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Sunday, October 30, 2005

Abre los Ojos / オープン・ユア・アイズ [スペイン映画]

オープン・ユア・アイズ2月に『Nadie Conoce a Nadie』(邦題: パズル)』について書いたけれども、その主演のEduardo Noriega(エドゥアルド・ノリエガ)がここでも主演。

何をどう書くとネタバラシにならないのか……。どこまでが「あらすじ説明」でどこからが「ネタバラシ」になっちゃうのか……。んーっと、『世にも奇妙な物語』で20分くらいにまとまってたストーリーを120分まで引っ張って伸ばしてみました、といった感のある映画でした。夢と現実が行きつ戻りつする、系。


主人公セサル。psiquiátrico penitenciario(精神病患者の刑務所)で精神科医の面談を受けている。セサルはマスクで顔を隠している。『犬神佐清(いぬがみすけきよ)』のようなマスク。

「君は殺人を犯してここにいるんだが覚えてないのか」「覚えてない」。無意識を解明することに事件解決の鍵があると考える精神科医は、夢を説明するようにと言う。セサルは語り始める。彼の説明では夢と現実との境が曖昧である:

父親はレストランチェーンの経営者だったが15年前に事故で亡くなったので、膨大な財産をついだ。車・家・お金・ビジネス・女・顔、何も不自由してない。同じ女と二度‘も’寝ることは無い。男がすたると思ってるから。親友ペラージョは、「お前はサッサと一人の女に絞り込んでくれ。それで、オンナ市場を俺みたいなフツウの男にも開放してくれよ」と。

そんなセサルが同じ女と二度‘も’寝たのにはペラージョも驚いた。相手の女はヌリア。しかし、セサルはやはりもうヌリアを捨てにかかっている。ヌリアはそれを許さない。ストーカー化。

ある夜、セサルは自宅で誕生日パーティを催す。(※スペインでは誕生日の人がホストとなって友人にご馳走を振舞う) 

大勢の招待客。ペラージョは女の子同伴でやってきた。そのソフィアという女の子に目も心も奪われたセサル。どうも本気で惚れちゃったっぽい。そんなセサルの心の動きなどヌリアには丸見え。そして、セサルがソフィアに並々ならぬ関心を抱いたのは、ペラージョだって感じ取らないわけがない。ヌリアはヌリアで、ペラージョはペラージョで、それぞれに荒れ気味の一夜となる。

セサルはヌリアに構うことなくソフィアと親密になった。そしてそれは「親友ペラージョのことも構わなかった」を意味するよね。

ソフィアの家で一晩過ごした。今後を期待できるような別れ方であった。どうも本気で惚れちゃったっぽい。そこへヌリアが車で現れた。冷たくあしらったのだが、乗るようにと食い下がられ、セサルはしぶしぶ乗った。ヌリアは崖っぷちでガードレールに突っ込んでいく。無理心中を図ったのだった。

ヌリアは死んだと聞かされた。セサルは命は取り留めたが顔を失った。頭蓋骨複雑骨折。これ以上の修復はいかなる整形手術を施しても不可能と診断されている。友人との関係を修復することも今のセサルには困難である。ペラージョもソフィアも、セサルとその正視するに忍びない新しい顔に戸惑っている。

絶望・自暴自棄。セサルは泥酔し嘔吐し、死を望みながら路上で眠り込んだ。翌朝、誰かが「Abre los ojos. (オープン・ユア・アイズ)」と囁いた。ソフィアが手を差し伸べていた。ソフィアの愛を得たセサル。二人でベッドでまどろんでいたはずが、夜中に目覚めた時に隣に寝ていたのはヌリアであった………

abre los ojos
なんつかなぁ。
私、こういう映画あんまり好きじゃないんだよね。ジャンル分類で「Thriller」とか「Sci-Fi」とか付されているのに魅力をたいていは感じないです。いや、面白かったけどね。面白かったですよ。でも、もっと、こう、ホンワカしたいわけ私は、映画観るんだったら。これが、それでは、殺伐としていたかというとそういうわけでもないんだが。まぁ、やっぱりこういう映画は別の目的でもなきゃわざわざ観ようとはしないな。今回はblogに書きましょうと思ったからという理由があったから観た、という。

これがあまり楽しめなかったので、勢いで、「Amenábarモノだったら、『テシス(殺人論文)』の方が好きだ」とつい言ってしまいそうだ。ついつい購入さえしてしまいそうである。『テシス』はあんなに怖かったのに。二度と観ないと誓ったのに。しかし、『テシス』はとってもとってもハラハラワクワクドキドキしたっつうのは事実だからな。(※『テシス ~次に私が殺される~』は、『アメナーバル・コレクターズBOX 』にも収録)


Eduardo Noriegaの美しさを舌なめずりしながら鑑賞できた度合いを言うならば『パズル』の方が上だったかもな。『Open Your Eyes』では彼は‘グロテスク’に描かれているのでね。それは何も容貌の話だけじゃないです。彼は事故で美貌を失ってグロテスクになったんだが、内面はというと、事故以前からグロテスクだった。私はああいう男は嫌い。「二度‘も’寝たら男がすたる」と思ってるような男ですよ。嫌いだね。いびつだろ。

で、ついでに言うと、ペネロペ演ずるソフィアも嫌い。ああいう、「自分(のルックス)は多分に魅力的である」という自信に裏打ちされて生きてきたであろう女の振る舞い方の一つ一つは私にとっては憎悪の対象ですわ。

よくね、「あの女、きちんと計算ずくだよね」と陰で言われる女がいるでしょう? だけどね、計算した上でオンナ道を切り開いているオンナならば、まだ幾分かマシですよ。計算はいつかどこかで破綻するから。タチが悪いのは、私の知人にもいましたけども、計算するまでもなく、あのペネロペ=「ソフィア」のように、そこに存在するだけで男を落とすことのできる自分というのをわかりきっているオンナですよ。もうね、そういう血が流れてるオンナ。

この映画、途中まではそういう、唾棄すべき度ではオタガイサマな男と女のラブゲーム展開ですよ。ゲンナリ。私の嫌いな人種が惚れた腫れたやってんの。胸糞が悪い。

(※念のため言っときますけど、こんなの↑私の感じ方が変わってるんだと思いますよ。「ペネロペ可愛かった」っていう声がほとんどでしょう。私、たぶん、ソフィアという登場人物が嫌いなんじゃなくてペネロペという女優が嫌いなんだな。って自覚できた。)

(※ちなみに、「みんなのシネマレビュー」の中で私が唯一最大に「なるふぉど、こういう風にまとめるのか」と読んだのはhttp://www.jtnews.jp/cgi-bin/revpick.cgi?TITLE_NO=1169&REVPER_NO=22626。ネタバレありまくりなので読みに行くのは要注意ですけども)

(つづきはコメント欄で)
(スペイン映画; フランス、イタリア)
Abre los Ojos @Imdb
・98年度(第11回)東京国際映画祭グランプリ受賞作
オープン~@goo映画
@シネマカフェ
オープン・ユア・アイズ@映画生活
オープン・ユア・アイズ @goo映画
オープン・ユア・アイズ@ぽすれん
Alejandro Amenábar(アレハンドロ・アメナーバル)監督
(・これをリメイクした、トム・クルーズの『バニラ・スカイ 』も一応挙げておこうか)

監督: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar
製作: フェルナンド・ボバイラ Fernando Bovaira ホセ・ルイス・クエルダ Jose Luis Cuerda
脚本: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar マテオ・ヒル Mateo Gil
撮影: ハンス・バーマン Hans Burman
音楽: アレハンドロ・アメナーバル Alejandro Amenabar マリアーノ・マリン Mariano Marin
 
出演:
エドゥアルド・ノリエガ Eduardo Noriega
ペネロペ・クルス Penelope Cruz
ナイワ・ニムリ Najwa Nimri

オープン・ユア・アイズ [DVD]
オープン・ユア・アイズ【日本語吹替版】 [VHS]
オープン・ユア・アイズ【字幕版】 [VHS]

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Comments

(1)
セサルのこと嫌いだったんですけど、さすがに「あぁ、可哀想だ…」と思ったシーンがあったわ。そしてそれはこの映画の中で、涙しそうになった唯一のシーンなのですが。

奇怪に歪んでしまった顔でソフィアと公園で再会するシーン。ソフィアは当惑を隠しきれず、冷淡ともみえる態度である。雨が落ちてきてセサルは無理矢理に笑いながら泣きながら、「(君と再会する)夢の中では雨じゃなかった」と言うのでした。

そこだけは泣けた。

(1')
しかしこの同じシーンで、ソフィアのその変わり身の早さが目に付いてムカついちゃうので、涙もすぐに乾いちゃうわけよ。

ペラージョにいい顔してたかと思うと、もっと何かにつけて「イイ」かもしれないセサルにもフワフワしてみせ、ペラージョなんかすぐに却下かよ、と。で、そのセサルが事故で顔も心も歪んでしまったとあれば、すぐに冷たくなり、ペラージョに頼ってみたり……。

そういうオンナ=ソフィアがイヤに見えるので、このシーンの雨の哀しさも消えちゃうんだよなぁ。

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 10:32

(2)
ヌリアはセサルが他の女を欲することを許さないんじゃないんだよな。ヌリアはセサルが自分を要らなくなることが許せないんだわ。似て非なるものだよね、この二つ。

それが現れてるセリフとしては、「No importa. No necesito que me vean contigo. あなたがあの子を好きになっても私は構わない。あなたといっしょにいるところを誰にも見られなくったっていい」って言ってるかな……?

(字幕としては「いいのよ。私は日陰の女でもね」)

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 10:40

【語句など】

(1)
原題は『Abre los Ojos』。英題は『Open Your Eyes』。

『Open THE Eyes』でも『Abre TUS Ojos』でもないんだよね。

なんだったかなぁ。どこかにいい記述が転がってないだろうか。「体の部位を示すのに英語のyourとかmyみたいな所有形容詞をスペイン語では(めったに)使わない」って先生に言われたんだよなぁ。

ちょっと検索してみた:
http://www.ompersonal.com.ar/omexpress/salud/cuerpohumano.htm
En inglés las partes del cuerpo van generalmente precedidas por un adjetivo posesivo (my, your, his, her, etc.):

Me fracturé el brazo izquierdo. I've broken my left arm;
Diana se rompió la pierna. Diana broke her leg.

(2)
オンナをそうも簡単に落とすコツがあるんだったら教えてくれよとペラージョがセサルに聞くシーン。「la fórmula de la coca-cola(コカコーラの化学式)を教えろよ」と言ってる。

これは、「コカコーラのレシピが存在するが企業秘密である」っていう都市伝説(?)のことですな。

「la fórmula de la coca-cola」の検索結果より:
「Los diez grandes secretos del siglo XX ~20世紀の10大シークレット」

La formula de la Coca Cola.
Se supone que en la bóveda de un banco situado en alguna parte de Georgia, Estados Unidos, se esconde bajo siete llaves la receta de la Coca-Cola. Se dice que sólo entre dos y cuatro ejecutivos de la firma saben dónde se oculta el codiciado papel y se rumorea que para cuidar el secreto estos ejecutivos nunca viajan juntos y que entre ellos deben aprobar un sucesor si alguno de los celadores de la gasesosa muere. (コカコーラのレシピはジョージア州のとある銀行の、7重にも錠のかかった地下金庫に保管されている。誰もが欲しがるこのレシピの隠し場所は限られたごく少数のトップの人間だけが知っており…略…)

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 11:04

(3)
大人向けの(おうおうにしてガセネタありの)情報番組にて冷凍保存のことを扱ってる。(冷凍保存会社と契約した顧客は、死んだらすぐにカプセルで冷凍してもらって、蘇生技術が成功するその時代が来るまで眠り続けるのですとか、物議を醸しそうとか、人類初の挑戦なのですとか、倫理的にも人類は成熟すべき時代に来たのだとかウサンクサイことを専門家風の男が説明してる)

司会者は、Pepe Navarro。本人役を演じてる。司会がペペ・ナバロってことは、スタジオセットの具合からみても、この番組は「Esta noche cruzamos el Mississippi」っていう設定かもしれない。

※90年代後半に深夜帯にやってた番組。懐かしー! んーーー、イレブンPMみたいな番組かな。

(4)
ソフィアが「Crionizaciónの番組ね」と呟く。

「凍結睡眠、人工冬眠(SFなどで死体の再生のため腐敗しない状態に保存すること)」という語は、「hibernación」ってのもある。

hibernar: 冬眠する,冬ごもりをする; 人工冬眠を施す(病気治療のため体温を下げて仮死状態にする)。

このhibernaciónという単語は、前にスペイン語書籍の仕事で出くわした単語で、その時に、「人工冬眠ウンヌンという単語であるならば、きっと『デモリション・マン』のあらすじ紹介ページなどで用いられているはずである」と考えたのでした。
↓↓↓↓↓
「demolition man hibernacion の検索結果

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 11:23

(5)
セサルという若者は何もかも揃っていた男で、傲慢な人間なんですよね。おそらくそのボンボン育ちのプライドの高さゆえであろうか、ビジネス上でも敵が多そうな気配がある。女の扱いのヒドさなんて言うまでもなく傲岸不遜だよね。

でもね。

そんなセサルでも整形医師団に対しては「Ustedes(3人称; あなた; 丁寧な言葉遣い)」で一応はしゃべってるのよね。

「保険がきく医療じゃないんだ」とセサルが言ってると思う(※字幕には出てなかったが)。高報酬でこのオレサマが雇っているんだから、金に糸目はつけないと言ってるんだから、この顔を治してくれと。札びらで頬を叩くかのごとき発言ではあるけれども、usted(3人称)でしゃべることは崩さないんだ。

そこはね、育ちのよさを示すものか、知性・常識を有するクラスの人間であるというのか、そういうのを感じたんですが、私はネイティブじゃないのでこれ以上は何とも言えない。

一方、医師はずっとtuteando(二人称)なんだよな。で、ついにセサルは、「¡Deja de tutearme, joder! (「キミ」「キミ」って馴れ馴れしく話しかけるんじゃねぇよ、ちきしょー)」と叫ぶに至った。

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 11:51

(6)
医師団が、精緻を極めた高難易度の手術の様子をセサルに説明するシーン。「職人芸的な技術を施しました」という日本語字幕。スペイン語では「un trabajo de chinos」という成句が用いられている:

un trabajo de chinos
(直訳すると「中国人の作業」)の由来:
> 極度に骨の折れる、複雑で細かい仕事。中国人は根気があると考えられており、芸術分野においては、さまざまな材料と古くからの手法を引き継いで、たいへんに手の込んだ作品を残してきたエキスパートである。

(6')
私、この3月にバルセロナでスペイン人の男友達を連れて日本食レストランに行ったんです。「旬香(Sagristans 5、 93-4124991)」、ほんとにサイコーですから予約して食べに行ってみてください。

それでね。
味もほんとにおいしい上にね、気持ちもいい。お店の従業員には中国人もいるのですけど、キビキビマメマメと働いているのが好感なんですわ。

私と友人は夜遅~くまで残ってしまっていて、そろそろお店は片付けが始まりつつあったのよ。その時に、隅っこの方でね、その中国人ウェイターたちがね、なにか作業をしているのが見えたの。

そのお店では、ランチョンマットとしては、「す」のようなものが使われてたの。巻き簀。ノリマキを巻くのに使うゴザみたいなやつ。

それって、一度お客に出ししたら網目になにかしら挟まっちゃうじゃないですか。それをね一目一目、竹グシで掃除していたのでした。何十枚もあるそれを。一目一目。きっとそれは毎晩の作業なんだよね。

そのリズミカルな手つきに、友人のスペイン人がまず気づいて。見とれてて。私はその視線を追って目撃し。

「……… trabajo de chinos ………!」と小さく叫んじゃったんだよな、私。そしたら、彼も「そー、それ! 俺も今おなじことを言おうとしてた!」と。

文字通り「中国人の仕事」でした。

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 12:18

(7)
よく聞き取れなかったのですが、最後の方で、精神科医とセサルがもめるシーンがあるのよね。その時に精神科医が「この件から降りる」って言い放ったのよ。字幕は「この件から降りる」となってた。

だけど、聞き取れたスペイン語は「Me estoy dejando la piel en este caso.」だったと思うんだよなぁ……。

dejarse [jugarse] la piel: 一生懸命になる,何かに命を懸ける

スペイン語がこれ↑だったならば、「俺はこの件に全力を尽くしてるんだ!」と言い放ったことになるわけで、あの和訳だとおかしいんだけど、どうなのか?

(※パソコン故障中につき再確認不能だし、私にはこう聞き取るのが精一杯だった)

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 12:29

(8)
自分が存在してると思ってるこの現在は夢の中なのかちゃんと目覚めているのか、それがわからないなんて考え始めたら気が狂うよね。気の狂ってしまったっぽい人を街なかでは見かけるけども、彼らはそういう中を生きているのかもしれない。

なんてことを見たと思ってる私が見たのは夢の中なのかもしれないし、こう書いている今の私も実在するのかわからないよね。っていう恐怖は普遍的なテーマなのですかい。

印象的なセリフとして、「La verdad ... puede que no la soportaras. 真実か……君は耐えられないかもしれないよ」っつうのがあったよ。悪夢で無いならば夢の中で生き続けた方が楽、なのかもしれない???

(8')
私、かつてある男を愛してると思いました。でも、相手が私を愛していないとは未だ言ってくれていないと感じてました。ならば愛してないとハッキリと発音してくれ、発音してくれりゃ私は次の人へと行くだけだからと思い、だらだらしてても埒が明かないのでサクッと飛行機に乗って問いただしに行きましたよ。

結局、彼は私を愛してなどいませんでした。

その帰り道の飛行機で折悪しく(?)『ビューティフル・マインド』を観た。あのときの気味悪さったら無かったですよ。

自分はなぜ彼を愛しているという思いを募らせたんだろうか、錯覚? いや錯覚ではなかったですよ、私は彼を愛してましたってば、でもあの私は私だったんだろうか、今飛行機に乗って帰国の途についているこの私は誰なんだろうか、この数日間のできごとは夢なんだろうか、私はいつどこから飛行機に乗ってるんだろうかと、すごく考えさせられたのでした。

イヤな映画やってるなーと苦笑いしながら日本に着いたのでした。

(9)
友人Pelayoをついつい「ペラージョ」と書いてしまったけども、それは私の発音がそれっぽくなる傾向にあるというだけで、ネット上では「ペラーヨ」という表記が多数です。たぶん。

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 13:12

・tocar los huevos: 困らせる
・chatarra: がらくた,価値の無いもの,ポンコツ

ペラーヨ 「¿Te la tiraste? あの女と寝たのか?」(と何度も聞く)
セサル「Y dale. しつこいぞ」

・dar en el clavo: 言い当てる,図星を指す,(言うこと・することが)当を得る

・monada: 可愛い[すてきな]もの[人]
・salvar el pellejo: 命拾いする
・plasta: 厄介な人; 退屈な人

・petardo, da: うっとうしい,しつこい; 飽き飽きさせる
・petardo: 醜い[不細工な]人 / つまらないもの[人],取るに足りないもの; 無能な人

・de reojo: 《主にmirarと共に》横目で(見る)

・comer el tarro a … (人)をうまく説得する,言いくるめる,洗脳する

・desconfiar +DE: ~を信用しない
・confiar +EN: ~を信用する

・chapucero, ra: (人について)仕事が下手な,いい加減な,ずさんな

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 13:28

・犬神スケキヨ風のマスクを取り出した医師団。「これは何だ?」と問うセサルに対し、「ウナ・プロタほにゃららアル」と説明してた。むーー、5回巻き戻しても聞き取れない……

と困った時は、まず想像する。顔全体を覆うようにつけるマスクなんだから、最後の「アル」は「facial」であろう、と。

そして検索。
「"abre los ojos" "una * facial"」で検索する。*のとこに出てくる単語が私が聞き取れなかった答えである。

"una * facial" "abre los ojos"の検索結果

prótesis だそうな。

prótesis: 義歯[義眼,義手,義足など]

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 13:33

Reineさん、 こんにちわ。
"Abre los Ojos”大好きです。アメナーバル監督は自作のテーマは一貫して「死」だとインタビューで言ってました。これはある人間的感情の死のお話、ノリエガのやった役はすでに死んでいるような男だったように思います。
>tocar los huevos: 困らせる
う~ん、このhuevosってのは"Huevos de oro”(ハビエルの映画のタイトル)のhuevosじゃなくて卵のことですね。

Posted by: benita | Sunday, October 30, 2005 at 14:33

こんにちは、benitaさん。ありがとう。

あのね、私、たぶんこの映画のオチ(?)をきちんと理解してないような気がしますよ。最後の30分くらいを巻き戻して早送りして3回4回見たんですけどね。私、たぶん間違ってるんだと思うの。

私、映画を観るのって基本的に苦手作業なのね。こういう、なんつか、「存在とは」「人間とは」みたいな哲学的(?)なテーマを突きつけられると、途端に (∩ ゚д゚)アーアー聞こえないー となっちゃうので。

私の映画鑑賞がてんでなってねーのについてはこのような前科もあるので、油断ならないす

そして「tocar los huevos」は辞書にも「卑」ってなってるので、きっと、「睾丸」を刺していると、もとい、「刺す」はイヤすぎるだろ、「指す」だよ、指していると思います。

Posted by: Reine | Sunday, October 30, 2005 at 18:25

>「tocar los huevos」は辞書にも「卑」
回答ありがとうございました。
ホホホ。「ベル天」は私もはてな映画です。

Posted by: benita | Monday, October 31, 2005 at 13:15

「卑語」っていうと私は『DICCIONARIO DE ARGOT ESPAÑOL (José María Iglesias著)』を見てみるのですが、「huevo」の項の成句に
「tocar los huevos」とあり、意味は「importunar, molestar」となってます。

Posted by: Reine | Monday, October 31, 2005 at 22:41

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