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Monday, March 12, 2007

Belle Epoque / ベル・エポック [スペイン映画]

belleepoqueあらすじ:
1930年代初頭。マドリードの兵舎から脱走してきた若く魅力的な兵士フェルナンドは田園ののどかな村に辿り着くが行くあてもなく、偶然に知り合った老画家マノロの屋敷で世話になる。一宿一飯の恩義と、すぐにでも立ち去るつもりでいたフェルナンドであったが、マノロの4人の娘たちが都会の騒擾を逃れて村に戻って来たのを偶然見かけその美しさに目を奪われ、吸い寄せられるようにふらふらとマノロ邸に舞い戻り、しばし逗留する。4人の娘はそれぞれフェルナンドに関心を寄せる。

『ベル・エポック』についての過去記事
Tuno Negro / 殺しのセレナーデ
pelis recomendadas / おすすめスペイン映画
películas en español / amazonでスペイン映画

belleepoque初めて観たのは10数年前、スペイン(の学校の授業)で。スペインにいる間に3回~4回ほど観たか。何度観ようが、合点が行ったためしがない。わからなかった。作品の意味も、これがアカデミー賞外国語映画賞を獲得したわけも。

このたび友人abetchyが貸してくれたので観てみることにした。先に言っちゃうと、この作品はタイトル(=『Belle Epoque』; The Age of Beauty 英題 / Una bella época アルゼンチン副題)の意味を探りながら観ると理解を深めることができるのだと思う。何がどう‘佳き時代’なのかって。

今からザーっといろいろ注釈します。

のどかなオープニング。字幕による説明。
「1930年冬 ハカで王制への反乱が失敗した直後のこと ひとりの若い兵隊が兵舎を抜け出し 自由な人生を求め 田舎をさまよっていた そして1931年2月 スペインのどこか)」

belleepoque1) 脱走兵のフェルナンドは村はずれの一本道でguardia civilに捕まった。
guardia civilとは:
(スペインの)治安警備隊; 治安警備隊員.◆1844年,農村部の秩序を保つためと,海岸部・国境地帯・街道筋・鉄道を監視するために創設.また治安警察としてFranco独裁体制を支えた.

2) 捕まったときフェルナンドは「¡Viva Galán y García Hernández! ガランとエルナンデス、万歳!」と叫び、「Yo estoy a favor de la república. 僕は共和派だ」と言う。
Fermín Galán フェルミン・ガランÁngel García Hernández アンヘル・ガルシア・エルナンデスは1930年12月12日にハカで蜂起し共和制を宣言するも失敗、両名とも処刑。

3) 警備隊員がフェルナンドの荷物を調べ聖書を発見する。「共和派のくせに聖書を持ってるとは妙だな」と呟く。


19世紀末~20世紀にかけての‘教会’を取り巻く状況について『スペインハンドブック(三省堂)』から拾ってみる:

「……略……組織化に専念した。……略……社会的影響力を利用して中・上流階級に対する宗教教育を通して……略……1876年から1887年にかけて教会は,自由主義者や左翼勢力をおびやかすほどに自らの立場を堅固なものとした.1900年には上流・中流階級の大多数が教会の施設で教育を受けることになるが,労働者階級への影響は希薄であった.

……略……教会は社会的勢力を増し続け,プリモ・デ・リベーラ将軍独裁の時代,カトリックに対する特権的優遇はこの時期の頂点に達した.しかしながら,教会が勢力を拡大していく一方で,教権主義や既存の国家制度に対する反発は政党や国民の間でますます激しさを加えていった.

……略……都市や農村のプロレタリアートの教会に対する過激きわまりない行動……略……

……略……聖職者の特権的地位,中産階級の子弟に対する階級教育,既成の権力に協力し屈従する教会の体質などに対する反感,あるいは資本主義的生産体制と新しい大衆社会が要求する近代精神および諸慣習の世俗化を受け入れない教会の態度に対する反発……略……」


みたいな世相だったようです。以上、『宗教』の章より。また、『歴史』の章からもちょっと拾う:

「(1930年)12月にはハカで共和制を要求するクーデタが宣言された.反乱は失敗したが(Reine注: 『ベル・エポック』における‘現在’は、つまりこの直後),これを契機に共和制を望む声は一段と高まった.

1931年4月12日,地方議会選挙が実施された.農村部では王政支持派が優勢であったが,大都市や工業地帯では共和制支持の諸党派が圧倒的勝利を収めた.(Reine注: 映画後半ではこの選挙も扱われている)……略……

……略……第二共和制の最初の2年間(1931年7月~1933年)は「改革の二年間」と呼ばれている.この間に首相となった左派共和主義者のアサーニャは,社会主義者の指示を受けて多方面にわたる改革に取り組んだ.

アサーニャ政府が最も重視したのは宗教問題であった.自由結婚と離婚が認められ(Reine注: 共和派になったら離婚もできるし云々というシーンもあったね),学校から十字架が取り外され,墓地が世俗化された.……略……熱狂した群衆による教会施設の焼き打ちが広がった.この結果,共和政府は,教会に代表された伝統的諸勢力との間に超え難い溝を作り出した」


長くなりましたが、まぁこういう状況なので、共和派を表明するフェルナンドが聖書を携えているのが警官の目には奇異に映ったのです。よね。


belleepoque4) 彼を連行する途中、一人が「コイツ逃がしちゃおうか」と言い出したため警官コンビは激しい口論になる。

A「じきに共和制になるんだしさー」、B「しかし祖国は祖国だ」、A「いやぁ、祖国イコール政府だろ。その政府がそろそろ倒れそうなんだから、勝ちそうな側についておいた方がいいじゃん」、B「治安を守るべきだと軍規にもあるんだぞ」、A「あー、言ってろ、言ってろ」

5) 駅の壁に落書き。「Muera el rei (「王政くたばれ」か)」

6) 神父さんと金持ちのぼんぼんフアニートが訪ねて来たのを見て、老マノロが「教会と資本はいつも一緒だな」と呟いてた。


7) この映画のお話の‘その後’に相当する時期について,「『スペインハンドブック』の歴史の章(立石博高先生)の年表から抜粋:

1931年 
5.10 マドリードで王党派と共和派の衝突(翌日,修道院焼き打ちが広がる)  6.28 憲法制定議会選挙の実施(社会党,共和派諸党が過半数を制する)  12.9 第二共和国憲法の公布:ワイマール憲法を模範とした民主主義的憲法  12.31 カスティルブランコ(バダホス県)事件:農民と治安警備隊の衝突

1932年 
1. 国家を教会から分離する諸法:離婚の自由,イエズス会士追放など 各地で住民と治安警備隊の衝突事件おこる  8.10 セビーヤでサンフルホ将軍の反共和制のクーデタ(失敗)

1933年 1.12 カーサス・ビエハス(カディス県)事件:アナーキスト農民を過酷に鎮圧  4. 地方議会選挙:右翼諸政党の躍進が目立つ  6.2 宗教団体法の制定:宗教団体による中等教育の停止(カトリックの共和制への反感強まる)  11.19 総選挙の実施(…略…):右翼諸政党の勝利

みたいな感じで、「1936年 7.17 モロッコのメリーヤで軍隊の蜂起(スペイン内戦始まる)」までの数年間、右と左の綱引きが激しくてシーソーがめまぐるしいです。そして結局、「1939年 4.1 フランコの戦勝式典:内戦の終結を宣言」ときて、「1975年 11.20 フランコ没」まで長い長い時代です。  

以上。


どうすかね。『ベル・エポック』は、時代と時代が入れ替わるちょうど狭間の数ヶ月の出来事であると思って観ると、作品の意義が少しずつわかってくるような。

そう思って観ると、フェルナンドが4姉妹に魅了され、そのつど夢中になって、「初めから君が好きだったんだ」と口走ってみて、至福を味わったかと思いきやたちまち裏切られ絶望し、嫌気が差して立ち去ろうと思ってもまた新たに誘惑され、幸福と安定と未来を求めて翻弄されっぱなしであるのも何か意味深長と思えてくるし、ラストシーンなんて各人の表情からいろいろ想像させられるよね。

わかったよ。前言を撤回しますよ。これはいい作品です。いま書いててやっとグッと来たよ。「その後」を思うと胸に迫る。

(スペイン映画)(コメント欄にメモあり)

監督: Fernando Trueba フェルナンド・トルエバ
脚本: Rafael Azcona ラファエル・アスコナ José Luis García Sánchez ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェス Fernando Trueba フェルナンド・トルエバ

出演:
Jorge Sanz ホルヘ・サンス: Fernando フェルナンド
Penélope Cruz ペネロペ・クルス: Luz ルス(四女)
Miriam Díaz Aroca ミリアム・ディアス・アロカ: Clara クララ(長女; 未亡人)
Ariadna Gil アリアドナ・ヒル: Violeta ビオレタ(次女; 性同一性障害)
Maribel Verdú マリベル・ベルドゥ: Rocío ロシオ(三女; フアニートと婚約???)
Gabino Diego ガビーノ・ディエゴ: Juanito フアニート(金持ちのぼん)
Fernando Fernán Gómez フェルナンド・フェルナン・ゴメス: Manolo マノーロ(老父; 画家)
Agustín González アグスティン・ゴンサレス: Don Luis ドン・ルイス(神父)
Chus Lampreave チュス・ランプレアベ: Doña Asun ドニャ・アスン(フアニートを溺愛する母親)

Belle Epoque @IMDb
ベルエポック@映画生活
ベル・エポック @ぽすれん
ベルエポック@シネマカフェ

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Comments

語るべき点はすべて本文中で済ませたと思うので、あとは「スペイン語」の側面からのメモなどを。

マザコンぼんぼんフアニートとロシオとの間に何か恋愛関係があるのかとフェルナンド青年が疑っている様子なので、ロシオはそれを否定する。「Como es rico, se cree que todas estamos por sus huesos. あのひと金持ちなもんだから、女の子はみんな自分のことが好きだとか思っちゃってるのよ」。

この「estar por sus huesos」という表現を検索してみたが、あまりヒットしない:
1) http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=367645
「異性として狙っている,好意を寄せている,落としたいと願う」みたいな意味でよいのかな。

2) pdfファイル: 『スペイン語視覚表現の諸相』の中でリストアップされているだけ。(この論文は、『スペイン人はこう話す!―気持ちを伝える視覚表現150』の著者のもの)

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 21:13

なんか、やっぱりほら、(教会のおかげで)いい暮らしをさせてもらえていい思いをしてきた人間と、一顧だにされずに耐え忍んで生きていた人間との対立の構図みたいな、ね。

で、こういう枠組みを通して観ると、この1930~31年よりももうちょい後という時代設定ですけど、『キャロルの初恋』で、アッパーな階級に属してる風の冷酷なおっさんが中心となって、共和派の人間 ――貧しい庶民―― を狩って回って虫けらのように殺していたのも、なんか理解できちゃうような。殺すのに躊躇の要らない時代の流れの真っ只中にいたんだね。

それと、また更に年代が後になるけれども私のスペインのファミリーのママの学校時代の話ね。

やっぱり、こう、なんていうか、「いい家の子は、体制が変わるのは、そりゃイヤがるだろうね」というのが容易に想像できる生々しい(?)エピソードじゃない?

あのファミリーは、特にママが敬虔なカトリック信者です。20~30代の現代的な娘たちはどこまで信心深いか、本当のところはよくわからない。だけど、つい二年前に遊びに行った頃だったか、サパテロの政権が学校から宗教的(カトリック的)行事だか祝日だかをとっぱらっちゃうという政策を示したとかなんとかに対し(※おぼろげな記憶なのでソースはこれから探したいところ。求ムinfo)、娘達がえらく憤慨していた。そんなところまで踏み込むべきでない、とか。

そういうのを見るにつけ、なーんとなくぼんやりとだけど、「この家庭は信心深くて、どっちかっつったらやっぱり保守的なんだよな」と改めて感じた一幕だった。

あと他に思い出すのは、むかーし友人ミゲルと二人で内戦モノの『Libertarias リベルタリアス』(ビセンテ・アランダ監督)を観てる時に、「あの時代だったら君と僕それぞれどっち側だったかね?」と聞かれたこと。「んーーー。どっちかなぁ。心情的なものと現実的なものと違うもんな」と曖昧に答えたらミゲルが、「僕なんかはおそらくフランコ側だったと思うよ」って言ったな、たしか。

映画の中ではまさにフランコ側みたいな人がヒデェことをしてるシーンで、私なんか泣きながら観てたので、私は目ぇパチクリしてた。ミゲルは、「しかたない。僕はそういう家に生まれたから。‘家’単位だったらきっとそうだったんだ」とかなんとか言ってた。彼の家は割とエェとこだったような記憶がある。

そういうことなのかな。ボンヤリした感想・記憶でしかないのですが。

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 21:38

estar en pelota / en pelotas: Desnudo, en cueros. (素っ裸で)

私、十数年スペイン語に接してきて、今夜衝撃の発見をしたのですが。んんんん? どうなんだ? おちつけ>我

「en pelota [pelotas] = 素っ裸で,丸裸で」っていう表現は昔から知ってる。「タマがぶらんぶらんしてるから」だと思ってた。西和辞書でもこの句はいつも、「pelota=ボール,睾丸」の項に載っているしね。パンツも穿かずにタマ丸出しでフラフラほっつき歩いているようなイメージからできた表現なのだと私は思ってたんだよね。タマだと思ってたんだよ。(タマ、タマ、うるさいよさっきから>我)

だけどさ、Real Academiaの辞書みてみてよ。
まずこちらが「pelota1: ボール,球,睾丸」の項ね。熟語・成句をいくら探しても「en pelota / en pelotas」が載ってないでしょ?

次にこちらを見てよ、「pelota2: 丸裸」がらみの項。そこさ、緑色で書いてあるのは語源なんだよね? peloって書いてあるよね。

睾丸ウンヌンは関係無かったんじゃん。pelota1とpelota2って、成り立ちが全く違うんじゃん。私がこれまで十数年間想像してきた睾丸ごろんごろんの絵図は見当違いだったんじゃん。すげぇショックだ。

そんな図を想像していた事実を白状しなきゃいけないこの流れがイヤだ。

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 21:46

語句メモ

・"Republicano con la biblia encima."
encima: Sobre sí, sobre la propia persona. 身につけて,所持して

・「1854年の革命で我らの創始者アウマダ侯爵も」云々とは?
・Duque de Ahumada (アウマダ公爵)(※字幕では「侯爵」だったけど「公爵」じゃないかい? 侯爵=marqués、公爵=duqueだと思うんだ)
Guardia Civilの歴史(英語)(内務省のHPより)

・darle a alguien en la nariz algo: (口語) Sospechar, barruntar

・ser alguien un pedazo de pan: Ser de condición afable y bondadosa.

・老マノロにここで寝るとよいよといわれてフェルナンド青年が「Donde usted me diga. (どちらでも構いません)」と丁寧に答えたところ、「Y dale. ¡Que me tutees, coño! (だーかーらー、敬語じゃなくっていいんだよ、このバカチンが)(←武田鉄也的バカチン)」って。

・娘達があまりにも美人なので戻ってきちゃったフェルナンド。魂胆を見抜いた老マノロが、「あの小僧、うちの娘たちのメスのニオイを嗅ぎ付けて戻ってきやがったな」というシーン。字幕では「メスの匂い」と書いているが、「olor del coño de mis hijas (うちの娘たちの女性性器のにおい)」と言ってる。ヒデぇ。

・rondalla: f. Conjunto musical de instrumentos de cuerda

・pedir la mano de una mujer.1. fr. Solicitarla de su familia en matrimonio

・長女の亡夫は料理がうまかったらしい
「Con lo cocinilla que era.」
cocinilla: m. coloq. Hombre que se entromete en cosas, especialmente domésticas, que no son de su incumbencia. 家事に口出しする男.

・次女のVioletaは性同一性障害であるようだ。primera comuniónもmarinerito(水兵服)で済ませた。←『キャロルの初恋』でも同じような話があったね。

・primera comunión:
初聖体拝領.◆子供が初めて受ける聖体拝領の儀式で男女ともに正装で臨む.特に女子はウェディングドレスに似た白いドレスを身につける

・「マザコンなんかじゃない。俺はもう母親を気にしてなんかいない」と主張するフアニート。「ママなんて un cero a la izquierdaだよ」とヒソヒソ声でロシオに言い聞かせる。
ser alguien cero [un cero] a la izquierda.
frs. coloqs. Ser inútil, o no valer para nada.
ゼロは右側についていけば10倍、100倍、1000倍…だけど、左側に増えて行く分にはまったくもってありがたくないから。だよね?

・「こんな村に住むのイヤよ」
poblacho: m. despect. Pueblo ruin, y destartalado.

・reconcomerse: (嫉妬・怒りなどで)悩む,心を奪われる.
⇒ recomerse: (嫉妬・怒り・軽蔑などで)いらいらする,心を奪われる.

・recomerse los hígados: (fr. キューバ) Enojarse, ponerse de mal humor.

・「Si te he visto, no me acuerdo.」とか「Si te vi, ya no me acuerdo.」とか:
exprsión usada para manifestar el despego con que los ingratos suelen pagar los favores que recibieron. (受けた恩に報いず素っ気無く振舞う恩知らずな人物の冷淡な様子を指す決まり文句)

・調べてる途中で出くわしたおもしろいpdfファイル。http://www.aragob.es/san/cineysalud/descargas/GAlumnBelle.pdf。この作品を通して青少年に性教育を施すための教師用教材みたいな??? (※後でゆっくり読むこと)

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 21:57

途中で出てくる人名について
オルテガ・イ・ガセット Jose Ortega y Gasset
ウナムーノ

いつものように『スペインハンドブック』から少々:
1930念 12月 知識人(オルテーガ・イ・ガセー,マラニョンら)が「共和制への奉仕」グループを結成 この年,オルテーガ・イ・ガセー『大衆の反逆

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 22:04

えーっと、これ、時代とかイデオロギーみたいなもの一切考えずに見た場合、男性のみなさんはフェルナンド青年の立ち位置が羨ましかったりするんじゃないだろか。

ハッと息を呑むほどの美人4姉妹が揃いも揃って自分に秋波を送ってくれちゃうわけよ。年上の寡婦あり、婚約相手のいる女あり、処女あり。どーすんの俺!?

特に男装の麗人といった風の次女とのシーンは私が見ててもたまらん。

男の俺がよ、自分はメイドの格好をさせられ、メイドが頭につける白いやつ、レースでできた三角巾みたいなやつ、あれ何て言う? ああいうのまでちゃんとつけられててよ、美人姉妹たちに手を引っ張られて村祭りに連れ出され。

女装してる自分が恥ずかしいもんだからモジモジ隅っこで小さく座ってるところへ酔っ払った男が近づいてきてお尻を撫で上げたりしてきて、「キャー」なんてナヨナヨと悲鳴あげてるところへ軍服で男装した次女が助けに来てくれて、手に手を取り合って逃げ出して、挙句、ワラ小屋で押し倒されて完全に征服された格好で手篭めにされる、騎乗位で。sneg

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 22:12

今回、ようやくこの作品がわかりかけたと思います。腑に落ちた。これは、嬉しそうに或いは寂しそうに微笑みながら観ていられる作品です。たしかにジンワリ来る。

けれども、やっぱり私は、これがアカデミー外国語作品賞を受賞したというのがどーも素直にうなづけない。(※「オスカーがなんぼのもんじゃい」という視点・論点はひとまずわきにおいといて)

消去法で受賞したんじゃないのか? 他にロクなのがノミネートされてなかったから受賞しちゃったのか? と思ったのでAcademy Awards, USA: 1994をチェックしてみる。ちなみにこの年の作品賞は『シンドラーのリスト』ね。うちの兄貴が映画館でカノジョの隣で爆睡したという。


他のがロクでも無かったって? それは違ったみたい。ぜんぜん。他の候補作品もずいぶん良さそうじゃありませんか!
・『Ba wang bie ji』(『さらば、わが愛/覇王別姫
・『Hedd Wyn』(『Hedd Wynn
・『Mùi du du xanh - L'odeur de la papaye verte』(『青いパパイヤの香り』)
・『Hsi yen』(『ウェディング・バンケット』)(←私はベルエポックとウェディングバンケットだったら圧倒的に後者が好き。ていうか、ウェディングバンケットは私の超フェイバリットだ)

『ウェディング・バンケット』以外は恥ずかしながら私は知らない作品ばかりだけれども、どーなの、『ベル・エポック』はこれらをおさえて選ばれるほどの作品だったの?

やっぱり少々疑問だ。あと10年くらいしたらもう一度観てみるよ。その時には今よりももっと理解できるのかもしれないね。

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 22:16

時代背景はネット検索しやすいけれど、会話に出て来るスペイン語については、やはりReienさんのところでないと!

>「Donde usted me diga. (どちらでも構いません)」と丁寧に答えた
態度から礼儀正しくしているのは分かりましたが、セリフ的にはどの辺が丁寧なのですか? くだけた言い方をすると、どれぐらい違いが出るのでしょう?

>「ママなんて un cero a la izquierdaだよ」
凄く洒落た嫌味&皮肉ですね。 今度使ってみよう・・・

>教師用教材みたいな???
とても面白そうなのに、いったいどんな事が書かれているのか眺めても分からないのが悔しいです。

感想をTBしようかと思っていたのですが、「ホルヘが可愛い!」なんて浮かれている内容しか書いてなかったので自粛しておきます(笑)
とにかくまずは一冊、「西和-和西辞書』を買わないと駄目ですね。

Posted by: 哀生龍 | Monday, March 12, 2007 at 22:41

あぁそうそう。
Ariadna GilとJorge SanzとGabino Diegoと……は、このころ(90年代前半)のスペイン映画にはやたら出てる。ちょうど私が向こうに行っている時だったので、授業で鑑賞させられる映画はいつもこの3人の誰かしらが出てたような印象すら。

今回のドン・ルイス役のAgustín Gonzálezですけどね、上記の3人とは『Los peores años de nuestra vida(僕らの人生のサイテーサイアクの歳月)』で共演しているのですが、このオッサン、喋り方に特徴があるんだね、たぶん。

私今回、ドン・ルイスが『Los peores ~』の父ちゃん役だなんて、映像では気づかなかったんだ。でも、途中で身振り手振りでしゃべっているのを見てわかった。おんなじなんだもん。

そして、近々記事をUPしますが、『La mujer mas fea del mundo(世界で一番醜い女)』でもこのオッサンはおんなじ喋り方だった。憎めないオヤジの型みたいな役者さんなのかな。

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 22:46

いや、哀生龍さん、私、これから哀生龍さんのとこにうかがって、「ホルヘ・サンスまじでむちゃくちゃにしてーな、おい」と言うような内容をコメントしてこようと思っていたとこなんですよ。

ひとまず今からそちらに向かいます。

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 22:48

哀生龍さん
「Donde [usted] me diga. あなたのおっしゃるとおりの場所に」というのと、「Donde [tú] me digas. おまえさんの言うとおりの場所に」というのと、そういう違いです。三人称(usted=あなた)に対するのと、二人称(tú=君、おまえさん)に対する活用でしゃべるのとは、丁寧さが違うのです。

「丁寧」イコール「尊敬しているから,敬意を表すため」にustedの活用でしゃべっているのですけど、「心理的距離」ってことなんじゃないかなと思ってます。

たとえば『El viaje a ninguna parte』では、ガビーノ・ディエゴ演ずる息子が、初めて顔を合わす父親に対してustedでしゃべっています。尊敬しているからというわけじゃなかったと思うのです。「あなたは知らない人だから」とガビーノ・ディエゴのセリフにもあります。

Solas ローサのぬくもり』でも、主人公マリアは心を閉ざしちゃってるような女性で、母親に対してもずっとずっとustedでしゃべるのです。アンダルシアなのに。

(と言ったら語弊があるかもしれないけど、アンダルシアの人ってけっこう知り合った当初から平気でtú、túで話してくると思うんですよ)

Posted by: Reine | Monday, March 12, 2007 at 23:37

>『Los peores años de nuestra vida(僕の人生のサイテーサイアクの歳月)』
最近見たばかりなのですが、キャストの名前を見てAgustín Gonzálezだった事に気づきました。
目がホルヘばかりに向いていたもんですから・・・

> [usted] と[tú]
尊敬であると同時に、相手と距離がある(打ち解けていない)と言うことにもなってしまうのであれば、なんでもかんでも丁寧に喋れば良いってもんじゃないんですね。
ネットで単純に変換すると丁寧な表現になる事が多いようなので、相手によっては[tú]に置き換えた方が良いということかな?

Posted by: 哀生龍 | Monday, March 12, 2007 at 23:46

数年前に仕事で、わりと偉いスペイン人のおっさんと知り合いました。以来、なんか娘のように(つまり、下心ゼロな感じで)親切にしてくれるのですっかりただの良い友達なのですが、その人とのメールのやりとりは、最初の二通くらいはずっとUstedで書いてました。そしたら向こうが「túでお願い」と書いてきました。それから、しゃべるのもtúに切り替えました。

ネットでも実生活でも最初の最初はustedが無難かなぁと思ってます。ただ、相手次第ですね。たとえばskypeで文字で話しかけてきたりする人が最初っから「tú」でメッセージを寄越したのなら、こっちもtúでいいや、と。相手の出方次第です、ほんと。

スペインの町なかで、お店の人などにしゃべりかけるのは私は三人称。スーパーのレジ係のオネエサン(私と同い年かもうちょっと若いくらい)がすんごい美人だった時も、「あんた美人よね!」とは言わなかったです。「あなた、美しいですよね」と言ったです。

ただ、レストランで出された肉がただの炭と化していた時は店員に、「あんた、これ食べてみなさいよ」とTúですごんだかなぁ、たぶん。

Posted by: Reine | Tuesday, March 13, 2007 at 00:03

こんばんは。

>時代と時代が入れ替わるちょうど狭間の数ヶ月の出来事であると思って観ると

なるほどー。やはりこの物語ではちゃんと歴史的背景を踏まえて観賞することが大切なのですね。
1回観ただけ。しかもあまりのことに呆気にとられ感想を書くのもアホらしくなってやめた私はまだまだ甘かったと思います。

でーすーが(笑)
もう1回観たところで、この可笑しなハーレムを、すぐに受け入れられる自信はありません(笑)3回くらい観れば何か開けてくるでしょうか。ある意味修行かも。

Posted by: さち | Tuesday, March 13, 2007 at 22:28

さちさん
そうそう、修行です、修行。私もやっとの思いでここまで…。

>3回くらい観れば何か開けてくるでしょうか
↑ そのくらいだと思います。私も、ほら、ちょうど今回が4~5回目ですから。さちさんもあと2~3回でこのハーレム講座を修了できるはずです。……が、がんばれ。

Posted by: Reine | Wednesday, March 14, 2007 at 12:13

こんにちは。
Reineさんの解説を読ませてもらって、
ようやくこの映画が単なる享楽的ストーリーではなかったんだ、と感じました。
この映画の時代のその後を思うと…、う〜ん、胸詰まるものがあります。
でも、これだけの時代背景を知らないと鑑賞できない映画なので、
日本ではアカデミー賞の季節でもテレビで放映されないんでしょうね。

Posted by: ヒロコ | Wednesday, March 14, 2007 at 13:24

ヒロコさん
そうなのです。今回、私もようやく少しでもわかってきました。今まで毛嫌いしていたことの後ろめたさもあり、昨年の2月に『ベル・エポック』を薦めてくれた友人にたった今メールをサササっと送っておきました。「やっと意味と良さがわかったよ。ありがとう」っつって。

>これだけの時代背景を知らないと

でも、ほんと、これはいかんともしがたいと思うんですよ。これだけ予復習が要るのっって、それはそれでアリなのか?とは今でも思います。反則じゃないかい? 時代背景を知らないでもこの作品の意味と価値がわかったという人、いるんでしょうか。そんな人、エスパーだと思うんだわ。

Posted by: Reine | Wednesday, March 14, 2007 at 21:54

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Tracked on Saturday, May 03, 2008 at 14:55

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