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Saturday, March 07, 2009

Amanece, que no es poco [スペイン映画]

amanece3年前にスペインの友人が私の気に入りそうな作品をいくつか挙げてくれた。『Amanece, que no es poco』はその時からずっとDVDGOなどで探してきたのだがいつも「descatalogado」でどうしても買えない、これはやっぱりスペインに行って探すしかないと思い詰めていた。しかし、グラナダのKちゃんが店先で見つけたらしく、こないだ夏に里帰りしてきた時に持ってきてくれました。ありがとう。

それで昨秋はりきって見始めたはいいんだが、これがサッパリわからない。30分くらいまで観て止めた。「これは勉強が必要な作品に違いないからもっとじっくり見る時間がとれるまで封印しておこう」と。

さてとりあえず一通り観てみようかと、年明けてから一度BGVとしてつけっぱなしにしておく形で‘観て’みたんだが、やっぱりわからない。一つ一つのシーンはついニヤニヤしてしまうような内容なのに、全体がわからないんだ。


ストーリーはこんな感じ
アメリカで教鞭を執っていたテオドロは休暇でスペインに帰ってきて父を連れてバイクで旅するうち鄙びた村に辿り着く。その村はとても奇妙で、畑から人が生えていたり、村の選挙では市長などばかりでなく「娼婦」なんかも選出していたり、毎日ミサがあったり、居酒屋ではオペラを朗々と歌い上げていたり、ある村人の臨終に医者が「この人ほどいい死にっぷりの人は見たことないですよ!」と喜色満面であったり、学校では先生がなんでも歌にのせて教えているようであったり、一人の人が分身の術みたいに二人になってみたり、人が宙に浮いてみたり、SEXから10分で出産までツルッと済んでしまったり、中南米出身者はある日は自転車に乗っていて別の日はいい匂いがしたり……
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


な? 読んでいてもワケがわからないだろう? 奇妙奇天烈なシーンのそれぞれは可笑しいんだけど、全体の意味がわからないんだ。お手上げで、スペインの友人5人に聞いてみた。(※みな男性で37~40歳)


1) 「笑えるシーンの連続だというのに、言葉がというのではなくて、何を言わんとしているのかがわからない」と私が言うと、みんながみんなだいたい同じことを言ったものである:

あれはわからなくていいんだ / ‘わかる’必要はない / 面白いと思うシーンで「ああ面白いな」と思い、なんだかよくわからない・笑えないなと思うシーンでは「ああ自分にはこの笑いのセンスは伝わらなかった」と思えばいいだけだ


2) スペイン映画はフランコの影を探せば解読できることが多いと思っている。軍服を着ている人物や‘警察’の立ち位置にまず注目して、それから他の登場人物との関係を追っていけばシンボライズされた構図が見えてきたりする。……でしょう? だけど『Amanece~』ではその鍵がわからないのだと私は言った。

すると彼らは、「多くのシーンで、物事は何の象徴でもなかったりするんだ」と言うのである。「そ、そうなのっ?」と驚くと、「ことばで遊んでいたり、またはバカバカしいこと・ナンセンスギャグを積み重ねているわけだから、ひとつひとつの寓意を読みとろうとしてもしょうがない」と言う。


そして「あれはsurrealista (シュールレアリズムの,超現実主義の)の映画だから」と来る。「あれはpelícula de culto (カルトムービー)だ」と。五人が五人ともこの作品が大好きだそうだ。何度も観てるという人もいた。観ちゃぁ笑い、観ちゃぁ笑い、らしい。

各シーンに意味がない(かもしれない)というのには、私、まだ納得しきっていないです。なんかのメタファーじゃあないのかと、まだ首をひねっている。誰かにちゃんと解説してもらいたくてしかたない。私がまだよく観てないせいなのではないか、あと2回くらいよ~く観たら何か“わかる”んじゃないかとも考えている。

だけど彼らは「わかろうとするな」と言う。「Don't think, feeeeeeeeel.」かよ。


「なるほどそういうものかい」とあちこち検索してみると、たしかに熱狂的ファンも多く、セリフを丸暗記しているという人も珍しくないようだ。特に昨年は『Amanece~』の撮影から20周年ということで、特集記事や記念行事が多く組まれたようである。

いろいろ調べていてとある掲示板で見かけた書き込みだが、

「ホセ・ルイス・クエルダ監督は、真面目な作品を撮る前にこういうシュールな作品を撮っておいて、クエルダはいつもシリアスな作品ばかりだと言われた時に『いやいや、私はAmanece, que no es pocoも撮ってますんでね』と言えるようにしたのだと何かの番組で語ったことがある」

らしい。


というわけで、消化不良気味ですがとりあえず書いてしまいます。(どなたか解説をお願いします)(あとはコメント欄で)

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Comments

Amanece, que no es poco@IMDb
Amanece, que no es poco@Wikipedia
Amanece, que no es poco@Wikiquote

20 años de 'Amanece que no es poco' (El Mundo紙)


new 09.03.16 加筆 new
タイトルの訳を忘れていたな。
これ、2人の友人に聞いてみたけど、まだたぶん私はよく呑み込んでいないのかもな、ぴったりくるような日本語が思い浮かばない。なんだろうな、「なんてことはないじゃないか、夜が明けるんだから」とか、「夜が明けるんだからまんざらでもないよ」とか、「夜が明けるのがせめてもだ」とか、そういうニュアンス。だと思う。

Posted by: Reine | Saturday, March 07, 2009 at 20:37

途中でちょっと話題になる書籍
八月の光 (新潮文庫)Light in August

Posted by: Reine | Saturday, March 07, 2009 at 20:44

友人がこういうのはpelícula coralというと教えてくれた。「coro(合唱)みたいに」いっぱい登場人物が出てきて、それぞれの人物のエピソードが語られる作品、ということらしい。

そしてまた別の友人が、「たっくさんの人が出てるけど、じゃぁどれが主人公?って言うと特に誰でもないんだ。テオドロとそのお父さんがバイクで現れてその二人を軸に展開するかと思いきや、しばら~くその二人はほっとかれたりしてるだろ」

監督・脚本: José Luis Cuerda ホセ・ルイス・クエルダ

出演:
José Sazatornil ... Cabo Gutiérrez グティエレス伍長
Carmen de Lirio ... Doña Rocío: その妻
Francisco Martínez ... Sixto: その息子(夢遊病の疑い)

Ovidi Montllor ... Pascual パスクアル
Carmen Rodríguez ... その妻

Cassen ... Cura párroco 主任司祭
Manuel Alexandre ... Paquito: その父
María Ángeles Ariza ... Merceditas: 従妹

Rafael Alonso ... El Alcalde 村長
Fedra Lorente ... Susan: その彼女

Cris Huerta ... Tirso ティルソ: 居酒屋の店主
Paco Hernández ... Don Roberto ロベルト先生

Samuel Claxton ... Nge Ndomo ンゲンドモ: 黒人
Chus Lampreave ... Álvarez アルバレス: その母
Alberto Bové ... Pedro ペドロ: その伯父

Antonio Resines ... Teodoro テオドロ
Luis Ciges ... Jimmy ジミー: その父


Paco Cambres ... Don Alonso ドン・アロンソ: お医者
Queta Claver ... Doña Remedios ドニャ・レメディオス: その妻

Miguel Rellán ... Carmelo カルメロ: 酔っぱらい
Arturo Bonín ... Bruno ブルーノ: 作家
Fernando Valverde ... Intelectual 知的な人
Luis Pérezagua ... Aspirante a intelectual 知的な人になりたい人

Antonio Passy ... Garcinuño ガルシヌーニョ: 地面から生えて時間が経ち過ぎてしまった老人
Guillermo Montesinos ... Suicida permanente 自殺したくてしかたない人
Gabino Diego ... Portavoz americano アメリカ人学生の団長

Posted by: Reine | Saturday, March 07, 2009 at 22:19

この作品の奇天烈なセンスを文字で説明するのは難しいと思う。youtubeにいくつかあがっていた動画を拾って時間通りに並べてみたので雰囲気を味わってください。

0:04:23 http://www.youtube.com/watch?v=e3RXkIdzKKI
ガビーノ・ディエゴがアメリカ人学生を演じています。このアメリカ人学生が村のあらゆるところに顔を出してやたらとフィールドワークに精を出す。鬱陶しくて可笑しい。

(※『La tesis de Nancy』を思い出した)
(※“英語芸”はガビーノ・ディエゴの持ちネタみたいなものなのだろうか、『Los peores años de nuestra vida』でも英語を披露していた)

0:07:45 http://www.youtube.com/watch?v=BglBKCRwZxA
テオドロが父と二人のバイク旅でこのふしぎな村に到着するシーン。

0:11:38 http://www.youtube.com/watch?v=FYWcSAWCDn8
小学校の先生

0:18:30 http://www.youtube.com/watch?v=4X-nEaST390
心臓についての授業(※後ほど詳しく)

0:22:37 http://www.youtube.com/watch?v=FWmtzXBPiP0
市長が恋人を連れて来るとかで村人総出で迎える。「その女はぜひ我々の共有に!」とか叫んでいる

0:26:20 http://www.youtube.com/watch?v=mZPV0erSU90
かぼちゃに話しかけている

0:31:05 http://www.youtube.com/watch?v=4LcvJ3LCH_E
子供が帰宅するだけで大袈裟に騒ぎたてる母親たち

0:32:01 http://www.youtube.com/watch?v=xOrHXuBQLDM
ジミーとテオドロ父子が泊めてくれるところを探している
「Verá señora, ¡que quería yo hablarle de Dostoievski!」

0:37:15 http://www.youtube.com/watch?v=BAV-cta9Xgk
二人で一つのベッドに入る
「¡Déjate, déjate! que un hombre en la cama siempre es un hombre en la cama ¿eh?」

0:38:38 http://www.youtube.com/watch?v=k58gs2s4Q-E
「俺の書いた小説を誰がお前に読ませるかよ。だってお前、知性なんかないじゃん」(※この二人のやりとりを面白そうに観察しているアメリカ人学生が鬱陶しいったら)

0:40:21 http://www.youtube.com/watch?v=_-HsaMb8bhw
フォークナーの『八月の光』を盗作した件

⇒ ここのダイアローグはhttp://valleyoftears.blogspot.com/2005/07/cabo-guardia-civil-le-dije-usted.htmlなどにあがっています。「キミがこの村で作家となりたいと言ってきたとき私は、他の中南米出身者のようにあるときは自転車に乗って、別の日にはいい匂いがしてればいいじゃないかと言っただろう」「それがなんだキミは、変な帽子なんか買っちゃって冬じゅうかぶっていただろう、村の誰に聞いたっていいぞ、誰もあの帽子好きじゃなかったんだからな」「それで今度は何だ。よりによってフォークナーを剽窃しただと!?」

0:43:09 http://www.youtube.com/watch?v=5YJuramAhSA
Me cago en todos tus muertos
「ぐだぐだぐだぐだ言いやがって」(※この時もアメリカ人学生が面白そうに観察していたりします)

0:45:48 http://www.youtube.com/watch?v=VaQ_oyDlI_Q
「お父さん、お母さんに会いたいよ」
「えーー? お前にはバイクを買ってやったじゃないか」
「それはそれ、これはこれだよ。お父さん、どうしてお母さんを殺したんだよ」

0:47:51 http://www.youtube.com/watch?v=xIRmhH6hlG0
自分の妹が黒人の子供を宿し、その子が生まれ、早40年も経つというのに、「家に黒人がいる」ということに未だぜんぜん慣れてくれないカボチャのお爺さん

1:04:54 http://www.youtube.com/watch?v=O_LMIrQ79TA Opus
妻殺しを告白するが、「マドリードでお咎めなしなら別にわざわざここでは…」。Y ¿cómo anda allí (= en Estados Unidos) la política? .....Revueltilla, ¿eh?...........¿Hay mucho Opus?..........

1:08:11 http://www.youtube.com/watch?v=fRHm7ZUSwIc Que no me quiero enfadar!!!
⇒ ここはたぶん『Bienvenido Mister Marshall』で村長がバルコニーから演説する名シーンのオマージュだと思うんだけど

1:08:31 http://www.youtube.com/watch?v=jCTHSj3Ka8Q Este alcalde nos toca las pelotas!!!
アメリカ人学生、うぜーーーー、のシーン。

1:19:50 http://www.youtube.com/watch?v=bmDGstlhOgE 鼠径部についての試験(その前の怒りのことばから)

1:20:58 http://www.youtube.com/watch?v=yb6PiUKRtBY 鼠径部についての試験
(※先生が読み上げる質問文の全文が書き出してある)

1:27:08 http://www.youtube.com/watch?v=cuGUaobDf-8
「満月を見ると笑いが止まらなくて」
投票結果発表、「売春婦はメルセデスで決まりです」。

1:28:23 http://www.youtube.com/watch?v=D-o5bahaCv8 選挙

1:38:24 http://www.youtube.com/watch?v=5nDTRvYRPl0 日の出

http://www.youtube.com/watch?v=PnlORWT-hT0 ダイジェスト
http://www.youtube.com/watch?v=-oV2uEYWxz4 ダイジェスト
http://www.youtube.com/watch?v=z9nPEeqIscU ダイジェスト
http://www.youtube.com/watch?v=_Fnz8LrVhM4 Luis Cigesダイジェスト

Posted by: Reine | Sunday, March 08, 2009 at 16:11

上述の「心臓についての授業」のシーン(http://www.youtube.com/watch?v=4X-nEaST390

教室で先生が唄い始める
「人体には一つすんごいものがあるんだよ~♪
夜も昼も休まず動いてる~♪
機械じゃないんだぜ~♪
エンジンでもないよ~♪
ただの臓器だよ~♪
『心臓』っていうのさ~♪」

(胸の内ポケットから心臓模型を取り出す)

すると学童が一斉に合唱を始める
「ハレルヤ
心臓っていうのさ~♪ ×2」

また先生のソロ
「もし心臓が停まっちゃったら
俺たちの赤い血は
そのうち黒くなっちゃうよ~♪
遊んでても勉強してても~♪
君は死んじゃうのさ~♪
だから心臓は停まらないんだ~♪
エブリバディーッ!!!」

子どもたちが一列ずつ順番に立ち上がって
「なんと、はぁ、たまげた~♪」
「これは、どうも、すごいね~♪」
「ほんとに、たいしたもんだ~♪ 
心臓の働きってやつは~♪」

そして先生が、「レッツ・ゴー・プリーズッ!!!」と叫ぶ。子供はBIS。

また先生のソロ
「二つの心室と心耳を通って~♪
血は進むんだ~♪
まるで映画の中の悪役みたいに~♪(←ここよく聞き取れない)」

そしてクライマックスを感じさせるようにスピードを緩めつつ先生のソロは続く
「そしてだんだん
停まっちゃう日が近づくんだよ~♪
そしたら、いいかい、
お前は死んぢまうんだからよ~♪
カモーーーーーーンッ!!!」

で、また子供たち
「なんてことだ~♪」
「困っちゃうよ~♪」
「たいへんだよね~♪
心臓が停まっちゃったら~♪」

そして先生
「ワン・モア・タイムッ!」

子どもたち
「たいへんだ~♪
心臓が停まっちゃったら~♪
ドキドキ ドキドキ ドキドキ ♪ 動け心臓!
バクバク バクバク バクバク ♪ 動け心臓!」

そのあいだ先生は心臓の機能に関する部位の名称を叫んでいて、そして全員で最後に


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
いえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっっっ」

と叫んで終わる。


心臓の説明をする理科の授業かと思いきや、黒板には♪しか書いてない。「なんの授業だったんだよ!」とツッコみたくなるようなシーン。

もっと後のほうでやっぱり歌で何かを覚えさせられているシーンがあるが、そこでは一人の児童が「毎日毎日、学校が終わる頃には俺ヘトヘトなんだ……」と青息吐息である。

Posted by: Reine | Sunday, March 08, 2009 at 16:26

語句メモ(前半しかメモしてない)
・año sabático: 1. m. El de licencia con sueldo que algunas instituciones docentes e investigadoras conceden a su personal cada cierto tiempo.

・catecúmeno, na: 1. m. y f. Persona que se está instruyendo en la doctrina y misterios de la fe católica, con el fin de recibir el bautismo. 洗礼志願者

・pretendienta: 1. f. Mujer que pretende o solicita algo.

・dar guerra: 1. fr. coloq. Dicho especialmente de un niño: Causar molestia, no dejar tranquilo a alguien.

・fonda: 1. f. Establecimiento público, de categoría inferior a la del hotel, o de tipo más antiguo, donde se da hospedaje y se sirven comidas.

・despampanante: 1. adj. Pasmoso, llamativo, que deja atónito por su buena presencia u otras cualidades.

・basto, ta: 1. adj. Grosero, tosco, sin pulimento.2. adj. Dicho de una persona: tosca (= grosera).

Posted by: Reine | Sunday, March 08, 2009 at 20:15

こんにちはhappy01はじめてコメントいたします。
2000年ごろ、バルセロナで撮影していた、恋愛&歴史ものの映画の情報をもとめて検索していたら、こちらのブログに行き当たりまして(^^)心臓の歌が、もう可笑しくて。すごい授業ですね・・・!
また遊びにまいります。

Posted by: ひつじのメイ | Wednesday, March 11, 2009 at 13:07

ひつじのメイさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
この『Amanece, que no es poco』、これ以外にも可笑しいシーンが満載です。何か機会があれば観てみてください。

……ただいかんせん、よくわからなくて。面白いのですがよくわかりません。でもきっと近いうち何か教えてもらえるのじゃないかと期待していたりします。

>2000年ごろ、バルセロナで撮影していた

撮影現場を目撃されたのでしょうか?
それはなんという作品だったか判明しましたか?

IMDbで製作国「スペイン」、公開「2000-2001」、ロケ地「バルセロナ」でテレビシリーズも含めて検索すると65作品が出てきますね。

それでふと思い出しましたが、私も2005年3月にスペインに行ったときバルセロナで夜中に映画撮影をしているところを通りかかったことがあります。あれは何という作品だったのかな…。

Posted by: Reine | Wednesday, March 11, 2009 at 15:41

スペインの友達に電話して(というかSkypeで)この映画について聞いた時、他にはなんて言ってたんだったかなあ。えーっとねえ……

・この作品の撮影地はどこそことハッキリしているし映画中でも登場人物が地名を言っていたとは思うが、それでもやはり、ストーリーが展開している場所も時代もわからないように作ってあるのだと僕は思う。いつの時代のどこの村ともわからない架空の場所での出来事として観るように作られていると。

・その証拠と言ってはなんだが、俳優各人の訛りを矯正していないんだ。いないだろう? みんなてんでんばらばらの訛りでしゃべっているだろう?

(私: ―――え? そうだったの? 気にとめなかった)

・そうだったはずだよ。と思うんだ。警官の一人だったかな、たしかずいぶんカタラン訛りの強いのがいたと思う。超あからさまなカタラン訛りの人がいたと思う。

・村長が連れてくる恋人は明らかにアンダルシア娘だっただろう? それなのに「アンダルシアのどこ出身なの?」と聞かれて彼女は「いいえ、私はサンタンデールの出よ」と答えてただろ? 思いっきりアンダルシア訛りでさ。ああいうのも、舞台をココと明確にしないための細工の一つだと思ったんだよね。


なるふぉどc⌒っ゚д゚)っφ メモメモ...

Posted by: Reine | Wednesday, March 11, 2009 at 23:36

おはようございますhappy01とても丁寧なコメントへのお返事ありがとうございました。
そうなんです、実は探しているその映画に、エキストラ出演したものですから・・・ずっと記憶のかなたに忘れていたのですが、最近ブログでその映画のことを書く機会があって、
読者の方に、「それで題名は?!」ときかれてこまってしまって(苦笑)
>IMDbで製作国「スペイン」、公開「2000-2001」、ロケ地「バルセロナ」でテレビシリーズも含めて検索すると65作品が出てきますね。

IMDbというのが何なのか、すみません、教えていただけるととても嬉しいです。Reineさんほどラテン世界の映画に詳しくなくて・・・(><;)

Reineさんもバルセロナで撮影をご覧になったんですね(^^)
バルセロナは映画やCMなどの撮影が本当に多いですよね。
絵になる街なのかしら・・・?(^^)

Posted by: ひつじのメイ | Friday, March 13, 2009 at 10:02

ひつじのメイさん
IMDbというのはhttp://www.imdb.com/です。The Internet Movie Databaseです。ちょっと何か調べたくて覗くと次から次へ読んでしまうこともあります。おもしろいですよ。

さて、ちょっと別の話になりますので、別の記事にて続けようと思います。お手数ですが、そちらを読んでみてください。

Posted by: Reine | Friday, March 13, 2009 at 11:03

diamond グティエレス伍長、名誉賞を受賞

A: 十年ほど前に見た映画なので記憶も曖昧なのですが、気にかかる作品のひとつなんです。つい最近(3月3日)マドリッドで、2008 Los Fotogramas de Plata 賞の授賞式があり、TVE a la CARTA で配信されたのを見て、訪問しようと思いたちました。
B: なにか関係があるんですね。ちなみにどんな賞なんですか、ゴヤ賞とは別なんですね。
A: 今回が59回というからゴヤ賞よりずっと歴史は古い。演劇、映画、テレビ分野で前年活躍したひとに贈られる賞。今年の名誉賞が治安警備隊伍長グティエレス役を演じた《ササ》ことホセ・ササトルニルに贈られた。他に受賞者として、ハビエル・カマラ、マリベル・ベルドゥ、フアン・ディエゴ・ボト、アナベル・アロンソなどが壇上に呼ばれたんですが、いちばん場内を沸かせたのはササだった。

B: ああ、そういえば、EL PAIS comにもこの “Amanece, que no es poco” やベルランガの “El verdugo” が代表作品として紹介されていましたね。
A: それで急に去年の夏、クエルダ監督の生れ故郷、この映画の撮影現場でもあるアルバセーテで開催された「映画生誕20周年」を祝うお祭り騒ぎを思い出したんです。
B: この祝典については、管理人さんも触れていましたね。

A: いわゆる村おこしの意味も兼ねていたらしく、カスティージャ=ラ・マンチャ州の観光局が音頭取りをしていた。ジミー父子がサイドカーに乗って巡った村々を新観光ルートに指定して、旅行者の誘致に乗りだしたんです。勿論監督もやってきて、サイドカーに乗るサービスぶり。
B: わたしもその写真見ました。管理人さんの案内でクリックしていたら、小学生として出演していたモト子供たちがすっかり大人になって、バルで歌っているのなんかもありました。こういう田舎が舞台のアンサンブル・ドラマでは、エキストラは現地調達が一般的なんですね。

A: 他にも特別上映会、撮影に使用した小道具、撮影ノート、写真とかの展示会も催された。なかでも画期的なのは、“Los girasoles ciegos” 封切りに合わせて、コメディ三部作 “Total” と銘打った過去の3作品をセットにしたDVDが発売されたことです。“Total” “Amanece, que no es poco” “Asi en el Cielo como en la Tierra”の 3作です。
B: これって、三部作の一つなんですか?
A: わたしもこの記事を読むまで知りませんでした。彼はテレビドラマを除くと10作ぐらいしか撮っていない。日本でも公開された『にぎやかな森』(1987)が2作目、これが3作目になります。『にぎやかな森』の前にテレビドラマとして “Total”(1985)を撮った。これが好評だったらしく3年後の本作に繋がったようです。

B: やはりアルバセーテが舞台のコメディですか。
A: どうやらキリストの再来、神の国の到来と地上の王国の滅亡を叙述した「黙示録」後のロンドンが舞台らしい。ただしこのロンドンは石造りの3軒の家があるだけのソリアの村ということになっている。

B: ああ、ソリアね。ソリアについては、管理人さんがどこかでソリアの特徴を書いていた。それを読むとヒントになるかな。
A: キャストは、ルイス・シヘス、チュス・ランプレアヴェ、マヌエル・アレクサンドル、ミゲル・レジャンと芸達者が出演していて、本作とかなり重なっている。“Asi en el Cielo・・・” は、いずれ当ブログに登場すると思うので、そちらに譲るとして、3作ともシュールな不条理ユーモアのコメディ、群像劇、脚本を監督自身が書いてる、などの共通項が挙げられるかな。

B: そういえば、代表作といわれる『にぎやかな森』『蝶の舌』、今年のゴヤ賞ノミネート15部門の最新作 “Los girasoles ciegos” は、それぞれ同名の小説の映画化でしたね。残念ながら最新作は「ヒマワリ」が1本しか咲きませんでしたけど。
A: アカデミー賞でもスピルバーグの『カラーパープル』が11部門ノミネートされたが完全黙殺、20回ノミネートされてゼロという人も。話が横道にそれたのでそろそろ本題に。

Posted by: アリ・ババ39 | Monday, March 16, 2009 at 23:51

diamond メタファー探しはしなくていい?

A: いつも道草ばかりくってなかなか本論に入れないけど、頭の体操したから・・・
B: じゃあ、管理人さんが拘っているメタファー探しから。スペインのお友達は口を揃えて「そんなこと気にするな、おかしかったら笑えばいい」と言ってますが。

A: 確かにそうなんでしょうが、それじゃ身も蓋もないわけで、なにか探しましょう。ブラックユーモアの映画では、観客のメタファーは大体一致しますけど、こういう一見バカバカしく見える不条理なユーモアでは、男か女か、若者か年配者か、右か左か、職業は何か、つまりどんな人生を送っているかで違ってくると思う。
B: 皆さん、日本の流行語でいうと「アラフォー世代」のようですが。

A: すると封切りの1989年には二十歳前後だから1975年では中学生くらい。「フランコ小父さんてどんな人?」という世代に近いかな。クエルダ監督は1947年生れ、15歳までここアルバセーテで育ったという。グティエレス伍長のササ、ジミー役のルイス・シヘス、主任司祭のカッセン、黒人の子供の母親ランプレアヴェ・・・そのほか戦前生れが多い。
B: 時代は曖昧にされているが市民戦争後十年かそこら、撮影場所はシエラ・デル・セグラにある村とはっきりしているが、こちらも架空の山間の村ということですね。
A: それだけの情報があれば、スペインの観客には充分じゃないでしょうか。

B: この村は、ちぐはぐというか大体が「あべこべ世界」ですよ。土に老人が生えている、ふつうは動物じゃなく植物が生えるのに。それも何十年も刈り取らないから、もう収穫できない。
A: 学校で書取りテストを生徒に強制する。テストというのは生徒の習熟度を調べるためにするものだが、ここでは先生がどんなにインテリで、つまりいかに英語ができるかを見せびらかすためにする。子供はいい迷惑で、学校には疲れるために行く。

B: ロベルト先生が顔を真っ赤にして質問を書き取らせるシーンは、まさに《ウルトラ》シュールレアリスムの極致、山場の一つ。
A: 超大国アメリカへの屈折したオブセッションについては後でまとめて触れたいが、“Las ingles”を暗記して歌えるカルト的ファンは今でも多いんじゃないかな。プロの歌手の吹き替えのような印象受けます、発声法が。 

B: あべこべの極め付きは、この映画のタイトルにも関係する「日の出」のシーン。
A: 伍長さんが指さして「向こうの山陰から昇ってきます、それは美しいもんですよ、何時何分です」とか時計を見て時刻まで予告する。全員山に向かって座り、今か今かと固唾をのんで待っている。すると何故か反対側、背後から光が射して来て・・・

B: 象徴的なシーンです。

Posted by: アリ・ババ39 | Monday, March 16, 2009 at 23:55

アリ・ババ39さん、コメント、心底楽しみにしておりました。ありがとうございます。

(ちょっと今、じっくり読むことができないのでまた後ほどゆっくり時間をとって読みます)(そうそう、ソリアのことは、『にぎやかな森』のコメント欄で、ワケわからないなりにちょっと書きました)

Posted by: Reine | Tuesday, March 17, 2009 at 09:43

あ。あとこれだけ取り急ぎ:

1:19:50 http://www.youtube.com/watch?v=bmDGstlhOgE 鼠径部についての試験(その前の怒りのことばから)

1:20:58 http://www.youtube.com/watch?v=yb6PiUKRtBY 鼠径部についての試験
(※先生が読み上げる質問文の全文が書き出してある)

このシーン、「鼠蹊部 (ingle)」についての出題なので、そこの質問文の全文を読むと非常に笑えます。

鼠蹊部、その地理的重要性
鼠蹊部とは真実なのか
鼠蹊部の歴史
古代の鼠蹊部
アメリカ人の鼠蹊部
鼠蹊部にどのように触れるべきか
鼠蹊部のノイズとは
もっとも有名な鼠蹊部とは
文学と鼠蹊部
大量の鼠蹊部
幼児の鼠蹊部
鼠蹊部と頭部、およびもし在るのならば二者の関係
アンダルシアにおける鼠蹊部
国家一般論と鼠蹊部
ブラックの鼠蹊部
鼠蹊部は一つか、それともたくさんか
俳優の鼠蹊部
鼠蹊部と神
私を支配する鼠蹊部は未だ現れず
不揃いの鼠蹊部、その理由
ビッチな鼠蹊部
手描きの鼠蹊部
鼠蹊部とは肉体なのか
鼠蹊部に王手をかける
コンニチ鼠蹊部を解き明かせるか
鼠蹊部か

(※言葉で遊んでるかもしれないから誤訳があるかも)
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


そしてスペインの友人が言うことには、この「ingle(鼠蹊部)」は「inglés(英語)」を指していると解釈することもできる、のだそうで。

私: あ、そうなの?
彼: inglésのことであるかのようにingle、ingleと言っているでしょ。

私: 先生が読み上げたあれらの質問文の「ingle」の部分を「inglés」と読み変えてもだいたい意味は通っているという仕掛け?

彼: まあ、そういうこと。
というのはつまり、50年代などには、反体制の思想をもった教師は子供たちに教える時にこの手の‘捩り(もじり)’を用いることで監視の目をごまかしたりしていたからさ。このシーンなんかそうだけど、この作品はフランコ時代への痛烈な皮肉にもなっているというわけだ。


このingleのシーンはそういう時代のことをパロディー化している、のだそうです。

Posted by: Reine | Tuesday, March 17, 2009 at 09:46

diamond 超大国アメリカへの憧れと蔑み

B: 管理人さんが作日、仮のタイトルを追加したようですが。
A: 少し長いので、ここでは簡単に『夜明けは・・・』にしましょうか。さて、管理人さんが作成してくれたYouTube にそって辿っていけば、メタファーはともかく笑ってオシマイの映画 じゃないことが分かります。子供が学校から帰ってくると大喜びする母親たち、爺さんがカボチャに捧げるオード、分身術の酔っ払い、自殺願望の人、毒を含んだ選挙、居酒屋ではヘンデルのアリアが・・・などなどは後回しにして、大きなテーマの一つスペイン人のアメリカへの強迫観念に移りましょう。

B: アントニオ・レシーネス扮するテオドロは、オクラホマ大学で教鞭をとっていて、今回サバティカルという7年毎にもらえる休暇で里帰りしている。蝶ネクタイに口髭、サイドカーを降りるときはギターを携帯する。父親の名はなぜかジェイムズの愛称ジミー、戦闘機乗りのいでたちで、こちらはかわいい子ブタを抱えている。
A: まあ、これだけで充分笑えるのですが、オクラホマと聞いて当時の観客が何をイメージしたかです。合衆国の中央部に位置するカウボーイ文化の中心地、文学に興味のある人ならスタインベックの『怒りの葡萄』、ミュージカル映画ファンなら、ジンネマン監督の『オクラホマ!』(1955)、だいたいワシントンやニューヨークのようなセンスある大都会でないことは確か。

B: 父親は会う人ごとに「うちの息子は頭が良くて、オクラホマ大学のプロフェッサーで・・・サバティカルで・・・」と自慢話から入る。聞いてる村人たちは感心するわけでもない。アメリカ贔屓の父子が映画の進行役、狂言回しをしていますね。
A: それとガビノ・ディエゴが団長に扮するアメリカ人学生たちの一団、あちこちに首を突っ込んで道案内役をしている。アメリカ人なのにカタコトの英語を話す。スペイン人の心理のねじれ現象が面白い。観客は自分の姿を鏡で見てるような複雑な心境になり、こうなるともう笑い飛ばすしかないね。

B: カボチャ爺さんの甥、この村で唯一の黒人。「グッドモーニング」ぐらいは言えるが、正真正銘のスペイン人、流暢なスペイン語を操る。爺さんは40年も同じ屋根の下で暮らしているのに、出くわすたびに驚愕する。
A: 「心臓の歌」を子供に歌わせるアメリカかぶれのロベルト先生、こういうはた迷惑な先生、国籍時代を問わない。これを歌えるカルト・ファンも相当いますね。

B: 伍長さんがフォークナーの三大傑作の一つ『八月の光』を盗作したといって、アルゼンチンから移民してきた作家を非難する。「ウィリアム・フォークナー」とクリスチャン・ネームまで言う博識ぶりを発揮する。
A: フォークナーがノーベル賞を受賞したのは1950年、わたしが架空の時代設定ながら戦後10年ぐらいかと想定した根拠の一つです。管理人さんがダイアローグを丁寧に翻訳してくれている。移民の置かれている位置なんかが分かってしまう。

B: この小説を登場させたクエルダの意図は、フォークナーが「ヨクナパトーファ郡」という架空の地域を設定して物語を展開さていることにあるんでしたね。
A: それを自分の映画にも使ったよ、ということじゃないかしら。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』の架空の町マコンドも、フォークナーからのヒントです。主役は誰という映画ではないけれど、グティエレス伍長は重要人物。監督は治安警備隊に抱いている庶民の感情をうまく掬い取っていますね。

Posted by: アリ・ババ39 | Tuesday, March 17, 2009 at 12:54

diamond 先輩シネアスタたちへのオマージュ

: ソリアのことに触れてるのは『にぎやかな森』と、管理人さんがフォローしてくれました。
: 是非、遊びに行ってほしいし、機会があったら映画も見てほしい。

: 「鼠径部の授業」も字幕入りになった(笑)。ingle に ingles が掛けあわせてあると。
: この “Las ingles” の授業風景も見せ場の一つね。二人の治安警備隊員が監視役として教室に入り込んでいる。教師が体制批判の思想教育をしないか見張っているわけです。日本でも戦前戦中には、思想弾圧の手先としての憲兵がいて国民全体を監視していた。

: 最後に「これで終わりか」と言って、つかつかと教師に歩み寄り平手打ちをくわせる。
: 絶大な権力を持っていたんだね。

: 確か監督は1947年生れでしたね、ということは自身こういう教育の体験者だった。
: クエルダの長編第1作 “Pares y nones”(「丁半勝負」仮題)はフランコ没後の1982年、もう検閲制度は廃止されていた。しかし先輩監督たちの検閲との戦いを知りすぎるほど知っていたわけですから、そうじゃなかったら『蝶の舌』は撮らない。そういう先輩たちへのオマージュの意味も含まれていたと思います。

: オマージュといえば管理人さんも、村長さんが広場に村びとを集めバルコニーから演説するシーンは、ガルシア・ベルランガの『ようこそ、マーシャルさん』へのオマージュだと書いています。
: そうね、そしてベルランガは、フランコがバルコニーから大群衆に向かって右手を上げ、群衆に「ビバ! エスパーニャ!」と叫ばせているのをおちょくっていたんだ。

: 『夜明けは・・・』でも、「ビバ!」が何回も繰り返される。
: 「ビバ!」も、この映画のキーポイントです。さらにベルランガだけでなく、この映画にはチャップリンやバスター・キートンに代わる新時代のヴォードヴィル・グループ「マルクス兄弟」やケンブリッジ大卒とオックスフォード大卒のコメディユニット「モンティ・パイソン」へのオマージュが感じられる。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, March 18, 2009 at 12:26

diamond ナンセンス・ギャグにこめられているシリアスな社会批判

: ナンセンス・ギャグやアナーキーな笑い、それでいてシリアスな体制批判を込めた “Las ingles” の授業風景、先輩たちへのオマージュについて話してきました。そろそろ後回しにしてきた各シーンに戻りましょうか。例えば子供の帰宅を大喜びする母親たち。
: 戦争中は子供だけでなく家族が突然消えたり死んだりしたでしょ。戦死した息子をもつ母親たち、突然呼び出されたまま帰宅しない、夜中に裏山で「バンバン」という銃の音が聞こえてくる。そしたらもう永遠に会えない。だから帰宅すれば「ああ、わたしの可愛い○○ちゃん」「ちゃんと帰って来てくれたのネ」。そういう母親たちのトラウマだと思うけど。

: カボチャ爺さんのオード。
: 周りでこういう年配者、道や乗物の中で見かけない? 時流に乗り遅れて新しい変化についていけない、家族からも理解されず孤独になってると、心を開けるのは物言わないモノだけになる。なにしろカボチャは口応えしないから。先進国はどこでも少子化で老人国になってきた。ますますカボチャ爺さんは増加の一途を辿るのでは。

: 分身術を使う酔っ払い。
: 分身してしまう酔っ払いのカルメロを演じたミゲル・レジャン、ほんとに巧い役者。クエルダ作品には度々登場している。もう一人の自分探しをしているドッペルゲンガー、昨今では珍しくない。酔っていないのに人格が分裂していたり、変わり身のはやい風見鶏みたいなひと、戦後、教師や政治家に多くみられた。そういうメタファーを感じますけど。

: 居酒屋ではソプラノ歌手がヘンデルのアリアを歌っている。
: まさに豚に真珠、仕事前に一杯やらなくちゃ働かない飲んだくれは、スペインの風物詩。ラ・マンチャ生れのアルモドバルが嫌っていた父親像がこれ。お店もお客さんがよろめくまで飲ませるんだね。

: 自殺したいのになかなか死ねない。車に轢かれようと道路の真ん中にいるのに避けられてしまう。
: 物事って思う通りにいかない。首吊ろうとしたら縄が切れたり梁が折れたり、河に飛び込んだら助けられてしまったり、ナンセンス・ヴォードヴィルのお家芸にウインクしてる?

: 村長さんだけでなく娼婦やレズビアン、姦通者、おバカさんまで選挙で選ぶ。
: 選挙こそ民主主義の根幹でしょ。同じ人がボランティアとして繰り返し担当してもかまわない。治安警備隊の奥さんや修道女は姦通者の被選挙人から除かれ、ちゃんと免罪符が与えれている。

: 医者から父親の「死にっぷり」を誉められた息子。
: 苦しみの連続だった人生が平穏に閉じようとしてる。死ぬとき苦しむのは止むを得ない。でももうすぐ終わるんだから。
: 大笑いしながら心で泣いている。

: クエルダはバカバカしさの中にある論理の手本を、前に挙げたモンティ・パイソンなどから大いに学んだんだと思う。日本でも1970年代後半、吹替版が放映され、最近でも字幕入りでやった。解説でピーター・バラカン氏が「いま見ても少しも古くなってない」と褒めていたけど、『夜明けは・・・』も10年後、スペイン人は見てると思うよ。

Posted by: アリ・ババ39 | Thursday, March 19, 2009 at 10:59

diamond 論理のすり替え

: この映画には主役というものはおりません。しかし外部からこの神話的小宇宙に闖入してきた、レシーネスとルイス・シヘスのジミー父子は重要人物、二人の名演技なくして成功はなかったでしょうね。
: イナカ者があふれ返っている村に、突然エイリアンが飛び込んでくる。テオドロはアメリカの大学教授、当然英語もできる。複眼的な考察ができる側に属している。サバティカルで里帰りしたら、こともあろうに父親が母親を殺してしまっている。そして父子は、せっかく長期休暇が取れたんだから、と世の中を知るための旅に出るわけです。

: テオドロは慎重深く、父親が息子自慢をしても尻馬に乗らないし、自分の身を危うくするような会話には逃げを打つ典型的な都会人です。

: ジミー役のシヘスは、前にも触れたクエルダの不条理コメディ三部作すべてに出演している。またG・ベルランガの“Placido”(1961、仮題「プラシド」)や “La escopeta nacional”(1978、仮題「国民銃」)など彼とのコラボが多い。三部作の3作目 “Asi en el Cielo como ・・・” でゴヤ最優秀主演賞を受賞していて、テレビ界でも活躍、超有名な役者。
: 彼が登場しただけで画面が引き締まるというわけですね。

: なんとか寝場所にありつき、ダブルベッドに大の男が二人して寝るシーン、それだけでもおかしいけれど会話はもっとおかしい。

「おまえ、わしのこと大切に思っていないだろ?」
「なに言ってるの、あなたは僕の父さんだよ」
「おまえ、そんなこと前から知ってるよ」
「父さん、どうして母さん殺してしまったんだ?」
「性悪女だったんだよ」
「母さんに会いたいよ~」
「おまえ、母さんが居なくなったからといって、そんなに寂しがるんじゃないよ、サイドカー買ってやったじゃないか」

すこし脚色してあるけど、真面目な顔して、だいたいこんなことを喋っている。


: なんですか、サイドカーは母親の身代わりなんですね。会話はかみ合っているようでいて実はすれ違っている。
: 息子の喪失感を慰めるためと殊勝ですが、論理のすり替えがありますね。結婚して長い年月を経ると「一人だったら、もっと自由だったはず」という思いが、頭の隅を過るのは仕方ない。でも実行に移す夫婦は稀れよね。

: 念願の独身に戻れた、自慢の息子も帰国した、さあ、旅に出よう。
: 羨ましく思った観客多かったんじゃないかしら。ここらへんにも人気の秘密があるでしょう。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, March 20, 2009 at 14:23

diamond いずこも同じ権力志向

: グティエレス伍長役のホセ・ササトルニルも重要人物。フォークナーの小説を剽窃した廉で検挙した南米移民の作家に長広舌を揮う場面、ロベルト先生の「鼠径部の授業」に負けず劣らずです。
: シヘス同様ベルランガとのコラボが多い。先輩たちへのオマージュのところで触れた、マルクス兄弟のマシンガン・トークを思い出す熟年ファンも多いのではないか。チャップリンも羨ましがったといわれる。

: ジミーが妻殺しを告白するのに「マドリードでお咎めなしなら、わざわざこんな片田舎で・・・」と逮捕を尻込みする。
: 小説の盗作者を検挙するのに殺人犯はお咎めなし。地方の小役人根性、中央には楯突かない「長いものには巻かれよ」精神がここでも健在です。

: 地方の中央志向、価値観の転倒、事なかれ主義はいずこも同じ。


diamond 神話的な小宇宙

: 突飛な考えで爆笑させ、目に見えない社会批判でうっちゃりをくわす。
: ギャグに着いていけない、笑いが異質、あれは典型的なアルバセーテのユーモア、と拒否反応をしめす人も多いと思うが、それは深層に潜む危険なメッセージを嗅ぎとるからです。ストーリー性も無視してない。10作のなかで一番のデキという人もいるくらいです。

: 撮影場所となった三つの村、Ayna, Lietor, Molinicos は、ラ・マンチャのなかでも特異な地方ということなんですか。
: ブニュエル風で神話的な特徴があるということですかね。もし「映画生誕30周年」観光ツアーが開催されたら、一緒に参加しませんか。

Posted by: アリ・ババ39 | Friday, March 20, 2009 at 14:24

アリ・ババ39さん、解説ほんとうにありがとうございました。昨秋→年明け→今月と、鑑賞を試みては「これは手強い」と脇によけるというのを繰り返してきて今回ようやく書いてみたわけですが、正直、ここまで膨らませることができる(=膨らませていただける)とは思っていませんでした。

こんなに多くのポイントを解読していただけて、感激です。ありがとう!

ここ数日バタバタしすぎていたのと、ようやく手が空いた昨日は『El Lobo』に丸一日かかってしまったのとでレスが遅くなっちゃってすみません。

Posted by: Reine | Sunday, March 29, 2009 at 11:40

スペインの友人からメール。
「君がいまいち解釈しきれなかったと言っていた『Amanece~』だけど、この記事がなんかの参考になればと思ってさ:
↓↓↓」

(2009.05.09)
eyeLuces, cámara... ¡Albacete!
'Amanece, que no es poco' ha cumplido 20 años, y para celebrarlo, una ruta surrealista recorre los escenarios de la película en Ayna, Molinicos y Liétor

Un fotograma de 'Amanece que no es poco'
Un fotograma de 'Amanece que no es poco'
Un fotograma del largometraje, junto al lugar donde se rodó la escena en la localidad albaceteña de Ayna.

VAMOS A... UN ALBACETE DE CINE
Donde Nge Ndomo comía zanguango
Los pueblos de la sierra del Segura señalizan las localizaciones de la loca comedia de José Luis Cuerda

La calle de los Molinos, en Molinicos
La calle de los Molinos, en Molinicos. Los protagonistas, Jimmy y Teodoro, paran en este lugar a su llegada al pueblo.

(2009.02.09)
Ruta por tierras 'omnímodas'
La película de José Luis Cuerda 'Amanece que no es poco', que celebra el 20º aniversario de su estreno, inspira la última propuesta turística de la Junta de Castilla-La Mancha, en la albaceteña Sierra del Segura

などなどです。

Posted by: Reine | Wednesday, May 13, 2009 at 20:41

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» Ultra Miracle Love Story [Reino de Reine]
先日鑑賞し、アリ・ババ39さんに解説していただいた『Amanece, que no es poco』は、実に奇妙な世界を描いた不思議で可笑しい作品です。 その村ではへんてこりんの現象がたくさん起きているのだけど、たとえば畑や道端から人が生えています。真ん中の長髪でひげぼうぼうの‘ヒト’は、誰にも抜いてもらえないまんま育ち過ぎてしまい、こんなに年老いてもなお路傍に生えています。右の方の若いのはもうそろそろ誰かに抜いてもらえたらいいなあと思っているところです。 ある女性の畑にも‘オトコ’がひとり生え... [Read More]

Tracked on Thursday, April 09, 2009 at 08:17

» Calle Mayor / 大通り [スペイン映画] [Cabina]
[E:danger] この作品については割と細かく書いてしまうと思う[E:danger] おはなし どこにでもあるごくありふれた地方都市。カテドラル、川、広場の柱廊、そして町一番の賑わいを見せるメインストリート。 35歳になって未婚のイサベルはさしずめ“敗者”である。18年前に修道女学校を出た後ずるずると時が経ち、独り身のまま来てしまった。もう未婚の女友達もほとんど居ない。 フアンはマドリード出身の銀行員。この町に赴任した当初は戸惑ったが、今ではcasino(=会員制娯楽クラブ)での遊び仲間もで... [Read More]

Tracked on Friday, August 19, 2011 at 10:15

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