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Sunday, January 07, 2007

Héctor [スペイン映画]

hector2004年作品。2005年3月のスペイン旅行で購入。このたびやっと鑑賞。

実は、この作品、あまり期待はしていなかった。2004年11月に友人から薦められた時にも、『Martín (Hache)』とあらすじが似てると思うんだがダイジョブなのかぁ?と思っていたくらいだし、2005年3月にも特に思い入れがあってカゴに入れたわけじゃなかった。

しかし、最近興味が沸いたんだ。

なぜって、この作品、IMDbの評点が見るたびに上がってるんだよね。見るたびにと言ったって、この26ヶ月でせいぜい5度しか覗いていないが。3度目に覗いたときに気づき、4度目で確信した。2年前に6.4くらいだったのが今は7.2にまでのぼっている。非常に緩やかな右肩上がり。

こういう非有名作品が評価をヒタヒタと集めているのは珍しいと思えたんだ。「なに、この静かな勢い」って。

それで観た。
やっぱりよかった。
優しい家族の話だった。

だけど、ただ単に心優しい人たちが優しい言葉をかけ合っているわけでは勿論ないよ。優しい人たちが、互いに優しくしなきゃいけないことはわかってるし、現に優しくしようとしているのに、そんなことはわかっているのに表現の仕方がわからないでいる。噛み合わない時はホントに噛み合わないんだよなぁと、リアルに共感できる物語。


2004年11月の時に訳しといたあらすじ紹介文をこちらへ移動:
Héctorは16歳。母を失くした。Tere伯母さんのもとに身を寄せるべく、庭付きのマドリード都心の家から郊外の小さなマンションへ移り住む。Héctorはその現実を理解しようと努める。初めのうちこそ生活の違いに戸惑ったが、少しずつ慣れ親しむ。

そんな折、父Martínが現れる。Héctorに会いにはるばる海を越えてやってきたと。Héctorは父が遠国で生きているとは知っていたものの、会ってみたいと思ったことは一度もなかったのである。父Martínは長いあいだ連絡をしなかった理由を説明し、息子の信頼を得ようとする。そしてメキシコで暮らそうと語りかける。Tere伯母さんという家族と、海の遥かかなたでの新生活と、Héctorはどちらを選択するのか。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


実母の死んだ日からHéctorが決断に至る日までの3週間を描いたお話です。


家族ってのは一番近い存在だから、傷つけるときもピンポイントで突いちゃうよね。言っちゃいけない一言を言っちゃう。悪くすると、古傷をわざわざ抉ったりもしちゃう。これを観ているまさにその頃に起きたのが幡ヶ谷の事件だったので、いっそう考えさせられたね。


「優しい家族の話」という以外の観かたとしては、「みんなが何かを恐れている話」と言えると思う。大切な誰かを奪われる、愛する人に拒絶されるかもしれない、まだ心の準備ができていないのに自分の人生のゴールを指し示されて戸惑っている、あえて見つめないようにしてきた自身の過去や内面と向き合わなきゃいけない、誇りを捨てようとしている自分の狡さと弱さを自覚している ………etc. それぞれが怯えてる。 

あぁ、そうか。
だからこの映画のサントラは『Miedo(怖れ)』という曲なんだな。Pedro Guerraの『Ofrenda』に収録の『Miedo』。

歌詞をネットで探してみる。http://www.dooballoh.com/cgi-bin/display.cgi?id=10348とか。見てごらん、ポルトガル語でも歌っているよ。いろんな「miedo 怖れ」が並んでいる。あたしは熱くて渋い茶がこわい。とかふざけてる場合じゃない。


Héctor 公式
Héctor @IMDb
Héctor DVD @スペイン書房
Héctor シナリオ本 @スペイン書房

出演
Nilo Mur ニーロ・ムル: Héctor エクトル(16歳)
Adriana Ozores アドリアーナ・オソーレス:  Tere テレ伯母(43歳)
Joaquín Climent ホアキン・クリメント: Juan フアン伯父=テレの夫
Núria Gago ヌリア・ガーゴ: Fany 従姉のファニー(20歳)
Unax Ugalde ウナス・ウガルデ:  Gorilo ゴリロ=ファニーの元彼(22歳),この辺りの不良
Pepo Oliva ペポ・オリーバ: Tomás トマス司祭
José Luis García Pérez ホセ・ルイス・ガルシア・ペレス: Ángel アンヘル=運送会社経営者, 仕事の上ではフアンの上役にあたる,ファニーに求婚中の30代
Damián Alcázar ダミアン・アルカサル: Martín マルティン=エクトルの実父,メキシコでホテルチェーンを経営している実業家


(この作品についてはネタバラシ的に書くことになると思う)
↓↓↓↓↓↓

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Comments

■エクトルの亡き母ソフィアについて
回想シーンでちょっとだけ登場する。一つ年上の姉テレは、ソフィアの美貌を子どもの頃から羨んで来たと言う。自分はいつも引き立て役だったと。

父が遺した『DOS HERMANAS 二姉妹』という名の小さなBARを姉妹は継いだが、ある日ソフィアは荷物をまとめて出て行ってしまった。テレはその決断力と行動力もまた羨ましかった。どうしてあの時わたしは妹を追わなかったんだろうって繰り返し思う。

しかしそのソフィア。
決断と行動はたしかに速いが、それは彼女に元から潜んでいたエキセントリシティの成せるわざだったのではないかい? その激しさが故にソフィアは、メキシコでマルティンに出会うや、マルティン自身が後にも先にもあれほど深く愛されたことは無いと言うほどに強く彼を愛したのだし、エクトルを身ごもったのだし、そして次第に心気症傾向が強くなり、実姉テレに向かって「これ以上は関わり合いたくない」などと冷淡に言い放つようにさえなったのではないですか。

(たぶんそれはソフィアの精神不安定による世迷い言だったのだろうと想像する)

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 01:23

■テレ伯母について
空になった妹のベッドを見つけた時の喪失感をテレは覚えている。ソフィアがいなくなってしまった後は自分一人で朝早くに店を開けた。自分もどこかへ行きたかった? ううん、そんなことない、だって私はあの時はもうフアンを好きになってたんだから。でもそれを後悔したことはない? したこと……あるよ……でもごくごくたまによ。

テレという女性はいつも答えを探して来たのではないかな。どうやら夫と娘を置いて他の男と駆け落ち寸前のことまでやらかしたこともあるような。それでも最終的に家へ戻ってきたのは、その時は自分の中で答えが見つかったと思ったからだ。でも、ホントにこれが‘答え’なのかって、いつも少し首を傾げて来たのかもしれない。

人生を通しての達成感不足や妹にわけもなく拒絶されたことで生じた空洞を一気に埋めてくれる存在となったのが甥っ子エクトルだったのかな、たぶん。

エクトルその人ではなく、「甥っ子を預かるという行為」がテレを充たしたのかもね。今この歳になってこの手に舞い降りてきてくれた「かよわい存在」がエクトルである。

それを誰か――エクトルの実父マルティン――に奪われるのは、再生したアイデンティティを再び崩されることだから、怖い。失いたくない。僅か数日ですっかり実の息子のように思うようになっていた。

だから、マルティンに対しては冷酷に接する。エクトルを奪おうとする男だから。と同時に、かつて妹を自分から奪った男とも見ていたのではないか。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 10:37

■エクトルの従姉ファニーについて
以前はドロップアウト組のゴリロと付き合っていた。その後、アンヘルの経営する会社で事務をしてきた。

アンヘルが新築中の一戸建てを見せてくれ、「僕の、というか僕達の家だ」と言って来た時に戸惑った。

自分達はもうそんな仲になっていたのかという驚き / 自分が母の歳(43歳)になった時アンヘルは60歳だという年齢差についての不安 / あの会社の事務――退屈な仕事――をずっと手伝うことになるのかという諦めの気持ちと厭う気持ち、……などなどか。

こちらの心がまだ決まってもいないうちにアンヘルが家族の前で発表してしまったものだから、ファニーは機嫌を損ねた。この件が原因で父とも口喧嘩をしてしまった。

エクトルがゴリロと親しくなったことがきっかけとなり、長いこと会わずに来たゴリロと最近はよく会う。迷い続けるファニーである。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 11:09

■ファニーの父フアンについて
トラック運転手を23年してきた。アンヘルは、運転手をそろそろやめて運送会社の共同経営者になるようにと誘ってくれた。出資金を捻出するのは厳しいが、せっかくの人生の転機を潰したくはない。妻テレはどうぞ御自由にと言いながらも、相談なしに決意したと、態度でなじっている。

娘のファニーにアンヘルの会社で働くように言ったのはたしかに自分だけれども、まさか社長アンヘルとデキちゃうとは。どーしようもない不良のゴリロとつきあってたかと思えば、お次は雇用主とデキるなんて、我が娘ながら頭が痛い。

アンヘルが二人の結婚話を発表した時、ファニーが明らかに態度を硬化させた。それは、んーー、どうかな、やっぱりフアンにとっては‘上司=社長’のアンヘルとの関係上、気まずかっただろう。

そしてもっと言うと、フアンの心のどこかに、娘ファニーと社長アンヘルとの縁談がうまく行くことがもたらすであろう何かを期待する気持ちが存在していないと言ったらウソだろう。それをテレはもう見抜いていて、「あなた自身もわかってるはずよ」とフアンに言ってしまうのだった。

娘の本心を聞きだそうとする父と、「で、それを聞いてどうするのよ、アンヘルに伝えるってわけ?」とつい言ってしまう娘。父にしてみれば、自分よりも10歳ほども若い男の‘使いっ走り’なのかと指摘され、父親としての、いや、男としてのプライドをひどく傷つけられたのである。

……この辺りがね、うまくできてるんだよ、この作品。「;゚д゚), ウワッ それ言っちゃダメだよ!」っていう言葉を互いについついぶつけてしまう主人公たち。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 11:29

■不良のゴリロについて
11~12歳のころ、よくある悪ふざけがきっかけで矯正院に入れられた。(ほんのイタズラ心のせいで悪運に絡められていく様は、少ーしだけ『スリーパーズ』っぽい)

ゴリロはたしかに粗野だし手癖も悪くエクトルにも最初は絡んで来たが、ずっと社会から疎外されて来たり、アル中の父の世話で苦労して生きてきたせいか、結局は年下のエクトルの世話を焼いて可愛がり始めちゃう、よくいる‘ワル! カコイイ! (・∀・)’タイプの22歳。(ちょっとエラ張りの下膨れの骨格をしてるんだが、いい男だよ ⇒ Unax Ugalde - Web oficial

後半のシーンでも、シャレにならん軽口を叩いてしまったと気づいたら即座に謝るような素直な心も持っている様子がうかがえる。

マドリードの街を見下ろす小高い丘がゴリロは好きだった。ベンチがポツンとあるだけのつまらない場所だが。街の人間が蟻みたいに見える。だけどファニーと別れてからは、この丘に来ることも無かった。

ファニーとゴリロが別れた理由について、ファニーはゴリロの浮気が原因だと言うが、ゴリロにはそれなりの事情ってものが実はあったのだ。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 11:55

主役のエクトルについてはほとんど書かずにおきます。他の人物についてもたくさんメモしたが、この辺にしておこうと思う。

だって、この作品っていろんな見方ができるからね。ここまで書いてきたのはあくまでも私の一解釈であって、他の人は全く違う描写をするだろうし、私自身だって全く別の見立てをしようと思えばできるのです。

誰のことをも被害者のようにも加害者のようにも説明できる。この作品はそこが面白いし、深いといえば深いとこだよね。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 12:10

マイナスの感想もあるよ。私は映画の構成などについては何もわからない身ですから憚られますが。

・不要じゃん?と思えるシーンが幾つかあった

・心情をつかみにくいシーンがあった
実父マルティンが、エクトルに話しかける機会をようやく得、二人でタクシーに乗るんだが、その車中で現在の家族の話を始め、今の奥さんの子(連れ子なんだが)の写真を取り出して楽しそうに見せるっていうのは、どうしても心情が理解できない。

父親として名乗るために、罵倒・拒絶されるのを覚悟でスペインまで飛んできて、メキシコでいっしょに暮らそうとエクトルを説得しなければならないという時に、どうして今の家族の話を始めるのか。ありえないだろと思った。

それでマルティンの誠実を表したのかもしれないけども、んーー、どうかなぁ、違和感が拭えない。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 13:52

そしてもう一点……なんていうか……、墨をついだような構成なんだよ。

墨継ぎとは:
筆に含ませた墨汁が乏しくなった時、さらに墨汁を含ませて書くこと。立体的な効果を与えるため、墨継ぎをした箇所が隣の行で並ばないようにするとか、和歌を書くには初句、三句、五句で墨継ぎをするとされている。[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

私は高校の芸術選択では3年間書道を選択した。仙人みたいな物静かな先生に教わった。彼は墨つぎに厳しかった。基本「一発で書け」だったと思う。たっぷり染み込ませて一気に書け、と。だから最初の一画はボテボテと滴っていて。最後の方はカスカスのスッカスカで。

そんなでも、墨継ぎをしたよりは褒められたような気がする。

意味の切れ目で墨をつぐのはまだしも、軽率な墨継ぎに対しては、仙人が軽くキレているのが感じられたものだ。たった二、三文字なのに墨を継ごうもんなら、彼が生徒を呪う心の声が聴こえてくるようだった。

でね。
この映画、そういう印象なんだよ。変なところで墨継ぎをしてる。

一気に流れるように書いていない。かすれた墨のまんま一気にクライマックスに持って行ってこそ仙人には褒められたんだが、いい具合にかすれてきたってのに、要らぬ墨を継いでまたボタボタと滴らせてしまっている。そういう感じ。

トンッ、ツトン、ツーーー、ツトン、ゥクッ、ツトン、ツ、ツ、ツーー、トロトロトロ……という運びに仕上がってる。そういうリズムの悪さと不自然な濃淡は感じた。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 13:55

・preguntar por: (人のことを)尋ねる,(人を)訪ねていく

・nave: f. Cuerpo, o crujía seguida de un edificio, como almacén, fábrica, etc. (工場・倉庫などの建物)

・como el que oye llover / como quien oye llover:
exprsión coloquial : Usada para denotar el poco aprecio que se hace de lo que se escucha o sucede.

・tocar los huevos: 困らせる
・ni de coña: 決して,絶対に
・hostia: f. vulg. (malsonnante) Golpe, trastazo, bofetada
・muermo: m. coloq. Persona o cosa tediosa y aburrida. 退屈

・tino: m. Acierto y destreza para dar en el blanco u objeto a que se tira.

・canuto: porro
・premonición: f. Presentimiento, presagio

・marear alguien la perdiz:
fr. coloq. Hacer perder intencionadamente el tiempo en rodeos o dilaciones que retrasen u obstaculicen la resolución de un problema.

・atosigar: tr. Fatigar u oprimir a alguien, dándole mucha prisa para que haga algo.

・lucirse: prnl. Dicho de una persona: (ふつう皮肉って)Quedar muy bien en un empeño.

・birlar: tr. coloq. Quitar con malas arte
・golpe bajo: (ボクシングのローブロー); 《比喩》裏切り,汚い手,不正なやり方

・írsele a alguien la mano:
2. fr. Excederse en la cantidad de algo que se da o que se mezcla con otra cosa. Al cocinero se le fue la mano en la sal.

・el oro y el moro:
m. coloq. Usado para ponderar ciertas ofertas ilusorias, y para expresar el exagerado aprecio de lo que se espera o posee. とてつもない(額・量の)もの

・zumbado, da: adj. coloq. loco

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 14:15

物語の舞台はAlucheという地区らしい(www.webaluche.com
「Camarena通り」にあるBARを探している。テレ・ソフィア姉妹の「DOS HERMANAS」というBAR。今は別の人のものになっているが、店の名は変わらない。

おまけ
このBARの外観が映る。店名はもちろん「DOS HERMANAS」と書いてある。けれども、実際にはそういう名じゃないんだろうよね? だいぶ後のシーンで、このBARの表の風景が映る。「HOLLYWOOD AVENIDA」という看板と映画ポスターのようなものが見える。

それはきっとレンタルビデオチェーン店であり、ここだと推測する。ここが撮影現場なんだろう

・「彼は学校で私の2コ上だった」という時に「Él iba dos años más arriba que yo.」と言ってた。おもしろい言い回しだなと思った。

・「¿No es un poco temprano? 酒を飲むにはちょっと早いんじゃないか?」と言われ、「O un poco tarde, según se mire. っていうか、ちょっと遅いかだよ。そんなの見方次第だ」と答える。

según se mire: 見方次第だ,見方による

・入院中の患者が看護婦に「おしっこはもう済みましたか?」ときかれ、「Y dale. (またそれか!)」と怒気混じりに答えている。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 14:21

メモ1. www.cinecin.comで誰かがこんなことを言っている:
「ストーリーは緊張に満ちている。各場面で辿り着くであろうサイアクの結果を観客が常に警戒するように練られているから」「こういう場合はこういうサイアクの展開が来るはず…とハラハラさせられるのだが、この映画はそういう具合には進まないところがクセモノである」。

ほんと、そうなんだよ。


メモ2. DVDのオープニングではUna producción: Elías Querejetaと表示される。『エル・スール』とか『カラスの飼育』とかの製作の人だよね? でも『Héctorのスタッフ』としては載っていないし、自身の経歴にも出ていないんだよね。プロダクションの作品一覧には『Héctor』も載ってるけど。

そして、『Hector』のグラシア・ケレヘタ監督は娘なんだね。


メモ3. 観ながらメモをとってたんだ。
みんながかわいそう。みんなが互いに言っちゃダメだってわかっている言葉をぶつけ合ってしまってる。みんな傷つけあって……とかなんとか。

それでふと手を止めた。なんだか、『孤独の肖像』みたいな雰囲気である。「みんなひとりぽっち 海の底にいるみたい」「だからだれか どうぞ上手な嘘をついて」「隠して心の中 うずめて心の中」「消えないわ心の中 消せないわ心の中」「手さぐりで歩きだしてもう一度愛をはじめから」か……。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 14:38

ちなみに私が映画のあらすじを書く時にNGワードにしているのが
・ある日/ある時/ある朝……etc.
・ひょんなことから

映画の「起」「承」なんて、たいていが「ひょん」だ。「ひょん」じゃなきゃ映画にならない。

そして映画の感想文を書く時の禁句が
・考えさせられた
・印象的でした

「考えさせられ」て当然だろうって。「印象的」って、だからソレを描写しないでどーするって。考えなくていい作品って、んーー、たとえば木洋みたいな実況用の作品のことかよ? 印象的でしたとしか書けないのは、何も印象に残ってないと言っちゃってるようなもんだ。

ときどき私も言っちゃうが。今日はこのmy禁句リストを書きたかったので、あえて本文中で「考えさせられた」と書いてみました。やっぱりつまらないフレーズだね。

Posted by: Reine | Monday, January 08, 2007 at 14:48

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