de Hércules


・その近くのBARでちょっと長居をして暑さがすこし収まるのを待つ。壁には16世紀のセビーリャの地図。

私: 『Nadie conoce a nadie / パズル』の中で、「セビーリャの人間以外で北が左に来てる地図を描く奴なんていねえよ!」ってセリフがあったじゃない?ほんとに北が左なんだね。

彼: セビーリャの町を眺望できるだけの高さを有した地点がグアダルキビル川のこっち、この壁の地図で言ったら、こっちね、この下の方、そこにしか無かったんだ。そこから眺めて全市を入れようとすると、どうしても北を左に描いちゃうもんだったんだよ。そのせい。

・街なかではところどころで気温を下げるためのミストが撒かれていた。

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