« El Método (El Método Grönholm) [アルゼンチン映画] | Main | Inconscientes [スペイン映画] »

Sunday, October 22, 2006

notas

スペイン語関連ブログをふらふらしていて、スペイン語を学習中の方のblogを通り過ぎました。でも、ちょっと気になる文が目に入り立ち止まった。ブログ主さんはスペイン語を日本人の先生に教わっているようです。その「先生」から届いたというメールが気になったのです。

(※伏せ字処理など済)(番号は、のちのち説明するために私が振った)
_____________________

1) Querida [ ブログ主さん ]

2) Creo que estás ocupada hoy también.

3) ¿Has llevado mi libro pequeño, tambien?

4) Si no es la molestía, ¿puedes devolvermelo también cuando traes el libro grande a mi casa despúes de copiarlo?

5) Quiero leer el libro pequeño durante el viaje para [ 某県 ].

6) Debo estudiar español mucho, que está una estudiante diligente más que yo en mi clase, que se llama Sra. [ 別の生徒さんらしき名 ].

7) A propósito, saldré para [ 某県 ] desde el 19 hasta el 23 de este mes.

8) Nos vemos el 27 de junio, curate en salud.
_________________________

ちょっとずつ見ていこうと思います。


◆4行目: devolvermelo
1行目や3行目に見られる、単なる入力ミスであろう綴りのミスはちょっと脇へ置いておくけれども、4行目の「devolvermelo」は「devolvérmelo」としましょう。上田先生のスペイン語ガイドブック(pdfファイル)中、『文字と発音 音節とアクセント』の7ページに書いてある事項です。

> しかし2 つの補語人称代名詞がつくと
> 終わりから3 番目の音節に強勢がつくので,
> 再びアクセント符号が必要となる.
> ◇Démelo. = 私にそれをください.

本件の場合、devolverのお尻に「me」と「lo」がついたことで、アクセントのある場所が「終わりから2番目の音節」ではなくなってしまった。「終わりから3番目」に移ってしまった。だからアクセント符号をつける。


◆4行目: traes
「私の家に大きい本を持ってくる時、小さい本も持ってきてくださる?」というのだから、「cuando traes(直説法)」じゃなくて「cuando traigas(接続法)」です。上田先生の、『接続法現在』の8ページ目に少々と、11ページ目(「時」を示す副詞節)に詳しく書いてある事です。


◆6行目: Debo estudiar español mucho, que …
「ホニャララなので猛勉強をしなければいけない」の「なので=que」の部分について。

接続詞のqueには‘causal(理由を表す)’の働きがあります。
Real Academiaの辞書に、「porqueやpuesと同じ」と書いてある。
que: 接続詞) Usado igualmente como conjunción causal y equivale a porque o pues.
例1) Con la hacienda perdió la honra, que a tal desgracia le arrastraron sus vicios.
例2) Lo hará, sin duda, que ha prometido hacerlo

・同じくReal Academiaサイトの「DICCIONARIO PANHISPÁNICO DE DUDAS (スペイン語の疑問解消しようぜ辞典)」にも。
que: Introduce oraciones subordinadas causales explicativas (理由を示す), con sentido equivalente a porque. Normalmente van pospuestas y la coma que precede a la oración introducida por que es obligatoria.

「結論部分」 + 「, コンマ」 + 「que」 + 「理由を示す文」という語順。
例3) Me voy, que tengo que vigilar a Rigoberto.

三省堂 クラウン西和辞典
que: [理由; 命令形の後などで] …だから,…なので.
例4) Habla más alto, que no te oigo bien. もっと大声で話してくれ,よく聞こえないから.
例5) No quiero estudiar, que estoy cansado. 勉強はしたくない,疲れているから.

小学館 西和中辞典
que: [理由] …だから,…なので.
例6) Hable más fuerte, que oigo mal. 私は耳が遠いのでもっと大きな声で話してください.
例7) No podemos, que no tenemos dinero. われわれにはできません,お金がないので.

研究社 新スペイン語辞典
que: …だから,…なので [理由を示す]
例8) Ponte el abrigo, que hace frío. 寒いからオーバーを着なさい

※私の場合、普段一番使いがちなのは、三省堂が書いている「命令形の後などで」っていう使い方。例4) と例6)と例8)のような。


◆6行目: está una estudiante diligente más que yo
これもよくないです。
・está una estudiante → hay una estudiante
haberとestarの違いは、だいたいの辞書のHABERの項に解説が載っているのでそれを読むとクリアになってくると思います。

・una estudiante diligente más que yo → una estudiante más diligente que yo
上田先生のpdfファイル「比較級・最上級」などで例文を読み、単語を入れ替えて自分で色んな比較級を作ってみれば、語順のリズムみたいなものが身体でわかってくると思います。反復して読む(別に音読じゃなくて、頭の中で読むだけでもいいから読む)ことが、実は手っ取り早い覚え方でしょう。


◆7行目: saldré para [ 某県 ] desde el 19 hasta el 23 de este mes.
私、学生時代は遊び呆けていたので、こういうのをきちんと説明するのが苦手です。苦手なりに言いますけど、この文は「相(そう,アスペクト)」が誤ってると思います。たぶん。

「相」について、この辺を読んでなんとなくわかってください
「相」@goo辞書
aspecto@wikipediaスペイン
aspect@wikipedia英語
相@wikipedia日本
> また出来事が瞬間的なのか、継続的か、断続的か、反覆するのか、やがて終わるのかといった全過程のどの局面にあるのかと面に着目して区別を行うことをもいう。

それで問題の文ですが。

「Saldré: 旅に出ます,出発します,出発するでしょう」と言ってますね。
「旅に向けて出発する; 家のドアを開けて外に出る; 町を発つ」っていうのは‘瞬間’でしょ。「発つ」のは「発つ」ときだけの動作・出来事でしょ。それなのに「今月の19日から23日まで」と言っているからイケナイのです。「19日から23日」という幅のある時間に「発つ」という一瞬の動作をポンと置くことはできないと思うのです。「19日から23日」の間に何度「発つ」つもりなのか、と。

バラエティ番組なんかで、チャカチャカチャッ♪ チャカチャカチャッ ♪ウーッ マンボッ♪ のようなBGMに載せて何度もビデオを巻き戻してコミカルな動きを作り出しますが、「Saldré desde 19 hasta 23」と聞いて浮かぶ映像はそういう感じでした、私には。旅立とうという動作を何度もリピートしてていつまでも進まない感じ。そういう変な感じ。


この件についてCentro Virtual Cervantesの掲示板かどこかで尋ねようと思ってたんだけども、この2週間ほどとにかく色々な出来事が立て続けに身辺でありまして、時間ができなかった。代わりといってはなんですが、友人のスペイン人で外国人にスペイン語を教えてる人にきいてみたんだが、「あぁ、それはおかしいね」と言ってた。

※しかし、一つメモっておこうと思いますのは、私はネット上でよく見かけるこういう↑言い方が嫌いであるということ。掲示板などでありがちな、「スペイン人の知人にきいたらそんな言い方は間違ってるって言っててー」という書き込みなどね。そういうのをソースだとでも思っているのか、と。「だから何?」ですよ。ホント、そういうのは嫌い。「ソース出せ、ソース」というのが私のモットーです。

しかし、今回は、今はとりあえず間に合いませんでした。申し訳ない。


「Saldré para Tokio el día 19. (19日に東京に向けて発ちます。)」ならいいでしょう。あるいは、「Estaré en Tokio desde 19 hasta 23.」とかもまたOKでしょう。でも、「Saldré para Tokio いついつからいついつまで」はNGだと思いますよ。


◆8行目: curate en salud
これは成句の意味をこの「先生」が間違っていると思います。手紙の最後に「お達者でね」「元気でね」と〆たつもりだと思うのですが、それならば、「Cuídate.」でしょう。

「curarse en salud」という成句はたしかに存在します。http://www.wordreference.com/es/en/translation.asp?spen=saludにはこのように載っていますね:

4 (prevenir) curarse alguien en salud:
例) Este invierno me he curado en salud y me he vacunado contra la gripe.
英訳) This winter I've taken the precautionary measure of vaccinating myself against flu.

また、Real Academiaの辞書の「salud」の項にも載っています:
curarse alguien en salud:
1. Precaverse de un daño ante la más leve amenaza.

つまり、「curarse en salud」という成句は、「対策を講じる(三省堂クラウン西和)」「前もって用心する; 対策を講じる(小学館西和中)」「用心する,対策を用意しておく(研究社 新スペイン語辞典)」という意味です。


本当はもっと丁寧に説明したかったのですが、時間がとれませんでしたので、中途半端ではありますが取り急ぎラフな説明でUPしておきました。

|

« El Método (El Método Grönholm) [アルゼンチン映画] | Main | Inconscientes [スペイン映画] »

Comments

お久しぶり。 私もひょんなことから、この文章を目にして、
Cúrate en salud.って妙な文章ですね。というようなコメントを
お節介にも入れてしまいました。私のブログにコメントを入れてくれた人のブログだったので、ついついやってしまいました。

Está una estudiante.なーんて言うのは最悪ですな。Hay or Tengoなら分かるけど。 このレベルでスペイン語を教えるのはどうかと思いますね。
 
Saldré desde 19 hasta 23なんていうのもおかしいよね。
saldréはある時点の動作行為を表しているのに、
時間的広がりのある19 - 23なんていうのと一緒に使うのは無理でしょ。 

私の場合は、貴女とちがって理詰めで攻めたり、徹底的に「ソース」を
あたることもなく、フィーリング(単に耳に心地よいかどうか、何度も聞いたことがある表現かどうか)だけで判断しているので、他人に何故そうなるのか説明できないことがありますが、私の第6感も8割は当たっていると思います。

お邪魔しました。

Posted by: fallu3 | Saturday, October 28, 2006 at 00:02

1点だけ

私はスペイン語を勉強している人が間違えているのを見かけた時には、論理的な説明を心がけていますが、理詰め攻めているというつもりは無いです。

Posted by: Reine | Wednesday, November 01, 2006 at 14:09

別の言語を勉強している者ですが、Reineさんの姿勢にはほんと感服です。読んだりしゃべったりだったら、それこそ第六感で良いと思うんですが、第六感で感じ取った違和感や"きっとこっちが正しい"といったところをきちんと追求してこそ学問ですよね。
あ、第六感、フィーリングまででOKとしている言語もあります。なんとなく理解してコミュニケーションができればいいや、っていう場合はフィーリングだけで行っちゃいます。でもfallu3さんほどの自信はないなぁ。すごい!私もがんばろう。

Posted by: 京 | Wednesday, November 01, 2006 at 21:48

京さん、コメントありがとうございます。

昔、同じようなテーマでMLなんかで論じ合っている時に友人が:

>感覚が鋭い“だけ”じゃなんの自慢にもならんわけ。
>感覚に基づいておかしいと気づき、そして考察し
>裏付けとってるところが大事なんでしょうが

と書いていたのが私には印象的で。この一節を私は芋に命じた、あぁ、すみません、今キーボードが壊れていてよく打てないのですが、もとい、「肝に銘じた」のでした。

Posted by: Reine | Friday, November 03, 2006 at 09:35

Reineさんのブログをいつも興味深く拝読しております。
私はスペイン語は全く持って門外漢なのですが、言語にちこっと、ほーんのちこっと関わる者として、Reineさんの言語に対する真摯な姿勢には、京さんと同じく、いつも感服しております。
直感的に不自然かどうかを判断できるfallu3さんのフィーリングを支えているスペイン語の経験は膨大なものと拝察いたします。

ソースの検証に関しては、今はインターネットが使えるので便利になりましたね。
特にGoogle様には、いつも大変お世話になっておりまする(えへへ)。
単語それぞれの意味は辞書で確認できるのですが、その分野での慣用的表現を確認して自然な文章にするためにGoogleはじめネット検索エンジンに頼りっぱなしです。Googleに頼らずとも大丈夫なくらい経験があれば良いのですが、まだまだ勉強が足りません。あと、自分の思い違いじゃないかとの不安や新しい用語の可能性から、ネットでの確認という意味でGoogle様はまだまだ手放せませんです(あ、もちろん辞書や参考書もまだまだまだまだ手放せません)。足を向けて寝られないなー(って、Googleってどっちの方向だろう?)。

今回のみなさんのやりとりを通して、経験と論理的考察(ソースの検証および原則の確認)は、言葉の両輪なんだなーと再認識しました。爪の垢、ください。私もしっかり勉強しなくちゃ。
私も芋に命じ...もとい肝に銘じまする。

Posted by: もろ | Friday, November 03, 2006 at 11:39

もろさん
「ソース出して行こうぜ」「ソース示せてなんぼ」という私の基本的な姿勢は、もろさん(や他の友人たち)との雑談から自然と身につけたんだと思っておりましたよ。わはは。

互いのバックグラウンドを知り、つまり信憑性はかなり確認できるだろう間柄にあっても、我々はソースを出し惜しみしなかったと思います。もろさんなんて特に。

互いに素性を知らない者同士が会話を交わすネット上なんかでは、論拠を示すような努力は更に大事になってくるだろうと感じた次第です。

それを探し出して示しておくことがいつか自分にとっても相手にとっても「力」となるだろうという、大げさに言うなら「信念」みたいなものを、私はもろさん(たち)との膨大な雑談で自然と吸い取って来たように感じています。

ゲラゲラと笑うばかりの超~雑談でしたが、貴重な雑談でした。感謝。

Posted by: Reine | Friday, November 03, 2006 at 12:01

砂漠で私はオアシスの場所を突き止めたか良い井戸を掘ったかしたおかげで飲み水にはとりあえず困っていない。的確な方法を今後も研究していけば、もっと潤沢なオアシスや井戸を私は手にするかもしれないけれども、とりあえず今はそんなには困っていない。

砂漠に迷い込んできて水を持たない人を見かけた。
あるいは、砂漠にやって来て日も浅く、自分なりに井戸を掘っているようだがあまり美味しそうでない水を「この水でOKだ」と口にしている人を見かけた。

その時私はどうするのか。
私は、より正しく効率的な井戸の掘り方を教えようとするだろう。あなたの飲んでる水も、まぁ飲めないこともないが、私のところの水はもっと澄んでいて美味しいはずだと説くだろう。

あなたの井戸の掘り方でも水は出たけれども、多くの先達が私に教えてくれたやり方とは違うようである、あなたの掘り方よりもこちらの掘り方がずっと合理的だと説明するだろう。信頼できるマニュアル本でもあればそのページを開いて見せるだろう。

そして「いっしょにもっといいオアシスへ行こう」と誘うだろう。そのために私が出せる知恵・技術はこれとこれ、と示すだろう。足りないところは補い合って、いっしょにもっといい井戸を掘ろうぜと誘うだろう。


濁った水を濁っていると知らずに飲んでいる人に向かって、「わ゛! ナニソレ! そんなもん飲んでんのっ?」「きんもーっ☆」と冷ややかに通り過ぎるとか、自分の水筒を見せて「んふふふん。この中にはきれいな水が入ってるんですけどねー」と見せびらかすだけ見せびらかして与えないとか、

そういう恥ずかしい大人になるようには私はン十年を生きてきていないのであります。そのつもりであります。

Posted by: Reine | Friday, November 03, 2006 at 12:16

初めまして。私は関西在住の主婦です。
スペイン語関連の貴重なブログとして、いつも密かに楽しく拝見しておりました。

私は夫のスペイン赴任経験のおかげでスペイン語は少し経験がありますが、素人同然です。でも、スペイン語が好きになったのと、今後も赴任の可能性があるので帰国後の今でも勉強は続けています。

今、ブログなどでスペイン語学習サイトも増えていて、素人の私にはありがたい教材が多いのですが、このブログほど、母国語でない日本人向けに誠実にスペイン語を教えて下さっているところはありません。最もアカデミックな姿勢で取り組んでいらっしゃると思います。

管理人さんの資質や才能に加え、努力の質や量が、私みたいな素人とは違うんだな・・といつも密かに敬服しておりました。

なんとなく分からないことについて、学問的に解説してくださるので、実はとても助かってるんですよ。

これからも貴重な参考書として利用させていただきます。

管理人さんの比喩を引用すると、私がこのブログに出会えたことは、砂漠に迷いこんで、たまたま近くに親切な井戸掘り名人さんがいて下さったおかげで、自分も飲み水を得たというような気分です。

初めてのコメントで長々と失礼しました。
これからも頑張って下さい。

Posted by: nara | Wednesday, November 29, 2006 at 10:23

naraさん、お返事遅くなりまして申し訳ありません。

このところ、スペイン映画の感想文とスペイン語の文法的な話などの記事が少なくてお恥ずかしい限りです。最近肩こりがヒドく、スペイン語・映画関連の文章は書けずにおりました。私がそれらの話を書かずに、犬猫花の写真などで‘つないで’いるときは、だいたい体調があんまりよくないときなのでした。

年が明けた頃にはまたリズムよく書いていきたいと思っております。

またお越しください。

Posted by: Reine | Monday, December 04, 2006 at 12:54

私が「理詰めで攻めている」というような不適切なコメントをしたために、私にとっては思いもよらない方向に話が進んでいるのを知り驚いています。このサイトを知ってから、常々Reineさんの徹底的にソースにあたるという姿勢には感服しています。私が言いたかったのは、それだけだったんですけどね。
私にはReineさんのように調べ尽くすという時間的余裕が残念ながらありません。このサイトで、色々な辞書を参考にする以外にも色々調べる手段があることを初めて知り、大いに参考になりました。
ただ、「第6感だけでは学問ではない。 感覚が優れているだけでは、何の自慢にもならない」というコメントに対しては、一応一言述べておきたいと思います。
私自身は学問をしているつもりはありません。
言葉に対する感覚が優れているとすれば、それはある程度自慢できることではないかと思います。感覚が優れているということは、その外国語が、相当な量インプットされており、身体に刷り込まれているということのはず。 持って生まれたものではないと思います。
第一ソース探索の旅に出たとしても、語感がなければ判断できないこともあるはずです。

Posted by: fallu3jp | Thursday, December 07, 2006 at 23:05

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/33847/12375545

Listed below are links to weblogs that reference notas:

« El Método (El Método Grönholm) [アルゼンチン映画] | Main | Inconscientes [スペイン映画] »