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Tuesday, January 01, 2008

Krámpack / ニコとダニの夏 [スペイン映画]

Krámpack両親がダニを一人残して旅行に出掛けていった。これからダニはプールつきのこの別荘で夏休みを満喫するわけである。中学のときからの親友ニコも電車でやってきた。ニコとやりたいことは山ほどある。いっしょに狩りもしたい、釣りにも出かけたい。

以前からの知り合いで蠱惑的なエレナと、その従妹で美しいがあどけなさも残るベルタとも町で再会し、いっそう浮き立つ二人である。特にニコは「SEXしないまま17の誕生日を迎えるなんてごめんだ」と日頃から言っているだけあって、エレナに急接近している。

ダニはおもしろくない。「お前が来なきゃよかったのに。俺はわかってたんだ。お互いイラつくってわかってた。わかってたのに」。

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映画の作りのこと、私はまるでわかってないけど、これ、よくできていると思う。(コメント欄でネタバレ気味にいろいろ書きます)(この先は読まないで、もう観ちゃってほしい)


これは2000年の作品で、主要四人の生年は以下のとおり:

Fernando Ramallo (ダニ役): 80年生まれ
Jordi Vilches (ニコ役): 79年生まれ
Marieta Orozco (エレナ役): 78年生まれ
Esther Nubiola (ベルタ役): 83年生まれ

四人とも実年齢よりもちょっと年下の子を演じているわけだけど、うまいね。いや、すごいと思うよ。人物像をかなり現実的に表せていると思いました。この子達に決めた制作陣の目が優れていたということかもしれないけど。


童貞を喪失したくてしかたないニコは如何に女の子の気をひくかについて研究熱心で、どこで聞きかじったのかいろんなセオリーをお持ちのようである。

ニコによれば喉仏が大きく目立つことこそオトナのオトコの証らしい。「女はそこに目が行く。大きいことはいいことだ。足のサイズがいくら大きくなっても足じゃぁ外から見えないからダメ」。

毎晩のようにダニとニコはいっしょに自慰に興ずる。サッサと始めようとするニコを制してダニが言う。「手をこうして……それでしばらくジッとしてろよ」とダニは太股の下に手を差し入れてみせる。「血が回らなくなって手がしびれるまで待て。そうすると誰かにやってもらってるみたいな感じになるから……手がしびれて……チリチリするまで待て……」。

この行為を二人は「Krámpack」と呼んでいるのだった。


こういうミドルティーン~ハイティーンの男子の背伸びした会話が見ていてヒヤヒヤするやらニヤニヤするやらで、おっさん気恥ずかしくなっちゃったよ。男子中高生らし過ぎて照れる。ダニとニコが大人になってこの夏の数々の言動を思い出したら絶対恥ずかしくなっちゃうから。そのいたたまれなさを思うと、いま私が恥ずかしい。目を逸らしちゃった。

女子はというと男子よりも何歩か先を行っていそうで、「ひとりの女として扱ってよね」とか「あなたじゃなくても男は他にいくらでもいるんだから」など、いっぱしのセリフを決めている。


ティーンの夏物語をニヤニヤと遠目に楽しんでいた私は、次第に切なさを感じ、やがて真剣な眼差しでダニを見つめながら「性」「愛」について思い巡らしていたのでした。

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Krámpack@IMDb
(スペイン映画)
(英題は『Nico and Dani』)

『ニコとダニの夏』としてシネフィルイマジカで放送されたことがある

監督: Cesc Gay セスク・ガイ
脚本: Tomás Aragay トマス・アラガイ  Cesc Gay   
戯曲: Jordi Sánchez ジョルディ・サンチェス

出演:
Fernando Ramallo フェルナンド・ラマーリョ ... Dani ダニ
Jordi Vilches ジョルディ・ビルチェス ... Nico ニコ
Marieta Orozco マリエタ・オロスコ ... Elena エレナ (すきっ歯気味の子)
Esther Nubiola エステル・ヌビオーラ ... Berta ベルタ (その従妹)
Chisco Amado チスコ・アマード ... Julian フリアン
Ana Gracia アナ・ガルシア ... Sonia ソニア (家庭教師)
Myriam Mézières ... Marianne マリアンヌ

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Comments

いろいろ書きたいことあるんだけど、語句メモから

・cutre:
cutre.1. adj. Tacaño, miserable. U. t. c. s.
2. adj. Pobre, descuidado, sucio o de mala calidad.
例) Un bar, una calle, una ropa cutre.

1 Descuidado, sucio o de baja calidad:
例) Era un bar muy cutre y estaba lleno de gente extraña.
2 Tacaño o miserable:
例) No seas cutre y paga de una vez.

・futbolín(Dim. de fútbol; marca reg.): m. Cierto juego en que unas figuras pequeñas accionadas mecánicamente remedan un partido de fútbol.あの、ほら、BARとかによく置いてあるやつ。サッカーの。人形の。カチャカチャやるやつ。これ、これ。へぇ、もともと商標だったのか。

・molar: intr. coloq. Gustar, resultar agradable o estupendo.

・bocata: m. coloq. bocadillo (= panecillo relleno de alimentos variados).

・¿Hacemos un trío?
→ trío: Relación sexual entre una mujer y dos hombres o dos mujeres y un hombre. (※注※ これはちゃんとした辞書からのコピペじゃないです)

・chupetón: producida al succionar sobre la piel.

・arcada: f. Movimiento violento del estómago, anterior o simultáneo al vómito

・dar corte algo a alguien: fr. coloq. Darle vergüenza, apuro, etc.

・Me estás vacilando.
→ vacilar: 5. tr. Engañar, tomar el pelo, burlarse o reírse de alguien.

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 17:14

(1) Krámpack@Wikipediaより:
El título hace referencia a una técnica de masturbación que utilizan los protagonistas. Consiste en poner la mano bajo la pierna, estando sentado, hasta que se duerma para posteriormente masturbarse, con lo que ---según ellos--- se consigue la sensación de que se trata de una mano ajena.


(2) 「Es que la mano se está quedando sin sangre. こうすると手に血が回らなくなるんだ」とダニはニコに説明する。

さてここで「como si + 接続法過去」の用法を学んでしまってください。

「 Si esperamos un poco, al final es como si no fuese tu mano. もう少し待てば、あたかもあなたの手では無いかのようになるのです」「Es como si te hiciese la paja otra persona. まるで誰か他人があなたに手淫をしてくれているが如く


(3) ・「El otro día intenté chupármela y casi llego.」

以前にも説明しましたが、過去のことをしゃべっていて「もう少しで~するところだった」と言いたいとき、casi や por poco の後に過去形を持ってこなくても、直説法現在を持ってくればそれで「あやうく~するところだった」を表せます。

このセリフもそうでしょ。「こないだ自分で舐めてみようとやってみたら、あと少しで届くところだった」と言っている。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 17:25

(4) ニコがエレナとうまく行っちゃいそうなのでダニは「3Pをしないか」と持ちかけることで気を殺いで邪魔する。あとでニコが怒って言う。

「俺はもうpajaやKrámpackにはうんざりなんだ。Yo lo que quiero es follar, Dani, y tú me vienes con tríos. 俺はもうセックスしたいんだっつうのにお前は3Pなんて言い出しやがって」

venir a + 人 + con … : <人>に(ばかげたことを)持ち出す,言葉にする,言う


(5) ダニは父を訪ねてやってきた若い作家フリアンと知り合った。フリアンは偶然にも家庭教師のソニアの友人であった。

ソニアとしてはフリアンと未成年のダニの間に何か起こってはマズい。一応よそのお子さんたるダニを両親の留守中にあずかっているような立場でもあるわけだから。ソニアは自分の保身も兼ねてフリアンに忠告する。「Julián, compórtate, que me la voy a cargar. フリアン、気をつけてよね、私がヤバくなるから」

・cargársela: recibir un castigo o una reprimenda:
例) Te la vas a cargar por haber vuelto tarde a casa.

・cargársela: [Uso/registro] coloquial: Recibir <una persona> un castigo:
例) Luis se la cargó sin haber hecho nada.
例) Me la he cargado, después de estropear el ordenador del jefe.

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 17:36

さてここからはいろいろと内容にふれますが、ここから先を読む前に映画を観た方が楽しめると思うな。私はこの映画について何も知らずに観たので自分の心境の変化をも存分に味わいました。


(1) 男友達といっしょに自慰に耽るシーンは『Planta 4』とか『天国の口~』でも見かけたのですが、それは日本の男子も二人またはそれ以上の人数でそろってヤってるものなのですか? 

それはともかくとして、手淫ってのは日本の男の子も友達同士でやってるもの??? えーっと、自慰じゃなくて、コッチね、コッチ

私、これまでの人生で、男友達の間でそれをし合っているかいないかについて考えたことがないのでわからない。どうなの? やってる? やったことある?

(コメントしたいけどしづらいという場合、いつもとは違う場所からアクセスして名前テキトウに変えて書き込んでくれてかまいませんから)


私の友人の中で、思春期から青年期にかけての男子の性行動について最も開けっぴろげで、多種多様な、時には奇奇怪怪な経験を積んでいた男子が、「俺、一度だけ仲いい奴とヤってみようかって話になってキスから始めてみたんだけど、やっぱり途中で二人とも覚めちゃって、目が合って、『やめとくか』っつって静かにやめたよ」って言ってたな、そういえば。彼の言う‘途中’ってのはいったいどこまでだったのか、そもそも何をヤろうとしていたのか、もうちょっと詳しく聞いておけばよかった。手淫くらいはヤったのかな、どうなのかな。

あぁ、聞いとくんだった。
もったいないことをした。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 17:52

(2) ソニアがダニに、昔は自分にもニコのように仲良しの友達がいて、今でも夫同士が同じ職場だということもあり彼女とは親交があると語る。しかしダニに昔と同じくらい仲良しかと質問されると「いいえ。昔と同じではないわね」と答える。

ダニはこれが頭にこびりついちゃっただろうな。

自分とニコもやがてはそうなるのかと、そういう時が訪れるという覚悟もしなければいけないのかと、ダニは考え始める。

前の晩にニコとの関係におけるステップを一段上がってしまった事実がダニの頭の中を飛び回っているところかな。友情だと見做して来た、いや、見做そうとしてきたニコへの思いが、実は性愛的な欲求だったのかと自覚させられる段階へ差し掛かったダニは授業に身が入らない。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 18:16

(3) ニコはダニに手でやってもらうことに‘他意’を感じてないんだよな。ニコは性器に刺激が与えられることで射精に達しさえすればいいんだろう。それが自分の手だろうが、痺れて自分の手じゃないみたいになった自分の手だろうが、友人ダニの手だろうがかまわないんでしょ。得られる結果が同じだから。

(そして、だからこそ逆に自分がダニに手でやってあげる際にもニコはそれ以上の意図は込めていないだろう)

で、今はそれよりも何よりもとにかく女の子に挿入することで射精に至りたい。それがニコなのよね。その点についてダニとの会話に食い違いが生じる。

(※スーパーで買い物をしている)
ニコ: あとはコンドーム買わないと。お前ちょっと買って来いよ

ダニ: 俺たちでエレナ達とヤっちゃおうっていうんだろ。それがお前のやりたいことなんだもんな Nos las follamos, porque eso es lo que quieres, ¿no?

ニコ: 俺たちのやりたいことだろうがよ Esto es lo que queremos, Dani.


ニコはダニも自分とおなじ思いでいるはずだと思っている。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 18:28

(4) ダニがこの夏休みよりも前から自分はどっちかといったら男が好きでその中でもニコが大好きだという意識を持っていたのか、

はたまた、

これ以前は自分は単にニコのことが友達として大好きな大事な奴だと思ってきていて、この夏休みにいっしょに過ごすうちに自分のセクシャリティをはっきりと悟ったのか、

それが観客の私にはわからない。(戸惑っている様子からしておそらく後者だと思うが)

きっとダニ自身もわかっちゃいないだろう。たぶんそんなことは白黒はっきりつくもんじゃないんだろうなというのは感じる。そういう曖昧な描き方がこの作品のリアリティだと思う。うまく言えないんだが。

映画途中から切ない展開が予想され始め、私の顔からニヤニヤが消えていく。その辺のペース配分もうまいと思う。

ダニが自分の性指向を意識した上での言動に走っていくのとは反比例的にニコが距離を置くかに見えるくだりと、それでもなお二人が互いのありようを見つめ直し受け容れようと葛藤する様がよかった。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 18:38

ちょうどこの映画を観て書いてるところでスペイン人のゲイ友がmessengerにサインインしたので年末の挨拶がてら話しかけた。

(そう。実はこれは昨夜のうちに書き上げたかったんだ。元日から手淫だ射精だ書くのはさすがに避けたかったのでね)


(なんやかや雑談して別件いろいろ質問し……)
私: 今のが今年最後の質問でした。
彼: あぁ、いつだって何だって訊いてくれていいよ。

私: 実を言うともう一つ訊きたいことがあったんだ。
彼: 何?

私: でもちょっと真面目な質問かな。
彼: いいよ。何?

私: あなたこれまでに同性愛者じゃない人を好きになったことがある?
彼: あるよ。何度もね。でも、しつこくはしなかったよ。

私: ヘテロセクシャルの人のことを好きになっちゃったって気づいた時には、あなたどうなの?
彼: まずい。

私: つらい?
彼: でもどうすることもできないからね。
私: それだ。

私: で、そしたら彼のことを思わないように努めるわけ?
彼: そう。友人って場合もあるわけだから。

私: どうもありがとう。いや、『Krámpack』を観てたわけよ。そういうシークエンスがあるの。それであなたのこと考えてたわけ。

彼: 観てみようかね。どんな話?
私: ひと夏の二人のティーン。一人が自分のorientacion sexualに気づく。つまり彼は自分の親友のことが大好きだって気づくわけ。

彼: あぁ、あるね。ある。
私: でしょ。だと思ったよ。

……略……

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 19:47

あとは色々と細かいメモ

(1) エレナとベルタと会った時にベルタがたしかニコに言う。「あなたのこと覚えてるわ」。ニコが「あぁそう? 俺、覚えてない」と素っ気無く言うと、「去年の夏は私は可愛くなかったから部屋に閉じこもりっきりだったのよ」。

この従妹のベルタ役のEsther Nubiolaはこの作品ではまだ幼い面差しなのですが、近年の彼女の化けっぷりはけしからんぞ。まったくけしからん。レオノール・ワトリングと男優と3Pなんか演じ切ったそうですからね。

そしてまたエレナ役のすきっ歯気味のMarieta Orozcoは数年前に出産し、出産数日前には雑誌『Interviú』にヌードを載せたそうであります。

けしからん。


(2) 性指向の違う人物同士が感情を制御する・しないの葛藤のストーリーというと、『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』とか『Todo Me Pasa a Mí』かなぁ。うん。

ダニのこの夏の経験は『Todo Me Pasa a Mí』の登場人物と比べると随分と若くないかね。『Todo Me Pasa a Mí』ではホモセクシャルの男性はヘテロセクシャルの幼馴染に対して、30才前後になるまであくまでも‘親友’で通していたんじゃなかったかな。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 19:59

■ニコが別荘に到着したときお手伝いさんのマリアンヌが「高校はどう?」ときくと「なんだかねぇ…」とニコの返事はパッとしない。マリアンヌが続けて「あなたも大学に行きたいの?」と聞くとダニが代わりに答えて曰く「ううん。ニコはメカニックになりたいんだ。オートバイの」。

■家庭教師ソニアがダニに「ニコとはいつからの友達? 高校の?」と聞く。ダニが「ううん。前からだよ。escuelaから」。


escuelaってのはたぶんescuela primariaとかsecundariaという意味でしょ? つまり小学校か中学校のときからダニとニコは友達なんだな。そしてたぶん違う高校に通ってる。(んだと思う。同じ高校に通っているようなセリフは無かったと思うんだ)

(ニコの家庭についての描写は皆無だったと思うんだが)ダニの家庭がわりと裕福であろうことは想像できるよね。バルセロナからちょっと離れた別荘地にプールつきの夏の家を持っているわけだし、大学生の兄はアメリカに行っていて更にもう一年暮らしちゃおうと言っているようだし、ダニも大学に行くつもりなのだろうし、だからこそ両親もバケーションに出掛けるというのに息子のためにお手伝いさんから家庭教師からピッタリつけているのだし。

それでだね。
二つに分けるとしたら、ダニはホワイトカラー、ニコはブルーカラー的に描かれてるんだと思ったのね。

そう考えた時に、ふっとスペイン人の友人が思い出されたんだわ。彼は「ダニ」だった。つまり裕福な家で育ち、望むだけ教育を受けられて、外国に留学もできて、ホワイトカラーの職、それもかなり堅い職業について、自分も富裕層になって、マンションなんか何戸買ってあるかわからんくらいで…。

その彼がクラブでナンパして帰る道すがら慌しくコトを済ませたりある程度の期間つきあったりする相手の男性が必ずブルーカラー的な職業の人だった。もう、必ず。「どうしてかわからないけど、僕はそういう人とこうなることが多いんだ」と言っていた。


『Krámpack』のダニとニコの性指向が逆に描かれてたらどういう仕上がりになっていたのだろうか。つまり、別荘で暮らすダニがヘテロセクシャルで、招かれてやってきたニコがホモセクシャルで、ニコの側が親友への愛慕と葛藤するというのだったら、この作品はどんな雰囲気になっていたんだろか。

その辺、まとまりませんが、グルグルと考えたわけです。

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 21:06

フリアンはちょうど家の前の通りでダニに本当に偶然に会う。フリアンはソニアやその他の友人を招いて夕食を振舞うことになっていたので、ダニにも声をかけてみた。ダニはその場は断ったものの、後でほんとにやってきた。

フリアンがダニを部屋に招き入れると、テーブルについていたソニアや男友達 ――おそらく皆ゲイの―― は興味津々である。面白そうにフリアンとダニを見比べている。

ソニアもフリアンにさっそく突っ込んでいる。「あらー、あなたたち知り合いだったの? ダニが来るなんて言わなかったじゃないの」。

フリアンは「いや、さっき偶然そこで出会ってね」と本当のことを説明しているが、ソニアは「あぁ、そう、‘偶然’よね」とますます面白そうである。「そうね、‘偶然’だよねー」と皆が面白そうに相槌を打つ。

このシーン、なんだか妙に笑えたんだよな。「ふへっ」って声出して笑っちゃったよ。

フリアンが物凄く疑われてる感じがなんか可笑しかった。フリアンはとりあえず嘘ついてないってのに皆が「ははぁ~ん」という目でニヤついているのが。


(※フリアンの狼狽っぷりは、ダニを16歳の女の子に置き換えてみれば合点が行くでしょ。「な、なんだよ、なんだっつうんだよ。なんでもないよ。そんなんじゃねーよ。偶然そこで会ったんだよ、偶然だよ」と、必死で弁解したくもなるでしょ。

そして「友達なんだよ」とフリアンが言えば言うほど周りは「‘ともだち’ねぇ」って目配せするでしょ)

Posted by: Reine | Tuesday, January 01, 2008 at 23:27

「二人またはそれ以上の男子でいっしょに自慰に耽る」ことへの疑問については『Barrio』のコメント欄でも触れました。(日本人の男友達に「君もやったことがあるか」と質問して、回答をもらった)

乗りかかった船ということでスペイン人の男友達にも同じ質問をしてみた。「日本人男子の場合はやっぱりやらないと思うのだ。しかし類似のシーンはスペイン映画ではよく出てくる。私にとっては本件はスペイン文化の謎として在る」と書き添えた。


スペイン人男友達の回答
僕は友達といっしょにいる場で自慰をしたことはないが、しようぜと言われたことならあるし、したことがあるという奴の話を聞いたこともある。

‘スペイン文化’なのかラテン文化なのかヨーロッパ文化なのかは僕にはわからないが、‘一般的なこと’とは言えないと思う。ある年代の男子で、やる人もいる、といった感じかな。

しかし‘とりたてて変わったこと’でも無い。

15歳の時に友人にしようぜって言われたけど、恥ずかしいと感じたし、そんなことしてもあんまり意味が無いと思ったので断った。そいつは、僕も仲のいい別の友人たちとはよくやるんだと言っていた。

もっと後になって、若い時に同じような経験をしたという人の話は聞いたね。だいたいみんな13歳から16歳の間にそういう体験をしていたようだ。

僕は、そういう年頃の子がやる分にはセクシャリティとはあんまり関係が無いと考えている。もっと性へのありふれた好奇心とか謎を解明したい気持ちなんかと関係があるんだよ。

たとえば、自分の性器は普通のサイズなんだろうか、毛が生えてるか生えてないか、まだ精通がないけどおかしいんだろうか、などなどさ。

性科学者だったらもうちょっとわかりやすく説明してくれると思う。
----------------

c⌒っ゚д゚)っφ メモメモ...
いや、もう十分です。ありがとう。

『Krámpack』や『Barrio』『Planta 4』『天国の口 ~』では、ホント、部活動のようなのりでみんな和気藹々とやってる感じだったよ。

Posted by: Reine | Wednesday, January 09, 2008 at 22:08

検索で来ました。
この映画、是非見てみたいと思っていました。レビューを読んでますます見たくなりました。
この映画って性器映ってるんですか(笑)

Posted by: 名無し | Saturday, January 12, 2008 at 03:25

映ってないです。女子のも男子のも。ストーリー性からいって、映る必要が無いからでしょう。

Posted by: Reine | Saturday, January 12, 2008 at 09:06

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