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Sunday, October 01, 2000

Mi primer viaje 初めての旅行 [第7章] ポルトガルへ…

第6章の猛者は怒って立ち去った

私はいよいよポルトガルに戻るのだ。セビーリャまで来た道の逆回りコースを辿りました。来た道を戻るだけだから今度は楽でした。勝手知ったるといったところ。

これについては大学の先輩に驚かれた。「あぁ、Reineって、そういうこと平気な方なんだ? 来た道を戻るんだ? 俺、絶対だめだな、そういうの。また別の道を探したくなるけどな」


それはわからなくもないのです。でも、私は、ほら、スペインのガイドも地図も全く携行してなかったのでね。リスボンから右下に行けばセビーリャという認識でしかなかったから。(第2章参照) しかも、ポルトガル旅行っていう当初の予定がどんどん遠のきそうで、その時は新たな道を探したい気分ではとてもなかったのです。

vila realあっ、でも、そうだそうだ。そう言われてみると、違う道をちょっと使ったんだった。ちょっとだけね。

アヤモンテからフェリーで国境を越えるところまでは単に逆コースを辿っただけだけど、ヴィラ・レアウ・デ・サント・アントニオからファーロまではバスでなく電車にしたのでした。ちょうどその時に電車が発車するとこだったので飛び乗ったのでした。(写真は、発車する電車の窓から撮ったと思う)

大草原の小さな家みたいな光景の夕暮れ時をひた走ったのですわ。あの電車の旅もよかったです。そしてファーロで夜8:00くらいになってしまったので降りました。


もう夜遅くにさまようのは懲り懲りだからな


barco
写真は、時間が前後するがスペイン・アヤモンテのフェリー発着場。ここからファーロまでずっとアメリカ人のカップルといっしょだった。ファーロ駅からタクシーにいっしょに乗せてくれた。

彼らはたしかHotel Evaに泊まったけれども、私はペンションを探したよ。

所在地とか地図から考えて、たぶん「Pensão Residencial Oceano」だと思う。
Travessa Ivens 21
8000-474 Faro
telefone 289 823 349


faro翌日、ファーロから逆走しOlhão(オリャオン)に行きました。(写真は、たぶんFaroの建物。あの頃の写真はいったい何を撮りたかったのかさっぱりわからない)


オリャオンではますます日本人が珍しかったらしく、私が街を歩いていてフト振り返ると、子どもたちがワラワラと道に出てきては私を拝んでいました。ビルマの竪琴みたいに。「お手手の皺と皺を合わせてなむぅ」スタイルで。


オリャォンに2泊して、やっとリスボンに戻りました。
そこで街角の現金引き出し機でお金を引き出そうとしたんだが、なんだか何度も失敗したの。そしたら真面目そうな女の子3人組(ポルトガル人)が近づいてきて、やってくれました。その時、私、暗証番号教えて彼女達に叩いてもらっちゃってたんだ。直後に「これって、かなりマズいよな」って気づいたけどさ。だって、その後、襲われてそのカード奪われたらおしまいじゃないねえ?

でも、これは本当にラッキーとしか言いようのない出来事なんだが、彼女らは困ってるアジア人を純粋に助けたかっただけだったらしく、手を振って去っていきました。ありがとう。

お金を手にしてフッと一息ついてみたらまだまだ陽が高かったので、ちょっと考えて、「よし、今日のうちにシントラ入りしちゃおう!」と一気に電車に乗りました。


しかし……。電車がリスボンを出て間もなく霧が立ちこめてきましてね。シントラに夕方に着いたら、1メートル先も見えにくいくらいの濃霧でした。


これはホントに。


人生最濃の霧。


最濃。


シントラは、電車の駅から街の中心街(ツーリストインフォメーションのオフィスとかがあるところ)までが異様に歩くじゃないですか。もうツーリストオフィスも閉まりそうな時刻だったので、私は坂道をぶんぶん歩きました。そして、Officeに着いたら、「CLOSED」の札を出そうとしてるとこで。慌てて地図を貰って「ペンション」の場所を訊いたのだけど、スタッフも早く上がりたいのか、詳しく教えてくれなかった。


それで、一人てくてくと歩き始めたんですけどさ…。

濃霧だし、かなりの簡略地図だったんで、私、ぐんぐん迷って行ったのです。どんどん森の中に入って行っちゃったのね。1メートル先が見えない程の濃霧の中をね。ぐんぐん。8キロくらいの荷物を背負ってね。「かなり間違えている……」っていう自覚も無いでは無かったんですが、「いや、でも、地図だとこんな感じだ」とも思ったので。 

そこで引き返したらますます夜に突入してしまうと思ったので、進んだ進んだ。しかし「歩けども歩けども、我が暮らし楽にならざり」なんだ。


その時さ………

………


こrrrろっ、こrrrろっ」っていう奇妙な音が上の方からしてきたのね。「?」と音のする方を見たら、道路脇の高い塀のとこにチッコイチッコイお爺さんが乗っててさ、「こrrrろっ、こrrrろっ」っていう妙な音は彼の口から発せられていたのだ。


それで、その爺さん手招きするのよ。


ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

「…もっ、森の小人だっ!」
「コロボックルかっ?」
「gnomeとも言うかっ?」


……などとパニクった私は、わき目もふらずどんどん進んじゃった。「怖ぇぇぇぇよぉぉぉっ」っつって、ポロンポロン泣きながら歩いてったのです。もう、あれだよ、アニメとかで振り子みたいに涙がブランブランしてる絵があるでしょ? あんな感じあんな感じ。

一発貫太クン?の涙がボロロロローンって振り子のようにぶら下がるかの如く。(と言ったら友人から「それって、いなかっぺ大将の大チャン?」と言われた)


そのとき道路脇の霧がすーっと晴れ、 『空 き 部 屋 あ り ま す』 という看板が見えた。そこにはぼぉぉぉぉっと灯りの灯った古宿が浮き上がってきたのですわ、濃霧の中に、そこだけ晴れてて。


あなた、そこに泊まる勇気、ある?

「『世にも奇妙な物語』とかだと、こういうところに泊まっちゃうと『奇妙な世界』に入っちゃうんだよっ。帰ってこらんないんだよっ」って思った私は、ようやくそこで引き返す勇気を得たのでした。もう、8キロの荷物を背負ったまんまぶんぶん走ったっす。インフォメーションオフィスまで、脇目も振らず。

いや、脇目、一度だけ振りました。さっきの「森の小人」がいるかどうか、それだけは横目でチラッと確認した。居なかったけどね。


結局その夜は、インフォメーションオフィス脇の4ツ星ホテル(Tivoli Hotel Sintra)に泊まったのでした。やけっぱちで、あなた、翌朝にはバスローブ着てルームサービスなんか取っちゃって。阿呆かと。もう、大変に豪奢な卒業旅行に成り果てていました。散財続きです。


やっぱりあれです。「今日のうちに」とか「なるべくリーズナブルな宿を」とか言うのはやめた方がいいね。行き当たりばったりな旅はよくないです。たとえばリスボンに到着した昼下がりにリスボンで一泊するっていう決断をしとけば、こんなに怖い目に遭わずに済んだだろうな。そして、今こうしてこの文を書いていることもなかったのだろう


友人がこのあいだメールをくれたのです:
「濃霧の森で引き返す勇気を出してよかったんだよ。ブレア・ウィッチ・プロジェクトの子達は、迷ってるかもって思ってたのに意地はって突き進んじゃってたいへんに怖い目に遭ってたのよ」


このセビーリャ~オリャォン~シントラの旅以来、私は、「新しい街に昼3時過ぎに到着した場合は、宿代に糸目はつけない」を鉄則に旅をするようになりましたよ。「急ぎの際は飛行機利用もやぶさかではない」と言うのも。


以上です。卒業旅行らしいエピソードがほとんど無いようですが…。


写真は準備中。といってもろくな写真がない。当時はなんだかよくわからない写真ばっかりだ。


卒業旅行顛末
1章: リスボン着 
2章: セビーリャを目指す
2章の補足 位置関係
3章: セビーリャ 朝~昼
4章: セビーリャ 夕~夜
5章: 余談
6章: セビーリャを去る
7章: ポルトガルへ

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