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Sunday, April 09, 2006

Aunque Tú No Lo Sepas (1) [スペイン映画]

(ストーリーのかなりの部分を書きますので先に買ってしまってください)

↓↓↓↓

ルシアは百貨店のエスカレーターですれ違った男の顔に見覚えがあった。身を翻し、エスカレーターを逆走し、その男を追って、彼がアパートへ入っていくのを見届けた。ルシアは彼の部屋を見上げ、通りをはさんだ反対側の空き家の窓へと視線を移した。

25年前、ルシアが両親と暮らした家である。父の死後、売却の話もあったが、いつかここへ戻って来るのではないかと、なんとなくそんな気がしてルシアは売らずに来た。

ルシアはマリオという恋人と、よい関係を築いてきた。マリオは今度の選挙でも有力視される精力的な男性である。闊達で頼もしい男であったが、ルシアが父の遺したあの家に一人で戻って暮らしたいと切り出した時にはさすがに戸惑った。「まだ吹っ切れていないことがあるの」としか言わないルシアに、「待っている」とマリオは告げた。

ルシアは懐かしい家に戻った。

向かいの家にあの男の姿を見とめた。隣人との世間話から、彼の名がフアンであると、ルシアは今ようやく知った。25年前、17歳のルシアはお向かいの家の少年については何も知らず、彼のことを女友達と噂する時にも‘ワル’という仇名で呼ぶだけだったから。


25年前、17歳のフアンは郊外から都心に長距離通学していた。毎日の学校帰りに祖父母の家に立ち寄った。通りを挟んだ向こうの家を見遣った瞬間、フアンは窓越しにルシアを見初めた。

フアンはルシアを双眼鏡で観察するようになった。彼女の好きなレコード、好きな本、タバコの吸い方、口紅の塗り方、恋人とのデート、夜泣き濡れる姿、そうやってルシアのすべてを観察し、思いを募らせていった。

ルシアが本屋で探していた本をフアンは匿名で贈った。一篇の詩を書き添えた:

「Si alguna vez la vida te maltrata, (人生に打ちのめされる時があったら)

acuérdate de mí, (僕のことを思い出して)

que no puede cansarse de esperar (倦みもせず待ち続け)

aquel que no se cansa de mirarte. (飽くことなく君を見つめている)」


ある日フアンは学校帰りのルシアにやっとの思いで話しかけるが、双眼鏡で覗いていたことまでを告白してしまい、冷たく撥ねつけられた。嫌悪と侮蔑に満ちた眼で見据えられ、フアンはうなだれた。

やがてルシアは、あの本と美しい詩の贈り主がフアンであることに気づき、彼の清純で一途な告白に心を揺さぶられるのであった。「どうしてこんなことをするの」とルシアは問う。

「君が大好きだ。本当に愛している」
「私のことを知りもしないでどうしてそんなこと…」
「僕の心がそう言ってるんだ」

フアンの手がおそるおそるルシアの手をとろうとした時に、ルシアはうろたえ身を引き、「行かなきゃ」と掠れた声で呟いて逃げ去った。


フアンはそれでも諦めず、コンサートに誘った。
コンサートの夜、フアンはバイトをどうしても抜けられなかった。ルシアはちゃんと来て待ってくれていたのに。フアンは腹を決めた。バイトを馘になってもかまわない。作業着を脱ぎ捨てると、コンサート会場へ駆けつけた。

しかし遅すぎた。立ち去っていくルシアの後ろ姿が遠くの角を曲がって見えなくなった。フアンは必死であとを追うが、折悪しくデモ隊と警察の衝突に巻き込まれた。ルシアを護り、無事に逃してやるものの、自身は負傷した。

それでも走って走ってルシアにやっと追いつきフアンは呼びかけたが、暗がりからそっと姿を現したのはルシア一人ではなかった。ルシアの恋人がそこにいたのである。恋人は「こいつは何なの?」と尋ねる。

ルシアはフアンの視線から逃げるように俯いて、こう言った:

「うちの近所の子。しつこくつきまとうの」
「で? 何の用なんだよ」
「私が知るわけないでしょ」

フアンは夜道を一人で帰って行った。二枚のチケットを破って、雨に濡れた夜道に投げ棄てた。


この夜砕け散った心を繕うことのできぬまま、フアンは25年を生きていった。しかしルシアもまたこの25年間、あの夜のことを苦に病んできた。フアンのことは決して忘れられるものではなかった。


昔の家に戻って来たルシアは今度は自分の方からフアンに話しかける。しかし、フアンが心を開くことはない。ルシアを容れるなどとは気振りにも見せない。取り付く島が無いといったフアンの態度はぶれることがなく、彼の冷淡な一言一言がルシアの心を抉るのだった。

(ここからエンディングまでの詳細は後述)
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メロドラマと言ってしまえば、嗚呼、そりゃぁもう。「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ


だから私もね、鑑賞一回目を終えたときはこの記事を「………ぶっちゃけ、凡庸かも?」と書き出しそうだった。凡庸は言いすぎだけれども、「幾らなんでも、IMDbの9.0点は高過ぎだろ、52人しか投票してないというのはさておき、とにかく9点ってことは無いよ」って書くところだった。

しかしね、このDVDは字幕ゼロだものでね、聞き取った(と思ってる)シーンの裏取りのために、何回か見直す必要があったのですよ。普段より多めの回数。

そして二回目三回目と飛ばし飛ばし見てるうち、気づいたら泣いていたんだわ。想定外だったんだけど、はらはらと落つる涙ぞあはれなる。

4回目などは「監督がほとんど一秒も休まずに解説をし続けてくれるバージョン」に切り替えたので、撮影裏話 ――このシーンのロケ地を押さえるのにお金がかかってるっつうのに役者のダレソレが遅刻したもんだから俺は激怒して口をきかなかった、このシーンではみんなノミにたかられて、そりゃぁヒドい目に遭った……といった、時々笑い声なんかも混じっちゃってる暴露話―― を聴きながらだったのだが、それでも泣けるようになってた。

今この文章をいよいよ清書するにあたって、場面によっては5回目6回目…と観てきてるわけだけど、もう条件反射的に泣ける体になってしまったかもしれない。


詳細を調べて当時の空気を想像すればするほど、ジワジワと滲んでくる映画でした。その辺を長々と説明します。


なんだかとても長くなりそうな予感があるので、次号へつづく 

(こういうことは最初で最後にするつもりだ。ぜっ、絶対に二度とこんな長く書かないぞ、書かないんだ)

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