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Saturday, December 06, 2008

A mi madre le gustan las mujeres / マイ・マザー・ライクス・ウーマン [スペイン映画]

a mi madre le gustan las mujeresLa Butacaの『A mi madre~』ページより、あらすじ
エルビラは美人ではあるがなにかと自信を持てずにいる。姉ヒメナ・妹ソルと連れ立って母ソフィアの誕生日のお祝いに駆けつけた。母ソフィアは有名なピアニスタで、娘たちが幼少のころに離婚を済ましている。ソフィアはこのお誕生パーティーの場で娘たちにビッグ・ニュースを報告すると言いだした。

「ママね、いま幸せなの。恋のおかげかな」。

「彼氏ができたのね!」と大喜びで身を乗り出す三人娘にソフィアは相手はかなり若いのだと打ち明けた。そこへ玄関の呼び鈴が鳴る。お待ちかねの人物の登場である。「きっとオトコマエだね」などと、末っ子のソルは待ちきれない様子である。

ソフィアはその人を連れてリビングに現れた。エルビラたちと年恰好のかわらない………エキゾチックな女性であった。「エリスカと言って、チェコ出身でものすごく優秀なピアニスタなのよ」という母の説明を受け、戸惑いながらも三人娘は笑顔でエリスカとあいさつを交わす。

時代の先端を行っていて何事にも寛容で進歩的なクオリティーオブライフを享受していると自負してきた三人は平静を保とうとするが、やがて現実的な問題も生じてきて思っていたとおりには振る舞えなくなる。特に神経質なエルビラにはこの出来事は大きな衝撃となった。自分自身の性自認にも転機が訪れたのかと思うほどである。間の悪いことに、これまで悲惨な恋愛体験ばかりだったエルビラが、ここへきて生涯最高の男となるかもしれない男性と知り合ってしまったのだ。

そしてこの三人娘は、当初の善意はとっくに忘れてしまったのか、母親とこのチェコ人女性とを引き裂くために奔走しはじめた。そして思いもよらぬ事態が……。end


2003年1月、スペインに戻ったときにバルセロナの友人宅でDVDをレンタルしてきて観た。凡庸なコメディだなとそのとき思ったが、今回あらためてDVDで観てみて、もっとそう思った。2回転半くらいDVDを回したが、観れば観るほど三姉妹が、そして母親も、そして特にレオノール・ワトリング演ずる二女エルビラの人格が嫌になっていく。

なんだろ、この不快感。


A mi madre le gustan las mujeres@IMDb
直訳: 私のお母さんは女が好き
第12回 東京国際レズビアン・ゲイ映画祭では『 My Mother Likes Women / マイ・マザー・ライクス・ウーマン』として上映。

監督・脚本: Daniela Féjerman ダニエラ・フェヘルマン  Inés París イネス・パリス

出演:
Leonor Watling レオノール・ワトリング ... Elvira エルビラ: 二女
Rosa Maria Sardà ロサ・マリア・サルダ ... Sofía ソフィア: 母
María Pujalte マリア・プジャルテ ... Gimena ヒメナ: 長女
Silvia Abascal シルビア・アバスカル ... Sol ソル: 三女
Xabier Elorriaga ... Carlos カルロス: 別れた父親

Eliska Sirová ... Eliska エリスカ: チェコ人ピアニスタ

Álex Angulo アレックス・アングーロ ... Bernardo ベルナルド: エルビラの勤める小さい出版社の社長
Chisco Amado チスコ・アマード ... Miguel ミゲル: 新進気鋭の作家で今度その出版社から新著を出そうという
Sergio Otegui セルヒオ・オテギ ... Javier ハビエル: 植木屋さん

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Comments

語句メモ

・Seguro que está como un quesito.
→・estar como un queso: ser físicamente atractivo

・sentar la cabeza (una persona que era turbulenta y desordenada): 1. fr. coloq. Hacerse juiciosa y moderar su conducta

・hacerse lesbiana

・igual: 12. adv. duda coloq. quizá.
例) Igual mañana nieva.
※これ、レオノール・ワトリングが多用する

・angula: ウナギの稚魚,シラスウナギ

・sacarle a alguien los colores [sacarle los colores a la cara / al rostro] 1. frs. Sonrojarle, avergonzarle.

・redondo, da: 6. adj. Perfecto, completo, bien logrado

・pasarse de rosca: 2. fr. Dicho de una persona: Excederse en lo que dice, hace o pretende, yendo más allá de lo debido.

・a los cuatro vientos: 1. loc. adv. En todas direcciones, por todas partes.

・mosquita muerta: 1. f. coloq. mosca muerta.
→・mosca muerta: 1. f. coloq. Persona, al parecer, de ánimo o genio apagado, pero que no pierde la ocasión de su provecho.

・ligar: 16. intr. coloq. Entablar relaciones amorosas o sexuales pasajeras
※本作では「lígartela」という形でよく使っている

・Me estás metiendo mano.
→・meter mano a: 5. fr. coloq. Tocar o manosear a alguien con intención erótica.

・tortillera: 3. f. despect. vulg. lesbiana

・chichi: 1. m. vulg. vulva

・confraternizar: 1. intr. Tratarse con amistad y camaradería.

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 17:06

その他メモ
1) 三人娘の名は作家である別れた夫が『El Cidエル・シッド)』に出てくる女性の名前からつけたというのは、mio Cidについてのこういうページにもあるけど、

Doña Ximena: 妻
Doña Sol y doña Elvira: 二人の娘   こういうことらしい。いや、私知らないんだよね、そういうの。


2) 外国人のエリスカはスペイン語がちょっとまだあやしいところがあって、serとestarの区別がよくできない。「おいしいだ。 Es bien.」とか「Ya soy borracha. 酔っぱらってるだ。」とかいう感じ。


3) 三女がボーカルをつとめるバンドでライブをやるのですが、そこで「初めてやる曲でーす」といって歌い始めるのが『A mi madre le gustan las mujeres』。そのシーンの、まぁ、寒いこと、寒いこと。「う゛っわ゛っ」ですわ。なんなんだ、あの曲のまずさは。

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 19:58

4) 今月の給料は半分しか出せないかもしれないと編集長。エルビラはそれを聞いて激怒する。編集長はなだめるように言う、「Entiendo que cabrees. 君が怒るのもわかるよ」。

こういう時どうしてcabrearが接続法なのですか?というのは時々掲示板なんかでも質問が出たりするんじゃないかな。

⇒ 『Curso de Perfeccionamiento』に載っています:

■第9章
El Subjuntivo (2)  Lengua, entendimiento, percepción

・Verbos de lenguaのなかま:
asegurar, anunciar, afirmar, comentar, confesar, decir, dejar claro, demostrar, enseñar, defender, explicar, exponer, garantizar, indicar, informar, insistir, insinuar, jurar, mencionar, murmurar, repetir, replicar, responder, señalar, sostener ....

・Verbos de entendimientoのなかま:
comprender, considerar, creer, saber, pensar, opinar, entender, juzgar, sospechar, suponer, comprobar ...

・Verbos de percepciónのなかま:
ver, oír, oler, notar, percibir, sentir, observar, contemplar, descubrir ...


《接続法を使うとき》
a) 否定文において
例) No creo que haya cambiado mucho.
例) No he visto que los geranios tengan flores.
例) No me dio la impresión de que notara nada.

b) 動詞の意味がそもそも違う場合(前章を参照のこと)
例) Hemos pensado que se lo expliques tú.
例) Siento que no nos hayamos conocido hace diez años.
例) Te recuerdo que recojas tu habitación antes de salir.

c) entender, comprender, explicar, admitir, aceptar…といった動詞群は、言外に「正当性,道理」や「譲歩(aunque)の概念」が在る場合に接続法をとる。また動詞parecerについては、直説法と接続法のいずれをとるかは話者がどれくらい明白性・確信を有するか次第で変わる。(parecer+形容詞やparecer+名詞は、ser+形容詞やser+名詞とおなじように機能するということを思い出すこと)

例) Ahora me explico que sea la primera de la clase. (= es lógico que ...)
例) Entendemos muy bien que te hayas comportado así. (= es comprensible que ...)
例) Comprendo que te duela, pero no hay que exagerar. (= aunque te duela ...)
例) Parece que estuvieras molesto conmigo.
例) Parece que va a salir el sol. end

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 20:32

4') このc)にあるのが、この映画の中で出てきた「Entiendo que cabrees.」のパターンです。そこに正当性があるから接続法なのです。「あなたがcabrearするのはごもっともである,むりもない」。と。

「entender + 直説法」ならば、「~だと思います」くらいの意味。それで、entiendo que の文をザッと眺めると、なんだか接続法が多く見えるね。

「俺が移籍するんじゃないかとみんなが疑うのはわかるよ(無理もないね)」
「メッシをもっと見せろ(゚Д゚)ゴルァ!!と皆が望むのももっともだ」
「世間があたしのことバカだと思ってるのも当然よね(マライア・キャリー)」

あれらの検索結果の中から直説法の出てくるフレーズを見つけて訳しわけてみるといいんじゃないかな。

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 20:33

「前章を参照のこと」(動詞の意味が違う場合ウンヌン)について。

■第8章
El Subjuntivo (2)  Lengua, entendimiento, percepción

◆Decir
直説法: informarの意味のとき 
接続法: aconsejarの意味のとき
(decirのなかま: avisar, insinuar, advertir, repetir, recordar)

例) Te he dicho que hoy es lunes / que compres pan / que veas esa película.
例) Repito que no estoy enfadada / que sigas leyendo.

◆Sentir
直説法: notarの意味のとき
接続法: lamentarの意味のとき

例) Sentía que sus palabras me animaban / que tuviéramos que marcharnos.

◆Convencer
直説法: demostrarの意味のとき
接続法: influir (para que)の意味のとき

例) Les convencí de que no tenían razón / de que hicieran ese viaje.

◆Insistir
直説法: decir repetidas vecesの意味のとき
接続法: influir (para que)の意味のとき

例) Insisto en que no tengo hambre / no me prepares nada especial.

◆Pensar
直説法: reflexionarの意味のとき
接続法: influir (para que)の意味のとき

例) He pensado que comeremos fuera / que no hagas tú sola.

なかま: confiar, temer, esperar, recordar ... 大事なのはどういう場合に動詞の意味がかわって接続法をとるのか、文脈から察することを身につけるということ。

◇ついでに
la cosa es que / la cuestión es que / la cuestión está en que / el caso es que:
直説法: constataciónの意味のとき
接続法: lo importante es queの意味のとき

例) La cuestión es que ya estás aquí / es que no me dejes sola.
例) El caso es que hemos ganado / es que no se nos suba a la cabeza. end

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 20:34

あ。ちょっと今はこれだけ。言い忘れてたこと一つ

Chuecatown』のところで書いたけど、スペインで同性婚が合法になったのは2005年7月3日だから、本作の時点ではまだもう少し先のこと。

Posted by: Reine | Sunday, December 07, 2008 at 15:32

エルビラは何かにつけ自信が持てなくて、いつも物事を複雑に考えすぎちゃって、しかも悪い方へと想像しすぎちゃって、自らそのネガティブな方向へと突き進んでしまうというか、物事がうまく回っているとそういう時こそ殊更に悪くなるようになるようにと振る舞ってぶち壊してしまいがち、とくに男性との付き合い方においてはその傾向が強くあらわれてしまうため、男とは長く続かない。

という設定。

だからコンプレックスの塊だとかで、「胸を小さくするような整形手術をすれば自分に自信が持てるのかも」と思い悩んだりする。他人から「cobarde(弱虫)」と言われるとメラメラメラッとスイッチが入ったりする。

という設定。

なのだけれども。このエルビラという子のキャラ造りは失敗してるね。説得力がない。全然ダメ。そういうウジウジイジイジオドオドした人間をレオノール・ワトリングみたいなカワイコちゃんが演じることに無理があったと思う。

だってこのエルビラって子は、結局は‘来ちゃったオンナ’なのよ? なんだよ、それ。白けるにも限度ってものがあるのよ。

ミゲルと初めてのデート(のような顔合わせの場)にて、挙動不審だったと思いきやいきなり「あたし……今……すごくいいファックがしたいの!」とずばり言い、くんずほぐれつしながらベッドに直行。しかし前戯中に奇天烈な要望を口走ってしまったことでミゲルを怒らせ萎えさせ、初ファックに失敗。

「大好きなはずの男の人を私のエキセントリシティのせいでまたいつものように失ってしまったわ……」なんつって(´・ω・`)ショボーンとしてみる。ドヨーンと落ち込んでみせる。私って本当にサイテーな女なの、なんつって。

だけど翌日(だかなんだか)には、ミゲルの家の玄関で観葉植物の鉢植えを抱えて待ってやがるわけ、この女。

こーゆー‘来ちゃったオンナ’のどこが「あたしは自分に自信が持てなくてー」なんだよ、あぁんっ?

はいはい、可愛いですねー。


ふざけんな。
あんた、自信あんじゃん。
なんだ、このぬるさ。

そんでもって、まー、男のワイシャツのだぼだぼのを着ちゃってさ、袖なんか長いもんだから指先がちょこんと出ちゃってますぅ的な着方でさ、さんまが喜びそうな簡単な絵図でさ、だらだらだらだら甘えやがって。「だってーー、どうしてあなたがそんなにアタシのことが好きなのかわかんないんだもーーーん」だってよ。


この脚本家と監督は女なんだよね?
女なのになんでこんなに女のことがわかってないの? エルビラ(=レオノール・ワトリング)を女からは絶対に受け入れられない女として見せることには成功してると思うけどさ。(逆に言えば、女監督・女脚本家だったからこそここまで女をイヤな生き物として描けた、ということなのかもしれないけどな。)

こんなに自分のオンナ性に自信満々な女を描いておいて、「この子は自分に自信が持てない子という設定なんですー」って言われたってね、鬱陶しくて観てらんないんだよ、こっちは。

(ごめん、ちょっと今晩ご近所にメキシコの子が遊びに来ててさんざんテキーラ飲んで帰って来たところなので気が立ってんだよ、あたしたぶん)

Posted by: Reine | Saturday, December 13, 2008 at 23:49

慎重に物事を進めていこうと理知的に振る舞う長女と、ナイーブすぎて内向きな気性で長子以上に保守的だったりする二女と、何事にも縛られず気分に任せて行動してしまう三女という三姉妹の構図は、実は私のスペインでの‘ファミリー’のところの三姉妹とほぼ同じ性格付けだったので、そこのところは面白く眺めていた。


だけども、たとえばエリスカ(と母ソフィア)をひどく傷つけるような問題行動をとったあと、「あのmosquita muerta(=猫かぶり)が気分悪くしたっていうなら、どーぞどーぞって感じだよ!」などと三女が吐き捨てるシーンなど、流れが悪いと思うんだよね、この作品。

そこまでのシーンで三女がエリスカにそこまでの悪い印象あるいは敵意のようなものを抱いていたという描写が、はて、あっただろうか?と、首をかしげた。

エリスカと母ソフィアが喧嘩をしたようだと長女が言う。すると三女がニヤリと笑う。しめしめとばかり。そこも、三女があんなに厭らしい表情で笑うまでの描写が足りてるとは思わなかった。そりゃ、こっちで脳内で補完はしたけれども。

そういうところがチグハグな映画だと思う。

チグハグというのはたとえば上述のエルビラのキャラ設定だってそう。何度も言うけど、決定的にダメな別れ方をした翌日(だかなんだか)に玄関前で「待ってたの、うん、4~5時間待ってたんだ、この鉢植えを大事にしてね」なんて大胆な行動がとれるのは、自分の可愛らしさに自信のあるオンナなんですよ。

自信が無きゃそんなことできないの。それなのに、この子はネガティブシンキングな子、自信がない子という設定なのですという説明セリフだけは盛り込むもんだからパズルがはまらないんだよ、この作品。

ひどくチグハグ。だから面白くない。

Posted by: Reine | Sunday, December 14, 2008 at 00:12

エルビラはものごとがうまくいっていると感じると壊さずにはいられない。ミゲルは初めのうちは「君のそういうゲームにつきあいきれない」と背を向けます。

こういう‘ゲーム’のことは「交流分析」関連の本を読めばわかるのかな。

そのうちエルビラは「だからアタシがおかしなことをやり始めたら注意を喚起して」とミゲルに頼むようになります。

Posted by: Reine | Sunday, December 14, 2008 at 00:18

他にもずいぶん私はソフィア+三人姉妹という家族に対して苛立ちを覚えていたようで、さんざんメモしてあった。

・(エルビラが自分の保身のためだけについた嘘のせいで別の人がひどく傷ついたというシーンで⇒)
この作品でエルビラ(=レオノール)可愛いとか思えたりするわけ? サイテーな女なんだけど。バカすぎる。

・(ソフィアが娘のついた嘘を全く疑わず、本当に信じなければならないはずの恋人を疑ってかかるシーンで⇒)
この母親だってアホすぎるだろ。我が子可愛さがゆえつったって。

・母宛てに届いた手紙を、「お母さんがさらに悲しむようなことが書いてあるかもしれないわね」と言って娘三人で勝手に先に開封して読んじゃうんだぜ、だって。人間として最低でしょ、この連中。

・不愉快な女家族

・そして安直な偽装結婚の提案と更に安直な承諾

・見るごとにこの三姉妹+母親が嫌いになる映画。

・こんな人たちとお近づきにはなりたくない。

・言葉はそんなに面白いというほど面白くもない(けど、ヒアリングには適してる)。

Posted by: Reine | Sunday, December 14, 2008 at 00:26

A 第1回ラテンビート(2004)が初登場かと思っていたら、前年の東京国際レズビアン・ゲイ映画祭で上映されていたんですね。私はそもそもこういう映画祭があることを近年まで知らなかった。
B 20世紀ではこういう括りでの映画祭も意味があったけど、いまでは洋ダンスを出ていくことにあまり抵抗がなくなっているんじゃないか。主役ではないがレズ・ゲイの登場する映画も増えたしね。

A 日本はまだ過渡期ね、特にレズは。ジョナサン・デミの『フィラデルフィア』1993とか、アン・リーの『ブロークバック・マウンテン』2005は、抵抗なく受け入れられたと思うけど。それにこの映画は同性愛が問題の映画じゃなくて、母親の若い恋人が女性だったせいで、三人娘がカオス状態におちいる。「私たち、どうしたらいいの」と、それぞれが否応なく自分を見詰めなおす話だと思う。
B 特に主人公の次女エルビラが自己発見するまでのドタバタ劇だね。

A ラテンビートという名称が定着するのは第3回からで、それまでは「ヒスパニック・ビート・フィルム・フェスティバル」と長たらしい看板で始末が悪かった。
B エルビラを演じたワトリングが来日するはずだったが、結局アナウンスに終わったんでしたね

A 他にも『イン・ザ・シティ』2003『タブロイド』2004、このときは原題 “Cronicas” のカナ表記「クロニカス」のタイトルだったが上映され、いわば映画祭のメダマ女優でした。

B すでに『マルティナは海』2001『トーク・トゥ・ハー』2002『死ぬまでにしたい10のこと』2003も公開されていて、固定ファンを獲得していたのではないですか。
A 当時は人気急上昇中、どうせ発熱とか伯父さんの告別式とかで来ないと思っていました。それに同じ年の3月に、彼女の所属するバンド“マルランゴ”のデビュー・アルバムのプロモーションのために来日したばかりだった。
B ファンだった吉本ばななと対談したり、HMV渋谷でミニライブをしたんでした。

A ええ、小泉ジュンちゃんとも。個人的にはビガス・ルナの 『マルティナは海』で見せた演技に注目していたので、半々で来日を期待していたんですけど。ビガス・ルナは好き嫌いがはっきり分かれる監督ですが、新人発掘には抜群の嗅覚があります。チョイ役だけだった彼女を変身させ今日の成功に導きだしたのは、彼だと思います。有名にしたのは勿論アルモドバルですけど。
B アメリカでは、彼の作品はアダルトビデオの棚に置いてあるとか。
A ご存じのような映画ですからね。アルモドバルもオスカーを貰う前は同じ扱いでした。表層的にはポルノすれすれの部分がありますから。二人ともアプローチの仕方こそ異なりますが、人間に潜むエロスとか狂気を描いている点では同じ、愛と性を描くのは難しい。

B 製作年は両方とも2001年ですが、どちらが先ですか。
A 『マルティナは海』が先のはずです。ここでの演技で跳躍したんだと思います。
B 『マイ・マザー・・・』では、まるきり違うコミカルな個性をみせていますね。子供の時からの爪かみの癖がなおらず、いつも不安定で自信がなく目をきょときょと、おまけに男を選ぶか女を選ぶか迷いだし、幸福になるチャンスを逃してばかりいる不器用な娘をしたたかに演じていた。
A そう、きょときょと目ね、目で演技できる女優はそう多くない。どこの国でも大人になりたくない、自分を好きになれないというか肯定できない若い女性が増えてるんじゃないかしら。ええ、男性も。

B 離婚した父親は作家という設定、人嫌いで本の虫、まあインテリなわけです。それで娘たちに中世スペインの代表作『わがシッドの歌』から名前をつけるわけだが、これなどハリウッドのコメディー風。
A 紀元前7世紀レスボス島出身の女性詩人サッフォーまで登場させて、教養満腹のウディ・アレン風ね。女性の同性愛を意味する「レズビアニズム」「サッフィズム」の由来はここからきてるそうです。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, December 17, 2008 at 22:21

B 退屈で好感のもてない映画、ハリウッド風の代り映えのしない映画という批評もありますが。
A ええ、うまくコメディーになりきれていないため、ホームドラマ化して家族全員が浮いてしまっている。ドラマとして見ると、こんなオメデタイ家族はいないわけでして。でもコメディーというのは話を針小棒大にすることで成り立っている。
B チャップリン、キートン、モンティ・パイソン、ウディ・アレン・・・キリないね。

A 話を『わがシッドの歌』に戻すと、この作品は武勲詩なんだが中世の「理想の家族像」を描いてもいる。そのことから新世紀になって家族はどんな装いをしているだろうかという別のテーマが見えてくる。2001年はミレニアムの最初の年、多分二人の監督はそれを意識していたんじゃないか。
B 20世紀とは違う家族模様を描いてみようと。

A 両親が結婚したのは、長女ヒメナの年齢からフランコ時代ということが分かる。当然レズ・ゲイは秘密事項、他人はおろか自分も洋ダンスに隠れんぼしていなければね。離婚は《性格不一致》なんて理由でできたけど、そこまでね。
B もう新しい世紀になったんだから、さらに残された人生を考えるならば、これ以上自分を誤魔化して生きていたくない。
A そう考える人たちが増加して当然ですよ。やりたいことを全部するには人生は短すぎますが、50代というのは、幸福を無用の長物にしたくないと思えるギリギリの年代。

B 父親は物わかりが好すぎて、娘や元妻のコンサートにも付き合っている。
A シッドも戦場でこそ勇敢な武将でしたが決してマッチョではない、教養豊かな家族を大切にする父親だった。

B そういえば、ここに出てくる男たち、父親を筆頭に、エルビラの新恋人、職場の上司、長女の亭主、三女の新恋人、花や・・と暴力オトコは一人も出てこない。
A そうなの、善人ばっかりね。これじゃコメディーとして面白くなりようがない。シット、ウラギリ、やはり悪役がいないとツマンナイ。母親役のロサ・マリア・サルダは、頭の回転が速く達者な演技者なのに、うまく使いこなしていない。タイトルに合わせて母親をもっと泳がせ、娘たちをきりきり舞いさせたら違ったコメディーになっていたかも。

B エリスカの学費や生活費に貯金をつぎ込んで、母親が文無しになっているのを三人娘が知る。俄然、二人を引き離そうと行動を起こす。
A 日本でもお金が絡むと、やもめ暮らしの親の再婚に断固反対する子供が多いけど、どこも同じだね。
B 母親のためと思っているが、娘たちのエゴなんですね。エリスカを追って何もわざわざチェコまで行かなくてもと思いますが。

A まあ予算があったんでしょうし、結婚のグローバル化もテーマにしたかったんじゃないの。
B 三女ソルとエリスカの弟は、結婚という形になるかどうかは未知数ですが・・・
A 結婚の形が変わる予感です。チェコのEU加盟は2004年5月だから、スペイン人には異国情緒もあったのでは。美しいプラハの町を一望したときの三人娘の顔にも、それが窺えたでしょ。加盟後は欧米諸国からの旅行者とスリが押し寄せ、中欧一番のキケン都市になりましたが。

B 二人の監督にとって、長編第1作ということですが。
A 合作で同じくコメディー短編2作(1997、1999)を監督しているようです。長女ヒメナ役のマリア・プジャルテが両方に出演している。『イン・ザ・シティ』で婚期を逸したブスを演じて、わたしは演技を褒めたけど、このブログでは評判悪かった。

B 二股かけて、結局両方を失ってしまう損な役どころでした。
A この後も二人で長編撮っているようなので、機会があれば見てみたい。監督としては若いからちゃんとした評価はこれからでしょう。価値の判断は人それぞれ、好き嫌いも十人十色が当たり前、みんなが気に入ったら、それこそアブナイ。「赤信号、みんなで渡れば・・・」やはり轢かれますよ。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, December 17, 2008 at 22:29

アリ・ババ39さん
またこちらでも面白いお話をありがとうございました。いつものことですが、アリ・ババ39さんの解説をお聞きすると、たとえば嫌いだった作品もよかったように思えてくるから不思議。

でもあたし、この監督たちがミレニアムやグローバル化を意識して作ったとは……どうなの? そこはまだまだ薄~く怪しんでるんだけど(笑

それはアリ・ババ39さんだから思い至るのであって、アリ・ババ39さんのコメントだと思うから私にも俄然説得力をもって語りかけてくるのだけど……この監督たちがそんな壮大なスケールで像を描いてこの作品を撮ったのかどうかっていうのは、ちょっと……「( ゚∋゚) ほんとにぃ?」って思ったりしてしまいます。

「アリババ39さんがこういう風に解説してくれました」って本人たちに伝えたら彼女たちがうろたえ気味に感謝してくれたりするんじゃないか、などとまで。(って、彼女たちの他のことはぜんぜん知らないのでずいぶんと失敬な話ですが) 


あ。
「本屋のブス」(『イン・ザ・シティ』参照)。彼女は私の中では今後もどの作品で見かけても「あ゛。本屋のブス」と認識されるんだろうな。

でも、そうそう、『イン・ザ・シティ』の後にわいわいと歓談していた中では、マリア・プジャルテ(の演技)が評判悪かったのではなくて‘THE 本屋のブス’が評判悪かったのです。

あそこまで‘本屋のブス’を‘本屋のブス’たらしめたのだから、マリア・プジャルテの演技はとてもよかったのだと思います。

Posted by: Reine | Friday, December 19, 2008 at 21:43

 Reineさん、いつも楽しく拝見させてもらっています。日本語の字幕頼りで鑑賞している身としては、スペイン語の台詞や語彙の解説は本当に勉強になってありがたいです。最近では特にアリ・ババ39さんの投稿を心待ちにしております。

 この映画ですが、ぼくはレズビアン&ゲイ映画祭で見ました。会場はスパイラルで、多くの立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。エンドロールでは拍手が沸くほど、観客ウケが良かったように記憶しています。あの映画祭はオーディエンスのリアクションが特に大きいせいか、とても楽しい映画だった印象が残ってるんだけど...。このブログでは憎まれてますね、っていうかReineさんのリアクション面白すぎ(笑)。

コメディーほど観客の反応で印象が変わるものはないでしょうね。ぼくは古い人間なのであまりDVDでは見ないタチなんですが、たまに家で一人、コメディーを見るとなぜか笑えず、寒々しくなったりすることがあります。

 レオノールが恋愛に不器用な役柄でも特にぼくが違和感なかったのは、ハリウッド製のロマ・コメが流行ってた時代だからかも。キャメロン・ディアスがイケてない役でも「んなワケねーだろ」といちいち突っ込まないのと同じで。

この映画、いわばレオノール版「アリーmy LOVE」なんですね。恋に仕事に一途な夢見る夢子ちゃん。そういえば、アリーも劇中で女性にムラっときたこともあったっけ(お相手はルーシー・リューだった)。

それで、姉妹の設定はまるで「やっぱり猫が好き」の恩田三姉妹。世間体を気にする長女に、感性豊かな次女、甘えん坊な三女、というキャラは洋の東西問わず共通するもんですね。レオノールも室井滋並だったら憎まれずにすんだろうに(?)。でも、長女役の本屋のブス(by Reineさん)は、この映画のおかげでスペインのもたいまさことしてぼくの頭の中でインプットされています。

 グローバル化とのことですが、それよりも本質的にセクシャル・マイノリティーと移民や外国人労働者は同じ少数派ということで親和性が高いテーマなのだと思います。このころのスペインのゲイ映画、例えば「I Love You Baby」ではドミニカ移民、「Los novios bulgaros」ではタイトルどおりブルガリア移民をサブテーマにしていました。今度ガス・ヴァン・サントが映画化するという、ハーヴェイ・ミルクもゲイの権利にとどまらず、人種・民族・宗教を越えた「マイノリティーの共闘」を訴えてムーブメントを起こしたのでした。

 ぼくが解せなかったのは、エリスカの家族がレズビアンの娘、しかも相手は外国人でかなり年上の女性と結婚することを受け入れられるのかということ。チェコの事情は知りませんが、どう考えてもスペインよりは保守的な気がしますが、ほとんどスルーされてましたよね、記憶が間違ってなければ。まあ、コメディーだし相手の国の事情まで考慮する余裕もないのだろうけど、玉の輿にしてやったんだから男も女も関係ないでしょ、という発想があったとしたら先進国の傲慢ですよね。

 アリ・ババ39さんがおっしゃるように、この映画には悪役が必要でしたね。会社の同僚にやな女がいるとか、ポーシャ・デ・ロッシ(リアル・レズ)みたいに(それじゃ「アリー....」のまんまじゃん)。

 ぼくのようなおじさん的には、レオノールの役どころがファザコンぽいところがポイント高かったです。離婚した父親に相談しに行くシーンなどでは「うい子じゃのぉ〜」と思って見てました。ということで、まんまとレオノールの罠にはまってしまいましたとさ。

Posted by: 構成員F | Sunday, December 21, 2008 at 16:04

「マイノリティーの共闘」なんだけど、21世紀もあと10年ぐらい経つと、レズ・ゲイはマイノリティーではなくなるよ。宗教はゼッタイならないけど。

キャメロン・ディアスが出た「ベガスの恋に勝つルール」もバカバカしいが、笑えたのでした。あれにもゲイが出てたと思うけど、もう慣れっこになっていて意識しなくなっている。

昨今ではマザコンよりファザコンが激増してる。男性の女性化も進むと思う。

Posted by: アリ・ババ39 | Sunday, December 21, 2008 at 16:58

構成員Fさん、アリ・ババ39さん、コメント楽しく拝読しました。

私の文では単に「このオンナ嫌い」「この映画嫌い」で済まされていたものを、こんなにきちんとした解釈と考察とが加わった形にしていただけて、感謝しています。こうやって観るとにわかに深い作品に見えてきてしまって(←「しまって」って)、不思議な気持ちです。

ありがとうございます。これからも是非いろいろとコメントをください。何よりも誰よりも、私がとても楽しむので。お願いいたします。お待ちしています。


いやぁ、構成員Fさんのコメントはにやにやしながら読んでしまい、ところどころ「ふっ」と声が出てしまいましたよ。

>もたいまさこ
ココ、ほんっとに笑った。


私、時々知人友人に「貴女、めったに映画を褒めないよね」と言われたりするのですが、NO!、なにをなにを。私としてはこれまでの約140作品、ほとんど褒めてきたつもりなのね。たいていの作品について好意的に書いていると思います。tagclickで「好きじゃない」とタグ付けしたのは20作品かそこらしかないし、それらだってどこかしら褒めようとしてきたつもりです。

そんな中でときどき今回の『マイ・マザー・ライクス・ウーマン』のようにキレ気味に書き殴ることがありますが、そういう時はなぜか、自分で書いた文を頭の中で読み返す声が(誰かのモノマネの)極楽・加藤になっています。

Posted by: Reine | Monday, December 22, 2008 at 20:34

それにしたって今回はエルビラに対してキレ過ぎだ。12/13の23:49に言っただけじゃまだ言い足りなかったとみえ、日付変わって12/14の00:12にも、別のコメントを書く途中でぶり返したように怒り始めている。

少し落ち着くべきだと思う>私

これは、あれよ、私が自身を「本屋のブス」と認識しているからだと思うよ。この映画の中でのマリア・プジャルテではなくて、『イン・ザ・シティ En la ciudad』で彼女が演じた「本屋のブス」ね、あいつはほとんど私だと思う。あるいは『Todo me pasa a mi』の困った女。あいつ、私。


だから、エルビラ(ワトリング)みたいなカワイコちゃんが「えー、自信なくてー」とか抜かしてるのを見てカチンと来たのだろう。

「あんたたち(=監督)、‘自信の無い女’というイキモノの生態がまったくわかってねーな!」と。

Posted by: Reine | Monday, December 22, 2008 at 20:42

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