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Sunday, May 31, 2009

2009年05月30日(土)
IMDbのタイトル表記が変わったような気がする。定冠詞が末尾に置かれていたのに、一番前に来てる。
posted at 09:01:07


2009年05月21日(木)
http://bit.ly/PCvYr No hay salas para tanto cine (español)
posted at 11:20:08


2009年05月14日(木)
これから書こうと思ってる作品をもう忘れてしまいそうだ: El camino de San Diego Arrancame la vida Cidade dos homens All about my mother
posted at 16:25:48


2009年05月13日(水)
http://bit.ly/1aB5Qv スペイン人の間でスペイン映画人気下降。今年は欧州での興行成績TOP20にスペイン映画が入ってない。欧州では仏独に次ぐ長編製作国だというのに。
posted at 10:00:02


2009年05月11日(月)
MEMO http://bit.ly/29111
posted at 16:28:41


2009年05月08日(金)
次はメジャーなものを観ようとか、なるべく同じ国籍が続かないようにとか、観る順番をそれなりにいろいろ考えて悩みつつやってきたわけだけど、もうなんか、あんまり考えないで気の向くままに観て行くことにするわ。
posted at 13:42:43

次はたぶん『El camino de San Diego』。カルロス・ソリン監督。
posted at 13:43:44


2009年05月07日(木)
次にどの作品について書くつもりかをどこかにメモっておきたくて、twitterを使ってみることにした。
posted at 22:24:51
次は、たしか「私の小さな楽園」のコメントを足したかったはずなのでそれと、Cidade dos homens, All about my mother ... と続けるかな。

posted at 22:37:46

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Saturday, May 30, 2009

Arráncame la vida / 命を燃やして [メキシコ映画]

arrancame la vidaストーリー
1932年、メキシコ、プエブラ州。カタリーナ・グスマンが町で姉や男の子たちと遊んでいるところへ男が近づいてきた。アンドレス・アセンシオというその男は30歳をこえたころだろうか。カタリーナはというと、まだ15歳であった。

アンドレスはカタリーナたちを車で家まで送ってくれた。姉が後でそっとカタリーナに尋ねる。「あの人のどこが気に入ったの? ずいぶん年上よ」。「でも、あの人の目が好きなの。手も好きだわ」。

その日からアンドレスはカタリーナの家を頻繁に訪れた。彼は俗っぽい武勇伝をあれこれと語ったものだ。カタリーナの家族の心を掴んでしまうのにそう時間はかからなかった。

アンドレスにはあちらこちらに数えきれないほどの女がいるのだとか、奴は犯罪者だとか、いろいろおぞましい噂も耳に入っては来た。いつか家族みなが後悔するだろうと言われたこともある。

「たしかに私たちは後悔することになったのです。でも、それは何年も経ってから。」


16歳のカタリーナはアンドレスに嫁ぐ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

メキシコ版『風と共に去りぬかぜ』という印象。

大河ドラマのようでもあり(描かれているのはカタリーナの15歳から30歳までだけなので、大河ドラマというにはちょっと短いかもしれないけれど)、テレノベラてれ的でもある。イサベル・アジェンデいさをふと思い出したり、『赤い薔薇ソースの伝説』を連想したりもした。

と、とりあえず断片的な記憶をしぼって知った風な口をきいてみましたが、最終的には、あれです、『人形の家にん』だと思う。25年前に読んだだけなのでうろ覚えだけど。


私、『風と共に去りぬ』のひと、好きじゃないんだよね。16歳のときに観て「なんだろう、この女 ( `_ゝ´)」と思ったっきりだ。それ以降、大人の気持ちで見なおしていればまた違った印象を持っただろうとは強く思うのだが、あいにく機会に恵まれず、したがって「なんなんだ、この女」のまんまなのです、あのひとは。←名前が出てこないくらい。

しかし、私自身が‘メキシコ版・風と共に去りぬ’であろうかと言った本作のカタリーナは好きだよ。彼女が15の時から30の時までおおむね好印象を受けたし、幸せを噛みしめているであろう彼女の心の中を想像して涙がこぼれたくだりもある。


男と女の寂しさと悲しさと嘆きと諦めと愛と力とがうねっている作品です。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(つづきはコメント欄で)

Arráncame la vida 公式
Arráncame la vida@IMDb
英題: Tear This Heart Out

命を燃やして@ぽすれん

観始めるときにメッセンジャーの名前表示の欄に『Arráncame la vida』と入れておいた。(観ている作品タイトルをそうやって記入しておくと、スペイン語人の友人があれこれとコメントをくれるから、いつもそうしている)

するとすぐにスペインの友人が、「Menuda frase te acabas de poner, qué dramática これまたなんちゅうフレーズを。ドラマティックだな!」というメッセージを送ってきた。

「いや、これ映画のタイトルなんだけど、……え? そんなに?」と聞いたところ、「pues significa ‘quítame la vida violentamente’. tus amigos se van a asustar. ‘私の命を奪って’じゃないか。君の友達はみんなビックリしちゃうぞ」。

・原作: Ángeles Mastrettaあんへれす

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Tuesday, May 26, 2009

Roban computadora con guión de cine a director argentino Pablo Trapero

リンク: AFP: Roban computadora con guión de cine a director argentino Pablo Trapero.

Leonera』とか『Familia Rodante』の監督(脚本も)の人。新作の脚本を盗まれるのも相当に辛いけど、15年分のいろんな作業の結果を盗まれるって耐えがたいな。

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Friday, May 15, 2009

El camino de San Diego [アルゼンチン映画]

camino de san diego映画冒頭の字幕より
2004年4月17日、ディエゴ・アルマンド・マラドーナは重篤な心臓疾患のためブエノス・アイレスのスイソ・アルヘンティーナ病院に収容された。それからの数日間、マラドーナの容態はアルゼンチン国民にとっての関心事であった。民衆に喜びを与えてくれた偶像が生死の境を彷徨っているこの時にできるだけそばにいたい、力づけたいと、何百何千もの人が遠く離れた地から何百キロも移動して駆けつけたものである。

タティ・ベニテスもそんな一人であったのだろう。end


danger わりと細かく書いちゃうかも)


camino de san diegoタティはミシオネス州の木こりさん。村人がタティについて語ってくれる:

「みんなタティのことは“マラドーナ”とか“10番”って呼んでたよ」
「タティはマラドーナのことなら何でも知ってた」
「マラドーナはタティにとってはアイドルであり、神だったね」

「マラドーナの人生を知りつくしてたよ。結婚式の付添人は誰だったとか、娘は生まれたときの体重は何グラムだったとかまでね」

「タトゥーをしてたな。マラドーナの。……って言うか、‘MARADONA’って名前がそばに書いてあるから『あぁ、マラドーナなんだな』ってわかるようなヤツだけどね」

「強烈だなと思ったのは、あいつ、背中にマラドーナとおんなじタトゥーを入れてたってこと。ユニフォームの背番号といっしょなの。ちょっとシャツを脱ぐじゃん? そうすると背中に“10”って刺青入ってるわけ」

「タティはボカがコリエンテスに来た時のMandiyuとの試合の入場券を持ってたね。まるで聖遺物みたいに家に飾ってあったよ」……。



より大きな地図で El Camino de San Diego を表示


待望の男の子を授かって幸せいっぱいだったまさにそのころ、木材の売れ行きがかんばしくないという理由でリストラの波がこんな森の奥まで押し寄せてきて、タティは不運にも失業する。「タティってものすごくいい奴だからさ、俺達もそりゃぁ残念だったよ」。

仲間から勧められてタティは森のもっと奥で木彫り工芸をしているシルバ爺さんの手伝いをすることになった。彫刻に使えそうな木の枝や根っこを拾い集めるのだ。そうして像が出来上がるとタティが観光客に売って売り上げの何割かをもらう。

シルバさんは、父親、祖父、曾祖父…と代々受け継いできた木彫りの極意をタティに伝授してくれた。オオハシ、ハイイロノガンモドキ、トラ、オウムなど、森のいきものたちの魂が宿っているような木を見つけられるようになれ、と。

「―――それで彼の人生が変わるなんて、いったいこのとき誰が想像し得ただろうか。」


木を探して森の中を歩いていたタティは驟雨に遭う。急いで家に帰ろうとしたその時、一本のティンボーの倒木が目に入った。土砂降りの雨の中タティはその木を凝視した。木の根の部分が人の形に見えてきたのだ。


―――マラドーナに。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


涙が出て困った。哀しいシーンなんて全然無いって言っちゃってもいい作品だと思うんだよ。それなのに、涙がゆっくり滲み出てくるのでした。(ただ……どこかで書いたと思うけど、私の琴線だの涙腺だのはチューニングが狂っているので、どうもね…)


いきなり話が逸れるけど、セナが亡くなったとき(Ayrton Senna 1994 Imola Part4)Ayrton Senna 1994 Imola Part6)、いや、F1のことは全く知らない私だけれども、ブラジルの人たちはどれだけショックを受けているだろうかと思って、それで泣けた。悲嘆に暮れているだろうな、喪失感に打ちのめされているだろうなと思ったら彼らが可哀想になってしまって涙が出たのを覚えている。

それから数週間後にブラジルがワールドカップで優勝した時は、いや、夜中に中継を見るほどの熱意は無かった私だけれども、朝出勤前に化粧などしながらニュースでPKの映像を正座して見て優勝を確認して、ブラジルの人たちは元気が出たんじゃないだろうかと思って、それで泣けた。嬉しかっただろうな、良かったね、ほんと良かったねと思って涙が出た。一泣きしてから出勤したのを覚えている。


さて、私はマラドーナという人に対しては「民衆から愛されて甘やかされて貪られて愛され過ぎて追い詰められた人」というイメージをぼんやりと抱いてきたのだけど、この『El Camino de San Diego』を観て、彼は「縋られて祈られた人」なのだなと思った。

人々にとっては願いであり力であり……聖人だったのだなと。


タティの出会った長距離トラックのブラジル人運転手ヴァギーニョさんがおどけた調子で言う。「¡San Maradona! Lo único que me faltaba. (聖マラドーナ!と来たもんだ……いやはや…)」

作品タイトルにも『聖ディエゴへの道』とあるでしょう。まるで「El camino de Santiago サンティアゴの巡礼路」みたいにね。マラドーナが一時危篤状態に陥ったとき、“聖ディエゴ”に祈りを捧げようとスイソ・アルヘンティーナ病院まで巡礼をした人々をこの作品は描いている。


昔わたしはヒドイ女についての記事で、他人の映画の感想の抱き方が自分と違っていてもしょうがない、その事実は飲まないといけないと記したのだけれども、そりゃそうなんだけれどもやっぱり思うんだわ、この『El camino de San Diego』みたいな映画を観て何も感じない・思わない、何にも思いを馳せないと言う人がもしもいるならば、私はそういう人とはうまくやっていける自信がない、うまくやっていこうと端から思わないってさ。

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LOS MEJORES 13 EPISODIOS DE GOLGO 13

ヾ(.;.;゚Д゚)ノ……こ……これは欲しい……

参照リンク: まんがのスペイン語版、入荷しました!: インタースペイン


Golgo 13 - Los mejores 13 episodios@Ediciones Glénat
LOS MEJORES 13 EPISODIOS DE GOLGO 13@Casa de Libro

Golgo 13 es el decano de los manga sobre yakuzas. Creado en 1969 por Takao Saito -quien debutó artísticamente en 1954- Golgo 13 es un “asesino a sueldo” que ejecuta con una profesionalidad impecable toda misión que se le encargue siempre y cuando sus clientes paguen bien.

Además de haber sido llevado al cine y de haber inspirado una serie de novelas, Golgo 13 es uno de los manga que ha alcanzado mayor longevidad -con más de 140 tomos publicados- y aún hoy, casi cuatro décadas después de su creación, se mantiene como una institución de la historieta nipona.

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Tuesday, May 05, 2009

GAL [スペイン映画]

galひと月前に『El Lobo』(2004)について書きましたが、今日の『GAL』は、あれと同じ監督・同じ脚本家の二年後の作品です。

この二作品はどうせならペアで観ておけばいいと思う。ただ、DVDのバージョンによっては字幕が無いかあるいは出なかったりするようなので、要注意。私のも。そのせいでけっこうめんどくさかった。ディクテーションしなきゃいけないからね。


galGAL公式サイトなどから、ストーリーおおまかに紹介
80年代にスペインではGAL(=Grupos Antiterroristas de Liberación; 対テロリスト解放グループ)という組織が非合法的に創設された。バスク地方のテロリスト組織ETAに対抗するためのもので、1983年から1987年の間にもっぱら南フランスでETAに対して30件を超える襲撃を展開し、結果27人を死に至らしめ、また50人超の負傷者を出した。最悪なのは、少なからぬ数の犠牲者が勘違いで殺害されたという事実である。

これらの不法行為は「国家によるテロ」とも「汚い戦争」とも呼ばれている。この作品はGALの正体を暴こうとした新聞記者たちを描いたものである。

GALが生まれた背景としては、当時はETAによるテロ行為が熾烈を極めていたため「目には目を」といったムードがスペイン社会に在ったということ、それから、ETAとの‘交戦’がフランスの領土内で起こればフランス政府をも対ETA戦線に巻き込むことができるのではないかという目論見があったこと、などが考えられる。

新聞が糾弾した結果、スペインの司法はついに、GALの不法行為はスペイン政府によって組織・指揮され資金面でもバックアップされていたとし、1994年には当時の内務大臣を含む11人の公務員に対し有罪の判決を下した。それぞれ4年から10年の懲役を言い渡された。

しかし、弾劾キャンペーンの先頭を切っていた新聞‘Diario 16’紙の編集長が解雇されたりもしたのである。彼とその仲間はその後、記録的なスピードで‘El Mundo del Siglo XXI’(=El Mundo)という新聞を創刊し、その紙面でスペイン版ウォーターゲート事件とも言えるこのスキャンダルを追い続けた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


私はだいたいいつもメッセンジャーの名前のとこにそのとき観ている映画のタイトルを書きいれておく。そうするとスペインやブラジルの映画好きな友人たちがああでもないこうでもないとそれぞれ話しかけてくれるのでね。

昨日もスペインの友人(テレビのカメラマン; 38歳くらい)が「GALは観終わったか」と話しかけてきた。彼はまだ観ていないようで、「観たほうがいいかどうか、君から教えてもらいたいんだよね」と言ってきた。


: うーーーーん……。あのさぁ、いいかどうかよくわかんないんだよね。私にとってこの手の作品は、一つ一つの出来事についてネットで検索してみるっていう楽しみ方があって、それらが興味深いから作品自体も興味深いように思えるのだけど、あなたたちが同じように感じるかどうかは私にはわからない。

: なんらかの視点から描いてある? それとも客観的に描いてある?

: 言おうとしていたのはそれなんだよね。左から描いてるとか右からだとか、その辺があなたたちの目にどう映るのかが私にはなんとも……。


(……略…… 彼はここでいろいろ話してくれたのだけど、それはまたコメント欄で。 ……略……)


: よくわかんないけど、ただ一つ言えるのは、「左」の政権がこれをやったってことがおもしろいなと思ったってこと。テロリストを皆殺しにしてしまいたいなんてのは、どっちかって言ったら「右」が望みがちだと思われそうなもんだけど、って私は思うのだけど、実際には「左」がガンガン殺して回ってたってのが、なるふぉどねえって。

: そうそう。そうなんだよね。さて、そこなんだけどね……略……(… で、これについてはもうちょっとコメント欄で数日内に書きます ……略……)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


そんなこんなでね、IMDbの評点なんかは低いんだけど私はけっこう面白く観たんだよ。左だ右だで片付かない、ねじれた様子が興味深かったよ。それで今は、じゃぁ、低い評点をつけた人はどういうイデオロギーの人でどういう気持ちでつけたのだろうかっていうことに興味が行っている。おいおい知っていきたいと思っている。

ただまあたしかに、‘映画’の作りとしてはあっちゃこっちゃ行きつ戻りつが多くてまだるっこい印象だと思う。


←この映画の商品はamazonに無いみたいなので、とりあえずGAL関連本などを。

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