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Friday, December 23, 2005

Mar Adentro / 海を飛ぶ夢 [スペイン映画]

mar adentro「内なる海へ / 内なる海へ / 無重力の奥底へ / 夢が叶えられる場所で / 一つの願いを叶えるために / 2つの魂が出逢う / 君の視線と僕の視線とが / 幾重にも重なる / ことばはいらない / 奥深くへ、内奥へ / 血も骨も超えた遥か彼方へ / しかし僕は目を覚ます / そして僕は死を望む / 僕の唇が / 君の髪の毛を捕らえて離さぬように」

30年近く、自宅で寝たきりのラモン。窓から見える景色こそが彼にとっての全世界。丘の向こうに海があるだろう。かつては船乗りとして世界中の海をラモンは旅した。しかし慣れ親しんだはずの海で首の骨を折り青春を失った。四肢麻痺の体で尊厳死だけを望み今日まで生きてきた。

しかし、二人の女性が現れ、ラモンの世界に変化が生じる。Juliaはラモンの尊厳死を求める闘いを支えたいという弁護士。Rosaは近隣の町の娘で、生きることには意味があるのだとラモンに語りかける。JuliaとRosaはラモンの人柄に惹かれる。いま、彼女たち自身も生の原点を見つめなければならない。ラモンの生の探求を真実の愛で支えるのは誰だろうか。


昨年スペイン人の友人から薦められたんだが、皆がこの作品はMUSTだと言っていたのがわかったように思います。(アカデミー賞を獲ったのもね) これ見よがしな「悲しいよー、ハンカチ必携ー、泣いてねー」では無いです。だけどちゃんと悲しい。逆に、障害と生きる主人公から‘元気をもらいました!’的な嘘クセー明るさに満ちているわけでもないです。だけど、vidaあるいはlifeとかいて人生/生命/生……が感じられるのでした。

Amenábar監督のサイトで最初に読まされるフレーズは、"Mi cine no es un cine de respuestas sino de preguntas. (My movies are not movies of answers but of questions.)"である。彼の作品は回答を提示してくれはしない、逆に問いかけられるので観る者が答えを追究していかなければならない。ってことだろうか。


1) 弁護士フリアが最初にラモンにインタビューするシーン:

ラ: 僕にとってこういう状態で生きることは……こういう人生は……尊厳とは言えないから。こんなことを言ってしまうと他の四肢麻痺患者が気を悪くするかもしれないけれど。僕は誰のことをどうこう言うつもりもない。生きたいと願う人々のことをとやかく言えるわけがない。俺はいったい何様だって。でも、だから、僕や僕が死ぬのを手伝ってくれる人のことも決して非難されたくはない。

ラ: 手伝ってくれるかどうかはその人が恐れに打ち克つことができるかどうかにかかってるかな。だけど死なんてそんなに恐れるほどのことでもないんだ。だって死はいつだっていつまでだってそこら辺に在るものだよ、最終的には誰のところにだって訪れるものだ。死は我々の一部なんだよ。なのに、僕が死にたいと口にすると、どうして皆、まるで伝染病かなにかのようにパニックを起こすんだろうね。

ラ: 車椅子に乗るのは、言うなれば自由の残滓を受け取ってしまうようなものだよ。そうだな、いいかい、君はそこに座ってるよね、2メートルも無いよね。その2メートルがどういうことかわかる? 普通の人にとっては何てことの無い移動だろう。でも、僕にとってこの2メートルは、君に近付くための、そして君に触れるためのこの2メートルは、不可能な道のりなんだ。想像の世界、夢で終わるんだよ。だから僕は死にたい。


2) 「尊厳死の会」という団体の職員のジェネが、「あなたたちは自殺したい人の手伝いをしてくれるんでしょ?」と問われ:

「まさか。違うわ。悩み事を抱えてる人のところに行っちゃぁ『あなた死んだ方がいいですよ』ってアタシが言って回ってるとでも? そうじゃないでしょ。私たちは自由を後押ししているの。生きる自由と死ぬ自由、それは違うものなのよ」


3) テレビの取材を受けるラモン、「あなたはどうしてそんなに笑みを絶やさないのですか」と問われ:

「逃げ出すこともできず常に周りの人々の世話に頼らなければならない場合、人は誰でも微笑みで涙を隠す術を身につけるのですよ」


4) 老父
「我が子を亡くすことよりも辛いことがある: 我が子が自ら死を望んだという事実だ」


5) 缶詰工場で働くRosaは、ラモンを追ったドキュメンタリー番組を偶然目にし、テレビの前で身動きもできなかった。自転車で森を抜け、坂道を押して、ラモンの家にやって来てしまった。

ロ: あなたの話を聞いたわ。あなたの目の美しさに気づいたの。そして考えたの、こんなに目の美しい人が死を望むなんて、って。ねぇ、誰でもみんな苦しみは抱えてるものよ、だけど逃げ出しちゃいけないのよ。
ラ: 何を言ってるんだ。僕は逃げ出そうとはしていない。逆だよ。

ロ: ううん。逃げてるわ。だからこうして来たの。
ラ: 何のために?

ロ: んーー。生きる望みを持ってもらいたくて。人生って、
ラ: 人生がなんだって?

ロ: 人生って、生きる価値があるでしょって言いたくて。
ラ: 君がここへ来た本当の理由を話そうじゃないか。君は挫折続きの女で、自分の人生の意味を見つけたくて土曜の朝から起き出したに過ぎないってことをさ。


6) 弁護士フリアが裁判の準備のために過去のことを尋ねる。

フ: 過去を振り返るのは好きじゃないみたいね。
ラ: もちろん。僕は未来を見つめてるんだ。
フ: じゃぁあなたにとって未来って何?
ラ: 死だよ。


7) (※こりゃネタバレだと思いなおしたのでコメント欄へ移しておきます)


7') そして、ラモンはインタビューを結ぶ:
「僕はあの時に死ぬべきだった」 


8) どうせ却下されるのだから裁判はムダではないかと思うラモンに対し、義姉マヌエラ:

「たとえば今のあなたにとってはムダになるかもしれないけど、あなたのしたことがいつか他の人の役に立つ」

※義姉マヌエラは素晴らしかった。胸を打つものがあった。ラモンを世話することに自分の存在意義を見てしまっているような面も、そりゃ無かったとは言わないけどさ。ラモンは「海」へ旅立ちたかったようだけれども、マヌエラはラモンを慈しみ続けた「母なる海」でしたよ。マヌエラは自分のもとでラモンにいつまでも揺蕩うていて欲しかったのかなとも思いましたよ。


9) 裁判所に到着し、マスコミに囲まれる:
「安楽死を公的に求めたのは私が初めてだが、秘密裡に死を選んだ人は他にもたくさんいたでしょう」


10) そしてラモン:
「僕をほんとうに愛してくれる人というのは、僕の願いを手伝ってくれる人だよ」


(つづきはコメント欄で)
(スペイン映画; フランス、イタリア)
sea inside・英題 The Sea Inside
海を飛ぶ夢 日本公式
Mar Adentro スペイン公式(アメナーバル監督のサイト内)
海を飛ぶ夢 @みんなのシネマレビュー
海を飛ぶ夢 @goo 映画
Mar Adentro @IMDb
Mar Adentro la película de Alejandro Amenábar @Yahoo! Cine
海を飛ぶ夢@シネマカフェ
海を飛ぶ夢@映画生活
海を飛ぶ夢@ぽすれん
海を飛ぶ夢@象のロケット
海を飛ぶ夢@シネマトゥデイ

海を飛ぶ夢監督: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
製作総指揮: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar フェルナンド・ボバイラ Fernando Bovaira
脚本: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar マテオ・ヒル Mateo Gil
撮影: ハビエル・アギーレサロベ Javier Aguirresarobe
プロダクションデザイン: ベンハミン・フェルナンデス Benjamin Fernandez
編集: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
音楽: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar

出演:
ハビエル・バルデム Javier Bardem
ベレン・ルエダ Belen Rueda
ロラ・ドゥエニャス Lola Duenas
クララ・セグラ Clara Segura
マベル・リベラ Mabel Rivera
セルソ・ブガージョ Celso Bugallo
タマル・ノバス Tamar Novas
ジョアン・ダルマウ Joan Dalmau
フランセスク・ガリード Francesc Garrido

海を飛ぶ夢【字幕版】 [VHS]
Mar Adentro (Guion Cinematografico) (ペーパーバック)
海を飛ぶ夢【日本語吹替版】 [VHS]
海を飛ぶ夢 [DVD]
Cartas Desde El Infierno/letters from Hell (ペーパーバック)

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Comments

Rosa役の女優(Lola Dueñas、ローラ・ドゥエニャス)はこれまであまり好きではなかったが、そしてこの映画においても、他人の神経をザラッと撫で上げる困ったちゃんぶりを演じているのだが、なんだか珍しく、可愛いと思っちゃったんだよな。不思議だ。

そして私より年下っつうのはどういうことだ。ぜっ、絶対に私よか老けてるだろ。えーー、うそーん。周りから見たら私もああいうオバチャンな年齢なんすか。がーーん。


齢のことを言ったら、あぁた、主演のハビエル・バルデムね。公開当時35歳ですよ。どうよ。

俳優というものは、体重増減させたり髪の毛だの歯だの抜きゃいいってもんじゃないけど、それにしたってどうよ。えらいでしょ。えらいっつうかなんつうか。えらいよ。

で、IMDbのトリビアにありましたけれども、アメナーバル監督はスペインでの封切りの3ヶ月も前にハビエル・バルデムの姿をメディアに報じさせたってさ。公開される頃までに観客がハビエル・バルデムのこのメイクに慣れてしまっていて彼の演技だけに集中してくれるように。ってさ。

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 17:37

安楽死を求めるラモンについて、同じく四肢麻痺の神父フランシスコがテレビでコメントする:

ラモンさんが本当に望んでいるのは実は注目を浴びたいということなのではないだろうか、彼を取り巻く人々、たとえば家族や友人が愛情や支えを十分に与えていないのではないだろうか、彼に必要なのは愛情ではないだろうか

なんつう無神経な男だろうか。義姉マヌエラはたまらず部屋を出て行った。

後日、この無遠慮な神父がラモン一家を訪うのでした。まぁ、宗教屋としての売名半分かなぁという気もするけど、信仰心の厚さが日本とは違いますから、もしかしたらちゃんと誠実に生きろと告げたくて来たのかもしれませんし。

神父とラモンは、尊厳死の是非をめぐって論争となるのだが、神父の金のかかってそうな便利そうな重装備の電動車椅子がラモン宅の狭い階段を上れなかったため、彼らの激しい口論は階段を昇り降りするアンドレ修道士にいちいち託されることとなる。アンドレ修道士のひたむきさが滑稽に映るシーン。

こういうね、力あるものを小馬鹿にするシーン、面白いね。


この早口なやりとりはhttp://www.fotolog.com/elianaguez/?pid=9878902にありました。


神父: ¡Una libertad que elimina la vida no es libertad! 生命を奪う自由は自由とはいえない

ラモン: ¡Y una vida que elimina la libertad tampoco es vida! 自由を奪う生命も生命とはいえないんだ!

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 17:39

語句メモ
・quitarse de en medio: どく,立ち去る,引っ込んでいる; 自殺する

・Quedamos en que vendría [lo haríamos hoy / pasaría por mí / la entrevista sería hoy / hablaría / saldríamos / iría hoy a su casa .... etc.] : あなたと私との間には~~するという合意があった, ~するっていう話だったでしょ.

・Me va la marcha. (騒々しいのが好きだ)

・Voy a por ellos (=cigarrillos).
a por ~: ~を取りに,探しに.

・degenerativo, -va: 退行的な,退化の

・para que lo sepa / sepas: あなたに/おまえに言っときますけども

・ser un pedazo de pan: とても善良な人である,お人よしである

・支援団体のジェネが「実はある男性から誘われちゃって」と告白したときにラモンが、「そいつのために俺を捨てるんだな」と軽口を叩く。そして「Tú te lo pierdes.」。「もったいないなー」くらいの意味か。

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 18:14

日本語字幕について:

「尊厳死の会」にラモンが電話してきた時の様子をジェネが語る。ラモンは最初はもろに青酸カリを配ってくれるもんだと思っていたようで、ジェネが会の趣旨を説明したら、なんだそりゃ紛らわしいことするなよと激昂した。しかし、二度目に電話をかけてきた時は尊厳死への意向を明確に持っているようだった、と。

ジェネ: Me sorprendió lo claro que tenía.
弁護士: ¿No ha vacilado nunca?
ジェネ: Nunca.

英語版はこうだったのでしょ?
I was surprised at how decided he was.
Has he ever hesitated?
Never.

このやりとりが日本語字幕ではこうなる。
(字幕) 冷静だったわ
(字幕) 錯乱は
(字幕) ちっとも


なんで「錯乱」って訳しちゃったんだろうなぁ、と。弁護士は「ためらったりはしなかったのか」「それ以来、一度も躊躇することは無かったか」「決心が揺らぐようなことはなかったか」と訊いているんだと思うんだがなぁ。

この文脈でvacilar/hesitateを「錯乱」と訳すのはちょっと外れてると思う。これを「錯乱」と訳すのは、余計な解釈を生じせしめる。

と思うんだけど、どうなの、hesitate。

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 18:29

甥っ子だの孫だのはヒドい失言をする生き物なのである。

ラモンと甥っ子の会話:

1) おじいちゃんが弁護士フリアたちを海へ案内して行ったところだとラモンが説明すると、甥っ子が「じいちゃんなんかでだいじょーぶかよー」的なことを言う。「じいちゃんはあんなにcon lo que se le va la olla.なんだからさー」と。

成句「írsele a alguien la olla.」:
1. Perturbársele el sentido o la razón.
2. Andársele la cabeza.
WordReference.comのフォーラムでは、英訳するとどうなるかという話。「lose one's mind」、「he's losing it.」などなどが挙げられています。

「気が触れる」とか「正気を失う」とか「キレる」っていうよりも、このシーンではお祖父さんのことが話題なので、「耄碌しちゃってる」くらいの意味じゃないかな。


1') 私もボンヤリとしか覚えてないんだけど、話している最中に、まさに今言おうと思ってたことをスッカリ忘れちゃうことってあるじゃん? 「わぁん、何言おうとしてたか忘れちゃった」って時。ああいう時にも「Se me ha ido la olla.」って言ったような気がするんだよなぁ。ちがったかな。


2) 「じいちゃんさー、いろいろ口を出さないで欲しいんだよねー。毎日毎日家に居てさー、要らねぇっつうの(como si lo necesitaramos; 直訳すると、まるで我々がおじいちゃんを必要としているかのように)」と甥っ子。

この一言はラモンにはマジでグサッと来ましたが、そこはそれ、笑うことで隠しました。しかし、甥っ子に言い聞かせずにはいられなかった。

「いつか……いつの日か、お前は後悔するだろう。後悔して後悔しまくって、後悔しすぎて、いっそ地中に埋もれたくなっちゃうだろうよ。 Un día, un día te vas a arrepentir. Tanto , tanto de lo que acabas de decir que querrás que te trague la tierra.」

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 18:37

1) 気まずく別れてからRosaが番組を通してラモンへ謝罪のことばを添えて贈る曲は、Luz Casalの『Negra Sombra』


2) ところどころにフッと笑ってしまうセリフがある。

・俺だって首の骨を二回は折りたくないからな

・拘束ベルトがキツいかどうかって、んーっと、つうか俺なにも感じないからさ


3) 監督インタビューよりコピペ
–'Mar adentro' está dedicada a Sonsoles Peña. ¿Quién es?

–Una amiga. Murió de cáncer el año pasado. Su situación era diferente a la de Ramón, no tenía todo el tiempo del mundo por delante, le costaba aceptar que se le consumían las horas. No llegó a ver la película, pero se la conté.

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 18:43

外出を忌避してたラモンであるが、安楽死を求める訴訟のために街へ向かう。窓から見える人やモノがみんな何かしら‘動いて’いるのね。それを眺めながらラモンを乗せた車が進む。

ラモンにとっては死ぬ(死なせてもらう)ための道行きなのだが、皮肉にもそのシーンの躍動感っていうか生命力が、こう、浮き立つ感じというか。‘静’だったラモンが‘動’に切り替わるのな。死ぬための闘争に向かっているのに。

音楽がそれを一層盛り上げるっつうか。

あぁ…。Amenábarにまんまと……。今回の音楽も彼が自分で作ったのかしらん♥ くそぅ、アメナーバルみたいな男と結婚したい。

この記事のしめくくりがそれかよ!

Posted by: Reine | Friday, December 23, 2005 at 18:48

子供の無邪気に邪気はあるや無しや。いや、子供だけではありません。
成長とは倫理観を獲得していく過程なのでしょうね。そして倫理の精度は、相手の立場にどこまで肉薄できるかにかかってくると思う。

尊厳死映画というとちょっと違うのですが、私的にマストなのは「ジョニーは戦場へ行った」ドルトン・トランボ監督作です。チューブを切った看護婦さんに(心の中で)感謝の絶叫をする主人公の台詞が忘れられません。

Posted by: memi | Saturday, December 24, 2005 at 12:20

memiさんいつもありがとうございます。

ジョニーは戦場へ行った』は、姉の口からタイトルを耳にしたことはありますが、こんなにたいへんな映画だとは知りませんでした。

Posted by: Reine | Saturday, December 24, 2005 at 16:51

こちらこそお世話になっております。(笑)

確かクリスマスのシーンがあったと思うのです。若いNsが彼のお腹にMerry…と書く。(意識は無いと思われているのですが)日付が解った!とジョニーは歓喜します。私はこの映画について、今日語ることができて、嬉しいです。

ドルトン・トランボのお仕事
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=4925

「パピヨン」の、といえばテイストが解るかもしれません。赤狩りに追われた不遇の名脚本家の生涯ただ一つの監督作です。>「ジョニー」

んで「ローマの休日」も手がけてたのは確か最近わかったことでした。主演のペックやワイラー監督の計らいだったと聴いた気がします。
その眼でみればあの映画は「友情」がテーマだったのがわかります。悲恋でも責務でもなく。

Posted by: memi | Saturday, December 24, 2005 at 17:52

※本文中の 7) に書いておいたことがネタバレだと気づいたので、こちらに移動しておきます
↓↓↓↓

ラモンは人生が変わってしまったあの事故に遭った瞬間のことを説明する。フリアはそれを録音した。「死ぬ人がその瞬間に自分の人生の重大な一コマ一コマを目にするっていうけど、あれはホントだよ。僕は見たよ」。

夜、ラモンの若い頃の写真が詰まった箱をラモンの義姉マヌエラが探して渡してくれた。フリアは先ほどの録音テープを聴きながらそれら一枚一枚をめくって見ている。「走馬灯」の説明ゼリフの直後、それこそ走馬灯のようにかつての健康ソノモノだったラモンの姿や彼を生んだ母の姿、恋人とのひとときなどが一枚一枚示される。

わりとある作りなのかもしれないけど、フリアが写真をめくっていくスピードと音楽と相俟って、いいタイミングで出来上がってるシーンでした。写真アルバムではこうはならなかった。写真が箱の中にごちゃまぜに詰められていたからこういう展開に持っていけたのであって。ニヤリとしたというか。さっきから写真写真と言ってたのはここへこうして繋ぐためだもんなぁ、そうだよなぁという気持ち。あぁ、アメナーバル、この観客、すっごくわかりやすい反応を示してますよ、という感じ。

Posted by: Reine | Saturday, December 24, 2005 at 21:27

memiさん
ほのぼの系くらいしか観られず、悲しみ系・戦争系は避けて来た私はおそらく『ジョニー~』はムリだと思います。ですので、せめてmemiさんのコメントから感じられるところをちゃんと感じ取っておこうと思います。

そして、『パピヨン』。
「あぁ、うん、『パピヨン』ね」……と言えるほど覚えているわけではないのです、白状しますと。私が高校生の頃(80年代)に、毎週木曜深夜に字幕で映画をやってたような…??? どこの局だったか…。

そこで観たように思います。……ということしか思い出せなくて。

ところで……『パピヨン』は……カ……カラーなんですよね? というのも、当時私の部屋には大昔から生きながらえていた白黒テレビしか無かったのですわ。

カラーですよね。じゃなかったらみんなラストシーンの美しさをあそこまで褒めないですよね。

それにしても、Dalton Trumboという人はすごい人ですね。

Posted by: Reine | Saturday, December 24, 2005 at 21:41

昔は白黒テレビでカラー映画を見る楽しみがありましたよね。「パピヨン」はカラーでしたが、ラストのカタルシスはそれだけによらないかも。あの監督の真骨頂てかんじです。余韻残しの名手なんですよ。

ちなみに私が「ジョニー」を初見したのは、母に連れられたディズニー映画の前宣伝で、でした。子供です。本ぺんを楽しめないばかりか同情しすぎて不眠症になり、その後の人生まで変わってしまいました。(職業とか)

(えらいこの話でひっぱってしまってすみません。)

Posted by: memi | Monday, December 26, 2005 at 13:37

> 母に連れられたディズニー映画の前宣伝で

me、memiさん、それキツすぎないですか?
映画館ももうちょっと客層に配慮したスケジュールにしてくれないと。

いや、でも、その時の衝撃をその後の人生設計に繋げたっていうのがすごいですね。

Posted by: Reine | Monday, December 26, 2005 at 22:05

(まだひっぱっていますね)

>映画館ももうちょっと客層に配慮したスケジュールにしてくれないと。

ちと気になったので調べましたところ、実写&アニメ合成版ディズニー「ベッド飾りとほうき」というものでした。魔法使ったりするドリーミーで楽しい映画だったようですね。(もうどうでもよくなっていましたが)

でも今ならありえない宣伝の入れ方に、なんかこう、感動すらおぼえます。

>をその後の人生設計に繋げた

「繋げた」といいますか…強力な磁場に捻じ曲げられたのでしょうか。そういう体験が映画でもっておこりうるんですね。

Posted by: memi | Tuesday, December 27, 2005 at 12:08

> ドリーミーで楽しい映画だったようですね。(もうどうでもよくなっていましたが)

ダメだ……。可笑しい。
その子供心が可笑しい。
いや、違う。子供心にソレか! というのが可笑しい。

> 今ならありえない宣伝の入れ方に

昔のアリエナサはかえって健全だった場合も多くあって、時代の空気みたいなのが懐かしいですね。

※と言いますのも、こないだ『太陽を盗んだ男』を観てですね、そのハチャメチャっぷりが今からしたらアリエナくって圧倒されたのでした。

※『太陽を盗んだ男』については‘近日中’になんとかまとめます。

Posted by: Reine | Tuesday, December 27, 2005 at 12:37

>昔のアリエナサはかえって健全だった場合も多くあって、時代の空気みたいなのが懐かしいですね。

そう!そうです。(膝を打つ感じ)

>※と言いますのも、こないだ『太陽を盗んだ男』を観てですね、そのハチャメチャっぷりが今からしたらアリエナくって圧倒されたのでした。

同感です。『太陽~』といえば・・・屋上乱闘シーンからまだ延々と二人生きており、「終わらんのかい!」の突っ込み満載な映画でしたよね?

文太兄の手足の長さとともに印象深いです。

Posted by: memi | Tuesday, December 27, 2005 at 13:54

全然死なないんだよね。ほんっとに。

おっと、この辺はいつか書きますから。

しっかし面白かった。「荒唐無稽」であることを私が褒めるなんて珍しいのです。私は荒唐無稽を馬鹿にしてきたところがあって

おっと、ダメだ書きすぎてしまう。ちょっととっとかないと。ある程度もう書きあがってるんですけど、調査中のことがありまして、保留中なのです。

Posted by: Reine | Tuesday, December 27, 2005 at 14:01

ネタバレ系につき要注意

↓↓↓↓

甥っ子に捧げた詩のクダリについてどう思うかというメールをいただいたので、ちょっと書いておこうと思いました。

↓↓↓↓

一応、セリフはこういう感じでした
(自著の献本が来て、「しおりの挟まってるところを開けてみて」とラモンが甥っ子に言う。甥っ子がそのページを開ける。というシーンから):

"A mi hijo".

Sí. Leelo, anda.

A mi hijo. Perdóname hijo por no haber nacido. No fue culpa mía dejarte atrás. Fueron las rosas las que tuvieron miedo. Perdóname por no haber podido jugar contigo. No sé si habrás nacido después de pasar yo, recuerda siempre que te sigo queriendo. Dale un beso a tu madre de mi parte y no me guardes rencor. Odiar no es bueno.

Muy bien, ¿Te enteraste?

Sí.

A ver.

Pueeees, trata de un hijo que nunca tuviste. Eh ... entonces es como si estuviéras hablando y le pides perdón por no haberlo tenido.

Muy bien. Pero ¿qué .. qué añadí yo ahí abajo?

"A Javier."

¿Entonces?

Entonces, ¿qué?

¿No ves lo que quiero decir?

Pero yo no soy tu hijo.

Claro que no. Pero si yo te estoy dedicando ese poema, significará algo, ¿no?

Pero yo no soy tu hijo.

Yo no sé qué es lo que se enseña en escuela, ¿eh? Venga, marcha, hombre, marcha.

Estáis todos más raros. (注: 「más」じゃなくて「muy(或いはmu)」かも。よく聞きとれじ)

(そして、いよいよ出発の朝、別れの朝)(義姉に一言言ったあと、甥っ子に声をかけるところから)

Y pórtate bien, eh, Javi.

Ya he entendido la poesia.

Ven aquí un momento.

(甥っ子がラモンを抱きしめる)

Cuida a tu abuelo, ¿eh? Cuida a tu abuelo.
_______


えっと、やっぱり……
自分がどれだけ家族を愛していたか、どれほど感謝していたか、みんなが自分を愛してくれてることをどれほど深くわかっていたか……そういう全ての「だいじ」をラモンは伝えたかったのだと思います。甥っ子に託したのだと。

「ラモンが甥っ子を息子のように思っていたという事を意味する」という解釈もあると思います。

それもだけど、なんていうか、「俺の代わりに、俺の手足となって、この先ずっと家族孝行をしてくれ」という祈りを込めたというか。使命を与えたというか。あぁ、それじゃぁ、甥っ子に対して負荷を課しすぎか……。

同じ血が流れてるお前が俺の死後も俺の魂を背負って俺の親と俺の兄とその嫁さんのことを大事にしてくれと、家族愛のバトンを甥っ子に渡したのではなかったか。

と、思ったんだけど。
あぁ、難しいな。ごめん。

「Odiar no es bueno.」のとこが、ちょっとなぁ。
ダメだ。わかんなくなってきた。

Posted by: Reine | Friday, January 06, 2006 at 00:40

あたし、すんごいトンデモなこと考えた。

Javierが甥っ子じゃなくて息子だったらどうする?ってこと。

もしもあの義姉さんが『ガープ』の母さんみたいなことをして授かったのがあの子だったとしたら……

……ふっ。馬鹿な。(←MarkXのCMの佐藤浩市風に)

いや、でもさ、IMDbなんかで各作品の掲示板を読んでると、「えっ? そんな解釈っ?」「ソノ発想ハ無カッタワ」っていうのが、少なくとも各1件は挙がってるよね。

Posted by: Reine | Friday, January 06, 2006 at 01:19

初めまして。
詳細を楽しませてもらいました。
スペイン語、ちょっとはわかるようになりたい...

Posted by: kiku | Tuesday, January 10, 2006 at 00:36

kikuさん、ありがとうございます。

blogを拝読しました。
一行ずつ「そうそう、そうそう」と頷きました。
空撮、サッカーをTV観戦するシーン、ふてくされた甥っ子…etc.
いっしょに観ていたような錯覚すら。

IMDbのトリビアにありましたが、ベレン・ルエダは、「When Belén Rueda was phoned to be informed about she had just been chosen to play a role in an Amenábar film she hung up. She thought they were kidding her.」だそうです。

彼女の出演作品リストに『Médico de familia』というテレビドラマがあり、その放送当時に私はスペインにおりましたから、ドラマ自体はよく覚えています。が、彼女が出ていたなんて全く覚えてないです。「アメナーバルものに出て」なんて言われて、「ドッキリだ!」と思ったのでしょうかね。

彼女が海辺で夫と抱き合うシーン、泣けました。

ちなみに、あの夫役のAlberto Jiménez、前にみた『La Espalda de Dios』でのヒモっぷりが強烈だったので、今回の役どころでもいつ妻フリアを捨てて他の女に走るか、気が気じゃありませんでした。

Posted by: Reine | Tuesday, January 10, 2006 at 12:40

一応記しておこう。

> En septiembre de 2004 habla abiertamente sobre su homosexualidad en la revista Shangay. (Alejandro Amenábar - Wikipediaより)

> "No me importa reconocer que soy gay"

> Alejandro Amenábar sale del armario. (= asumir públicamente su homosexualidad.)

かまわないです。
添い遂げるにやぶさかでないです。

Posted by: Reine | Sunday, January 15, 2006 at 18:33

ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!!さんからトラックバックをいただき、しばらく悩んだのですが、私がここでバラさないようにしていた事柄についてあちらでは触れておいでだったので、トラバは外させていただきました。ご了承ください。

というわけで、ネタバレOKな方はどうぞ
↓↓↓

ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!!:【自宅鑑賞2】海を飛ぶ夢(原題:MAR ADENTRO 英語:THE SEA INSIDE) - livedoor Blog(ブログ)

Posted by: Reine | Monday, February 27, 2006 at 21:32

ああ、んーー。どうすっかな。
2年近くも経過した今になって書き添えることでもないかなあと、悩まないでもないんだけども。ちょっとね。昔から気になってたこと、今さらながら書いておこうかな、と。

タイトルの『Mar Adentro』の意味なんですけどね。

この作品ってたしか彼(ラモン⇒ハビエル・バルデム)が自分の詩を読み上げる形で映画が終わっていたんじゃなかったっけ? そして日本版DVDではその字幕が、「裡なる海へ」となっていた。

ただ、語義としては「mar adentro」はそもそもどう訳すかと言ったら、以下のようになるべきなのです、きっと。

(三省堂クラウン西和)
mar adentro: 外海へ,沖の方に

(小学館西和中)
mar adentro: 沖へ,沖に

(レアルアカデミア)
adentro: [場所の副詞] A o en lo interior.
例) Mar adentro

なのですが。

たぶん日本版の字幕訳は西⇒英⇒和という遠回りを経てきたのであろうと考えられ、その訳者が英題の『The Sea Inside』を念頭に置いて訳した結果が「内なる海」だったんじゃないですか。

で、「内なる海」でいいところ、わざわざ「なる海」という字を当てた理由は私にはわからない。「」という漢字に訳者・日本版関係者がどういう意味をこめたつもりなのかは、私は知りません。そもそも「」という字は、今パラパラと『学研漢和大字典』を1600ページほど急いでめくったら見逃しちゃったのですが、まぁ、それは私の探し方がまずいのでしょう。

で、まぁ、そんなわけでね。

この記事を書く時、少し考えたんだよね。私はこの箇所をどう書いておこうかと考えた時に、「裡なる海」とワケもわからぬまま書き写したくは無かったし、かといって字義通りに「沖へ、沖へ」と訳していくのもまた、ねえ、日本版DVDを見た多くの人にとっては「(゜д゜)ポカーン?」となっちゃうのかもなぁと思ったしで、中をとって(?)「内なる海」としといたんだよね。

という事情があったんだけども。
長らくこのまま放置してきましたが、このところこのエントリーが検索上位に来ちゃってるので、その辺のこと、やっぱり書いといた方がいいのかなと。というか書かないとマズいよな、と。遅ればせながら追記した次第。


映画の原題って、訳すのは難しいよね。早い話が、無理なんだよね。って話。

↑「諦めたらそこで試合終了ですよ」なのですが、私は外国語の理解とかって、基本的に諦めているのでね。人生観的に。世界観的に。

※ちなみに私は邦題の『海を飛ぶ夢』は気に入らなくないです。悪くないと思っています。『靴に恋して』とかいう愚かなタイトルとは比べようもないほどまともな邦題ですよ。

Posted by: Reine | Wednesday, July 11, 2007 at 11:15

そっか、「裡」は「裏」か。『Super日本語大辞典 全JIS漢字版』の中の『学研漢和大字典』で見つけられた。

《意味》
1) {名詞}うら。すじ模様のついた、衣のうら地。転じて、衣服のうら地。また、物の表面の反対側。うらがわ。《対語》⇒表。「表裏」「緑衣黄裏(コウリ)(緑の表地、黄色のうら地)」〔詩経・癩風・緑衣〕

2) {名詞}うち。物のうちがわ。ふところ。《対語》⇒表・外。《類義語》⇒内。「内裏(ダイリ)(宮中)」「心裏(心のなか)」

3) {助辞}《俗語》場所をあらわす接尾辞。「家裏(チアリイ)(いえ)」「那裏(ナアリイ)(そこ)」

《日本語での特別な意味》
1) うら。物事の表面にあらわれないこと。また、そのようなもの。「裏話」「裏方(ウラカタ)」

2) …のうちに。「暗暗裏(アンアンリ)」「盛会裏」

《解字》
会意兼形声。里(リ)は、すじめのついた田畑。裏は「衣+音符里」で、もと、たてよこのすじめの模様(しま模様)の布地。しま模様の布地は、衣服のうら地に用いた。▽裹(カ)は、別字。

《単語家族》
理(リ)(玉のすじめ)・吏(リ)(物事のすじめをつける人)・鯉(リ)(すじもようのついた魚)などと同系。

《参考》
「うち」の意味では裡もよく使われる。▽裹(カ)は、別字。

Posted by: Reine | Wednesday, July 11, 2007 at 11:33

「成功裡に」とよく使うな・・。

この映画、字幕翻訳が松浦美奈なのね。やたら英語の映画を翻訳してる人(非常によく見かける名前)。

最後にこの人の名前が出た時、「なんだ、この人はスペイン語も出来るのか?」と思ったんだけど、英語を訳してたんだな。

Posted by: Abetchy | Sunday, January 06, 2008 at 17:12

うん。たぶん英語からだったと思う。英語から和訳したのでなかったら、「うちなる海」とはしなかったろうと思います。

ちなみにこれ、昨夜というか今日未明テレ東で放映していたね。

Posted by: Reine | Monday, January 07, 2008 at 12:52

「外海」だったんですか!! mar adentro ………

手持ちの辞書には「中へ」の意しか載ってなくて、ずっと「心の中にある海」なのかなぁと思っていました。
怪我以前の自由だった自分の象徴としての海へ、死を選ぶことによって戻っていくということなのかと解釈してました。

しかし、今改めてよ~~く辞書を見てみたら、ありました。

 La corriente llevó el bote mar adentro.
 ボートは潮のために沖へ流された。

隅々まできちんと調べないといけませんね。反省です。

この映画を見たのは何年も前なのですが、当時感じたのは、まず、主人公の義姉の献身振りが痛々しいということでした。おそらく自分自身のための時間は全くなく、実の兄であるが故に悲しみを乗り越えられずに逃げている感のある夫をも支え、神父に対して反論するのも彼女です。深い慈愛を持っている女性であり、多分彼女自身は辛いとは感じていなかったのでしょうが、娘として、また、孫嫁としてほんの少しですが、介護した身から見ると、周囲の人々が、彼女の献身をあたりまえのこととしているように見えるのが、テーマの本筋とはずれますがつらかったです。

自分自身は、主人公の取った道を選びたいと思いますが、神父の考え方も理解でき(押し付けたり、非難するのはまずいですが)ますし、どちらを選ぶにしてもまわりの人々の生活をいやおうなく巻き込むことになるので、自分自身の考えで決められるのかどうか、迷うところです。

考えさせてくれる良い映画ですよね。

Posted by: Aura | Thursday, July 02, 2009 at 18:20

Auraさん
いや、私も最初にレンタルDVDで「内なる海」(たしか字幕では「裡」の字)と見た頃はふつうにそれを受け入れていました。IMDbによればInternational (English title) / UK / USAは「The Sea Inside」、Europe (English title)では「The Sea Within」ですから、たぶん世界中の少なからぬ割合の人々がだいたいその方向で捉えたのじゃないかと思います。

義姉の姿には胸がつまりましたね。彼女が神父にガツンと一発言ってやるシーン、あれを家族に説明してきかせていた時、あやうく泣いてしまいそうでした。

安楽死といえば…いままさに私、我が家で一番年長の猫が苦しんでいるところで、苦しそうでかわいそうでかわいそうで、安楽死を選択してあげた方が彼にとってよいのだろうかと悩んでいるところです。

ただ、私がGOサインを出せばそれで彼の命のスイッチが切られるっていうこと、やっぱり私にはできないと思い直したところです。猫はしゃべって意思を説明してくれないので私もつらくてここ数日泣き通しです。

って、まるっきり話逸れちゃってすみません。

Posted by: Reine | Thursday, July 02, 2009 at 20:20

猫ちゃんを思うお気持ち、よくわかります。
実は2週間前に16歳の飼い犬を亡くしたばかりで、
やはり獣医さんにお願いするかどうか迷いました。
お辛いですよね。お仕事もあるでしょうし大変なことでしょう。

できることをしてあげる、たいしたことができないのが悔しいのですが、でも、それが大事なことだと思って接していました。

できるだけつらさが少ないことをお祈りしています。

Posted by: Aura | Friday, July 03, 2009 at 01:17

Auraさん
Auraさんも悲しいことのあったばかりなのですね。つらかったですね。コメントありがとうございます。泣いてしまいました。

うん、昨夜はもう、朝起きたら冷たくなってるんじゃないだろうかと考えて大泣きしました。今日の日中は少しだけ食べ物を舐めてくれるなど、だいぶ落ち着いたのですが、夜になるとまた「これでお別れなんじゃないだろうか」と猛烈に不安になります。

また今さっきも“お別れの挨拶(念のため)”をして一泣きしたところです。このところ1~2週間くらいずっとそんな調子です。

死んでしまったら…の手順を頭の中で確認するのがいちばんつらいですね。焼く時にこれも入れてやろう、これもいっしょに焼いてやろうって、そういうのを準備しなきゃいけないのが本当に悲しい。

……って、映画の話をしてなくてすみません。

Posted by: Reine | Friday, July 03, 2009 at 21:15

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