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Monday, January 02, 2006

Martín (Hache) [アルゼンチン映画]

Martin Hache先日、『カマキリな女』にギャンギャン咬みついた時に私は、「こんなのを入れるくらいなら『Martín (Hache)』を持って来んかい、20世紀フォックス!!!(※こういうのはどこに文句を言えばよいの?)」と、口角泡というか口角炎が裂けて痛そうなくらいの勢いでお怒りでした。

その実、私は『Martin (Hache)』の話を覚えていなかった。覚えてなかったというか、理解したことが無かったのだと思う。

あらすじ:
故国を棄ててマドリードに一人で暮らす映画監督のマルティン。

離婚した妻は子供たちと新しい夫とともにアルゼンチン(ブエノスアイレス)で新生活を満喫している。19歳になる息子アチェが働きもしなけりゃ勉強するでもないのが悩みの種であり、最近はもてあまし気味である。

そんなアチェがドラッグのオーバードーズで生死の境をさまよう。報せを受けたマルティンは急ぎアルゼンチンへ飛んだ。マルティンは袋小路に入り込んでしまったような息子アチェをマドリードに連れて帰った。

マルティンの恋人アリシアと友人ダンテとの機微を穿った対話の中でアチェは前を見つめて歩む力を取り戻しつつある。しかし父マルティンとの対話はなかなか思うようにいかない。

マルティンの閉ざした心をこじ開けるのに4人が払った代償は非常に大きなものだった。

Juan Diego Botto※「hache=アチェ」とはスペイン語における「H」という文字の読み方です。「ハチェ」ではなく「アチェ」と読みます。スペイン語の「H」は通例は無音ですから。

実はアチェの本名はマルティン。父と同じ名前を息子につけるという一族の伝統にのっとってマルティンの息子はマルティンでした。しかし、「息子」を意味する「hijo」という語の「H」を、この子のアダナに持ってきたのです。だから、この子はみんなから「アチェ」「アチェ」と呼ばれて来ました。

※英語だったら「 Junior だから Jay 」と呼ばれるようなもんです。
※日本語だったら「 二世 だから ふー 」と呼ばれるようなもんです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

8年半前、20代後半の私はスペインにいた。そろそろ帰国時期を検討し始めた頃だった。予定を大きく超えて長居をしていたので、スペイン語の力もついていたと思う。ついていると思っていただろうと思う。私は若かった。心配事を挙げるならば、DELEの試験を何点で合格するかくらいなものだった。合格できるかどうかはもうおそらくあんまり気がかりではなく、何点で通過するかという、自分が自分に設けるハードルの高さに喘いでいたのかもしれない。

私は友人ミゲルと『Martin (Hache)』を観に行って……撃沈でした。愕然とした。聞き取れず呑み込めずに悄然と帰って来た。「ことばがわからない」という心細さに怯えたのは、スペインに降り立った頃にもちろん味わったけれども、その後は恐怖を克服するために血走った眼でガリガリ勉強に励み、励んだからこそ克服し、お釣りがジャラジャラと来ていた、つもりだった。

『Martin (Hache)』の難しさに私は打ちのめされたのでした。翌日、私は先生達に「分からなかった」と極まり悪げに述べたと思う。「あの映画は僕たちにとっても難解だった。ことばの問題だけじゃないんだよ、お話がだよ」と先生達も言っていたにはいたんだけども、それが気休めにならないことを私はよーくわかってました。驕っていた自分を知ったのでした。まだまだスペイン語ができないヒヨコな自分を思い知ったのでした。そして自分がスペインで勉強できる残り時間の短さに焦ったのでした。


『カマキリな女』に端を発する売り言葉に買い言葉といった展開で、このたびようやく『Martin (Hache)』DVDを手に取りました。(※2005年2月、開始30分のとこまでは観てあったが、突発的にイベリアに飛び立ってしまい、それっきりになっていたのです)

先に述べたとおり、前半65分はでした、荒行でした。たいへんだった。更にそこから60分なんてムリだとも思った。

私にとっては不慣れな発音で早口で饒舌なセリフ回しには、めげるなと言うのが無茶だわ。めげるよ。セリフのディクテーションがいつもの5倍は時間がかかる感じ。私はリベンジを果たせないのかと絶望しかけました。

しかし心臓破りの丘はそこまでだから。そこからも長ゼリフにつぐ長ゼリフ、早口vs.早口のテンポは変わらないのですが、一気に駆け下りる疾走感というか、ウォッチャーズハイっていうか、って何だよソレ。

がんばって観てよかったと、心の底から思いました。
涙を拭きながら観終えたのでした。8.5年前にはわかっていなかったセリフがわかるようになっていたことが嬉しかったのではないですよ、もちろん。スペイン語が上達したかどうかなんてことはどうでもいい。

私は登場人物4人の悲しさと寂しさを理解できるようになっていました。この8.5年でそれがわかるようになった自分を褒めてやりたいというか。それらがわかるようになってしまっていた自分をいたわってやりたいというか。

特にセシリア・ロスの演ずるアリシアという女性の訴えがド真ん中でガツンと伝わってきてだね、しかしこのアリシアの役どころの嗚咽を理解できてしまうのは、女性としての私にとっては果たして幸せなことなのだろうか、わかりえない方が実のところ幸せな証拠なのではないかなどとジーっと考え込んでしまったりね。

泣くつもりも無かったところで、my父を思ったらポロッとうっかり泣けてきて、我ながら驚いたりだね。(※『Solas』の時に書いたかもしれぬが、私は母を思って泣くことはあっても父のために泣くことは考えてもこなかった人間なので) 「父親」を好かずに来た人・父親と話した記憶が薄れてきた人・子どもを持つ人はこの作品を観たらいいと思う。

Juan Diego Botto19歳の息子アチェの自己評価の切なさが今はよくわかるというかね。

8年半前のあの頃わたしはそれから先の人生への不安は無いに等しく、それまでの生き方については反芻も反省もくどくどとやり終えたつもりだったであろうに、今になってアチェの追い詰められ方が理解できるというのはね、あの頃の回顧なんてプレイに過ぎなかったということですよ。あの頃、私が過去を見たつもりになってたのは、‘ごっこ’でしかなかったということですよ。本当には振り返っちゃいなかったんだな、私は。私自身の皮を剥いで裏っ返しにしてザブザブ洗うような律儀さをあの頃の私はぜんぜん持ってなかった。だからあの頃はアチェのつらさが本当にはわかれなかった。

「ことばがわかるようになってたからオハナシもわかることができた」ファクターは3割、「私がこのオハナシをわかることのできる年齢になった / 初見から8.5年の間に私も少しはオトナになった」ファクターが7割。といったところかな。

かつて、20代後半の私はこの映画を読み解くことができなかった。今日、20代後半の人でこの映画をわかる人はいるだろうとは思う。

登場人物4人の心をあの齢でわからなかったのは、私の実力。スペイン語の実力がそこまででしかなかったということと、人間の実力を備えてなかったということ。わからないなりのクダラナイ小娘でしかなかったということ。

少しでもわかっ(たつもりに近付くことができ)て、私は幸せです。足掛け2年、いや、もっと言えば足掛け10年の長旅でしたが、私はこの作品を観終えて本当に幸せです。


今夜これをUPしたあとならば死んでもいい。

(↑ 生きる意味についてこの映画が教えてくれたばかりだっつうのに)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


(スペイン映画; アルゼンチン)

Juan Diego BottoMartín (Hache) @IMDb
Martín (Hache) @YahooCine

MARTIN (HACHE) @OfertaDVDで8.66ユーロで購入 (1ユーロ=136~7円当時)(英語字幕)
Martin (Hache) @DVDGOでは今なら5,95ユーロですってさ!
Martin (Hache) @あっちのAmazon

・Federico Luppi .... 父Martín、映画監督
Juan Diego Botto .... 息子Hache
・Eusebio Poncela .... 父の友人で俳優のDante
・Cecilia Roth .... 父の恋人Alicia

※ちなみにJuan Diego Bottoは私の絶好球であります。

(つづきはコメント欄で)

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Comments

いつもならメモっておいたセリフの中からちょいちょいとチョイスしてここに(1)…(2)…、と挙げるのですが、なんせ、全ての会話が実に長すぎて大切すぎて、取捨選択をしようとしても私はフリーズしてしまうな。

というか、ちょっと休憩。
病み上がりには重労働すぎる映画だった。

Posted by: Reine | Monday, January 02, 2006 at 20:04

(1) 前半で、アチェの身の置き所の無さが説明されます。父マルティンが、別れた妻つまりアチェの母と今後について話すシーンはこんな感じ。

母: もう私の手には負えない。また今回みたいなこと(=ドラッグの過剰摂取)をしでかすかもしれないし。あの子は、もうこの家には自分の部屋も無くて居場所が無いって感じてるのよ。

父: 早い話が、君は息子と一緒に暮らすのがもうイヤだと。出てってもらいたいと。しかし私は5年も一人で暮らしてきた、他人と同居するなんてどうしたらいいかわからないし、そもそも同居したくない、私は一人が好きなんだ

母: じゃぁ、どうするのよ。45口径でも買ってあげる? 『今度は失敗しないでね』って?


(2) アチェを取り巻く人間は皆が皆、このたびのアチェのオーバードーズは自殺未遂だったのだと思い込んでいるのです。決め付けている。自殺未遂前提で今後の話をしようとするからうまく行く話も行かないのだろうよ。結局アチェのことを誰もちゃんと知ろうと努めていないということを語っちゃってるんだよな、これは。

アチェは自殺未遂説を否定するのに疲れた様子ですらある。しかし父にも母にも打ち明けられなかったことでもダンテには力まずに話せるのでした:

「自殺しようと思ったんじゃないのに、なぜかわからないけど、みんな信じてくれない。家を出ようと思った。好きな子がいたからいっしょに暮らそうって言ったけどフられた。サイアクな気持ちだった。でも、自殺しようなんてこれっぽっちも考えなかった。俺はヒドく酔っ払った。あの子のことを忘れようとしたんだ。それでクスリをやってるうちに許容量を超えただけだよ。

俺の人生はロクなもんじゃなかったけど、だからと言って自殺するほどヒドかったわけじゃない。まぁ、そりゃぁ、死んだってかまわなかったわけだけど、生きてるから今は生きてる。そういうこと」

ダンテはアチェに言い含める:
「いつだって生きなきゃいけない、好奇心でちょっと生きてみようというんでも構わないから

Posted by: Reine | Monday, January 02, 2006 at 23:21

(3) そんなダンテはマルティンにも言い聞かせる:
「あの子とよく話せよ。いったいどうしちゃったのか理解してやらなきゃ。あんたの息子だけどあんたはあの子のことをなんにも知らないんだよ」

しかしマルティンは……
「アチェは何も話さんよ、ダンテ。あの子は少なくとも私とはしゃべらない。子どもの頃からそうだ。何か話そうとするたんびに私とあの子はいつも声を荒らげてオシマイなんだ。内に閉じ篭もって、人の言うことなんか聞きやしない、話しかけてもくれない……」

そこで観客みんながツッコみたいことをダンテがツッコむ:
「なんにも不思議じゃないだろ、あんたソックリだ

Posted by: Reine | Monday, January 02, 2006 at 23:35

(4) マルティンがアチェと会話するとこんな感じ:

: アルゼンチンを懐かしく思ったりしないの? 帰りたくならない?

一気にまくし立てる父
郷愁…なんてものは馬鹿げてる。だいたいホームシックなんてものは、国に対して抱くもんじゃなくて、自分が暮らしてた土地土地への思いなんだ。自分が愛国者などと考えるやつはどこか頭がいかれてる。‘故国’なんてまやかしさ。友達とか母国をお前も懐かしく思うかもしれないけど、そのうち止むよ。

ただ一つ言っておくけどな、アルゼンチンから出られるチャンスがあったら、迷わずそのチャンスを活かすべきなんだ。あそこは生きていける国じゃない。人生をメチャクチャにしてくれる国だ。それを真面目に考えて変革があるかもしれないなんて考えた時点でお前は潰される、そういう国だ。未来の無い国。略取され略奪されてきて、これから先も変わらない。

ようやっと意見を挿む子……
だけどそんな悲観的に考えたらよくないと思うんだ。変わらないものなんて無いよ。そんなにサイアクの国だとも思わないよ。

また父、立て板に水
アルゼンチンの場合は次元が違う。あれは国ですらない。アルゼンチンは‘罠’なんだ。ニンジンをぶら下げたやつがいる。『変わらないものは無い』ってお前は言ったけれども、変わるとお前に信じさせた‘罠’は、いつかなそろそろかな明日かなっていっくら考えたところで、どうにもなりゃしない。

軍人が3万もの人を殺したんだ。かと思うと民主主義がやってきていきなり預金凍結。みんな飢えに苦しんで、できることはただ一つ、生き延びる術を考えよということ、今持っているものだけは失うまいと考えて生きることだ。あそこでは人は死ぬんじゃない、騙されるんだ。それで、俺たちみんなに責任があるとさ。ファシストはお利口だ。サノバビッチだよ、連中は。


…モー!!! ウルサーイ!!! (ノ`⌒´)ノ ┫:・'.::・┻┻:・'.::・ 面白イケドダマレ!!!


(5) 息子アチェ役のJuan Diego Bottoですが、『Historias del Kronen』という映画で主役の若者カルロスを演じてました。

虚ろな日常を遊び切れなくなった少年がレールを大きく外れていく狂気と悲劇でした。キッツい映画だったので、なるべくよそ見をしていました。だからあまり覚えていない。

そのカルロス少年が暴力的なビデオを観るシーンがあったかと思う。その暴力的映像の中で、やはり暴虐な若者が、オトナの人に意味も無くキレて、テレビを持ち上げてそれで殴りかかるようなシーンがあった…と思う。テレビの画面が割れてしまって、首から下は人間、上はテレビの箱。

それを見ていたカルロス少年もとりあえず笑うのでした。


このたび、マルティンが息子アチェにグダグダと御託並べてるとき、私は『Historias del Kronen』のアレを思い出し。アチェ(=Juan Diego Botto)が父マルティンにテレビで殴りかかるような錯覚がして、ハラハラした次第です。

ワケのわからない連想をすみませんです。

(5') 『Historias del Kronen』の原作本はたぶんこれ

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 00:06

(6) アチェは母と継父と姉(とその家族)と暮らす家の中で部屋も居場所も失っていた。

アチェ: あの家で俺は余りモノだった、だからマドリードに来てパパと暮らすしか無かったんだよ。他に選択肢は無かった。

父: そんなことは無い。お前に誰も無理強いをしているわけじゃない。ここがイヤなら帰ったっていいんだよ。選ぶのはお前なんだよ。

アチェ: マドリードは好きだ。ここに暮らすことは俺的にはOK。だけど、パパの家でも俺は余りものだよ


選ぶのはお前なんだよ」という言葉のそらぞらしさはアチェにはわかってる。

もうブエノスアイレスに帰って一人で暮らすと言い出したアチェをダンテが止める。ダンテは役者生命を危機に晒してまでアチェを思い止まらせようとしたのでした。そうしてマルティンとアリシアが過ごしている南スペインの別荘に半ば強引にアチェを連れてきた。

しかしそこでも仕事に専念するという自分のリズムを崩そうとせず、DanteにもAliciaにも寛容を欠片も見せない父を失望のまなざしで見つめるアチェ。そして、「ここに僕がいても意味は無い」とダンテに訴える。

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 00:36

(7) アチェへの態度がなっていないとダンテとアリシアはマルティンに強い調子で意見する:

「愛情が原因で自殺する人だっているわ、愛情が欲しくて欲しくて自殺する人もね」

「失恋の一件が原因じゃないぞ。アチェは行き場を失ってる。孤独なんだ。母親にもアンタにも拒絶されたと感じてる。生きていくためのきっかけが必要なんだ。アチェがそのきっかけを取り戻せるように何かをしてやれるのはアンタしかいないんだよ、父親なんだから。話さなきゃダメだ、あの子と。お互いにイヤでも話さなきゃダメなんだよ」

「あなたにとって馬鹿げてるように思えることがアチェにとっては大事なことだったりするのよ」

しかしマルティンはまだ本質がわかってない。
「何もかも与えてきた。あのコは幸せな子供だったはずなんだ。たしかにあのコが14歳のときに俺は離婚して、辛かったかもしれないけどあのコはちゃんと理解したじゃないか! 俺がなにを間違ったって言うんだ!」

ダンテがトドメを刺す:
「なにもかもだよ。自分が軽蔑してたイイ学校にあのコを追いやっただろう。あんた、実際にあのコにどれだけの時間を割いたんだよ、言ってみろよ、どれだけ割いた! 全然だろ。仕事の合間にいっしょに居ました、ってだけじゃないか。疲れてるときはもう話を聞くでもない、話しかけるでもなかったんだろうが。

『時間が無い』なんて言わせないからな。アチェにはアンタのことばが今必要なんだ、今! 今アンタはそれをしなきゃいけないんだよ。アンタあのコに借りがあるんだ」


(8) 何か思うところがあったのか、マルティンは何やらシャカシャカとプリントアウトしている。そしてアチェに「読んでおけ、後で話そう」と紙を渡したが、そこには………

「生きるためのきっかけを探し求めることが即ち生きることのきっかけなり。何も無いときにはおまえがそれを作ればよいのだ」

とかなんだかんだゴチャゴチャ列挙してあった……orz

息子とのコミュニケーションのための‘お題’リストを印刷するとは…………なんて頭の悪い男だろう……。わかる? これ、俳優に渡しとく会話メモみたいなつもりだぞ、あの野郎……」と苦笑いダンテ。


(7') マルティンにとって自分の存在が無意味であるという思いに苦しんでいるのはアチェだけではなかった。いっしょにいるけれども受け容れられていない苦しみに耐えてきたが、この別荘に来てからのアリシアは加速度的にドラッグへ依存しているようだ。

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 00:54

(9) タイトルの、そしてアチェの名前「アチェ」についてアリシアがマルティンの深層を抉る:

「なんでこの子はあなたとおんなじ名前なのよ。一族の習慣だからって? 違うわよ、あなたはそれが気に入ってるからなのよ。おんなじ名前をつけて、そのくせ、この子のことは名前で呼んでやりもしない、アチェって呼んでるじゃない。

あなたはこのコを名無し状態でほったらかして、実際にこの子のことを「名無し」と呼んでいるのよ。‘H’アチェって存在しないの、‘H’アチェっていう文字は無音の、物言わぬ存在なの。

あなたは自分の息子を消去したのよ。そんな人に誰が何を期待できるというの? 答えてくれなくていいわ、私があなたにとって尊重するに価する存在だと思ってるって、いつかあなたの口からそう言ってもらえたらどんなにいいかしら」


……いやぁ、もう、ホント、この映画後ろ半分のセシリア・ロスは凄かった。よそ見が許されない感じ。こんな素晴らしい女優がどうして『カマキリ~』なんかに?と、再び同じ疑問が湧いてしょうがなかった。


(10) そしてね、セシリア・ロス演ずるアリシアが、息子ほどに歳の離れたアチェにこう囁くシーンがあったのです:

Quiero que me cojas. Quiero coger con vos. Quiero coger para sentir que todavía estoy viva. ¿Por qué me perdí, Hache? ¿Entiendes? Estoy perdida. Yo quiero ser tu mamá. Yo quiero ser tu mamá. あなたにヤってもらいたい。あなたとヤりたい。私がまだ生きてると感じるためにあなたとヤりたい。私はどこに迷い込んじゃったんだろ、アチェ、わかる? 私、もうわけがわからなくなっちゃった。あなたのお母さんになりたい。あなたのお母さんになりたいの。

↑↑↑
これなんて『カマキリ~』でもパッと見た感じ似たようなセリフがありましたけども、全然違う。並べて語れないよ、意味合いが違いすぎて。

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 01:13

このままやっててもキリが無い。全ての会話を書き起こしたくなるに違いない。ここらで止めないといけない。もう止めるね。

(11) さっき触れた「息子とのコミュニケーションのためのリスト」ね、「生きる意味リスト」とでも言うか、アレにマルティンが書かないでいたことが一つあるんですわ。それが何かということです。

それと、アリシアが哀しみと怒りを搾り出すようにマルティンにぶつけた「アチェ」という名前の存在ね。あれ、とても大事。


(12) 語句メモ……は……今回はカット。もーいーや。おなかいっぱい。

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 01:19

www.profes.netという、これは何だろう、教師の集うサイトかな、そこに中等教育向け教材紹介のような形で、『Martin (Hache)』を観て話そうという趣旨のPDFがあった。

生徒にぶつける質問として掲げられている:
1. 父子の関係
¿Por qué crees que las relaciones entre Martín padre y Martín hijo son tan difíciles? ¿De quién crees que es responsabilidad?

2. 子アチェのふるまい
Martín Hache parece muchas veces desorientado y sin objetivos claros ¿Porqué crees que es así?

3. 父子それぞれの人となり / アチェという名
¿Qué opinas del carácter de Martín padre? ¿Y del de Martín hijo? ¿Qué te parece el hecho de que le llamen Martín Hache?

4. ダンテについて
¿Qué sensaciones te produce el personaje de Dante? ¿Crees que su relación con Martín Hache es positiva? ¿Por qué? ¿Qué opinas del modo en que abandona el escenario del teatro en que trabaja?

5. アチェの決断と今後
¿Crees que Martín Hache puede decidir qué hacer con su vida? ¿Quién toma las decisiones sobre lo que Martín Hache debe hacer? ¿Te has sentido así alguna vez? Comenta cómo te sentirías si te pasase algo similar.

6. ドラッグ
¿Qué opinas de las relaciones de Martín Hache con las drogas? ¿Por qué crees que las consume? ¿Qué piensas de esa situación?

7. アリシアについて
¿Cómo valoras al personaje de Alicia? ¿Por qué crees que tiene una relación tan extraña con Martín?

これらについて生徒達に話し合わせようという。対象年齢は14歳以上とあるんだが、たしかこの映画は「18歳未満にはお薦めしない」という断り書きがついてたはずだ。まぁ、いいやな。別にエログロなわけではないが、ドラッグ使用シーンがあるから子どもに見せるなということなのでしょう。

それにしても設問7.(アリシアについて)は、14歳(上)の子らはどこまでわかるんだろうか。わかるもんかな。いんやぁーー、どうなのか。オトナすぎると思うぞ。

Posted by: Reine | Tuesday, January 03, 2006 at 11:31

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