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Friday, December 30, 2005

La Hija del Caníbal / カマキリな女 [メキシコ映画]

カマキリくだらない。おばはん(蔑称)の御都合ファンタジー。※「おばはん」ってのは私を含めてくれてかまわない

「私」の内面は、酸いも甘いも噛み分け数々の修羅場をくぐってきたフェリックスじいさんが認めて褒めて信じて支えてくれる、オンナとしての「私」の外見や肉体は、息子とすら言えるような年頃の筋骨たくましいベビーフェイス系いけめん(?)の青年アドリアンが一途に求めてくれて、「私」がいくら断ってもアドリアンは諦めてくれず「私」を誘惑し続けてくれて、「私」はついに抱かれるの、むっはー♥

ストーリー的に邪魔なのは「私」の夫で、亭主元気で留守がいい展開なら嬉しいんだけど、あら、映画冒頭の2分でそれはアッサリと片付いていたんだわ、だって、「私」の夫が失踪するところからこの話は始まるんですもの……

という、主人公のおばはんにとって実に都合のいいおはなし。


カマキリストーリー:
ルシアとラモンは結婚12年になる夫婦。正月休みで南米旅行を計画するも、夫ラモンは搭乗前にトイレに立ったきり消えてしまった。ルシアが途方に暮れているところへ、マンションの下の階に住むフェリックスじいさんが手助けを申し出る。「Orgullo Obrero(労働者の誇り)」という聞きなれない団体名を名乗るものから電話が入る。「だんなは預かった。2000万ペソ用意しろ」。夫は誘拐されたのか。やがて何者からか花束が届き、夫の筆跡のメモがある。「おばさんの遺産があるからあれを奴らに払ってくれ」と。

夫の指示通り銀行から大金を引き出し、スポーツバッグに詰めてフェリックス爺さんと二人でえっちらおっちらアパートに持ち帰ったところで、金を奪い取ろうとする悪党どもに襲われた。偶然に階段を降りてきた若者アドリアンの助けと、意外なことに凄みのきいた敏捷性を見せたフェリックス爺さんの奮闘により、お金は守った。

ルシアは夫の素性を怪しみ始め、「¿Quiénes somos, realmente? 私たちは誰なんだろう?」と自問する。急に孤独を覚えたルシアはフェリックスとアドリアンを誘い、3人での共同生活はこうして始まった。誘拐犯からの次のコンタクトを待つが……

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各サイトでジャンルを見てみようか:
サスペンス ドラマ
エロス ミステリー・サスペンス
Comedy / Drama / Mystery / Romance / Thriller
………etc.

その全てが中途半端。中途半端だからこそこんなにいくつも挙げられちゃってんだろ。ある建物の一階ホールから幾つも階段が伸びている。サスペンスの階段、エロの階段、ミステリー階段、コメディ階段……それらを数段登るたんびにそこで降りて来ちゃってるの、この映画は。降りて来ちゃぁ、またちょこちょこと別の階段を登ってる。んで、またしたり顔で降りやがる

どこがサスペンスかと。サスペンス、途中ほったらかしだったじゃん。
ドラマ? 人間ドラマ? 人生訓みたいのはモノローグで済ませてたじゃん。
コメディ?

どこがエロスか。セシリア・ロスの、別にありがたくもない乳首がほんの数秒見えたくらいのもんだろ。アドリアンがミゾオチからスーッと舐め上げた程度ですよ。へそ下三寸じゃないよ、へそ上じゃん。それで、「Esa noche algo se despertó en mí. Y es que esa noche volví a sentirme viva, hermosa y deseada. Esa noche Adrián me llevó al cielo. あの夜わたしの中で何かが目覚めた。生きていることを、美しく愛される存在であることを、私は再び感じたのだった。あの夜、アドリアンは私を天へ連れて行った」だって。陳腐にもほどがある。


見苦しいおばはんのウットリ昇天ドリームズ・カム・トゥルー。………おや……なぜか今、林真理子の厚く暑い顔が浮かんだんだけど、どうしたんだろう、あたし。いや、他意は無いすけど。

…とにかく、馬鹿馬鹿しくて、blogに書くという使命感でも無きゃとてもとても観ていられないね、こんな映画。
___


カマキリ主演Cecilia Roth、なんでこんな作品に出たのかね。どうかな、大地真央、そうだよ、こんなのは大地真央にやらせとけばいいじゃない。ヒステリックに泣き喚いたり、セクシーぶって若いツバメと痴態を演じてみたり、できるでしょ。んで、アドリアン役のKuno Beckerの代わりに照英でいいよ、照英で。顔がどっか似てるから。フェリックスじいさん役は、仲代達矢くらいの年恰好でもっと安っぽい人いないかな、その人でいいよ。


その3人で2時間サスペンス枠でやればいいよ、これ。それで昼下がりの再放送枠。それでも観なくていい。そんぐらいの映画。観ていられるのは最初の20分だけ。そこからの90分は耐え難い苦痛。


メキシコのタクシーはビートルなんですね、可愛いねってのが数少ない収獲。
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(※メキシコ映画; スペイン)

La Hija del Caníbal @IMDb
La hija del caníbal @Yahoo Cine

カマキリな女 DVD
カマキリな女 DVD情報
原作 La hija del caníbal (Rosa Montero著)

主演セシリア・ロス(※アルモドバル作品でよくみかける)
Cecilia Roth @IMDb
オール・アバウト・マイ・マザー
セクシリア
ブエノスアイレスの夜

監督: アントニオ・セラーノ Antonio Serrano
原作: ロサ・モンテロ Rosa Montero
脚本: アントニオ・セラーノ Antonio Serrano
 
出演:
セシリア・ロス Cecilia Roth
クノ・ベッケル Kuno Becker
カルロス・アルバレス=ノボア Carlos Alvarez-Novoa

人名はなるべくスペイン人が読む感じでカタカナ表記したかった私ですが、「クノ・ベッカー」にしときましょうか。

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Saturday, December 24, 2005

Whisky / ウィスキー [ウルグアイ映画]

whisky※ウルグアイ映画です

ウルグアイ ―― モンテビデオ。
ハコボ・コレルはさびれた靴下工場の経営者。それ以外の一切を排除したような単調な生活。マルタは信頼のおける従業員。女工としての仕事の他にハコボの秘書的な役割もこなす。しかしこの二人が労使関係を超えることはありえず、時計の針のように精確なリズムで静寂な日々を刻むのみ。

毎朝カフェテリアで朝食をとるハコボ。工場の前で待つマルタ。やがてハコボがやってきてシャッターを開ける。おはよう以外に交わす言葉は無く、マルタは更衣室に向かいハコボは機械の電源を入れる。二人の一連の動作は、テープを巻き戻して再生しても1mmも1秒も位置やスピードが狂わないのではないか。

そろそろハコボの母の一周忌である。長らく交流が絶え母の葬儀にも来られなかった弟エルマンがブラジルからやってくることになる。ハコボの、そしてマルタの人生に変調がもたらされる。エルマンが滞在する数日間、妻のふりをして一緒に暮らしてほしいとハコボがマルタに頼んだのだった。

弟エルマンが到着し3人で数日を過ごすうちに誰かの中で何かが変わるのか、あるいは誰の中でも何も変わることがないのか。
___


この映画、感想を書いちゃいけないんだと思う。
「………った」。その点点点に嵌まる形容詞を私が書いてしまったら、それ自体がネタバラシにもなろうし、これから本作を観る人にとってのミスリードにもなっちゃうのだと思う。だから何も書かないよ。

一コマ一コマのディテールがどうとでも解釈できちゃうのだと思うよ。だから、観終わってからIMDbCinemaScape答え合わせをすると、皆がてんでんばらばらな解釈を披露しているので「へっ?」って思わず首が前に出ちゃう。「え? そっち?」「なんでそう見えたの?」「あのシーンをそう受け止めた人がいるとは……」と。

「この映画、観るべき? 観なくていい?」という質問に答えるならば、「観といてくれ。必ず」です。

一コマも見落とすことのないようにということと、鑑賞前に一切のレビューを封印しておいてほしいということをお伝えしときます。真っ白な頭で観て。私は映画を観る前に、レビューの星の数とジャンルくらいは薄目を開けて見ちゃうんです。だってそれによって観るか観ないかを決定するんだから。しかし今回はソレをやるべきじゃなかった。ホントに真っ白な状態で観た方がよかったな。

『ウィスキー』は観る人が観るように観えるでしょう。その人が観るようにしか観えないでしょう。自分が正解だと思った解釈が自分にとっては正解なのですよ。「いや、映画って本来そういうもんでしょ」などとツッコみたくなるかもしれないけど、えーっとね、そりゃそうなんだけど、『ウィスキー』は、なんつうか、違う。
___________

メモ
1) 「matzeíbe」とは? → 「matzeiva」か
・a stone that serves as an open religious center, around which anyone wishing to serve Gd may gather.
・a single stone, that are used for worship.
・a tombstone is placed at her grave.

2) 女子工員がききたがるラジオDJの番組はOceano FMのOrlando PettinatiのMalos Pensamientosという番組?

3) capaz que: [副][口][アル,ウル] a lo mejor.

4) お店で財布がどうのこうの言ってるのは、Tony Ramosという人のこと?

5) エルマンがピリアポリスへの小旅行へ二人を誘う。ピリアポリスってどこなんだろう? Piriápolis

6) ホテルの部屋備え付けのミニバーのことをfriobarって。スペインでもそう言うんだっけ? minibarじゃなかったっけ?

7) discar: [アル、ボリ、ホン、パラ] marcar (pulsar en un teléfono los números de otro)

8) ヘルマンがホールで歌う歌は、Leonardo FavioのO Quizas Simplemente le Regale Una Rosa

9) 「これを2つ乗っけて」というような命令文、スペインのスペイン語では、ラフなのが「Ponme dos.」、丁寧なのは「Póngame dos.」。しかしウルグアイ近辺のスペイン語では「Poneme dos.」となるのですか? これが、よくわからん。これは、二人称に対する命令形なの? 三人称なの?

10) 「ウィスキー」というのは、写真を撮るときに笑顔がうまく作れるように発する一言 (la palabra que se utiliza para simular la sonrisa al hacer fotos.)。「はいチーズ」ね。スペインだと「patata」。


Whisky オフィシャル
ウィスキー 日本公式

Whisky @IMDb
ウィスキー @みんなのレビュー
ウィスキー@映画生活
ウィスキー @goo映画
ウィスキー@ぽすれん
ウィスキー@象のロケット
Whisky la película de Pablo Stoll @Yahoo! Cine
@シネマカフェ

監督: フアン・パブロ・レベージャ Juan Pablo Rebella パブロ・ストール Pablo Stoll
製作: フェルナンド・エプスタイン Fernando Epstein クリストフ・フリーデル Christoph Friedel エルナン・ムサルッピ Hernan Musaluppi
脚本: フアン・パブロ・レベージャ Juan Pablo Rebella パブロ・ストール Pablo Stoll ゴンサロ・デルガド・ガリアーナ Gonzalo Delgado Galiana
撮影: バルバラ・アルバレス Barbara Alvarez
音楽: ペケーニャ・オルケスタ・レインシデンテス
 
出演:
アンドレス・パソス Andres Pazos
ミレージャ・パスクアル Mirella Pascual
ホルヘ・ボラーニ Jorge Bolani
ダニエル・エンドレール Daniel Hendler
アナ・カッツ Ana Katz
アルフォンソ・トール Alfonso Tort

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Friday, December 23, 2005

Mar Adentro / 海を飛ぶ夢 [スペイン映画]

mar adentro「内なる海へ / 内なる海へ / 無重力の奥底へ / 夢が叶えられる場所で / 一つの願いを叶えるために / 2つの魂が出逢う / 君の視線と僕の視線とが / 幾重にも重なる / ことばはいらない / 奥深くへ、内奥へ / 血も骨も超えた遥か彼方へ / しかし僕は目を覚ます / そして僕は死を望む / 僕の唇が / 君の髪の毛を捕らえて離さぬように」

30年近く、自宅で寝たきりのラモン。窓から見える景色こそが彼にとっての全世界。丘の向こうに海があるだろう。かつては船乗りとして世界中の海をラモンは旅した。しかし慣れ親しんだはずの海で首の骨を折り青春を失った。四肢麻痺の体で尊厳死だけを望み今日まで生きてきた。

しかし、二人の女性が現れ、ラモンの世界に変化が生じる。Juliaはラモンの尊厳死を求める闘いを支えたいという弁護士。Rosaは近隣の町の娘で、生きることには意味があるのだとラモンに語りかける。JuliaとRosaはラモンの人柄に惹かれる。いま、彼女たち自身も生の原点を見つめなければならない。ラモンの生の探求を真実の愛で支えるのは誰だろうか。


昨年スペイン人の友人から薦められたんだが、皆がこの作品はMUSTだと言っていたのがわかったように思います。(アカデミー賞を獲ったのもね) これ見よがしな「悲しいよー、ハンカチ必携ー、泣いてねー」では無いです。だけどちゃんと悲しい。逆に、障害と生きる主人公から‘元気をもらいました!’的な嘘クセー明るさに満ちているわけでもないです。だけど、vidaあるいはlifeとかいて人生/生命/生……が感じられるのでした。

Amenábar監督のサイトで最初に読まされるフレーズは、"Mi cine no es un cine de respuestas sino de preguntas. (My movies are not movies of answers but of questions.)"である。彼の作品は回答を提示してくれはしない、逆に問いかけられるので観る者が答えを追究していかなければならない。ってことだろうか。


1) 弁護士フリアが最初にラモンにインタビューするシーン:

ラ: 僕にとってこういう状態で生きることは……こういう人生は……尊厳とは言えないから。こんなことを言ってしまうと他の四肢麻痺患者が気を悪くするかもしれないけれど。僕は誰のことをどうこう言うつもりもない。生きたいと願う人々のことをとやかく言えるわけがない。俺はいったい何様だって。でも、だから、僕や僕が死ぬのを手伝ってくれる人のことも決して非難されたくはない。

ラ: 手伝ってくれるかどうかはその人が恐れに打ち克つことができるかどうかにかかってるかな。だけど死なんてそんなに恐れるほどのことでもないんだ。だって死はいつだっていつまでだってそこら辺に在るものだよ、最終的には誰のところにだって訪れるものだ。死は我々の一部なんだよ。なのに、僕が死にたいと口にすると、どうして皆、まるで伝染病かなにかのようにパニックを起こすんだろうね。

ラ: 車椅子に乗るのは、言うなれば自由の残滓を受け取ってしまうようなものだよ。そうだな、いいかい、君はそこに座ってるよね、2メートルも無いよね。その2メートルがどういうことかわかる? 普通の人にとっては何てことの無い移動だろう。でも、僕にとってこの2メートルは、君に近付くための、そして君に触れるためのこの2メートルは、不可能な道のりなんだ。想像の世界、夢で終わるんだよ。だから僕は死にたい。


2) 「尊厳死の会」という団体の職員のジェネが、「あなたたちは自殺したい人の手伝いをしてくれるんでしょ?」と問われ:

「まさか。違うわ。悩み事を抱えてる人のところに行っちゃぁ『あなた死んだ方がいいですよ』ってアタシが言って回ってるとでも? そうじゃないでしょ。私たちは自由を後押ししているの。生きる自由と死ぬ自由、それは違うものなのよ」


3) テレビの取材を受けるラモン、「あなたはどうしてそんなに笑みを絶やさないのですか」と問われ:

「逃げ出すこともできず常に周りの人々の世話に頼らなければならない場合、人は誰でも微笑みで涙を隠す術を身につけるのですよ」


4) 老父
「我が子を亡くすことよりも辛いことがある: 我が子が自ら死を望んだという事実だ」


5) 缶詰工場で働くRosaは、ラモンを追ったドキュメンタリー番組を偶然目にし、テレビの前で身動きもできなかった。自転車で森を抜け、坂道を押して、ラモンの家にやって来てしまった。

ロ: あなたの話を聞いたわ。あなたの目の美しさに気づいたの。そして考えたの、こんなに目の美しい人が死を望むなんて、って。ねぇ、誰でもみんな苦しみは抱えてるものよ、だけど逃げ出しちゃいけないのよ。
ラ: 何を言ってるんだ。僕は逃げ出そうとはしていない。逆だよ。

ロ: ううん。逃げてるわ。だからこうして来たの。
ラ: 何のために?

ロ: んーー。生きる望みを持ってもらいたくて。人生って、
ラ: 人生がなんだって?

ロ: 人生って、生きる価値があるでしょって言いたくて。
ラ: 君がここへ来た本当の理由を話そうじゃないか。君は挫折続きの女で、自分の人生の意味を見つけたくて土曜の朝から起き出したに過ぎないってことをさ。


6) 弁護士フリアが裁判の準備のために過去のことを尋ねる。

フ: 過去を振り返るのは好きじゃないみたいね。
ラ: もちろん。僕は未来を見つめてるんだ。
フ: じゃぁあなたにとって未来って何?
ラ: 死だよ。


7) (※こりゃネタバレだと思いなおしたのでコメント欄へ移しておきます)


7') そして、ラモンはインタビューを結ぶ:
「僕はあの時に死ぬべきだった」 


8) どうせ却下されるのだから裁判はムダではないかと思うラモンに対し、義姉マヌエラ:

「たとえば今のあなたにとってはムダになるかもしれないけど、あなたのしたことがいつか他の人の役に立つ」

※義姉マヌエラは素晴らしかった。胸を打つものがあった。ラモンを世話することに自分の存在意義を見てしまっているような面も、そりゃ無かったとは言わないけどさ。ラモンは「海」へ旅立ちたかったようだけれども、マヌエラはラモンを慈しみ続けた「母なる海」でしたよ。マヌエラは自分のもとでラモンにいつまでも揺蕩うていて欲しかったのかなとも思いましたよ。


9) 裁判所に到着し、マスコミに囲まれる:
「安楽死を公的に求めたのは私が初めてだが、秘密裡に死を選んだ人は他にもたくさんいたでしょう」


10) そしてラモン:
「僕をほんとうに愛してくれる人というのは、僕の願いを手伝ってくれる人だよ」


(つづきはコメント欄で)
(スペイン映画; フランス、イタリア)
sea inside・英題 The Sea Inside
海を飛ぶ夢 日本公式
Mar Adentro スペイン公式(アメナーバル監督のサイト内)
海を飛ぶ夢 @みんなのシネマレビュー
海を飛ぶ夢 @goo 映画
Mar Adentro @IMDb
Mar Adentro la película de Alejandro Amenábar @Yahoo! Cine
海を飛ぶ夢@シネマカフェ
海を飛ぶ夢@映画生活
海を飛ぶ夢@ぽすれん
海を飛ぶ夢@象のロケット
海を飛ぶ夢@シネマトゥデイ

海を飛ぶ夢監督: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
製作総指揮: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar フェルナンド・ボバイラ Fernando Bovaira
脚本: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar マテオ・ヒル Mateo Gil
撮影: ハビエル・アギーレサロベ Javier Aguirresarobe
プロダクションデザイン: ベンハミン・フェルナンデス Benjamin Fernandez
編集: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
音楽: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar

出演:
ハビエル・バルデム Javier Bardem
ベレン・ルエダ Belen Rueda
ロラ・ドゥエニャス Lola Duenas
クララ・セグラ Clara Segura
マベル・リベラ Mabel Rivera
セルソ・ブガージョ Celso Bugallo
タマル・ノバス Tamar Novas
ジョアン・ダルマウ Joan Dalmau
フランセスク・ガリード Francesc Garrido

海を飛ぶ夢【字幕版】 [VHS]
Mar Adentro (Guion Cinematografico) (ペーパーバック)
海を飛ぶ夢【日本語吹替版】 [VHS]
海を飛ぶ夢 [DVD]
Cartas Desde El Infierno/letters from Hell (ペーパーバック)

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Tesis / 殺人論文・次に私が殺される [スペイン映画]

tesisマスコミ情報学院の学生アンヘラは「映像の合法的暴力」についての論文に取り組んでいる。情報収集のために担当教授に頼み込む:
「暴力性が度を越しているがゆえにテレビで放映を見送られたような映像が必要なんです。先生は学部のライブラリーにも入館許可をお持ちでしょう?」

翌日、アンヘラは教授を探すがどこにも居ない。通りかかった視聴覚室を覗きこんだところ、薄暗がりの中にやっと教授の姿を認めることができた。しかし教授は絶命していた。彼の手を滑り落ちたのか、床に喘息用の吸引器が落ちていた。しかしてアンヘラはスクリーンに気づく。大スクリーンは砂嵐であった。教授は発作に襲われて死ぬ直前までナニカを観ていたのであろう。アンヘラはビデオデッキにおそるおそる近付き、テープを取り出し、その場から逃げ去った。

残虐映画オタクの男子学生チェマといっしょに問題のテープを再生してみた。心胆を寒からしめる映像が記録されていた………


……なーんて、リング的ホラーかと思ったりもしかねない序盤ですが、違います。『TESIS』は、ああいう嘘っこの怖さでは無いです。

さぁ、ここからネタバレですから。

映画を楽しみたい人はまず『TESIS』を観といてほしい。

後ろ半分はややダレだけど面白いと思うよ。


ネタバレ開始。

↓↓↓↓

映画は、アンヘラの乗る電車が急停止するところから始まる。男性を轢いて停止したのである。乗客は駅員に誘導されてホームを歩いていく。線路の轢死体を見ようとする者、光景が目に入ってこないように雑誌を顔にかざして歩く者、まちまちである。「No sean morbosos. (悪趣味ですよ!)」と声を荒らげて制止する駅員。アンヘラは線路を覗き込もうとする人だかりの脇をすり抜けて自分も見ようとする。

それは、小さい頃に誰もが経験するアレではないか。アレですわ、女子がやりがちなアレ。「やだー」と言って顔を手で覆って、見たくないという意思を示しつつも、指の間から見ようとしてしまうアレ。(※実際、のちのち、アンヘラが指の隙間から残虐映像を覗くシーンもある)

アンヘラがホームの縁に進んで行って線路を、轢死体を、覗こうとする。この時、撮影カメラの動きはアンヘラの視線そのものなのだが、その目が追う映像を茶の間で見ながら私たちもグロいナニカを線路上に期待しなかっただろうか。あそこでパッとカメラが切り替わってしまった時、「あぁ…」と肩透かしをくらったような気持ちが湧きはしなかったか。

怖いもの見たさ。そこんところを「君も同類ですよ」と指摘されるきまり悪さと嫌悪感。『Tesis』鑑賞はそういう苦痛を伴うでしょ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


『Tesis』を観ると「Caso Alcásser(あるいはCaso Alcácer) アルカセル事件」を思い起こす。

1992年11月13日、ディスコに出かけた3人の少女(14、5歳)が行方不明に。家族はもちろん町中が捜索に参加し、フェリペ・ゴンサレス首相(当時)は官邸で家族と面会もした。翌93年の1月27日、少女達は惨殺死体で発見された。死体には激しい拷問とレイプの痕跡があった。

数人が拘束され、ほどなくしてMiguel Ricartが告発された。もう一人、主犯格Antonio Anglésへ捜査の手が伸びたが、ポルトガルへ逃亡したあるいはアイルランドへ逃げたなどと言われており、現在まで消息不明である。Miguel Ricart被告の裁判は懲役170年で終わったものの、世間の人々はアルカセル事件の背後には隠蔽された事実があると感じている。たとえば、検視によって少女の体内からMiguel Ricartのものとされる陰毛は発見されず、その代わりといってはなんだが、少なくとも7人の存在が確認されたと言われている………

……これ以上をきちんと調べて書こうとしたら何ヶ月も何年もかかると思う。もう永遠にアルカセル事件の謎はほんとうには解かれないだろうなどといわれているので。ですから、ここからは私が当時の友人たちの噂話から、理解したと思い込んでいる事柄だけを書きます。(んな乱暴な)

・土地の有力者が絡んでいたはずだ
・Antonio Anglesはもうその黒幕たちによって始末されているので死体で発見されることはあっても身柄が拘束されることは無いだろう
・少女たちはスナッフに撮られたのではないか
・あるいは悪魔的儀式集団でも存在したか
・アルカセル事件はスペイン犯罪史の闇である

などなどが当時の庶民が抱いてた「なんとなくイヤな感じ」だったと思うんだ。ちょっとたいへんすぎてこういう乱暴な説明しかできないけど。誰のどの言い分が真実なのか私にはわかりませんよ。日本だっていろんな事件についてそのたんびにネット上では陰謀説がついてまわるじゃないですか。それと同じ現象だと考えることもできる。庶民vs.権力の構図というか。

この事件には裏があるという「空気」が大衆の間に溜まっていたのは私もテレビ番組や友人との会話などを通して感じたし、今でもちょっと検索すれば、「Mentira de Estado(国家の嘘)」「Lo que la verdad oficial esconde(官が隠す真実)」というストレートな表現やら、「LA "VERDAD" OFICIAL(公的な‘真相’)」とチョンチョンつきで皮肉ったものやらが目につくでしょう。

まぁ、とにかくわからない。事件から13年も経ち生々しさは風化するけども、それと反比例して都市伝説的恐怖は増していくだろうと考えたりする。いつかもしも私が時間とお金を手にしてその地に調査旅行に出かけたとして……なんて考えてみて、そんな聞き取り調査をしてる私を誰かが監視していたら……なんつって妄想に妄想を重ねていると空恐ろしくなるね。だって怖いでしょ。私の消息がそこで途絶えるの。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


8年前、スペインで『Tesis』を観た。
電車で3、40分の隣町に住む友人がビデオを借りたというのでいっしょに観た。その日はわりと早めに帰宅したと思う。まだ街には人通りもけっこうあったのだが、誰とも目を合わさぬようにキョロキョロもプラプラもせずに真っ直ぐに家に帰った。

あの日の夕方、早足で歩く私の肩には相当な力が入っていたと思う。怖かったのでした。スナッフという語は知っていたけども、「ホントにそうゆうのがあるんだー」と実感したのでした。「ホントに」と言ったって、映画の中での「ホント」でしか無いのだが。

ちょーーーーどその頃、私は男友達から一人のいけめん(※女性には興味無い)を紹介されていた。『TESIS』を観た翌日、「僕の家でお三時しない?」と電話があった。会話らしい会話はそれが初めてだった。「YES、よろこんで」とこたえたものの、妄想が拭えなかった。彼がそーゆー人だったらどーしよーと本気で恐れた。そーゆー人ってつまり、スナッフムービーを撮るような組織の一員だったらどーしよーです。

私は部屋をきちんと片づけた。ネコのトイレ砂もエサも水もふんだんに入れた。貴重品(パスポートだの、預金通帳だの)をまとめてテーブルの上に置いた。そして、 

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pencil「これから○○通り△番地の×××さんの家に遊びに行く。私の日本の両親の連絡先はドコソコ、彼らはスペイン語ができない、スペイン語のできる友人は、この町ではダレソレ、隣の県にダレソレという人がいる、その人々の電話番号はコレコレコウ。今から出かける。■月◇日、何時何分」
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というメモを残して家を出たのでした。それくらい私は前日に観た『Tesis』が怖かった。


たぶん私は今でもどこかでソレを恐れていると思う。「殺されること」を。ちがうかな。拷問で殺されることを、かな。自分が殺されたときに死体はすぐに発見されたいし、犯人を示すことができなかったらと思うと今のうちから腸が煮えくり返るのである。犯人を示せずに死んでいく無念ばっかりは、ほんとに。だから私は人と会うときにはどこかしらに書き残してる。私が殺された時は、どうか、私のこのパソコン関係を調べてください。きっと私からの最期のメールが届いてるはず。

いつもそれを気にするようになってしまったのは、たぶん、そうね、『Tesis』のせいだな。

二度と『Tesis』は観まいと決めていたけど、10月からのメジャー作品鑑賞月間の流れでついつい観てしまった。そして私は最近は夜寝る前の戸締りをきちんとしてしまうのでした。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(スペイン映画)
Tesis @IMDb
殺人論文/次に私が殺される @みんなのレビュー
テシス 次に私が殺される @goo映画
テシス@映画生活
テシス 次に私が殺される@ぽすれん
次に私が殺される@シネマカフェ(あらすじがちょっとだけ変だな)

監督: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
製作: ホセ・ルイス・クエルダ Jose Luis Cuerda
脚本: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar マテオ・ヒル Mateo Gil
撮影: ハンス・バーマン Hans Burman
音楽: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
 
出演:
アナ・トレント Ana Torrent (私がかつて森本くんのような若者が将来的にしょーもない性悪オンナにひっかからぬように今のうちに観させておけと主張した血と砂』にもアナ・トレントは出ていたのだな)
フェレ・マルティネス Fele Martinez
エドゥアルド・ノリエガ Eduardo Noriega

Alejandro Amenabar [Import] [from UK]
テシス [DVD]
テシス(字) [VHS]
テシス(吹) [VHS]

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Tuesday, December 13, 2005

pelar la pava

pelar la pava

[七面鳥の羽をむしる]

Hablar de amores o tener relaciones amorosas. (愛を語る、懇ろになる) Cortejar a una persona. Ligar. (女に言い寄る、口説く) Conversar dos enamorados. (恋人同士が語らう)

※注意
以下にいくつかこのテの成句を挙げるけど、こういうのはいっぱいあって、程度が異なると思う。辞書の定義を見て感じた強度の弱い順に並べるとこうなったんだけど、私はネイティブじゃないからこの辺のニュアンスの差ってのはわからない。しかしスペイン語話者だって、これらの成句のどれをどれくらいの求愛行動に採用するのかは人によって違うんじゃないか? 日本語だって、「いちゃいちゃする」と聞いてドコまで進んでるのかは受け手の想像力によると思うんだが、どうだろうか。

≒ tirar los tejos (ほのめかす程度だろうか?)

≒ llevarse al huerto a alguien (もうちょっと直接的に口説きに入る頃だろうか)

≒ hacer la corte,pelar la pava

≒ hacer manitas,meter mano (そろそろ手が出る感じ?)

≒ darse el lote (「Bまで済んだと、アーハハハハハァン ……」的局面か?)


≒ tener un lío,tener un rollo (ひっくるめて「なんやかやある/そうにぅ関係を持った」を意味する?)

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Sunday, December 11, 2005

falsos amigos

「falso amigo」=「偽りの友,嘘っこのおともだち」。………といっても、友人に裏切られたとかいう話をしようというのではないです。スペイン語の「falso amigo」という文法用語(?)について書いておこうというのです。

「falso amigo」というのは:
○語で「  A   」という語は「  B   」を意味するから、△語では語尾なんかを△語っぽくちょっと変えちゃえば同じく「  B  」を意味するのだろうと思って「  A'  」と言ってみたのに、おやまぁ、△語の「  A'  」は「  C  」を意味してしまうのですね、△語で「  B  」を言いたかったら「  D  」と言わなければいけないのですね、

………という語のことです。


例)
英語で「library」という語は「図書館」を意味するから、スペイン語では語尾をスペイン語っぽくちょっと変えちゃえば同じく「図書館」を意味するのだろうと思って「librería」と言ってみたのに、おやまぁ、スペイン語の「librería」は「本屋さん」を意味してしまうのですね、スペイン語で「図書館」を言いたかったら「biblioteca」と言わなければいけないのですね。

例)
英語で「carpet」という語は「じゅうたん」を意味するから、スペイン語で「carpeta」って言っておけばどうせ「じゅうたん」を意味するだろうと思ったのに、おやまぁ、スペイン語の「carpeta」は「書類フォルダ」を意味してしまうのですね、スペイン語で「じゅうたん」を言いたかったら「alfombra」と言わなければいけないのですね。

例)
英語で「embarrased」という語は「どぎまぎしている」を意味するから、スペイン語っぽくしちゃえば同じく「どぎまぎしている」を意味するのだろうと思って、ある男性が「Estoy embarazado.」と言ってみたのに、おやまぁ、スペイン語で「Estoy embarazado.」は「俺は妊娠しているぜ」となってしまうのですね、スペイン語で「どぎまぎしている」を言いたかったら「Estoy avergonzado.」などと言わなければいけないのですね。

………という例が山ほどあるのでした。(※英語に限らず他の言語についてもね)


【参考】
「falso amigo」@Wikipedia (ちょっと「それはおかしくない?」ってツッコミたくなる箇所も無いではない)

英語⇔スペイン語
http://www.elenet.org/falsosamigos/faing.asp?palabras=Falsos

辞書もある。インタースペイン書店で取り寄せてもらえるんじゃないかと思う。
1) DICCIONARIO DE FALSOS AMIGOS INGLES-ESPAÑOL
2) ENGLISH FALSE FRIENDS - PALABRAS INGLESAS ENGAÑOSAS (2 ED.)
3) Diccionario de Dudas y Falsos Amigos del Ingles
4) Diccionario De Termino Equivocos ("Falsos Amigos" : Ingles-Espanol-Ingles/Dictionary of Equivocal Terms) (Miguel Cuenca Villarejo著)※絶版だろうからムリだと思う

5) FALSOS AMIGOS-FALSE FRIENDS (Glenn Darragh著)
False Friends. If thousands of English and Spanish words are similar in appearance and meaning, there exists also an important group of "false friends" (or, as they are known technically, false cognates): words that are similar or identical in appearance in the two languages but very different in meaning. In English, for example, a "suburb" is a residential area where the well-off exactly the opposite of Spanish "suburbio". Falsos Amigos presents more than a thousand such words, words which Spanish-speaking students think they know, but they don't! Numerous examples are provided of the correct and incorrect usage of each word, as well as a series of stimulations exercises. An indispensable study guide and reference manual.


ポルトガル語⇔スペイン語だって、あんなに似てるくせにfalsos amigosがあるから困っちゃうよ。ほら、こんなにたくさんあるってよ

例)
ブラジルの歌で「Pense em mim, chore por mim, liga pra mim, não não liga pra ele. (俺のことを考えて、俺のことを思って泣いて、俺に電話をかけてよ、ダメだ、アイツに電話なんかするな)」っちゅう曲が仲間内で流行ったことがあり、何かというとそのサビんとこを大合唱してたんだよな。それで「ligar (pra) + ダレソレ」は「電話をかける」だと刷り込まれてたんだわ。

だから、スペインに行った最初の最初の頃は、「電話かける……電話……電話……ligar……じゃないよ、スペイン語のligarは違うんだ……」って考える手間がちょっとかかってた。


さて。
話はここから徐々に逸れていきますからよろしく。


「falso amigo」というのとは違うんだけど、似た感じので厄介な語群があったよ。 

○語の「  A  」という語を△語っぽく「  A'  」って言ってみたのに△語にはそんなコトバは存在してませんでした、ってやつ。

例)
「値段が高い」のは英語だと「expensive」だよね。それに釣られて、スペイン語を習い始めた頃に「expensivo, expensiva」って言っちゃったことがあったよ。そんな単語、スペイン語には無いです。「caro, cara」というシンプルな単語で済むのにさ。

例)
ある日の授業中に私は、ポルトガル語の「negligenciar(ネグリジェンシアール)(怠る,おろそかにする,顧みない)」の発音を変えるだけで通じるだろうと思って「negligenciar(ネグリンシアール)」って言ってみたんだよな。そしたら先生が「へ?」ってすんごく奇妙な表情でした。私は堂々と「いや、だから、そのとき私はネグリヘンシアールしたわけですよ」と繰り返したんだが、「あぁ! お前、それポル語から造っただろう」って言われて。


さて。たとえばこういう‘きれいな’対照がある。

英語: preserve [動] 保存する,保護する
西語: preservar [動] 防護する,保護する,予防する

英語: preservative [形][名] 保存力ある,防腐の; 防腐剤
西語: preservativo, -va [形][名] 予防用の,防護的な; コンドーム


それでは、「(人が)保守的な,保守主義の」という語について同様に考える。

英語: conserve [動] 保全する,保護する
西語: conservar [動] 保持する,保存する

英語:conservative [形][名] 保守的な,保守主義の; 保守的な人
西語:   ?     [形][名] 保守的な,保守主義の; 保守的な人,保守主義者

この「  ?   」に何がくるかという話である。ここで「conservativo, -va」と言ってしまう人はけっこういると思うよ。同級生の英語人とかスウェーデン人などが言っちゃってたな。英語の「conservative」に釣られちゃってるのだろうな。「conservative」の各国語バージョンを見るとわかるかと思う。

スペイン語で「(人が)保守的である,保守主義者である」を言いたかったら、「conservativo, -va」ではないです。「conservador, -dora」です。


さて。←また「さて」か。


私がなぜこんな話を書こうと思ったかというと、日本版ポリティカルコンパスの結果がね、まぁ、ほぅそう出ましたかという結果だったのでね。

こういう位置
conservadora

「グラフの縦軸は政治的価値観を示します。上に行くほど保守、下に行くほどリベラル」

「グラフの横軸は経済的価値観を示します。左にいくほど経済左派、右に行くほど経済右派」


あなたの分類は「保守右派」です。
政治的な右度    4.6
経済的な右・左度  0


まぁ、それでね、「conservadora上等」と思ってですね

「conservadoraといえばconservativaと間違う人がいたもんだ」と思い出し

「じゃぁついでに falso amigo のことでも書いとくか」と思いつき……

それでこういう長い記事になったわけです。書き上げるのに何日かかかってるんだ、これ。

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