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Saturday, August 09, 2008

¡Átame! / アタメ 私をしばって! [スペイン映画]

atameあらすじ
リッキーは精悍な若者である。これまでの人生のかなり長い時間を精神病院で過ごして来た。ようやくこのたび退院の断が下ったことを院長から告げられた。院長はリッキーとの別れをずいぶんと惜しんでいるようだ。「これからどうするつもり?」「仕事をみつけて、家庭を持ちますよ。ふつうの人みたいにね」

リッキーは晴れ晴れとした表情で院を後にした。町に向かうバスの中で映画雑誌をぱらぱらとめくる。マリーナという女優とその最新作の撮影をとりあげた記事で彼の手は止まった。リッキーはまっすぐ撮影スタジオに向かう。

はたしてマリーナ・オソリオはスタジオにいた。今日がクランクアップである。監督のマキシモはマリーナにのぼせており、マスコミなどが彼女にヤク中のポルノ女優あがりというレッテルを貼るのには憤りを覚えている。

リッキーはやがてマリーナの前に唐突に現れた。闖入者にわななき抵抗するマリーナを張り倒し、頭突きをくらわせた。監禁生活の始まりであった。

_______________________


atame軽く思い出話をするならば、学生時代の初めの頃はまだまだバブリーで、エスニック料理店は雨後の筍のようで、「hanako族」なんかは俺達(~俺達よりちょい姉さんたち)の世代のためにあったような語で、映画でもヨーロッパ作品なんかがジャラジャラとミニシアター系でかかっていたんだな。

学校の友人なんかも、こないだは『髪結いの亭主』だ、こんどは『デリカテッセン』だなんだと、いろいろ観に行っていた。

しかし私はあんまり興味が無かった…んじゃないかな。
私自身は、それっぽい作品をそれっぽい場所に観にいくことには抵抗があったと思う。当時の私は、それっぽいのをそれっぽいところに観に行くそれっぽい女たちに対して、たぶん、現代で言うところの「スイーツ(笑)」に近い片腹痛さを覚えていたと思う。

マイナー至上主義みたいな、インテリでも気取ったような女を見て、私は( `д´) ケッ!と思っていただろう。気障な男とすかした女が私は大嫌いだからな。

↑などと、無頼漢でも気取って悦に入っているような自分がいることもまた忘れてはならない。「ひねったセンスのつもりでいる女が嫌いだなどとひねったセンスのつもりでいる私」なのかもしれないのだから。


生きるってめんどくさいな、まったく。
(※その辺の葛藤は昨秋にまとめておいた⇒自戒のメモ) 


それで何の話かと言うと、私にとって『アタメ』は、アルモドバルは、そういう引き出しだったのだということ。アルモドバル作品というだけで当時の私は、「オサレを気取るそれっぽい人たちが好むそれっぽい作品」というカテゴリーに放り込んだのだろう。私がアルモドバル作品をすなおに好きと言うことがほとんどないのは、出発点がそんなだったからに他ならない。


ただね。
おっさんになった今観てみると、いやいや、これは別にオサレ狙いの作品でもなんでもないじゃないかと。若かりし頃の私は何を抗っていたのか、と。頭悪いなりに観ようとすればよかったじゃないか、と。粋がっていたのはオマエだよ、と。反省。

面白く鑑賞することができたよ。
まぁ、ストーカーに悩んだ女友達の実例を幾つか見てきてしまったので、そういう視点で観ると不快感に襲われてしまう作品ではあるんだけどね。だって、招かれざる客の訪問から暴行・監禁への流れなんて、ものすごく恐ろしいではないか。あの辺はサイコホラーだろ、言わば。

そして、女がやがてストックホルム症候群ってのに至っちゃうんですかどうなんですかと観て行くわけですが。


しかし、これはたぶん違うんだな。
こうやって観る映画じゃないんじゃないか。
そこを観るんじゃないような気がする。

(その辺のことをコメント欄で書ければ書きます)(書ける自信は無い)

監督: Pedro Almodóvar ペドロ・アルモドバル
脚本: Pedro Almodóvar  Yuyi Beringola

出演:
Victoria Abril ビクトリア・アブリル ... Marina Osorio マリーナ・オソリオ
Antonio Banderas アントニオ・バンデラス ... Ricky リッキー
Loles León ロレス・レオン ... Lola ローラ (マリーナの姉)
María Barranco マリア・バランコ ... Médica 女医; マリーナの知り合い
Rossy de Palma ロッシー・デ・パルマ ... Camello en Vespa ベスパに乗ってるヤクの売人
Francisco Rabal フランシスコ・ラバル ... Máximo Espejo 映画監督マキシモ
Lola Cardona ロラ・カルドナ ... Directora psiquiátrico 精神病院院長


¡Átame! (@IMDb
直訳: 私を縛って
英題: Tie Me Up! Tie Me Down!

アタメ@goo
アタメ 私をしばって! @ぽすれん
アタメ 私をしばって! @映画生活
アタメ@CinemaCafe


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Comments

語句メモから:
(本作、スペイン語字幕があるので楽ができます)

・「病棟から社会に出たら自由を得られるけど孤独にもなる、法を守ってしっかり生きないといけない」と院長が説くと、リッキーは「No se preocupe. Me lo Montaré bien.」
→ ・montárselo: ingeniárselas, valerse por sí mismo, vivir muy bien.


・「Yo que tú, no me fiaría ni un pelo. 俺がお前の立場だったら絶対にそんなの信じやしないね」
→ ・ni un pelo: loc. adv. coloq. Absolutamente nada.
例) Esto no me gusta ni un pelo.

→ ・「Yo que tú」の構文
2.2.5. También se usa la conjunción <que> en estructuras contrastivas del tipo 「yo que tú...」; 「tú, al contrario que él...」; o 「él, al revés que su hija...」:
例) Yo que usted lo pensaría. (Lynch Dedos [Arg. 1977]);
例) Yo pienso, al contrario que mi admirado Manuel Hidalgo, que las guerras son muy peligrosas. (Mundo [Esp.] 12.5.99).

※No debe usarse en su lugar la preposición <de>, uso achacable en muchos casos al influjo de otras lenguas, como el catalán, donde se emplea en estas construcciones la preposición:
誤) Yo de Leguina no dimitiría. (País [Esp.] 1.4.85);
誤) Porque Yeltsin, al contrario de Gorbachov, reniega del marxismo-leninismo. (Universal [Ven.] 21.4.93);

debió decirse
正) Yo que Leguina ...
正) Yeltsin, al contrario que Gorbachov ...


・pela: 1. f. coloq. peseta (= moneda española).

・meter caña
→ ・dar caña: 2. fr. coloq. Aumentar la velocidad o la intensidad de algo.
例) Da más caña al coche.

・póstumo, ma: 1. adj. Que sale a la luz después de la muerte del padre o autor. Hijo póstumo. Obra póstuma.

・atrezar:
→ ・atrezo: 大道具, 道具

・cantar: 7. intr. coloq. Tener señales evidentes de algo.
例) Esta ropa canta A vieja.

・yonqui: 1. com. En la jerga de la droga, adicto a la heroína.

・idolatrar: 2. tr. Amar o admirar con exaltación a alguien o algo. ([自]としても使われていた)
例) No soy de los que idolatran EN el dinero.


・(楽屋泥棒に遭ってローラはカンカン。まぁとりあえず打ち上げの飲み会を始めようやと言われて) 「Eso. A ver si con el alcohol se les suelta la lengua. そうね。お酒が入ったら盗んだ人が口を滑らすかもしれないからね」 

・suelto de lengua: loc. adj. ligero de lengua.
→ ・ligero de lengua: loc. adj. Que sin consideración ni miramiento dice cuanto se le ocurre o se le viene a la boca.


・gangrena: 壊疽

・pino: 逆立ち
3. m. Ejercicio gimnástico que consiste en poner el cuerpo verticalmente con los pies hacia arriba, apoyando las manos en el suelo.
例) Hacer el pino.

・caballo: 7. m. coloq. heroína

・quedarse alguien frito: fr. coloq. dormirse (= estar en reposo).

・rabo: 6. m. vulg. Pene del hombre.

・pajote: m. masturbación

・tocado, da: 5. adj. coloq. Cuba. colocado (= que está bajo los efectos del alcohol o de alguna droga).

・mamarracho: 1. m. coloq. Persona o cosa defectuosa, ridícula o extravagante.

・jaco: 2. m. jerg. heroína

Posted by: Reine | Saturday, August 09, 2008 at 23:44

1) 「Servicio de Salud Mental de Tetuán」の看板←リッキーの収容されていた精神病院

2) バスの中でリッキーが読む映画雑誌: Fotogramas(1989年7-8月号; 夏休み特大号)(ミッキー・ロークとロブ・ロウ、二大セックスシンボルにインタビュー!、マドンナ、世界で一番有名な女のライフスタイル、などなどの記事)

・リッキーが注目した記事:
「真夜中の幽霊」
(撮影療法)
有名ポルノ女優を起用してホラー映画を撮影することで重い病からの快癒を(※マキシモ監督は脳梗塞だったか何かを経て現在は車いす生活なのである)

3) マリーナの住所をリッキーが知る:
C/ Bordadores

4) マキシモのスタジオに貼ってあるポスターは『Invasion of the Body Snatchers

5) ランチョンマットに描かれた略地図を指しながらリッキーが言う。「この辺りが僕のふるさとだよ。グラナディージャ。プラセンシアとエルバスの間なんだ」と。 ⇒ Granadilla。湖みたいのを見つめるシーンがあるけど、これがそれかな。Embalse de Gabriel y Galanっていう名前のダムなのか。

Posted by: Reine | Saturday, August 09, 2008 at 23:52

メモ: リッキーの故郷に関して

http://www.spain-ya.com/Pages/castle20.htm ~古城を巡る旅~

>1960年代、すぐ近くにガブリエル・イ・ガラン・ダムが建設され、耕作地も含めて周囲の土地が水没。陸の孤島となったグラナディーリャは、廃村となってしまいました。

Posted by: Reine | Monday, September 22, 2008 at 12:18

これを観た直後からこっちバタバタしどおしだったので、書き忘れてた。

この頃のあどけなさの残っているようなアントニオ・バンデーラスの顔、誰かに似てるなあと思ってたけど、あれだ、『Carne Tremula / ライブ・フレッシュ』のLiberto Rabalだわ。

と思ったら、そのリベルト・ラバルは、『アタメ!』のマキシモ役であるフランシスコ・ラバルの孫なんだね。

というメモ。

Posted by: Reine | Monday, October 13, 2008 at 10:16

私が頭の中でまとめる用のメモ:

1) 《退院が決定して、院長室での会話》
院長: もう脱走する必要ないわ 自由の身よ / でも自由というのは孤独なものよ / あなたをもう守れないわ / 一般市民として自分の行動に責任を持つのよ

リッキー: しっかりやります
院長: 将来は?
リッキー: 働いて立派な家庭を作ります
院長: でも前科があるわ

院長(リッキーに5万ペセタを渡し): 寝室で私に与えてくれた甘い快楽の代償よ


2) 《リッキーの病棟仲間との別れの会話》
仲間: また脱走か
リッキー: 社会復帰だ

仲間: 社会か / 俺も社会の一員だった / 料理業界で大活躍 / だがある日毒を盛られたんだ。人は信用するな


3) 《マリーナに薬を買ってきてあげて》
リッキー: 苦しめたくてやってるわけじゃない


4) 《逃亡のための車を調達するのに表に出る際》
リッキー: ここで待ってろ。逃げるなよ
マリーナ: わからない。縛って / 縛って
リッキー: これで最後だ


5) 《姉がマリーナを救出して》
ローラ: 一体どうしたのよ:
マリーナ: 愛してるの。好きなの

ローラ: 相手は誘拐犯よ あきれるわ / 自分を縛った男を愛するなんて / 正気なの? / ショックで頭のネジが吹き飛んだのね


……だからね、私、この作品は『自由からの逃走』を言いたい映画なんだと思って観たわけ。

我が家のものおき兼図書室兼鳥小屋にあったのは『自由からの逃走 (1951年) (現代社会科学叢書〈第1〉)』の版だけどね。あのカオティックな小屋に入るのがイヤなので爺さんにとってきてもらったわ。


あとはあとで。

Posted by: Reine | Monday, October 13, 2008 at 10:37

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