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Sunday, October 01, 2000

Mi primer viaje 初めての旅行 [第4章] セビーリャ(2)

3章でヒラルダの塔に登ってまでみたのにM子・K子には会えなかった。16時を過ぎた頃、私は黄金の塔に行ってみた。

だって、当初の約束の待ち合わせ場所はそこであり、しかもその日の17時~19時だったのですよ? M子達は来る筈だと思うでしょうが。昨日会えなかったのなら、今日、本来の待ち合わせどおりに来るはずだと思うでしょうが。


cocheその時私は、見なくてもいい観光馬車を見てしまった。観光客を乗せて街中の観光スポットを走る馬車。

キラリン! 私、ひらめきました。

おじさんとの交渉に入りました。これで街をまわればどこかしらで彼女たちを目撃できるかもしれないと思ったのです。

値段は街を一周で3500ペセタ。その日の新たな宿(=『拠点』とやらに決めた安宿)は3000ペセタ。一泊分よりも高い馬車料金なのよ。悩んだとも。だが、ここは一つ腹括って乗るしかあるまい。


この旅行、『腹括って』ばっかりじゃないか。


乗りましたよ、しかも助手席に乗りましたってば。馬車に乗ろうとしたとき、運転手さんが足で踏んでカランカランと鳴らして馬に合図を出す鐘のボタンを、私が何度も踏んでしまったので、そのたんびに馬クンがぶるるるっと言いました。

のちのちこのセビーリャ旅行の件を友人に話したけど、さおりちゃん(仮名)のお気に入りシーンは、私が国境の川べりでパンを貪るところらしい(第2章)。他の友人に話すときに私がそこを割愛すると脇で聞いてて叱るのよね。「あれ、言ってくれなきゃヤだ、パンを食べるとこ。ちゃんとあそこしゃべってよ」って。

そして由梨絵ちゃん(仮名)のお気に入りシーンは、この馬車の助手席らしい。

「だって、外人観光客が家族連れで乗ってるのなら見たことあるけど、未だかつて‘独りで’乗ってる人って、あたし見たことないよ?

しかも、あんた、助手席って。

……家族連れの末っ子とかがはしゃいで乗ってる席だよ、あそこは」


馬車は走り出した。

私は‘目を皿’である。御者のおじさんの説明なんて聞いちゃいない、そもそも理解しちゃいない。「これが○○像」って言われれば「はぁ、○○像ですか…」、「これが○○公園」って言われれば「はぁ、○○公園ねぇ…」ってオウム返ししていただけだ、いま思い返すと。

だからたとえば、今これら2枚の写真を見ても、なんの建物/像なのか、私には見当がつかないのね。誰か、名称がわかったら教えてください。
estatua edificio


私の目線は絶えず行き交う人々を追ってました。凝視です。M子たちを見かけるんじゃないかと思って。

でも、馬車も徒労に終わった。3500ペセタの散財。


torre再び黄金の塔に戻り、私はジッと待った。その時、日本人の男の子2人組Aさん・Bさんに声をかけられました。

彼らはセビージャに詳しく、こういうふれあい(?)が好きだったようで、「なんだか面白いじゃん」と言った。そして目についた日本人の若者を捕まえては、片っ端から声をかけ、M子&K子探しツアーを組んでくれました。

どんどん日本人の子が集まってきて、「さっきあっちの方へ歩いていく似たような2人組を見た」とか情報をくれるわけです。そのたんびに「俺が行ってきてやる」と走って追跡してくれたりした。


結局、その夜も見つからず、彼らと6、7人で飲みました。(ちなみに彼ら2人の出会いも珍妙だったと聞いています


さて、私とM子たちは、セビーリャで落ち合ったらその後は南下してフェリーでモロッコ入りしようと計画していたのだ。だけど、旅慣れたAさん・Bさん曰く、

「それは本当に危険」「スペインからモロッコに入るのにフェリーでTangerまで行って、っていうのはけっこうヤバいよ」「女2人組とか3人組ってのがなおさら」

らしいのよ。だから、尚のこと、私はM子とK子を捕まえてモロッコ行きを断念させなければと思ったのだった。だが、しかし…。


本題はここから。


え゛っ?って感じ?


ここまでの3章は前置きです。大事なのはここから。


彼女たち2人はその日すでにモロッコ入りしちゃってたんだぜ。


ぱぁどん?


いいですか?

・21日に私が日本を出る
・彼女たちは10日前くらいにスペインの北部から旅を始めている
・24日夕方17~19時が当初の待ち合わせ時刻
・それを向こうの都合で23日に来てと、一日繰り上げた
・23日にどうにかこうにかセビーリャに着いたが、彼女たちの電話口での‘不手際’で宿名などを教わってなかった私は23日に会えなかった


ならば、24日の待ち合わせ時刻に来いよ。


と思わないですか?


彼女たちは、23日に「Reineちゃん来なかったねぇ」と言い、24日の早朝にはサッサとセビーリャを発っていたのだ。


あったし、こーゆー不手際、許せないのよね。22日の夕方に私に電話してくるときに、何が一番大切な情報なのか、考えて行動してよって。小銭をたくさん用意してから電話せぃ、宿の名前正確に記憶せぃ、電話番号覚えぃ、だ。小銭がなくなってから、あんな不十分な連絡じゃダメだってことに気づけってばとか、気づいてからもう一度電話してよ、などなどは今でも思う。


ガキの使いじゃあるまいしと。


しかも帰国後に彼女達によくよく聞いてみると、2人が泊まっていたのは、サンタ・マリア・ラ・ブランカ通りじゃなかったんだ。


ったく。(ぶつくさ)


私はその時、K子たち宛に葉書を出して、「死ろす」と言いそうな勢いでした。しかし私は実はそれから1週間セビーリャに滞在しました。彼女たちに会えなかったといってポルトガルにとって返すのもなんだなぁと思ったのでね。

必死で地図を見つめながらM子とK子を探し回ったので、今でもセビーリャの地理には全く困らないかもしれないと密かに思ってる。路地まで憶えている。と思う。

この‘事件’から2年半後に両親とスペイン旅行をしたときも、セビーリャの入り組んだ町並みをひょいひょいすり抜けてバス停から迷わずにスタスタと歩き、私がサッサと可愛らしい宿を確保したとき、普段ぶぅぶぅ文句を言いがちな父もさすがに褒めた。「まさか、こんなにこの街のことをわかってるとは思わなかった」と。

そりゃぁね、あれだけ地図を見ながら走りまわれば、イヤでも記憶に残るのよ。


セビーリャ事件は終わってみればあまりにも楽しかったので、帰国してからはM子たちに怒ることも全くなかった。

最初のリスボンへの電話のときに「無理だよぉぉぉ」ってか細く言うからもう来ないかと思ってた」そうだ。わからないでもない。そう思ったのも無理はない……かも知れない……。

まぁでも、「あぁ、いいよいいよもう。なんせセビーリャは楽しかったから」という感想の方が勝つので、それで流している。


このセビーリャ騒動で知り合った人々とはその後もけっこう連絡してました。ヒラルダの塔を一緒に登った女の子からは、後々手紙が来て。

「あの日セビーリャにいた人たちの同窓会、開きましょう」「あの日、セビーリャにいた日本人はたぶんみんなReineさんのこと知ってたよ。会う人会う人、Reineさんのこと言ってたよ」とあった。


さて、第5章では余談を扱おうと思います


卒業旅行顛末
1章: リスボン着 
2章: セビーリャを目指す
2章の補足 位置関係
3章: セビーリャ 朝~昼
4章: セビーリャ 夕~夜
5章: 余談
6章: セビーリャを去る
7章: ポルトガルへ

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