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Saturday, September 30, 2000

Mi primer viaje 初めての旅行 [第2章] リスボン~セビーリャ

第1章

彼女たちからは連絡など一切入らぬまま夜が来た。

私はその夜(=つまりリスボン初夜)、子供の頃から文通していたポルトガル人の女友達に会った。ホテルまで来てくれたのだった。7~8年間文通していた相手と初めて会って抱き合うっていう喜びも束の間、私はさっそくセビーリャまでの道を聞いた。

彼女によると、リスボン-セビーリャ間の直行バスがあるにはあるらしい。私の肚はその時には既に決まっていた。


行くしかあるまい」。


clock 翌23日朝7時半、起床。
時差ボケのせいか頭もはっきりしていませんでしたが、私は朝食をとりに食堂まで行きました。そして、ボーイの目を盗んでいろいろ食材をちょうだいしました。ジャムとか。そして、パンを何枚か取って来てはサンドイッチを作り、それをサササッと洋服のお腹のとこに隠し持つ格好で食堂を出た。

だって、パン屋でまた困ったら困るじゃないか。


clock いよいよチェックアウト。
朝のリスボンの町に足を踏み出した私。もうその時には昨日の挙動不審が嘘のように、全力でポルトガル語です。火事場の馬鹿力ってことですよ。とにかくしゃべりまくり、尋ねまくり。「バスステーションはどこ?」から始まり、地下鉄に乗って、バスステーションまで着いてインフォメーションセンターに直行。

「セビーリャまでのバスは?」と聞くと、オネイサンが「うーん残念」って顔をして、「直行バスは毎日出るわけじゃないのよ」と言う。がっくり肩を落とすと「今日はあったわ」と言う。安堵と喜びで目がキラキラしちゃった私に対し今度は、「でもね、7:30に出たのよ」と!

私は7:30に起きたんだ。間に合うかってのよ。再びうなだれた。


「今日中にセビーリャに行かなければならないのcrying」と言うとオネイサンが妙案を。「直行バスは無いけど、ローカルを乗り継いで行くって手があるのよ」



リスボン

Vila Real de Santo Antonio
(ポルトガル側国境の町)

フェリーで国境越え

Ayamonte
(スペイン側国境の町)

Huelva

Sevilla

地図を大きく

「これなら行けなくもないわよ」って。(位置関係図を別ウィンドウで開きます


「で、ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ行きのバスは?」と訊ねると、「あと5分で出る」って! そこから猛ダッシュですよ。バタバタと切符を買って、地下の発着場に駆け降りて、とりあえず飛び乗った。


clock 朝9:50頃に私はリスボンを発った。


Vila Real de Santo Antonioclock 15:30、ポルトガル側国境ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオに着いた。

川べりで犬が寝そべっていた。私はそこで国境の川を見つめながら、「向こう岸がスペインか」と睨み付けながら、朝作っておいたサンドイッチを頬張ったのだ。周囲にパン屋は無かったので大正解だった。


「国境越えフェリーの出発は?」と切符売り場で訊くと、16:25だと言う。


遅い、遅すぎるっ。セビーリャに最悪19:00なのにっ。


しかし、フェリーを待つしかない私。待って、乗った。

clock 16:25、私を乗せたフェリーはゆったりとポルトガルを離れ、ポンポンポンポンとのどかな音を立てて国境を越えた。じきにアヤモンテに着いた。


アヤモンテのバス乗り場に行くとセビーリャ行きのバスは18:00発だという。

遅い、遅すぎるっ。セビーリャに最悪19:00だと言うのにっ。


そこで私はふと客待ちのタクシー群に目をとめたのだった。近づいていって、かなり怪しいスペイン語で聞いた(※アヤモンテはかなりポルトガル語とスペイン語のちゃんぽんであると感じられたが、やっぱりそこはスペイン語で)。

「セビーリャまでいくら?」。

2万ペセタだそうな(=当時の15,000円前後だろうか)。当時の大学生にとって15,000円は、印象としては高くない。ましてやそれでセビーリャの待ち合わせに間に合うのならいっこうにかまわない。「わかった。行ってください」と頼んだ。しかし運転手さんにアッサリと言い放たれました:


あんたは行きたいかもしれねぇけど、俺ぁ行きたくないよ。悪いこたぁ言わないからバスで行けよ、バスで。って言うか、バスで行ってくれ。あと1時間で出るから」。


涙を飲んで、バスの切符を買った私。
1時間も何もすることが無かったので、その辺のバルに入った。


「卒業旅行でいったい何歩歩けるのかしらん? くすくすっsmile」などと思って万歩計を着けていたのだが、気づいた時には、万歩計はトイレに流れていました。日本を出てからわずかに2日くらいしか経ってないというのに。まだまだ全然歩いてなかったなあ。


clock 18:00、私はアヤモンテを発ちました。ウエルバ経由、セビーリャ行き。
「セビーリャに着いたら教えて下さい」と運転手さんに頼み、私は彼のすぐ斜め後ろの席に陣取りました。だが、これはローカルバス……。1コ1コ停まるんです。そのたびに「セビーリャ?」と質問しては、「まだまだっ!」と煙たがられました。(こないだサザエさんかちびまるこで、小学生がおんなじことをしていました)


clock ウエルバ着が20:00
辺りはとっぷりと日暮れていました。セビーリャに着くのはすごく遅くなるな……。夜遅くにセビーリャでまごまごするのと、ここで一夜宿泊して明日の朝一番に始動するのと、どっちが賢明だろうかと、ちょっとした決断をここで迫られました。


しかしここまで来たらセビーリャにその夜のうちに行くしかなかったのだ。だって、


bearing スペイン語ができないじゃない、私。
bearing M子・K子と合流しさえすれば、スペイン語は二人がやってくれるんだから。

bearing そして、私はスペインの地図やガイドは持ってなかったんだから。

※彼女達に「私たちが持ってるからダイジョブ、ダイジョブッ」とかなんとか言われていたんだと思うし、荷物も重かったので日本から持っていってなかったんだと思う。六カ国語会話集だけをかろうじて持っていた。そして、リスボン-セビーリャの位置関係だけ出国前に見てあったというだけ。

リスボンから右下に進めばセビーリャだな」程度の認識だった。


clock 22:00、セビーリャ着。真っ暗。私は真っ青ね。
夜ですよ、夜。夜だ、夜。もう夜。でも、子供らがサッカーをしているのが見えた。「今度こそ着いたよ、セビーリャだぞ」とゲンナリ顔で教えてくれた運転手さん。


「着いたはいいが……ここからどーすればいいわけ?」と悲痛な面持ちで私はバスを降りた。(第3章へつづく


airplane 卒業旅行顛末
1章: リスボン着 
2章: セビーリャを目指す
2章の補足 位置関係
3章: セビーリャ 朝~昼
4章: セビーリャ 夕~夜
5章: 余談
6章: セビーリャを去る
7章: ポルトガルへ

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Mi primer viaje 初めての旅行 [第1章] 準備~リスボン

大昔の卒業旅行の話。90年代前半の話。

初めての一人旅、初めての海外旅行、初めての飛行機。

私にとっては大胆な旅行計画だったのです。 というのも、私は飛行機が嫌いだったのでね。ジェットコースターにさえ乗らない主義だから。「ジェットコースターの事故なんて滅多に聞かないじゃないか」と思ってみても、また、他人からそのように言い聞かされても、「いや、私が乗った時に限って落ちるのだ、事故は起こるのだ、きっとそうだ」と、心底嫌ってた。飛行機に対する思いも同じ。乗りたくなかった。

だけど、私よりも1年早く就職しちゃっていた友人に「Reineちゃん、今しか行けないよ、就職しちゃったらまとまった休みなんて取れないよ」とはっきりと言われ、ようやく決意しました。「ポルトガルを1ヶ月かけてまわりましょう」。

緊張でぷるぷるしながら準備を進めました。


airplane 行程
・出発は2月21日の21:55くらいの、時刻は忘れたがとにかくエールフランス最終便。
・パリ着が2月22日早朝、ドゴール空港で仮眠して乗り換え
・リスボン着が2月22日朝10時くらい  

だったと思う。

ところで、ちょうど同時期に大学同期M子さんと一学年下のK子さんという二人組はスペイン旅行を計画していた。それで私の出発前に彼女達から電話があった:
「私達ちょうどその頃スペインを周ってますから、Reineさん、あなた、どっかで落ち合いましょう / そうだ、Reineさん、あなた、セビーリャまで来てくださいよ / 時間的には、そうねぇ……うまく合わせるとしたら……2月24日だね / その頃なら私達もスペインの北をまわってそろそろ南部に入ってる頃だと思うから」

私は「まぁ、22日朝にリスボンに着いて、24日夕方セビーリャ入りなら……やってやれないこともないでしょう」と思って承知した。


memo 待ち合わせ確認
・24日の17時から19時
・セビーリャ、黄金の塔の前
・とにかくお二人はその2時間はその近辺で私の到着を待っていてください


earスペイン語事情
・K子さんはスペ語の授業を取っていたからある程度わかっていただろう。
・M子さんはお父さんが南米勤務なのでわかっていただろう。
・私は英語は忘れたし、ポルトガル語もおろそかだ。ポルトガル語なんてブラジルの歌しか知らない。スペイン語は全く知らない。本を開いたこともなかった。


foot 旅行経験
・2人は旅なれていた
・私は初めての海外
・というか初めての飛行機
・本州から出たのっていったら、初島に行ったとき以来?


さて、2月22日、現地時間の朝10時に私はリスボンになんとか着きました。

そこで全くポルトガル語が聞き取れないことに気づいて蒼ざめた。タクシーの運転手さんの言っていることがわからない。何語??? 日本から予約しておいたホテルに着いたが、今度はボーイの言ってることがわからない。何語??? 

呆然としていると彼はゆっくりと言い直してくれた。「Is … it … cold?」と綺麗な英語で発音していたのだった。ブルブルッなんて唇を震わせながら、「おーさむ!」と身を縮めるジェスチャーまで混ぜて。こっちが「ポルトガル語で来る」と思って身構えてんのに英語なんかでしゃべってくれるから……。

それにしても「Is it cold?」が聞き取れないとは! 部屋を出て行く時のボーイさんの、気の毒な人を正視しづらいみたいな、憐憫の情にあふれたあの目つきは今でも忘れない。


お腹が空いたのでホテルを出たが、何も買えない。いくらなのかを尋ねることができたとしても返答が聞き取れない。パン屋で小銭入れを見つめて為すすべもなく突っ立っていると、隣にいたおじさんが「これとこれね」と言いながら硬貨をつまんで選んでくれた。それでやっとパンは買えた。

私はとんでもないことに身を投じてしまったことを悔いた。
「こんなことなら卒業旅行なんて思いつかなければよかった / あと1ヶ月なんて私はきっと死むー、死んでしまう / FIXチケットだけど、もう帰国してまえ」と。 私はホテルに小走りに戻るや、毛布をかぶってふて寝をしていた。泣きベソです。泣き寝入りとはこのことか。

telephone そのとき枕元の電話が鳴った。 「……は、はろぉ?」とビクビク出ると、M子・K子だった。


「Reineちゃん? 着いた?」

―――……着いたよ…… (かなり弱々しく)

(すごく元気) 「あのさぁ、私達さぁ、1日早くセビーリャに着いちゃったのね。もう今日着いちゃったのぉ。 それでね、Reineちゃんにも1日早く来て欲しいのよ」

―――1日早く…って…………あしっ、明日ってことっ?

(快活に) 「そぉっ!」

―――あた、あたしさぁ…すっごく弱気なんだけど…。(かぼそく)……もう、街の人何言ってるかわかんないしさぁ、英語もわかんないしさぁ…。……行けるのかなぁ…? 行けるのかなぁ? 怖いよ、無理だよぉ……weep (消え入るように涙声で)(これがいけなかったのだ)……まぁ、頑張ってはみるつもりだけど…

「あのねぇ、私達が泊まってるのはねぇ、サンタ・マリア・ラ・ブランカ通りだから。 んとねぇ、カテドラルのそばっ」

―――宿の名前は?

(電話口でゴニョゴニョしゃべってる) 「わかんないや」

―――わかんないって、ちょっとっ

「ごめーん、宿のカード持ってくるの忘れちゃった」

―――電話番号はっ?

「知らない、カード持ってきてないもん」

―――あの、あのっ、それじゃぁ、宿の場所とかなんか、えっと、なんk…

「あー、ごめんっ、小銭なくなっちゃうや。切るね!」

―――ちょ、ちょっと待って、待ってっ! (悲痛な叫び)

「サンタ・マリア・ラ・ブランカ通りだからっ。じゃあねーん」

―――もしもしっ、もしもしっ

……(ツーツーツー)…… (第2章へつづく)


airplane 卒業旅行顛末
1章: リスボン着 
2章: セビーリャを目指す
2章の補足 位置関係
3章: セビーリャ 朝~昼
4章: セビーリャ 夕~夜
5章: 余談
6章: セビーリャを去る
7章: ポルトガルへ

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