Cría Cuervos ... (2) / カラスの飼育(解読編)
(データ編ではとてもとても書ききれなかったので)
さて本題。(※この解読編ではネタバレ必至です)
大人になったアナが子供時代のアルバムをめくっているようなシーンで映画は始まる。自分が生まれた日の母の幸福に満ちた顔、母と二人で写る自分もまた穏やかに笑んでいて、庭を姉と元気いっぱいに走り回り、妹が生まれやがて大きくなって…。母がいた頃アナは幸せだったのね。母に愛されて、母を愛して。
母の若い頃の写真に「ママ、18歳、社交界デビュー。綺麗!」と書き込んでいる。よっぽど母親が好きじゃなきゃ書かないでしょ、これ。どうかね。
そんなアナが、夫の浮気を嘆き病苦に苛まれた晩年の母の姿をどう脳裏に焼き付けたのか、父と母の不和をどう受け止めていたか、母の死をどう理解したのか、そもそも理解できていたのか、喪失感と孤独感はやがて何に転化して、アナはそれをいったい何に転嫁していったのか、そういうの考えるとこの映画つらいよね。10歳にも満たないうちにずいぶんと重苦しい人生を覗いちゃったよね、この子。何を抱えこんできたのか、この後彼女は解放されたのか。
父の死後、アナは叔母に言う。「前にパパがアメリアさんは綺麗だってママに言ってたのよ。ママは『そんなでもないんじゃない』って言ってたけど、わたしは綺麗だと思うの。でしょ?」
猟色のアンセルモと知人アメリアの間に起きていることに母ももう気づいていただろうし、両親の短い会話だけでアナも察してしまったのだろうし、あるいはアナは父の浮気現場を実際に目撃したのだろうし。それらは幼女にはきつすぎる。何よりも、母が知ってしまったんだと悟ってしまったことが、アナにとっては最も不幸だったと思う。
この映画はオカルティックでもあるよね。
私なんて廊下を左から右へ歩いていった母が再び左から現れた時はゾヮッとしちゃったよ。これはアナが勝手に見てる幻影だからとわかりきっていても。
「うちの子供には霊が見えてるみたいです」「よく一人でお話しています」などという相談事をネットで見かけたら「いい大人が何を言ってるんだ」「お子さんのもっと別の方面を心配してやらにゃいかんよ」と思いますが、アナの場合もそこが心配になったね。
(知りもしないでいい加減なことを言いっ放しにしますが)「イマジナリーコンパニオン」というの? アナが見ているのはそんな感じのものだよね。でも、そういう‘相棒’に自分の母親を据えるっていうのは、よくある症例なの? そこんとこが薄ら寒い。
アナにはイマジナリーな母をできるだけ早く健全に失って欲しい。で、この映画はたぶん長期休暇の間の出来事を描いているのだけど、この休暇中にアナはイマジナリーの世界から脱け出したのだと思うよ。もうたぶんイマジナリーな母の姿を見ることはないだろう。
この先、もうネタバレ不可避です。勘弁。
サスペンスでもあるよね。
アナは二人の人間を殺し、更にもう一人に自殺教唆(だか自殺幇助だか嘱託殺人だか)をはたらくわけですよ。いや、実際には一つも達成できていないのだけど、アナの思い込みの中ではアナは有能で冷然とした殺人者でしょ。
前章で書いたあらすじ紹介より:
>父の葬式の朝、アナは姉のイレネに語る。
>「苦しそうな声が聞こえたから部屋に入ったらパパは死んでたの。そしたらママが来てね…」
この少女は嘘はついていない。けれども真実を語ってもいない。隠すべきことをしっかり隠してる。「パパは死んでた」のと「ママが来て」との間の自分の行動を伏せてる。こんな叙述トリックまでこなす少女ってどうよ。家族を易々と欺いてるのよ。
パパの部屋にあったコップを片付けているところへ母がやってきたよね。あの時のアナの嬉しそうな誇らしげな笑顔。あれは「ママ、あの男を殺してあげたわよ」ではないの? 後からじわじわ来る怖さだ。
そして、亡き父に代わって自分の家での専横的な存在となった(と勝手に思い込んだ)叔母を同じ手口で殺る。もう手慣れちゃってるの。コップを洗う手つきもいっしょ。作業としての殺人。どうよ、この少女。
さて。データ編と解読編と、二章にわけてまで長々と書いてきましたが、ここまで書いてもまだ45%だね。ここからがこの映画の本当の本題。
冒頭のアルバムの中には父との写真もある。母や姉妹との写真と比べて、父の写真のなんと少ないことか。そして、父の写真に何かしら言葉を書き添えている様子はまったくうかがえないのである。父の写真はとりあえず挿んであるといった感さえ漂う。
国王フアン・カルロス1世がさまざまな正装でポーズをとってくれているサイトの写真を見たかんじ、アナのお父さんアンセルモは陸軍の人だよね。そして屋敷の広大さ加減や交友関係から察するにたぶんわりと高官だよね。
女中ロサが彼の経歴を三姉妹に説明するシーンがあったね。「Se fue de voluntario, luego estuvo en el frente de Rusia en la División Azul. 青の部隊に志願してロシア前線へ行った」。
División Azulとは
⇒ スペインハンドブックより:
【第二次大戦と国際的孤立】
ドイツ・イタリアの援助を受けて内戦に勝利したフランコ政権は,1939年9月に第二次大戦が始まると,枢軸国に対する親近感を隠しはしなかったものの,内戦による荒廃の中で新たな戦争に参加する余裕もなく,独ソ戦線に約2万の「青い旅団」を義勇兵として派遣する(1941年7月)にとどまった.
⇒ スペイン・ポルトガルを知る事典(旧版)より:
【孤立化と国内統合】
外交分野では,フランスとの国境の町アンダイで,フランコとヒトラーの会談が行われ,第1に第二次世界大戦におけるスペインの中立政策,第2に枢軸国と友好関係を保ちつつも,戦争協力はしないことが取り決められた(しかし,最近,第2の点には疑念が出ている).ところが41年,フランコはロシア戦線へ<青い旅団>(計約5万人,フランコ体制の一翼を担ったファランヘ党の青色の制服を兵士が着用したため,こう呼ばれたといわれる)を派遣した.このため第二次世界大戦後ソ連はスペインが国際連合の原加盟国になることを承認せず,その国連も46年にはスペイン排斥決議案を可決した.
いつもの私ならさっきのとこまでで完成とするところですが、今回は珍しくここで他人の解釈を探し求めてみた。(※普段は私は書く前に他人の文章は絶対に見ない) それはやっぱり軍服が気になっていたからでした。
そうして斜め読みしたのはこれらのサイト(個人サイト含)(以下、精確には訳していませんよ。私の都合のよいように訳しています←ヒデぇ)
1) Cría cuervos. La enfermedad de la inocencia. (crítica/review)
・祖母: 無言・意思表明できない・家族から隔ったところで思い出の中だけで暮らしている・音楽と写真が生活 ⇒ 「芸術」
・毒として用いられる牛乳: 子供にとっての基本的な栄養源・アナはそれを母からは得られなかった
・大人の真似をする子供たち、あるいは大人が子供のようにしかふるまえないということか
・ピアニストの夢をアンセルモとの結婚によって捨てなければならなかったマリア ⇒ 「独裁政権の出現によって殺された芸術、そして女性に対する男性の破廉恥な強権」
・アナがピストルを構える ⇒ 「当時の軍部の攻撃的なありようを連想させる」
2) La Huella Psicológica del Franquismo en el Cine Español de los Noventa (※たぶん学生の論文; 「気に入らない」との読者コメントもあったりする)
・この作品は寓意的にはフランコ独裁体制の末期を描いたものだと読み取ることができる。
・アンセルモ ⇒ フランコ
・妻 ⇒ スペイン; 失望と不満を抱えている
・娘アナ ⇒ 若い世代; これまでのカウディージョによる支配に服従しない世代・あまつさえ支配者の滅亡を企図する
・「1974年から構想を練り1975年に撮影が行われたのであるから、つまりフランコはまだ生きていたのだが、サウラ監督はフランコ総統の死よりも前にフランコ体制が死んでいることを確信していたのである」
・サウラはスペインの将来をはっきりと描くことはしていない。アナの両親の代替として登場するパウリーナ叔母はやはり軍部的ともいえる‘権力者’であるし、
・ニコラスもまた旧友アンセルモ(=フランコ)に裏切られた格好である
・アナの姉妹 ⇒ 順応主義の若者
・祖母 ⇒ 変革を期待することに疲れ果てもはや何も夢を抱くことのない世代
・女中ロサと愛人アメリア ⇒ 権力のそばにそれぞれ居ながらもその方策に本当の意味で賛同することはなかった階層
・アンセルモの死でいろいろと崩壊していく。女中ロサは生前は特に抵抗するでもなかったくせにアンセルモが死んだ途端に厳しい批判を展開する……略……
・カルロス・サウラはこう語った。「『カラスの飼育』は死と崩壊のプロセスを描いた映画だ」
3) Cria Cuervos: Criterion Collection
・サウラがこの作品を撮ったとき、スペインはまさに過渡期にさしかかっていた。右派の独裁者フランシスコ・フランコが本作の公開からまもなく死ぬことをサウラはもちろん知らなかったが、フランコ体制の終焉を見事に予知していたといえよう。
・三世代が描かれている。スペイン内戦前を知る世代、フランコ体制と同時進行で成長した世代、そして今、解放されることを待ち望んでいる次世代
・アンセルモ ⇒ フランコ
・マリア ⇒ スペイン、傷つき病んだスペイン
・アナ ⇒ 若者、新しいスペイン、古いスペインを葬ろうとしている
4) ペンシルバニア州立大学でのなにか教材としてのファイルかな
5) その英語版か
もうこの辺で切り上げていいと思います。
こんな風に映画を作るのって大変だと思うのよ。そしてこのように映画を観なきゃいけないとしたら、それもホント難問だよなと思います。
私なんか、そういう鑑賞眼はほとんど無いからね。おでこに札(ふだ)でも貼っといてくれないとわかりません。
こんな風に
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Comments
メモ
1) スペインでの公開は「1975年1月1日」。
フランコの死は「1975年11月20日」。
2) 参照したサイトのうち1)と2)はアナの母の名を「アナ」としているけどそれは間違いでしょう。夜中の夫婦喧嘩の中でアンセルモは何度か「マリア」と呼びかけている。
Posted by: Reine | Sunday, November 04, 2007 23:04
私、次は『Ay Carmela』を予定していたのですが、ちょっと延期。次は何も調べないで書き終わるような作品にするんだ。
Posted by: Reine | Sunday, November 04, 2007 23:08
ネタバレ寸止めってところまで通読しましたが、
レネ山さんの凄さにびびりました。
あなたは只者じゃないわ!
カラスの飼育、ホントに有名だよね。
ですがサウラの作品だということは今回はじめて知りました。
ぜひとも観てみたい。
Posted by: unico | Tuesday, November 06, 2007 09:10
もはや古典?とも言えるのかもしれませんネー。
”ミツバチのささやき” ”カラスの飼育” ”エル・スール”は
”アナ・トレント三部作”と勝手に命名しております。(笑)
確かに三作品とも観ているはずなのですが、最近ケロッと忘れて
しまって思いだせない映画の多いこと...。(苦笑)
上記では、”ミツバチのささやき”だけしか思い出せない...。(泣)
映画は観る年齢によって、感じ方も変わるのであろうから、
これらも改めて観直してみなくては...。
それにしても、アナ・トレント、可愛らしかったー。
当時は”天使が存在するなら、きっとこんな顔なんだろうナー”
と思っておりました。
いまは日本の子役でも可愛らしい子も多くなってきましたが、
やはり食べ物のせいなのかしら?(笑)
しかし、三作品、すべて重い映画なんですよネ。
子役の頃に重い作品ばかりやってしまったせいか?、
思春期になった頃、一時期、精神的に病んでしまったとの
噂がまことしやかに流れていたのですが、本当なのかしら?
いずれにせよ、今でも女優として活動しているようなので、
なによりです。が、成長した彼女の作品は未だに観てない
んですけどネ。(苦笑)
Posted by: カルロス | Tuesday, November 06, 2007 23:42
unicoさん、カルロスさん
今週は体調が悪くレス遅くなりました。すみません。(四十肩ってやつ??? 左腕っていうか左肩が水平位置よりも上に行かないです。化粧水を顔につけることも、着替えるときに服を脱ぐことも、息が止まりそうに痛いです)
『カラスの飼育』は是非観てください>unicoくん
私のこのブログってのは、スペイン映画作品を観終わった人が観た直後に読みに来て、そのあとで該当箇所を巻き戻して確かめてみるっていう利用のされ方が一番いいんじゃないかなぁと思っています。ここを読みきってしまう前に映画観るのがよいと思います。しかし、これはDVDはもう廃盤なのか? ヤんなっちゃいますね。
カルロスさん
実は私は『ミツバチのささやき』は友人から借りているのがありますがまだ観ていないのです。
と、友人にさりげなく告白したところ、「え゛。……‘スペイン映画びと’としてそれはアリなわけ? いいの、それ?」とつっこまれました。「いやぁ、あんまりにも大作すぎて、何もわざわざ私が観なくてもっていうような、妙な気分が働くんっすよ」。
その友人は『エル・スール』がたいそう好きらしく、私のエル・スール感想文を読み終えた時には、「ちょっと…あれ、大丈夫なの?」と心配してくれました。
ビッグネームすぎると、どうも、きちんとした感想文が書けなくなっちゃうんですよ、私。天邪鬼とかそういう心境じゃなくて、もっと純粋な気持ち。なんていうか、照れるっていうか、慎み深いっつうか。「いい感想文は他所で読んできてください」という正直な気持ちが湧くというか。
まぁ、でも、今年中に『ミツバチ~』は観ると思います。とにかく今は体を直したいです。肩が痛くてどうにもなりません。
Posted by: Reine | Friday, November 09, 2007 23:44
ここのところ、いきなり寒くなってきましたので、
肩を冷やさないように、ご自愛くださいませ。
また、体調がすぐれないと、気分も滅入ってしまいがちですが、
のんびりお気楽にゆきまショ。
決してご無理をなさいませんように!
取り急ぎお見舞いまで。
Posted by: カルロス | Saturday, November 10, 2007 00:52