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Saturday, November 24, 2007

¡Ay, Carmela! / 歌姫カルメーラ [スペイン映画]

carmelaどの国のいつの時代の話でも、魂を売らされる人の姿は悲しい。


90年代半ばにスペインの学校の授業で(何度か)見た。当時スペインで購入したVHS(PALをNTSCに変換したもの)なので、今日久々に見てみて懐かしさが胸にグッと来たが、経年劣化はその分悲しかった。画質・音質共につらいものがあった。私は自分のテレビの音は普段は行っても「5」、深夜なら「1」でも十分に聞けるのだが、このビデオの場合はヘッドホンをした上で「38」にしなければならなかった。ちょっと辛かったね。

メモ
DVDなら字幕は英・仏つき。今ならDVDGOで11.99ユーロ。
この映画は途中からイタリア訛りのスペイン語、怪しげなイタリア語、怪しげなスペイン語、それらのちゃんぽんの会話が続きます。DVDだとそれをどう字幕で示してくれてるのかな? いつかそれは確認したいものである。

だけども、たぶんこれ、よしんば字幕が無くても言ってることは分かるようにできてるから安心してていいです。文脈がわかりやすくできているから、イタリア語部分も理解できます。だいじょぶ。


今日の私は体調が悪いので、あらすじはgooから拝借
1938年、スペイン内戦期。
共和派とファシスト勢力の争いの中、旅芸人の一座が、兵士たちと市民の慰問に前線をまわっていた。一座の花カルメーラ(カルメン・マウラ)と、内縁の夫パウリーノ(アンドレス・パハーレス)、そして戦争孤児となった口のきけない青年グスタベーテ(ガビーノ・ディエゴ)である。

前線の街は空爆に脅かされ、3人はバレンシアへ向かうことにする。途中、フランコ勢力真っただ中の地に迷い込み、3人は捕えられて監獄に入れられる。カルメーラはそこでポーランドの捕虜たちと出会い、親しく言葉を交わす。

突然、カルメーラとパウリーノはイタリア人のリパモンテ大尉(マウリツィオ・ディ・ラッツァ)から呼び出され、捕虜と兵士のために舞台を見せることを命じられる。生き延びるために必死のパウリーノは一も二もなく承諾するが、カルメーラは……略…… (※一部人名修正)
______________________


フランコ側兵士の戦意高揚のための芝居の幕が開いてからの約30分は長いと感じるかもしれない。しかし、その30分は真剣に楽しむとよい。どさ回りの女芸人のカルメーラの根性をかみ締める30分。カルメーラという女性の華やかさに見惚れ、彼女のやるせなさを汲み取る30分。そしてまたカルメーラを演じる女優カルメン・マウラの魂に圧倒される30分。芸を楽しんでいる自分と、祈るように見守る自分と、その二人が並んで一つの画面を見ているのに気づくでしょう。芸を楽しんでいると言っても、いったい誰の芸を? 自分の目が追っているのがカルメーラなのかカルメン・マウラなのかわからなくなった頃、映画は悲壮なラストを迎えます。


悲壮とは「美的範疇の一。悲劇性の中に生じる崇高美」なり。


(コメント欄に大事なことをたくさんメモします)

監督: Carlos Saura カルロス・サウラ
戯作: José Sanchís Sinisterra ホセ・サンチス・シニステラ
脚本: Rafael Azcona ラファエル・アスコーナ  José Sanchís Sinisterra  Carlos Saura

出演:
Carmen Maura カルメン・マウラ ... Carmela カルメラ
Andrés Pajares アンドレス・パハーレス ... Paulino パウリーノ
Gabino Diego ガビーノ・ディエゴ ... Gustavete グスタベテ
Maurizio De Razza マウリツィオ・デ・ラッツァ ... Lt. Ripamonte リパモンテ大尉

(スペイン映画)
¡Ay, Carmela!(サウラ監督のサイト内)
¡Ay, Carmela! @IMDb
歌姫カルメーラ@goo

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Comments

『Ay, Carmela』はとてもいい作品だけども、スペイン内戦について知らないと十分に意味を掴めないシーンが多いかもな。そういう意味では難しいだろうけど、文脈を理解するのは易しい。

※以下、『ハンドブック』は毎度頼ってる三省堂の『スペインハンドブック』から、『事典』は平凡社の『スペイン・ポルトガルを知る事典(私のは旧版)』からの、それぞれ引用です。

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:28

1)映画は「1938年,アラゴン戦線」というスーパーで始まる。カルメーラたちはアラゴンを訪れているのです。1938年のアラゴンといったらたぶんスペイン人にはその意味するところが直ちにわかるんだろうな。私はわからないので、『ハンドブック』から:

   Ⅴ 現代
    §2. スペイン内戦
     3) 内戦の経過
      4. アラゴンの戦闘
>苦境に立った共和国軍は1937年末からテルエル地帯で反攻に出たが,1938年2月には増強された反乱軍に撃退された.4月に反乱軍は地中海に達し,共和国政府地域を二分した.7月に共和国軍はエブロ川を渡り最後の総反撃を開始した.このエブロ川の戦いも,ドイツ・イタリアの圧倒的制空権に支えられてフランコ軍の勝利となった.しかしそのためには4ヶ月を要した.

とある。そしたら勢力図も見てみよう。この映画を理解するのにちょうどよい図 ⇒ Wikipediaですけども1938年の状態はこんな感じ

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:29

2) カルメーラはそのアラゴンの素朴な芝居小屋で『Mi jaca』を軽快に歌い踊る。

⇒ 映像: http://www.youtube.com/watch?v=NEUYaTF2GrQ
⇒ 歌詞: バジャドリド大学のトゥナのページ

・jaca: Hembra del caballo (SINÓNIMO: yegua) (※「女の人」を表してるのかな?)


3) パウリーノはAntonio Machadoの詩を朗読する。リステル将軍に捧げられた詩。
Enrique Líster (Wikipediaですが)
エンリケ・リステル (Wikipediaですが)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:29

4) リステル将軍といえば‘エブロ川の戦い’が有名なようですが。

⇒ 『事典』から:
>38年1月末にフランコが第1次内閣を発足させ,強固な基盤を築いていた.
>共和国政府側も,ネグリン首相が権力の強化に努め,国内再建計画ならびに国民戦線側との妥協を有利に導くよう<13か条の声明>を発表した(4月30日).

>そうした状況下で,38年7月25日午前0時15分,共和国政府の<赤軍>(政府内で共産党の影響力が強くなり,なおかつこの戦いに参加した部隊の指導者がほとんど共産党あるいは同等に関係のある人物であったためにこう呼ばれる)はエブロ川を渡り,総反撃を開始した.一般に<エブロ川の戦い>と呼ばれるこの戦闘は,内乱における最後の大規模な戦いであり,まさに全面戦争であった.

>……略……外国からの援助も困難となり,約4ヶ月にわたるエブロ川の戦いの末,共和国政府軍の武器および軍需物資は底をつき始めていた.

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:30

5) そんなこんなで芝居小屋は拍手喝采。と、そこへ飛行機の音が重く響いてくる。皆に緊張が走り、グスタベテも怯えてパウリーノにしがみつく。パウリーノが言う: 「お静かに、大丈夫ですよ、皆さん。あんなのはどうせドイツ野郎がてめぇの母ちゃんに爆弾でも落っことそうとしてるんでしょうよ」

ドイツの圧倒的制空権と先ほどもチラッと出てきましたが、スペイン内戦・ドイツ空軍といったらゲルニカね。ちょっとついでに書いとこうか。1937年4月26日夕方。史上初の都市無差別爆撃。

⇒ 『ハンドブック』:
ところでドイツの援助は,来るべきヨーロッパ戦争のための新戦略実験の意味を持っていた(「コンドル軍団」によるゲルニーカ爆撃など).

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:31

6) パウリーノのおなら芸の後は舞台で3人でポーズをとっている。それがジャケ写のポーズね。月桂冠を戴き、白いチュニックをまとったカルメーラが共和国軍旗と天秤を手に持って立つ。パウリーノは軍服姿、グスタベテはライオンに扮している。(※天秤: 正義のシンボルか)

「¡Viva la República! 共和国万歳!」の歓声で沸く会場。観客もみんないっしょになって「♪Libertad, Libertad, Libertad 自由を、自由を、自由を !!!」と歌っている。

さて。
それはたぶん1820年にできた歌で、リエゴ大佐に捧げられた行進曲という『Himno de Riego リエゴ賛歌』というのがまずあって、そのリエゴ大佐って人は以降20世紀初めになってもずっとスペインのリベラル派のシンボル的存在であった、と。で、時代が移り変わっていくうちにもそのつどさまざまな替え歌バージョンができました、ということなのかな。

(※ 私はWikipediaなんかをものすごく高速で斜めに読んだだけなので要注意)(※訂正あったら知らせてください)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:31

6-1) 『ハンドブック』から、リエゴ大佐についてちょびっとだけ。時代はずいぶん遡ります:

   Ⅳ 近代  
    §1. 革命と反革命の時代(1808~1874)  
      1) スペイン独立戦争と革命

(……略……王位でごちゃごちゃと揉めてるところへナポレオンが割り込んできて自分の兄貴をスペイン国王に据えたりなんぞして……反仏暴動を機にスペイン独立戦争が始まり……略……)

この戦争の性格はきわめて複雑であった.反乱の指導者層(貴族・聖職者・ブルジョア)の間には,大きく伝統主義・絶対主義と自由主義・立憲主義との政治的対立があり,……略……

……略……1810年9月に開催されたカディス議会(初めて身分制によらずに召集された)では,自由主義者が主導権を握ることに成功し,主権在民,三権分立,カトリック国教化,制限選挙制などを規定した「1812年憲法」を制定した.

……略……フェルナンド7世は,絶対主義への復帰を決め,1812年憲法とカディス議会制定の法規をすべて廃棄し,自由主義者を弾圧した.……略……国王の保守反動のもとで,自由主義派は,秘密結社を組織していたが,王権とそれに結びつく教会・反動貴族に対抗する力はなかった.しかし独立戦争以来,軍隊には,中・下層階級の出身者が多数入隊しており,自由主義的将校の数も増加していた.軍隊上層部を旧体制の者が掌握していたことは,彼らの反感を高めていた.こうして軍隊だけが反動政府に対抗し得る唯一のものとなった.

1814年から幾度かのクーデタ宣言(プロヌンシヤミエント)が行われたが,いずれも失敗していた.遂に1820年,……略……リエゴ大佐は蜂起を成功させた.

立憲政治が復活した1823年までの時期は「立憲制の三年間」と呼ばれ,自由主義的諸改革が復活し……略……(自由主義者が分裂してごちゃごちゃやってるもんだから1823年にはあっさり屈服しちゃって……略……)

フェルナンド7世の反動政治が再開された(「忌むべき十年間」,1823~33).自由主義者は再び迫害され,大部分はフランスやイギリスに亡命した.……略……(※Reine注: リエゴ大佐が処刑されたのは1823年11月7日)

……略……

      3) 革命の六年間(1868~1874)

……略……諸党派の混合であり,どのような新体制を築くのかを巡って直ちに抗争が生じた.……略……(そんなんばっかりだな)……略……民主主義者は,社会変革を望んでいた.諸都市では一般民衆が「リエゴ讃歌」や「ラ・マルセーイエーズ」を歌い示威運動を繰り返した。主要諸都市には民主主義者の指導する革命地方評議会が結成されていた.同年10月に成立したセラーノ首班の臨時政府は,地方評議会を解散させたが,民衆の革命的熱狂を沈静化させることは出来なかった.……略……

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:32

6-2) 『事典』よりリエゴ大佐:
スペインの軍人,自由主義者で愛国者.……略……20年1月セビリャ市付近でアメリカ植民地の独立派を鎮圧に向かうはずの部隊を率い,1812年憲法(カディス憲法)支持を旗印にプロヌンシアミエントを発した.……略……フェルナンド7世に自由主義的な同憲法の復活を承認させた.……略……王党派に捕らえられてマドリードで処刑された.彼の武勇をたたえた革命歌<リエゴの歌>はのちに共和国国歌となった.


と、まぁ、そういう感じなので、カルメーラの一座がどさ回り公演において観客といっしょになってこの讃歌(の替え歌)を大合唱しているシーンは、そういう意味を持っているのでしょうねと。そういうこと。これ、スペイン人ならすんなりと理解できるんだろうな。


私の脳みそがスペイン人だったらどんなによかったかと、私はしばしば残念な思いに苛まれるのでした。いや、マジで。


6-3) ここで一つわからないことにぶつかったのですが。
リエゴ大佐というのは、『事典』だと「Rafael del Riego y Nuñez (1785 - 1823)」なのですが、ネットなどでは「Rafael del Riego y Flórez (1784 - 1823)」というのも見かけます。どっちが正しいの??? これ、おんなじ人だよね???

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:32

ここまでの数分――えぇ。ここまで映画は僅か数分です。が、これだけ調べるのに軽く2.5時間はかかったね――は我々にこうやって予習させるためのシーンだったんだと思う。こないだの『カラスの飼育』と違ってこのカルロス・サウラは「ふらんこがわ」とか「きょうわこくがわのひと」とか「こわいひと」「かわいそうなほうのひと」っていう名札をちゃんとおでこに貼っていてくれてるので私にもわかります。

お話はここから動いていきます。

(ちょっと昼つくってくるので一休み)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 11:42

(ここからはストーリーに触れていきますよ)

7) 「戦争なんてまったく馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てるパウリーノ。「もう! どうしてこんな前線に来るなんて契約しちゃったのよ。あんたって人はまったく!」となじるカルメーラ。ぶっちゃけこの人たちは主義思想は二の次で、まずは日々の生活が大事なのです。一座は早いところバレンシアに戻ろうと夜道を急いだが、いつしかフランコ軍の制圧する地帯に迷い込んでしまっていた。そしてあっけなく身柄を拘束された。

「貴様、善良なスペイン人としての挨拶はわかっとるだろうな!」と言われた途端、パッと右手を掲げて「¡Arriba España! (※フランコ側のあいさつ)」と叫んでみせるパウリーノ。しかし荷台から共和国軍旗――アラゴンの舞台でカルメーラが掲げていたあの旗――が発見されてしまい連行される。「芝居で使うようにと渡されただけなんですよー」と言い訳に必死のパウリーノ。

「これからどこへ行くつもりだ。バレンシアだろう?」と聞かれ、カルメーラは「そうですの」と即答しちゃったが大慌てでパウリーノが否定する。「いいえ、いいえ。スペインにいますとも。私たちの‘国’はスペインですから」。

さっき上のほうで出てきたWikipediaの勢力分布図でもわかるとおり、1938年のこの時期にフランコ軍に対して「これからバレンシアに向かいます」なんて口が裂けても言えないの。(※バレンシアが落ちるのは1939年3月30日。あと数ヶ月ってところ)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 14:38

8) 放り込まれた収容所にはポーランド人もいる。カルメーラはスペイン語をほっとんど何も知らない彼に、「エスパーニャ」の発音を教えてあげたりする。「エスパーニャ、ニャ、ニャ、ニャ」。

⇒ 『事典』より国際旅団について:
……略…… <内戦>は,ドイツやイタリアのファシスト国家から近代兵器と正規軍の援助を得た反乱軍に有利に展開した.苦境に立たされた共和国陣営のために,コミンテルンが各国共産党に指令して義勇兵を送り込んだ.55カ国からほぼ4万名の青年たち,それに2万名に及ぶ医療関係者たちが,スペインへはせ参じたのである.

……略……(欧州27カ国が<スペイン不干渉条約>を結んじゃったので、義勇兵たちの出国とスペイン入国は非合法ってこと)……略…… 共和国政府が国際旅団の創設を正式に承認したのは36年10月22日であった.

……略…… マドリード戦線以降,国際旅団は絶えず義勇兵の補充を行い,ハラマ,ブルネテ,アラゴン,そして共和国が最後の命運をかけたエブロの戦闘にも投入された.彼らは勇猛果敢に戦った.だが,兵士としては素人だったために,各大隊とも半数近くの戦死者を出した.彼らが戦った戦場はいわば屍山血河をなすようなものだったろう.


※有名な話ですが、日本人もいたよ。ジャック・白井。生年不詳~1937年ブルネテ戦線で戦死。(『スペインで戦った日本人 (文庫) 』)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 14:38

9) 収容所ではランダムに、実にテキトウに選ばれて表に連れ出された人が簡単に銃殺されている。次は自分達かと怯えていると、「貴様らの中に芸人がいただろう、来い!」と呼ばれる。イタリア兵士に必死でおべんちゃらを使うパウリーノ。「イタリア人とスペイン人は良き友じゃぁございませんか。ム、ムッソリーニさんは偉大なお方ですよ」。(※たぶん。イタリア語なのでテキトー)

たぶんここはBelchiteという町なのね。一行はそこのゴヤ劇場という立派な建物に到着した。

⇒ ベルチテの戦い: Batalla de Belchite (1937)(Wikipedia)

『ハンドブック』:
<1937年の反乱軍の進撃>
……略……北部地方は反乱軍に占領された.この間に共和国軍は牽制攻撃(マドリードのブルネーテ,アラゴンのベルチーテ)をかけたが,役立たなかった.共和国政府地域は全土の3分の1,人口は2分の1となった.

『知る事典』:
一方,共和国政府軍は国民戦線の背後をついて勢力を分散させる目的で,マドリード周辺(1937年7月のブルネテの戦い)とアラゴン戦線(10月21日のベルチテの戦い)で反撃に出たが,すべてむだに帰した.

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 14:39

10) イタリア人のリパモンテ大尉はもともと芝居かぶれの人だったのだろう、芸術を担当しているのだと得意気に語る。兵士達を楽しませ士気を高めるような芝居をぜひお前達にやってもらいたいと言ってきた。二つ返事で引き受ける。パウリーノたち3人はこれで生き延びた。

久々に腹いっぱいの食事をとる。カルメーラが言う。「ファシストたちってこんないいもの食べてんのね。あたし達、勝ち目なんかなかったのよ」と。「Hemos perdido la guerra, seguro」。一人称複数。政治なんて二の次三の次とも見えたカルメーラだったけれども、やっぱりシンパシーは共和国政府側にあったのだよね。


11) リパモンテ大尉の書いた台本を渡された。『Mi jaca』などの演じ慣れた演目も、『Mi España』というタイトルの、caudillo(フランコ)に捧げるような替え歌にされている。

12) 本来この一座は「Carmela y Paulino, varietés a lo fino」と名乗っていたが、公演当日会場に掲げられた看板には「Carmela y Paulino: Variedades a lo fino」と書いてある。「Varietésの方がおしゃれだったのにどうして変えたのさ」とカルメーラが聞くと大尉が、「varietésはフランス語だ。新スペインではスペイン語を用いることとする」。


13) パウリーノは生き延びるためと割り切って芝居に臨もうとしているが、カルメーラはそうではない。大尉の書いた演目でどうしても受け容れられないものがあったのだ。パウリーノが黙ってしまっているので、カルメーラは大尉に直接文句をぶつける。「あのお芝居は下品だわ」。

大尉が答える。「あの芝居は国際旅団の捕虜達に見せてやろうと思って書いたのだよ」。


14) 楽屋でカルメーラは涙ぐむ。「あのポーランド人たちを明日には銃殺しちゃうつもりでいるくせに、なんだってこんな芝居を見せに連れてくんのよ? そんな人たちの前で演じるなんて……あたし……」。


ここから先はほんと目が離せないので、そろそろ黙っときます。これくらい予習しておけばこの作品を観るのに全然困らないから、是非どうぞ。

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 14:40

・ムルシア出身だという兵士がカルメーラに向かって「bonica (可愛いな)」というセリフ。

bonico, -a: Murcia Bonito, guapo, aplicado a niños.

・mamarracho:
1. m. coloq. Persona o cosa defectuosa, ridícula o extravagante.
2. m. coloq. Cosa imperfecta.
3. m. coloq. Hombre informal, no merecedor de respeto.

・Como de verdad traigan a los polacos al teatro, esta putada de la bandera la vas a hacer tú con el teniente. (ほんとにポーランド人たちを連れてくるようならね、あんたと大尉で芝居しなさいよ!)
→ como + 接続法: もし~なら. (◆事態の悪化の予告・警告を示すことが多い)

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 14:53

そして最後にグスタベテね。グスタベテは口がきけない。ミニ黒板を持ち歩いていて筆談する。聾唖ではないことを不思議に思ったフランコ側兵士がどういうことかと尋ねるとカルメーラたちが答える:

「わかりません。この子は一人ぼっちでお腹を空かせていて死にそうだったのを拾ったんです。理由はわかりません。何かショックでも受けたんでしょう。何も覚えていないようで」「たぶん爆撃のショックですよ。そ、そうだ、アカの連中の」。


まぁ、武力や恐怖政治の前にはたいてい誰もが口をつぐむだろうよね。

内戦ってのは、ふんっとにダメだな。よくないねぇ。だって、どうすんの、この後。これだけ殺し合ってれば互いに憎しみを抱いただろうに、どうやって折り合いつけていくんだろう/つけてきたんだろう?

私はもともとこのテの話は他所ではしないんだけども、次にスペインに帰る時には‘ファミリー’や友人達に細かく聞いてみようと思うよ。ただ、前にも言ったと思うけど、私の向こうでの知人はたいていが内戦中からたぶん富裕層だったろうから、それなりの話になっちゃうとは思うけどね。

Posted by: Reine | Sunday, November 25, 2007 at 15:03

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