« December 2007 | Main | February 2008 »

Sunday, January 27, 2008

El Abuelo / The Grandfather [スペイン映画]

abuelo昨年4月に作成した『買いたい作品リスト』中の一作。

amazon日本: 輸入版VHSのみ
DVDGO: descatalogado
amazonUKおよびamazon.com: リージョン1ならあり

という難しい状況だったので、amazonUKで購入し、ロンドンの高校同期宅で預かってもらっていました。こないだの年末に彼女が持って帰国してくれました。ありがとう! やっと観られる。嬉しい。

友人Abetchyはスペイン滞在中にこの作品を映画館で観たらしい。見終わったときに隣の席のカップルの女性が「私はわかってたわ。わかってたの」と言っていたとのこと。そう。その女性が思わずそう言いたくなったのも頷ける。ストーリーはある種の「謎解き」を軸に進行するのです。


原作はBenito Pérez Galdós ベニート・ペレス ガルドスの『El Abuelo』(1897年?)。

wikipediaの映画『El Abuelo』のあらすじ紹介より
アストゥリアス地方の郷士ドン・ロドリゴはアメリカですっかり財産を失いふるさとへ帰ってきた。彼は二人いる孫娘のうちの一人が不義の子であると知った。母親、つまり息子の嫁であるルクレシアが不貞を働いたらしい。

ドン・ロドリゴは二人の孫と仲睦まじく暮らすが、二人のうち一人が‘真実の’孫ではないという思いが彼を苛むのであった。財産など何も残ってはいないが本当の孫に家名を継がせたいと願う彼は、どちらが‘本物’なのかを答えよと嫁ルクレシアに迫る。しかし彼女は二人の娘を区別することなどできないとはねつける。


(※ 原作『El Abuelo』は少しばかりストーリーが違うのね。そちらのwikipediaはネタバレっぽくなっていますからここには訳しません。私は映画バージョンの方が美しいまとめ方だと思った。原作バージョンはちょっとどぎついと感じる)

(※ 舞台設定も、アストゥリアスなのかどこなのかは原作には無いようだよ)
________________________


abueloヒアリングとしては楽ではないでしょう。音とスピードはとても簡単だけど、使用頻度の低い語彙の連発だからね。辞書で言ったら肩に「※」だの「★」だのが一つもついていないような語が多い。そして「主部」と「述部」が離れていて「修飾部」も美麗で技巧派なので、文の構造を追うのはそう楽ではない。

高校の友達で、ちゃんとした時代劇が苦手だという子がいた。「だって、昔の言葉づかいなんだもん」と。「拙者」とか「其処許(そこもと)」とか言われるだけでも耳が受け付けないんだって。『El Abuelo』はそういう感じとも言える。

たとえば部屋に入れてもらおうという場合、現代モノだったらコンコンってノックして「Puedo? (いい?)」「Pasa. (どぞ)」だけで済むかもしれない。もっと言えばノックの音とアイコンタクトだけで済まされ得る。無言でも観客は理解できる。

しかし『El Abuelo』だと「わたくしダレソレ、卑しいこの男が麗しき奥様にお目通りを願っておりますが、お許しくださいますかな」「許可しますわ」なんてことになる。たとえば、「奥さんが亡くなったんだってね」に対する答えが「地獄より召喚されてそろそろ一年になりましょうか」だったりする。

そういうわけで気力は使う。体力のないときにヒアリングしようと観る作品ではない。だから最初の60分は3日くらいかけて小分けに進んでた。しかしそこからはやにわにスリリング展開で一気に行けるよ。(※約150分の作品です)


ちょうどその時間帯の走り書きメモ:
途中からはたまらんな。面白いぞ、これ。セリフも。謎解きそれ自体も。人の腹の黒さなんかも。


しかし敢えて言っておこうと思うのは、謎解きが主ではないですよということ。まぁ、これ以上書くと野暮ですから黙っておきます。

面白いし美しくて気高い感動作なんだけどな。リージョン2のDVDが無いってのが痛いね。


(スペイン映画)
El Abuelo@IMDb
・英題『The Grandfather』

El abuelo : (novela en cinco jornadas) - por B. Pérez Galdós - Biblioteca Virtual Miguel de Cervantes: (これ、まだ読んでないのですけど、なんか面白そうじゃない?)

監督: José Luis Garci ホセ・ルイス・ガルシ
原作: Benito Pérez Galdós ベニート・ペレス・ガルドス
脚本: José Luis Garci  Horacio Valcárcel オラシオ・バルカルセル

出演:
Fernando Fernán Gómez フェルナンド・フェルナン・ゴメス ... Don Rodrigo de Arista Potestad ドン・ロドリゴ・デ・アリスタ・ポテスタッド
Rafael Alonso ラファエル・アロンソ ... Don Pío Coronado ドン・ピオ・コロナード(孫娘たちの家庭教師)
Cayetana Guillén Cuervo カイェターナ・ギジェン・クエルボ ... Doña Lucrecia Richmond ドーニャ・ルクレシア(ロドリゴ翁の息子の嫁)
Agustín González アグスティン・ゴンサレス ... Senén Corchado セネン・コルチャード(出世欲の強い男)
Cristina Cruz クリスティーナ・クルス ... Dolly ドリー(孫娘; 長女; ドロテア)
Alicia Rozas アリシア・ロサス ... Nelly ネリー(孫娘; 次女; レオノール)


| | Comments (9) | TrackBack (1)

Wednesday, January 23, 2008

Otra pausita

11月10日のUna pausitaに続き、またしばらくやすみ。ワサワサしているので。

※やすみと言っても、もっぱら「映画鑑賞」の記事のような時間のかかるものを休むということ。


ブログの右サイドバーに「My Library」とあってamazonのウィジェットを置いてあります。

1) 購入したり友人が貸してくれたりなどして手元にある作品群。
2) つまりこれから当ブログで扱われるであろう作品群。
3) DVDじゃなくてVHSで持っている作品もあり。
4) 解説を終えたらウィジェットから取り除いていく。
5) この順に観ていくわけではない。
6) これ以外の作品についても書くでしょう。(ベルランガ作品等)
7) 逆に、ここに表示されていても私がたぶん観られなくて書けないであろう作品もあります。(※エログロナンセンスと悲劇が私は嫌いなので、そういう作品はきっと観られないんだ)

このウィジェットを使うと見やすくてわかりやすいよね。ジャケ写がゴチャゴチャチマチマしてて可愛いでしょ。ちっちゃいものが好きなんだよ、私は。月光町ちっちゃいものクラブのちっちゃい連中みたいなちっちゃいものが。


これを表示させたいがためにamazon.comにまでアカウントを設けたんだが、しばらく経ったころ、「あなたの紹介している商品はあんまり踏んでくれる人がいないみたいなんだけど、もっと多くの人が踏んでくれるようにちょっとあなたも工夫したらどうですか。われわれがそのコツを教えてあげてもいいんですよ。聞く気ありますか」みたいなご親切なメールがamazon.comから来た。

えーっと、だからさ、私はアマゾントラップ ――だ・か・ら・「罠」なのかよ―― は誰かが踏んでそこでお金の動きが生じてくれると思って張り巡らせてるわけじゃないんだよ。いいんだよ、誰もそれで買わなくっても。ほっといてちょうだい。


というわけで、あと2週間ばかりしたら映画鑑賞に復帰します。今後ともよろしくおねがいいたします。

もうね。友人が貸してくれた量が半端じゃなくてですね(ほんと、ありがとう!)、いま私の部屋には向こう2年分はもってしまうくらいの映画がゴロッゴロしています。どーーーすんだろ、これ。これでまたスペイン映画祭なんか近づこうもんなら新たに買っちゃうんだろ、どうせ。それでまた増えるだろ。どうしよう、これ。エンドレスだ。

「観てブログに語句メモなんかを書き終えるまでは死ぬわけにはいかねーな(←DVDがもったいないから)」と思って一日一日を生きてしまう性分なので、こんなに山積みになっていると、つまりあと2年は確実に生きちゃう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, January 13, 2008

Ninette / 蠱惑 パリで出逢った女 [スペイン映画]

ninette覗き部屋みたいな(マドンナのOpen Your Heartみたいなね)、スケベ心に訴えるジャケ写だからそういう趣旨で観ようと思っちゃってる人もいるかもしれないけど、そういうつもりでこれを観るお金と時間があるのなら他のにしたらいいと思うよ。

たしかにエルサ・パタキはきれいで可愛くて美しくて、「ゴージャス」と言うにふさわしい裸体を披露していて、邦題の「こ‐わく【蠱惑】 人の心をひきつけ、まどわすこと。」もあながちミスリードではないと言えるけど、だからと言って、たとえばの話、彼女の演ずるニネッテという娘と男が爛れた関係に陥って明けても暮れてもヌッチャヌチャ音を立てている様が描かれているわけじゃ全く無いんだから。

これ、おしゃれヨーロッパ風味のコメディ基調で、多分に社会風刺的作品だよ。フランコ時代のスペイン社会で何と何が対立する関係にあったのかとか、その辺のことをある程度知ってる人が見れば、それぞれの登場人物が任されている‘役割’が浮き上がって見えてくると思う。なんか、そういう、換喩(っていうのか?)だらけの作品だと思うんだけど。

(※参考: フランコ時代にふれた作品


あらすじ
1959年、ムルシア。
宗教関係の書籍や装飾品の販売店を営むアンドレスは、仕事でパリに行ったアルマンドの噂話を友人達から聞いた。

あいつは向こうで女に全く困らないらしい。パリはこことは違う、自由だもんな。パリじゃ町じゅういたるところでぶっちゅーーーーってキスしてるらしい。ここじゃありえないだろ。それにしたってアルマンドは別にマーロン・ブランドってわけでもなかったぜ? 俺たちとたいして変わんないだろう。っつうか俺たち以下だよ、以下。ここにいるときはアイツ全然モテなかったのにな……

アンドレスはアルマンドを訪ねてパリに行ってみた。アルマンドの紹介してくれた下宿屋は、スペインから亡命してきた共和党員のムッシュ・ピエールとマダム・ベルナルダという夫妻の家だった。夫妻の娘ニネッテとアルマンドは魅かれ合う。
___________________


戯曲はミゲル・ミウラだからね。「だからね」って、私も演劇の授業で名前が出てきたよなぁくらいしか覚えていないわけですが、逆に言えばそんな私でも名前くらいは知っている有名な劇作家です。本作『Ninette』が公開になった2005年は、ミゲル・ミウラの生誕100年でした。

本作は、1964年に発表された彼の戯曲『Ninette y un señor de Murcia ニネッテとムルシアの男』と66年の『Ninette: Modas de París ニネッテ: パリのモード』という二作をくっつけた格好。

『Ninette y un señor de Murcia』の映像化としては過去に、『映画; 1965年』と『TV; 84年』とがある。
______________________


ninetteこの作品は、原作にどこまで忠実なんだろか。65年の映画版はどこまで忠実だったんだろうか。そして65年の映画版とこれとはどれくらい一致しているんだろうか。その辺がよくわからないのでちょっと困っている。

もしも、オリジナル戯曲が本作(と65年の映画版)のとおりだったとするなら、よくこんな作品を64年に発表できたもんだねって、意外な気持ち。

■宗教関係装飾品販売のアンドレスが、共和党員で亡命者夫婦の娘でまったくパリっ娘として育ったニネッテと恋仲になる。

■アルマンドはパリに着いたばかりのアンドレスを映画に誘う。アンドレスは「ポルノ映画か?」と喜んだが、アルマンドはソ連映画に行くつもりでいた。「だってお前、スペインじゃ絶対に観られないだろう。おまえいったい何しにパリに来たんだよ」。

■スペインじゃろくに食べ物だって手に入らないだろうとニネッテの父が言う。(アンドレスは「それはオーバーですよ」と一応つっこんではいた)

■ニネッテの父は教会には絶対に行かない人で、だけど親しくつきあっている神父がおり、二人は互いに「あんたといっしょにいるところを見られるとマズいんだ」と言い合っている。そしてまた、「教会は随分と愚かなことをしてくれたもんだ」「いや、あんたたち共和派だって馬鹿だったとも」と言い合う。

■パリからムルシアに移って来てからも、ニネッテは肌も露な服装でその辺をうろうろしている。それを向かいに立っている兵舎から軍人が覗き見している。

■アンドレスの宗教グッズ店のことをニネッテは「古臭いし、どうせ客が来るでもないんだから閉めちゃいなさいよ。パパ(=パリでシトロエン勤務)が車の販売店をやろうとしてるから、ここはショールームにしちゃえばいのよ」と言ったりする。


………64年の戯曲の時点でもこのとおりだったのなら、けーーっこう‘勇敢’じゃないのか。フランコ時代にこれは。


(スペイン映画)
Ninette@IMDb
蠱惑(こわく)パリで出逢った女@ぽすれん
蠱惑(こわく)パリで出逢った女@映画生活

監督: José Luis Garci ホセ・ルイス・ガルシ
戯曲: Miguel Mihura ミゲル・ミウラ
脚本: José Luis Garci  Horacio Valcárcel オラシオ・バルカルセル

出演:
Carlos Hipólito カルロス・イポリト ... Andrés アンドレス
Elsa Pataky エルサ・パタキ ... Alejandra 'Ninette' ニネッテ(本名アレハンドラ)
Enrique Villén エンリケ・ビジェン ... Armando アルマンド
Beatriz Carvajal ベアトリス・カルバハル ... Madame Bernarda マダム・ベルナルダ(ニネッテの母)
Fernando Delgado フェルナンド・デルガド ... Monsieur Pierre ピエール(ニネッテの父)
Mar Regueras マル・レゲーラス ... Maruja マルッハ(事務員)

| | Comments (7) | TrackBack (1)

Saturday, January 05, 2008

Barrio [スペイン映画]

barrio2004年11月にスペイン人の友人たちに最近数年間のスペイン映画のおすすめタイトルを教えてくれと頼んだところたくさんの返事をもらえた。(⇒ películas españolas 'recién' estrenadas) その中に『Barrio』もあった。以来ずっと悩み続けたけど、この夏ようやく買った。


2004年11月にこのブログで紹介するのに、どこかスペインのサイトにあった紹介文を訳した:

マドリード郊外に暮らすJavi, Manu, Rai。夏は単調で退屈。お金も無い。女もいない。そんなことばっかり考えてる。町を出たい、海を見たい、夢掴みたい。で、いろいろやらかす。


ホントにそうとしか訳せないシンプルな文だったんだよ。だから私は次のように書き添えておいた:

これなんか読むと、まんま『Hola, ¿estás sola?』みたいだけど、そこのところはどうなんだろうか


こないだ『Hola, estas sola?』を観直したところなので、ついでに『Barrio』も観てみることにした。さて、共通点があるのかないのかと。


ライ15歳:
手癖は悪く、気性は荒い。両親と兄がいる。兄はガードマンの仕事についておりピストルも携帯しているし彼女もいる。ライは兄を誇りに思っている。「うちの兄ちゃんはこの辺の出世頭だぜ」。ヨーグルトの蓋を集めて送ると抽選でペア旅行が当たる懸賞に惹かれる。

ハビ:
稼ぎは少ないが横暴で陰険な父とそれをこらえて泣き暮らしている母との間には喧嘩が絶えない。母の実父で聾唖者である祖父の存在がどうも父には目障りらしい。姉のスシをライは褒めていた。「お前の姉ちゃんはいいケツをしてる」と。

マヌ15歳:
酒好きが祟って依願退職した父と二人暮らし。母は死んだと聞いている。「墓は知らない。どこにも無くったっていい。あったら会いに行かなきゃいけない」。父によれば兄は仕事でほうぼうへ行っているらしく、ここ数年帰省もしないし誕生日に電話一つくれない。マヌはいつでも兄の電話を待っている。宅配ピザのバイトを始める。バイクなど持っていないのに。


pencil 始まって10分のメモ】
……あぁ、これはマズい……。さては、これ、ジャンル=ドラマだろー。IMDbの作品トップページのGenre欄に「Drama」としか書いていないのは私の鬼門だ。やっぱりそうでやんの。ほらね

「ジャンル=ドラマ」であっても『Lugares Comunes』のように生きる力を与えられるような作品もある。『Azuloscurocasinegro』のようにチクッと来るけどジワァァンと感じられる作品もあるし、『Martin(Hache)』のようにドボドボ泣きながらも観たことを人生に感謝したくなるような作品もそりゃあるよ。

だけど、「ジャンル=ドラマ」は基本的に危険だ。どよーーーーーんと沈みがち。私は笑いながら映画を観たいの。映画の中でacomodadaな(=生活にゆとりのある)人々がjijijajaと楽しんでいてくれればそれでいいの。追い込まれてのた打ち回る人を見たくはないの。

これはまずい。


pencil 20分のメモ】
うつろだ。明るい表情を誰もみせてくれない。


pencil 30分のメモ】
ずーっとtenso(=張り詰めている)よね。登場人物みんな、カルシウムが足りてない

こういうの、あたしヤなんだよね。良い映画と好きな映画って必ずしも一致しないからな。

ちょうど一年前に観た『Hector』についてのスペインのサイトに、「ストーリーは緊張に満ちている。各場面で辿り着くであろうサイアクの結果を観客が常に警戒するように練られているから」「こういう場合はこういうサイアクの展開が来るはず…とハラハラさせられるのだが、この映画はそういう具合には進まない」といったレビューがあった。

そう、『Hector』は『Barrio』と同じような社会階層の人々が同じように狭苦しい空間でぶつかりあっている様子が描かれていたけど、なぜか安心してみていられた。空気が違ったよ。『Barrio』は、「この後キッツい展開来ますよ、来ますよー、ほら、来るよー」と半鐘を鳴らしっぱなしの印象。tensión(緊張状態)がうっとうしい。逃げ出したい。

※『Hector』のファニーのお父さんと『Barrio』のハビのお父さんは、たまたま同業。
※『Hector』の地域・階層の方が、『Barrio』のそれよりもずっとマシだったのだろう。
※『Héctor』といっしょでElías Querejetaのプロダクションね。

ちゃんとカタルシスが待っていてくれればいいけど、これで、あぁた、投げっぱなしだとしたら、ほんとヤだぜ。


pencil 観終わった今のメモ】
カタルシスはあったとも。
観終わってすぐ買い物に行ったんだが、帰りの遊歩道で思い出して、えっくえっく泣きながら歩いてきたよ。ゴボウを左手に持って。しゃくりあげるのは8月の『Elsa y Fred』以来かな。それでも、コメディ派の私としてはここはひとつ意固地になっとくかな。好きか嫌いかどっちかの引き出しに放り込めと言われたら「嫌い」の方にあえて入れておくよ。

だけど、観た方がいい。観ておくべきだ。べきべき言いたくないけど、これは観とかないといかんのじゃないのか? スペインを知りたくなったときに、これとか『Los lunes al sol / 月曜日にひなたぼっこ』も観とくといいよ。(※監督いっしょね)

あぁ、やっぱ好きだ、これ。
こんな人生見せられちゃしょうがない。



監督・脚本: Fernando León de Aranoa フェルナンド・レオン・デ・アラノア
出演:
Críspulo Cabezas クリスプロ・カベサス ... Rai ライ
Timy Benito ティミー ... Javi ハビ
Eloi Yebra エロイ・イェブラ ... Manu マヌ

Marieta Orozco マリエタ・オロスコ ... Susi (スシ=スサナ; ハビのお姉ちゃん)
Alicia Sánchez アリシア・サンチェス ... Carmen(カルメン; ハビのお母さん)
Enrique Villén エンリケ・ビジェン ... Ricardo(リカルド; ハビのお父さん)
Claude Pascadel クラウデ・パスカデル ... Antonio(アントニオ; ハビのおじいさん)

Francisco Algora フランシスコ・アルゴラ ... Ángel(アンヘル; マヌのお父さん)
Nicolas Abraham ニコラス・アブラム ... Carlos(カルロス; ライのお兄ちゃん)

(スペイン映画)
・barrio: 「地区」とか「町内」とか「界隈」とか、「近所」とかそんな感じ。

会話を聞こうとするのには音楽はかなり邪魔だけど、サントラは面白そう。


| | Comments (15) | TrackBack (3)

Friday, January 04, 2008

¿Hola, estás sola? [スペイン映画]

hola, estas solaもう10年以上も前になるのか、スペインの学校で何度か観た。『El Sur』で15歳になったエストレージャを演じていたIcíar Bollaínが監督した作品です。長編としては彼女の最初の作品。

私の手元にあるこのビデオはどうしたんだっけ? 私が買って帰ってきたPALを友人mona氏にNTSCにダビングしてもらったのかな??? (いつもthx!) 音質・画質はけっこう劣化しちゃってたな。10年以上経ってるからね。今世紀初頭に再生したのが最後だったからな。mona氏も、家にあるビデオ、早く観ちゃった方がいいですよ。溶けてるかもよ。

絵も不鮮明だからこれまで気づかなかったけど、主人公ニーニャのふにゃふにゃした彼氏役でDaniel Guzmánが出ていたんだな。(『Aunque tu no lo sepas』の‘番長’っぷりが印象強くてけっこう好きになっちゃってんのよ)

それと、IMDbで配役を眺めていて、『漆黒のような深い青』の兄ちゃん役だったAntonio de la Torreも出てたのかー!とこのたび知って、それがわかってて観ていたはずなのに気づかないまま終わっちゃったよ。この映画は登場人物が少ないので、「だって、彼だったとしたら‘あの人’しかいないじゃん。え? マジで? うそー。んな、無い、無い」と言いながらテープを巻き戻して頭から早送りして見直したらやっぱり‘あの人’だった。イヤー、気づかなかった。

Antonio de la Torreはマラガ弁ネイティブという理由もあって起用されたんだろうか。なんてことを考えた。そう、この映画、途中からはマラガ(トレモリーノス)が舞台になるのでね。


主人公ニーニャはバジャドリーに住む二十歳くらいの女の子。言わばニートです。何をするでもない娘に対し父は自分の経営する店を手伝うか何か学校でも行って勉強するようにと日ごろから口を酸っぱくしている。ある朝ニーニャは恋人と裸でベッドにいるところを父親に見つかり、いつもよりも激しく叱責される。今後は小遣いなどびた一文やらんと言われたので、荷物をまとめて家を出てしまう。

友人のトリニもちょうどアパートを叩き出されることになったので二人は「金持ちになる」ためにどこかへ行くことにする。荷造りをしているところへニーニャの彼氏がやってきた。

「私たち行くから」
  ―― (゚Д゚)ハァ?」
「金持ちになるの」

  ―― ( ゚Д゚) どうやって?
「それは着いてから考えるわ」
  ―― あぁ、うん、着いてからね。って、どこに?

「あぁ、そうだ。どこにする?」
「あんた、北と南とどっちがいいと思う?」
  ―― 俺は南はよく知らない

「北って寒いわよね」
「北はやめようよ」
「あたし、ビーチに行きたい!」

グラナダのアルハンブラの獅子の中庭など、スペイン各地の名所の写真が載っているカレンダーをトリニはめくっている。

  ―― 俺はカディスがいいね。第一グラナダにはビーチは無いよ。
「じゃ、これは?」
  ―― それはマラガ。トレモリーノスだろ

「マラガじゃ誰も働いちゃいないのよ。みんなヤシの木の下で一年中ダラダラしてるんだよ」


行き先はトレモリーノスに決まった。
「切符は?」「切符は高すぎ」。

車運車に積載された自動車の鍵をトリニがごちょごちょいじくっているとやがてカチンとあいた。南へ向かう列車の(上の車の)中で語らううち、ニーニャはトリニの孤独な生い立ちを少しだけ知らされた。トリニは施設で育ち脱走したこともある。父の顔を知らない。母にもほとんど会ったことがない。「他にやることがあったんでしょ」とだけ言うとトリニは窓の外を見て黙り込んでしまった。

トリニもまたニーニャの孤独を少しずつ知っていく。「 ニーニャ、あんた、マドリードにお母さんがいるって? なんでそれを早く言わなかったの? だったらマドリードに行こうよ」とトリニははしゃいだ。きっとそこには‘母’のいる‘家’があるから。

暗い瞳で「あんなオンナ」と吐き捨てたニーニャの横っ面を、トリニは思わず張りとばしていた。


二人の行く先に素敵な絵がたくさん架かっていて、この子たちはその絵に近づこうとするんだけど、足元をちゃんと確かめていないもんだから床に落ちている画鋲を踏んづけてばかりいる。画鋲を踏むたんびに痛い痛いと泣き沈み、悪態をついて当り散らす。でもそうやっていくうちにいつか素朴な絵を自分で描けるようになるんじゃない?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


・(スペイン映画)
Hola, ¿estás sola? @IMDb
・直訳: ねぇ、貴女独り?
・英題: Hi, Are You Alone?

監督: Icíar Bollaín イシアル・ボジャイン
脚本: Julio Medem フリオ・メデム  Icíar Bollaín

出演:
Silke シルケ ... Niña ニーニャ
Candela Peña カンデラ・ペーニャ ... Trini トリニ
Álex Angulo アレックス・アングーロ ... Pepe ペペ
Elena Irureta エレナ・イルレタ ... Mariló マリロー (ニーニャの母)
Arcadi Levin アルカディ・レビン ... Olaf オラフ (ロシア人)
Daniel Guzmán ダニエル・グスマン ... Novio (ニーニャの彼氏)


大昔、このオリジナルシナリオ本(右)を買って帰国したのでした。(1800ペセタ; 円が0.9掛けくらいだった頃かな)

後でちょっと説明するけど、セリフなどが実際の映画とおんなじっていうわけではないです。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

Thursday, January 03, 2008

El mismo amor, la misma lluvia [アルゼンチン映画]

el mismo amor la misma lluviaDVDの箱のあらすじの訳
ホルヘは28歳。アルゼンチン文学界の新星である。しかし現在はニュース雑誌に小編のロマンスを寄稿して生計を立てている。ある夜ラウラという女性と知り合った。彼女は夢多きウェイトレスで、ウルグアイで美術展を開くといって出て行ったきり数ヶ月も連絡をよこさずにいる恋人の帰りを待ちわびている。

ラウラとホルヘは付き合い始めた。ラウラはホルヘには才能があると信じ、本当の小説を書くようにと強く後押しする。しかし一緒に暮らすようになって二人の仲はこじれ、ついに別れを迎えてしまった。

出会ってからの20年という歳月を通して、登場人物の歓喜や幻想や失望そして希望が、機知と情感と皮肉をふんだんに交えて描かれている。

l・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


一組の男女の20年をかけた曲折を見届ける作品っていうと『Aunque tu no lo sepas』っぽいかもな(あちらは25年)。でも、私には『Aunque ~』の方がわかりやすく、感動も涙の量も多かった。

『El mismo amor, la misma lluvia』は私の庭じゃない感じでね。どうも勝手が…。

アルゼンチンのスペイン語に慣れていて、アルゼンチンに思い入れがあって、できればアルゼンチン現代史に明るい人ならば『El mismo amor, la misma lluvia』は相当にグッと来ただろうと思います。

(その辺のことはただの呟きだし無駄に長くなるから後でコメント欄に書きますわ)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


タイトルは『同じ愛、同じ雨』(直訳)ですからあらすじを読むまでもなく愛が繰り返されているのだろうと想像できるし、ジャケ写もタイトルに沿った雨模様で、ディスクを入れた途端にお三時のティータイムみたいな優雅な音楽が心地よく流れるし、『El hijo de la novia』と同じスタッフによる作品なので、温かく美しいラブストーリー的なものを予想しつつ私は観始めたのです。

微笑まじりのナレーションで始まってから5分……。。

えぇ、たしかにそうなんですよ。美しいロマンスの序章っぽい印象的な出会いのシーンもありましたよ。でもね。セリフの端々を拾って調べてしまうとやはり時代を覗いてしまうわけでね。


1980年。
主人公ホルヘは出版社で旧友のマストロナルディに会う。担当編集者のロベルトはマストロナルディを避けているようだ。ロベルトはマストロナルディに仕事を与えることができないのだ。「お金のほうはなんとかなってる?」「スペインから持ち帰った分がまだあるから、なんとかね。なんだっていいから仕事をくれないか。闇の仕事でもかまわないんだ」「や、闇の仕事って、よしてくれよ。スペインに亡命してたのになんだって今になってわざわざ帰ってきたんだよ。この国には検閲があるんだよ。わかってるだろ」


「そっか、そういう時代なんだよな」と思って、そこでちょっと調べ始めたのね。


アルゼンチンの教育科学省のサイトの「La dictadura militar en Argentina (24 de marzo de 1976 - 10 de diciembre de 1983) (1976年3月24日から83年12月10日まで続いた軍事独裁政権について)」というページに当時の検閲のことも書いてあるので、ちょっと読んでみる。ほんと、ちょっとだけ:

hairsalon 1976年3月24日、イサベル・ペロン(=故ペロン大統領の妻)解任。ホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍や軍部のエドゥアルド・エミリオ・マセラ、オルランド・R・アゴスティらの率いる軍事評議会が政権を掌握。ビデラが大統領に就任。海・陸・空軍の政権参入を定め、「国家再建プロセス」と称する体制がここに始まった。……略……(なんだかんだ対外債務とか大変なことになっていって云々)……略……

……(えっと、全文を訳そうとしているとヘロヘロでなかなか映画鑑賞が始められないので、以下キーワードだけ拾ってみます)………


・「国家によるテロ」
・市民の政治参加を徹底的に排除する動き
・あらゆる民主勢力に対する容赦ない弾圧
・民衆に恐怖を植え付けることで秩序を保つ
・反体制派を根絶やしに
・アルゼンチン史上最も血生臭い体制の誕生
・学生、労働組合主義者、知識人、専門家は拉致・殺害され、‘消えた’
・この時期、亡命していった人は多い


☆検閲
☆反体制派
☆汚い戦争(Guerra Sucia)
☆不当弾圧
☆拷問
☆収容所
☆デサパレシード(失踪者)
子供の‘収奪’
ナイト・オブ・ペンシルズ
五月広場の母たち ……etc. etc. 


………そうですか……ロベルトのような出版業界とマストロナルディやホルヘのような著述業の置かれた状況がわかりましたね。わかりましたけど……あぁ、もう……知りたくないようなこともたくさん知っちゃったじゃないか……

ということで、調べてるうちにどんどん逸れていったので簡単にまとめておいたのが、11月の『SOAについてのちょっとメモ』だったのです。


『El mismo amor, la misma lluvia』は10月末に最初の約20分まで観てあって、しかしながら、途中でこんな寄り道をしていたのでペンディングでした。このたび2ヶ月ぶりに続きを観てみたら、ちょーーーーーど私が一時停止していたところの次のセリフからまさにそういうシーンが始まっていました:

知り合って間もないラウラとホルヘがレストランで食事をしていると警察が踏み込んでくる。「みなさん、どうもこんばんは、どうぞお静かに身分証を提示してください。はい、そこのお嬢さん、身分証。静かに。どうも……」。

そしてみんなまとめてバスに押し込められるシーンへと続く。「入って、早く、入れー」。

二人はその他大勢とともに収監されている。そばにいた若者が「指紋とられました?」とホルヘに訊いてきた。「だったら大丈夫っすよ。とられない時がヤバいんですよ」。ホルヘは柵越しに隣の房のラウラの手をとって指先の黒インクを確認して深い安堵のため息をついた。

柵越しに二人が手をしっかり握り合うシーンは映画序盤だというのにジーンと来ちゃった。だって、握り合うその手に込められた思いって半端じゃないでしょ。


で、このさき怖いシーンや酷いシーン、悲しいシーンがあったらどうしようって警戒しながら観ていったわけですが、そうね、そんな心配は無用でした。穏やかな愛の物語でした。

El mismo amor, la misma lluvia@IMDb
(英題: Same Love, Same Rain)
(アルゼンチン映画)

(2006年9月、スペイン旅行のmona氏に買ってきてもらったもの。ありがとう。やっと観終えたよ!)

(このDVDには字幕なし。アルゼンチンの映画で字幕が無いと頭が痛い)

監督: Juan José Campanella フアン・ホセ・カンパネラ
脚本: Juan José Campanella  Fernando Castets フェルナンド・カステッツ

出演:
Ricardo Darín リカルド・ダリン ... Jorge ホルヘ
Soledad Villamil ... Laura ラウラ
Ulises Dumont ... Márquez マルケス (年配の政治記者)
Eduardo Blanco エドゥアルド・ブランコ ... Roberto ロベルト(編集者)
Graciela Tenenbaum グラシエラ・テネンバウム ... Marita マリータ(ラウラの親友)
Alfonso De Grazia ... Mastronardi マストロナルディ (仕事を求めている記者)
Alicia Zanca ... Sonia (マストロナルディの奥さん)
Mariana Richaudeau ... Leticia レティシア (編集部員; ホルヘと親しい)
Alejandro Buzzoni ... Sebastián セバスティアン (マストロナルディの息子; 成長後)
Rodrigo De la Serna ロドリゴ・デ・ラ・サルナ ... Micky ミッキー (若い編集部員)

| | Comments (6) | TrackBack (4)

Tuesday, January 01, 2008

Krámpack / ニコとダニの夏 [スペイン映画]

Krámpack両親がダニを一人残して旅行に出掛けていった。これからダニはプールつきのこの別荘で夏休みを満喫するわけである。中学のときからの親友ニコも電車でやってきた。ニコとやりたいことは山ほどある。いっしょに狩りもしたい、釣りにも出かけたい。

以前からの知り合いで蠱惑的なエレナと、その従妹で美しいがあどけなさも残るベルタとも町で再会し、いっそう浮き立つ二人である。特にニコは「SEXしないまま17の誕生日を迎えるなんてごめんだ」と日頃から言っているだけあって、エレナに急接近している。

ダニはおもしろくない。「お前が来なきゃよかったのに。俺はわかってたんだ。お互いイラつくってわかってた。わかってたのに」。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

映画の作りのこと、私はまるでわかってないけど、これ、よくできていると思う。(コメント欄でネタバレ気味にいろいろ書きます)(この先は読まないで、もう観ちゃってほしい)


これは2000年の作品で、主要四人の生年は以下のとおり:

Fernando Ramallo (ダニ役): 80年生まれ
Jordi Vilches (ニコ役): 79年生まれ
Marieta Orozco (エレナ役): 78年生まれ
Esther Nubiola (ベルタ役): 83年生まれ

四人とも実年齢よりもちょっと年下の子を演じているわけだけど、うまいね。いや、すごいと思うよ。人物像をかなり現実的に表せていると思いました。この子達に決めた制作陣の目が優れていたということかもしれないけど。


童貞を喪失したくてしかたないニコは如何に女の子の気をひくかについて研究熱心で、どこで聞きかじったのかいろんなセオリーをお持ちのようである。

ニコによれば喉仏が大きく目立つことこそオトナのオトコの証らしい。「女はそこに目が行く。大きいことはいいことだ。足のサイズがいくら大きくなっても足じゃぁ外から見えないからダメ」。

毎晩のようにダニとニコはいっしょに自慰に興ずる。サッサと始めようとするニコを制してダニが言う。「手をこうして……それでしばらくジッとしてろよ」とダニは太股の下に手を差し入れてみせる。「血が回らなくなって手がしびれるまで待て。そうすると誰かにやってもらってるみたいな感じになるから……手がしびれて……チリチリするまで待て……」。

この行為を二人は「Krámpack」と呼んでいるのだった。


こういうミドルティーン~ハイティーンの男子の背伸びした会話が見ていてヒヤヒヤするやらニヤニヤするやらで、おっさん気恥ずかしくなっちゃったよ。男子中高生らし過ぎて照れる。ダニとニコが大人になってこの夏の数々の言動を思い出したら絶対恥ずかしくなっちゃうから。そのいたたまれなさを思うと、いま私が恥ずかしい。目を逸らしちゃった。

女子はというと男子よりも何歩か先を行っていそうで、「ひとりの女として扱ってよね」とか「あなたじゃなくても男は他にいくらでもいるんだから」など、いっぱしのセリフを決めている。


ティーンの夏物語をニヤニヤと遠目に楽しんでいた私は、次第に切なさを感じ、やがて真剣な眼差しでダニを見つめながら「性」「愛」について思い巡らしていたのでした。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

Krámpack@IMDb
(スペイン映画)
(英題は『Nico and Dani』)

『ニコとダニの夏』としてシネフィルイマジカで放送されたことがある

監督: Cesc Gay セスク・ガイ
脚本: Tomás Aragay トマス・アラガイ  Cesc Gay   
戯曲: Jordi Sánchez ジョルディ・サンチェス

出演:
Fernando Ramallo フェルナンド・ラマーリョ ... Dani ダニ
Jordi Vilches ジョルディ・ビルチェス ... Nico ニコ
Marieta Orozco マリエタ・オロスコ ... Elena エレナ (すきっ歯気味の子)
Esther Nubiola エステル・ヌビオーラ ... Berta ベルタ (その従妹)
Chisco Amado チスコ・アマード ... Julian フリアン
Ana Gracia アナ・ガルシア ... Sonia ソニア (家庭教師)
Myriam Mézières ... Marianne マリアンヌ

| | Comments (14) | TrackBack (3)

« December 2007 | Main | February 2008 »