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Sunday, March 20, 2005

miercoles a sabado

明日からはたぶんもうネッツできないと思う。ので、覚えてる限りまとめとかないとマズい。でもだいぶ忘れた。とにかく、覚えてるだけmyMEMO。

水曜日
????   ネッツ
10ヶ月前にメッセンジャーで大喧嘩になり決裂していたTomas。Tomasの友人のAbrahamからいきなりメールが入った。4月にちょっと私に仕事が入ると思う。というような緊急な重要案件。Abrahamにレスをする。「私、いま、いつもの町にいるわよ。携帯の番号は6XX-XXXXXXX」。

15前後 先生の豪邸にお呼ばれしたので菓子折り購入
1.80 バス往復
11前後 ヌードル屋さんで夕飯

食べている途中で携帯が鳴る。てっきりAbrahamかと思ってとったらTomasだった。Abrahamから私がこの町にいると聞いたそうだ。10分後、ヌードル屋さんに駆けつけてくれた。7年3ヶ月ぶりの再会。涙まじりに抱擁。相変わらず本当にオトコマエ。私の人生において、1、2を争うイケメン。「やっぱり、私たち結婚しましょう」となる。10ヶ月の決裂状態はなんだったのか。


そのあとTomás宅でTomasとAlmo(上階の住人)とMarta(その隣室の住人)とBelén(Martaの友だち)とDavid(Martaのともだち)でテレビ(Aquí no hay quien viva)を見る。このテレビドラマはあるマンションの住民一同が繰り広げるテンヤワンヤを描いたコメディー。奇妙な連帯感を有する御近所さん(=マンション自治会)の日常を描いてる。

Tomasたちは、今週は誰の部屋、来週は誰の部屋といった持ち回り制でディナーをするらしい。自分たちのマンションでもこのドラマとおんなじような御近所づきあいを実践するというplayを楽しんでいる、ということか。
aqui no hay quien viva aqui no hay quien viva

Davidはそうやって過ごした3時間のうち、ただの一度も私を見なかった。夜遅く、おいとまする時も、女性陣は皆さん、「あなたと知り合えてよかったわ」というキスをくれたが、Davidは一瞥もくれず背を向けて立ち去った。それは、本当に普通ではない行為。misóginoなのかな?とチラリと思った。(が、どうも違ったらしい。※後述)


木曜
昼、パパがpaella作ってくれた。
paella paella paella paella

前回もそうしてくれた。Antonitaも来た。今度来る時にはAntonitaにはもう会えないのかもしれない。体がもつどうかが非常に心配なところ。83歳だったとは知らなかった。行っても70代前半だと思ってた。Antonitaがスペインのおみやげをくれた。泣きそうだ。早く戻ってこなければならない。お金が欲しい。お金を稼がないといけない。

夕方、Tomasといろいろ買い物。Marioのオフィスに寄る。「検針です」と言ってドアを開けさせた。Marioに、前回来た時になぜ寄らなかったかとひどく叱られる。

町ではセマナ・サンタの準備が進んでいた。赤い幕が目抜き通りのすべての窓にかけられていた。道端に積んであるのはベンチ。これが沿道にズラーっと並ぶことになる。
semana santa

5.00 ショッピングセンターからTomas宅までタクシー
2弱くらい? 乾電池
15くらい? TomasとAlと一杯やる。


Barに行く。ウェイターのNachoから飲み物を受け取るときに「Gracias, guapo(ありがとう、オトコマエ!)」と言うようにと、Tomasに昔のように強要される。昔、いつもそう言い聞かされたものである。「『Gracias, guapo』は魔法のコトバ」(Tomasの理論)。それを言うのと言わないのとでお前の扱いが格段に違ってくるはずだから、と。

Alがbisexualとgayの違いを説明してくれた。Tomasはそういう説明がホントに下手だ。Tomasの説明ではぜんぜんわからなかったものが、Alの説明で少しはっきりとした。レズビアンのBarオーナーに私は気に入られ(たそうで←Tomas談)、3人に大いにかつがれる。

夜、Semana Santaのtraslado始まる。家の前を通って隣のhermandadに入る。ベランダからパパとママが身を乗り出していた。十字を切る人々。
traslado traslado traslado

(電池切れにつききちんと撮れなかった)(というか、私はセマナ・サンタにカメラを向けるのが好きでなく、じっくりと撮らなかったので結局こういう仕上がりになってしまったということ)


金曜
18くらい? 要らなくなったものを日本に郵送して荷物少しだけ減らした

美優ママのお宅に昼御飯目当てでうかがう。絶対無理と思ってた量の大御馳走だったが、しゃべりながらひたすら食べてたらアッサリといけてしまった。胃がデカくなっているような気がしてならない。


夕方、友人Quinoとお茶。1時間弱しかしゃべれなかったがとても楽しかった。日本に帰ったらQuinoのママ宛に一筆したためることを約束。ママの健康状態が心配。

映画『Los Lunes al Sol』の話をふった。
「私のこの町の友達はあなたも含めて非常に良い仕事を持っている。家も買ってある。経済状態も非常に恵まれているように思える。だが、あの映画では人々は職を失い、貧困に喘いでいる。どちらが現実なのだろうか」と尋ねると、ちょっと考え込んで、「僕たちの現実が現実だと思う」と言っていた。「映画だからああいう題材を選ぶわけで、ああいう状況も映画の題材としてはスペインの現状であるけれども、僕たちの現実はそれはそれでまた現状です」と。

「それと、君はきっと友人を選んだと思う」と。それについては私もそう思う。私はこの国での友人を選んで友人になったのだと思う。


15くらい? TomasとAbrahamと一杯やる

美しく写せなかったんだけど、こういうのがtapas(タパス)ね。バーカウンターにこうやってズラーっと食べ物が並んでる。住んでる頃は、夕飯や昼食をこういうので済ませちゃったりしてた。だって少量ずついろんな食材が摂れるから良さそうじゃん。
tapas

たぶんDewar'sのWhite Labelの宣伝キャンペーンなんだろうと思うんだけど、あちこちのbarで目に入ったポスターがこれ。
white label
わかる? 後ろに貼ってあるポスターとこの女の人は同一人物なの。各店のオーナーやウェイター・ウェイトレス自らがポスターに写りこむ、別の店にはその店の人々のバージョンが掲げられているというわけ。飲み歩くのが愉しくなるというか。


飲んでる最中、Tomasとの10ヶ月前のメッセンジャーによる最悪の喧嘩の経緯をAbrahamに説明する流れに。

「いや、だって、この男がさ、メッセンジャーで『Hola』って話しかけてきたかと思ったら、いきなりがあなた、『もう君をリストから外すからな。なぜって君は偽だからだ』って言いやがったからよ。『あぁ、だったら外せや』っつってオシマイよ。当たり前でしょうが。知るかよってもんよ」

「おっまえ、Reine、いくらなんでもそんな風にチャットを切り出す人間がいるわけないだろう。嘘だ。俺、そんなことゆってない」「ばか、そうだったのよ。あなたがそうやって始めたのよ。喧嘩をふっかけてきたのはあんたなのよ」「ちがうよ」「ちがくないわよ。あんた、覚えてないっつうんだったら、あん時それじゃぁ酔っ払ってたのよ」……しばし水掛け論。

Abrahamにどっちを信じるかと二人で質問したら、「俺は…Reineを信じるな。日本人は嘘つかないから」。

「そうよ、日本人は嘘をつかないの。あたしたちにはね、サムライのスピリッツが流れてるわけ。サムライは嘘つかないの。つまり、今だって、あたしはホントのことを言ってます。日本人はね、サムライなの、サムライ。俺ら日本人は、嘘つかねぇんだよ」と私が言い放つと、Tomasが負けじと、「お前がサムライスピリッツだっつうんだったら、俺だってね、俺だって、スペイン人はね、えっとえっと、ドンキホーテのスピリッツが流れてるんだから!」と言い返す。

そこで、Abrahamと私、思わず目を合わせて、「ドンキホーテは……頭ん中、妄想だらけだぞ……」と。Tomasもげらげら笑って黙り込むしかなかった。真実を述べていたのは私であるということがはからずも証明(?)されることとなった。


その後、Almo合流。飲んでてTomasとまた喧嘩になりそうになる。だが、もういいのだ。この人はそういう人なのです。AbrahamもTomasに、「Reineがおまえに頭に来たのが俺には十分に理解できたと思うぞ」と言ってた。そんなこんなでしゃべってたら、後ろのテーブルにMigel Angelが居た。7年3ヶ月ぶりの再会。また泣きそうになる。

その後、またNachoの居るBarへ。また「Gracias, guapo」と言わされる。Tomasのセオリーもあながち外れてはいなくて、実際、「Gracias, guapo!」って言ってあげると、たいていのウェイター(セクシャリティ不問)は悪い気はしないようで、わりと愛想良く接してくれるようになるものですわ。

で、レネヤマ、Nachoにligarされる(=ナンパされる,口説かれる)。「まだ帰るな、俺はまだ仕事が残ってる」と手を握られ目をシッカリ見つめられ熱く語りかけられる。「ほら見ろ、効き目があるだろ?」と得意気なTomas。


Tomasの女友達という人物が、私とAlmoには目もくれず、TomasとAbrahamだけを相手にしている。Almoが、「ああいう女をlobaって言うのよ、覚えときなさい」と。女の中には、そういう女(男だけに愛想よくして女はいっさいシカトっつう類)が居るっつうのは、日本だってどこだっておんなじことなのだが、あそこまでアカラサマにやってのけた女は滅多に居ない。興味深い。

「そういえば、Davidがね…」とAlmoに話しかけた。
「先夜、Davidは私を一度も見てくれなかった。女が嫌いなのかしら? 私が気に食わなかったのかしら?」と聞いたところ、Almoが真剣な顔で、「彼はね、極端に恥ずかしがり屋なの。誰に対してもはじめはそうなのよ。私とも仲良くなるのにずいぶん時間がかかったのよ。女に対しても、男に対しても、ゲイに対しても、彼はうちとけるのにたいへんに時間がかかっちゃう子なの」と。

そういうことだったのかと、Davidがいじらしくなる。「それにしても……オトコマエよね」と呟くと、Almoも「ほんっとに美形でしょう」と溜息。「残念ながら、gayなのよね」と二人で溜息。


ひたすらambienteバルめぐり。(注: ambienteという語の解説はこちら
また別のところでcamareroの若い可愛い系の男の子に「Guapo」連発させられる。Tomasが言え言えとうるさい。私が注文するたんびに「Guapo」と言わされる。しかし私がそう言ってあげるたんびに相好を崩す男の子。たまんねぇ。けど、彼もまたgay。いかんともしがたい。

もう一人のウェイターは体を作りこんでいた。Almoが、「彼みたいな人はvigorexico」と教えてくれた。anorexiaが拒食症ならば、vigorexiaは「ボディビルとかに強迫観念のある人のこと」。のようだ、察するに。「vigor=力強さ,活力」という語から造られた用語だろう。


土曜
昼から、Abrahamとしゃべっていたうちはまだ幾分大丈夫だったが、その後、MarioとTomasとClaudioと合流した頃にはアレルギーがひどくなっており、呼吸もままならず、目も開けていられなくなったので、昼御飯は断って帰ってひたすら寝る。

11くらい? ヌードル屋さんで夕飯

長女がお別れに立ち寄ってくれた。次回は私は夫を連れてくるようにと。そして、かなうものならば、互いの赤ちゃんを見せ合おうと。しばし抱擁。泣きそうだ。

荷造りをさきほど終えた。次女がいったん帰宅して、明日早朝に私が起きる時にはちゃんと自分も起こしてくれと言う。「いや、早すぎるから起こしては申し訳ないから、一人で発つ。もうタクシーを呼ぶ支度も整えてある」と言うと、「あんた、明日の朝起こしてくれなかったら、二度とこの家の敷居をまたがせないわよ」と叱る。


明日にはこの町を離れる。できるだけ早く戻ってくる。必ず帰ってくる。泣けてくる。


そして………三女はどこへ? かれこれ30時間、あの娘は家に帰っていないぞ。
___


土曜の夜、それもセマナサンタのバケーションを間近に控えた土曜ということで、若者は夜通し町で遊んでました。夜中の3時4時に、東京の真昼間の雑踏のような大騒ぎでした。一晩中ガヤガヤガヤガヤ聞こえてくる。なぜって、お店に入らないで道端や広場でみんな好き勝手に仲間同士で飲んでるからです。

町一番の広場が若者で埋め尽くされてる写真は残念ながら撮れなかったのですが、たとえば夜中の3時にこういう感じ。道端でみんな昼下がりみたいに立ち話してるでしょ。車はひっきりなしだし。あぁ、ほんと、あの広場の夜中3時4時の状況を見せてあげたい。
plaza

mona、9月にこの町に行ったりしたらさ、撮って来てよ。

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