Carandiru / カランジル [ブラジル映画]
『シティ・オブ・ゴッド』を観た勢いで『カランジル』も観てしまおう。
amazon.co.jp、『カランジル コレクターズ・エディション』の商品説明より:
医師ドラウズィオ・ヴァレラがAIDS予防のソーシャル・ワークを行っていたブラジル・サンパウロのカランジル刑務所の内部は数多くの囚人が酷い条件の下で生活していたが、囚人達にとっては塀の外であるか中であるかだけの違いで、ある種の自由や平和を得ることの出来る空間であった。しかし1992年、突然に刑務所内で暴動が発生、鎮圧を命ぜられた警察により111人が一方的に殺された。塀の中の平和は長くは続かなかったのだ。(※人名修正)
囚人に対するエイズ予防啓蒙活動等でカランジル刑務所に通っていた医師Dráuzio Varellaが著した『Estação Carandiru カランジル駅』をもとに、『Pixote』、『KISS OF THE SPIDER WOMAN 蜘蛛女のキス』のエクトール・バベンコ監督が撮った作品。
三つともとても良い作品だけど私自身は二度と観たくないと思っている、私の鬼門みたいな監督なのかね。
実際に起きた地獄絵さながらのむごたらしい事件を描いている作品なのだから、早い時間帯からそういう凄惨なシーンの連続なのだろうと思っていた。冒頭も冒頭かぶさってくるぷわゎぁぁぁぁんという音楽、実に悲しげで絶望的な音。これから2時間半も耐えられるんだろうかという不安から、早くも消したくなった。
ところが意外なことにかなーーーーーーり終盤までおおむねなごやかな雰囲気で進行するのでした。語り手である医師が、医務室を訪れる囚人たち一人一人の身の上話に耳を傾けるていで進むのだけど、重苦しい過去を囚人たちは穏やかに、時に朗らかにあるいは茶目っ気・洒落っ気まじりに打ち明けてくれる。だから私もおおむね安心して観ていられた。
「案外と、このままのどかに進んで、ふゎっと終わってくれるんじゃないだろうか」とすら思った。―――そんなワケないじゃないですか。事件そのものを描かないわけにいかないでしょう。
そしたら幾つかMEMOを。(コメント欄にもつづく)
冒頭、上述の絶望的な音が奏でられ、カランジル刑務所の上空からの写真。当時のね。
もうちょっと下りてきて。
2008.04.13のカランジル(GoogleEarthで; ★真北が上じゃなくて左に90度回転) なんか、今は公園になってるんだって?
あ。Google Earthなら時間さかのぼれるじゃん! って思ったんだけど、あいにく2004年8月までしか行けなかった
1) これたぶん事件発生から24時間後の刑務所前からのテレビ中継
2) こっちは15年後の、ふりかえる報道
3) これは当時のニュース映像とこの映画のシーンとを混ぜているからややわかりにくいかも
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Comments
ポル語なので私の耳ではなんちゃってくらいにしか聞き取れませんので、けっこういいかげん。ほとんど勘
↓↓↓
1) Jornal Nacional - O massacre do Carandiru 1992
「暴動発生から24時間経ってもまだ警察が死亡者の名前などを発表していないので囚人の家族などが情報を求めてカランジル刑務所前に詰めかけています」とかなんとか言ってると思う。まあ、映像からわかるようなことをだいたいしゃべってる気がします。
・囚人が火を放ったからあちこちの房から火が出ています
・家族は何もわからなくて絶望している
・暴動は鎮圧されても恐怖を制圧することはできない
・表で知らせを待つ家族の苛立ちが募って警察と衝突が起きたりしている
・ブラジルの刑務所の歴史上最悪の悲劇
・明日(10/4かな?)予定されていた第9号棟の面会日はキャンセルとなりました
・遺体安置所にいっても遺体確認させてもらえないだかなんだか。
2) 15 anos do Massacre do Carandiru
・公式発表では死者111人ですが、目撃証言からは400人とも言われています
・当時の警察(機動隊)で責任を追及された人たちも結局みんな無罪放免となっている
・当日の作戦の指揮を執った人も懲役600何年だかを食らったけど上訴して無罪になってる
3) Vozes do Carandiru
・その人は2006年に殺されてる
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 21:47
監督: Hector Babenco エクトール・バベンコ (ヘクトール・バベンコなの? 自分では「エクトール」と言ってると思うけど)
脚本: Hector Babenco Fernando Bonassi Victor Navas
原作: Dráuzio Varella 『Estação Carandiru』
出演:
Luiz Carlos Vasconcelos ... Médico: 医師
Milton Gonçalves ... Chico: 気球作りが趣味
Ivan de Almeida ... Nego Preto: 牢名主的な、長老的な人、囚人間のトラブルを捌いたりしていて信望も厚いようだ
Ailton Graça ... Majestade:
Maria Luisa Mendonça ... Dalva: その妻(金髪)
Aida Leiner ... Rosirene: もう一人
Gero Camilo ... Sem Chance: 医師の手伝いをしている
Rodrigo Santoro ... Lady Di: ゲイの囚人
Milhem Cortaz ... Peixeira: 殺し屋、ルーラの父親を殺した
Dionísio Neto ... Lula: ペイシェイラに復讐しようとした
Lázaro Ramos ... Ezequiel: サーファー、麻薬中毒でツケもたまってきている
Wagner Moura ... Zico: 親に放置されデウスデッチの家で兄弟のように育てられた
Caio Blat ... Deusdete: ジーコと実姉と幼い頃はよく3人で遊んでいた
Floriano Peixoto ... Antônio Carlos: クラウディオミーロと現金輸送車強盗なんかをしていた
Ricardo Blat ... Claudiomiro: 重病で今はアントニオの介助無しでは歩行もままならない
Antonio Grassi ... Seu Pires ピーレス所長
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 22:27
語句メモみたいなもの
・pegar: 「病気がうつる」
・dedo duro: 密告者
・機動隊(?): Tropa de choque@Wikipedia
・Rita Cadillacが「É bom para o moral」という曲を歌うシーン。この人は(ポルノ)女優らしいね。実際にこうやって刑務所を訪れたりしてるみたい。
http://www.youtube.com/watch?v=KxzicwJDe38
ショーの内容はともかく、啓蒙には大いに意義があると思うのでこの活動はよいと思う。
この活動はよしとして、この曲が…。なんかもう頭痛くなる曲だ。一度聞くとしばらく(二三日)頭の中でぐるぐるかかって離れなくて困る。
・今ここでこんな曲をかけるなんてっ……とガツンと殴られたような衝撃でしばらく呆然としちゃったのが「Aquarela do Brasil」。びっくりした。うまく言えないけど、びっくりした。痺れた。
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 22:47
・プロローグの部分
1) No dia 2 de outubro de 1992, morreram 111 homens na Casa de Detenção de São Paulo. Não houve mortes entre os policiais militares.
Só podem contar o que aconteceu Deus, a polícia e os presos. Eu ouvi apenas os presos. Drauzio Varella
1992年10月2日 カランジルで111人が死んだ 軍警側に死者はなかった この事件の証人は神と軍警と囚人 私は囚人から話を聞いた
2) En 15 de setembro de 2002, os últimos detentos foram transferidos. O Carandiru, vazio, fechou suas portas.
2002年9月15日 最後の囚人が移送され 刑務所は無人となった
3) No dia 9 de dezembro, o Carandiru foi, finalmene, implodido.
12月9日 カランジル刑務所は取り壊された
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 22:48
あたしやっぱりわからないんだけど:
警察がまず入ってきて所長が囚人たちに拡声器で落ち着いて房に戻るよう呼びかけるでしょ。囚人たちは白旗を掲げているし、凶器は窓から投げ捨てたし―――手製のナイフなどが雨霰と降ってくるのは壮観―――、房に戻っていたし、こうしてみるとそれは投降を意味していたとしか思えないんだけど、そこをどうして警察隊が突入することが可能だったのか、そこのところがよくわからないや、やっぱり。
どんな法令が認めてくれるとあのコンテクストで発砲できたのか。あのシチュエーションでの突入と発砲(というか大虐殺)にどういう正当性が認められて関係者が無罪になれたんだか、そこのところを理解できる自信がない。
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 22:58
人間は凶器があればアッサリ使っちゃう生き物なんだわなというのが『シティ・オブ・ゴッド』で私が観たことなんだけど、『カランジル』では、人間が凶器があっても如何に使わずに共存を図ろうとするのかっていうのが示されていて興味深かった。
皆が好き勝手にあれだけの凶器を持っていたことが驚きなのではなくて、あれだけの凶器を隠し持っていながらあの10月2日までそれを大々的に使わずに過ごせていたことに驚愕するじゃないですか。
じゃあなんで使わなかったんだろうって思う。
そんなことを思っていたら特典映像の最後に監督がコメントしていた:
90年代前半 ある動物実験が行われた 使われた動物はゴリラやチンパンジー 生物学的に人間に近い動物たちだ
「
動物を狭い部屋に閉じ込め その行動の変化を見るためだった
動物の個体数を倍にすると 暴力行為が劇的に減った 彼らは狭い場所に集まることの危険性を知っているかのようだった 生き抜くために本能で仲間と仲良くするのだろう
ドラウジオ(※原作者)は問いかける “囚人のあふれる刑務所に入ったらどうするか”
私は周囲の囚人と親しくなろうとするだろう 生き抜くためにね
」
Posted by: Reine | Monday, March 02, 2009 23:16