Carne Trémula / ライブ・フレッシュ [スペイン映画]
誰が誰を愛し誰を憎んでいるのか、その愛と憎のベクトルの変化が忙しい物語。
―1970年1月―
静まり返った夜のマドリード。みすぼらしいpensión(つうか売春宿)から叫び声。
■Isabel(=Penélope Cruz)
若い娼婦(1947年8月7日生まれという設定なので、この時点では22歳5ヶ月くらい)。陣痛で苦しんでいる。
売春宿のやり手ババァ(←尊称)が付き添って表に出るが、フランコ政権の非常事態宣言下なので通りを歩いてる人などいない、タクシーも走ってない、救急車も出ない。ババァは回送のバス(EMT交通)を体を張って止めた。僕は死にましぇん状態。Isabel、バスの中で出産。ババァ大活躍。ババァ、バス運転手に言いたい放題。
赤ちゃんが無事に生まれ、バスは病院へと急ぎます。この時、バスが立ち去ったあとの塀んとこに落書きが見える:
LIBERTAD (自由を)
ABAJO EL ESTADO DE ESCEPCION!(非常事態宣言を撤回せよ!)
(メモ)
・ESCEPCION ⇒ EXCEPCION
・abajo=~を打倒せよ、Down with ...
・estado de excepción=非常事態
赤ちゃんはVíctorと名づけられる。
―20年経過 (1990年)(ここまでで映画はまだ9分。ゼェハァゼェハァ)―
■Victor(20歳)
いい暮らしをしているわけじゃない。つい先日童貞を卒業した。相手はElenaというイタリア人。ジャンキーだけど実にいい女だった。また来週会いましょうよということで、コースターにキスマークをぶっちゅ~~とつけて電話番号までくれた。
今夜VictorはイソイソとElenaの家(@Eduardo Dato通り、18番地)に向かう。
■Elena
イタリア領事の娘。今夜は薬が切れてイライラ。camello(=売人)がcaballo(=ヘロイン)を持ってくるのを待ってる。そんなところへVictorがヤル気まんまんで来てしまいトラブルになる。揉み合いパニクるVictor。近隣からの通報を受けて刑事が二人駆けつけた。
■Sancho(40歳)
「女房Claraがどうも浮気してるようだ、このままじゃぁ俺はClaraを殺してしまうかもしれない、いや、相手の男を殺すっていうのもアリだ。だけど肝心の相手がわからないんだ」と呻く。
嫉妬が嵩じてClaraへのDVは激化している。酒に溺れ、勤務中にもウィスキーが手離せなくなっている。今夜も荒れており無茶な捜査を通そうとする。
■David(25歳)
Sanchoの烈しい吐露を目の当たりにし動揺もしたが諌める。冷静にこの状況に対処している。
銃声が一つ。Victorが持っていたピストル。撃たれたのはDavid。
―2年経過 (1992年)―
TVではバルセロナパラリンピックの車椅子バスケの試合放映。スペインチームを勝利に導くcanasta(=ゴール)を決めたのはDavid。大活躍である。湧き立つ観客席には妻Elena。ドラッグに溺れていた影は無い。国民的ヒーローとなったDavidと抱き合うElena。二人の幸せが大写し。
parchís(=すごろく)やdominóに興じる男たちの喧騒の中、David・Elena夫婦をTV越しに睨みつけるVictor。刑務所にぶちこまれている。
♪
俺が苦しんでいるのとおんなじだけアンタに苦しんでもらいたい。それが叶うんだったらいくらでもお祈りするよ。アンタがどんだけくだらない存在か思い知るがいい。どうか死んでくれますように。アンタが囚人みたいに窓にかじりつくようにして、やっと見えた景色が道端の石ころだけだったらいい気味だ。どうか死んでくれ。
♪
Alberto Pla (Pla か Plá か)?の『Supone Fonollosa』というアルバムの?『Sufre Como Yo』という曲? 『Yo quiero que tú sufras』?(ttp://www.cidhem.edu.mx/trovadictos 辺りで聴けてしまうな)
まぁ、こりゃたしかにハラワタ煮えくり返るわな。誰のせいで俺は刑務所に居るのか、と。で、てめぇらは今やヒーローヒロインですか、と。
母親Isabelからの手紙:
母さんはガンです。おまえが出所するまで生きられそうにない。おまえとはなにもかもわけあって生きてきた。母さんの人生は惨めでした。おまえと撮った写真と新聞の切り抜きを送ります。
母への返事:
お母さん、俺はドラッグもやってないしHIVにも感染してないよ。ここでいっぱい勉強しています。教育学とか神学とか……略……聖書を読んでいます。勉強で頭の中をいっぱいにしておかないと気が狂いそうなんだよ。
机の上には母から届いた写真や切り抜き。そして、Elenaのキスマークがベッタリついたコースター。まだしっかりと持っていたのだな。教養を身につけ、知識を蓄え、ひたすら身体を鍛えるVictor。出所まであと4年。臥薪嘗胆。
―1996年、Victor出所―
母の死に目にはあえなかった。母は1994年11月1日に死んだ。享年47歳。Victorは母の墓に出所の報告をする。ちょうどこの日、同じ墓所でElenaの父の葬儀があった。参列に紛れ込みElenaにお悔やみのキスをささげるVictor。Elenaの表情が凍りつく。
その墓地でVictorはSanchoの妻Claraと知り合ってしまう。錯雑する5人の人生。
___________
(語句メモなどはコメント欄)
(スペイン映画/フランス)
・(邦題: ライブ・フレッシュ)
・Pedro Almodóvar(ペドロ・アルモドバル)監督
・Javier Bardem(ハビエル・バルデム)、Penélope Cruz(ペネロペ・クルス)他
(参考)
・Carne Trémula @IMDb
・ライブ・フレッシュ@映画生活
・ライブ・フレッシュ @goo映画
・ライブ・フレッシュ@シネマカフェ
・原作 『引き攣る肉』 Ruth Rendell (ルース・レンデル)著
・スペインで購入(12ユーロ)(1ユーロ=130円くらいだった)
・Carne Tremula (ペーパーバック)
・Carne Tremula - El Guion (Los Jet De Plaza & Janes)(ペーパーバック)
・ライブ・フレッシュ【字幕版】 [VHS]
・ライブ・フレッシュ【日本語吹替版】 [VHS]
監督: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar
製作: エステル・ガルシア Esther Garcia
原作: ルース・レンデル Ruth Rendell
脚本: ペドロ・アルモドバル Pedro Almodovar レイ・ロリガ Ray Loriga ホルヘ・ゲリカエチェバリア Jorge Guerricaechevarria
撮影: アフォンソ・ビアト Affonso Beato
音楽: アルベルト・イグレシアス Alberto Iglesias
出演:
リベルト・ラバル Liberto Rabal: Víctor Plaza ビクトル・プラッサ
ハビエル・バルデム Javier Bardem: David ダビッド
フランチェスカ・ネリ Francesca Neri: Elena エレナ
アンヘラ・モリーナ Angela Molina: Clara クララ
ホセ・サンチョ Jose Sancho: Sancho サンチョ
ペネロペ・クルス Penelope Cruz: Isabel Plaza Caballero イサベル・プラッサ・カバジェロ
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Comments
ここからはネタバレあるかもしれない
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(1)
冒頭も冒頭、「マドリード、1970年1月」と字幕。作業員がクリスマスのイルミネーションを外しているようだ。
1/6は顕現日(the Epiphany)。スペインの子供たちはクリスマスのPapá Noel(=サンタクロース)より、1/6のReyes Magos(=東方三博士)を楽しみに待ってるんじゃないだろか。どっちだろか。両方なのか。12月に入ると街じゅうにイルミネーションが飾られて、1/6のReyes Magosの日が終わるとテキパキ片づけてたような記憶がある。
だから、この冒頭のシーンは1/6以降なんだろうと思う。たぶん。
(2)
ババァが生まれたてホヤホヤのVíctorを抱き上げてバスの外を見せる。「見てごらん、マドリードだよ」。で、窓の外に浮かび上がるアルカラ門(たぶん)。
このシーンは好きだね。グッと来るね。マドリード知らないけど、こう、熱いものが胸に来るね。
(3)
バス会社からこの母子に生涯タダ券がプレゼントされた。「Le aseguramos al impaciente jovencito una "vida sobre ruedas". 慌てん坊なこの赤ちゃんにスムーズな人生を保障するものであります」
(メモ)
・成句 ir sobre ruedas=物事がすらすら運ぶ、to go or run smoothly
・ruedaが「車輪」の意味だから、なんつうか、「車輪に乗っかった人生を保障します」で「バスの生涯タダ券」と掛けてんの? かな? という気もする。
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 21:22
(4)
現場に踏み込むDavidがSanchoに‘ワゥキィ’をよこせと言う。Walki、つまり‘Walkie Talkie’=トランシーバー。
スペイン時代の学校で、日本人男子の「たかゆき」とか「たかあき」といった名前を外国人のクラスメートが憶えられず、「Walkie Talkie」と呟いていたのを私は知ってる。
(5)
Elenaの家のTVでついてたのは『Ensayo de un Crimen (The Criminal Life of Archibaldo de La Cruz)』(by Luis Buñuel)
(6)
ElenaがDavidに惚れるシーンはゾクッとした。スローになるからか? ずいぶんと単純だな>我
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 21:59
(7)
肌にしみついた前夜(~朝)の相手の匂いをシャワーで流してしまう前にとことん嗅ぐシーン。あれ、すげぇわかる。うん。たしかに。simijimily。
脱いだ服を脱衣カゴに入れといてまだ洗ってないときに「これで最後だ」って思いながら取り出してもう一回だけ嗅ぐね。あぁこれで最後だって。
好きで好きで、やっとできて、でもきっとこの先は無いし、っつうか会うことも無いだろうというケース、最後の最後まで匂いを嗅いで、記憶に焼き付けようとする。
手っ取り早いのは、相手の香水を憶えとくことで。どうしようも無くなったら香水売り場に行けばいい。んだけど、違うんだよな。香水がグッと来るんじゃないんだ。心が求めてるのは香水じゃなくてその香水をつけたときのその人の体臭だもんな。
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 23:10
あーもうダメ。もうネタバレ避けられそうにない
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(8)
服役囚が自分をその境遇に追い込んだ人間への復讐心を募らせて刑期中に教養・体力を蓄える……
…って聞くと『ケープ・フィアー』かい?って一瞬思ったりしちゃったんだけど、そうじゃない。「あ、ちがうのね」っていうわかりやすいシーンが2つ来る:
(8')
Atlético de MadridのCaminero(=José Luis Pérez Caminero)のゴールシーン。ゴールが決まるとついつい大はしゃぎし、同じチームのサポーターには愛想がいいというスペイン人男性っぽいシーン。
(8")
「Quiero llegar a ser el mejor follador del mundo. 俺は世界一のファッカーになりたいんだ」というセリフ。
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 23:13
で、ほんとのネタバレ(読まない方がいい)
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(9)
IMDbの『Carne Trémula』のMessage Board:
疑問です。なぜClaraはVictorにマドリードから逃げろと言ったのですか。自分とVictorの関係に夫Sanchoが気づいたと、どうしてわかったのですか? Sanchoがそれを知った時点で、既にClaraは家を出てしまっていたでしょう?
これ、あたしもおんなじこと思ってたんだよね。ゆうべDVD観てる最中にアレ?って。字幕無しで観(ようとし)てたから、私がどこかを見落としたのかもしれない。
でも、昨夜はDVD停めつつ巻き戻しつつ見てたし、コマゴマとメモを取ってたしなぁ。そのメモを眺めてるんだが、やっぱり時系列で追ってくと、それは謎になってくるんだぜ?
「夫Sanchoの性格からして情事の相手を突き止めるのにそう時間はかからないだろうとClaraは予測ができていた」という答えしか無いんだろうな。
まぁ、それならそれでいいけども。おんなじとこでひっかかってる人がいたとわかって面白かった。
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 23:31
これも読んじゃダメ
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(10)
このメモをあなたのいちばん大切なものといっしょに聖書にはさんでおきます。あなたがこのメモに気づく頃、私はもう死んでいるか逃げているかでしょう。責任を感じたりしないで。同情もしないで。
あなたの家の扉をノックしたときから、この町みたいな廃墟のような結末に辿り着くだろうというのはわかってました。でも後悔していないし、あなたを責めもしません。あなたと知り合う前からとっくに私はこうして消えなければならない存在だったのです。
鍵と、ほんのちょっとですがお金を置いていきます。Sanchoから急いで逃げてきたのでこれしか持ってこられませんでした。
Madridを離れて。あなたが今こそMadridにいたいと願っているのは私にもわかります。Elenaもきっとわかってるでしょう。どうか無事にSanchoから逃げて。彼に刃向かったところであなたにはメリットは無いのよ。
あなたや私のような人間は殺すために生まれてきたんじゃないの。人を傷つける性質(たち)かもしれないけど、人を殺すかといったらそれはないでしょう。
Sanchoが来たわ。あのドアの叩き方はSanchoだわ。さようならVictor。
___
ダメだ、さっきのmp3聴きながらこれ書くと泣ける…。
Posted by: Reine | Sunday, November 21, 2004 23:48
ようやく少しスペインでの生活にも慣れてきたなぁと余裕が出てきた頃に、たまたま数日間だけリバイバルで近所の映画館で上映されてたのを見たよ。
映画館に行ってみようということ自体が自分の中ではかなりの進歩だったんだが、それでもやはり、当時は細部がまるで分かってなかった。
そんなわけで、この映画、ときどき探すんだけど、日本でDVDになってんの?日本でも上映されたことがあるからDVDになってんのかなと思って探すんだけど見たことがない。
ちなみに、滞在後半に見た映画はだいぶ理解できてた。例えば「トゥルーマンショウ」なんかは帰国して英語音声、日本語字幕で見直した時に「あぁ、ここはそういうことだったのか」という部分がほとんどなかった。もっとも「恋に落ちたシェイクスピア」なんかはセリフのほとんどを理解できてなかったけど(映画なので大筋は理解できる)。
Posted by: Abetchy | Wednesday, November 24, 2004 02:06
>映画なので大筋は理解できる
↑
そう、そこね。そこがね、映画の困っちゃうとこだよね。わからなくてもわかれちゃうのが、ホントのホントにわかりたいと思ってる人には逆に邪魔というか。
スペインに来て1年半が経過してた友人が、スペインに来て3ヶ月も経ってない子といっしょに映画を観に行ったんだ。
友人は一字一句を聞き取ろうとしてたのね。すべてのセリフの「a」だの「un」だのまでを精確に聞き取りたかった。そういう風に頑張った場合、「35%くらいしか聞き取れなかったかも」っていうのは真っ当な数字だと思う。
そしたらその子がしゃあしゃあと「えーーーっ? 私、7割8割は理解できましたよーーっ?」と言ったらしい。
____
私は、25ヶ月くらい経ってた時に観た『Martín (Hache)』がマジでわからなくて相当にヘコんだ。俺の25ヶ月、何だったんだろうと。
Posted by: Reine | Friday, November 26, 2004 13:57
でも、映画を見ることによって、シチュエーションに最もふさわしい表現というのはかなり学べたよ。ニュアンスとか。
Que' va. なんて、あぁこういう場面で使うんだ、って思った。
まるでネイティブの子供がそうやって覚えるように、さ。
何割理解できたかってのは主観的なものだから、どこに個人的な目標水準を設定するかで数値は全く変わってくるんじゃない?
3ヶ月の子の8割は1年半経過してた子の水準でいうと5%ぐらいだったんじゃねーのか。そういう低い水準で目標を設定して満足できる子はある意味幸せなんだろうとは思うけどね。
自分は時々小さいメモ帳持参で映画館に潜入してました。
お、これは!と思う表現が出て来ると暗闇の中で書き取って、帰宅してから調べてた。メモしなくても覚えたりできたけど。
Posted by: abetchy | Saturday, November 27, 2004 00:26
> 自分は時々小さいメモ帳持参で映画館に潜入してました。
これぼくもブラジルでやりました。
映画はトータル・リコールだったからポル語の字幕を書き写してたんだけどね・・・
Posted by: C | Wednesday, December 01, 2004 12:54
でも、ほら、我々の先生もそう言ってたじゃないですか。ブラジルに行ってるとき外国映画を観に行ったって。字幕が流れていく(?)から、出てくるはしから単語を理解していかなきゃならなくて、それはたいそう勉強になったとかなんとか。
大学に入って間もない頃の授業でそのようなことを話してくれたような覚えがあります。(しかし、それ以降の授業の記憶はあまり無いです。どうしたことか。)
Posted by: Reine | Wednesday, December 01, 2004 13:38