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Monday, October 08, 2007

El Cochecito [スペイン映画]

cochecitoドン・アンセルモは歩いていた。友人ルカスと連れ立って墓参りにでも出かけようというのである。老体には町の雑踏を歩くのはこたえる。ルカスの家に着く頃にはアンセルモはすっかり息もあがっていた。

足が不自由だったルカスは先ごろ電動車椅子を購入し、今日はそれに乗って初めての遠出である。アンセルモがタクシーに乗り、そのすぐ後ろをルカスが電動車椅子を巧みに操ってついていく。

二人の老人はやがて電動車椅子仲間と集団であちこちへ出かけるようになる。そういうときルカスはアンセルモを車椅子後部に立たせ乗せてくれた。友達とそうやって過ごす日々は、普段家の中で疎外されがちだった老アンセルモには此の上ない幸福だった。しかし、電動車椅子を持っていないアンセルモがひとり取り残される日がしだいに多くなっていく。

アンセルモは自分も何とか電動車椅子を買おうと手を尽くすが、家族の猛反対もあって事はうまく運ばない。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


DVD(スペインから購入)のジャケットの説明を訳す
「ドン・アンセルモは友達といっしょに居たくって車椅子が欲しくなっちゃった……。」

「フランコ体制に漬かってしまった社会が自らの惨めさを笑い飛ばす術と映画製作の新手法を得たとき、ユーモアとエスペルペントはネオリアリズムに行き当たった。

隠居暮らしのドン・アンセルモが障害者用の電動車椅子を買うと言い出した。年金生活を送っている友達みんなが持っているからである。しかし年寄りの気まぐれと家族はいっこうに取り合ってくれない。ドン・アンセルモは貴金属を売り払ってまで車椅子を購入する。激怒した家族が車椅子を返品してしまったため、ドン・アンセルモはもはや強硬手段に出るほかない。

スペインにもブラックユーモアは存在し、スペインが自分自身をカリカチュアライズして笑い飛ばす術をもすでに手にしていると世界に向けて発信するべく、アスコーナとフェレーリの二人の才能がひとつになった。『El Cochecito』はフェレーリというイタリア人監督の名を世界中に知らしめたばかりでなく、スペイン映画がベネチア映画祭の金獅子賞にノミネートされるという栄誉に輝いた記念すべき作品となった。」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


スペイン在住の友人Kちゃんが日本に一度帰ってくるというので、DVDGOで注文した数作品を彼女のお宅に配達してもらい、それをひっ下げて帰国してくれるようお願いしてみた。『El Cochecito』はその一枚。

購入作品一覧に目を通した旦那氏(スペイン人)は黙っていられなかったようで、注文の詳細などについてSkypeでKちゃんと私が打ち合わせしているあいだ、『El Cochecito』とPepe Isbertについて電話脇で熱弁をふるっていた。「『El Cochecito』は俺のフェイバリット」とのこと。そして私と彼とはSkypeをはさんで『Bienvenido, Mister Marshall』のIsbertの名シーンを真似っこして楽しんだのだった。

このDVDは、Kちゃんを囲んでのスペイン同窓会を東京で催したのでその席で渡してもらったわけだが、旦那氏が言うことには、スペインを発つ前にもう開封して観ちゃいたい衝動に駆られたほどだったとか。(いや、観てくれてかまわなかったよ) そうでしょう、そうでしょう。好きでしょう、好きでしょうとも。


などと言いつつ、実は私は『El Cochecito』という作品はこの夏まで知らなかった。

「"mejores peliculas espanolas"」などと検索すればそのようなリストだのアンケート・投票結果を掲載したページでもあるんじゃないだろうかと考え、なにげなくググってみたときに目に入ってきた作品でした。「おぉ、IsbertとLopez Vazquezが出てるのですか、それじゃぁ買ってみようかの」と、そういう軽い気持ちで購入ボタンをクリックした。

やっぱりね、そういう‘読み’はテキトーなようでいておおむね当たるよね。ほんと、買ってよかった。これ好き。面白い。くっくっくっと笑い声が出ちゃうシーンあり、まじめな顔で考え込んじゃうシーンあり。しんみりしたりいらいらしたり。爺さんを応援したくなったり叱りつけたくなったり。

年寄りが子供がえりをするとはよく言ったものであると微笑・苦笑しているうちに、観ている私までがお爺さんの扱いにだんだん困ってきたりしてね。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


今回はスペイン語字幕にかなり頼ったと思うな。こないだのホルヘ・サンツのネタの中でも言われてたことですが、ペペ・イスベルトというお爺ちゃんは、ほんとにガラガラ声でね。聞こえないんだよ。でもね、イスベルトの声質のせいばっかりじゃなくてね、話が聞き取れない原因はね、みんながみんな一斉にしゃべりすぎてんのよ。そのせい。

電動車椅子仲間の御隠居さんたちがいっぺんにワシャワシャとしゃべっている傍らで、若い身空で肢体不自由となっている男女がいちゃついたりもしている。登場人物が好き勝手しゃべってるシーンは幾度も出てきたと思う。それらがなんだか懐かしい感じでね。「あぁ、スペイン人ってこういう感じだったかもなー」と苦笑してしまう。

そんなわけで、この作品の一人ひとりの発話を聞き取る(書き取る)のはスペイン語ネイティブでもわりと手こずるんじゃないかなと思ったよ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


(スペイン映画)
(コメント欄に語句メモ等)

El Cochecito@IMDb
直訳: 車椅子
英題: The Little Coach / The Wheelchair

監督: Marco Ferreri マルコ・フェレーリ
原作: Rafael Azcona ラファエル・アスコナ 『El Cochecito』

出演:
José Isbert ホセ・イスベルト ... Don Anselmo Proharán ドン・アンセルモ・プロアラン
Pedro Porcel ペドロ・ポルセル ... Carlos Proharán カルロス・プロアラン(アンセルモの息子)
Chus Lampreave チュス・ランプレアーベ ... Yolanda ヨランダ(アンセルモの孫 ;カルロスの娘)
José Luis López Vázquez ホセ・ルイス・ロペス・バスケス ... Alvarito アルバリート(カルロスの事務所の見習)
María Luisa Ponte マリア・ルイサ・ポンテ ... Matilde マティルデ (カルロスの妻)
Lepe レペ ... Lucca ルカ

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Comments

DVDジャケットの文中、「エスペルペント」という語について:

《スペイン文学》Valle-Inclánバリェ・インクラン)などの不条理劇.

以下、『スペイン・ポルトガルを知る事典』より

バリェ・インクラン
Ramón María del Valle-Inclán (1866~1936)
スペインの詩人,劇作家,小説家.ガリシア出身で,メキシコから帰国後,1895年マドリードへ出たが,奇抜な風貌と独創的な作風で大きな注目を集めた.……略…… 芸術のための芸術を標榜し,ダリオの唱えたモデルニスモ(近代主義)の詩人として出発.20歳のおり,失恋が動機でメキシコに渡った.メキシコ滞在の体験は……略……彼の作品にさまざまな影響を与えることになる.一時,カルリスタになったりしたが,その後左傾し投獄されたこともある.感傷性豊かな侯爵の好色な人生を耽美主義的筆致で描いた『四季の曲(1902~1905)』は4部からなる長編散文詩で,モデルニスモを代表する作品.その後,モデルニスモを脱し,民衆的・叙事詩的な文学を目ざす.戯曲では<エスペルペント>と称される一連の風刺劇が特異な諧謔で注目をひく.(志賀一郎先生)

98年世代
スペイン最後の植民地(キューバ,プエルト・リコ,フィリピン)を失うことになった米西戦争の敗北に衝撃を受けて自国の後進性を痛感し,近代化のなされぬまま新たな世紀を迎えつつあった祖国の現実を憂え,苦悩し,ペシミズムを基調としてその未来を模索した一群の知識人をさす名称.……略…………たくさん略……この<世代>を形成する代表的作家をあげれば以下のとおりである……略……デフォルメや戯画化を旨とする<エスペルペント>という手法で知られる審美的な小説家・劇作家バリェ・インクラン……略……

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 18:16

語句メモ
・comer alguien como un sabañón: fr. coloq. Comer mucho y con ansia.

・「Está como loco con el dichoso cochecito.」
dichoso, sa: (名詞の前で)いまいましい,しゃくにさわる,いやな

・bache: m. Hoyo en el pavimento de calles, carreteras o caminos, producido por el uso u otras causas.

・armar jaleo: 騒ぎを起こす,騒ぎ立てる

・estar con el alma en un hilo: fr. coloq. Estar agitado por el temor de un grave riesgo o trabajo.

・camposanto: cementerio

・「No te embales.」
embalar:
1. tr. Hacer que adquiera gran velocidad un motor desprovisto de regulación automática, cuando se suprime la carga. U. t. c. prnl.
2. intr. Dicho de un corredor o de un móvil: Lanzarse a gran velocidad. U. m. c. prnl.

・apear: tr. Desmontar o bajar a alguien de una caballería, de un carruaje o de un automóvil. U. m. c. prnl.

・bufete: m. Estudio o despacho de un abogado.

・procurador: Profesional del derecho que, en virtud de apoderamiento, ejerce ante juzgados y tribunales la representación procesal de cada parte. 訴訟代理人; 弁護士; 管財人

・pasante: 6. com. Persona que asiste y acompaña al maestro de una facultad en el ejercicio de ella, para imponerse enteramente en su práctica.
例) Pasante de abogado / pasante de médico.

・pelmazo, za:
1. m. y f. coloq. Persona tarda en sus acciones. U. t. c. adj.
2. m. y f. coloq. Persona molesta, fastidiosa e inoportuna.

・colosal: 3. adj. Bonísimo, extraordinario.

・protestón, na: adj. Que protesta mucho y a menudo por cosas sin importancia. U. t. c. s.

・emperejilar: tr. coloq. Adornar a alguien con profusión y esmero. U. m. c. prnl. めかしこむ,おしゃれをする

・alhaja: 1. f. joya (= adorno).

・interdicto: 2. m. Der. Juicio posesorio, sumario o sumarísimo. 禁治産者; 《法律》禁止; 宗務停止.

・alcahuetería: 3. f. coloq. Acción de ocultar o encubrir los actos reprobables de alguien.

・descubrirse el pastel: fr. coloq. Hacerse público y manifiesto algo que se procuraba ocultar o disimular.

・lata: 6. f. coloq. Cosa que causa hastío y disgusto a alguien.
例) Aquello fue una lata.
例) ¡Qué lata!

・niño de pecho = niño de teta
→niño de teta:
1. m. y f. niño que aún está en la lactancia.
2. m. y f. coloq. niño que es muy inferior en alguna de sus cualidades.

・Me da mucha guerra.
dar guerra: fr. coloq. Dicho especialmente de un niño: Causar molestia, no dejar tranquilo a alguien.

・anquilosarse: 2. prnl. Paralizarse, detenerse en su evolución.

・hecho consumado: m. Acción que se ha llevado a cabo, adelantándose a cualquier evento que pudiera dificultarla o impedirla.

・sereno: 2. m. Encargado de rondar de noche por las calles para velar por la seguridad del vecindario, de la propiedad, etc.

・ser de pacotilla: fr. Ser de inferior calidad, o estar hecho sin esmero.

・flojo, ja: 2. adj. Que no tiene mucha actividad, fortaleza o calidad.
例) Vino flojo.
例) Argumento flojo.

・「No corra la voz.」
correr la voz:
1. fr. Divulgarse algo que se ignoraba.
2. fr. Divulgar o difundir alguna noticia.

・pródigo, ga: adj. Dicho de una persona: Que desperdicia y consume su hacienda en gastos inútiles, sin medida ni razón. U. t. c. s.

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 18:24

・車椅子の後部に立ってろ、二人乗りしようとルカス爺さんがアンセルモ爺さんに言う。アンセルモがためらっていると、ルカスはちょっと苛立って「O montas, o me voy.」と言う。

直訳: お前が乗るか、俺が行っちゃうかだぞ。(→ 乗らないんだったら行っちゃうからな)

o ... o ...: 2. conj. disyunt. U. generalmente ante cada uno de dos o más términos contrapuestos. 「~か~か」という言い回し。
例)Lo harás o de grado o por fuerza.

o: 2 Enlace gramatical coordinante con valor disyuntivo que expresa alternativa, diferencia o separación:
例) ¿Te espero o me voy?

※SINTAXIS: En la acepción 2, para enfatizar la contraposición existente entre los términos coordinados, se puede usar repetida y antepuesta a cada uno de ellos:
例) O es guapo o es feo, aclárate.


こないだ『漆黒のような~』みたいのは言葉遣いが活き活きしてて面白いと言ったけど、『El Cochecito』みたいな1960年という古くて原作がきちっとあるような作品はそれはそれで言葉が面白いね。なんというか、成句集やことわざ事典で見かけたようなフレーズが豊富というか。

・「Donde comen 300, comen 301.」(300人が食事しているところにもう一人連れていったところでどうということもなかろう)

数字はテキトウでよいみたいだな(←ホントかよ)。いろんな数字のバージョンがあるようで、私が‘習った’のはどれだったか思い出せない。

・「Donde hay patrón, no manda marinero.」
Afirma que mientras haya un jefe, nunca debe arrogarse el mando ningún subordinado. 船長がいれば水夫は口を出せない(ボスには逆らえない),船長のいるところでは船員は指揮しない(主人の命令は絶対である)


・買ったばかりの電動車椅子でいよいよ出かけようとするルカス爺さんを心配している様子で娘たちが言う: 「un San Cristóbalを買ってあげないと」。

San Cristóbalっていうのはどうも聖人の名前のようですが、この文脈から察するに、何か交通安全祈願のお守り的な人かい?……と思って調べたらたぶんやっぱりそのようだね。⇒ 「聖クリストフォルス: 3世紀ごろの十四救難聖人のひとり.旅行者の守護聖人」


※私ね、自分で自分をねぎらってやりたくなるのはこういう時なんだよね。こういうのいちいち調べなきゃいけない時ね。辞書ひくだけにしてもね。

「ねぇ、San Cristobalってなんかお守り的?」と隣にいるネイティブにひょいと聞けるような立場ならば何にも苦労はしないだろうに、スペイン語環境で‘生活’しているわけじゃない私のような人間がこれらを‘情報’として探し出してくるのはいちいちめんどくさい。スペインから帰ってきてからのこの10年は私は独学だからね。仕事で毎日スペイン語を聞かされしゃべらされてきたわけでもなし、スペイン語を恒常的にしゃべる相手が傍らにいるわけでもなし、質問しようったって簡単には済まなくて、質問するための文章を十分に練る必要が生ずるわけでね。

10年もスペイン語から離れていれば耳は衰え語彙は減っていく一方であり、それは女の顔の皮と乳が年とともに垂れていくのに抗うことができないのと同じくらい逆らえない流れであって。それに対して私は10年のあいだ独りでよく抗ってきたほうだぜと、ときどき自分をいたわってやりたくなる。

こないだのホルヘ・サンツみたいのもそう。10年間スペイン語環境から離れている人間がああいう音声を‘学習’としてディクテーションするのは意外とキツい作業でね。(※キツいけどもそれよりも面白さが勝っていたんだが)

「ここ、何て言ってるの?」って聞ける相手が横にいたらどんなに楽か…。嗚呼あたしももうちょっと楽してスペイン語ブログ的なことやってみたいもんだね。「うちのスペイン人のダレソレが言ってたんですけどお」なんつってね。

しかし、もしもそのような‘横着’がゆるされる環境にあったなら、このブログの書き方自体もまた異質なものになってたんだろう。……えーっと……私から見てつまらない感じの仕上がりにね。独学だから裏をとらなきゃいけなくて、そうやってとった裏づけがこうしてブログのネタになってきたわけだから。こうやってチマチマ調べて書くサダメだったのでしょう。

しかしそれにしても楽がしたい。

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 19:56

・「Ha llegado ayer.」と言ってるシーンがあったけど、それについては『Talk To Her』のときに説明済み。

・アンセルモ爺さんは息子一家と暮らしているが、なんだか邪険にされていて可哀想である。息子の嫁に、「お義父さん、あの辺の変わった人たちとまた今日も出かけるのね」などと言われている。

‘変わった人たち’とはつまり、アンセルモ爺さんが付き合ってる仲良しグループのことです。老人会です。いや、老人ばかりでなく若い男女もいますが、アンセルモ以外の面々に共通しているのは四肢のどれかが無いか動かないという点。

そういう人たちが連なって電動車椅子をブォンブォンいわせて町中を駆け回っているのです。みんなでブルルンブルルンと郊外にハイキングに出かけたり、「1ª Competición Mundial de Motorismo para Inválidos 肢体不自由者のオートレース 第一回世界選手権」というのに参戦したり。

1950年代末のスペインではこういう介助用品がこんなに普及していたのですか???(情報求ム)

整形外科医だったかが「Estos cochecitos se los regalaban a los mutilados de la última guerra. こういった電動車椅子はこないだの戦争による傷痍軍人に贈られた」と話すシーンがあったけど、スペイン内戦(1936年~39年)のことだよね? そういう勘定になるか。

車椅子といえば、『Carne Tremula』でも、拳銃による事故で下半身不随になった男性がパラリンピックの車いすバスケットボールで国の英雄のように扱われていたし、『Planta 4』でもがん病棟の子供たちがチームを組んで熱中するのは車いすバスケだったりします。

スペインの車いす事情は活発だということなのでしょうか??? (情報求ム)

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 20:23

ここだけの話、警官に叱られるんですよ、アンセルモ爺さんが。「こんなことは70歳にもなってすることじゃありませんよ。まるで14歳の子供じゃありませんかっ」ってね。

そうやって御老人を叱りつけた二人の警官がアンセルモ爺さんを送り届けようとする後ろ姿がかなり笑える。「ああ……うん、うん、そうしたくなるよね、わかるわかる」と、どうしてもそこで微笑んでしまうのだった。

あぁ、もう一回観よ。面白かった。

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 20:33

私がわずかに観てきたこれまでのIsbert作品においてIsbertは常に爺さんで、この作品においてもやっぱり爺さんです。だから、年齢がピンと来ない。

この作品当時、Isbertは73~4歳ってところだね。当時37歳くらいのJosé Luis López Vázquezはたくさん映るけど重要度は低い役柄で出てる。

驚いたのはChus Lampreave(当時30歳)がIsbertの孫娘を演じてたことかな。Chus Lampreaveっていったら、『バチ当たり修道院~』でエロ小説書いてた人です(http://es.youtube.com/watch?v=IWXx_Xn94EI)。『グロリアの憂鬱』のお祖母さんです(http://es.youtube.com/watch?v=2Js0kXmvPso)。『神経衰弱~』でも年配だった(http://es.youtube.com/watch?v=olK_3p7Q2Ak)。

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 20:50

 仲間がみんな”車椅子”をもってるから、自分も欲しい..って、男は幾つになっても子供なんだなあーとほくそ笑んでしまいました。でも、実際のところ、必要不可欠なものなのかもしれないと考え込んでしまったり...。

>10年間スペイン語環境から離れている人間...
私なぞは、20年も離れてしまっているので、スッカリ錆び付いてしまっております(泣)。それを思うと、貴女はとても素晴らしいと思います。
女性ならではの、粘り強く、地味な作業でもコツコツ継続してゆく姿には頭が下がります。

>”それにしても楽がしたい。”
その気持ち、よーく分かりますヨ。(笑)
でも、キチンとしてないと落ち着かない貴女?のことですから、結局”裏をとる”ために、やはり調べ直してしまうことになるのでしょうネ。(笑)

私などに言われても嬉しくはないかもしれませんが、貴女に敬意を表します、こころより。これからも楽しく拝見させて頂きますので、ヨロシク願いますネ。(喜)

Posted by: カルロス | Monday, October 08, 2007 at 20:57

>10年もスペイン語から離れていれば耳は衰え語彙は減っていく一方であり、
 それは女の顔の皮と乳が年とともに垂れていくのに抗うことができないのと
 同じくらい逆らえない流れであって。それに対して私は10年のあいだ独りで
 よく抗ってきたほうだぜと、ときどき自分をいたわってやりたくなる。

えっ、何に対して抗ってきたって?顔の皮?乳?
なんて白々しい質問をぶつけてみたりして...。(笑)

Posted by: カルロス | Monday, October 08, 2007 at 21:19

カルロスさん、いつも楽しいコメントをありがとうございます。これ、観る人によっては「ふゅ~む……」と考え込んでしまう瞬間に襲われたりするかもしれませんが、全般的に楽しい作品です。お奨めです。「Autorizada para todos los publicos」という、年齢制限なしの保証つきです。

そう、アンセルモ爺さんなんて幾つになっても子供なのです。駄々っ子のようにグズるシーンなど、可愛かったり憎たらしかったりですよ。

あぁ、でも、どうかな。やっぱりすごく社会派の作品かも。いや、でもついつい笑っちゃう作品です。DVDジャケットに書いてあったとおり、ブラックユーモアが漂っている感じです。

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 21:24

もうねぇ、顔の皮とか乳は諦めがちですよ。垂れるがままです。だらーんと。のびょーんと。(←こら)

いや、まじめな話に戻ると、裏を取るのって実を言うと「責任転嫁」の作業でもあるわけでしてね。えへへ。「(あたしがそう思ったかどうかはさておき)この本のここにはこう書いてあるしー」という。逃げ道を作っとくというか。だから卑怯っちゃぁ卑怯かなぁとどこかで思ったり思わなかったりもして。

いや、そうは言ってもやっぱりね、自分よりも後にスペイン語を学び始めた人たちが戸惑ってしまわないように、こういう場においてなにか文法事項的なことを呟く場合には、実証しといてあげる必要ってあると思うのです。

なんていうかなぁ、ネットの掲示板的なところに寄せられる回答――特に女の人の答え方――なんか眺めてると、詰めの甘い怪しげな説を言いっぱなしの人が多くて頭が痛くなりましてね。

「大ベテランの先生に聞いてみたんですけど」「スペイン人の友達がー」とかいう枕詞をつけさえすれば免罪符(?)になると思ってるのだなぁ、この人は………と、私を┐(´д`)┌ヤレヤレな気分にしてくれるお嬢さんたちの多いこと多いこと。

学習して日の浅い人にとっては、ああいう人たちの、一見根拠がシッカリしていそうな書き込みってものすごく危険なんですよ。裏づけなしに、つまり書籍からの一行も示さずに言い散らしているお嬢さんたちは口をつぐんでほしいと日ごろ思っている私です。学習中の人たちは、ほんと、ああいうの鵜呑みにしちゃいけませんよ。ここも含めて。

それにしても、カルロスさん、20年はすごいですね。私は10年経ってそろそろもう何もかもウッチャッテしまいたい衝動に駆られたりしています。もう、自分がスペイン語を勉強してきたこの年月をすべて白紙にしてしまいたくなったりするのです。

趣味としてのスペイン語への興味が、私の場合あと10年ももつだろうかと、また身が引き締まるような思いがしました。どうもありがとうございます。これからもいろいろお聞かせください。ほんとに。

Posted by: Reine | Monday, October 08, 2007 at 21:44

スペイン語と映画への取り組み、10年以上なのですね。
一つのことを続けるって本当にスゴイことだと思います。
こつこつと地道にしかも独学で続けてこられたReineさんを尊敬しています。

Posted by: ちゃこ | Monday, October 08, 2007 at 23:08

>Chus Lampreave(当時30歳)
『Volver』のパウラ叔母さん役で
 あまり演じるシーンがなかったにも関わらず、
 カンヌ映画祭で主演女優賞を受賞した方ですよね。

 この作品、是非とも観たくなりました。

Posted by: アリー | Monday, October 08, 2007 at 23:54

■アリーさん
スペイン語音声、スペイン語字幕です。今ならDVDGO.comで買えると思います。

そう、Chus Lampreave『Volver』出ていたようですね。もう77歳か……。2007年の作品にも出演しているようだから、まだまだ達者なのですね。80年代のあの辺の作品なんか見てると、飄々としてて他人からなにか注意だの非難だのされてもそらっとぼけてる感じが笑いを誘う人でしたが、今もこれからも変わらずその調子でいってほしいですね。

■ちゃこさん
映画鑑賞記録は、恥ずかしながら、そもそもブログに書くネタが無くなったため間に合わせで手をつけたという感じで始まったもので……。しかし、他にあまりこれといった趣味が無かったことが幸いし(?)、3年くらいトツントツンと続いて来たのですね。

語学ってのはしかしあれですね、周期的に襲ってくる虚しさとの葛藤の積み重ねですね。これからもこうして時々愚痴りながら続けていくと思いますが、おつきあいください。

Posted by: Reine | Tuesday, October 09, 2007 at 20:06

>周期的に襲ってくる虚しさとの葛藤の積み重ね

語学もそうでしょうね。私もそうです。仕事も趣味も、楽しいことも多いけれど、私の場合まっすぐじゃなくて、ときどき「虚しさ、葛藤」がやってきます。性格かもしれません。どんな恵まれた人生を送っていても変わらないと思います。ないものねだりっていうのもあるかもしれません。
同時に、生きていることはスリリングで楽しいとも思います。こうやってブログでつながれるっていうのも嬉しいことです。人との出会いがいちばんですね。

Reineさんはブログで発信できて素晴らしいです!
これからも楽しみにしています。

Posted by: ちゃこ | Tuesday, October 09, 2007 at 22:23

こんばんは。
>驚いたのはChus Lampreave(当時30歳)がIsbertの孫娘を演じてたことかな
おお!!当然といえば当然ですが、若い役をやっていた時代があるのですね。。。おばあちゃん役の彼女しか見たことがないので、なんだか不思議な感じがします。あの、演技なのか地なのかわからないとぼけた味は、昔から健在なのですね~。

>周期的に襲ってくる虚しさとの葛藤の積み重ね
今、まさにそれと戦っています(笑)ひねくれた考えですが、仕事上必要不可欠といった、そういう外的な制約があったほうが、勉強へのモチベーションも保ちやすいし、何より、勉強に時間を割く正当な理由になる・・でも、そういうのがない状態で続けていくのって本当にキツイです。周囲にも、(他意はないのでしょうが)そんなにがんばって何になるの?みたいなこと言われるし・・と、ウダウダ、グチグチしています(笑)でも、なんだかんだいって、今まで続けているっていうのは、結局のところ好きだからなんでしょうね。

reineさん達を見習って、もうちょっと、がんばってみます! 長々と申し訳ありませんでした。

Posted by: mami | Tuesday, October 09, 2007 at 23:53

コメントなかなかお返しできずにいます。
週末にでも!

Posted by: Reine | Thursday, October 11, 2007 at 21:14

ちゃこさん、mamiさん
時々そうやってやるせなさに襲われてなーーーんにも書く気が起きなくなります。冬は特にダメですね。これからそういう季節なので、気をつけないといかんです。

こないだたまたま覗いたスペイン人(のもっぱら先生たち)の掲示板でちょうど目に入ってきた一文が、「Te digo que esto de aprender no tiene fin. 学びの道には終わりが無いね」でした。タイミングもタイミングだったので、はぁそういうことなのだなと、妙に納得してしまいました。

Posted by: Reine | Tuesday, October 16, 2007 at 19:43

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