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Saturday, March 28, 2009

El Lobo [スペイン映画]

lobodanger今回はストーリーの細部にふれるつもりなので注意してくださいdanger


本作は1973年から1975年11月20日までを描いている。


bookスペインハンドブック』、第二章 歴史、§3 フランコ時代、 (4) フランコ体制の終焉、より:

(……略……オイルショックのあおりで経済不安、それで政治不安で、なんやかや諸問題が深刻化してっていうかんじ……略……)

フランコ政権に対する反対勢力も次第に力を増していった. (……略……労働運動の活発化とか教会の離反とか……略……) 

バスクでは民族運動が急進化し,ETAはテロ活動の路線を採用し,1968年から暗殺テロを開始した.フランコは幾度も非常事態宣言を発し,共産党指導者グリマウを処刑し(1963年),過激派に過酷な刑を言い渡す(1970年のブルゴス軍事裁判)など厳しい弾圧政策をとったが,反対勢力を鎮圧することはできなかった.

1975年になると治安状態は極端に悪化し,同年にフランコ政権はテロリスト取締法を公布して過激派活動家の処刑を行ったが,このことは逆に国内外の反フランコの声を強めることになった.1974年から1975年にかけて反フランコ政治勢力の結集も強まった(共産党・王党派などの「民主評議会」,社会労働党などの「民主勢力結集評議会」).各地の民族主義・地方主義の運動も昂揚していった.hairsalon


bookスペイン・ポルトガルを知る事典事典』の「バスク」の項より: (※私のは旧版だがね)

(……略……1936年10月にはバスク自治憲章が成立してバスク自治政府ができたんだけど、1937年6月にはフランコ陣営がビルバオを陥落させたのでバスク政府は亡命して……略……)

これ以後のフランコ時代においてバスク民族運動は弾圧され,バスク語の使用も禁止された.……略……穏健な地方自治要求をするPNVに対し,分派した《祖国バスクと自由》(ETA,1959年創設)は根強いバスク人の独立要求とフランコ体制への不満に支えられ,暴力手段によるスペインとフランスの両バスクの統一を目ざすゲリラ集団として活動し,テロ行為により社会不安を惹起したhairsalon

[近年の動向]
ETAは民族運動の創始者アラナの思想を純粋に継承し,フランコ体制の抑圧を背景にバスク解放の武力闘争を展開した.……略……バスク工業発展から取り残されて弾圧に苦しむ民衆の支持を受けたETAは,急進化する.

1970年にはブルゴス裁判でのETA活動家を含む死刑判決に対する抗議運動(後に減刑),73年首相カレロ・ブランコ暗殺,75年ETA活動家が裁判で死刑判決を受けるなど,フランコ体制末期にETAは軍事組織を結成し,抵抗運動のシンボル的存在になった.hairsalon (Reine注: PNV=バスク・ナショナリスタ党)

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予習が終わったところで、じゃぁ、ストーリー
フランコ体制末期、スペイン政府はETAの武力闘争の激化に頭を抱えていた。警察は内通者を送り込む作戦を何度かとったが、諜報員の正体がETAにばれてしまい失敗に終わっていた。

そこで情報機関SECED(=Servicio Central de Documentación)は完全なる密偵を送り込むことを企図した。こちら側の人間を密偵に仕立て上げるから失敗するのである、ETA側の人間に内偵させれば疑われる心配もなく、従来は到達不可能と考えられていたETAの中枢まで把握することができる、という奇抜な発想を実行に移すのは、SECEDの担当者リカルドにとっても大きな賭けであった。

「狼作戦: “Operación Lobo”)」と名付けられたこの作戦で、コードネーム=ロボ(狼、の意)と呼ばれたのは、愛妻と、歯が生えてきたばかりの一人息子と静かな生活を送っていたにすぎない一人のバスク人青年チェマであった。(実話に基づく)

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『El Lobo』は4年前のスペイン旅行で、‘ファミリー’の末娘と二人で観たものの、私は声が聞き取れず末娘は画面が見えずといった『見ざる聞かざる目撃者見ざる』状態だったので内容はなんとなくしか理解していなかった。

今回あらためて本気鑑賞に臨んだが、これ、あれだわ、あのとき理解できなかったのも無理はないわ。4年前の私などは予備知識がなかったのだから、よしんばあのとき全てのセリフを聞き取れていたとしても理解は十分にはできなかったんじゃないかな。

語彙もやや難しめです:
・バスク語の単語が混ざっている(ETAのメンバー同士はスペイン語でしゃべっているけれども、ところどころに単語がね)
・SECEDの‘狼作戦’の責任者リカルド(ら)の語彙に、辞書でいったら《格式語》なんて記されていそうなものが多い。彼の氏素性的なものもあるのだと思うし、どうしたって官吏だからね、役所言葉的なしゃべり方のシーンが多い。


まぁ、ちょっと難しめですがお薦めです。

結局のところ警察・国家がチェマという青年と、ひいてはETAの存在そのものを政争・権力闘争の道具にしたのではないか、チェマは国家に翻弄されたのか、それとも時代の犠牲だったのか、憎しみの連鎖を断ち切ることなど土台無理なのか……などなどと問いかけられて、鑑賞後は無力感に襲われるかもしれませんが、非常に面白いです。

省庁間の縄張り争いとか、キャリアとノンキャリとの懸隔とか、これまでに何度も書いてきたけど‘嫉妬感情というスペイン人の特性’とか、バスクの普通の人とETAの意識の違いとか、そういうこともろもろ描かれています。

(つづきは長々とコメント欄で)

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Friday, March 27, 2009

Manuel Alexandre, Gran Cruz de Alfonso X El Sabio

リンク: Manuel Alexandre, Gran Cruz de Alfonso X El Sabio. europapress.es

Manuel Alexandre@IMDb

・私の大大大好きな『Elsa y Fred』でのFred役など、いろんな作品に出ているお爺ちゃん

あとでよむ


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Wednesday, March 11, 2009

Conversaciones con mamá [アルゼンチン映画]

conversaciones con mama不況のあおりでハイメは解雇され家計は逼迫している。妻ドリータと姑ルクレシアは、ハイメとドリータの名義となっている小さな古アパートを売却しようと言いだした。そのアパートにはハイメの82歳になる母が独り暮らしをしている。ハイメはなかなか切り出せずにいるが、妻と姑がいっしょになって毎日せっつくものだから大弱りである。

経済状況の悪化に直面し、一家で外国に行ってしまおうとすら考え始めている。いずれにせよあの古アパートから一刻も早く老母に出てもらわないといけないが、話は進まない。

娘フリエッタは進路で悩んでいるとかで、何になりたいのかと聞けば突拍子もない答えが返ってくる。息子のパブロもパブロでどうやら最近は学校にもあまり行っていないようだ。ハイメはフリエッタにふと聞いてみた、「ところでお前、お兄ちゃんが何になりたいか知ってるのかい?」。そしてまたその答えは、息子が自分と同じように経済学を学んでいくものとばかり思ってきたハイメには衝撃的なものだった。

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Elsa y Fred (2005)』でニッカニカ微笑みながらポロッポロ大泣きした私としては、この『Conversaciones con mamá』は、

1) 『Elsa ~』で洒脱なおばあちゃんElsaを演じたChina Zorrillaが主演で、
2) ジャケ写から察するにEduardo Blancoが息子役で、
3) そしてまたジャケ写の雰囲気から間違いなくハートウォーミングなコメディであろうと、

かなり期待していたのです。昨10月に手に入れてからずっと、『Conversaciones con mama』は心温まる泣き方をしたい時のためにと温存してきた。


ややストーリーが散漫かなと思わないでもなかったけれども、これもふんわりした作品ですね。『Elsa y Fred』はこの作品への返歌のような…。とにかく、82歳の母と50がらみの息子を演じた主役の二人の魅力でひっぱっていく作品だと思いますよ。特にChina Zorrillaの減らず口には思わず笑い声まで漏れるほど。

『Elsa y Fred』とか、そうだな、たとえばフアン・ホセ・カンパネラ監督の作品が好きだという人は是非!


ただ、んー、どうかな、もうちょっとなんだな。指の第二関節くらい『Elsa y Fred』に届かなかった。『Elsa y Fred』の方が私の泣きと笑みのツボはおさえてくれていたといったところ。観る順番を間違えてしまったのかもね。先にこちらを観ておいたらまた違う印象だったのかも。

(いろいろコメント欄で)

Conversaciones con mamá @IMDb
直訳: 母との会話
英題: Conversations with Mother、Conversations with Mom

監督・脚本: Santiago Carlos Oves サンティアゴ・カルロス・オベス

出演:
China Zorrilla チナ・ソリージャ ... Mamá 母
Eduardo Blanco エドゥアルド・ブランコ ... Jaime ハイメ
Ulises Dumont ウリセス・ドゥモント ... Gregorio グレゴリオ
Silvina Bosco シルビーナ・ボスコ ... Dorita ドリータ: 妻
Floria Bloise ... Lucrecia ルクレシア: 姑
Juan Cipriani フアン・シプリアニ ... Pablo パブロ: 息子
Maitena Cabrera マイテナ・カブレラ ... Julieta フリエタ: 娘

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Saturday, March 07, 2009

Amanece, que no es poco [スペイン映画]

amanece3年前にスペインの友人が私の気に入りそうな作品をいくつか挙げてくれた。『Amanece, que no es poco』はその時からずっとDVDGOなどで探してきたのだがいつも「descatalogado」でどうしても買えない、これはやっぱりスペインに行って探すしかないと思い詰めていた。しかし、グラナダのKちゃんが店先で見つけたらしく、こないだ夏に里帰りしてきた時に持ってきてくれました。ありがとう。

それで昨秋はりきって見始めたはいいんだが、これがサッパリわからない。30分くらいまで観て止めた。「これは勉強が必要な作品に違いないからもっとじっくり見る時間がとれるまで封印しておこう」と。

さてとりあえず一通り観てみようかと、年明けてから一度BGVとしてつけっぱなしにしておく形で‘観て’みたんだが、やっぱりわからない。一つ一つのシーンはついニヤニヤしてしまうような内容なのに、全体がわからないんだ。


ストーリーはこんな感じ
アメリカで教鞭を執っていたテオドロは休暇でスペインに帰ってきて父を連れてバイクで旅するうち鄙びた村に辿り着く。その村はとても奇妙で、畑から人が生えていたり、村の選挙では市長などばかりでなく「娼婦」なんかも選出していたり、毎日ミサがあったり、居酒屋ではオペラを朗々と歌い上げていたり、ある村人の臨終に医者が「この人ほどいい死にっぷりの人は見たことないですよ!」と喜色満面であったり、学校では先生がなんでも歌にのせて教えているようであったり、一人の人が分身の術みたいに二人になってみたり、人が宙に浮いてみたり、SEXから10分で出産までツルッと済んでしまったり、中南米出身者はある日は自転車に乗っていて別の日はいい匂いがしたり……
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な? 読んでいてもワケがわからないだろう? 奇妙奇天烈なシーンのそれぞれは可笑しいんだけど、全体の意味がわからないんだ。お手上げで、スペインの友人5人に聞いてみた。(※みな男性で37~40歳)


1) 「笑えるシーンの連続だというのに、言葉がというのではなくて、何を言わんとしているのかがわからない」と私が言うと、みんながみんなだいたい同じことを言ったものである:

あれはわからなくていいんだ / ‘わかる’必要はない / 面白いと思うシーンで「ああ面白いな」と思い、なんだかよくわからない・笑えないなと思うシーンでは「ああ自分にはこの笑いのセンスは伝わらなかった」と思えばいいだけだ


2) スペイン映画はフランコの影を探せば解読できることが多いと思っている。軍服を着ている人物や‘警察’の立ち位置にまず注目して、それから他の登場人物との関係を追っていけばシンボライズされた構図が見えてきたりする。……でしょう? だけど『Amanece~』ではその鍵がわからないのだと私は言った。

すると彼らは、「多くのシーンで、物事は何の象徴でもなかったりするんだ」と言うのである。「そ、そうなのっ?」と驚くと、「ことばで遊んでいたり、またはバカバカしいこと・ナンセンスギャグを積み重ねているわけだから、ひとつひとつの寓意を読みとろうとしてもしょうがない」と言う。


そして「あれはsurrealista (シュールレアリズムの,超現実主義の)の映画だから」と来る。「あれはpelícula de culto (カルトムービー)だ」と。五人が五人ともこの作品が大好きだそうだ。何度も観てるという人もいた。観ちゃぁ笑い、観ちゃぁ笑い、らしい。

各シーンに意味がない(かもしれない)というのには、私、まだ納得しきっていないです。なんかのメタファーじゃあないのかと、まだ首をひねっている。誰かにちゃんと解説してもらいたくてしかたない。私がまだよく観てないせいなのではないか、あと2回くらいよ~く観たら何か“わかる”んじゃないかとも考えている。

だけど彼らは「わかろうとするな」と言う。「Don't think, feeeeeeeeel.」かよ。


「なるほどそういうものかい」とあちこち検索してみると、たしかに熱狂的ファンも多く、セリフを丸暗記しているという人も珍しくないようだ。特に昨年は『Amanece~』の撮影から20周年ということで、特集記事や記念行事が多く組まれたようである。

いろいろ調べていてとある掲示板で見かけた書き込みだが、

「ホセ・ルイス・クエルダ監督は、真面目な作品を撮る前にこういうシュールな作品を撮っておいて、クエルダはいつもシリアスな作品ばかりだと言われた時に『いやいや、私はAmanece, que no es pocoも撮ってますんでね』と言えるようにしたのだと何かの番組で語ったことがある」

らしい。


というわけで、消化不良気味ですがとりあえず書いてしまいます。(どなたか解説をお願いします)(あとはコメント欄で)

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Monday, March 02, 2009

Carandiru / カランジル [ブラジル映画]

carandiruシティ・オブ・ゴッド』を観た勢いで『カランジル』も観てしまおう。

amazon.co.jp、『カランジル コレクターズ・エディション』の商品説明より:
pen医師ドラウズィオ・ヴァレラがAIDS予防のソーシャル・ワークを行っていたブラジル・サンパウロのカランジル刑務所の内部は数多くの囚人が酷い条件の下で生活していたが、囚人達にとっては塀の外であるか中であるかだけの違いで、ある種の自由や平和を得ることの出来る空間であった。しかし1992年、突然に刑務所内で暴動が発生、鎮圧を命ぜられた警察により111人が一方的に殺された。塀の中の平和は長くは続かなかったのだ。(※人名修正)end


囚人に対するエイズ予防啓蒙活動等でカランジル刑務所に通っていた医師Dráuzio Varellaが著した『Estação Carandiru カランジル駅』をもとに、『Pixote』、『KISS OF THE SPIDER WOMAN 蜘蛛女のキス』のエクトール・バベンコ監督が撮った作品。

三つともとても良い作品だけど私自身は二度と観たくないと思っている、私の鬼門みたいな監督なのかね。

実際に起きた地獄絵さながらのむごたらしい事件を描いている作品なのだから、早い時間帯からそういう凄惨なシーンの連続なのだろうと思っていた。冒頭も冒頭かぶさってくるぷわゎぁぁぁぁんという音楽、実に悲しげで絶望的な音。これから2時間半も耐えられるんだろうかという不安から、早くも消したくなった。

ところが意外なことにかなーーーーーーり終盤までおおむねなごやかな雰囲気で進行するのでした。語り手である医師が、医務室を訪れる囚人たち一人一人の身の上話に耳を傾けるていで進むのだけど、重苦しい過去を囚人たちは穏やかに、時に朗らかにあるいは茶目っ気・洒落っ気まじりに打ち明けてくれる。だから私もおおむね安心して観ていられた。

「案外と、このままのどかに進んで、ふゎっと終わってくれるんじゃないだろうか」とすら思った。―――そんなワケないじゃないですか。事件そのものを描かないわけにいかないでしょう。


そしたら幾つかMEMOを。(コメント欄にもつづく)

冒頭、上述の絶望的な音が奏でられ、カランジル刑務所の上空からの写真。当時のね。
carandiru

もうちょっと下りてきて。
carandiru

2008.04.13のカランジル(GoogleEarthで; ★真北が上じゃなくて左に90度回転) なんか、今は公園になってるんだって?
carandiru

あ。Google Earthなら時間さかのぼれるじゃん! って思ったんだけど、あいにく2004年8月までしか行けなかった
carandiru


1) これたぶん事件発生から24時間後の刑務所前からのテレビ中継

2) こっちは15年後の、ふりかえる報道

3) これは当時のニュース映像とこの映画のシーンとを混ぜているからややわかりにくいかも

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