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Sunday, January 29, 2006

Pantaleón y las Visitadoras / 囚われの女たち [ペルー映画]

パンタレオン・パントハ大尉は士官学校時代からの輝かしい経歴で知られる優秀な軍人である。文武両道で品行方正な人格者で、公私共に充実しており、非の打ち所が無い。

パンタレオンは将軍から昇進と新任務を知らされた。最高機密だ、重要任務だ、軍の威信だと将軍は言う。事情をよく呑み込めぬままにパンタレオンは任地であるジャングルへ向かった。

その地域では兵士による強姦事件が多発しており、重罰を科したところで収まるものではなく、軍当局は激しい批判に晒されていた。そこで講じられた抜本的対策というのが、「兵士の欲求を満たすための奉仕活動に従事する女性訪問者組織」であった。

「駐屯地に娼館があれば兵士は民間人をレイプしなくなる」。このことである。


その最高責任者 ―― 上官の言葉を借りれば「セックス商人師団長」 ―― に任ぜられたと知り、謹厳実直なパンタレオンはひどく動揺したが、軍人である彼がそのポストを拒むことができるはずもなかった。

これが自分達の発案による軍務であるという事実をあくまでも伏せたい将軍たちはパンタレオンが今後軍本部へ近付くことも軍服を着ることをも禁じた。

パンタレオンは孤軍奮闘を強いられる。
部下として選んだのは‘異性に興味の無い’カイウアスとリオアルトの二人。密林の奥で見つけた荒れ果てた廃墟を3人で片づけに片づけ、「我が軍のどんな施設にも劣らない」売春宿にリフォームしてしまった。閉店を決心したばかりの歓楽街の売春宿の女主人チュチュペを説得し、彼女の経営手腕ごとジャングル奥地へ移すという合意を得た。

極上の妓(おんな)たちも揃った。売春婦、ではない。ここでは妓たちは‘ビジター(訪問者)’と呼ばれる。アマゾンに点在する駐屯地を小船で巡って訪問する形態をとっているからである。

パンタレオンは彼女たちを前に愛国心と犠牲精神と団結を熱く語った。円陣を組み手を重ね合わせる。「陸軍に栄光あれ!」。重大な隠密任務がいよいよ始まる。
______

友人benitaさんが最近この映画のことを話していたので、私も観てみました。あぁ、もう、ほんと、これはいい作品だ。(※コメント欄で詳しく) 「あの人にもぜひ観てもらいたい」と思い浮かぶ友人の顔がたくさん。benitaさんに感謝。

さて。
Amazonのベストレビュアーであるyukkiebeerさんも『囚われの女たち DVD』でハッキリと「私は怒っています」とおっしゃっているが、全面的に同意です。私の言いたいことはそこにあるとおり。

私の長広舌は不要だ。
まぁ、ちょっとこれを見てくれ。わかるでしょう。
↓↓↓↓
pantaleon アメリカ

・たぶんアメリカ地域ではこのパッケージ写真。
・119分?
・IMDbやamazonのジャンル表示は「Comedy / Drama」

・パンタレオン大尉の写真の上にぶっちゅ~とつけられた口紅の痕は、鑑賞途中で時折思い出され、そのたびに微笑みがこぼれるのですよ。そういう、少なくとも私にとっては意味のある写真だ、これは。

ヨーロッパ

・おそらくヨーロッパ地域ではこれじゃないかな。
・144分だとか131分だとか?
・YahooスペインのCineのジャンル表示は「コメディ」

日本

・日本………… orz

・95分とか96分とか

allcinemaでは「エロティック/ドラマ」
DISCASでは「エロティック
・amazon.co.jpでは「エロス作品」「官能サスペンス

・販売元ジェネオン エンタテインメントからして「エロス」と分類


原作者Mario Vargas Llosaのサイトにおける著書紹介では、「ユーモアに溢れ、同時に、軍隊と売春宿という我々の社会が有する二大制度への強烈な批判に満ちた小説である。」とあるのよ。


それを、官能だぁエロスだぁサスペンスだぁ………。


ほんと、ふ・ざ・け・ん・な。


バルガス=リョサに怒られろ、あんたたち。

Pantaleón y las visitadoras @IMDb
・英題 Captain Pantoja and the Special Services
囚われの女たち @映画生活
囚われの女たち@シネマカフェ
(・1975年にもバルガス=リョサ自ら監督していたのですかな?)

監督: フランシスコ・J・ロンバルディ
製作総指揮: マリエラ・ベスイエフスキー Mariela Besuievski
原作: マリオ・バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa
脚本: エンリケ・モンクロア ジョヴァンナ・ポラローロ
撮影: テオ・デルガド
 
出演:
サルバドール・デル・ソラール
アンジー・セペダ
モニカ・サンチェス

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Friday, January 27, 2006

La Teta y la Luna / おっぱいとお月さま [スペイン映画]

teta少年テテ、9歳。
生まれたばかりの弟は泣き声の喧しい醜い怪物である。両親は子豚みたいなそいつのことばかり可愛がっている。ママのおっぱいを独占する憎たらしいそいつ。

女の人にはミルクが詰まってるんだ。夜になるとパパがママにミルクを入れているみたい。「あなたのミルクでいっぱいにしてちょうだい、早くミルクちょうだい」ってママがパパに頼んでる声が夜中になると聞こえてくるもん。せっかくパパがママにミルクを注いでるのに、あのモンスターが吸いっぱなしだから、ママのおっぱいはいつか空っぽになってしまう。僕は僕だけのおっぱいを探さないといけない。あいつのせいだ。弟なんて。あぁ、お月さま、僕だけのおっぱいが欲しいよ。おっぱいを僕にプレゼントしてよ。


……と、ここで流れ星。


どうやら願い事が叶ったようだ。海辺の見世物小屋にテテだけのおっぱいが、いや、エストレリータという踊り子がやって来た。エストレリータ(のおっぱい)に、テテは一目惚れをした。エストレリータにはモーリスという夫がいるけれど、もっと厄介な恋敵がミゲルだ。テテとミゲルはエストレリータを追い、行く先々で鉢合わせ。

洗濯物を干すエストレリータのそばをうろちょろする二人。テテはブラジャーを盗んだ。ミゲルはパンツを盗み、海辺を疾走し、盗んだパンツをかぶりだす~♪

ミゲルはテテよりも随分年上だ。そして、ミゲルには「歌」という武器がある。エストレリータに拒絶された時も、立ち去るエストレリータの背に向かってミゲルは往来の真ん中で朗々と愛の歌を捧げた。夜が更けても雨に降られてもミゲルはエストレリータとモーリスの寝所であるキャンピングカーの外に立ち尽くし、歌を捧げ続けた。

テテは思った、「僕も歌を歌えるようになろう」…………
_______________


さて。

・『ニューシネマパラダイス』が1989年で、主人公の少年が10歳に届くか届かないかで、愛称が「トト」。(※トトの画像をいくつか

・『おっぱいとお月さま』は1994年で、主人公の少年は9歳で、愛称が「テテ」。(※少ないけどテテの画像


これ、間が5~6年も空いていたから94年当時、私は気づかなかったんだけど、うーん、どうかね……狙ってた…のよ…ね? そう解釈していいかい? 面立ちも似ていないとは言えない、同じ年恰好の男児を主役に据えて。ね? (制作者はともかくとして)宣伝者の意識にはあったでしょ? DVD収録の予告編で、主役のBiel Duránのことを「ビエル・ドゥラーン坊や」とか「ビエル坊や」と説明していたのを見て、その思いが濃くなった。そして……


柳の下に泥鰌は居なかった」のではありませんか?


(続きはコメント欄で)
_________

(スペイン映画; フランス)

tetaLa Teta y la Luna @IMDb
おっぱいとお月さま @みんなのレビュー
おっぱいとお月さま @goo映画
おっぱいとお月さま @映画生活
おっぱいとお月さま@ぽすれん
おっぱい~@シネマカフェ

監督: ビガス・ルナ Bigas Luna
製作: Xavier Gélin  Stephane Marsil
製作総指揮: アンドレス・ビセンテ・ゴメス Andres Vicente Gomez
脚本: Cuca Canals ビガス・ルナ Bigas Luna
撮影: ホセ・ルイス・アルカイネ Jose Luis Alcaine
音楽: Nicola Piovani
 
出演:
Mathilda May マチルダ・メイ
Biel Durán ビエル・ドゥラン
Gerard Darmon ジェラル・ダルモン
Miguel Poveda ミゲル・ポベダ
Abel Folk
Laura Mana
Genís Sánchez
Xavier Masse

※Miquel役のMiguel Povedaは歌手です。Miguel Poveda オフィシャル
アルバム『Zaguan』
アルバム『Viento del Este』

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Saturday, January 21, 2006

nieve

・las históricas nevadas registradas

・la mayor nevada de los últimos cinco años

・por primera vez en los últimos cinco años

・fuertes retrasos en el tráfico ferroviario

・el intenso frío ……略……, el más duro vivido por el país asiático en los últimos 20 años

・Tokio y sus alrededores

・Yokohama, la gran ciudad portuaria limítrofe con (隣接する) Tokio

・se cayó del tejado cuando estaba retirando nieve

・un balance (事故の犠牲者の総数) de 102 muertos y 2.100 heridos

ゆき降ってるよ、すごいよ。
私と父(とかご近所さん)は夕方に雪掻きをし、けっこうな運動量だなと思えるくらい働きましたが、その30分後くらいにはもう腕が重くて重くて。体にガタが来すぎ。雪国在住の友人たちになんとなく申し訳ないような気持ちになるくらいヘトヘトでした。

ガレージの注意書きに「20cmを超えたら雪を下ろしてください」って書いてあったので、そして目測では20cmくらい積もっている気もしたので、なんとか下ろさなきゃいかんなぁと思い、幅10cmくらいのブロック塀の上にふらふらと立ちながら、ガレージの屋根にできるだけ腕(というかスコップ)を伸ばして、落とせるだけは落としておいたのですけど、そんな不安定な格好で力の要る作業をしていて、足元は長靴だったりするもんだから、何度かヒヤっとする瞬間がありましたよ。雪で102人も亡くなったというのが重く感じられましたよ。

bonsai@9:34 a.m. 21 sabadoこれは今朝9:34a.m.の我が家の庭の盆栽

そしてこないだから黄色かったので撮ろうかなと思ってたロウバイ(Chimonanthus praecox)が雪の重みでたいへんそうでした
Chimonanthus praecox Chimonanthus praecox

(加筆) 朝になりました
nieve nieve nieve

nieve
月が見える?

nieve
そして、ネネコちゃんかブー子さんの足跡です

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Wednesday, January 18, 2006

quedarse a la luna de Valencia

Frustrarse las esperanzas de lo que se deseaba o pretendía. (願ってたこと狙ってたことが思うようにいかずガックリする) No conseguir los propósitos que se pretendían. Sufrir una frustración en algo que se daba como éxito seguro. (意図していたような結果を得られない。確実とみられていたことにおいてガックリさせられる)

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Monday, January 16, 2006

Entre Tinieblas / バチ当たり修道院の最期 [スペイン映画]

バチ当たりだいたい、映画を観ている間にblogに書く方針が決まってくるようだ。「この映画は語彙が面白いのでとにかくそっちを」「これは罵倒系で」「これはあの実際の事件と絡めて」「これは他のあの作品と並べて」……etc.

しかし、今回の『バチ当たり修道院の最期』は……。どこからどうよじ登っていけばいいのかが全くわからないまま終わっちゃって、あぁどうしようという感じだった。私は禅問答は苦手なのね。映画を鑑賞するセンスは私には無いんだよ。もっと、こう、わかりやすく作ってくれないと困る。

新しい週が始まってしまったのでわからないまま慌てて書き始めたとこ、今。
_________


ヨランダはかつては理科の教師をしていたが今はナイトクラブの歌手である。歌手なんて続けていてもロクなことはないから教職に戻れと周りは言うが、もともと危なっかしい生き方は嫌いじゃないものでね。

ヨランダが手に入れて来たクスリを打って恋人が死んだ。捜査が迫り切羽詰った彼女は修道院に身を寄せることにした。ヨランダの熱烈なファンである尼僧長が助けになってくれるだろう。

この修道院は閉鎖の危機に直面している。以前は人殺しや麻薬中毒者、売春婦など、救いを求める者で溢れていたこの修道院だが、昨今は駆け込んでくる者も居ない。修道会でただ一人擁護してくれていた修道院長も重篤な状態にある。そこへもってきて、有力な寄進者であった侯爵が亡くなり、遺産を月々寄付するという約束を反故にすると侯爵夫人が言ってのけたのだ。

そんな困窮の修道院へヨランダは駆け込んだのだった。尼僧長の鶴の一声によりヨランダは丁重にもてなされる。

ヨランダの部屋に修道女が入れ替わり立ち代りやって来る。風変わりな女ばかりよく集まったものだ。苦行と屈辱の修行をしているらしい彼女たちには珍妙な名がつけられていた。もっとも卑しむべきものを理解しようという試みらしいが、それにしてもこんな名前をつけなくたって…

◆尼僧長フリア
ヤク中。ヘロイン派。ヨランダへの眼差しなど見るにつけ、どうも懇情の一言では説明できない思いを寄せているようである。

◆シスター堕落
虎の世話をしている(なんでトラ飼ってんのよ)。掃除大好き。

◆シスター毒蛇
神父に裁縫を教えてる。マリア像に着せる服のデザインは新素材をふんだんに用い、都会の夜の街から来たヨランダが「ぶっ飛んでる」と絶賛したほどアバンギャルドなデザイン。

(◇神父
シスター毒蛇に裁縫を教わってる。タバコがやめられない。シスター毒蛇をデイトに誘ったり)

◆シスターどぶ鼠
実はみんなに内緒で官能小説家との二足の草鞋。著書に『¡Largo de aquí, canalla! (とっとと失せな、ロクデナシ!)』など。

◆シスター肥溜め
料理が得意。たまにLSDをやり、サイケデリックな幻覚を見る。人殺しをして駆け込んだときに尼僧長フリアに庇護してもらった恩義を忘れていない。
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バチ当たり修道院の最期 DVD』のレビューにも、「修道院を舞台に、神をも恐れぬバチ当たりで風変わりな5人の尼僧が起こすハチャメチャな騒動を描くおバカコメディ」などと書いてあるから、ウーピー・ゴールドバーグの『天使にラブ・ソングを…』みたいだな………

(※『天使にラブ・ソングを…』あらすじ:
殺人現場を目撃してしまったクラブ歌手のデロリスは、ギャングに命をねらわれるはめになる。デロリスが身を隠した場所は、お堅い修道院……略……)


……とか思う?

違うんだよね。
もしもほんとに「ハチャメチャおバカコメディ」だったならば、私だって、こんなに考え込まなかったよ。この『バチ当たり~』を観終わってから何時間、何日が経ったのだ。ずっと手が出せなかったのは、『バチ当たり~』が私には難しすぎたからですよ。

※私はもともと映画鑑賞眼が無いので、そんな人間の言う‘難しさ’だと思ってこの先を読んでって。


この『バチ当たり~』は、先述のDVDのもう一点のレビューにあるような「カトリックを痛烈に揶揄したブラック・コメディ」から、‘コメディ’をマイナスしたくらいに考えて手に取った方がいいんじゃないかと思う。IMDbのコメント欄で、「DVD BOXにはfunnyって書いてあったけど、The film is more of a thought provoking film that explores social and religious issues. Labelling it funny doesn't do it justice.である」という人がいたけど、私もそう思うんだよね。


(かなり早送りしながら)見直して、たぶんこの辺に答えがあるのだろうと思うとこを2つ:

(1) 侯爵夫人が亡き夫の話をしつつ寄進打ち切りを宣告するシーン。

尼僧長: Era un buen siervo de Dios. (侯爵は敬虔な方でした)

侯爵夫人: Da igual. Como marido y como padre era un monstruo. (そんなこと関係ないわ。夫として父としてはヒトデナシでした)

尼: Tal vez era demasiado recto. (直情すぎたのかもしれませんね)

侯: Era un fascista. Desde que murió me siento liberada. Al fin, mi vida es mía. (あれはファシストよ。あの人が死んでから私は解放された気分だわ。やっと私の人生が私のものになったのよ)

……略……

侯: ¿Por qué no se enfrentan con la realidad y se van a Albacete? (現実に目を向けて田舎に引っ込めばいいじゃない)

尼: La juventud nos necesita. (若者には私たちが必要なんです)

侯: ¿Qué juventud? La juventud quiere que la dejemos en paz. La cuestión es que no tengo dinero. No sé si desde aquí habrá oído hablar de la crisis económica. (若者っていったいどこの? 若い人はほっといてくれって思ってるわよ。とにかく私はお金が無いの。あなた方はここに篭ってるから世間が不景気だってことを聞いたことがないのかもしれないけど)

尼: Pero si usted es millonaria. (だけど貴女は億万長者じゃありませんか)

侯: Para sobrevivir hoy día hay que serlo. Y yo no sólo quiero sobrevivir. Quiero VIVIR, ahora que nadie me controla. (今の世の中、生き抜くためには億万長者じゃなきゃね。で、私は生き抜きたいだけじゃないの、私は生きたいの。もう私を抑えつける人間も居なくなったんですから)
____


(2) シスターどぶネズミが妹に、還俗するかどうかという迷いを打ち明ける。

「今さら姉さんに何ができるというのか」と妹が冷たく却下する。「だって時代が変わって生活もずいぶん変わったんでしょう?」とシスターがたずねる。妹は(※実はこの妹はシスターどぶネズミに俗世間に出られては困るちょっとした事情を抱えてるんだが、おそらくそのために)、強い調子でこう言い含める:

「世間が変わったなんて修道女の抱く幻想に過ぎないの。姉さんたちは表に出ないからわからないのよ。世間はなーーーーーんにも変わっちゃいません! 昔とまーーったく一緒。」
_____


1975年にフランコが死んでからこの映画(1983年)までのスペイン現代史を踏まえて観たら、いろいろなぞらえるパーツが多くて楽しめて、また理解も深まるんじゃないの? そういう気がしました。勘だけど。ムリヤリだけど。

なんか、こう、ずっと長いこと目隠しされてきた者の被る損失というか、外の世界から隔絶してきた悲哀というか、見ざる言わざる聞かざるで発酵する悪というか。

フランコがまだ居た頃のスペインと、居なくなってから数年間のスペインの変わり方と変わらなさと。(あと、アルモドバルって信仰心はとっくの昔に捨てちゃってたんだっけ? っていうのとか、映画学校に進みたかったのにそこをフランコが閉校しちゃったんだっけ?とか)その辺の知識があればきっとこの映画を ――好きになるかどうかは別として―― 褒めることができるのかもね。などとなんとなく思ったんだけど、そこまで。

これ以上のことは私、考えても何も思いつかない。これが鍵なのだろうと感じるんだけれども、調べようとしたらきっと莫大なので、ここで放り投げることにする。無責任な形で投了。(語句メモなどはコメント欄で)

(スペイン映画)
Entre Tinieblas @IMDb (英題は『Dark Habits』)
バチ当たり修道院の最期 @goo
バチ当たり修道院の最期 @CinemaScape
バチ当たり修道院の最期 @映画生活
バチ当たり修道院の最期@ぽすれん
バチ~@シネマカフェ

監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作: ルイス・カルボ
脚本: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
撮影: アンヘル=ルイス・フェルナンデス
音楽: カム・エスパーニャ
 
出演:
クリスティーナ・サンチェス・パスクァル
フリエタ・セラーノ Julieta Serrano
カルメン・マウラ Carmen Maura
マリサ・パレーデス Marisa Paredes


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Tuesday, January 10, 2006

Mujeres al Borde de un Ataque de Nervios / 神経衰弱ぎりぎりの女たち [スペイン映画]

mujeresペパは女優・声優。同業のイバンと同棲をしてきたが、彼は家を出て行った。二人で撮った写真には「Te quiero, te necesito, te deseo, tu Iván. (君を愛している、僕には君が必要だ、君が欲しい。君のイバンより)」と書き込んである。そんな時代もあったねと。イバンのくれたプレゼントもそこかしこにある。しかし、イバンは別れを告げるメッセージを留守電に残すのみでペパから去ろうとしている。

このところ泣き濡れる日々が続き不眠症にも苦しんできたペパは、別離に際して顔を合わすことすら避けているかに見えるイバンの口から直にことばを聞きたいという気持ちが募り、徐々に苛立ちを抑えられなくなっている。

こんな時に限って厄介事が続くものである。
イバンを探して方々へ電話をかけている中でビッチ呼ばわりされるは、自宅でボヤを起こすは、電話は使い物にならないは、女友達カンデラが切羽詰った表情で押しかけてくるは、マンションへの入居を希望する若いカップルが訪れるは、キッチンで昏睡する人を発見するは、初対面の女に張り手一発食らわすは………

と・に・か・く・イ・バ・ン・か・ら・電・話・が・欲・し・い。
_______


先日の『マリアッチ』に続いて、またも「短いやつを」「楽なのを」という理由から選んでしまった作品。何が楽だったって、このDVD、スペイン語字幕があるんだよね。そうなるともう、「あ。今回は頑張らなくてもいいんだ」と。またもリラックスして観ちゃった。

そのせいで、「面白かったですよ」「全ての物の色が可愛らしかったですよ」くらいしか述べられない。埋め草的に鑑賞してしまってアルモドバルには申し訳ないと思う。いっぱいメッセージは詰まっているのだろうから。

でも、だってそういう‘そもさん・せっぱ’は、映画を観たら必ずやらなきゃいけないってわけでもないでしょ? いちいち意味を求めなくても許されるでしょ? 「あぁ、色が綺麗だ」「くすくす。可笑しいね」だけで観終わってもいいよね。

っていう映画として観たんだが。……ダメ?
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(1) タクシーの運転手について
最初の最初に彼が現れたとき、「アルモドバルだね」って思ったんだよね。こないだ、『バッド・エデュケーション』の時に、レオノール・ワトリングはすぐに気づくことができて満足だったのだが、アルモドバルに気づかなかった。「ちっ。やられた」とちょい悔しかったので、今回はシテヤッタリだった………のだが……

しかし、意気込みすぎ。違いました。あのタクシー運転手はアルモドバルでは無かったです。答え合わせしようと思って、IMDbの『神経衰弱~』トリビアを観に行ったら、「Contrary to popular belief, the cab driver is not played by director Pedro Almodóvar, but Guillermo Montesinos.」だって。間違えた人は少なくなかったのだろうな。


(2) 字幕について
イバンがかけたと思われる電話番号のメモを見つけた(というか盗み見た)ペパが、秘書(この建物では外線電話はこの秘書を通さないといけないみたい)に、「この番号にかけてみて」と強く依頼するシーン。

《実際のセリフ》
ペパ: ¿Me pones con este número, por favor?
秘書: No tienes ningún derecho a hacer esto, Pepa.
ペパ: No importa. Márcamelo.
秘書: Te estás poniendo en evidencia, Pepa.
ペパ: Ya me he puesto bastante, un poquito más no importa.

《言ってる内容なるべく直訳》
ペパ: ここに電話してくれる?
秘書: 貴女、こんなことができる立場に無いのよ。
ペパ: いいから。かけて。
秘書: みっともないわよ(=自分で自分の恥を晒しているわよ)。
ペパ: もう十分にみっともないから、ちょっとばかり恥が増えたってかまわないの。

《英語字幕》
ペパ: Call this number, please.
秘書: You have no right, Pepa.
ペパ: Just dial the number.
秘書: You're making a fool of yourself.
ペパ: Well, a little more won't hurt.

《英語音声》
ペパ: Could you dial this number for me?
秘書: No, you have no right to call this number, Pepa.
ペパ: I don't care, just do it.
秘書: You're acting such a fool, Pepa.
ペパ: (※ここ、私じゃ聞き取れないんだよね)(「be fool」とか「It's not important.」とかはかすかに聞こえる)

《日本語字幕》
ペパ: ここに電話して。
秘書: そんな権利はないわ。
ペパ: いいから。
秘書: 分かってるのよ
ペパ: だったら文句言わないで。


どうでしょうか。
日本語字幕の「分かってるのよ」だけ、「んんん?」ってならないかな。


これ、誤訳だと思うんだよね。「意訳です」「文脈からこのように訳しました」っていう話ではない。この日本語字幕がスペイン語から日本語へ訳したものだと仮定すると、訳者は「ponerse [quedar] en evidencia」という成句を踏まえていないと考えられる。

・poner en evidencia: (人の欠点などを)白日の下にさらす,恥をかかせる  
そして、
・ponerse [quedar] en evidencia: (人が)恥をかく,物笑いになる

訳者はその成句をとらえていないでしょ。「evidencia」という単語だけを見て、「evidencia=obviousness,evidence明白証拠」で、したがって「分かってるのよ」と訳した。

と、推測します。


※この映画はスペイン語字幕もついてて楽ちんだし、語彙はスペイン語学習者には楽しい。(いくつかコメント欄で)

(スペイン映画)
Mujeres al borde de un ataque de nervios @IMDb
Mujeres al borde de un ataque de nervios la película de Pedro Almodóvar @Yahoo! Cine
神経衰弱ぎりぎりの女たち @みんなのレビュー
神経衰弱ぎりぎりの女たち @goo映画
神経衰弱ぎりぎりの女たち@映画生活
神経衰弱ぎりぎりの女たち@ぽすれん
神経~@シネマカフェ

Pedro Almodovar, pagina oficial

監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作総指揮: アグスティン・アルモドバル Agustin Almodoval
脚本: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
撮影: ホセ・ルイス・アルカイネ Jose Luis Alcaine
音楽: ベルナルド・ボネッツィ Bernardo Bonezzi
 
出演:
カルメン・マウラ Carmen Maura
フェルナンド・ギジェン Fernando Guillen
フリエタ・セラーノ Julieta Serrano
アントニオ・バンデラス Antonio Banderas
ロッシ・デ・パルマ Rossy de Palma
マリア・バランコ Maria Barranco


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Sunday, January 08, 2006

El Mariachi / エル・マリアッチ [メキシコ映画]

Mariachi(※ メキシコ映画 / 米)

ギャングのアスールは収監されている。懐に入るはずだった大金は共謀者だったモーリシオ(通称‘モコ’)に独り占めされた。そればかりか、モーリシオが遣わした男たちに消されてしまうところだった。危うく難を逃れたアスールはモコへの報復に燃え、脱獄した。

そんな折、マリアッチ演奏者の若い男‘マリアッチ’がアクーニャの町に流れ着いた。ミュージシャンとして雇ってくれと酒場の店主に頼んだが、その店にはすでに御自慢のフルバンドが雇われているものだからすげなく断られ、肩を落として出て行った。

さて、アスールはギターケースに銃器を隠し、酒場でモコを探す。ついさっきまで‘マリアッチ’が居たあの酒場である。アスールは居合わせたモコの手下4人をあっさりと撃ち殺すと、悠然とビールを飲み干して店を後にした。

モコの配下の男たちはアスール殺害に躍起となる。「黒い服を着てギターケースを持った男を探せ」。血眼になったギャングたちの指示とあれば町民も協力せざるを得ない。混同された‘マリアッチ’はワケもわからぬまま男たちから追われる身となる。必死で逃げるうちに幾人かを殺さなければならなかった。身を隠す場所を求めて飛び込んだBARで‘マリアッチ’は美しい女経営者ドミノと知り合うのだった。
______


昨年来、映画鑑賞に根を詰めてきたので、さすっっっがに疲れてる。たまには、googleで検索したりいちいち停めてコトバを聞き取ったりせず、神経を消耗しないで済む作品をダラダラとただ観たかった。しかもすげぇ短いやつを。小難しいこと考えず、何にも憤りも嘆きもせずに、ぼんやりと眺めていたかった。

そういう用途むきの作品でした。楽ちん。

コトバもゆーっくり。
ふざけて(冗談で)喋ってるシーンかと思ったくらいにゆっくりだった。
セリフ少ない。
ストーリーも単純。
ワクワクもハラハラもドキドキもムラムラも凄くするわけじゃない。
面白いけどね。
ぬぼーーーっとな。
人がいっぱい殺されてるのに、なんだろうか、あのノンビリ感は。
眉毛や白髪を抜きながら観ていられたくらいだ。

そしてあっけなく終わる。
____

スペインに男友達がいる。彼はインテリでありボンボンでした。趣味が映画製作だった。Cortometraje(短編)の。ちっちゃい記事に載るような。「ここの部分の音楽も自分で作ったんだよ」と嬉しそうに語る。

ロケ地も、「あ。これ、いつもの別荘じゃん!」「そうそう、あそこの庭。隣の家がうるさいから留守の間にね。……で、このシーンはこのマンションの地下駐車場」といった風。

出演者は私も呑み会の席でいっしょになったことのある友達が多く。「私、この悪魔の人がいい。紹介してよ」「あいにくその男は、さっき死体で転がってた女の子のカレシだ」といった感じ。夜の街を飲み歩いている時に出会った男の子を私に紹介してくれる時にも、「コイツ、ほら、右腕もげたヤツ」という説明がなされるような。(どんなC級ホラーだよ)


あの彼の作品を見せてもらった時のような印象ですわ、この『エル・マリアッチ』。


やっすい。素朴。


実際、7000ドルしかかかってないってさ。
それを含めてでも、それ抜きでも、褒めたい人は褒めるでしょう。

私にとっては息抜きでしたよ。いつもなら映画を観終わった時点でまず肩で息をする感じだし、こうしてUPし終える頃には燃え尽きているのだけど、今夜はこの分ならあと1本イケる。実際のところ、90秒の会話を聞き取ってそれについての解説を書くのに2時間かかることも時にはあるんですわ、普段は。

「あたし、何やってんだろ……」「もうフツウに映画をただ観たい…」と、このところ少し気が狂いそうでしたから、疲れない映画でサクッと済んでちょうどよかった。

El Mariach @IMDb
エル・マリアッチ @みんなのレビュー
エル・マリアッチ @goo映画
エル・マリアッチ @映画生活
エル~@シネマカフェ

監督: ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
製作: カルロス・ガジャルド Carlos Gallardo ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
原案: ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
脚本: ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
撮影: ロバート・ロドリゲス Robert Rodriguez
音楽: マルク・トルヒージョ Mark Trujillo アルバロ・ロドリゲス Alvaro Rodriguez ファン・スアレス Juan Suarez セシリオ・ロドリゲス Cecilio Rodriguez エリック・ガスリー Eric Guthrie
 
出演:
カルロス・ガジャルド Carlos Gallardo (Matthew Broderick似)
コンスエロ・ゴメス Consuelo Gomez (岡江久美子似)
ハイメ・デ・オジョス Jaime de Hoyos
ピーター・マルカルド Peter Marquardt (私の知人似)
レイノル・マルティネス Reinol Martinez

半額半蔵 ガン・アクション (『エル・マリアッチ コレクターズ・エディション』 『デスペラード コレクターズ・エディション』 『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード コレクターズ・エディション』) [DVD]
エル・マリアッチ [VHS]
エル・マリアッチ【字幕版】 [VHS]

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Saturday, January 07, 2006

Piedras / 靴に恋して [スペイン映画]

piedras原題の『Piedras』とは「石」という意味。それは、ラモン・サラサール監督の友人がある講演会で目にした出来事に由来している。

講演者がガラス容器を取り出してゲンコツ大ほどの石を入れていった。もう石が入らなくなったところで生徒達に質問した。「この容器はもう満杯かな?」「はい」と子ども達は答えた。講演者はおもむろに水と砂を注いでいった。そして容器は本当に満たされた。

「人生も同じこと。最初に大きな石を据えていかないといけない。愛、友情、家族……。そうしても、まだまだ他のものを詰め込むだけの隙間があるものだ。『Piedras / 靴に恋して』のヒロイン達はみな、‘大きな石’を置くべきタイミングで置くべき場所に置いて来ることのできなかった女たちなのである。石の置き場所を探そうと彼女たちが決心したところからストーリーは始まっている」


参照
http://www.yatv.com/cine/2002/02/214358.html
http://www.noticiasdenavarra.com/ediciones/20020205/cultura/d05cul0503.php
http://www.el-mundo.es/laluna/2002/160/1012473208.html


女友達がみな悪い評価をしていなかったので観ようと思ってはいたんだけど、やっぱり、『ルシアとSEX』とか『マルティナは海』系の、ヨーロッパ いこーる オサレ的イメージ先行型オンナオンナ向けウットリ式アイムカミング系映画だったらどうしよう……という不安が拭えずにいたのだ。

しかし、観てよかったです。

ありがとう>友人たち
観終わってみると、皆さんの褒め方の淡さが腑に落ちます。
「『面白いっ』ってのは無いけどヨカッタ」とは、たしかに。


話としては新奇なものでは全く無いよね。よくある話、でしょ? ではないの? じゃぁオマエ他にそういう作品を挙げてみろと言われても思いつきませんが、よくある話だろうと推測はします。

だけど、よかったなぁ。生理前でも無いのに、なんだ、おい、声上げて肩震わせて泣いちゃったシーンがあったぞ。映画館で観てたらヤバかった。よかった。

日本の会社も「やればできる子」じゃないか。こういう落ち着いた良い作品を入れようと思えば入れられるんじゃないか。(※と、褒めようと思ったんだけど、ひっかかる点はあったので、それはコメント欄で。たぶん私はまた怒るんだろうなぁ……)

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◆ANITA(アニータ)
28歳。発達障害。7歳児相当の知能しか持たない。だが、誕生日が2/29だから実際に‘7歳’。飼い犬のアルピノを午前中に散歩に連れ出す以外は家を出ることは無い。飛んで行く飛行機を見上げることが大好き。

犬と飛行機と自分。それだけを色鉛筆で描く毎日の繰り返し。

散歩の時に足を止める。向こうに見える大通りに何があるのか、見つめるけれども彼女の足はルーティンから逸れることは無い。いつもの歩道から、僅か数センチメートルの段差を降りて向こうへ歩もうというのは、彼女の世界にはありえない一歩。

◆ADELA(アデラ)
アニータの母。マドリード郊外の高級puticlub(※)の女主人。スクーターで通勤。夜は家を空けるので、ホアキンを雇ってアニータの世話を任せる。アニータを町に出したくない。

◇JOAQUÍN(ホアキン)
看護士(を目指す学生)。アニータの世話をするバイト。アニータを外出させた方がいいと思ってる。

◆ISABEL(イサベル)
夫は富裕層。別れ話を重ねてきた。足に合わない小さい靴ばかりイメルダのように買い漁ってる。そして万引癖。親友マルティナに愚痴る毎日。マルティナは大事な友人。

◆MARTINA(マルティナ)
TVパーソナリティ。人生相談番組などを持つ。イサベルの親友。

◆LEIRE(レイレ)
昼は靴屋の店員。夜の仕事はgogó(※)。KUN(クン)と同棲してきたが、このところ愛は消えかかっている気配。クンは家にほとんど居らず、たまに居ても寝るだけ。言いたいことがあるのに面と向かうと何も言えない。見つめあうと素直におしゃべりできない、TSUNAMIかよ。

◆MARICARMEN(マリカルメン)
タクシー運転手だった夫の死後、その仕事を継いでいる。夫の前妻の子といっしょに長らく暮らしてきた。腱膜瘤(というか外反母趾というか)が痛くていつもバブーシュを履いている。

◆DANIELA(ダニエラ)
マリカルメンの義理の娘。かなりのヤク中。奪われた(と彼女が感じている)‘もの’に渇いている。この子は好き好んでクスリをやってるわけではない、悲しみがゆえにやるんですと、義母マリカルメンは医者に説明した。

◇KUN(クン)
レイレといっしょに暮らしてきたがもう限界だ。俺はレイレを愛していない。

◇LEONARDO(レオナルド)
仕事絡みでアデラの娼館を訪れたことがある紳士。客としてではなくアデラとの会話を楽しみたい様子。

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この人たちの糸が絡み合っていくというか、絡まっていたのが解けていくというか。です。

そうだなぁ。姉とはいっしょに観られる。かな。

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靴に恋して私はこの後コメント欄でイチャモンをつけると思うので、この日本版ポスターと冒頭のオリジナルポスターを見比べておいて欲しい。クリックすれば大きいところへ飛ぶから

靴に恋して 日本公式

Piedras @IMDb
靴に恋して @みんなのレビュー
靴に恋して @映画生活
靴に恋して @象のロケット
靴に恋して@ぽすれん
靴に恋して@シネマトゥデイ
靴に~@シネマカフェ
靴に~@goo映画

Piedrasのファンの個人ブログ(だと思う。 http://piedras.bitacoras.com)(すげぇ探究心; 犬の散歩コースを辿ってくれてるのは嬉しかったねぇ)

(スペイン映画)

監督: ラモン・サラサール Ramon Salazar
製作: フランシスコ・ラモス Francisco Ramos
脚本: ラモン・サラサール Ramon Salazar
撮影: ダビッド・カレテロ David Carretero
音楽: パスカル・ゲーニュ Pascal Gaigne
 
出演:
アントニア・サン・フアン Antonia San Juan
ナイワ・ニムリ Najwa Nimri
アンヘラ・モリーナ Angela Molina
ビッキー・ペニャ Vicky Pena
モニカ・セルベラ Monica Cervera
エンリケ・アルシデス Enrique Alcides
ダニエレ・リオッティ Daniele Liotti
ルドルフォ・デ・ソーザ Rodolfo De Souza
ローラ・ドゥエニャス Lola Duenas

リスボンの4月25日橋(旧名: サラザール橋)が見られて嬉しかったです。(94年春、旅行した時のもの)
4/25

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Wednesday, January 04, 2006

La Mala Educación / バッド・エデュケーション [スペイン映画]

バッド映画監督エンリケ・ゴデは少年時代の一時期を修道会系の寄宿学校で過ごした。

イグナシオ・ロドリゲスは歌が得意な少年で、その美声は聴く者を虜にした。校長兼文学教師のマノロ神父も、イグナシオの神々しいまでの美声に陶然とする。

マノロ神父はイグナシオに対し破廉恥な振る舞いに及んだ。拒絶して逃げたときにイグナシオは転んで額を打った。「流れ落ちる一筋の血が僕の額を2つに裂いた。あの瞬間、僕の人生もきっとこうなると直感した。真っ二つに裂かれ、それを僕はどうすることもできないだろう」。

エンリケとイグナシオは互いに愛慕する仲となった。初恋だった。二人は映画館の暗がりに身を沈め、互いの体で手淫を覚えた。

その夜、二人はなかなか寝付けなかった。トイレでしゃべっていると、マノロ神父がやって来てトイレの扉を一つずつ開けていく。二人が息を止めて身を隠していた扉の前にマノロ神父が立っている。床と扉のわずかな隙間からマノロ神父の白く光る目が覗いた。

エンリケはイグナシオから引き剥がされ床に叩きつけられたが、神父を見据えて言い放った。「No pienso dejar a Ignacio solo con usted. イグナシオをあなたと二人っきりにはしない」。マノロ神父がわずか10歳の教え子イグナシオに対して抱いていた劣情にエンリケは気づいていた。

浅ましい激情に駆られたマノロ神父はエンリケの放校処分をちらつかせる。イグナシオはエンリケをどうしても失いたくなかった。「エンリケを退学させないでもらいたい一心で、あの香部屋で僕は初めて体を売った。しかし、マノロ神父は僕を騙した。このツケを必ず払わせると僕は心に誓った」。


エンリケは学校を辞めさせられた。去って行く日、エンリケはイグナシオを振り返る。それが二人の最後だった。

バッド16年後、映画監督として名を成したエンリケを一人の青年が訪ねてきた。イグナシオである。小劇団に属し、‘アンヘル・アンドラーデ’という芸名で役者をしているらしい。イグナシオ改め‘アンヘル’はシナリオを持って来た。

仕事が欲しいのか。その手の売り込みには閉口気味なエンリケだったが、『La Visita(訪い)』というその作品が彼ら自身の少年時代に着想を得たものだと聞いて興味をそそられた。しかし、‘アンヘル’は随分と変わった。街ですれ違っても気づかなかったろう。

彼が忘れていったライターに書かれた宿の名を頼りに、エンリケはガリシア地方に一人向かった。‘アンヘル・アンドラーデ’を知るために。彼の実家に辿り着き、そこで知り得た真実にエンリケは息を呑んだ。

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バッドトランプでさ、1から13まで綺麗に並んでるわけよ。「七並べ」が完成してるように見えるわけ。だけど、よくよく見たらクラブのところにスペードが混ざりこんでいたり、ハートのところにダイヤが収まってたり。「あ、なによ、混ざってるんじゃん」って。

『バッド・エデュケーション』は、2005年3月にスペインでファミリーの次女(28歳)と二人でDVDを観たんだが、まぁ……我々と来たら……。

「あ、なによ、混ざってるんじゃん」って‘トランプの色違い’に気づくのが、はぁ、遅かったこと遅かったこと! アルモドバルの高笑いが聞こえて来そうな、なんとも鈍い観客でしたことよ、まったく。アルモドバルの並べ方の巧いこと!

私たちは、途中、何度か一時停止して確認しながら観ていた。私のスペイン語力不足のせいと、ソファがテレビから離れすぎてて画面がよく見えなかったという致命傷もあったんだが、何よりも次女の呑み込みの悪さは問題だったと思うぜ。だって、あたしが説明したんだから。「これがソレで、あれがコレなら、じゃぁさっきのは?」「いや、これがソレで、アレがソレよ」「え? ドレがドレ?」「だから、ソレがあれだよ……たぶん……」みたいな。

※ちなみに、翌々日だったか、今度は三女と『El Lobo』(エドゥアルド・ノリエガ主演)を観ていて似たようなドタバタを……。

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(スペイン映画)
(語句メモなどはコメント欄で)
La mala educación | Pedro Almodóvar | Página oficial(スペイン公式)
※オリジナル予告編はネタばらしが過ぎるので、そのページ↑に入ったらミュートして、目をシバシバさせて自己モザイク処理をした方が無難。日本版のTrailerの方が気を遣って練ってあると思う。

バッド・エデュケーション 日本公式
La Mala Educación @IMDb
La Mala Educación @Yahoo!Cine
バッド・エデュケーション @みんなのレビュー
バッド・エデュケーション@ぽすれん
バッド・エデュケーション @goo映画
バッド・エデュケーション @映画生活
バッド・エデュケーション@象のロケット
バッド・エデュケーション@シネマトゥデイ
@シネマカフェ
バッド・エデュケーション@goo映画
La Mala Educación - El Guión - @DVDGO.com

監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar アグスティン・アルモドバル Agustin Almodoval
製作総指揮: エステル・ガルシア Esther Garcia
脚本: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
撮影: ホセ・ルイス・アルカイネ Jose Luis Alcaine
音楽: アルベルト・イグレシアス Alberto Iglesias
 
出演: ガエル・ガルシア・ベルナル Gael Garcia Bernal
フェレ・マルティネス Fele Martinez
ハビエル・カマラ Javier Camara
ルイス・オマール Lluis Homar
ダニエル・ヒメネス・カチョ Daniel Gimenez Cacho
レオノール・ワトリング Leonor Watling
ナチョ・ペレス Nacho Perez
ラウル・ガルシア・フォルネイロ Raul Garcia Forneiro


おまけ。オフィシャルサイトより:
美術館での策謀シーンは『Double Indemnity深夜の告白)(1944)』の同様のシーン(※おそらくこの↓写真のシーン)へのオマージュだってさ。
double indemnity

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Monday, January 02, 2006

Martín (Hache) [アルゼンチン映画]

Martin Hache先日、『カマキリな女』にギャンギャン咬みついた時に私は、「こんなのを入れるくらいなら『Martín (Hache)』を持って来んかい、20世紀フォックス!!!(※こういうのはどこに文句を言えばよいの?)」と、口角泡というか口角炎が裂けて痛そうなくらいの勢いでお怒りでした。

その実、私は『Martin (Hache)』の話を覚えていなかった。覚えてなかったというか、理解したことが無かったのだと思う。

あらすじ:
故国を棄ててマドリードに一人で暮らす映画監督のマルティン。

離婚した妻は子供たちと新しい夫とともにアルゼンチン(ブエノスアイレス)で新生活を満喫している。19歳になる息子アチェが働きもしなけりゃ勉強するでもないのが悩みの種であり、最近はもてあまし気味である。

そんなアチェがドラッグのオーバードーズで生死の境をさまよう。報せを受けたマルティンは急ぎアルゼンチンへ飛んだ。マルティンは袋小路に入り込んでしまったような息子アチェをマドリードに連れて帰った。

マルティンの恋人アリシアと友人ダンテとの機微を穿った対話の中でアチェは前を見つめて歩む力を取り戻しつつある。しかし父マルティンとの対話はなかなか思うようにいかない。

マルティンの閉ざした心をこじ開けるのに4人が払った代償は非常に大きなものだった。

Juan Diego Botto※「hache=アチェ」とはスペイン語における「H」という文字の読み方です。「ハチェ」ではなく「アチェ」と読みます。スペイン語の「H」は通例は無音ですから。

実はアチェの本名はマルティン。父と同じ名前を息子につけるという一族の伝統にのっとってマルティンの息子はマルティンでした。しかし、「息子」を意味する「hijo」という語の「H」を、この子のアダナに持ってきたのです。だから、この子はみんなから「アチェ」「アチェ」と呼ばれて来ました。

※英語だったら「 Junior だから Jay 」と呼ばれるようなもんです。
※日本語だったら「 二世 だから ふー 」と呼ばれるようなもんです。

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8年半前、20代後半の私はスペインにいた。そろそろ帰国時期を検討し始めた頃だった。予定を大きく超えて長居をしていたので、スペイン語の力もついていたと思う。ついていると思っていただろうと思う。私は若かった。心配事を挙げるならば、DELEの試験を何点で合格するかくらいなものだった。合格できるかどうかはもうおそらくあんまり気がかりではなく、何点で通過するかという、自分が自分に設けるハードルの高さに喘いでいたのかもしれない。

私は友人ミゲルと『Martin (Hache)』を観に行って……撃沈でした。愕然とした。聞き取れず呑み込めずに悄然と帰って来た。「ことばがわからない」という心細さに怯えたのは、スペインに降り立った頃にもちろん味わったけれども、その後は恐怖を克服するために血走った眼でガリガリ勉強に励み、励んだからこそ克服し、お釣りがジャラジャラと来ていた、つもりだった。

『Martin (Hache)』の難しさに私は打ちのめされたのでした。翌日、私は先生達に「分からなかった」と極まり悪げに述べたと思う。「あの映画は僕たちにとっても難解だった。ことばの問題だけじゃないんだよ、お話がだよ」と先生達も言っていたにはいたんだけども、それが気休めにならないことを私はよーくわかってました。驕っていた自分を知ったのでした。まだまだスペイン語ができないヒヨコな自分を思い知ったのでした。そして自分がスペインで勉強できる残り時間の短さに焦ったのでした。


『カマキリな女』に端を発する売り言葉に買い言葉といった展開で、このたびようやく『Martin (Hache)』DVDを手に取りました。(※2005年2月、開始30分のとこまでは観てあったが、突発的にイベリアに飛び立ってしまい、それっきりになっていたのです)

先に述べたとおり、前半65分はでした、荒行でした。たいへんだった。更にそこから60分なんてムリだとも思った。

私にとっては不慣れな発音で早口で饒舌なセリフ回しには、めげるなと言うのが無茶だわ。めげるよ。セリフのディクテーションがいつもの5倍は時間がかかる感じ。私はリベンジを果たせないのかと絶望しかけました。

しかし心臓破りの丘はそこまでだから。そこからも長ゼリフにつぐ長ゼリフ、早口vs.早口のテンポは変わらないのですが、一気に駆け下りる疾走感というか、ウォッチャーズハイっていうか、って何だよソレ。

がんばって観てよかったと、心の底から思いました。
涙を拭きながら観終えたのでした。8.5年前にはわかっていなかったセリフがわかるようになっていたことが嬉しかったのではないですよ、もちろん。スペイン語が上達したかどうかなんてことはどうでもいい。

私は登場人物4人の悲しさと寂しさを理解できるようになっていました。この8.5年でそれがわかるようになった自分を褒めてやりたいというか。それらがわかるようになってしまっていた自分をいたわってやりたいというか。

特にセシリア・ロスの演ずるアリシアという女性の訴えがド真ん中でガツンと伝わってきてだね、しかしこのアリシアの役どころの嗚咽を理解できてしまうのは、女性としての私にとっては果たして幸せなことなのだろうか、わかりえない方が実のところ幸せな証拠なのではないかなどとジーっと考え込んでしまったりね。

泣くつもりも無かったところで、my父を思ったらポロッとうっかり泣けてきて、我ながら驚いたりだね。(※『Solas』の時に書いたかもしれぬが、私は母を思って泣くことはあっても父のために泣くことは考えてもこなかった人間なので) 「父親」を好かずに来た人・父親と話した記憶が薄れてきた人・子どもを持つ人はこの作品を観たらいいと思う。

Juan Diego Botto19歳の息子アチェの自己評価の切なさが今はよくわかるというかね。

8年半前のあの頃わたしはそれから先の人生への不安は無いに等しく、それまでの生き方については反芻も反省もくどくどとやり終えたつもりだったであろうに、今になってアチェの追い詰められ方が理解できるというのはね、あの頃の回顧なんてプレイに過ぎなかったということですよ。あの頃、私が過去を見たつもりになってたのは、‘ごっこ’でしかなかったということですよ。本当には振り返っちゃいなかったんだな、私は。私自身の皮を剥いで裏っ返しにしてザブザブ洗うような律儀さをあの頃の私はぜんぜん持ってなかった。だからあの頃はアチェのつらさが本当にはわかれなかった。

「ことばがわかるようになってたからオハナシもわかることができた」ファクターは3割、「私がこのオハナシをわかることのできる年齢になった / 初見から8.5年の間に私も少しはオトナになった」ファクターが7割。といったところかな。

かつて、20代後半の私はこの映画を読み解くことができなかった。今日、20代後半の人でこの映画をわかる人はいるだろうとは思う。

登場人物4人の心をあの齢でわからなかったのは、私の実力。スペイン語の実力がそこまででしかなかったということと、人間の実力を備えてなかったということ。わからないなりのクダラナイ小娘でしかなかったということ。

少しでもわかっ(たつもりに近付くことができ)て、私は幸せです。足掛け2年、いや、もっと言えば足掛け10年の長旅でしたが、私はこの作品を観終えて本当に幸せです。


今夜これをUPしたあとならば死んでもいい。

(↑ 生きる意味についてこの映画が教えてくれたばかりだっつうのに)

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(スペイン映画; アルゼンチン)

Juan Diego BottoMartín (Hache) @IMDb
Martín (Hache) @YahooCine

MARTIN (HACHE) @OfertaDVDで8.66ユーロで購入 (1ユーロ=136~7円当時)(英語字幕)
Martin (Hache) @DVDGOでは今なら5,95ユーロですってさ!
Martin (Hache) @あっちのAmazon

・Federico Luppi .... 父Martín、映画監督
Juan Diego Botto .... 息子Hache
・Eusebio Poncela .... 父の友人で俳優のDante
・Cecilia Roth .... 父の恋人Alicia

※ちなみにJuan Diego Bottoは私の絶好球であります。

(つづきはコメント欄で)

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