« Manuel Alexandre, Gran Cruz de Alfonso X El Sabio | Main | La flor de mi secreto / 私の秘密の花 [スペイン映画] »

Saturday, March 28, 2009

El Lobo [スペイン映画]

lobodanger今回はストーリーの細部にふれるつもりなので注意してくださいdanger


本作は1973年から1975年11月20日までを描いている。


bookスペインハンドブック』、第二章 歴史、§3 フランコ時代、 (4) フランコ体制の終焉、より:

(……略……オイルショックのあおりで経済不安、それで政治不安で、なんやかや諸問題が深刻化してっていうかんじ……略……)

フランコ政権に対する反対勢力も次第に力を増していった. (……略……労働運動の活発化とか教会の離反とか……略……) 

バスクでは民族運動が急進化し,ETAはテロ活動の路線を採用し,1968年から暗殺テロを開始した.フランコは幾度も非常事態宣言を発し,共産党指導者グリマウを処刑し(1963年),過激派に過酷な刑を言い渡す(1970年のブルゴス軍事裁判)など厳しい弾圧政策をとったが,反対勢力を鎮圧することはできなかった.

1975年になると治安状態は極端に悪化し,同年にフランコ政権はテロリスト取締法を公布して過激派活動家の処刑を行ったが,このことは逆に国内外の反フランコの声を強めることになった.1974年から1975年にかけて反フランコ政治勢力の結集も強まった(共産党・王党派などの「民主評議会」,社会労働党などの「民主勢力結集評議会」).各地の民族主義・地方主義の運動も昂揚していった.hairsalon


bookスペイン・ポルトガルを知る事典事典』の「バスク」の項より: (※私のは旧版だがね)

(……略……1936年10月にはバスク自治憲章が成立してバスク自治政府ができたんだけど、1937年6月にはフランコ陣営がビルバオを陥落させたのでバスク政府は亡命して……略……)

これ以後のフランコ時代においてバスク民族運動は弾圧され,バスク語の使用も禁止された.……略……穏健な地方自治要求をするPNVに対し,分派した《祖国バスクと自由》(ETA,1959年創設)は根強いバスク人の独立要求とフランコ体制への不満に支えられ,暴力手段によるスペインとフランスの両バスクの統一を目ざすゲリラ集団として活動し,テロ行為により社会不安を惹起したhairsalon

[近年の動向]
ETAは民族運動の創始者アラナの思想を純粋に継承し,フランコ体制の抑圧を背景にバスク解放の武力闘争を展開した.……略……バスク工業発展から取り残されて弾圧に苦しむ民衆の支持を受けたETAは,急進化する.

1970年にはブルゴス裁判でのETA活動家を含む死刑判決に対する抗議運動(後に減刑),73年首相カレロ・ブランコ暗殺,75年ETA活動家が裁判で死刑判決を受けるなど,フランコ体制末期にETAは軍事組織を結成し,抵抗運動のシンボル的存在になった.hairsalon (Reine注: PNV=バスク・ナショナリスタ党)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


予習が終わったところで、じゃぁ、ストーリー
フランコ体制末期、スペイン政府はETAの武力闘争の激化に頭を抱えていた。警察は内通者を送り込む作戦を何度かとったが、諜報員の正体がETAにばれてしまい失敗に終わっていた。

そこで情報機関SECED(=Servicio Central de Documentación)は完全なる密偵を送り込むことを企図した。こちら側の人間を密偵に仕立て上げるから失敗するのである、ETA側の人間に内偵させれば疑われる心配もなく、従来は到達不可能と考えられていたETAの中枢まで把握することができる、という奇抜な発想を実行に移すのは、SECEDの担当者リカルドにとっても大きな賭けであった。

「狼作戦: “Operación Lobo”)」と名付けられたこの作戦で、コードネーム=ロボ(狼、の意)と呼ばれたのは、愛妻と、歯が生えてきたばかりの一人息子と静かな生活を送っていたにすぎない一人のバスク人青年チェマであった。(実話に基づく)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


『El Lobo』は4年前のスペイン旅行で、‘ファミリー’の末娘と二人で観たものの、私は声が聞き取れず末娘は画面が見えずといった『見ざる聞かざる目撃者見ざる』状態だったので内容はなんとなくしか理解していなかった。

今回あらためて本気鑑賞に臨んだが、これ、あれだわ、あのとき理解できなかったのも無理はないわ。4年前の私などは予備知識がなかったのだから、よしんばあのとき全てのセリフを聞き取れていたとしても理解は十分にはできなかったんじゃないかな。

語彙もやや難しめです:
・バスク語の単語が混ざっている(ETAのメンバー同士はスペイン語でしゃべっているけれども、ところどころに単語がね)
・SECEDの‘狼作戦’の責任者リカルド(ら)の語彙に、辞書でいったら《格式語》なんて記されていそうなものが多い。彼の氏素性的なものもあるのだと思うし、どうしたって官吏だからね、役所言葉的なしゃべり方のシーンが多い。


まぁ、ちょっと難しめですがお薦めです。

結局のところ警察・国家がチェマという青年と、ひいてはETAの存在そのものを政争・権力闘争の道具にしたのではないか、チェマは国家に翻弄されたのか、それとも時代の犠牲だったのか、憎しみの連鎖を断ち切ることなど土台無理なのか……などなどと問いかけられて、鑑賞後は無力感に襲われるかもしれませんが、非常に面白いです。

省庁間の縄張り争いとか、キャリアとノンキャリとの懸隔とか、これまでに何度も書いてきたけど‘嫉妬感情というスペイン人の特性’とか、バスクの普通の人とETAの意識の違いとか、そういうこともろもろ描かれています。

(つづきは長々とコメント欄で)

|

« Manuel Alexandre, Gran Cruz de Alfonso X El Sabio | Main | La flor de mi secreto / 私の秘密の花 [スペイン映画] »

Comments

監督: Miguel Courtois ミゲル・クルトワ
脚本: Antonio Onetti アントニオ・オネッティ

出演:
Eduardo Noriega エドゥアルド・ノリエガ ... Txema チェマ(=‘ロボ’): 小さなリフォーム会社を経営する普通のバスク人青年。ETAが殺人を展開していくのに抵抗・嫌悪を覚えていた。やがて情報機関SECEDの練り上げた‘オペラシオン・ロボ(狼作戦)’という内偵戦略に組み込まれていき、ロボ(狼)というコードネームで活動することになる。

Silvia Abascal シルビア・アバスカル ... Begoña ベゴーニャ: その妻。チェマがETAの人間と親交を深めていくことに危惧を抱く。

José Coronado ホセ・コロナード ... Ricardo リカルド: SECEDの狼作戦の起案者であり責任者。

Santiago Ramos サンティアゴ・ラモス ... Pantxo パンチョ: その部下。リカルドよりは年配であるので、叩き上げの捜査員だろうか。チェマ=ロボとの連絡係を担当。

José Luis García Pérez ホセ・ルイス・ガルシア・ペレス ... Mejía メヒア: 同じく部下。若手。

Juan Fernández フアン・フェルナンデス ... Comandante Palacios パラシオス少佐: 陸軍少佐。ETAの殲滅には軍部がいよいよ戦車でもなんでも繰り出すべきだと主張する。リカルド率いるSECEDへの対抗意識を強く持っている。

Héctor Colomé エクトール・コロメー ... General 将官: 当初はリカルドの提案するロボ作戦に青信号を出したが、ETAのテロ行為が激化し世論の風当たりが強まるにつれ方針変更を急がせる。

Pau Cólera パウ・コレラ ... Arteaga アルテアガ: チェマの友人。ETAの末端の活動家であった。ETAの機密書類のつまったトランクを預かってくれないかとチェマを訪ねてきた。
 
Mélanie Doutey ... Amaia アマイア: ETAの女活動家。
Roger Pera ... Mediometro メディオメトロ(メディオ): ETAの活動家。
Fernando Cayo フェルナンド・カジョ ... Txino チノ: ETAの活動家。

Patrick Bruel ... Nelson ネルソン: ETAの軍事的活動の最高幹部の一人。
Chema Muñoz ... Arrieta アリエタ: ETAの最高幹部の一人。
Jorge Sanz ホルヘ・サンツ ... Asier アシエル: ETAの最高幹部の一人であるが、武力に訴えるのではなく政治的交渉を進めて行くべきだと主張する穏健派。

※アマイアはこの三人の幹部についてチェマ(ロボ)に次のように説明する:
「アシエルはもっぱらセオリーを書く人で、実際に指揮するのはアリエタ。アシエルが考えて、アリエタが指揮して、ネルソンが実行する。ネルソンは将軍みたいなもの。そのうちきっとネルソンがナンバーワンに就く」

Saturnino García サトゥルニノ・ガルシア ... Jubilado: 逃げ場を失ったチェマが咄嗟に人質にとった老人

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 11:26

語句メモ
▼jatorras: ←バスクのことばだと思う。たぶん「auténtico,ca; genuino, na」とか「majo, ja; noble」くらいの意味

▼gudaris: これはたぶん「soldado, militar」

▼marmitako: たぶんバスクのかつお料理

・「A cada cerdo [puerco] le llega su San Martín.」
→・llegarle [venirle] a alguien su San Martín:1. frs. coloqs. U. para dar a entender que al que vive placenteramente le llegará el día en que tenga que sufrir y padecer.

・hablar en cristiano: 2. fr. coloq. Hablar en castellano.

▼txakurrada: たぶん「警察」。「サツ」的な悪いニュアンスだと思う。

・con el culo al aire: 1. loc. adv. coloq. malson. En situación comprometida por haberse descubierto algo.
例) Su actuación nos dejó con el culo al aire.

・apretar las tuercas a alguien: 1. fr. coloq. apretar las clavijas.
→・apretar las clavijas a alguien: 1. fr. coloq. Adoptar con él una actitud rígida y severa

・de primera mano: 2. loc. adj. Tomado o aprendido directamente del original o los originales. Erudición de primera mano. U. t. c. loc. adv.
例) Conoce de primera mano todos los datos.

・desbaratar: 1. tr. Deshacer o arruinar algo

・tener alguien atadas las manos: 1. fr. Hallarse con un estorbo o embarazo para ejecutar algo.

・dar vía libre a ...: 自由に…させる

・cruzarse de brazos: 2. fr. Abstenerse de obrar o de intervenir en un asunto

・zulo: agujero de, cavidad de

・va que chuta: うまくいく

・「¡Quedamos en que no habría disparos! 発砲することはないという話だったじゃないか!」
→・quedar: 7. intr. Ponerse de acuerdo, convenir en algo.
例) Quedamos EN comprar la finca.

・Se les ha ido la mano. / Se nos ha ido la mano.
→・írsele a alguien la mano:
1. fr. Hacer con ella una acción involuntaria.
2. fr. Excederse en la cantidad de algo que se da o que se mezcla con otra cosa. Al cocinero se le fue la mano en la sal.

・pegar fuerte: 大成功を収める

・piso franco: 1. m. Esp. Vivienda clandestina en que se realizan diversas actividades ilícitas. (アジトのことだね)

・timón: 6. m. Dirección o gobierno de un negocio.

・「Quiero saber a quién apoyarías si se tensa la cuerda.」
→・tensar: 1. tr. Poner tenso algo.

・「Arrieta tiene los días contados. アリエタはそんなに長くは持たないよ」
→・tener los días contados.1. fr. Hallarse al fin de la vida.

・plantar: 5. tr. coloq. Dar un golpe

・mojar: 8. prnl. coloq. Comprometerse con una opción clara en un asunto conflictivo

・sarta: 3. f. Serie de sucesos o cosas no materiales, iguales o análogas.
例) Sarta de desdichas, de disparates

・lastre: 1. m. Piedra de mala calidad y en lajas resquebrajadas, ancha y de poco grueso, que está en la superficie de la cantera, y solo sirve para las obras de mampostería.

・escisión: 1. f. rompimiento (= desavenencia).

・monaguillo: 1. m. Niño que ayuda a misa y hace otros servicios en la iglesia.

・escenificar: 1. tr. Dar forma dramática a una obra literaria para ponerla en escena.

・madriguera: 2. f. Lugar retirado y escondido donde se oculta la gente de mal vivir.

・「Hay que vengar al Presidente. 首相の仇を討たねばならない」、「Vengaremos a nuestros heridos. 俺達の仲間の犠牲者にかわって復讐をするんだ」
→・動詞vengarの使い方

・「Señores, no nos dejemos llevar por los sentimientos. 皆さん、感情論でことを進めるべきではないでしょう」
→・dejarse llevar: 1. fr. Tener voluntad débil para seguir la propia opinión.

・de mayor calado:
→・calado: 4. m. Mar. Profundidad que alcanza en el agua la parte sumergida de un barco.

・chamarra: 1. f. Vestidura de jerga o paño burdo, parecida a la zamarra.

・artífice: 3. com. autor (= persona que es causa de algo).

・escucha:
2. f. Acción y efecto de espiar una comunicación privada.
6. f. pl. Mil. Galerías pequeñas, radiales, que se hacen al frente del glacis de las fortificaciones de una plaza y concurren a una galería mayor situada en un punto céntrico. Sirven para reconocer y detener a los minadores enemigos en sus trabajos.
8. com. Persona dedicada a escuchar las emisiones de radio o televisión para tomar nota de los defectos o de la información que se emite.

・ex profeso: 1. loc. adv. De propósito, con intención

・pisarle a alguien los talones 2. fr. coloq. Seguirle de cerca

・chollo: 1. m. coloq. ganga (= cosa apreciable que se adquiere a poca costa)

・hierro: 7. m. Arma, instrumento o pieza de hierro o acero; p. ej., la pica, la reja del arado, etc.

・echar [tirar] por la borda: 1. frs. coloqs. Deshacerse inconsideradamente de alguien o de algo.

・plastificadora: 可塑剤? (これはプラスチック爆弾を作ろうとか、そういうつもりでロボたちETAが手に入れようとしているのかな???)

・estar [hallarse] alguien en el pellejo de otra persona: 1. frs. coloqs. Estar o hallarse en sus mismas circunstancias o situación moral.
例) Si yo me hallara en su pellejo.
例) Si usted estuviera en mi pellejo.

・consejo de guerra: 1. m. Tribunal compuesto de generales, jefes u oficiales, que, con asistencia de un asesor del cuerpo jurídico, entiende en las causas de la jurisdicción militar 軍法会議

・acribillar: 1. tr. Hacer muchas heridas o picaduras a una persona o a un animal. Le acribillaron a puñaladas. Le acribillan las pulgas, los mosquitos.

・hacerse con:
53. prnl. Obtener, apoderarse de algo.
例) Se hizo CON un buen botín.
54. prnl. Dominar, controlar.
例) Hacerse CON el muchacho.
例) Hacerse CON el coche.


・cal viva: 1. f. Óxido cálcico 生石灰
※遺体をどうするかと聞かれて「生石灰といっしょに埋めておけ」というのだけど、生石灰と埋めておくと何がどうなのか知らなかったので―――ほら、私、文系だから―――

失敗知識データベースから、発熱とか発火とかするわけ? なのね?

・苛立った上司が、「警察にもっと補充を頼まなきゃならんな。大臣にでも頼むか、Sur Sum cordaにでも頼むか!」と部下に八つ当たりしている。
→・Sur sum corda: [se pronuncia 'súrsum corda'] s. m. fam. Personaje al que se atribuye gran importancia y autoridad:
例) de aquí no la levanta nadie, ni que venga el sursum corda.

→・¡sursum corda!: Expresión latina empleada para animar o reanimar a alguien o animarse a sí mismo.


・「Nos diste esquinazo. 君は我々をまいた」
→dar esquinazo a alguien:
1. fr. coloq. Rehuir en la calle el encuentro con él, doblando una esquina o variando la dirección que se llevaba.
2. fr. coloq. Dejarlo plantado, abandonarlo.


・「Me ha costado mucho dar contigo.」
→・dar con: 34. intr. Encontrar a alguien o algo.
例) Dar CON Isabel,
例) CON el escondrijo.

・pez gordo: 1. m. Persona de mucha importancia o muy acaudalada.

(語彙はやっかいだけどスペイン語字幕があるから)

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 11:39

「Estaba tan nervioso que casi le pego un tiro al viejo. あまりにもピリピリしていたのでもう少しであの老人を撃ってしまうところだった」

→・casi + 直説法現在: もう少しで,もう少しのところで…するところだった
例) Tropecé y casi me caigo. 私はつまずいて,すんでのところでころびそうになった.

これまでに何度かコメントしたとおり、過去のことをしゃべっているわけだけど、動詞の活用は直説法現在でもいいです。

※por poco参照
→・por poco + 現在形: もう少しで…するところだった
例) Tropecé y por poco me caigo. 私はつまずいてもう少しで倒れるところだった.

book中級スペイン文法』の直説法現在の用法の説明ページ:
por pocoとともに
por pocoは過去の出来事であっても常に現在形を従え,「もう少しで…するところだった」という意味を表す.
例) ¿Le pegaste algunas veces? ――― Sí, y por poco le dejo tuerto. 彼を何度も殴ったのか?―――ああ,もう少しで奴の片目をつぶすところだった.


bookレアルアカデミアの疑問辞典
8. por poco: Locución adverbial que expresa, seguida de un verbo en presente de indicativo, que estuvo a punto de suceder lo expresado por el verbo:
例) En Masaya por poco me comen vivo. (Prensa [Nic.] 6.5.97);

equivale, por tanto, a casi. 


bookCurso de Perfeccionamiento』では開けて2ページ目に:

Presente en lugar de otros tiempos (現在形が他の時制の代わりとなるケース)
●Con por poco y casi aparece el presente de indicativo en las narraciones en pasado.
例) Casi me rompo la cabeza cuando estaba aprendiendo a conducir.
例) Iba yo en la bici sin frenos. se me cruzó un niño y por polo lo pillo.


bookGramática Comunicativa del español (2)』(青い表紙のほう)は、ちょっとまたちがう解説のしかたなんだけど、ちょっと長くなるので省略しちゃうわ、ごめん:

「Las exclamaciones y la intensidad (強調の仕方なんかをいろいろ説明)」の章、P.83

「Sobre los actos de habla y la informacion (話すときのいろいろな言い回しなどを説明)」の章、P292~P293

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 11:48

冒頭は当時の新聞記事がぱらぱらと映される。

(バルセロナ、銀行強盗。発砲により伍長が殉職)

(パンプローナ、ETAの活動家逮捕さる)

(サン・セバスティアンでETAのアジトが一斉摘発)
(そのうち一軒にはETAの‘ウィルソン’が数ヶ月間潜伏していた模様)

(マドリードで昨夜、治安警備隊員が一人射殺され他一人負傷)

(銃撃戦でETAのテロリストが一人死亡)
(テロリストのうち一人は包囲されたと見て自殺した模様。乗用車で逃走、セラーノ通りで...)

(1975年: ETAとの決着をつける一年)

(マドリード、バルセロナ、ビルバオでETAの組織網に大打撃)

(サン・セバスティアン:ガリシア地域での捜査が結実、13人のテロリストを逮捕)

(マドリード: 警官が一人射殺される。背中に5発)

(ギプスコア: ETAの軍事的指導者と目される人物が逮捕)

(バルセロナ: ‘ウィルソン’、ETAのリーダー、逮捕。すべてを自白。組織および軍事行動計画についての情報を自供しているとのこと)

(サン・セバスティアン: ‘ウィルソン’、自供。アジトを数軒確認)

(マドリードとバルセロナでの首脳部の逮捕によってETAは崩壊)

(バルセロナ警察本部、‘ウィルソン’ことペレス・ベオテギの逮捕について極秘体制)

(サン・セバスティアン: 車の中で蜂の巣に)

(検察は5人に死刑を求刑)

(ポセ警部補殺害の件で5人に死刑)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ここまでは当時の実際の見出しだったのだと思うけど、これは↓本当にこういう見出しが出たのかそれともこの作品のフィクションなのかがちょっとわからない。ホンモノなのかも。
↓↓↓

"SOY LOBO. REPITO, SOY LOBO" 「ロボだ、聴こえるか、ロボだ」


チェマが銃を一般市民につきつけて人質にとり、その老人の自宅に身を隠し、どこかにか電話をかけて「ロボだ、ロボだ」と必死で救出を要請している。それが映画冒頭のシーンである。

SECEDから密偵としてETA中枢に送りこまれていたはずの彼が何故警察に追われなければならなかったのか、そこに至る二年をこれから約130分で描いていくわけである。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 12:16

(1) もともとチェマは小さなリフォーム会社を経営していた、26歳のふつうのバスク人青年。知人のアルテアガがある夜ETAのメンバー二人を連れて家にやってきて、(一)その二人を一晩泊めること、(二)スーツケースを預かるということを頼みこむ。

そこからチェマの人生が大きく変わっていく。

家に泊めてやったETAの二人は、ナルシッソというタクシー運転手が警察と通じているとして処刑しようとしている。小さい町のこと、ナルシッソのことはチェマも顔を見知っているし、まだ娘が幼いという家庭事情まで知っている。チェマはナルシッソに危険を知らせようとする。

SECEDはそんなチェマに目を付けたのである。

取調室で老練なパンチョはチェマに問う、「どうしてナルシッソを助けようとしたんだ?」。言葉に詰まったチェマを見てすかさずパンチョは「ETAの連中が人を殺してまわるのがイヤなんだろう?」と畳み掛けた。

バスク人で、ETAに協力しないでもないが殺戮路線には不同意といったチェマのスペックは、トロイの木馬としてETA中枢に送り込むのに適していた。


4年前に観た時に、私が末娘に「チェマは取り調べ中に暴行されたんだよね?」と聞いたのはこのシーンのことです。

連行された時にはチェマはきれいな顔だった。シーンが切り替わって取り調べが一通り終わったと見受けられるが、チェマは口角も切れているし、鼻血の痕も見えるし、右目の周りには痣ができている。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 13:36

(2) パンチョたちSECEDの捜査員に説得されたからってチェマもすぐに自主的に密偵になろうとしたわけではなくて、リカルドが裏でいろいろ手を回してチェマが協力しないといけないような状況を作ったのね。

チェマのリフォーム会社経営が立ち行かなくなるように妨害した。チェマの家計が逼迫するように仕向けたうえで、協力するのならば警察が持っている前歴等の書類をすべて白紙にしてやる、報酬も支払うと小切手をちらつかせて迫ったのだ。


(2') SECEDとは?
→・SECED: 当時のスペインの諜報機関
SECED@wikipediaには、SECEDの最大の作戦とは「オオカミ作戦 Operación Lobo」であり、それはMikel Lejarza Eguíaという工作員を潜入させるというもので、それによってETAの中枢をも含めて、組織全体の四分の一以上を突き崩すことに成功したのだった、とある。


(2") →・Mikel Lejarza@Wikipedia 
この人がロボその人、らしい。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 14:18

(3) チェマはETAの武装路線・暗殺集団路線には反対の立場だが、それではETAはどう考えているのか。

アマイアのセリフ
アンダルシアだのアストゥリアスの人間が私たちと何の関係があるって言うの? 私たちは一度だって混血してないのよ。ローマ人ともアラブ人ともゴート人ともね。私たちはまるっきり別の人種なの。私たちには私たちの血が流れてるし私たち独自の言語を持ってるわけよ。

だけどスペイン人は私たちの文化を根絶やしにしようとしてるの。だから奴らと闘わなければならないのよ。私たちが権力を握ったら、バスクの現行体制にも相応の報いを受けてもらうわ、連中がみすみす敵を招き入れたんですからね。


ETAの集会での発言の数々
◆バスクというのは単なる地理的概念ではない。暖かい炉端に家族で集い、食事の前には我々のことばで祈りを捧げる、そういうバスク人すべての魂が宿る場所という意味なのだ。

――― スペイン人の奴らがやってきてめちゃめちゃにしてくれるまではね。

◆euskera(バスク語)を話せなければバスク人とは言えないのでしょうか? うちの両親はエンダヤ(※フランス側国境の町)の出だから、家ではいつもフランス語だったのよ。

――― バスク人は皆バスクの真の言語を学びなおす必要がある。

◆スペイン人だと自ら言っている連中はどうなんですかね。スペイン政府を支持すると言ってる奴らとか。

――― そういう奴らには出て行ってもらうしかないだろう。


(3') さてバスク語ですが。
チェマたち町の男たちがカフェテリアでまとめて連行される時、バスク語で何か言った者に対し警官が「Habla en cristiano! スペイン語で話せ!」と激怒するシーンもあったね。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 15:05

(4) たとえばチェマのようなバスクの一般市民とETAのテロリストたちとの意識の乖離を示すシーンと言えば、穴を掘るシーン。

バレーラという実業家を拉致してきてアジトの地下穴に監禁しようという計画を練っている。チェマの設計図は―――ほら、チェマはリフォーム店経営者だったわけですから、こういうことも得意なのでしょう、几帳面な製図をしている―――8メートル四方でトイレ・ベッド・手洗いも完備している。

するとメディオメトロが口を挟む、「で? プールがどこだって? …ここは高級ホテルでもなんでもねーんだよ」と。

3メートルくらいのスペースで十分だと言いきるメンバーに向かってチェマは人質だって人間として扱うべきではないのかと強く言うのだが、「あいつはただ搾取してきただけの男だぜ」と言われてしまう。

「トイレや洗面はどうすればいいんだよ」とチェマは言ったが、チノは「穴ん中に洗面用のバケツと、トイレ用のバケツを置いておけば間に合うだろうよ」と言うや、チェマの製図を丸めて穴に投げ捨てたのだった。


スカートの奥で』のときに大きく脱線して書きましたが、たとえばOrtega Laraという刑務官がETAに誘拐され一年半もの長きにわたって監禁された事件がある。そのことはhttp://www.youtube.com/watch?v=_zRSgWu6l3Eなどで見ることができるけど、オルテガ・ララ氏の監禁されていた穴蔵は

・幅1.5m(※2.5mとも)
・奥行き3m
・高さ1.8m 

です。そこに532日間ですよ。

・デッキチェア
・電球
・便器
・換気なし

ですって。

http://www.youtube.com/watch?v=RfCZ8c1I3IIではラジオの記者が穴蔵のおぞましさをいろんな語でリスナーに伝えようとしています:
enana, pequeña, lóbrego, horroroso, escalofriante, terrorífico, crueldad, bestialidad, horror, inhumanidad, la falta de caridad, impresionante, terrible ...

そして、どんな収容所だってこの穴よりはましなはずだ、こんなところに一人の人間を532日間も監禁しておいて何が分離独立運動だというのだ、と怒りに震えているのです。

救出があと5日遅れていたらオルテガ・ララ氏はETAによって殺害されていたのだと。間一髪だったのね。

………そして……やられたらやり返すとでも言うのか、ララ氏救出の9日後にはETAによるミゲル・アンヘル・ブランコ氏の誘拐事件が発生、そしてむごたらしい処刑へと繋がっていったのでした。


2009.03.29 加筆
Canal Surの友人が、こっちも見てごらんとhttp://www.youtube.com/watch?v=roHwVoX-2pwを教えてくれた。

穴蔵のことをこう言っている:
「はっきりいって木箱のようなもので、両手を伸ばせば壁についてしまうし、頭がぶつかってしまうからちょっと頭を下げなければならず、ひどくジメジメしているし、なにより臭いがとんでもない。我々マスコミが入る前に警察が清掃したのに、です。精神的には最悪で、私など2分も我慢できなかった。そんなところでララ氏は766,080分も過ごさねばならなかった」

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 15:56

(4') さてまた映画に話を戻す。
たとえばそのシーンではバレーラという実業家を誘拐してこようと言っているのでしょ? つまり身代金を手に入れようというのです。

そうやって活動資金を作っているわけだけど、その他には「Impuesto revolucionario 革命税」とか言っちゃって、企業家なんかを脅迫してお金を出させるっていうやり方なんかもある。

革命税@wikipedia
・PDFファイル 海外における誘拐対策Q&A

「革命税」を強要したETAメンバー12人逮捕 - 2006年06月23日 05:58 発信地:フランス
>地元の商業者に対し、ETAの武装活動支援金として「革命税」の支払いを強要した

バスクのレストランシェフ、テロ組織に「革命税」払う?
(元のニュース記事は消えちゃってるけど)
>「革命税」はETAが企業や店舗の経営者から身の安全と引き換えに徴収し、主要な資金源の一つにしている。
>それぞれ7万2000ユーロ(約980万円)を支払った疑いがもたれているシェフ2人については、治安当局がテロ組織への資金援助容疑で事情聴取を始めた。
>国内では脅しに屈したシェフへの反発が噴出、


2009.03.29 加筆
思い出したわ。有名シェフってCarlos Arguiñanoとかだわ。苗字が思い出せなかった。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 16:16

(5) 1973年12月20日ETAはカレロ・ブランコ首相を暗殺します。(⇒Luis Carrero Blanco@Wikipedia

テレビが暗殺を報じている。チェマも見ている:
「…マドリードでテロリストが仕掛けた爆弾によってルイス・カレロ・ブランコ首相は死亡、車道には直径8m・深さ4mものクレーター状の穴があき、近隣の建物にも甚大な被害が及んでいます。この野蛮で許し難い犯行はクラウディオ・カジョ通りのマルドナード通りとの交差点に近い地点で行われ、教会のミサに参列したのちカレロ・ブランコ首相が……」

Claudio Coello通りで、Maldonadoとの交差点に近いところって言ったらこの辺(40°26'1.82"N, 3°41'7.91"W)だろうか。


(5') カレロ・ブランコ暗殺の主犯がIñaki Pérez BeotegiというETAのメンバーで、彼のあだ名は「Wilson」。映画冒頭の新聞記事の中で「ウィルソン、身柄拘束」とか書かれていたのがこの人なのだろう。

(そして、本作の‘ネルソン’という役名はここから着想を得たんだろうと考える)

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 20:03

(5") 前出のwikipediaより:
・カレロ・ブランコはフランコの後を継ぐ実力者で、フランコの死後もこの体制を維持していくのには欠くことのできない人材と目されていた。

・カレロ・ブランコ暗殺をETA側は"Operación Ogro (鬼作戦)"と呼んでいた。クラウディオ・コエリョ通り104番地の半地下の部屋を借りて、そこから車道の真ん中までトンネルを掘って進み、そこに爆弾を仕掛けておいた。

・当時非合法とされていたComisiones Obreras(労働者委員会)のメンバー10人に対する法廷が開く時刻のちょうど15分前にカレロ・ブランコの車を爆破した

・爆弾があまりに強力だったので車は空中高くまで飛んで隣接の教会の屋根の上に落ちた

……などなどなど。

Operación Ogro』という映画もあります。車が吹き飛ばされるシーンはhttp://www.youtube.com/watch?v=vYtE5upo8Ewなどで。

La pelota vasca. La piel contra la piedra』の中でシャーシが空高く飛ばされるシーンが挿入されていて云々と書いたけど、それはこの↑『Operacion Ogro』の一シーンだったのだね。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 20:31

(6) カレロ・ブランコ首相暗殺を受けて政府は色めき立つ。

陸軍少佐パラシオはETAへの報復を主張する。陸軍の戦車をも使ってETAを殲滅するべき時だと。でも、将官はそれは認めない。自分だって政治犯を銃殺にでもしてやりたいが、フランコが次の内閣を指名するまでは我々が動くわけにいかない、今のところは対ETAの作戦はSECED、つまりリカルドの指揮下にあるのだ、と。

ここでパラシオス(陸軍)とリカルド(SECED)の勢力争いの野心がぶつかりあいます。火花を散らしています。

この場は‘ロボ(狼)作戦’を試験的に進めているというリカルドが説得力で勝り、将官はパラシオスを黙らせ、リカルド率いるSECEDに一任することを決定する。

パラシオスとリカルドのガンのくれ合い飛ばし合いが凄いことになっているシーンです。(が、ここのリカルドのプライドの高そうな、冷たく整った顔がけーーーっこうSEXYというやつだ)


ここで私なんかはやっぱりスペイン人の嫉妬感情の話や、無敵艦隊の話などを思い出したわけです。

パラシオスもリカルドも自分が名を挙げたくてしかたない。将官も自分が傷つかない形でうまいこと功を成したい。(まぁこれはなにもスペイン人に限った思考じゃないけどね)

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 20:45

(7) 権力闘争といえば組織にはつきもので、それはETAの中でもおなじこと。

ETAの中でナンバー2くらいの位置にいるアシエルはチェマと二人で食事をする時に「組織内で腹を割って話せる相手がいないんだよね」と打ち明ける。アシエルはもっと政治的に合法的に独立への道を進むべきだ、長い目で見て、政党を作って中央政権との和平交渉を考えていくべきだと主張する人だった。

アシエルはもしも派閥が対立するようなことになったらどちらにつくのかとチェマに質問する。このところアシエル(穏健派)とネルソン(武闘派)が激しくぶつかりあっているのだ。

そしてETA内部の抗争の様子が描かれます。

また、別のシーンでネルソンともう一人のリーダーであるアリエタとの確執も浮き彫りになります。それはアシエルがチェマにそっと語ったように、「俺が居なかったらネルソンはとっくの昔にアリエタをどっかにやってしまってただろうよ」なのです。


ネルソンを演じたフランス人歌手、Patrick Bruelは制作記者会見の席でネルソンのことをmaquiavélicoな人物であると形容します。

bookマキアヴェリズム【Machiavellism】
目的のためには手段を選ばない、権力的な統治様式。マキアヴェリの「君主論」の中に見える思想。権謀術数主義。


「あなたは私にとって神のような存在だから」とネルソンを崇敬していたアマイアの心境に変化が現れるのもこの頃から。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 21:38

(8) バルセロナでETAは銀行強盗を試みるが直前にたれ込みの電話が警察に入り、思わぬ大物の逮捕劇となった。

中央(マドリード)の人間としては当然おもしろくない。将官は激怒してリカルドを呼びつける。「君のやっているロボ作戦とやらはさっぱり成果をあげていないのに、バルセロナ警察があんなビッグネームを逮捕するなんて、どういうことだ」と。

それで、「現時点で捕まえられるだけの人間を捕まえて、とりあえず世間にアピールしておくんだ」と命ずるのです。

リカルドは当然抵抗します:
「今ここで計画を中断したら、ETAの上層部はフランスにそのまま残って、一番危険な一派がもっと増強されるという事態を生んでしまうんですよ。何としてもネルソンを逮捕しなければいかんのです。

こんな中枢部まで初めて接近しているんです。今逮捕してしまったら、絶好の機会を潰すことになるんです。今止めたらここまでの苦労が水の泡です」。

しかし、将官は“ロボ作戦”の停止および24時間内に逮捕できる人間を片っ端から捕まえることを命じる。パラシオス少佐はリカルド(SECED)から主導権を奪い返すことができてしてやったりの表情である。


リ: ロボに知らせるだけの時間がありません

パ: 工作員など問題でありはしないのだよ。今も、そしてこれから先も。ロボが他のやつらと一緒に捕まるのだったら捕まればいい。

将: ETAの連中に逃げられるくらいなら、その工作員一人を失った方がよほどマシというものだ。

リ: 私はロボを作りだした責任者であります。あれを取り消すことには断固反対です。

将: 君は反対できる立場になど無いのだよ! 君は今回の作戦からは外れてもらう。パラシオス少佐とその部隊に担当してもらう。

リ: それは失策というものです!

将: これは命令というものだよ! キャリアを棒に振るのかどうか、よく考えたまえ。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 21:51

(9) こうして、その夜急に摘発が行われることがチェマ(=ロボ)に知らされないまま、パラシオス率いるETA掃討部隊はチェマたちが可塑剤を購入しようと入った商店を静かに包囲するのだ。

いつもどおりチェマを監視下においてコントロールしているつもりでいたパンチョ以下SECEDの捜査員は、現場にパラシオスたちが乗り込んできたのを見て泡を食う。

パラシオス: 店から出てきたら奴らを逮捕する。抵抗すれば射殺だ。

パンチョ: しかしそれではロボはどうなると言うんですか!?

パラシオス: 私にとっては奴もETAのメンバーの一人でしかない。

パンチョ: おい、何をとち狂ったこと言ってんだ? ロボは我々の仲間だろう。我々のために働いてくれてるんじゃないか!


※「密偵の使い方も意義もまるでわかっとらん!」と、鬼平に慣れている私なんかは、カンカンである。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 22:02

(10) チェマはわけもわからぬまま他のETAメンバーとともにパラシオスたちの銃撃に見舞われる。雨霰と銃弾が降ってくる中、必死で逃走し……

―――冒頭のシーンにつながるのです。「グアダルキビル通り、12番地」の老夫婦宅に押し入り、そこからSECED捜査本部にSOSの電話を入れるのだ。

camera1.ここで、実際の10番地のストリートビュー。10番地ね。

camera2.朝、パンチョたちがチェマを救出に駆けつけたシーン

この時の向かって右のグニュッとした木は実際に今でもグニュッとしてる。(ストリートビューで確認できる)

しかし、10番地の「10」の表示のすぐそばに生えている太い幹の木はウソっこの木だったのだね。実際には鉄パイプとか細い木が生えている。それを隠すように太い木を置いたのではないかな。

それから、実際の10番地の瀟洒なお宅が映ってしまわないように、白壁とそのうえに茂っている蔦のところでカメラが切れるようにパンしている。(でも、そのあと結局映る)
camera3.不自然に力強い太い木


※ロボは「12番地に隠れているんだ」と電話で告げたけど、12番地というのは本当なら10番地の隣にあるものだ。(※ふつう、通りのひとつの側に偶数の番地、反対側には奇数が並んでいる)

10番地の前に立っているパンチョたちの姿を、道路を挟んだこちらの建物の窓越しにロボが見つめているということは、彼は奇数番地、具体的にいうと7番地の建物にいるわけ。
↑↑↑
まあ、これはストーリーには関係ないから。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 22:25

(11) チノたちは射殺あるいは逮捕されボコボコにされたというのに、チェマがただ一人生き延びた。しかも悪いことにABC新聞が‘12番地’の老夫婦にインタビューをし、

・そのETAの男がどこかに電話をかけて『ロボだ、俺はロボだ』とかなんとか叫んでいたこと、
・翌朝には別の人間がなにやらやってきて彼を助け出したこと、

などなどを報じてしまったのだ。フランスにいたメディオメトロ、アマイア、ネルソンたちはチェマが警察からのスパイだったのではないかと強く疑い始めている。


パンチョはチェマに新しい個人情報で作ったパスポートとメキシコ行き航空券を手渡す。しかしそれで「はい、そうですか」と飛んだらどうなるか。

チェマはETAのメンバーであるように報じられたまま忽然と姿を消し、チェマとしての生涯はここで終わりにしなければならないわけだ。殺戮テロ集団のメンバーという汚名はずっと記録・記憶に刻まれるわけでしょう?

チェマはそれを受け入れられない。
「ロボだ、ロボだ! 救出してくれ!」の件まで新聞に出てしまったのなら、もう政府が公式にチェマは政府側の協力者だと発表してくれれば済むことだ、とチェマは言う。

こんな形で使い捨てにされるのに納得がいかないチェマにパンチョが嘲笑気味に答える:
この手の仕事はこんなもんだ。コケにされる奴がいる一方で勲章をもらうやつもいるってね」。


‘勲章’と言えば、先ほどのパラシオス少佐と将官とリカルドの激しいやりとりの中でも、「我々のいただくべき勲章をバルセロナの警察にみすみす持って行かれるのは我慢ならん」というセリフがあります。

誰がメダルをつけるのという近視眼的な施策に終始した人間がメダルをつけて、他方、真実・理想・正義を追求した人間は割りを食い、ゴミのように捨てられたという、後味の悪い物語なのです。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 22:53

(12) なんやかやあって、リカルドが官僚的判断によってロボ作戦の終結を急ぐことをチェマは激しくなじる。

「組織を壊滅に追い込むいい考えがある。今ETAを徹底的に潰さなかったら、奴らこのまま殺戮を続ける、バスクがめちゃくちゃにされてしまう。民主主義の妨げにもなるんだぞ」と訴えるが、リカルドは生返事である。

「まぁ、そのために我々が存在するわけだからな。ETAはETAの仕事をすればいい、我々は我々の仕事をするまでだ」。


チェマが自分の人生を闇に葬り去ってまで協力したのは、こんな年度末の予算消化のような結末のためではなかったでしょうに。

チェマはリカルドに吐き捨てる:
¡Sois una panda de fascistas! てめえらみたいなもんは、ただのファシストだ


bookWikipediaの『El Lobo』の項にあるように、この映画の解釈では、「当局がやろうと思えばこの時点でETAを根絶やしにできたはず」なのです。


(12') また、チェマがETAに抱く思いはといえば、「Yo también soy vasco. Vosotros no sois mi pueblo. 俺もまたバスク人だ。ETAは俺の同胞なんかじゃぁない! Sois una pandilla de fanáticos. おまえらなんか狂信者じゃないか」。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 23:14

ひとまずこれで〆ます。一日仕事になるとは思っていなかった。14時くらいには終わるつもりだったんだがなあ。

まぁ、この映画、こうやって観たら楽しめるから観てみてください。ここまで詳細に書いといてアレですけど。


エンディングまで書いちゃいますけど:
tvニュースが聴こえてくる:
「対ETAの極めて重大な作戦です。先ほどからお伝えしていますように、今日未明から全国各地でETAのテロリストに対する一斉捜査が行われており、逮捕者が続出しております…」


エンディング:
「ロボ(狼)作戦によってETAのメンバー150人の逮捕にこぎつけ、警察の歴史上最大の成果をあげた。フランコの死後、フアン・カルロス1世が即位するとETAのメンバーをも含むすべての政治犯に恩赦が与えられた。

その一年後、国民投票の結果、政治改革法が承認され内戦後はじめてとなる民主選挙が行われた。

30年が経った今、‘ロボ’はまったく別の人間として暮らしている。ETAは今もなお彼を処刑の対象としている。」


※ちょっと明日以降書き足します
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


銃弾は必ず一つを残せ。その一発をロボにぶち込むために

※IMDbで「Nelson: You can use all of your bullets except for this one. This one... is for Lobo.」となっているが、これはネルソンのセリフではないです。

Posted by: Reine | Saturday, March 28, 2009 at 23:46

上で「※ちょっと明日以降書き足します」としていたのは、『スペインハンドブック』からもうちょっと。

book第2章 §4.新時代の始まり
(…'75年11月20日にフランコが死んで…) フランコが死ぬとその政治体制はただちに崩壊した.アリヤス首相が望んだ漸進的自由化政策は,民主主義の完全な実現を要求する国民の前には極めて不十分なものとして映った.

1976年7月、新国王フワン・カルロス1世はスワレスを首相に任命した.同月,テロ行為を除く政治犯の一般恩赦が承認され,12月,国民投票で政治改革法が認められ,同法は1977年1月に公布された.……略……end

Posted by: Reine | Tuesday, March 31, 2009 at 10:52

スペイン現代史―模索と挑戦の120年』(初版: 99年6月20日)より。

danger Reine注: 改行・アラビア数字は私が勝手に)


第Ⅲ部 現代のスペイン
第11章 スペインの社会問題
第2節 テロ問題

●ブルゴス軍事裁判
hairsalon 70年代、ETAは最も大きな分裂を引き起こした。バスク地方をスペインから独立させるためには、政治活動を重視し、テロ活動は最小限に止めるべきであるとするETA政治闘争派(ETA Político-Militar)と、武力活動を最優先していくべきであるとする武力闘争派(ETA Militar)との内部対立・分裂である。


(……略……
think 74年9月のマドリードのカフェテリアでの爆破テロが一般市民を巻き込んだ最初のテロ。これまでのテロは警察・政府・企業家・司法とかが標的だったけど、これから無差別テロになっていった
……略……

……略……そして、73年のカレロ・ブランコ首相暗殺……略……)


hairsalon フランコの右腕として独裁体制を存続させるために腐心していたカレロ首相の暗殺は、……略……独裁体制の崩壊につながった。

1975年にフランコがなくなると、民主化が始まった。1976年にはバスク暫定自治政府の結成が認められた。1977年には、特赦が行われ、多くの政治犯が釈放されたが、その中にはテロ活動で投獄されていたETAのメンバーも含まれていた。

Posted by: Reine | Monday, May 11, 2009 at 21:59

MEMO
オルテガ・ララ事件のことなどを、『スカートの奥で』のコメント欄にちょっと書いておいた

Posted by: Reine | Monday, May 11, 2009 at 22:34

A: これだけ詳しい解説があると、スペイン語が分からなくても見ていなくてもシノプシスは理解できちゃいますね。
B: 『GAL』が登場したら、二つ纏めて感想書きたいということでしたが、こちらも最近登場しました

A: そうですね。製作者、監督、脚本家は同じですけど、それぞれ時代背景も異なるので、やはり別個にしませんと混線するかもしれません。それと関連作品として、イマノル・ウリベの『El proceso de Brugos』(「ブルゴス裁判」1979)『La fuga de Segovia』(「セゴビアからの大脱走」1981)ジッロ・ポンテコルヴォの『Operacion Ogro』(「鬼作戦」1979)にも触れませんと。
B: ポンテコルヴォの「鬼作戦」については、管理人さんも指摘しています。それらについては、おいおいお聞きするとして、まずは以前に「この映画は始めに製作者メルチョル・ミラリェスありきなんです」と言ってらした。管理人さんはプロデューサーには言及してなかったようなので、そこらへんから。

A: このブログで今までプロデューサーについて特に言及しなかったのは、軽視していたわけじゃないんです。スペインを含めてヨーロッパの映画では作家性が強く、どちらかというと監督や脚本家が注目を浴びることが多かった。そこがハリウッド映画との大きな違いで、あちらでは有名監督でも大当たりしようものなら、続編、続々編と嫌でも作らされる。力関係は製作者が上ですから。
B: スペインでもサウラの『狩り』エリセの『エル・スール』など次々に名作を世に送り出したエリアス・ケレヘタとか、80年代半ばからトルエバの『ベル・エポック』、アルモドバルの『マタドール』などを手掛けたアンドレス・ビセンテ・ゴメスがいますね。

A: 勿論、製作者がいなかったら映画は撮れませんからね。最近では監督と製作者を兼ねる人が多くなりました。アルモドバル兄弟が設立した製作会社エル・デセオが、コイシェやアレックス・デ・ラ・イグレシアに資金を出したり、またアメナーバルの『テシス』『オープン・ユア・アイズ』をプロデュースしたのは、実は『蝶の舌』のホセ・ルイス・クエルダ監督でした。
B: ハリウッドでも独立系の映画では同じケースになりますね。じゃここいらで、製作者ミラリェスに話を戻しましょう。


A: メモランダムに列挙しますと、1958年マドリッド生れですから、今年ちょうど50歳です。ジャーナリスト出身のプロデューサー。ジャーナリズム界の第一歩は、1978年Diario 16に入社、スポーツ欄や地方版を担当し、後に調査班の編集長になった。
B: この新聞社については『GAL』のところで、管理人さんが触れています

A: ええ、この新聞社の二人のジャーナリストが主人公ですから、詳しい説明はあちらでやりましょう。1989年、新しい全国紙 El Mundo の立ち上げに参加、設立者の一人になって編集次長に抜擢されてます。5年後バスク版の編集長を1997年までやり、開局したばかりのチャンネル、El Mundo TVの総編集局長に就任、テレビ界への進出となります。
B: 若くしてすごい経歴の持ち主ですね。編集者としての実力、バイタリティー、それに嗅覚も鋭かったんですね。

A: 血の気も多かったんでしょ。Antena 3、Tele 5でジャーナリズム番組の制作、子供向けの教育番組、シリーズ・ドラマ、その中で実話に基づいて制作された“Padre Coraje”(2002)は、当時係争中の冤罪事件を扱っています。
B: 「勇気あるお父さん」みたいなタイトルですね。
A: かなりヒットして、わたしもいくつかエピソードを見てますし、セルバンテス文化センター図書館のリストにも載ってます。名優フアン・ディエゴが主人公のお父さん役、彼は今年のマラガ映画祭の名誉賞を受賞しています。

B: エル・ムンド紙についても『GAL』で管理人さんが書いてますので、あちらで触れた方がベターですね。
A: そうですね、「狼作戦」には直接関係ありませんし。現在はテレビ界、映画製作のほか、政治コメンテーター、スポーツ好きでもあるらしく、2007年3月にバスケット・チーム、レアル・マドリードの理事長に任命されてます。

B: 最初スポーツ欄を担当してましたから不思議ではない。バスク版の編集長、テレビ界進出と、だんだん近づいてきましたが、この映画との接点はどこですか?
A: 1980年代の前半、「ディアリオ16」の在職中に、主人公チェマ・ロイゴッリのモデルとなったミケル・レハルサと出会い、本人の口から狼作戦の体験談を聞いたことが、そもそもの始まりです。

B: つまり20年越しの企画ということですね。
A: 自分の人生の第一目標を「ロボの映画を完成させる夢を絶対に諦めない」ということに決めたのですから、その執念のほどが思いやられます。以来、編集者の仕事を続けながら企画を温めていたということなので、1997年のテレビ界進出は予定の行動だったわけです。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, May 13, 2009 at 15:26

B: 脚本を手掛けたアントニオ・オネッティは、テレビ界で活躍していて、俳優でもあるんですね。
A: IMDbを見ると、Sargento とあるから巡査部長役だろうか。前述した『勇気あるお父さん』、最近スペイン無料配信のサイト TVE a la CARTA で放映していたシリーズドラマ “Fago”(2008)のシナリオも書いている。彼と脚本作りに2年間も費やしたということです。
B: やはり微妙なテーマですからね、切り口を間違うと大変です。

A: それからいよいよ監督探しが始まった。
B: ミゲル・クルトワ監督は、名前から察するにフランス人ですね。
A: 父親がフランス人、母親がスペイン人、1960年パリ生れ。母親がバスク出身なのかな、よく彼をバスクに連れていったそうです。21世紀のスペインからは想像もできない1970年代の様子を、母親から教えてもらったり、サジェスチョンを受けたりしたということです。

B: スペインの監督を起用することは、念頭になかったのかしら。
A: 勿論、何人かのスペイン人監督に打診したが、やんわり断られてしまった。
B: テロに巻き込まれるのを恐れた?

A: そのことが頭をよぎったとしても、とやかく言えない。現在でもテロは進行形だから。なかにはシナリオを手直ししてよいなら引き受けるという監督も。しかし彼にはオネッティのシナリオを変更する選択肢はなかったという。
B: プロデューサーと脚本家以上の固い結びつきだったわけですね。

A: そうこうしているうちにミゲル・クルトワとの思いがけない出会いがあった。外国人ということもあって、スペイン人がETAに対して感じているようなプレッシャー、恐怖、または制約からは、かなり自由でいられたんだと思います。

B: どんな経歴の監督ですか。
A: フランスでは主にテレビ界で活躍しているみたい。日本では『青い殺意』(Preuve d’amour 1987)が公開されています。愛と連続殺人事件をからめたサスペンスもののせいかビデオテープも発売されたようです。『テロワーニュ』(1989、未公開)、『エンジェル』(2001、未公開)、監督とのコラボですが、プロデューサーとして参加したのに、ドキュメンタリー『プルミエール、私たちの出産』(ジル・ド・メストル、2006)、これは去年のアテネ・フランス映画祭で上映され話題を呼びましたね。

B: 最近WOWOWで放映されたのを見ましたが、すごい映像にショックを受けました。プロデューサーなんかチェックしないから、全然気が付きませんでした。
A: 出産の神聖さ、神秘さ、そして世界が見えてくるんですね。言わずもがなのことですが、スペインの2作品は問題作なのに、ハリウッド的手法を取り入れたエンターテイメントでもあるのに、その存在すら紹介されておりません。

Posted by: アリ・ババ39 | Thursday, May 14, 2009 at 13:53

B: ETAのテロリズムをテーマに実話をもとに作られた映画というより、実話にインスピレーションを受けて作られたというほうに近いですね。
A: 実際に起こった歴史的事件は忠実に物語に生かされていますが、ドキュメンタリーとフィクションの中間とも言えない。個人的にはフィクションとして見ました。あらゆる映画に言えることですが、実話を土台にしていても、フィクションの要素は欠かせません。真相というものがあると仮定しても、たいていは藪の中です。実際に起こったギリシャの左翼政治家暗殺事件を取り上げたコスタ・ガブラスの『Z』(1969)にも言えることです。

B: つまり、そこがドキュメンタリーとの違いということですか。
A: まあ、ドキュメンタリーもフィクションの部分が含まれるのではありませんか。


B: 先ほど、ハリウッド的なエンターテイメントという話が出ました。アクションはまさにハリウッド式。爆弾テロが起こったあと、チェマたちが行きつけのバルにいるところに警官が押し入ってくる。カウンターの中にいるバルの主人をどけさせると、棚に並んだ酒ビンをダダッダーと一気に打ち砕くシーン、これなんか西部劇に出てくる悪漢そっくり。当時ではありえない光景では?
A: クルトワ監督は、政治的サスペンスを楽しみに見に来る観客にアクションは不可欠と言ってます。物語のコンセプトはスペイン的というよりハリウッドの手法ね。

B: とてもビジュアルな映画。カメラの動きも激しく、最後のロボたちが警官に追われて逃げ回るところなんか特にそうです。急テンポで進行して、平穏なシーンが少ない印象です。
A: でも抜かりなくロボとアマイアの濡れ場シーンをたっぷリサービスすることは忘れない。アマイアの唐突ともいえるビキニ姿にさえ「あんなシーンで、そんなのありかよ~」と思った観客は、私だけかしら。ロボとネルソン両方に二股を掛けた美人テロリストは完全にフィクションね。
B: スペイン映画では慣れっこになってる光景ですが、エロチックな要素は、多くの観客動員を目指すなら欠かせない。緊張の合間に息抜きも必要です。アマイアの人物造形は陰影に富んでいますが、実際にはありえない。

A: 飽きさせない工夫の一つに、わざと画面を暗くすることが挙げられる。観客が物語に集中するようにしているのと、70年代の暗い雰囲気に観客を誘導するためでもあるんでしょうね。
B: 縦糸は実話をベースにしっかり骨組みを組み、横糸はドラマ性を重視してリズミカルに進行させる、これがクルトワとオネッティのアプローチなのかな。
A: ETA側の権力抗争と政府側のそれとを交互に対照させながら、中枢部にいる人間の権力欲の凄まじさを公平に皮肉る。

B: 全体を通してピーンと張り詰めた緊張感がありますが、後半になると登場人物が入り乱れてちょっと混乱しますね。
A: オネッティは、ロボのモデルとなったミケルをインタビューして脚本を書いた。だからあれもこれも入れたくなったんじゃないかな。だからと言って書き込みすぎはダメで、枝葉を切り落とさないとね。

Posted by: アリ・ババ39 | Thursday, May 14, 2009 at 21:49

B: ノリエガの起用はどうでしょうか。チェマとロボという二つの人格をメリハリをつけて演じ分けなければならない難しい役でした。
A: わたしなんか、いまだに『テシス』のノリエガを忘れられないんですが、骨格が大きくなりました。これはフィジカルな面だけでなくメンタル面も含めてです。受賞は逃しましたが、ゴヤ賞主演男優賞にノミネートされ、一応の評価は受けたのではないでしょうか。
B: 美男系俳優というのは損得あわせ持ちます。他の仲間たちに比べて、ちょっと都会の青年っぽく見えた。スパイとして潜入しているから熱っぽい直情型の人格ではないのでしょうが。

A: なかなかデビュー当時の硬さがとれない。でもロボのときの鋭い眼光、重々しい声、チェマのときの柔和な眼差しと迷い、それにもまして彼の集中力、これがただのエンターテインメントに終わらせなかった理由ではないでしょうか。ロボ本人も撮影現場を訪れておりますから、役作りの参考にもしたでしょうね。
B: 商業ベースにのって資金が回収できたのも、実話に即しながらも娯楽映画としての魅力を疎かにしなかったからですね。
A: 150万人の観客動員、800万ユーロの売上げということですから、言うことなし。この成功が次回作『GAL』に繋がったのでしょう。しかし観客動員には、ルポルタージュ番組、書籍、ドキュメンタリー映画の制作、エル・ムンド紙の系列会社 Mundo Ficcionの援護射撃など、その相乗効果も無視できません。

B: インタビューは音声だけですか?
A: 音声だけ、または覆面して登場したようです。いくら顔の整形手術をしても近しい人には分ってしまいますから。現在でも命が狙われていることに違いはありません。

B: DVD も売れたし、つまり私たちもそのお蔭で見られたわけですね(笑)。アマイア、妻のベゴーニャ、二人とも掃き溜めの鶴みたいだったが、やはりヤロウのために美女系を出さないと。
A: リカルド役のホセ・コロナード、年輩の部下パンチョ役のサンティアゴ・ラモス、この二人にも言及しないわけにはいきません。3世代間の意識の乖離も大きなテーマですから。

B: コロナードは『GAL』にも登場していると、管理人さんが書いてます。
A: リカルド役で出てきます。意味深ですね。これについてはあちらで触れます。ロボを含めて、この三人の重要性が、比較的早い段階で観客に知らされます。
B: 夕暮れの海岸でパンチョがチェマを上司のリカルドに引き合わせるシーンですね。
A: SECED側も、まだチェマがスパイとして使えるかどうか分からない、チェマ自身も完全に決心がついてない段階。荒涼とした海辺にチェマ、パンチョ、リカルドの三人が、最初は遠景で横一線に並ぶ。カメラが近づいて大写しになる。この映画ではかなり印象的な作りです。チェマが乗ってきたワゴン車のライトも絵になる。

B: たしか音楽もなく、静謐な時間がゆっくり流れていて、映画全体が早いテンポで展開するのとは異質な感じを与えました。
A: 監督は計算してやった。実際はこうじゃなかったと思いますけど。チェマが「自分は協力者なんかじゃなく、ただ平和が欲しいだけだ」と気色ばむ、迷っているんですね。リカルドも「まだ白紙だな」と、こちらも確信がもてない。

B: テロリストを逮捕できたあと、チェマを見捨てないと約束したのに結局見殺しにする。だから出世できる。コロナードのリカルドはハマリ役、地でやってる感じ。
A: こういう陰のある役が多い。それに対してパンチョは見殺しにできない。権力側にはつけない、そういう叩き上げの刑事をラモスが好演していた。

B: ネルソンは、カレロ・ブランコ暗殺テロ団の首領「ウィルソン」でしょうか。「鬼作戦」の首領。
A: 最初に当時の新聞が次つぎ流されていくなかに、「ウィルソン」の記事もあった。2作とも実名は使用しておりませんが、スペインでは誰のことかすぐ分かるそうです。Perez Beotegi が本名で、昨年3月に死去しています。1975年バルセロナで逮捕されましたが、1977年の特赦が適用され自由の身に。その後、ETA とは袂を分かち、紆余曲折のすえ左翼バスク愛国主義者党をたちあげ政治家になった。立候補したが下院議員にはなれなかったようです。

B: ネルソン役のパトリック・ブリュエルは、日本ではフレンチ・ポップスやシャンソン歌手としてのほうが知られていますね。
A: アルジェリア生れのフランス人、多才な人ですね。2004年のフランス映画祭のとき来日している。スペイン映画はこれが初めてですが、日本公開のコメディ・アドベンチャー『ジャガー』(1996)で、ジャン・レノと共演しています。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, May 15, 2009 at 21:36

B: チェマのコードネームは《Lobo》なのに、タイトルには“El Lobo”と冠詞が付いています。
A: 作戦名は「Operacion Lobo」、鬼作戦も「Operacion Ogro」と両方冠詞抜きです。先にマイク・ニコルズの『ウルフ』(Wolf 1994)という作品があり、それとの重複を避けるため付けざるをえなかったのでしょう。

B: ジャック・ニコルソンが狼男に変身するロマンチック・ホラーですね。
A: 同じタイトルは付けられない決まりになっています。著作権が絡んできますし、第一に私たちも混乱します。他にもいくつも例があります。


B: 鬼作戦が出たところで、後回しにしていたポンテコルヴォの「鬼作戦」、本作でもテレビニュースとして登場してました。ベゴーニャが見ているところにチェマが帰宅してくるシーン、チェマもテレビで初めて知るんですね。
A: この時点では、チェマはまだ下部組織の一員でしかない。管理人さんが作戦については詳しく書いておりますので詳細はそちらに譲るとして、この作戦のリーダーが、前述したイニャキ・ペレス・ベオテギ、またの名ウィルソンです。やがて責任ある地位についたロボの情報提供によって、ウィルソン並びにETA中枢部の幹部たち、150名にも及ぶ活動家たちが逮捕されたんです。


B: ポンテコルヴォはイタリアの監督です。日本ではヴェネチア映画祭金獅子賞受賞の『アルジェの戦い』(1966)で知られていますが、どうして外国の監督が撮ったのか、そのあたりから。
A: 本作に関連ありますが番外編でもあるので簡単に。ユダヤ系イタリア人、1919年ピサ生れ、2006年死去。若いとき共産党に入党しましたが、1956年ソ連軍のハンガリー侵攻に失望して脱党してます。これだけで分かるように軸足は左に置いてます。フランコ亡きあととはいえ、混沌としたスペインで、スペインの監督がこんな映画つくませんよね。
B: フランコは1975年11月20日没ですから、数年しか経っていない。

A: 事実関係も正確でなく、当時から危険な賭けと危惧されていました。バスクの政治状況の複雑性を熟知していない、監督経験の浅い寡作な外国人に任せていいのか、ということですね
B: 軍事独裁政下における武装闘争の必要性を認める人にとっても、また民主化の必要性を感じる人にとっても、危険なミッションというわけですね。いささかドグマチックな印象うけますね。

A: しかし、知りすぎていたら怖くて撮れない。同名の小説の映画化です。今日ではかなりのことが分かってきてますが、CIA 協力説なんてのもあるくらいです。爆破のあった通りにアメリカ大使館があって、トンネルを掘っている時の音、掘り出した土の処分、ガス管を壊してしまって臭いが数日間続いた、など気がつかないはずはないというわけです。ほんとかどうか確かではありませんよ。まだまだブランコ暗殺の真相は闇の中です。

B: 車が空中に舞い上がってビルの屋根に落ちた。
A: パティオの内側に落ちたことは事実だが……だそうです。キャストにホセ・サクリスタン、アンヘラ・モリーナ、エウセビオ・ポンセラと、後のスターが顔を揃えております。映画そのものについては、別の機会にしましょう。

B: 資料によると、この作品はヴェネチア映画祭のコンペに出品、その年のドナッテロ賞を受賞しています。イタリアでも商業ベースに乗ったのですか。
A: スペインではさすがに話題作として、ある程度の成功をおさめましたが、イタリアではあまりに政治的テーマだったことから興行的には失敗だったそうです。


B: リカルドがロボと接触するために立ち寄るキオスクの入口に、『ラストタンゴ・イン・パリ』の特大の宣伝ポスターが貼ってあった。
A: マーロン・ブランドの肉のたるんだ全裸にギョッとしました。このベルナルド・ベルトルッチの映画は1972年製作で、翌年本国イタリアで公開されたときには、たったの4日で上映禁止になったいわく付きの映画。大胆なアナルセックスの描写は、一般映画としては(つまりアダルトビデオではないということ)世界初だった。

B: そういう映画の宣伝ポスターを堂々と貼って、国民の不満のはけ口に利用したんですね。
A: 監督は皮肉な小道具として背景に入れたと思いますが、チェマたちが着ていた格子縞のシャツは、当時の流行服でした。時代を細かくチェックしています。このシャツはイマノル・ウリベのバスク三部作の第2作目「セゴビアからの大脱走」に出てくる活動家たちも着ていた。

B: ドキュメンタリーと再現ドラマで構成された作品だそうですが、この映画も大いに関連あるんですね。
A: 長くなりましたので、これもブログに登場したらやりましょう。全体の感想としては、ウリベの『時間切れの愛』(”Dias contados” 1994)を見たものとしては不満が残ります。あちらのほうが人間が描かれていたかな。想像力を触発するような作品が好きってことです。

Posted by: アリ・ババ39 | Sunday, May 17, 2009 at 21:01

アリ・ババ39さん
いつも膨大な量の情報をありがとうございます。毎回のことですが、アリ・ババ39さんのお話をうかがっているとこうして映画と映画の横のつながりを教えていただけるので、それってつまりは時代を切り取ってもらえるというわけですから、本当に勉強になります。

二、三点、確認です:

1) >同名の小説の映画化
というのは『Operacion Ogro』ですよね?

2) 作者はEva Forest
OPERACION OGRO: COMO Y POR QUE EJECUTAMOS A CARRERO BLANCO

3) Eva Forest@Wikipedia

4) IMDbの『Operacion Ogro』のページには原作は「Julen Aguirre」とありますが、それはEva Forestが用いた筆名

なるほどなあ……。知ってることが増えて行くのは楽しいですね。ほんと、アリ・ババ39さん、いろいろ教えてくださってありがとう!

Posted by: Reine | Sunday, May 17, 2009 at 21:16

これまでも書いたことあると思うけど、『Dias Contados』、買う機会をいっつもいっつも逃して今日まで来ました。「よし、今回こそDVDGOで注文するぞ!」と決心した時にはDescatalogadoになっちゃってたりで、どうしても逢えません。

今年中には何がどうあってもスペインに行くつもりでいるので、現地でなんとかします。


そうそう、『ラスト・タンゴ~』。国境近くのフランス側に入ってからの売店にポスターが貼ってあるのでしたっけ? あ、ちがうか、フランスに入る前だったか。

あのシーンも、リカルドとロボ(=チェマ)の短い会話の中にリカルドの非情と言えば非情な姿勢が出ちゃってるんですよね。「休日だからカバーできるだけの体制なんて整ってないよ。おまえ、適当に切りぬけて。即興で」みたいな。

長谷川平蔵だったら密偵をあんな風には絶対に使わないのに。


それと、話は逸れますが『ラスト・タンゴ in パリ』は『Torremolinos 73』でも言及がありましたね。

penエステサロンにて、太った中年客がカルメンに『ラスト・タンゴ・イン・パリ(1972年)』を説明している。曰く:
「Marlon Brando se levanta, ni corto ni perezoso, se va a la cocina. …略… Y empieza a untar la mantequilla a las nalgas como si fuera una tostada. Y luego, le mete así sin avisar. …略… Dale que te pego, dale que te pego. Claro, ella grita.

(= マーロン・ブランドがすたすたキッチンに行ってさ ……略…… で、お尻にバターを塗り始めるわけよ、トーストじゃあるまいし。それでいきなりソウニゥするのよ! …略… だらだらだらだらだらだらだらだら続けるの。もちろん彼女は泣き叫んでさ」

……あの映画はそのシーンだよなぁ、やっぱり(やっぱり?)。あたしもそこしか覚えてない(←えぇぇ)。end


『ラスト・タンゴ~』と『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』については、「アナルって大変そうだなあと思いました」が感想文の一行目に来てしまう私です。

Posted by: Reine | Sunday, May 17, 2009 at 21:31

ご指摘の通り、IMDb に記載されているJulen Aguirre(Agirre) は、Eva Forest のペンネームです。彼女は生涯を活動家として作家として、獄中にあっても勢力的に活動しました。自身も1974年9月に逮捕され、1977年の特赦で自由の身に。その間に執筆したのが本作のオリジナル本です。1974年にフランスで刊行するにあたり、獄中ということもあってペンネームを使用せざるをえなかったのではないでしょうか。これは翌年、ニューヨークで英語版タイトル “Operation Ogro: The Execution of Admiral Luis Carrero Blanco” として出版されました。政治的な臭いがいたしますね。

1975年、獄中記 “Diario y cartas desde la carcel”、1976年 “Testimonios de lucha y resistencia” がパリで刊行され、前者はペンギンブックにもはいり、ヨーロッパではベストセラーだったようです。スペインの民主化を世界が待っていたということでしょう。

キューバとのかかわりが深く、何回も訪れています。明日5月19日は日本流にいえば三回忌にあたります。何かニュースが伝わってくるかもしれません。

マーロン・ブランドのあんな裸体は見たくないというのが、若きころ『波止場』を見て魅了されたファンの心情です。いくらベルトルッチの作品でも。彼自身も一番「辛かった」仕事だったと述懐しております。

それより大切なのが、どちら側かですね。検問所の看板が espagneだったような気がします。あとで確認しなくちゃ。どちらにしろ国境境にある売店だから見ることができる?

Posted by: アリ・ババ39 | Monday, May 18, 2009 at 22:16

アリ・ババ39さん
たしかスペイン側だったような気がします。
そうだ、そうだ思い出した。

アマイアが車中でバスクの独立性について熱弁

後ろを走ってきていたリカルドとパンチョの車がロボ達を追い抜いていって売店へ

ロボ、気づいて自分も車を止める

ロボ、リカルドがそれぞれ売店に入る

ロボ。リカルドにさりげなく近づく

リカルドがロボに「日曜で手が足りてないからバックアップ体制なんて整えられないね。君が即興でなんとかしたまえ」ってヒッデーことを言う

ロボが「:((´゙゚'ω゚')) :んな無茶な… (#^ω^)ピキピキ」という表情

リカルドがロボに「旅のお伴に」って言ってちょっと露出度の高い雑誌を渡す

国境の警備官に旅券を見せたりする時、その雑誌が「破廉恥である」ということで見咎められる

アマイアが余計な茶々を入れる

警備官、激怒

アマイアとロボ、身体検査をされる

それを車列の後ろ~~の方から見守るリカルドとパンチョ


こうでしたね。思い出したぞ!
『ラスト・タンゴ in パリ』のポスターはスペイン側でした。

Posted by: Reine | Monday, May 18, 2009 at 22:30

The comments to this entry are closed.

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/33847/44488603

Listed below are links to weblogs that reference El Lobo [スペイン映画]:

» GAL [スペイン映画] [Reino de Reine]
ひと月前に『El Lobo』(2004)について書きましたが、今日の『GAL』は、あれと同じ監督・同じ脚本家の二年後の作品です。 この二作品はどうせならペアで観ておけばいいと思う。ただ、DVDのバージョンによっては字幕が無かったりするようなので、要注意かも。私のは無い(か、あるいは出ない)んだ。そのせいでけっこう手間がかかった。 GAL公式サイトなどから、ストーリーおおまかに紹介 80年代にスペインではGAL(=Grupos Antiterroristas de Liberación; 対テロリ... [Read More]

Tracked on Tuesday, May 05, 2009 at 01:36

» Celda 211 / プリズン211 [スペイン映画] [Reino de Reine]
スペイン映画祭2009で、本日上映されました。 映画祭公式サイトからストーリー [E:book]刑務所の職員として働くことになったファンは、予定の1日前に職場に赴き、そこでアクシデントに見舞われ、気を失ってしまう。その直後、凶悪犯が収容されている監獄で暴動が発生。慌てふためいた職員たちは、気を失ったファンを第211号監房に置き去りにする。目を覚ましたファンは、事態を理解し、身を守るために……略……[E:end] いや、もうね…… この前の回の『Gordos / デブたち』もよかったけれども、『C... [Read More]

Tracked on Thursday, July 08, 2010 at 23:15

» Operación Ogro [スペイン映画] [Cabina]
ETAによるカレロ・ブランコ首相暗殺事件(1973年)を実行犯グループの視点で描いた作品。今回は映画そのものの話よりは、関連事項のメモをしておきます。 ‘鬼作戦’という名で計画実行されたブランコ首相暗殺事件についてはこれまでにもちょっと書いたことがあります。 [E:eye]『El Lobo [スペイン映画]: Cabina』 [E:eye]『La pelota vasca. La piel contra la piedra [スペイン映画]: Cabina』 ETAについては下記の作品でも触れま... [Read More]

Tracked on Tuesday, August 09, 2011 at 13:10

« Manuel Alexandre, Gran Cruz de Alfonso X El Sabio | Main | La flor de mi secreto / 私の秘密の花 [スペイン映画] »