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Sunday, November 09, 2008

El Laberinto del Fauno / Pan's Labyrinth / パンズ・ラビリンス [メキシコ映画][スペイン映画]

laberinto laberinto laberinto

私はこのブログで映画作品についてだらだらと長ったらしい文を書いていますが、ストーリーのポイントにはほとんど触れないように腐心してきたつもりです。私はここで書くにあたって「如何に書かないか」を練るのに最も時間を割いている。

昨日(土曜)の朝、どうやら情報番組で『永遠のこどもたち』が紹介されたらしく、その時間帯のアクセス数が突出していた。検索ワードに「永遠のこどもたち ネタバレ」「スペイン 映画 永遠 結末」などと探して来ているのも少なからずあった。

「なめんな」と思った。これから日本で公開される作品について早々にネタバレするような人間がいると思ってこのブログにアクセスされるのは心外だ。


laberintoしかし『パンズ・ラビリンス』についてはもうかなり多くの人が観た後だろうと思うので、今回は私は、ネタバレしないようにという配慮をたぶんいつもよりは少なめに書きます。そのつもりで進んでください。(まぁ、ネタバレと言っても私のネタバレなんて可愛いもんだから)

パンズ・ラビリンス@gooからあらすじ
1944年、内戦終決後のスペイン。父を亡くした少女オフェリアは、身重の母と共にゲリラが潜む山奥で暮らし始める。そこは母が再婚したフランス軍のビダル大尉の駐屯地だった。体調の思わしくない母を労りながらも、冷酷な義父にどうしても馴染めないでいた彼女の前に妖精が現れ、森の中の迷宮へと導く。そこではパン(牧神)が王女の帰還を待っていた。オフェリアは魔法の王国に戻るために3つの試練を与えられるのだった。end


映画を観てここに書き終えるまでは情報を完全に排除したいと願っている私ですが、『パンズ・ラビリンス』に関してはRSSで拾えてしまうブログ概要などでもいやでも目に入ってしまっていたので、「口を縫う」シーンがあるっていうことだけは知っていました。だからずっと避けていた。「口縫うって何!」と、身震いしていた。

「ぜーーーったい観ない」とほぼ決めていた。(貸してくれたAbetchyも「あーた、これ、無理かもよ」と言ってくれてたことだし…)

しかし先日、IMDbで「言語にスペイン語が含まれている作品」をざっと5600作品くらい拾い集めて、さらにそこから1600作品くらいにまで削って私なりのリストを作って眺めてみたところ、得票数は『パンズ~』がダントツの1位だった。そのリストにおいては二位の作品の優にダブルスコア以上の票を集めていた。

やっぱりこれはいつまでも逃げ回ってなどいられない作品なのですねとそこで観念した。


途中何度か画面を手で覆い隠したけれども、最後まで辿り着きました。終盤はえっくえっく泣いた。登場人物が声を上げて泣き出すシーンで、私も同じタイミング・同じ調子で泣いていた。映画館でこれを鑑賞するのは私にはとても無理だったろう。

泣いて泣いて、観てからすぐに風呂に入ったがそこでもしゃくり上げて。ひっくひっくしすぎて物理的に胸が痛んだよ。悲しい悲しい現代史だった。


「いっそ殺してくれ」と乞う人がいた。「いっしょに連れて逃げてくれ」とすがる人もいた。「死んだ方がまし」というのが軽口でもぼやきでもなくて現実であり日常だった時代が、ついこないだまでスペインにあったのだね。

El laberinto del fauno/ Pan's Labyrinth ペーパーバック
Pan's Labyrinth [Soundtrack] [Import] [from UK]
Pan's Labyrinth [Soundtrack]

監督・脚本: Guillermo del Toro ギジェルモ・デル・トロ

出演:
Ivana Baquero イバナ・バケーロ ... Ofelia オフェリア
Ariadna Gil アリアドナ・ヒル ... Carmen Vidal カルメン: オフェリアの母

Sergi López セルジ・ロペス ... Captain Vidal ビダル大尉
Manolo Solo マノーロ・ソロ ... Garcés ガルセス: 部下
César Vea セサル・ベア ... Serrano セラーノ: 部下

Álex Angulo アレックス・アングーロ ... Doctor フェレイロ医師
Maribel Verdú マリベル・ベルドゥ ... Mercedes メルセデス
Roger Casamajor ... Pedro ペドロ: メルセデスの弟
Ivan Massagué ... El Tarta タルタ: 吃音の人
Gonzalo Uriarte ... Francés フランセス: 脚を悪くしている人

Doug Jones ... Fauno / Pale Man パン

(コメント欄につづく)

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Comments

今週末でこれを入れて3作品UPしたかったのだけど、身体が悪くて寝込んでいたのでどうもこれ一本だけになってしまいそうだ。それならと、ダラダラと進もうと思う。

・「口を縫う」というinfoだけは事前にわかってしまっていたのだけど。「口を縫う」っつったって、あたしは、なんかこの作品中のファンタジーなクリーチャーがおしゃべりすぎるかして「お口にチャックだよ」とか言って縫われて「いてててて、やめてくださいよー、だんなさまー(って誰?)、ひどいっすー」とか、そういう展開だとばかり思ってた。

さて。
私は空いた時間にはジャケ写を集めて回っていますからね。いくら鑑賞前の情報を遮断すると言ってもそういうグーグル作業中にはいろいろと目に入って来てしまうもので。そういう断片からストーリーが予想も誤解もできてしまうのが困りものなのだけど……。

・アイツ。本文中に小さい写真を載せたアイツ。アイツなんかは、主人公のこの少女が泣いたりしていると出てきて、おどけて笑わせて慰めてくれるイキモノなのだと予想していた。あのポーズなんかは「いないいないばー」だと思ってた。映画館なんかではきっとクスッと笑い声でも漏れるシーンなのだろうと思いこんでいた。

つまり私は、この少女が接するクリーチャーたちは、おおむねAHO AHO MAN的な、トカゲのおっさん的な、ミラクルエース的な、そういう存在として出現するのだと思っていた。


それなのにそれなのに、どいつもこいつも気味悪い感じで出てきやがって。

途中メモをとっていた:
「よくこういう気味悪い造形を思いつくわ。ほんとに。絵心がある人ってすごいわね。あーよくこーゆーきもちわるいことおもいつくわ。いや、褒め言葉だけども」

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 11:54

大学の時にたしか『世界現代史 (23) スペインポルトガル現代史』っていう本を買ったんじゃなかったか?と、こないだふと思い出し本棚から探してきた。

1979年6月30日 1版1刷
1987年8月20日 1版3刷

開いてみたら「まえがき」にこうある(改行は私が勝手に):
二〇世紀のイベリア半島における最大の歴史的事件は、一九三〇年代後半のスペイン内戦であった。それは、単にスペインを二分したにとどまらず、ひろく世界をゆるがした激動であった。……略……スペイン内戦は現代世界における革命と戦争の一つの範型(パラダイム)を提供しており、この内戦をどのように捉えるかは、キューバ革命からいわゆるユーロコミュニズムにいたる最近の動向の理解の仕方に密接に関連している。

海外学界においてスペイン内戦に関する著作がおびただしく出版されていることは、内戦そのものが劇的な性格を持ったこととともに、内戦が積極的にも消極的にも、現在に対して依然として教訓的であると意識されているからであろう。

スペイン内戦は政治的党派とイデオロギーの鋭い対立に基づいて発生したものであり、内戦の歴史もまた強い政治色を帯びている。そして、内戦がスペイン人の激情の衝突として展開したために、今日でもスペイン人による内戦論もまた情動的な性格や偏見を免れていない。

……略……フランコ体制の下で学問の自由が圧殺されたために、この分野の実証的研究はタブーとされてきた。

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 12:23

第5章「内戦の展開」-第2節「共和国の敗北」-「マドリードの降伏」の項より
(改行とアラビア数字は私)(横書きで漢数字は読みづらいから):

このようにして、32ヵ月にわたった内戦はフランコの勝利のうちに終結した。この内戦でいったいどれほどの人命が犠牲となったのであろうか。

戦闘による死者は10万人から15万人と言われるが、さらに直接の戦闘によってではなく、報復テロによって処刑されたものが多かった。

共和国側による内戦初期のテロ行為によって約2万人が殺され、一方、フランコ側は内戦の勃発から1944年まで30万人から40万人を処刑したと推定されている。フランコ側によって牢獄や強制収容所に入れられた者の数は200万人と言われている。


同章同節-「スペイン内戦の特質」の項より:
この2年半にわたる内戦によって、どれだけの人命が失われたのであろうか。これには厳密な数字は得られていないが、全体として60万前後の死者を出したと推定されている。それらの中で比較的に説得性のある数字(G=ジャクソンによる)によっても、この内戦の残酷な特色が明らかである。

この数字によれば、
戦闘による死者10万
共和国側によるテロの犠牲2万
フランコ側によるテロの犠牲20万
空襲による死者1万
内戦中の栄養不足による死者5万

さらに、フランコ側の捕虜となり、処刑や疾病によって死んだ者20万という。

これは概算ではあるが、戦闘行為による死者よりも、テロ処刑の犠牲者がはるかに多かったことは、この内戦の宗教戦争にも似た熱狂的な残虐という特色を語っているのである。

敗勢が明らかとなった時期に共和国側が最も恐れていたのは、戦後のフランコ側による報復行為であった。戦争を継続しても犠牲者が多くなる。しかし、敗北を受け入れればフランコ側の報復によってさらに多くの犠牲が出るであろうという予想がネグリンの講和工作をためらいがちのものとしていたのである。

ネグリンの「報復なき講和」の呼びかけに対してフランコは1939年2月9日の「政治的責任に関する政令」で応じた。これは1934年10月1日以降、「国民運動」に反対する破壊的活動を行った者の責任を追及するというものである。

すなわち十月闘争以来の左翼諸派の行動をすべて処断するというのである

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 12:54

また、三省堂の『スペインハンドブック』にはこうある:
内戦による人命の犠牲に関しては正確な数字が得られていないが,信憑性のある最近の研究によれば以下の通りである.

(注: ちょっと順番を入れ替えた)

戦闘による死者          285,000
共和国側のテロ犠牲者       20,000
フランコ側のテロ犠牲者     200,000
空襲による死者            10,000
内戦中の栄養不足による死者  50,000

内戦後(39~43)の処刑者と
獄中死亡者             200,000

総計                 765,000


一方,1945年までに,亡命者のうち10万人しか祖国に戻らなかった.従ってスペインは,内戦の直接的結果だけで約100万人の人口を失ったと推定される.

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 13:04

『スペインポルトガル現代史』 
第6章「フランコ体制の展開」-第1節「フランコ体制の構造」-「内戦後の光景」の項
内戦が終わりに近づいたころ、ネグリン首相が努力したことは、復讐のない講和を実現することであった。共和国側の兵士や市民が戦後報復を受けることがないように……略……しかし、実際にフランコ側が行ったことは苛酷な報復であった。

……略……そのような復讐を恐れてスペインを去った者は約25万人ぐらいと推測されている。スペインに残った共和派は逮捕され、投獄された。牢獄や強制収容所に入れられた者は、1942年までに約27万人と推測されている。

この種の数字については正確さを求めることが難しい。そのうち、多い数字で約20万人、少ない数字で10万人が、死刑になったと見積もられているが、これらの数字もそのまま信ずるわけにはいかない。


第2節「フランコ体制の変容」-「フランコ外交の転換」より
内戦の終了後、国外に亡命した共和派はアメリカやイギリスがフランコ政権を打倒することに期待して、国際世論を動かしたり、連合国の政府に働きかけたりしたが、結局そのような期待は実現されなかった。亡命者の運動といっても、共和主義左派・社会党・共産党などそれぞれ別々に進められており、統一した政策を打ち出すことが困難であった。

また、南フランスのトゥールーズに亡命してフランス人の対独レジスタンスに加わったスペインの共産主義者やアナキストは、1944年、ドイツ軍が南フランスから撤退するとピレネー山脈を越えてスペイン国内でフランコ政権打倒のためのゲリラ活動を行なったが、スペインの民衆には期待したような反応を見出すことができなかった。


※『パンズ・ラビリンス』の舞台は1944年

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 13:25

『スペインハンドブック』から:
1940年代のスペイン経済は破滅的状態にあった.国際的に孤立したために産業の復興は遅々としていた.……略……特に食糧不足は深刻であり配給制度がとられた(1952年まで).政府は経済的自立政策を採用し,1941年には全国産業公社(INI)を設立したが,町には闇市が繁栄し,物価の騰貴が続いた.

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 13:42

語句メモ
・¿A que es guapa? (うちのママ美人でしょう?)
→・¿A que ...?: 《相手に向かって》きっと…でしょう

・gentuza: 1. f. despect. gentualla.
→・gentualla: 1. f. despect. La gente más despreciable de la plebe

・cartillas (de racionamiento のこと)

・habladuría: 2. f. Rumor que corre entre muchos sin fundamento. U. m. en pl.

・「次の試練はtened cuidado, lo que ahí dormita, no es humano.」
→・dormitar: 1. intr. Estar o quedarse medio dormido.

・Jefe de botiquín
→・botiquín:
1. m. Mueble, caja o maleta para guardar medicinas o transportarlas a donde convenga.
2. m. Conjunto de estas medicinas.

・「El candado no estaba forzado. 鍵は壊されてはいなかった」
→・candado: 1. m. Cerradura suelta contenida en una caja de metal, que por medio de armellas asegura puertas, ventanas, tapas de cofres, maletas, etc.

→・forzar: 1. tr. Hacer fuerza o violencia física para conseguir algo que habitualmente no debe ser conseguido por la fuerza.
例) Forzar una puerta.

・chistar: 2. intr. contestar (= replicar). U. m. con neg.

・ファウヌスがオフェリアに対して2人称複数で話しているけど、そういう言葉遣いについてはこないだ『アラトリステ』のときに書いておいた

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 13:47

(1) 大嫌いなはずのジャンルをよく頑張って観たと思う。でも、途中やっぱり、画面の大部分を手で隠したシーンもあったし、音声も聞きたくないから字幕だけが見えるようにして早送りしたシーンもあった。以下、直視できなかったシーン:

・だいたい17分くらい
・36

・55 「あっはーーーーーや゛ーーーめ゛ーーでー」と独り言で叫んでた

・74~75はもう早送りで字幕だけ見てた
・78~も字幕だけ
・90くらいからも

つうか、74分くらいから先はだいぶそんな感じ。


(2) セルジ・ロペス、この人(大尉どの)、世界中から「このひとやだー」と思われたと思うのだけど、それって役者冥利に尽きるかもしれないけどちょっと可哀想ねとも思った。それくらい、私なんかは「あーもーこいつ早くぶっ殺されて!」と願っていました。

セルジ・ロペスは『Solo mia』という映画ではパス・ベガ相手にDV夫を演じているそうだけど、そこでもおっそろしい演技をしていそうだ。(Contra la violencia de género@Youtube

この辺のインタビューを見て笑ってる姿とか見てようやく憎たらしくなくなりました
..::: EL QUE QUEDA DEL DIA :::.. Sergi López@Youtube
Sergi López 1@Youtube

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 14:04

おそらく無辜の人だったと思うのだけど、あっさりと死刑というか私刑に処せられていたね。猟をしていたという親子。

「あのさ、よく調べもしないで民を‘処刑’しちゃうのって、実際にそうだったってあなたたちは感じるものなわけ?」とスペイン人の友人(29歳)にメッセンジャーで聞いてみた。

私: 部下が大尉を、主人公の少女の父親でありアリアドナ・ヒルの夫である男を、呼びに行くじゃん? 山で銃声が聞こえましたって。二人の地元民を捕まえましたって。

友: ahá
私: 大尉が出てきてさ、ほとんど何にも持ち物を調べることもせずに、いきなりもう殺しちゃうじゃん。このシークエンスがね、あなたたちの目にはリアルだなって映るのかどうかってことを聞きたいわけ。つまり、フランコ体制下ではこれが本当に起きたことなのかってこと。

友: 絶対リアルで事実よ
私: ahá

友: フランコ政権では、特に戦後、40年代には共和派や「アカ」だろうと思われる人々に対する情け容赦ない殺人が大量にあったんだから。

私: あぁ、ストーリーは1944年だね。

友: それってまだ体制が強化に励んでいる途中だった時代だから、苛酷で弾圧的だったわけ。

私: もうさ、一応内戦は終わってたけどそれでもあんなに苛烈だったのよね? 「アカ」の粛清が。

友: 終わったからって何よって話。スペインは引き裂かれちゃってたわけ。兄弟であれ親子であれ何であれ。敗れた者だって祖国を捨て去るってわけにもいかなかったのよ。そうそう、「アカ」を抹殺しなきゃならなかったわけ。武力で成立した体制はどれもそうだけど、敵が劣勢にあるってことを常に確認し続けなきゃいけない。できるだけ遠ざけておかないと。そのためにさらに武力を行使しないと。

私: 体制を強固にしなきゃいけないから粛清を続けなきゃね。
友: そうそう。

私: これがねえ…この映画観たくなかった理由の一つなんだよねえ。戦争モノ好きじゃないのよ。

友: まあ、でも、それが歴史だからね。忘れちゃいけないし。だからサパテロの政権は『La Ley de Memoria Histórica』っていう法案を出したんだから。

※Ley de Memoria Históricaについては
Ley 52/2007, de 26 de diciembre, por la que se reconocen y amplían derechos y se establecen medidas en favor de quienes padecieron persecución o violencia durante la guerra civil y la dictadura.
内戦・独裁の犠牲者補償法、ようやく前進  などなど

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 15:00

あといくつかわたくし用メモ

(1) オフェリアが隠してあった本を取り出すと白紙だったページに字が現れる。その時に一時停止して画面から読めるのは「… Los animales, los hombres y las criaturas mágicas. dormían juntos bajo la sombra de un enorme arbol que crece en la colina cerca del molino. Pero ahora el arbol se muere. Sus ramas están secas, su tronco viejo y torcido debajo de sus raíces ha anidado un enorme sapo albino que no le …」だけど、後の方でオフェリアが読みあげる文面とはちょっとだけ違っているな。

・enormeとあったところをfrondosoと読んでいる。
・カエルはalbinoと書いてあったけど、オフェリアはそうは読まなかったし、実際に出てきたカエルもアルビノではなかった。


(2) 「Pronto entenderás que la vida no es como en tus cuentos de hadas. El mundo es un lugar cruel. Y eso vas a aprender, aunque te duela. La magia no existe, ni para ti, ni para mí, ni para nadie.」


(3) 「Obedecer por obedecer así, sin pensarlo, eso sólo lo hace gente como usted, Capitán.」

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 16:16

ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、私の周りでも意見は別れているのですが、マザコンの私としては、野営地に到着したオフェリアをメルセデス(マリベル・ベルドゥ)という小間使いが迎え入れてくれた時に「ああ、この子には母が二人できたというわけか」とメモしていたもので、二人の母の慈愛を得たオフェリアの話とみれば、これはやはり幸せな結末だったのだと思う。

Posted by: Reine | Sunday, November 09, 2008 at 18:39

あぁ、この作品、ロケ地はBelchiteなんだね。

ベルチテは『歌姫カルメーラ』でちょっと説明したけど、内戦中にベルチーテの戦いっていう戦闘があった場所で、共和派の反撃がもううまくいかなくなっていったところね。

(※『歌姫カルメーラ』のお話が進行している‘現場’もまたベルチテなのだと思う。けど、そこは完全に裏をとったわけでもない。たぶんそうなんだけど、よくわかんない)

Posted by: Reine | Monday, November 10, 2008 at 00:10

私もこの映画、見ました。
普通にファンタジーだと思って見たからショックでしたよー。私も戦争映画は苦手なので…(´・ω・`)
あれが現実にも起こっていたことだと思うと…
ちなみに私はバッドエンドととってしまいました。
なので余計にやるせないです。

Posted by: マリ | Monday, November 10, 2008 at 02:20

わー、UP嬉しいです(´∀`)体調は大丈夫ですか?

本当にキビシイ場面が多々ありますよね。私も何度も「ぬぉあぁーー;;」となりました。R指定でも良かったんじゃ?とすら。
「いないいないばー」は、もう…。あれですね、何ていうか「うっわぁぁ、ファンタジーのくせに何て気色悪いキャラたちだ、ちっとも可愛くない」と思いながら観てました。
ハッピーかバッドかって聞かれたら、私も「すごく悲しい終わり方」だとは思わなかったです。「すごくハッピー」でもないけど。でも「母が二人」って考えはなかったので、なるほどぉ~と思いました。

La Ley de Memoria Historica のことは知りませんでした。公布されたの去年なんですね。内戦ものって観るんですが、その実、中身(というか歴史)をまともに理解してないので、ちゃんと勉強したいなぁと思います。

Posted by: いちこ | Monday, November 10, 2008 at 16:18

■マリさん
「ファンタジー」というジャンルにはもともといろんな意味で警戒する私でしたが(※その辺の事情については『El Bosque Animado』のところに)、『パンズ~』は観始めてまもなく「これ、ファンタジーっつうか、戦争映画なんじゃん……」と悟り、「聞いてないっすよ」という心境でした。

バッドエンドと解釈しようかなと思う自分もいます。「彼女は幻想の中でしか救われなかった」とか、「すべては、現実が残酷すぎて彼女が永遠の眠りの中で見た夢なんじゃないか」とか、たしかコメンタリーの中でデル・トロ監督がしゃべっていたと思いますが「これはマッチ売りの少女である」とか、そういう作品であるとも思いました。

ただ、その解釈を採用しちゃうと、私の中でもうつらすぎちゃうんだと思います。バッドエンドだと思ってしまうと私の気分がドヨーンとしすぎちゃうので、できるだけハッピーエンドだと思おう思おうとしてるのでしょう。


■いちこさん
そう。「ぬぉあぁーー;;」となりました。
顔文字を探してみようと思います。
観てる間、だいたいこんな顔してました。
(; ・`д・´)
(@益@ .:;)
(|| ゚Д゚)
((((;゚Д゚))))
(´;゚;ё;゚;)

私も「La Ley de Memoria Historica」はこのたびのチャットで教わりました。私日頃からそういう友達(ネット上only含む)とこまめに挨拶なんかを交わしてmantenerしているのですが、こういうのを聞いて答えてもらいやすいとかそういう魂胆によるのかも……。

P.S.
KLE4cさんのブログには載っていました。
内戦・独裁の犠牲者補償法、ようやく前進

Posted by: Reine | Tuesday, November 11, 2008 at 21:03

まず最初に「ハッピーエンド派」という旗幟を鮮明にしておきます(笑)。この映画はスペイン内戦後を舞台背景にした大人のための妖精物語です。妖精物語というのは二元論の世界で、善人に対しては善で報い、悪人に対しては悪をもって報いるというのが前提にあります。善なるオフェリアは両親の待つ地下の魔法の王国へ帰還、悪の権化たるビダル大尉には死の鉄槌が下されます。なんと歴史的事実とは反対に、フランコ軍は壊滅、マキ団が勝利してしまう。これをハッピーエンドと言わずして何がハッピーエンド?

ちょっと大雑把すぎますか。大泣きした人、オフェリアが死んで落ち込んでしまったという人には、受け入れがたいでしょう。そうなんです、この作品の問題点は、これが単なる妖精物語ではなく、つまり「むかしむかし、偽りも苦しみもない地下の世界に、お姫様が暮らしておりました・・・」と始まりながら、物語が辛い歴史的現実に錨を下ろしてバランスを崩してしまっているからです。

この映画には何通りものアプローチの仕方があります。パンのフィギュアがあったら欲しいというアニマトロニクス・オタク、血が流れるのを見るとゾクゾクする人、オフェリアを連れて銀座を歩きたいと夢見るロリコン小父さん、胸のふくらみはじめた女の子に妖精を信じさせるなんてと首を傾げるマジメちゃん、ビダルの人格がステレオタイプすぎると不満の人、『ふしぎの国のアリス』や『オズの魔法使い』に夢中になっていたころを思い出した人、エリセの『ミツバチのささやき』を連想して反戦映画と勘違いした人など、いろいろです。

この作品が他より抜きん出ているのは、とにかく人手もお金も時間もかかったけれど、古今東西、老若男女に関わりなく「楽しめる」映画に仕上がっているということです。


コメント欄に「ロケ地はBelchite」とありましたが、残念ながらロケ地はマドリードとセゴビアのようです。物語の中心となる駐屯地の水車小屋、森の巨木、列車爆破などはセゴビアで撮影、地底内部のカエルやペイルマンが住んでいたセット、魔法の王国のセットはマドリードです。これだけでおよそ2か月かかったそうです。

この映画は2006年カンヌ映画祭のコンペ部門正式出品作品で、上映後の20分に及ぶスタンディングオベーションから快進撃が始まったわけです。エル・パイス電子版にも記事が載り、デジタル効果は使わず、アニマトロニクスの技術を使用したこと、実物大の爆破された列車の写真も配信されました。

同年10月のシッチェス映画祭でやっとスペインにお目見え、すぐ一般公開になりました。翌年のゴヤ賞にノミネートされてからは続々と情報が入ってきて、見ないうちから満腹状態に。日本公開より先にDVDで見た感じから、これはオタク連盟が一丸となって作ったセットで、ハンパじゃないし、おそらくロケ地も北スペインではないと思いました。

実は、以前に北スペインをバスで走ったことがあるんですが、ロケ地の森はピレネー山麓の森とは違う印象をうけました。もちろん物語の舞台は、ピレネー山麓のアラゴン州の或る村です。スペインの方によると、登場人物たちの全部ではないが、アクセントがアラゴン訛りだったということです。みんな特訓したのでしょうね。

DVDを貸すときに「ロケ地がどこかは重要じゃないけど、クレジットを見て分かったら教えて」と頼んでおいた。結局分からずじまいだったのだが、撮影の便利さを考慮すれば、バルセロナとかマドリードとかに近い山中だね、セゴビアとか。アラゴン州の森にはモミやブナが混在していないということだった。

それきりでオシマイのはずが、長年アラゴン州で仕事をしていたというエドゥアルド・ラレキ氏の記事を偶然読むことができた。やはりアラゴンの森には、ブナ、モミ、野生のマツ、クロマツは混在してないこと、セゴビアとかエル・エスピナル、またはソリア、ブルゴスの間などを候補地に挙げていた。私たちと同じようにクレジットを確認したが、なかったとも。

ところが、まだ続きがある。このブログに紹介されていたスペイン公式サイトを見ていて、もしかしたらロケ地のデータがあるかもしれない。あったんです、それが上記の「マドリード、セゴビア」だったというわけで、あっ気ない幕切れ、灯台もと暗しの巻。

次回からはデル・トロ監督にアリ・ババが独占インタビューをいたします。

ちょっとクイズ、この映画には『デビルズ・バックボーン』にも出演していた大物スター、フェデリコ・ルッピが出ています。どこに出てたでしょうか。ヒントは「5秒間」です。

Posted by: アリ・ババ39 | Tuesday, November 18, 2008 at 13:16

アリ・ババ39さん、コメント、楽しみにしていました。早く早くーと思っていて、そろそろ催促のメールでも出してしまおうかと思っていたところですbleah

(※アリ・ババ39さんのコメント中のURL、いつものように探してつけておきましたが、「エドゥアルド・ラレキ氏の記事」はあれで合ってますか)


ちょっと今はこれだけになっちゃうのですが、ロケ地がベルチテかどうかは私もあんまり確かではないです。ソースとしては、

■ベルチテはIMDbのFilming Locationsに4地点あげられているうちの一つではあります。(セゴビアとマドリードも記載あります)

■wikipediaですが、Belchiteのページでは‘この地で撮られた映画作品’として本作の名が出てるには出ています。


それらは誰が書いたかわからないので何とも言えないのですが、DVDの監督コメンタリーを聴いたら、冒頭でBelchiteに言及がありました。

■まず、エミリオ・ルイス(Emilio Ruiz del Río)が作成したというミニチュアセットが映ります(コメンタリー字幕: 映っている魔法の世界はエミリオ・ルイスが作ったミニチュア世界だ。)

そしてカメラは動いていって別の廃墟を映します。「empezamos a contraponer y a yuxtaponer esta realidad, con la realidad de las ruinas, de Belchite en este caso, ah... ruinas de la guerra civil, aunque Belchite fue un punto de resistencia fascista, no republicano, pero la idea de mostrar un pueblo, una ciudad española destruída por la guerra ....」(コメンタリー字幕: そして対比するために映し出されるのがベルチーテという現実にある場所の映像だ。内戦で廃墟と化したがファシスト勢力の拠点だった。内戦で荒廃したこのスペインの町をナレーションが続くあいだ意図的に見せている)

だから、たぶん、最初にカルメンとオフェリア母娘を乗せた車が廃墟の脇を通ってやってくる映像、あのあたりだけはベルチテで撮った絵ということかなと思います。


アリ・ババ39さんのコメントの続きをものすごく楽しみにしていますから、できるだけ早くね! (やっぱり1週間に1回くらいお会いしないと退屈だよ)

私は、ところで、この映画を観てからよそのブログなどを回ってみて、あの娘をロリコン的視点で見つめていた人々も少なからずいて、本作がそういう需要にも応えていたことを知らされ、大げさな話、愕然としました。そんな方向からこの映画を楽しむような心のゆとりがあるなんて、と。私はいろんな意味で「わ゛ーーーー」と思うので手一杯でした。

Posted by: Reine | Tuesday, November 18, 2008 at 14:18

あ。そうだ。アリ・ババ39さんのコメントを読んで思い出したことが。

訛りといえば、たしかコメンタリーで監督もなんか言ってました。どこのシーンだったかを探りながら巻き戻したり早送りしたりすると途中で見たくない映像を見てしまうのがイヤなので、字幕だけが見えるように新聞紙で画面を隠してガンガン早送りで探しました。bearing

■まず、そうそう、Fauno。
「su fraseología habla un español más arcaico. パンの口調は古風なスペイン語とした」「Un español con fórmulas de "vos", y de alteza, y de ... habla diferente a todos los demás personajes. ‘vos’の形でしゃべっていて王女に対する言葉遣い。他の登場人物とはちがった口調」

■マリベル・ベルドゥに若干あったmaño(アラゴン地方の)アクセントを直した

■セルジ・ロペスのカタランも出ないようにした。セルジはボイストレーニングを受けた。私は彼のシーンを撮り終わるごとに音声のミゲル・ポロ(Miguel Ángel Polo)に「フエットが入ってなかっただろうな」と確認していた。※fuetとはカタルーニャ地方の腸詰

とかなんとか。私、コメンタリーは滅多に聞かないんだけど、こうして聞くとやっぱり面白いのですね。

Posted by: Reine | Tuesday, November 18, 2008 at 15:08

いやはや、ビックリいたしました。ベルチテは内戦の戦場としては有名ですが、小高い丘はあるにしても平地なので、わたしの発想にはありませんでした。戦場跡や遺跡、古い教会もありますから、訪れればイマジネーションがかき立てられる町ではあります。それにしてもセゴビアとアラゴンは離れすぎてますね。多分市民戦争の犠牲者たちへのオマージュとして、ロケ地に選んだのでしょうか。公式サイトだけでは不十分ということで勉強になりました。

ラレキ氏の記事はご指摘の通りです。明日DVDエキストラ版を見ることにいたします。
アラゴン訛りについては、わたしには区別できません。最近では特訓するらしく、『海を飛ぶ夢』でも、バルデムふくめて全員ガリシア語の発音を学んだということでした。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, November 19, 2008 at 00:21

映画の導入部を見直してみました。車で山中に入っていく場面の背景にベルチテのサン・マルティン教会が映っています。現在では廃墟となっているところですね。しかし、実際の教会は小高い丘にあって、映画のようにバックに森は見えません。多分合成したのではありませんか? 
ベルチテは市民戦争の戦場として有名ですから、スタッフたちが訪れたことは確実です。セットの随所に生かされていることでも分かります。

IglesiaとConventoの大きな違いは、前者が街中あるいは近郊、後者が市街ではなく森の中にあるということで、映画のように教会が森近くにあるのは、すこし変かな? もっとも教会と修道院が壁で繋がっているところもありますが。

サラゴサにはAVEで簡単に行くことができるようになったので、ベルチテまで足を延ばすのも・・・なんかオタクっぽくなってしまいました。

ミニチュアセットといっても結構大きいんですよね。お金かかっています。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, November 19, 2008 at 10:51

ベルチテのサンマルティン教会とはこういう感じですね。私はこの教会が小高い丘の上にあるとかそういう事実は知らずに昨日その冒頭シーンを監督コメンタリーをつけて観なおしたのですが、そうなの、何も知らないなりに、「これは……建物の絵と荒野・森なんかはリアルな映像なんだろうか?」ってチラッと思いました。

なんか、なんて言うんだろうな、なんか「書き割り」っぽく感じたというか。

Posted by: Reine | Wednesday, November 19, 2008 at 23:01

面白いサイトみつけましたね。1列目左から3番目が映画で使われたものです。
興味のある写真をクリックし始めたら止まりません。そうです、ベルチテはファランヘ党員が活躍した土地なんでした。今でも青年組織があるようでフランコ派は健在なんでしょうね。フランコ再評価、ネオナチ、ネオ・ムッソリーニ・ブームと不気味です。

教会の内部もセット製作の参考にしたことが歴然です。
ウィキペディア丸のみは危険ですが、いろんな人の意見を知ることができます。

見入っていると、デル・トロ監督が帰国してしまいますね。

Posted by: アリ・ババ39 | Thursday, November 20, 2008 at 11:06

それらの写真、見ているとたしかにとまりませんね。

ちょっと言葉を変えて「ruinas Belchite」で検索かけましたら、やっぱり大半があの教会の写真ですね。

どんなに綺麗な写真でもこういうのは哀しいものだなあ。

Posted by: Reine | Friday, November 21, 2008 at 22:12

『パンズ・ラビリンス』日本公開を機に来日したデル・トロ監督に直撃インタビュー

Q アカデミー賞でようやく締めくくられましたが、列挙するのが大変なほど受賞いたしましたね。今年2007年は思い出に残る年となりそうです。アカデミー賞授賞式を前にして「わたしの映画は、いくつかの分野にまたがっているので評価が分かれる。たとえば『ヘルボーイ』のような作品、これは興行成績は良かったが、批評家からは無視された。反対に『デビルズ・バックボーン』は批評家は評価してくれたが、観客からはそっぽを向かれてしまった。両方が納得してくれたのが、この『パンズ・ラビルンス』だ」とおっしゃっていましたが。

A やっとね、観客と批評家が一致してくれました。わたしの場合それは稀有のことなんです。理由については、まあ説明する気もないし、自問したって始まりませんから、今は単純に喜びをかみしめています。

Q アカデミー賞授賞式の前は大分緊張しておられました。レッド・カーペットを踏む間際に鎮静剤を飲まなければ、とおっしゃってましたね。
A なにしろ初体験でしたからね。

Q 作品賞には手が届きませんでしたが、撮影賞・美術賞・メイクアップ賞に輝きました。
A どの映画にも言えることですが、一人では映画は作れません。特にこの作品の成功は、撮影監督のギジェルモ・ナバロ、アート担当のエウヘニオ・カバレロ、メイクアップのダビド・マルティとモンセ・リベなどの仕事に負っていましたから、3賞受賞はとても嬉しかった。個人に与えられた賞ではなく、映画に携わったチーム全員、特にメキシコ・サイドの技術を担当してくれた仲間に与えられた賞でしたから。

Q それらは追い追いお尋ねするとして、こういう妖精とファンタジーが神秘的に混じりあった世界と、独裁政府が反フランコ・レジスタンスのマキ団の生残りを弾圧するという現実世界を、パラレルに描く映画を作ろうとした動機から、お話しいただけますか。

A 話せば長くなりますが、わたしの子供時代にまで遡るんです。小さい時から妖精物語が大好きで、いまではおよそ200冊以上のコレクションを持っています。物語というのは心を和らげてくれるし同化しやすい。そこで妖精物語が持っている残酷な側面や薄暗いビジョンを回復させようと考えたんです。

Q 子供の時からコレクターだった? どんな子供だったんでしょうか。
A わたしの夢は、海洋生物学者、作家、イラストレーターになることでした。どうして映画監督になったかというと、監督が夢のすべてを叶えてくれたからです。奇異に思われるでしょうが、生物学の知識は、わたしの映画ではとても重要です。海も宇宙も未知の世界、わたしたち自身が自分のことが分からないと同じようにね。話はとびますが、映画に出てくるペイルマンは、岡本太郎の絵画からインスピレーションを得たかと聞かれましたが、実はオニイトマキエイという魚です。

Q 海の中というのは、無秩序とか混沌、恐怖があふれている世界ですね。監督は日本のアニメ、たとえば『リボンの騎士』『未来少年コナン』のファンだったとか。
A そうそう、宮崎駿、手塚治虫、押井守、スーパーマン……みんな大好きですよ。それに親が取り揃えてくれた百科事典、それらがわたしの少年期の心を作ってくれたようなものです。

Q 映画に戻します。パン牧神というのは海に関係ないですね、パンを思いつかれたのは? あなたのパンには角はありますが、脚は蹄でなく木が生えていて岩みたいにごつごつしています。

A 脚に古木を生えさせたのは、森の奥の迷宮にいるからです。パンを思いついたのも古いことで、映画台本を学んでいた学校の卒業論文からです。勿論その時は具体化できるとは考えられませんでしたし、それに実際にはそのオリジナルとは別のものになりました。

Q 簡単にお話しいただけますか。
A こういう話でした。ビクトリア朝時代のイギリスが舞台、ある夫婦が、妻は妊娠しています、住む人もいない廃屋に引っ越してくることになる。夫が廃屋を手入れしてなんとか暮らし始めますが、夜になると現れる牧神に、妻が恋をして関係をもってしまうんです。牧神は花に囲まれたラビリンスのことを語り、妻は行ってみたいと思うようになります。しかし牧神は「もしそこで一緒に暮らしたいなら、お腹の子供を生贄に差し出さねばならない」と言います。

Q 妊娠、赤ん坊の《血》など、ここらへんは似てます。
A でも、時代も舞台も全然異なっています。

Q そうですね。では映画の背景を「1944年、内戦後の北スペイン」にしたのはどうしてですか。

Posted by: アリ・ババ39 | Sunday, November 23, 2008 at 16:21

A 1944年という第2次世界大戦末期には、世界中いたる所にモンスターたちがうようようろついていました。わたしの究極の恐怖はファシズムなんです。表現の自由が奪われ、自分の魂が死んでしまうからです。
Q ファシズムならスペインではなく、お国のメキシコでもよかったのでは?

A ええ、そのような質問を特にメキシコのファンから、たくさん受けました。しかし私にとってスペインは遠い国ではありません。メキシコで生まれ育ちましたが、早くからスペイン人との交遊があった。特に内戦後に亡命してきた共和派のデザイナー、監督、俳優、作家から、当時の話を聞いていましたからね。メキシコの文化、なかでもアートに大きな影響を与えた人たちです。

Q 2001年にアルモドバル監督から資金援助を受けて『デビルズ・バックボーン』を撮られました。日本ではホラー映画一本槍の宣伝でしたので、私のような観客は映画館のスチール写真に恐れをなして、廻れ右してしまい後悔いたしました。
A そのときスペイン内戦の資料を本格的に読み込みましたので、次のチャンスを模索していたんです。やっと夢がかなっただけに、この作品に対するわたしの思い入れには激しいものがありました。

Q つまり、舞台を北スペイン、ファランヘ党やマキ団が生き残っていたピレネー山麓の村に設定されたのは、自然だったわけですね。特定する必要はありませんが、アラゴン州北部のハカ近郊の村を想定しているのかなと思いました。
A 「1944年、スペイン」で充分です。また、スペインだけに関係があるのではなく、世界にも通じるようファンタジーの力を利用しようと考え、こういう形にしたのです。

Q  客観的なイメージでいえば、現実世界の駐屯地もラビリンスのようなもので、国民は考え方やイデオロギーの違いによって迷宮に迷い込んでしまっていました。まあ世界中が戦争していたわけですけど。
A ビダルはいわば悪の権化、ファナティック、マッチョ、マゾヒストでサディスト、人間性を失くしたというか人間の皮を被ったモンスターです。モンスターとしての《種の保存》は言わば至上命令で、カルメンがその犠牲者として選ばれたのです。また時計で象徴させたように時間に拘束されてもいます。

Q 徳を探すとすれば、戦場での勇敢さ、リーダーとしての統率力。
A それは恐怖のなせる業です。

Q ビダルの造形をステレオタイプ化したのはそのせいですね。モンスターで思い出しましたが、日本版カタログには「怪物図鑑」というのがあって、筆頭はビダル大尉です。
A なるほど。ビダルは妖精物語に出てくる鬼の役目をしています。メルセデス、弟ペドロ、フェレイロ医師など、ほかの登場人物は現実に存在していたでしょう。内戦終結は名ばかりで実際は続いていたのですから、衝動的に村人を撃ち殺すこともあったし、拷問は日常茶飯事でした。

Q 映画の最後、ありそうもないことに政府軍が全滅したのにビダルだけ助かり、息子を取り戻そうとオフェリアを追って迷宮に入り込んできます。モンスターだからですね。
A 義父の手でオフェリアが死ぬのは耐えがたいことですが、ビダルの悪を際立たせるために必要だったし、善が悪に勝つためでもあった。オフェリアの願いは魔法の王国に帰還することで、それには《血の儀式》を行わねばならない。オフェリアの死が不可欠だった。

Q すでにプロローグで、オフェリアの死は暗示されていました。結果的に鬼は死ぬわけで人間性は勝利するわけですね。
A 現実には戦争に勝者も敗者もありません。ただ無意味な血が流れるだけです。

Q ビダル役のセルジ・ロペスの演技は ‘excellent’ のひとこと、素晴らしい役者です。
A みんなから憎まれ、「地が出た」なんて言われ、役者冥利に尽きたことでしょう。

Q 善の象徴オフェリアに移りましょうか。

Posted by: アリ・ババ39 | Monday, November 24, 2008 at 15:43

A この映画の成功の多くがイバナ・バケロに負っているんです。
Q ええ、しかし12歳という設定は、いささか年齢が高すぎませんか。せいぜい7、8歳が限度と思われますが。妖精や精霊を信じられる年齢、つまりサンタさんはいると信じている年齢までのことです。
A 実は最初のシナリオではそうでした。しかし何回もオーデションをしたんだが見つからない。そうこうするうち彼女が応募してきて一目惚れ、それでシナリオを書きなおしたわけです。

Q やはりそうでしたか。監督は撮影に入る前に綿密にデッサンした絵コンテを作り、大体構想を固めてから入っていきますね。オフェリアが例の巨木の前に立っているデッサンを見ると、後姿ですが体のバランスから6、7歳に見えます。髪の長さ、洋服などから『ふしぎの国のアリス』の挿絵を思い浮かべました。
A ええ、アリスのことはあたまにありました。そのノートのことですが、わたしはどこへ行く時も手放さずに携帯して、日本にも持ってきました。パンの造形、舞台になる水車小屋、迷宮などの装置も、これを土台に製作してもらいました。

Q シナリオを練り直したということですね、イバナちゃんにノックアウトされた。私は年齢に拘っていまして、アリスも学校にこそ行ってますが、もう少し年下だし、『ミツバチのささやき』のアナは確か7歳でした。さらに言うと他のシーンで見せるオフェリアの聡明さともアンバランスです。
A 年齢に関しては、他では問題にされなかったんだがな。エリセの映画について言うと、あれを見たときの衝撃は忘れられませんよ、自分には絶対に作れないと思いましたからね。

Q あの映画も、冒頭で子供たちが歌う歌詞から、この映画は《おとぎ話》ですよ、反戦映画ではありませんよ、というメッセージを伝えて見事に検閲逃れを果たしました。アナのメタファーは当時のスペインといっても通用しますが、オフェリアにも同じような印象を受けたんですが。
A でも、これは反戦映画として作ったのではありません。ファンタジーの世界と現実世界を敢えて交錯させないで、並列に描こうとしました。

Q 大人になるための少女の《通過儀礼》の物語というのは、どうでしょう。
A 三つの試練を与えるということで、そう感じられたのでしょうが、そうではありません。オフェリアは大人になることを拒否しているのです。「辛い現実から逃避して」と紹介されることが多いのですが、拒否と逃避は厳密には違いますよ。

Q 実際、三つ目の「無垢な人間の血」、つまり弟の命を絶つことですが、これはきっぱり拒絶する。
A ええ、弟の命を守ったことで最初は王国の入り口は開かなかったわけです。開けるためには自分が生贄になるしかなかった。
Q 反対だったにしても、パンは扉を開けなかったでしょうね。金色に輝く宮殿に赤い短靴姿で下り立ったオフェリアに目を奪われましたが、むしろ、この映画のクライマックスはここですね。

A オフェリアが撃たれて死ぬシーンのくすんだ緑にグレー、王国の赤と金色の豪華なシーンを対照させました。映画の全体の色調は薄暗いのですが、かなり神経を使ったんです。
Q ええ、ペイルマンのゴージャスな食卓は、まさにメキシコの色、赤、オレンジ、青、金色でしたし、カルメンの寝室は屋根裏のように薄暗く、惨めなカルメン自身のようでした。ではカルメンのメタファーに話をすすめましょうか。

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, November 26, 2008 at 15:21

アリ・ババ39さん
いつもありがとうございます。
ニ三日、ちょっと出かけているので後でじっくり読ませていただきます。

Posted by: Reine | Wednesday, November 26, 2008 at 22:48

Q カルメンは安易に流されやすく心身ともに弱い、と感じた観客が多く特に若い女性ではそうでした。娘のほうがずっと大人だと。
A ああいう時代を女手ひとつで子供を育てる困難さは、今からでは想像できません。ビダルも最初は善人の仮面を被って美人のカルメンに近づいて行き、自分の跡取りができるやいなや本性を現した。生物界ではよくあることですが、獲物をとるために葉っぱとか枝の振りをして近づく。擬態は人間世界でも珍しくないでしょ。

Q 私もたいてい「ミミック」しています(笑)。当時を知る人によると、カルメンのような例は結構あったと。クエルダの『蝶の舌』でもモンチョ少年の両親が生き残りをかけて、本心はどうあれ180度転換、フランコ派に寝返りました。

A 内戦というのは、国家間の戦争より身内の戦いだけに悲惨な結果になります。舞台に選んだ理由でもあるんです。
Q スペイン内戦を、デモクラシーとファシズムの戦いと誤解していることが多いのですが、実際はファシズムとコミュニズムの代理戦争だったわけで、全世界が戦争していたんですね。

A マリベル・ベルドゥはメルセデス役で、海外のファンを獲得したと言ってくれました。
Q 日本初登場は、キュアロンの『天国の口、終りの楽園』でした。もっぱら若い二人のイケメンが話題を独占、スペインの大女優も正当な評価を得られず、ファンとしては歯がゆい思いをいたしました。

A ほんとにプロに徹した女優さんで、身元がビダルにばれて山に逃げるシーンでは、山道を全速力で駆けあがってもらいましたが。
Q 息が切れてはぁはぁしてました。ぼたぼたの靴下を穿いて。靴下と言えば、カルメンは絹のストッキングを穿いていました。ちゃんと後ろに線が入っていて、芸が細かいと感心いたしました。
A 痩せぎすという声も聞きましたが、当時肥っていたのは悪人だけでした。1940~43年間に飢えで獄死した人がおよそ19万人というのが、最近の公式な数字です。

Q パンとぺイルマンの両方をダグ・ジョーンズが演じています。もともとかなりの長身ですから・・・
A ええ、190以上あります。メイクをすると2メートルを超え、ドアから出るのも一仕事。パンはほとんど目が見えないから一人で歩くのも大変、現場まで手を引いてもらっていた。目玉を動かすためのモーターが装置してあって、モーター音が苦しかったはずです。

Q 撮影は暑い最中でしたから、ますます痩せてしまったのですね(監督のお腹を見る)。ペイルマンはパンよりまだまし?
A いえいえ、メイクに7時間かかりましたから途中でダウンしたことも。パンは4時間でした。

Q ナナフシやナナフシが変身した妖精を作るために、カリフォルニアの昆虫学者に助言を受けに行ったそうですね。
A 担当者に会いに行ってもらいました。作成にあたっては、特撮技術の歴史をつくったレイ・ハリーハウゼンからインスピレーションを得たようです。『シンドバッドの冒険』やギリシア神話の『イアソンとアルゴ探検隊』に出てくる妖精を参考にしたようです。

Q オフェリアが2粒のブドウを食べたために、二人の妖精がペイルマンに食べられてしまいます。
A ニンフは長寿ではありますが、神のように不死ではなく、樹木のニンフは樹木の死とともに生を終えます。

Q 少女の残酷性を表現したのだと感じました。ビダルが鏡で髭を剃るカミソリは彼の死を暗示し、もう動かなくなった水車の巨大な輪は、何を暗示してるのでしょう。とても絵画的な映画でした。今後のご予定など伺えたらと思います。

Posted by: アリ・ババ39 | Thursday, November 27, 2008 at 19:31

Q 監督にとって映画とは何でしょうか。
A わたしは荒々しく残酷な幻想の世界に生きています。映画というのは、人間がもっている薄暗い負の部分を解放してくれるものと考えています。常に持ち歩いている革表紙のノートに脈絡なく湧き出てくるアイディアをデッサンしておくんです。

Q 今も昔もクレージーな時代に変わりありません。真実は何かと求めますが、永遠の真実などありません。真実は玉葱のようなもので、剥けば剥くほど臭気を発し涙が流れて何も残りませんね。あなたに影響をあたえた監督は誰でしょう。
A そうですね、デビッド・クローネンバーグ、ジョージ・A・ロメロ、ダリオ・アルジェント、もちろん、ヒッチコック、ブニュエル・・・数えきれないですね。

Q 『クロノス』と『ミミック』のあいだに長いブランクがありましたね。
A 『クロノス』のあと負債が残されて破産状態、返済のためアメリカのスタジオのために、ひたすらシナリオを書いていました。『ミミック』のあと父親が誘拐されて、わたしはメキシコを離れねばなりませんでした。4年後にアルモドバル監督から『デビルズ・バックボーン』の話があり、感謝しております。

Q アメリカとスペインとでは、どちらが仕事しやすいですか。
A スペインです。2作品でスペインの、特に若い20歳前後のアーチストたちに出会いました。みんな才能豊かで、また一緒に仕事したいと思っています。

Q 最後に、どこか行ってみたい所はありますか。
A チベット。最近友人がチベットから帰ってきまして、いろいろ質問したのですが、自分がイメージしていたものとぴったりだった。まだ何も具体化してませんが、行かねばならない、行きますよ。

Q オフェリアの王国での第一声は、ママではなく、お父さんの「パードレ!」でした(笑)。可愛い二人のお嬢さんのためにも、今後のご活躍を。本日は本当にありがとうございました。
                             

★今年2008年10月末に6度目の来日を果た し、熱狂的アニメ・ファンに歓迎されました。実際には、プロモーションとしてイバナ・バケロが来日しただけでした。
★毀誉褒貶のある映画ですが、個人的にはいろいろ問題はあるにしても(テーマがデリケートな部分を含んでいる)、二つの世界がバランスよく同時進行で語られ、互いに連繋されていた。

★一般にデル・トロの口調は、くだけた若者風に翻訳されますが、彼はあの豪快な巨体から受ける印象とは裏腹に、シャイで繊細な人物と判断いたし上記のようにいたしました。
★すでにご存じかと思いますが、紆余曲折のすえトールキンの『ホビットの冒険』を監督するとの公式発表がありました。ニュージーランドで4年の歳月をかけて撮るそうで、2012まで新作とはお別れです。

Posted by: アリ・ババ39 | Saturday, November 29, 2008 at 10:06

Reineさん、アリババ女史。
ブログとコメント、愛読させていただいてます。
もっとも余りの中身の濃さに、よっぽど時間と気持ちの余裕がないと寄れないんだけど、これからもこの調子で突っ走ってください。息切れしながらも追いかけます。

ところで、ここ数日こちらの記事とコメントを通して、スペイン内戦について関心を呼び覚まされていたところ、きょうの日経新聞に以下のような書評が掲載されていたのでご紹介させていただきます。

「サラミスの兵士たち」河出書房新社 
      (川成洋・法政大学教授)
同胞相争う悲惨なスペイン内戦の終結時に誕生したフランコ将軍の独裁政権は、共和派への容赦ない復讐政策を断行し、それをフランコの死ぬ75年まで続けたのだった。そして内戦勃発から70年の節目の年に、ようやく「2006年 歴史記憶の年宣言法」が公布された。これは、元共和派の名誉回復、国家補償などを含む両陣営の和解と共生を求める法案である。実に長く辛い道程であった。

それにしても、こうした共存への模索は、フランコ以降の社会派リアリズム小説や実験小説などで試みられてきた。2001年に原著が刊行された本書もその一つである。


で、このあと記事は本の紹介に入るわけですが、ナンカ敵と味方の関係が一度読んだだけでは理解できないかんじ。
ちなみにタイトルの「サラミス」というのは、内戦というわずか60年余り前のことが、「語り手」によると、スペインにとっては、紀元前480年、ギリシャとペルシアの間で戦われた「サラミスの海戦」のように遥かかなたの出来事であったということに由来。

なんか、このコメントだけでも意外だ・・・

でとにかく、共和国軍が捕虜を集団処刑する際に、間一髪で助かった反乱軍の大幹部で有名な作家・詩人のサンチェス=マサスにまつわる“信じ難いエピソード”を「語り手」が偶然入手することから物語りは始まるみたい。

虚実が渾然としているようだけど、でも思いがけない話の展開が期待できそうです。読み応えありそう。

Posted by: Marysol | Sunday, November 30, 2008 at 22:36

アリ・ババ39さん、いつも貴重なお話をありがとうございます。Marysolさん、そろそろキューバに到着されたころでしょうか。書籍の紹介をありがとうございます。私は読書をしないのでこういった情報はありがたいです。

私も、アリ・ババ39さんやMarysolさんたちのコメントがこちらで読めることをたいへん嬉しく思っております。。この2月(~5月)のスペイン語映画講座でお会いできて本当によかったと思っています。

最近では私、アリ・ババ39さんからコメントをいただけるであろうことを前提に、つまり自分自身はかなーり手抜き気味に記事を書いちゃっているような気さえしています。すみませんcoldsweats02

いや、だって、ほんと読み入ってしまいますね。アリ・ババ39さんとMarysolさんや他のお仲間でさ、映画作品一つ一つについて座談会形式でしゃべってくれませんか。で、私はそれを文字に起こす係なの。

これからもコメントをお寄せください。
Marysolさんハバナ映画祭(新ラテンアメリカ国際映画祭)の詳細レポを楽しみにしています。

Posted by: Reine | Tuesday, December 02, 2008 at 10:19

あ! 今わかった。そうだったのか!

和書: 『サラミスの兵士たち
原書: 『Soldados de Salamina
英語版: 『Soldiers of Salamis

映画: Soldados de Salamina
DVD(リージョン1): Soldados de Salamina [DVD] [Import] (2004)

このDVD、こないだアリ・ババ39さんが貸してくださった。いろいろと頭が追い付いていなくてすみません。

Posted by: Reine | Tuesday, December 02, 2008 at 10:33

ダビド・トルエバが監督し、2004年のゴヤ作品賞にノミネートされた。この作品は『Te doy mis ojos』が賞を総なめにした年で、テーマがテーマだけに、判断のわかれるのは予想されていた。

まだこのブログには登場していないが、コメントは難しい、一朝一夕にはできない。

英語のFactと Fiction が合成されたFaction というジャンルで、歴史事実そのものではないが、限りなく事実に近いフィクションというわけ。

どちら側から照射しても、困難がともなう作品。
市民戦争の総括は、あと50年はかかる?

Posted by: アリ・ババ39 | Wednesday, December 03, 2008 at 14:19

アリ・ババ39さん
なるほど『Te doy mis ojos』の年の作品だったのですか。そう言えば、アリ・ババ39さんは以前、ゴヤ賞なんかで一作品が総なめにすることについて首をかしげておいででしたね。

この作品についてコメントは難しいとのこと。
私がいつか観てここに一記事UPしたときには是非コメントをお願いします。なるべく早く観るようにします!

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 21:17

そうだ。ずーーーーーーっと忘れてたコメント一つ。

どこだったかな。2chかSNSかどこかの掲示板で、オフェリアが最初に迷宮の入口に降りてみる夜のシーンで「エコー、エコー」と言うけどあれはどういう語なのかという質問を見かけた。

これだこれだ。この投稿
↓↓↓

631 :名無しさん@3周年:2008/05/13(火) 23:04:41
「パンズ・ラビリンス」原題:El laberinto del fauno というスペインの映画を見たのですがその中に、どうしても分からない言葉が出てきました。

主人公が見知らぬ場所で「誰か居ないの?」という感じで「エコッ?」という聞いたことも無い台詞を言ったのです。

詳しく述べると一連の台詞は
主人公『hola?...エコッ!?...hola!?...エコ!?』
日本語字幕【ねえ!  誰か!  ねえ! ねえったら! 】という感じです。

oye, hola という呼びかけは知っていましたがこのような呼びかけは初めてです。発音から eco という言葉だと連想してecoを辞書で引きましたが eco : 木霊、エコー という意味しか載っていません。

もしかしたらエコッでは無く、「へコッ」「エッコ」だったとか、スペイン語ではない外来語かもしれません。

この言葉が何なのか、知っている人がいたら教えてもらえないでしょうか? スペイン語に詳しい方、特にネイティブの方どうぞ宜しくご教授願います。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


こないだスペインの友人(この人は小学校の先生)がメッセンジャーで私に話しかけてくるのに「Reineeeeeee, eeecoo, eeecoooo」と言ってきた。そこで彼に聞いてみた。


私: そのeeecoo, eeecooooってさ、パンズ~で主人公が虫に導かれるように迷宮の階段を下りて行く時に言うじゃん? それ、なに?

彼: ああ、簡単なことよ。子どもの遊びみたいなもの。「反響」とは何かを教えるとき、つまり広い空間で自分の声がちょっと遅れて返ってくるんだよと教えると、子供ってそういうの好きじゃん、見えない人が向こうから話しかけてくるみたいだとか言って。そういうとき「Eeeecoo, eeecoooo, hooolaaa ヤッホー、ヤッホー」って言ってみるじゃん。で、声が跳ね返ってくる、と。


(ちなみに「ご教授」じゃないだろ? 「ご教示」だろ?)

Posted by: Reine | Saturday, December 06, 2008 at 21:36

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1944年のスペイン内戦で父を亡くし、独裁主義の恐ろしい大尉と再婚してしまった母と暮らす、本が大好きな少女オフェリア。 ある日、屋敷の近くに不思議な迷宮を見つけ足を踏み入れると、迷宮の守護神“パン”が現われ彼女に「貴女はプリンセスの生まれ変わりに違いない。満月の夜が来るまでに3つの試練に耐えられれば両親の待つ魔法の国に帰れる」と告げる…。 ダークファンタジー。 ... [Read More]

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なんだか、パロディー映画には『最なんたらほにゃらら計画』という邦題をつける決まりでもあるのか、類似のタイトルの作品は山ほどあるのだけど、『最終爆笑計画』は原題にも“Spanish Movie”とあるとおりスペイン映画をいくつも組み合わせたパロディー映画。最近10年ぐらいの作品ばかりなのは仕方ないでしょう、若い層に向けた作品なのだろうから。 スペイン映画を多く観てきた人にはそれなりに楽しい作品だけど、それは本歌取りに気づくのが楽しいのであって作品自体が諧謔に富んでいるかどうかはまた別の問題。 とい... [Read More]

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おはなし 1944年。内戦終結から5年後のカタルーニャでの出来事である。 ディオニス・セギーという男が無残な死を遂げた。幼い息子のクレットを乗せた幌馬車ごと崖から落ちたのだ。アンドレウ少年が駆けつけた時、クレットは虫の息だった。 事故の目撃者としてアンドレウは父親のファリオルに付き添われ事情聴取に応じた。 「君が見つけた時あの子はまだ生きていたんだって? 何か言わなかったかい?」 「最期にピトゥリウアって言ったと思います」 「君はなんのことだと思った?」 「ピトゥリウアっていう名前の鳥がいるんで... [Read More]

Tracked on Tuesday, May 03, 2011 at 23:29

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